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ドラジェの国内戦を翌日へと控えた日。レグルスとプロヴァンスは初日に通された談話室に呼び出されていた。予定ではもう少しすれば明日の詳細なミーティングがあるはずだが、それを前倒ししたような形になっている。それほど緊急で何かがあるのだろう、とレグルスは予想していた。
談話室に入ると既にソンブレロとバナードはソファに座っており、机の上にある図面らしきものに駒のような物を置いて難しい顔で眺めていた。おそらく明日の部隊配置の打ち合わせか何かと思われる。レグルスがそれより気になった点と言えば、今日はそれと別にいかにも騎士、という出で立ちの人間が数名、この部屋にいることだ。うち1人、隊長クラスと見受けられる人物は先の2人同様ソファに腰掛けている。腰に下げた剣と要所を守る比較的軽装の鎧。女性、それも見るからにまだ若い。自分より少し上な程度の年だろうとレグルスは考えた。
「おお、お二方、急に呼び出してすみませぬ」
いえ、と社交辞令的に返しつつ、騎士がいると言うことはやはり先の予想はあながち間違えていないようだとレグルスは推察する。
「まず紹介しておきます。こちらは今回東西戦で我が東軍の指揮を執ってくださいます、ドラジェ騎士団所属のテワナ・コンテレ千騎長殿です」
紹介を受けて女性隊長が立ち上がる。切れ長の鋭い目に赤みがかった黄色い髪。この国の人特有のイタチのような耳と尻尾以外、見るからに
「テワナです。今回東軍の指揮を執らせていただきます。よろしくお願いします、流れの傭兵スフォリア殿」
そう短く返し、彼女は頭を下げるでも、握手を求めてくるでもなく腰を降ろす。それきりレグルスへの興味などない、とばかりに机に視線を向け、早く話を進めたがっているようだった。
ははあ、と彼は直感する。間違いなく、この人間は自分と
「それで、急な呼び出しの理由はなんです?」
レグルスがバナードに尋ねる。きっちりと
「西軍がゲストに大物を呼んだらしいのです。ソンブレロ氏が先ほど相手方との挨拶に行ったところ、突然告げられた、と」
チラリと一瞬、バナードがレグルスへと目配せをする。それだけで今後どう対応するべきか、そしてこの呼び出しの理由を、彼は即座に理解していた。
「大物? 誰です?」
言うまでもなく彼とプロヴァンス、それにバナードは前もって知っている。だが、あくまで知らない
「レオンミシェリ閣下ですよ! 勿論ご存知でしょう、ガレットの『百獣王の騎士』! ……向こうは私がゲスト解説と言う名目で呼んだバナード殿のことを根に持っていたらしい、対抗策などといって呼んだらしいんですよ!」
「……また随分な大物を呼ぶんですね。まあ盛り上がるのは約束されるんでしょうが」
「盛り上がるのは結構、でも負けてしまってはこちらとしては歓迎出来ない状況です! 急にお呼び立てしたのは、その彼女への対策を、一刻も早く練りたかったからに他ならないのです」
やはり、と彼は自分の予想が正しかったことを悟った。とは言っても、最早手遅れだろうとも思う。今からこちら側を補強するのは不可能、だったら今話し合おうが予定通りの時刻で話し合おうが結果は同じだろう、とも客観視していた。が、同時に焦れば少しでも早いうちにそれを解決したいのが人情か、とも思うのだった。
「スフォリア殿達を呼んだのは、ソンブレロ氏がお二方をこちらの切り札、と捉えているからです。レオ閣下の対策会議としては欠かせない存在だろうと思いまして」
「とは言いましてもね。バナード元将軍は直接あの方の戦いをご覧になったことも多いのでしょう?」
「ええ。そういうスフォリア殿は?」
これは文字通りの酷い茶番だな、と思わず苦笑がこぼれた。だがその笑みの意味をすり変えるために、彼は次の言葉を紡ぐ。
「それは勿論、映像で何度かは。……変な期待を持たれないようにはっきり言いましょう。自分が戦ったとして、勝つ見込みは限りなく低いと思います」
諦め、という意味にすり変えられた自嘲的な笑みと共に、しかしはっきりとレグルスはそう言い切る。それを聞いたソンブレロが「そんな……」と頭を抱えるのが目に入った。
