◇
そして、ドラジェ東西戦の日はやってきた。
西軍の本陣。昨日ドラジェを訪れ、夜はスポンサーの館で特別待遇を受けて、体をゆっくり休めたレオが専用に設えられたテントの中で戦の準備をしているところだった。
歳月を経ても失われることのない彼女の美貌と力強さをより強調するような、同時に動きやすさも求められた大胆な露出のある服装に身を包む。それだけで彼女はこれから始まるであろう戦へと心が昂るのを感じていた。
「レオ閣下、他に何か御用はございますか?」
「いや、大丈夫じゃ。武器もここに相当数用意してもらったしな。助かったぞ」
「勿体無いお言葉です。では、私どもはこれで。何かございましたら、見張りの兵を通して私どもにお申し付けくださいませ」
着付けを手伝った、メイドの格好をした女性達が
おかげで不満な点などない。むしろ少々気を使われすぎなようにも感じる。とはいえ、ガレット先代領主、さらには戦の花形として呼ばれた身だ。その好意は受けなければ逆に失礼になる、と彼女はわかっている。それ故、遠慮をすることなく、もてなしをあえて受けていた。
戦の格好になった彼女は、さて、とテント内に並べられた武器へと目を移す。大剣に斧に盾に弓……。彼女が得意とする大振りの得物からそれ以外まで、注文以上に揃っているのを確認し、今日はどれを使うべきかとそれぞれを手に取り始めた。
今の彼女はグランヴェールを所持していない。それはかつてエクスマキナを所持していた彼女の夫も同様で、宝剣はあくまで有事以外は使わない、と互いが決めた上で今はヴァンネット城の領主の部屋、すなわちガウルの部屋に保管してある。ところが、ガウル自身もやはり使う気は無いために、今のところ使われずじまいなのだが、いずれはパンシアと、戻ってきたときにレグルスが使うことになるのではないかとレオは考えていた。
「閣下、よろしいでしょうか」
さすが貿易大国ドラジェだけあってか剣も斧もいい素材を使っている、と彼女が武器を迷っていたところで、外から不意にそう声をかけられた。「どうした?」と右手に剣、左手に斧を持って比べながら彼女はそう返す。
「レザン様がお見えになられました。今お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
手にしていた武器を戻しつつ、彼女は答える。ガレットと貿易の友好国であるドラジェとしてはレオは大切な来賓だ。国が直接のオファーを出したわけではないとはいえ、王族で古くから親交のあるレザンが挨拶をしたいと言って来ても何も不思議ではない。ただ、本来はレオが到着した昨日中に顔を合わせたかったらしいのだが、彼の都合がつかなかったために直前で申し訳ないが戦の前でもいいだろうか、という連絡は前もって受けていた。
テントの入り口から姿を現したのは格調高い礼服に身を包んだ成年の男性だった。頭からはイタチのような耳が覗き、引き締まった表情とどこかギャップを生み出していた。
「すみません、レオ閣下。戦の前の貴重なお時間に」
「何、気にするな。むしろ国内戦のゲストにわざわざ
「またまた、何をおっしゃる。……相変わらずですね。お元気そうで何よりです」
「貴様もな」
レオとレザン、互いにそう言葉を交わし、僅かに表情を緩めた。
「1人か? 自慢のハルヴァー美人の奥方は城か?」
だが次に述べられたそのレオの言葉に思わずレザンは苦笑をこぼす。確かに自分の妻はウサギのような立ち耳が特徴的なハルヴァー人、それも美人だと彼は思ってはいる。しかしいくらなんでも直接的に言い過ぎではなかろうかと思わずにはいられない。
「ええ。子供達を見ています。なにぶん元気過ぎますからね。1番上は11歳なのでまだいいですが、1番下はようやく3歳になったところですから……」
「しかもその間に2人じゃったか? 男2人に女2人。ハルヴァー美人を相手にお前も随分と張り切ったものじゃな」
これにはまいった、と先ほど浮かべた苦笑から彼は表情を変えられずにいた。昔は
「そういうレオ閣下のお子様はどうなされました? 確かもう15と聞きましたが……」
しかし返されたその質問に対し、反射的にレオは視線を外してしまっていた。そして気まずそうな表情を浮かべつつ「ああ、まあな……」と適当に相槌を打ち、お茶を濁す。そこでようやくレザンは国を飛び出したらしいという彼女の息子のことを思い出し、聞くべきではなかったと後悔した。
