DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 2 獅子の子ら

 

 

 時は変われど、変わらないものはある。

 それは存続し続ける国であり、変わらず吹き抜ける風であり、さらに広い目で見ればここフロニャルドにおいては戦興行、というものもそうだろう。

 

 ガレット獅子団領国、切り立った崖の上に立つヴァンネット城の中庭。その戦に備えて本来訓練しているはずの兵や騎士達はその手を止め、輪の中心で繰り広げられる戦いに見入っていた。

 一方は銀の長髪にそこから同じ色の猫のような耳が覗く男性。手甲と脚甲を身につけ、青を基調としている服を纏っている。そこから露わになった逞しい筋肉の肩が、背後になびくマントから時折覗いていた。右手に持たれた剣は棒切れか何かのように軽々と振るわれ、相手の攻撃を次々と捌いている。

 もう一方はまだ幼さの残る、黒いショートカットの髪と、色こそ髪と同じものの男性と同様猫のような耳の少女。防具はほぼ身につけておらず、見るからに機動力重視だ。黒の服に身を包み、ショートのスカートから伸びた細く健康的な脚は、膝上まで覆うニーソックスに隠れている。しかしソックスとスカートの間からは可憐な太股が露出し、まだ幼さが抜け切らない少女の魅力を引き出していた。

 

「ほら、動きが遅いぞパンシア! それでも『獅子の子』か? もうへばったか!?」

 

 しかし、時が変われば、当然変わるものはある。

 国は変わらずとも、そこに暮らす人々は変わる。移ろい行く時は、人々を巻き込み変化させていく。

 

 相手の強烈な蹴りと共にガードごと吹き飛ばされたパンシアと呼ばれた少女は、どうにか両足で踏みとどまり、手をついてバランスを取った。右手に持った短剣(ダガー)を握り締め、叱責された言葉に対して奮起する表情を隠そうともせずに猛然と相手へと駆け出す。

 それに対し、男の方は剣を肩越しに構えた。苦い表情のまま、舌打ち混じりに口が開かれる。

 

「いつも言ってんだろ! 動きが直線的過ぎると……」

「相手に簡単に読まれる、でしょ!」

 

 構えはそのままに、男も駆け出して迫る。袈裟に斬ってくる、と直感した少女は短剣による防御ではなく、身をかがめてその切っ先の下への回避を選択。果たしてその予想は正しく剣は空を斬る。が、直後。

 

「わかってるなら言わせんな!」

 

 斬撃からの連撃、次に蹴りがとぶ。これが懐に潜り込もうとする少女へと容赦なく直撃した。しかし彼女は両腕を交差させてこれをガード。とはいえ、威力は先ほどのガードごと吹き飛ばされたものと同等だ。小さな体が浮き上がるほどの衝撃で吹き飛ばされかけた、その瞬間――。

 

「輝力解放! ()()()()()()!」

 

 不意に、猫を思わせる鉤状である彼女の尻尾(・・)が輝いた。次いで三つ又に分かれ、先端に鋭い刃が生まれる。

 そのうちの1本を地面へと突き刺してそこを支点に回転、飛ばされるはずだった勢いを受け流す。さらに受け流したその勢いも利用しつつ、残り2本の尻尾で地面を抉り、一気に反撃の距離を詰めにかかる。

 

「お、おいおい待てパンシア! 模擬戦っつったんだ、紋章術は……」

「いただき!」

 

 聞く耳持たず、とばかりにパンシアは変化させた3本の尻尾と右手の短剣、さらには左手にも投擲用の小型短剣を指の間に挟んで相手へと向けた。絶好のチャンス、またとないタイミング。攻撃後の姿勢を崩した状態でこの連続の攻撃を防ぐ(すべ)は無いはず。そう考え、投擲からの攻撃を狙った彼女だったが――。

 

「ったく、そういう負けず嫌いすぎるところは母親似だよな、お前は。……()()()()()!」

 

 叫ぶと同時、男は右手の剣を捨て、代わりに美しいエメラルドに輝く鉤爪を作り出した。刹那、右手が振るわれた、とパンシアが視認したときには、既に投擲された小型短剣は叩き落とされ、3本の尻尾の先に存在した刃と手に持った短剣は全て破壊されていた。

 

「そんなっ……!」

 

 必殺のタイミングも、確信したはずの勝利も、するりと彼女の手を抜けていった。次手を考えるより早く、着地した彼女の眼前に輝力武装の爪が突きつけられる。

 

「勝負あり、だな」

 

 ニヤッとした笑顔と共に投げかけられた言葉と対照的、パンシアは深くため息をこぼして肩を落とした。

 

「……参りました、()()()

 

 降参宣言と同時、周りの兵達から拍手と喝采が起きる。悔しそうにうつむく少女――パンシア・ガレット・デ・ロワの肩へ、父と呼ばれた男は優しく手をかけた。

 

「いや、前とは比べ物にならないほどよくなってるぞ。ただ……紋章術禁止の模擬戦だって言ったのに輝力武装したのはいただけねえな」

「それは……。『勝つためには手段は選ぶな』と……その、以前()()()が言っていたから……」

 