「それにしても規定的にゲストにレオ閣下とか、よく通りましたね。いくら盛り上げるためとはいえ」
「ハンデとしてこちらの兵力5000に対し向こうは4000と1000減らしてあります。さらにポイントを相当数前もってこちらには加算されることになりました。……しかしあの方が暴れ始めたら、兵力差があろうが、ポイントを貰っていようが関係ない! 場合によってはこちら全てを吹き飛ばすことだってありえるほどのお方なんですから!」
違いない、と息子は心中で母が暴れる様を想像する。ハンデでなど意味を成さない。たった今目の前のメインスポンサーが言ったとおり、全滅敗北すらありえるのだ。
「そこで我々が案を出させてもらうことになりました」
と、ここまで沈黙を保ってきたテワナが不意に口を開いた。しかしその視線はソンブレロに向けられ、レグルスの方を見ようともしない。
「レオンミシェリ閣下は我々騎士団が総出で相手をします。討ち取ることは難しいかもしれない。しかし、参加枠の騎士団を全て投入すれば、あるいは……」
「不可能ですね」
きっぱりと、レグルスはそう言い切った。それを聞いてテワナがその鋭い視線を発言者の方へと向ける。
「何……?」
「
声を噛み殺して笑いつつそう言った彼の横でプロヴァンスが小さく吹き出すのが分かった。父親譲りのレグルス得意のブラックジョークだ。共に旅をしてればこの手のジョークを聞くことには事欠かない。
「……それこそ、どういう意味か図りかねますが」
「言葉通りですよ。無駄なことはやめろ、と言いたいんです。貴重な高ポイントの騎士を割いたところでみすみす相手にポイントをくれるようなものだってことです」
「我々ではレオンミシェリ閣下の相手にならない、と……?」
ますます鋭くなるテワナの視線。しかしレグルスは堪える様子はまったく無い。
「さっきの言葉をそれ以外の意味に捉えられるなら、逆に教えていただきたいですね」
露骨な挑発に、テワナが耐え切れず机を拳で叩いた。やっちまった、と言わんばかりに隣でプロヴァンスが頭を抱えているのと、バナードが渋い表情を浮かべているのがわかる。
「口は達者だな。相手を不快にさせるのも得意なようだ」
「ひねくれ者ですから。口八丁手八丁、ってね。……伊達に流れの傭兵なんてやってると、口も手も達者になってくるんですよ」
「ほう……。腕にも自信がある、と」
「多少はね。ないと傭兵なんて言ってられませんし、相手をおちょくるような自殺行為もしません」
一気に空気が張り詰めた。レグルスは飄々としているが、テワナは完全無視を決め込んでいた当初とは対照的、彼を射殺さんとばかりに睨みつけている。2人の間に険悪な雰囲気が広がる。まさに一触即発。
「お、おふたりとも落ち着いてくだされ! 仲間割れをしている場合ではありませんぞ!」
「ソンブレロ氏のおっしゃる通りです。……スフォリア殿、少々戯れが過ぎます」
おいおい、という表情で視線をバナードのほうへと送るレグルス。今の言い方は「スフォリア」ではなく「レグルス」に言ってるみたいじゃないかと心の中で無意識に愚痴っていた。
「……失礼しました。ソンブレロ様、話を進めてください」
仮にも千騎長、指揮を執る人間という器は本物らしい。テワナは視線を戻しつつ軽く頭を下げて自身を律し、そう切り出した。
「うむ。とにかくレオンミシェリ閣下への対策なんじゃが……。スフォリア殿からすると騎士での対応はやめたほうがいい、と?」
「ええ。そうです」
「では代替案はありますかな?」
問われて、レグルスは一瞬黙った。ないわけではない。いや、むしろバナードから母の存在を聞かされたときから対策は考えていた。というより、厳密には
「……戦の開始前、自分の紹介を一瞬でいい、『流れの傭兵』という触れ込みと共に映像で映していただくことは可能ですか?」
ソンブレロが意図を図りかねて押し黙る。ややあって「いや、それは勿論可能じゃが……」と口篭りつつ返答した。
「なるほど、自分を売り込むのか。さすがは流れの傭兵殿だ」