 「伯父様」という単語を聞くと、「あーまったくあの野郎……」と頭をかきつつ、彼は思わず一人ごちる。

 

「あいつの言うことを鵜呑みにするな。それだっておそらくは『本当に負けられない勝負なら』って前提条件がつくはずだぞ。……ったくあの野郎、自分の息子だけじゃなくてうちの娘にまで余計なこと吹き込みやがってよ」

「でも……! ……結局はお父様も輝力武装を使ったではないですか」

「うっ……。それはお前が先に使ったからだな……」

「いや、パンシアの言う通りじゃな、()()()

 

 兵達の間から1人の女性が堂々と近づいてくる。戦場で着るような動きやすさと見た目を重視しての大胆な露出を見せる格好とは対照的、今は青で纏められた戦士団の礼服姿だ。

 その姿を見つめる2人の目は正反対だった。パンシアはその可愛らしい瞳をぱあっと輝かせ、一方で彼女の父――ガウル・ガレット・デ・ロワは苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

「なんだよ、姉上(・・)はこいつの肩を持つのか?」

「いや、あくまで客観的意見を述べているだけじゃ。確かにパンシアは輝力武装を展開した。じゃがお前も展開した。なら()()()()じゃろう。とはいえ……やはりいくら勝ちたいとはいえ、紋章術禁止、という前提があったんじゃから、パンシアもそこは反省せねばならんじゃろうな」

「はい……。()()()()()

 

 再びパンシアがうなだれる。しかしレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワはそんな彼女の頭を優しく撫で、膝を曲げて彼女の顔の高さと同じ目線まで頭を下げつつ、優しい口調で続けた。

 

「じゃが、先ほどの輝力武装、なかなか見事じゃったぞ。まだまだノワール……お前の()ほどではないにせよ、随分と器用に扱えるようになったものじゃ」

「お母様が教えてくれたの。……お父様はお前にはまだ早いって全然教えてくれないけど。もう13歳になったのに……」

「年は関係ねえよ。お前は輝力武装の前に基礎をもっと固めろ、って言ってんだ。……大体俺が教えてなくても、もう獅子王爪牙も勝手に練習してんだろ?」

「な、なんでそのことを……」

 

 「やっぱりかよ……」と呟きつつ、ガウルは頭をガリガリとかく。そして「いいか、そもそもな!」と堰を切ったように話し始めた。

 

「ずっと言ってるだろうがよ。戦で活躍したいなら、紋章術だの輝力武装だのより前に基礎を固めろ、ってよ! 確かにお前のさっきの……トライテールか? 3本だったからな。ノワほどじゃないにしてもあれは見事だ。それは認めてやろう。でもな、そこにさらに獅子王爪牙を加えるような戦闘スタイルでいるつもりなら、そんなの輝力をバカ食いして仕方ねえだろ!」

「そ、それは……。短期決戦で一気に決着をつければいいから……」

「短期決戦だァ? よく言うぜ。それはつまり相手にペースを握られたらガス欠になりますと宣言してるようなもんだぞ?」

 

 見ていた兵達から「またお始めになられた」「ほんとケンカするほどなんとやらな親子でいらっしゃいますな」なんて声が飛ぶ。これにはレオも思わず苦笑を浮かべていた。いい加減止めるべきかどうするか彼女が迷っていた、その時。

 

「その辺にしておいて、2人とも」

 

 先ほどのレオ同様、輪の中から1人の女性が歩み寄ってくる。黒い髪に猫のような黒い耳、そしてパンシア同様の鉤尻尾。一見するとパンシアの格好に近くも見えるが、ロングスカートに長袖と肌を晒すのを控えており、さらに動きやすさよりも見た目に重きが置かれているようで、より格調高いような仕上がりとなっている。

 その姿を見るなり、パンシアは「お母様!」と叫び、駆け寄った。その娘を、母であるノワール・ガレット・デ・ロワは優しく抱き締める。

 

「皆の前だよ。あまり見苦しい姿は見せないで」

「大体お前が甘やかし過ぎてんだよ、ノワ! いいか、こいつは()()()()()()だ。そんな存在が戦に参加して、そこで無様な姿を晒したら、ガレットにとってもこいつにとっても恥になるんだぞ?」

「わかってます! だから私は懸命に……!」

「本当にわかってんならいいけどよ。お前、領主ってものを甘く見てねえか? ふらっと出て行った()()()の肩を持ちたいって気持ちだけでやるって言ってんじゃねえだろうな?」

 

 母の腕の中でキッとパンシアは父に厳しい視線を向ける。「違います!」と叫ぶが、彼は続きをやめるつもりはないらしい。

 

「お前があいつを……()()()()を兄のように慕ってるのはわかってる。理由の一部にそれがあってもいい。だが、だからってあいつの心を尊重するがあまり、自分が領主候補にならなきゃいけないなんて責任感じて、そのためにやるつもりなんじゃねえだろうな?」

「お父様! ()()()は関係ありません! それはもう済んだ話のはずです!」

「そこまでにせい」

 

 その先を続けさせない、とばかりにぴしゃりとレオが止めに入った。彼女特有の物を言わせない、という気迫に、言い合っていた2人が口を(つぐ)む。

 

「……ガウル、次期領主候補の話はワシらも納得の上でのことじゃ。レグの件ではワシも責任を感じておるが……今更蒸し返さないでくれ」

「……悪かった。それは謝るし撤回する」

 

 ふう、とレオは一度ため息をこぼし、ノワールとパンシアの元へ近づく。そして再び膝を曲げ、姪であるパンシアの目線まで顔を下げて先ほどのように頭に手を優しく乗せた。

 

「パンシア、確かにお前の成長は目覚ましい。さすがはガウルの子、ワシの姪じゃ。伊達に『獅子の子』なだけのことはある。いい素質を持っておるぞ。じゃが、やはりガウルの言うとおり基礎は大切じゃ。焦りは禁物ということを忘れてはいけない」

「……はい」

「レオ様の言うとおり。パン、獅子王爪牙は我慢して。その代わり、トライテールをもっと有効活用できるように、私の時間があるときに教えてあげるから」

「ありがとう、お母様!」

 

 そんな女性達の会話の中、ガウルだけは1人不満そうに頭をガリガリとかいていた。「やっぱノワも姉上もこいつに甘いよなあ……」と独り言をこぼしながらその場を離れようとする。

 

「お父様、どちらへ?」

「公務だ。お仕事だよ、お仕事。領主ってのは忙しいんだ。悪いが稽古なら姉上とかお母様辺りにつけてもらえ。……ほらお前らもいつまでも見物してねーでとっとと訓練に戻りやがれ! おいジョー、()()()()なんだからこいつらに指示出せ!」

 

 見物していた兵達をあしらう様に手を払いつつ、ガウルはそう言い放った。「ウチがガウ様に怒られるから、全員持ち場に戻ってやー」という女将軍、今では騎士団長も兼ねているジョーヌの声が辺りに響く。それを聞いて見物客達も段々と散っていく。

 その兵達の間を縫うようにガウルが数歩遠ざかったところで、不意に背後から「待て、ガウル!」と彼を呼び止めようとする姉の声が聞こえてきた。が、彼は足を止める気配はない。一言二言、レオがパンシアと何やら会話を交わしたのを耳にしつつ、あくまで歩くペースを落とさずにガウルは中庭を後にした。

 ややあって、小走りに駆け寄ってくる足音に、城内へと入ったところで彼は足を止める。振り返れば、レオがやや不満そうな表情を浮かべて近づいてくるところだった。

 

「待てと言っておろうに」

「忙しいって言ったろ。話なら移動中に聞く」

 

 言うなり、再び彼は歩き出した。遅れまいとレオがそれに並ぶ。

 

「少々パンシアにきつく当たり過ぎているのではないか? 先ほども嫌われているのではないか、怒らせてしまったのではないかと心配しておったぞ」

「だから言ってるじゃねえか、姉上達が甘やかしすぎてるんだよ。その分俺が釣り合いを取ってるのさ」

「……お前がさっき言った……次期領主候補の件がそんなに不満か?」

 

 そのレオの一言にガウルは足を止め、振り返った。彼の表情には複雑な色が浮かんでいるのが分かる。

 

「それについては、レグも関係している以上ワシも責任を感じてはいる。年齢でいうならパンシアはまだ領主候補としては時期尚早、と言ってもいいかもしれん……」

「その話の結論は出た、って今さっき言ったのはあんただぜ、姉上。俺達保護者4人と、そしてパンシアと、今この城にいないレグルス当人達全員が納得した上での話だ」

「じゃったらあの場でその話を出さんでもよかったろうに」

「……勢いで言っちまったんだよ」

 

 本当のところ、後継者問題の件をガウルは完全に納得してはいなかった。血縁関係でもっとも適格であろう現領主である自分の娘、というだけで、レグルスより2つ年下のパンシアに次期領主という大役を押し付けたくなかったのだ。

 しかし、結局はパンシアの固い意志に押し切られた。ガウル自身、彼女が「兄さん」と呼び実の兄のように慕う従兄(いとこ)のレグルスを思ったが故の決断であろうことは容易に想像できた。

 ところが直後、レグルスはふらりとヴァンネット城から姿を消した。仲の良かった百騎長の騎士プロヴァンス――年長の将軍として騎士団長のジョーヌのを補佐することを選んだゴドウィンとその妻エリーナの息子を連れて旅に出た、というのだ。その2人の保護者、そしてパンシア当人の了解があったとはいえ、ガウルとしてはそこは不満でもあった。

 それ故、あくまでも己の口から「次期領主を務めたい」と言い出したパンシアにはそれ相応の器になってもらうべく、どうしても厳しく接してしまっていた。もっとも、先ほど彼が述べたとおりレオとノワールはどうも甘やかし気味だから釣り合いを取る意味で、という部分もあると自覚してはいたが。

 