先ほどの反撃、のつもりだろう。テワナがそう切り出した。しかしレグルスは彼女に一瞥をくれただけで、それを無視して先を続ける。
「開戦前に自分を映せるのでしたら、それだけで事足ります」
「何!?」
「レオンミシェリ閣下の相手は、自分が引き受けます。あの方は、間違いなく自分のところに来る」
「なぜそう言い切れるのだ!?」
興奮気味に女隊長は食って掛かってくる。既に上辺だけでも態度を取り繕うという余裕もないのだろう。
しかしレグルスはそれにどう答えたものかと考えていた。先ほど一瞬黙った理由もそれだ。
なぜだ、と問われても、それは理屈ではない。自身の姿を見れば、確実に母は正体を見抜いて自分の元に来るという直感的な結論に、話を聞いた時から至っているからだった。ふらりと旅に出た息子を戦場で見かけたなら、どれほど成長したのか見てみたいというのは母の本能だろうと彼は考える。ましてや、戦馬鹿とまで呼ばれる
「先ほども言ったように、自分が勝つ見込みは限りなく低い。ですので、狙うのは時間稼ぎです。ハンデ分の兵力差とポイントを有効活用して、仮に自分が倒されても被害を最小限に抑える……」
「その前に理由を述べていただきたい、スフォリア殿。なぜレオンミシェリ閣下はあなたを狙うと言えるのか!」
しかし、結局「親と子だから」という答えを避けたとき、うまい理由は思いつかない。可能なら答えずに済ませたい、と彼は狙いを話した。が、テワナがそれを見過ごしてはくれなかった。あくまで理由を述べるまで納得しないらしい。
それなら仕方ない、とレグルスはため息をこぼす。相手方の自分達を不愉快に思う気持ちはわからないでもないが、最初から不遜な態度をとられ続けたという事実はある。それは向こうがこちらを見くびっているからに他ならない。それでは明日の戦の時にひずみが生じる可能性があるし、何より売られたケンカは買わねばなるまい。彼はそんな自身の信条で持って、これまでで最大限の挑発で答えを返した。
「そこまで知りたいのならお答えしましょう。……一流の使い手は、相手を見ただけである程度の実力を察せる。レオンミシェリ閣下程の腕となれば当然そうでしょう。だから自分が紹介されれば事足りる、と言ったのです。
さっき騎士が総出で相手をする、と言ったときに無駄だと答えた理由も一部ここにあります。あの方は心から戦いを楽しむような様子が窺える。そんな人物にたとえ騎士をけしかけようとしたところで、相手にすらされないでしょう。なぜなら、あの方にとっては自分を楽しませるような強き者でないなら、騎士だろうがなんだろうが、その程度の者など歯牙にも掛けぬ存在と同義。逆に楽しませてくれそうな者がいれば、その相手と戦うことを望む……。つまり、一目でその力量を察すれば、あなたを含む騎士連中などよりも自分のところに来るであろうと予想できるからですよ」
机が激しく叩かれた。その音に思わずソンブレロが肩を震わせる。見れば、両拳を叩きつけ、怒りの表情を露わにテワナがレグルスを睨み付けていた。
「貴様……それだけの大言壮語を吐き、あまつさえ我々へ侮辱の言葉を投げかけたと言うのであれば、覚悟は出来ているのだろうな?」
「失礼ですがテワナ千騎長。……俺は事実を可能な限り客観的に、かつ率直に述べているだけです」
テワナが立ち上がり、腰に下げていた剣を抜いた。その切っ先をレグルスへと向ける。
「お、お待ちくださいテワナ殿! どうかその剣を……」
「申し訳ない、ソンブレロ様。たかが傭兵風情にここまで
「必要ないですよ。……自身の発言を証明するだけなら、得物など不要。今この場でものの1分もかからずに終わることだ」
刹那、テワナが跳んだ。一足飛びに机を乗り越え、瞬時に己の剣の間合いへ。
「やめられよ、テワナ殿!」
「口出すな! 煽ったのは俺だ!」
止めようとしたバナードに対して叫びつつ、レグルスは立つと同時にソファを蹴り背後へと飛ぶ。一瞬遅れてそれまで彼の首があった位置を刃が横に薙いだ。
さらに次の跳躍でテワナはソファも飛び越え、距離をとったレグルスへと再び間合いを詰める。同時に大上段から剣が振り下ろされた。
身をよじってレグルスはその一閃も避ける。続けて一歩分バックステップ。