「パンシアはパンシアなりに精一杯やっておるぞ。そこはわかってやれ」

「言われなくてもわかってらあ。……姉上こそ人に言う前に、今どこにいるかもわからねえ自分の息子を引っ張り戻すなりなんなりするべきじゃねえか?」

「それを言われるとお手上げじゃな。……まあ一応、レグが出て行ったのはパンシアが意思表示した後、じゃったからな。留学とか経験のための勉強の旅、とでも捉えてくれ」

「勉強、ねえ。まったくいつからこんな丸くなっちまったんだか。俺が領主になるときは大分しごかれたってのによ」

「そういうお前こそ昔はジェノワーズを連れてお忍びであちこち回っておったろうが。……まあワシもかなり好き勝手やったがな。じゃから、ワシらが言えた口ではないじゃろう。それに、そのワシの代わりを今お前がやっておる。ならそれでいいではないか」

 

 これでは取り付く島もない、とガウルは肩をすくめた。結局のところパンシア自身がやる、と言った以上、血縁的にも適格であるために済んだ話となってしまうのだ。

 

「まあ今更あれこれ言っても始まらねえか。俺達は子供達の成長を見守りつつ、自分に与えられた役割をこなすしかない、ってことだな」

「そういうことじゃ。お前は領主の仕事をしつつ、パンシアの面倒をみてやればいい。まあ基本的にノワールと、あと騎士団長のジョーヌやら()()()()のベールやらも手が空いている時は見ているようだがな」

「あいつらに任せっきりだと甘やかしてしょうがねえだろうからたまには俺も見ないといけねえな、そりゃ。……っと、そういや姉上。しばらくしたらまた出張だったか?」

 

 思い出したようにそう切り出したガウルに、姉は「ああ、まあな」と肯定の返事を返す。

 

「旦那も昨日からカミベルに出張ってるんだったか? なんだか両方とも飛び回らせて悪いな」

「何、気にするな。あいつもかつては『火薬庫』とか言っておったあの国の連中と随分と打ち解けたようだしな。ここの人間とあやつの世界の人間との軋轢(あつれき)を自分が解消してると思うとやり甲斐はあると言っておったぞ。……まあ大変なのは嫌そうではあったが」

「そりゃあいつだ、色々と首突っ込むくせに面倒なのは避けたいとか言うだろうからしょうがねえな。……んで、姉上は各国の戦で目玉ゲストとして引っ張りだこ、と」

 

 皮肉っぽく向けられた笑顔にレオは苦笑でもって返す。どうにもその言い方は夫を連想させてよろしくない、と心の中で思っていた。

 

「あいつは遊撃隊顧問でワシが顧問補佐。もう好き勝手やってくれという役職じゃしな」

「そういうこった。元々姉上は領主の座を退いた時点で好き勝手やっていいポジションなんだ。だからこそゲストとしてお呼びがかかる。あの戦無双と呼ばれる『百獣王の騎士』の戦いっぷりが自国で見られる、となりゃその国の人間は大いに盛り上がるだろうよ。加えて、こちらから人を出してるとなれば外交的な側面も生まれる。姉上は好き勝手暴れられて、それでこの国のためにも相手の国のためにもなる、いいこと尽くしじゃねえか」

「まあ……そうではあるがな。じゃがいい加減ワシも段々と衰えを感じる時があるぞ」

「よく言うぜ。未だにこの国の中で姉上に勝てる人間を探したとして、おそらく俺以外にいねえだろうが。その俺だって勝率は5割切ってるだろうしよ」

「昔は10回戦えばワシが9回は勝っておったわ。……まあよい。そんなワシでも、未だ戦う様を楽しみにしてくれる人がいて、しかもゲストとして呼んでくれるなど、武人としてはこれ以上ない喜びじゃしな」

 

 既に全盛期は過ぎた、とレオ自身わかってはいる。しかしそれでもまだまだ大暴れできると言う自覚はあったし、実際戦場に立てばそれだけで輝かしい華であった。そのために人気は根強く、可能なら自国の戦にゲストとして参加してほしい、あるいは解説を頼みたいというオファーは数多く存在している。

 

「それで、出かけるの自体は明後日かい?」

 

 今回もそんなオファーを受けてのゲスト参戦である。もう慣れた出張だ。レオは「ああ」とガウルに返す。

 

「人気者だな。今度はどこで大暴れして来るんだ?」

「友好国からのお呼ばれじゃよ。国内戦なのにワシをご指名で戦う様を見たいと」

 

 へえ、と答えつつ、ガウルは頭の中でどこからのオファーかを考える。友好国、とはいえビスコッティではないはずだ。あそこは比較的戦興行が盛んでわざわざ姉を呼ばずとも盛り上がるし、呼ぶぐらいならこちらに直々に布告してくるだろう。パスティヤージュは戦興行がさほど盛んではないために可能性があるが、確かつい1週間前にレオをゲストに呼んでいたはずだ。と、なれば――。

 

「今回の出張先は貿易のお得意さんか」

「そう、()()()()じゃ」

 

 

 

 

 

 スフォリア・テッレことレグルス・ガレット・デ・ロワと、お供にして相棒であるプロヴァンス・ドリュールの2人は、ドラジェの有力者であるソンブレロの屋敷内で割り当てられた部屋にいた。時間は夕方から夜になる頃、これまでの旅でなら適当に食事どころで腹を満たし、その地域の情報収集がてら地域の人々に絡む、というのことが多かった。

 だが、今日はソンブレロの招待で夕食をとって適当に談話に応じた後、レグルスは部屋に戻ってきて、以降外に出ようとはしなかった。バナードという彼の祖国の人間がいる以上、あまり好き勝手に行動するのはどうにも居心地が悪いと思ったからだった。

 

 そもそもレグルスは「ガレット・デ・ロワ」の姓が示すとおり、現在領主であるガウルと血縁関係である。ガウルの姉であるレオとその夫であるソウヤの子である彼はガウルから見て甥っ子であり、次期領主候補として名が挙がったこともあった。

 しかし彼自身、「領主」という座にこだわりも関心もさほどなかった。むしろそんな役職に縛られない、今のように自由気ままで、自身の腕だけでどれほど名を上げられるかというような生活の方がどうしても楽しいと感じてしまっている。さらには現領主のガウルからは甥という存在。血縁的にいえば直接の娘であるパンシアの方が近い、ということになる。

 とはいえ、それを理由に逃げるのはなんだか気が引けていたのも事実だった。パンシアはレグルスを兄のように慕う存在。そんな年下の彼女に重責を背負わせることは出来ないという思いの方が、先の理由よりも彼の中では強かった。

 

 そんなレグルスだったが、結局はまるで領主継承から逃げるようにこの旅を始めたのだった。そしてそのきっかけを作ったのは、他ならぬパンシア。彼女は兄同然であるレグルスの気持ちに気づいていた。だからガウルの娘である自分が次期領主の座に着くと言い出したのだ。

 当然それは強がりだとレグルスにはわかった。しかし母親譲りと言ってもいい頑固さを持つパンシアもこうなると譲らない。結局はレグルスが折れ、主従関係でありながら仲の良かった百騎長のプロヴァンスを連れて出奔(しゅっぽん)まがいの「武者修行」という名の旅に出たのである。

 

「……殿下、なんとなくわかっちゃいますが、今日は外に出ないんですかい?」

 

 寝るでもなく、しかし何をするでもなくベッドに寝転がるレグルスへと視線を移しつつ、プロヴァンスは不意にそう尋ねた。彼は映像板から流れてくる番組を適当に見ていたが、どうも興味を惹かれないでいた。これなら街へと繰り出して若い連中に腕相撲でも吹っかけて絡み、与太話まがいの噂ごとを聞いているほうが十分に楽しい。

 

「バナードの奴がここにいるんだぞ? お忍びでお世辞にもお上品とはいえないようなことを俺達はやってるんだ。あいつに知られて、それが国の年寄り共の耳にでも入ったらまた口やかましく言われるだろうよ。いや、それならまだいいかもな。そのことをネタにあいつが()()()なんてことをやらかしてきたら事だからな」

「……バナード元将軍がそんなことをするでしょうかね?」

 

 ベッドに仰向けに寝転がっていたレグルスが小さく鼻を鳴らす。次いで、その体を起こしてプロヴァンスの方へと向けた。

 

「知略派ってのは敵に回すと怖い。だから付け込む隙をなるべく与えるな。……親父によく言われたことだ。バナードは親父と並んでガレットの頭脳だからな」

「いや、確かにそうは思いますけどね。でも俺が言ってるのは……」

「わかってるよ。あいつはそんなことする奴か、って話だろ? 俺だってやるわきゃねえとわかってるさ。ただ、そういうでかい規模じゃなくて……俺個人との取引材料に使われる可能性はある。将来的に俺を説得させる時とかよ。そういう時に不利に働くのは御免だ。だからおとなしくしとくんだよ」

 

 どうにも考え過ぎじゃないか、とプロヴァンスは苦笑を浮かべざるを得なかった。とはいえ、一騎士である自分と人の上に立つべきレグルスとでは考え方や見方は違うものなのだろう、とも思う。きっと自分にはわからぬ発想なのだと納得することにした。

 

「……あんま本気にするな。6割ぐらいは冗談だよ。まああいつだってここでは俺に対して『スフォリア・テッレ』として接すると言ってるわけだし、羽目を外し過ぎない程度にいつも通りやっておけばいいってことだ」

「ええ、そりゃ……。そうですな」

 

 つまるところ今の最後のまとめに全て集約されてるではないかとプロヴァンスは反射的にため息をこぼす。どうにもこのお方はこういう回りくどいやり取りやら言葉遊びやらを好む傾向がある。さっさと結論にたどり着いてほしい、と思うことは今回に限ったことではなかった。

 

 と、その時だった。2人がくつろぐ部屋の扉をノックする音が響く。2人は互いに顔を見合わせ、プロヴァンスが扉に向けて声をかけた。

 