次手の踏み込みで詰め切れる間合い、とテワナは判断した。振り下ろした刃を返し、素早い踏み込みと共に今度は逆袈裟に斬り上げる。
対してレグルスは上体を反らして沈め、切っ先をかいくぐる。次いで不安定な姿勢にもかかわらず、左足で剣の柄の部分を蹴り上げた。
「ぐっ……!」
予想の範疇を越えての反撃にうめき声をこぼしつつも、テワナは武器を手放すことだけは堪える。しかし攻撃を受け流された形となったことで、前につんのめったようにバランスが僅かに崩れた。
そこで勝敗は決した。
そのままレグルスは右足一本で地を蹴る。蹴った勢いを利用しつつ空中で体を捻り、浴びせるように側頭部目掛けて回し蹴りが放たれる。
ガードも回避も間に合わない。バランスを崩された上で完璧なタイミングで放たれたカウンター。やられる、と直感した千騎長に出来ることは、来るべき衝撃に備えて心を準備して身を硬くすることだけだった。
しかしその衝撃は、終ぞ永劫訪れなかった。代わりに反射的に固く閉じていたテワナが目を開いた瞬間、突風、とも言える空気の流れが顔と前髪を撫でる。それが蹴りを寸止めしたことで生じたものだと理解するには、目の前の傭兵がバランスを整えなおして両足を地面につけているのを確認するまでの時間を要した。
「あなたを煽って先に抜かせた無礼な振る舞いはお詫びします。ですが、これで自分の発言、多少は信じてくれる気にはなりましたかね、テワナ・コンテレ千騎長?」
まったくなす術がなかった。テワナは己の心に冷たいものが押し付けられたような感覚を覚える。仮にもドラジェの千騎長、ほぼ自身の腕だけでこの地位まで昇ってきた以上、それなりの自信はあったはずだった。
だが挑発に乗せられ、いざ剣を抜いて仕掛けた結果はどうだ。相手は丸腰という心の隙があったかもしれない、たかが傭兵という見下した思いもあったかもしれない。しかしそんな心の緩んだ部分を突かれたという点を差し引いても、己の3度の斬撃は全て空を切り、一方相手は得物どころか
もはや是非もない。自分にも相手にも一撃もまともな命中は無いが、これ以上続ける気など起きるはずもない。あの止められた足が振り抜かれていたら、最悪だま化までありうるほどの一撃だった。いや、その前に相手は果たして実力の何割ほど出していたのだろうか。グッと唇をかみ締め、テワナは剣を収める。
「……完敗です、若き傭兵殿。腕前は、十二分に理解しました」
評価を改めなければならない。この強さは本物だ、自分とは格が違う。そんな存在が味方になっている、この状況を有効活用するべきだ。
テワナは即座にそう思考を切り替えた。彼女が隊長たる所以、レグルスにうまく乗せられて頭に血を上らせたが、冷静さを取り戻せば判断は的確かつ客観的に行えるのが彼女の強みであった。
「ですが……。ここまでのあなたほどの腕をもってしても、レオンミシェリ閣下には敵わない、と?」
「さっきまでは過小評価で、今度は過大評価ですか? あるいは相手を過小評価しているのかもしれませんが。まあ到底敵わないでしょう。その辺り、長年あの方を近くで見てきたあなたはどう感じますか、バナード元将軍?」
レグルスに不意にそう振られ、バナードは思わず苦笑を浮かべる。確かに長年レオを見てきた。だが、実際に手を合わせたことは決して多くない。むしろ母親にしごかれたと聞く、質問主の方が誰よりもわかっているだろう。
「スフォリア殿の腕前は確かなようだ。ですが……レオ閣下はそのさらに上を行くでしょう。あの方の持った生まれた卓越したセンス、それでいて己を磨くことを忘れぬ精神、さらに心から戦いを楽しむ気質、そして長年の戦いで培った経験。かつて傍で見ていて、それらは強く感じます。もっとも、スフォリア殿もあの方に負けず劣らずのセンスとお見受けしました。あとは経験を積めば、いずれレオ閣下のような戦無双になるのではないか、という期待を抱かせてくれますがね」
危うく舌打ちをこぼしかけ、レグルスはなんとか自重した。見ればバナードはどこか皮肉っぽい表情を浮かべている。自分が今言い返せないのをいいことにしてやった、というところか。