「……どちら様で?」

「バナードです。お休みのところ申し訳ありません。緊急でお耳に入れておいていただいたほうがよろしい情報が飛び込んで来ましたので。私1人ですがよろしいですか?」

「ああ。入ってくれ」

 

 振り返ったプロヴァンスに目で合図を出すより早く、レグルスは自身の声でもって返答していた。扉を開け、「失礼いたします」という声と共に、やや敬った様子でバナードが室内へと入ってくる。

 

「なんだ? ここじゃ流れの傭兵スフォリアとして俺に接する、って話だったはずだぞ。必要以上の接触は避けた方がいいと思うんだが」

「ええ。ですが先ほども述べたように予想外の事態が起きたものでして。まだソンブレロ氏は知りませんが、諜報部隊を通して私の耳に入ってきた情報なので、確かなことです」

 

 バナードがそこまで言うからにはよほど重大なことなのだろう。面倒なことは出来れば避けたい、とレグルスは考えていた。

 

「お前、現役退いたのに相変わらず諜報部隊と太いパイプあるのかよ。……まあいいや。で、そりゃあなんだ?」

「今回のドラジェの東西戦、我々に対する西軍のメインスポンサーはソンブレロ氏とライバル関係にある者になります」

「そうだな、そういやさっきの食事の時にそんな話を聞いたっけな。んじゃなんだ、妨害工作でもあったか?」

「いえ、そこまで露骨ではありません。ただ、こちらで私をゲスト解説にかこつけてアドバイザーとしても雇った、という話は早いうちから知っていたようです。そのため、向こうもそのことへの対抗策を打ち出した……」

 

 ははあ、とレグルスは唸る。一方プロヴァンスはまだ事態を把握出来ないと首を傾げていた。

 

「つまり向こうも傭兵……とまではいかないだろうが、人を雇ったってことだな?」

「そういうことです」

「それでお前がわざわざここに来たってことは結構まずい人物ってことか」

「まずい?」

 

 プロヴァンスが口を挟む。その「まずい」という意味がいまひとつ掴めない。

 

「単純に考えれば、俺達じゃ敵わないかもしれないレベルの相手ってことだろうよ。それも緊急って言うほどだ、相当の、な。……んで、誰だ? お前同様現役を退いたロラン辺りか?」

「今の推察は半分は正解です。が、ロランでしたらそこまで急を要しません。前もって話さなくてもいいことでしょうし、一刻も早く耳に入れていただこうとは思いませんよ。……それにレグルス様でしたら私やロランとも五分以上に戦えるかと」

「はっ。言ってろ」

 

 あの「鉄壁のロラン」――ロラン・マルティノッジを打ち崩すなど相当に骨の折れる話だ。それ故にそう短く吐き捨てた後で、顎に手を当ててレグルスは考える。推察は半分は正解、かつ、目の前にいる元将軍と互角といわれたロランよりも厄介な存在。だとすれば。

 

「実力的な意味での『まずい』もあるが、それよりも別な方向性で『まずい』ってことか? ……となると、俺の素性が知られてる可能性のある、ガレットの人間か」

「そうです」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ殿下!」

 

 やおら声の音量を大きくしたのはプロヴァンスだった。

 

「それって本当に言葉通り『まずい』じゃないですか! 俺は大丈夫でしょうが、殿下はガレットじゃかなり顔が割れてますぜ。偽名使ってたって戦なんかに出たら一発でばれますよ!」

「だからその偽名に加えてこうやって髪の色ごまかしたり、戦の時も偽の紋章使ったりしてんだろうがよ。それだけで印象はだいぶ変わる。バナードとは城内で俺と顔を合わせる時間が長かったから呆気なくばれたわけだが、あんま顔合わせてない千騎長とか万騎長クラスの人間なら……」

「それが、間違いなくあなたの素性を知っているお方が来るのです」

 

 今のバナードの物言いでレグルスの顔から余裕が完全に消えた。自分の素性を間違いなく知っている、かつこの元将軍が「お方」とまで言う人物。

 

「おいおい、まさかガウル叔父さんが来るなんてわけじゃねえだろうな?」

「そうではありません」

「んじゃこいつの親父……ゴドウィンか?」

「げっ……!」

 

 反射的にプロヴァンスが青ざめる。それを見てバナードは意図せず小さく笑いつつ返した。

 

「それも違います」

「だよな。だったらお前が『お方』なんて言い方しねえもんな」

「で、殿下! 心臓に悪いからやめてくださいよ!」

 

 そうプロヴァンスに噛み付かれたがレグルスはまったく堪える様子はない。いや、むしろそのことはもう歯牙にもかけていないようにさえ見えた。

 

「お前は『心臓に悪かった』で済むからいいぜ? だがよ、どうやら俺はそれじゃ済みそうにないらしい」

「どういうことですか?」

 

 一度ため息を挟んでレグルスがバナードを見つめる。自嘲的な笑みと共に、その顔にはどこか諦めの色も含まれていた。

 

「……おふくろだろ? 西軍が雇った人間って」

「さすがはレグルス様、ご名答です。レオ閣下がドラジェの東西戦に西軍として参加するために、数日後にこちらに来るという情報がつい先ほど入ってきました」

「な……なんでレオンミシェリ閣下がいらっしゃるんで……?」

「現役を退いたバナードを除いた場合、今現在ガレットでゲストとして呼びやすく、かつ知名度抜群で戦の花形となりえるのはおふくろだ。大体今までだってそうだったろ? 遊撃隊顧問補佐なんて、顧問の親父以上によくわからん肩書きでいるんだからな。ドラジェとガレットは貿易相手として友好国、規模の大きなこの国内戦の目玉ゲストとしてはうってつけ、ってわけだ」

 

 両手を広げつつ、諦め気味に話すレグルス。その姿に、バナードは彼の父の姿を重ね合わせていた。

 実に良く似ている。ソウヤもこういうときは諦めた風に、きっとああやって「降参」とばかりに手を広げるジェスチャーを見せるだろう。傍から見れば諦めて事態を受け入れているようにも見えるが、あれは当人からすれば抗議の意味合いもある、とバナードにはわかっていた。

 だがそれ以上の抗議はしないだろう、とも思っていた。既に事態はレオが西軍のゲストとして登場することが決まっている。なら今更あれこれ言ったところで何も変わりはしない。それよりも、今後をどうするかを考える方に労力を割く方が効率的、という考え方をする。現実主義者であるレグルスの父はそうした。そして、その父の血を引いているレグルスも同じ思考にたどり着く。そう、バナードは予想を立てた。

 

「いやいや殿下、何他人事みたいに言ってんですか、いいんですかい!?」

「いいも悪いもねえだろ。もう決まったことだろうし。それに……遅かれ早かれ、親父かおふくろか、多分おふくろが先だとずっと思ってたが、いずれ戦場で相見えるときが来るかもしれないことは予想していた。まあ本国に戻ったときに盛大に一戦やってもらうとかってのも考えていたが、残念ながらガレット本国じゃなくなっちまったな。

 でもその時が来たってだけのことさ。……いや、むしろ遅過ぎたぐらいだ。放浪している俺達とゲストで呼ばれるおふくろ、いつかこうなる日が来かもしれないことはわかっていた。なら、今更あれこれ言うよりもどんと構えてりゃいいんだよ。そうだろ、バナード?」

 

 しかしこの発言にバナードは虚を突かれた。いささか彼の予想が外れたことになる。彼は諦めの気持ちでもって、レグルスがこの事を受け入れるか、あるいは場合によっては逃げ出すとか言うものかと考えていた。しかしそんな諦めの心はあまり無い様子で、いつか来るであろう親子での戦いの時まで見据え、そしてあっさりと受け入れたことが予想外だったのだ。

 そこが父親であるソウヤと異なる点ではないか、とバナードは思考をめぐらせていた。思慮深いソウヤと王者の風格を身に纏うレオ。今の一言は、まるでその2人の子、彼の従妹と共に「獅子の子」と呼ばれる存在であることを証明するかのようなものだったではないだろうか。

 

「おい、聞いてんのか? 俺はあくまで可能な限り『スフォリア・テッレ』として戦うつもりでいるが、それじゃまずいことでもあるか?」

 

 レグルスの問いかけでバナードは我に返る。またくだらない妄想を働かせてしまった。やはりこのお方は面白い、これから先の成長が楽しみでならない。この流浪の旅が将来への糧となり、彼を大きくしてくれればと思わずにはいられなかった。

 

「ええ、聞いてます。レグルス様のおっしゃるとおりです。そこまで心が決まっているのでしたら、何もまずくはありません。ですが、殿下におかれましては閣下と戦うとなりますと、現在隠している身分が認知されることになる可能性もあるかと」

「そりゃそうだわな。まあその時は……その時だ」

「今回の戦参加を破棄して逃げ出す、ということも出来ますが?」

「お前とソンブレロさんの顔に泥塗れってか? そこまで俺は無神経で無遠慮に出来てねえよ。ってか俺がおふくろに恐れをなして逃げ出したみたいじゃねえか。出来るか、んなこと」

「では、お望みでしたら、相手があなた様であることを閣下にお伝えすることも可能かと思いますが、いかがいたしますか?」

 

 だがそのバナードの提案をレグルスはひらひらと手を振って一蹴した。「さっきから余計なことばかり言ってるんじゃない」と言いたげな様子である。

 

「気持ちは感謝するけどよ。知ったところでおふくろだって雇われてる以上、やめるって選択肢はねえと思うぞ。俺だって事をばらさず戦ってくれ、なんて言うのも野暮な話だしな。……それに映像やらなにやらで俺の存在は筒抜けになるだろう。同じ戦場に息子がいる、とわかればむしろ嬉々として襲い掛かってくるようなのがおふくろだ。『どれほど成長したか見てやろう』とか言って戦いを仕掛けてくるだろうよ」

「ああ……レオ閣下なら言いそうですね」

 

 納得する様子のプロヴァンスの言葉に付け加えるように、レグルスは「だからよ」と続ける。

 