それこそ先ほど彼がテワナに言った「過大評価」だと言い返したいところだった。いつかは越えたい壁だと思いつつも、自分が父と母に肩を並べるなど、まだまだ先の話だとレグルスは思っている。
「ひとまず話し合いに戻りましょう。……すみません、ソンブレロさん。屋内で揉め事を起こしてしまって」
「いえいえ、なんのなんの。肝を冷やしましたが……スフォリア殿の実力は折り紙付き、やはりこちらで囲って正解だったと改めて実感しましたぞ」
「ですから過大評価ですって。……この際はっきり言っておきますが、俺は過大評価されるのが嫌いだ。戦で活躍すれば有名になる。そうなって知名度が上がれば期待を生む。それ自体は嬉しいことですが、過剰に期待されてそれにそぐわなかった場合、落胆させたとしても結局は自分の責任です。そう思わせてしまうと言うのは、どうにも自分の心の居心地が悪い。だから過剰な期待が生まれないように同じ国にとどまらずフラフラしてたんですよ」
半分はだが、と心の中でレグルスは付け加える。もう半分は当然有名になれば自分の正体が露見する可能性が高まるからだ。この流浪の旅ははっきり言って楽しい。だが自国での立場もわかっている。だから逃げでしかないとわかっていつつも、彼は今が心地よかった。
しかしいささか長く逃げすぎたかもしれない。これまでは運良く同じ戦場に立つことはなかったわけだが、とうとう母と戦場で再会という舞台が整ってしまった。
「……いちいち一言多い嫌味な方だと思っていましたが、根は真面目過ぎるぐらいだとは。てっきりあなたの性格でしたら、期待されようが『そんなのは知らん』と一蹴するものだとばかり思ってました」
「その方が俺らしいんでしょうがね。……ま、色々あるんですよ」
含ませたような答えでもって、しかし適当とも取れる内容でレグルスはテワナに返答する。既に彼女はソファに戻り、レグルスも同様だ。そこで「さて」と前置きをして彼は話を進めようと思うのだった。
「どこまで話しましたっけ。レオ閣下を自分が引き受ける、と言うところまでですか?」
「それで合っています。開始前に紹介すればあの方は間違いなくあなたを狙う。その理由は身をもって味わいました。それでレオンミシェリ閣下を相手に時間を稼ぐ、と言っておられたかと思いますが」
多少皮肉は込められたようだが、彼女はレグルスの実力を認めている様子だった。レオが彼と戦うことを望む、という理由は了承したらしい。
「そうです。かなり消極的な案ですが、自分とプロヴァンスで出来るだけ時間を稼ぎます。幸いこちらはソンブレロさんにVIP待遇してもらっているとはいえ、一般参加の身。撃破されてもポイントはさほどでもありません。あとは同様に一般参加で
「では、あくまで我々騎士はレオンミシェリ閣下を完全に無視し、相手の騎士を狙うなりしてポイントを稼ぐ。同時に撃破ポイントも高いために撃破されないように動き、そしてポイント差での勝利を狙いに行く、というわけですか」
「その通りです。そもそも今回は時間制限いっぱいのポイント勝負、いかに相手にポイントを譲らず、かつこちらが頂くかがカギと言えるでしょう。なら、自分が敗れようがさほどの痛手とは思っていません。
勝負に負けても試合に勝てばいい。名を捨てても実を取ればいい。……勝利をもたらすために雇われた傭兵として、自分が負けるとしても、東軍が勝つための礎になるのでしたら、喜んでその役を引き受けましょう」
沈黙が訪れた。何よりも勝利を優先する姿勢、それに皆圧倒された雰囲気だった。その沈黙を嫌ってか、不意にレグルスが「ああ、とはいえ」と口を開く。
「露骨に時間稼ぎには走らないようにしますよ。それをやると盛り上がりに欠ける。そんなことをしたら戦の本末転倒ですからね。……とまあ、これが自分の意見なんですが、参謀役としても呼ばれているバナード元将軍、どう思いますか?」
そういえばここまで黙りこくって自分の案を聞いていたとレグルスは思い出しつつ、彼にそう尋ねる。やや間を空けて、彼はゆっくりと口を開いた。