「どうあがこうが、同じ戦場に立つ、と決まった時点で戦いは避けられねえ。むしろあの化け物を抑えてこっちをどう勝たせるかに頭を割くほうが利口で効率的だし、現実主義の親父だってそうするだろうよ」

「なるほど。そしてあくまで勝つのは盛り上げた上で、と」

「そういうこった、プロヴァンス。わかってきたじゃねえか」

 

 ニヤリと笑みをこぼすレグルス。その表情を見て、考え過ぎだったと元将軍はひとつため息を吐いた。

 家出同然、という噂をバナードは耳にしていた。そのため、彼の両親と話したときは親子間で問題はないようだったが、もしかしたら彼は母親と会うことを拒絶したいのではないか、とも考えていた。しかしあらぬ心配だった。そんなことは些細として、自軍の勝利、ひいては戦全体の盛り上がりにまで目を向けている。

 

「……いやはや、年寄りの冷や水でした。出過ぎた真似だったようですね」

「そんなことはねえよ。事前の情報は大助かりだ。こっちも心構えは出来たし……色々と覚悟も決まった」

「覚悟……?」

 

 バナードが問い返すより早く、レグルスは立ち上がった。なにやら身支度を始めつつ、「おい」とプロヴァンスに声を掛ける。

 

「行くぞ。いつまでくつろいでんだ?」

「え、殿下、行くってどこへ?」

「街だよ。遊びに行くぞ。……あと街中ではその殿下ってのやめろよ」

 

 思わず「ハァ!?」と間の抜けた声をプロヴァンスは上げていた。ついさっきまで言っていることとまったく違う。しかもバナードの目を気にしていたはずが、当の本人が目の前にいるのにこの言い様。一体どういう心境の変化だろうか。

 

「下手すりゃこれがこうやって旅する最後の傭兵稼業になる可能性がある。バナードにおふくろまで揃っちまったら、この戦が終わった後は俺達はガレットに強制送還かもしれねえぜ? だったら、もうこいつの目がどうとか一切関係ねえ。少なくとも表面上は『スフォリア・テッレとして接する』と約束したんだ、俺達が多少()()()をしたところで見て見ぬ振りをしてくれるだろうよ。それに最悪、何かあってもソンブレロさんが握りつぶしてくれるさ」

 

 この開き直りには先ほどの話を聞いていたプロヴァンスも、聞いていなかったバナードを苦笑を浮かべるしかなかった。あまりにもふてぶてしい。お目付け役ではないとはいえ、バナード当人を前にしてこの言いようは逆に賞賛したくなるほどであった。

 

「で、でもレオ閣下もいらっしゃると言う話は……」

「おふくろは西軍、こっちは東軍。これだけでかなりの距離がある。加えて、あっちは来賓で来るのは数日後。今日は絶対に安全だし、来たとしても街中には繰り出してこねえだろうよ。……ほら、早くしろ。どうせここで腐ってたってつまんねえって後悔するだけなんだ。だったら、後からこいつに渋い顔されようがやりたいことやって後悔した方がいいだろ?」

 

 笑いを噛み殺したように言ったレグルスの言葉に対し、まったくとバナードは心の中で呆れを通り越してもう諦めていた。どの道自分はあれこれ言える立場ではない。この部屋を出れば彼は「レグルス・ガレット・デ・ロワ」ではなく「スフォリア・テッレ」になるのだから。

 

「無論、無粋な口出しはしませんが……。騒ぎを起こして戦参加不可、などという不祥事だけは避けてくださいね」

「だからそれが無粋なんだよ。さっきも言ったとおりソンブレロさんが握りつぶすだろうっての。それにこれまでの道中でそこまでやらかしたのが俺だとばれたこともねえよ」

「……逃げ切りましたもんね。ハルヴァーの飯屋でいかにもガラの悪そうな連中に絡みに行って、騒ぎでかくなって相手ぶっ飛ばした時は」

「おいプロヴァンス! 余計なこと言うんじゃねえ!」

 

 お目付け役ではない、と言いつつも、バナードは思わずため息をこぼしていた。予想以上にやんちゃをやってきたらしい。深く聞かないほうがいい。知らないほうがいいことが世の中に数多くあるということは、知略派である彼は重々承知している。

 

「……では私は失礼します。節度を持って楽しんできてください」

 

 もはやそれ以上のことは言えそうにない。緊急事項を伝えに来たはずなのに、それは些事とばかりに最終的には完全にペースを握られていたと部屋を出てからバナードはようやく気づき、深く深くため息をこぼした。

 




パンシア……「獅子」を意味するレオと「雄牛」を意味するガウルにあやかる形で「豹」のパンサーから。愛称は「パン」になるので、お菓子用語の延長線上と言えなくもない。

ちなみに細かいことですが、おじ・おばの漢字表記は、親の兄・姉にあたる場合は伯父・伯母、親の弟・妹にあたる場合は叔父・叔母となります。ですので、レグルスから見るとガウルとノワールは叔父と叔母に、パンシアから見るとソウヤとレオは伯父と伯母という表記になるわけです。
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