「……私がここに呼ばれた意味はなかったかもしれませんね。あのレオ閣下を相手に迎えて勝ちを取れ、と言われても妙案が浮かぶ気はまったくしません。今スフォリア殿が述べられた案が、もっとも妥当で勝つ確率が高い、と考えます。補足するとすれば、今回は純粋な戦いは平野部に限定されます。山岳部はドラジェ自慢のアスレチックがある。そこは攻略するだけでポイントとなりますので、主に一般参加の方々にそちらの攻略を斡旋するのもポイントをうまく稼ぐとしてはひとつの手ではないかと」
「なるほど、確かにそうですな。テワナ殿はどうお考えか?」
「バナード元将軍のご指摘は頭に入れておきます。レオ閣下の対策については、もはや是非もありません」
ひとつ頷き、ソンブレロはレグルスへと視線を移す。
「ではスフォリア殿、大役お願いしますぞ」
「努力しますよ。あくまで出来る範囲で、という注釈つきですので保証はしかねますが。……さて、あとは自分がいなくても話が進むと思いますが、ここで退席しても? 相手がそれ相応とわかったのなら、今から明日に備えて少々体をほぐしておきたい」
「ええ、どうぞ。あとは私とテワナ殿で話を詰めておきます。……といっても、テワナ殿は指揮官として優秀でいらっしゃる。私のアドバイスなど、もう不要かもしれませんが」
そう言ったバナードに対して「いえ、私などまだまだ……」と謙遜の言葉を述べるテワナ。しかしそんなやり取りはもう自分には関係ない、とばかりにレグルスは立ち上がっていた。
「では自分はこれで。先ほどは色々とありましたが、明日はよろしくお願いします。千騎長殿」
「期待してますよ、スフォリア殿」
「だから言ってるでしょう、期待に添えられるかは保証しかねる、ってね」
皮肉っぽく答えを返し、レグルスはプロヴァンスを連れて部屋を後にする。バナードとテワナが色々と話し込む様子がまだ聞こえてきたが、気にかけた様子もなく彼は部屋を後にした。
「まったく殿下、バナード元将軍じゃないですが戯れが過ぎますよ」
廊下に出て周りに人がいないことを確認してから開口一番、プロヴァンスはそう切り出した。
「なんだよ、お前まで俺に説教か?」
「相手はドラジェの千騎長ですよ? わざわざ揉め事起こさなくても……」
「向こうは明らかに俺に不満と不信感を抱いていたからな。直接実力を見せて黙らせた方が話が早い。それに……先に手を出してきたのは向こうだ」
「よく言いますぜ。散々煽ってそう仕向けたくせに」
違いない、とレグルスは自嘲的に小さく笑う。あれだけ露骨に挑発して乗ってこないのは腕に自信のない取るに足らない存在か、あるいは自分より口も腕も一枚上手な相手のどちらかだ。そして彼も優れた使い手だ、後者はある程度一目で見極められる故に、煽るような真似はしない。だから挑発すれば乗ってくる、そして勝てるという確証はあった。
「まああれだけ頭に血上らせてたら、俺でも勝てそうな相手でしたけどね」
「お? お前も言うじゃねえか」
「いえ、あくまでさっきのように冷静さを欠いてるなら、の前提つきですよ。初手から大振りで来るのは読めましたし、得物さえ背負ってれば力任せに叩きつけて相手の武器ごとぶっ壊して、すぐ勝負はついたと思ってますけどね」
「確かにお前の馬鹿力ならそうだわな。……ただお前自身言ってる通り、冷静さを欠いてるなら、の前提つきだな。俺もそこに付け込んだから大振りの隙をつけた。平常時なら相当優秀そうだぞ、あの姉ちゃん」
だから明日の全体指揮は何も心配いらなそうだしな、とレグルスは心の中で付け加えた。少々熱くなりやすい面もあるようだが、基本的には落ち着いて判断できる指揮に向いているタイプのようだ。もっとも、性格はやはりきつそうだから仲良くなるのは難しいだろう、とも彼は思うのだが。
いや、そんなことを心配している場合ではないか、とレグルスは表情を引き締める。もはや母と戦うことは確実となった。ならあとはいかにしてその戦いの時を迎えるか。それを考えるべきだろうと、来るべき明日に備えて彼は廊下を歩く足を進めた。
テワナ・コン・テレ……テキーラの銘柄。唐辛子の入った度数の高い酒。テワナ・コン・チレとも。
ソンブレロに合わせる形で同様にテキーラの銘柄から取りましたが、結果自分の中でドラジェ=メキシコなイメージになってしまった……。