「……申し訳ありません。気が回りませんでした」
「いや、何、気にするな。そのうち帰ってくるじゃろ。便りがないのは元気な証拠と、ワシもソウヤも信じておるしな」
彼女はそう言ったものの、どうも強がっている様子が窺える。やはり触れない方がいい話題だとレザンは判断し、次いで別な話題を切り出した。
「そういえば、今回はゲスト解説としてバナード元将軍を呼んでいるとか」
が、その話題に変えてもレオはどこか渋い表情を浮かべたままだった。とはいえ、先ほどのとはまた違う、今度は嫌がるような気配はさほどなさそうな色である。
「あいつめ、昨日ワシがここに来るまで全然連絡をよこしてなくての。なんでも東軍の口添え役も兼ねているとかで、それで対抗意識を燃やして西軍はワシを呼んだという話ではないか。しかしバナードのことは一切触れられていなくてな。昨日ここに来たあとの夕方に顔を出してきて驚いたわ」
「まあそのせいで西軍はハンデを背負う形になったんですけどね……。盛り上がるなら、と向こうも了承したようですが、いきなり閣下を呼ぶというのは、自分も少々やりすぎではないかと思いましたよ」
「ワシは構わんぞ? 貰えるものさえ貰えて、戦で暴れられ、それで盛り上がるなら何も文句はない」
改めてこの人には敵わないとレザンは思うのだった。器がまるで違う。些事など気にかけない、大らかさを通り越して豪快とまで言えてしまうその性格。よくもこれほどまでの存在を相手に、かつては一芝居打とうなどという気になったものだと今更ながら思ってしまう。
「その派手な暴れっぷりは、城に戻って放送で拝見するとします。楽しみにしてますよ」
「なんじゃ、観覧用の特等席で見るのではないのか?」
「美人な妻と、子達と一緒に見ると約束してますからね」
これには一本取られたとレオは肩をすくめた。昔は頼りなさそうな様子を窺わせていたのに、今では立派に国を治めるものとしての風格を身に纏っている。軽口を返してみせる辺りその考えは間違っていないだろうと彼女は思う。
「では自分はこれで失礼しますが……。閣下にお客様がお見えになってますよ」
「客?」
「ええ。自分の代わり、ではありませんが、そのおふたりが特等席でご覧になるかと思われます。……それでは」
客、そしてレザンの代わり。誰であろうかとその発言主の背を見送りながらレオは思考をめぐらせる。2人なら、まさか人生経験という名目の放浪の旅に出た息子がお供を連れてか、とも思ったが、そんなはずはないだろうと否定する。レグルスは人を通して、ましてや他国で会いたいということは言ってこないだろうし、自分の意思で戻ると決めるまでは会うことも極力避けるだろうと思っていた。戻って来た時以外で会えるとするなら偶然、という運の要素に任せるしかない。いずれにしろ、その旅は永遠でないとわかっている以上、待っていれば帰ってくる、それでいいと彼女はわかっていた。
そしてその考えを証明するかのように、テントに入ってきた来訪者は息子ではななかった。しかしいささか予想外であったために「おお」とレオは言葉を漏らす。
「ノワール、それにパンシア。どうしたんじゃ?」
「伯母様が参加する戦をどうしても生で見たくて。お母様と一緒にお父様に頼み込んだの」
「なかなか首を縦に振ってくれなかったけど……。私とパンは言い出すと聞かないってわかってるみたい。最後は『勝手にしろ』って言ってくれた」
それは了承を取り付けたのではなく、諦めさせただけだろうと思わずレオは小さく吹き出した。だが2人、特に姪であるパンシアが来た以上は恥ずかしい戦いなど出来ないと彼女は改めて思うのだった。無論、最初からそんな戦いをするつもりなど毛頭なかったわけだが。
「よし、そこまで無理を通したからにはワシはお前を満足させるような戦いぶりを見せねばなるまいな」
「大丈夫。伯母様なら普通に戦うだけで盛り上がるから。派手な紋章術をドーンって撃ってくれれば、私はそれで満足」
「はっはっは。では命知らずの者共がワシに群がってきたら、まずは挨拶代わりに大爆破でもお見舞いしてやるとしよう」
「うわあ! それは楽しみ! ちゃんと見たことあるの数えるぐらいしかないもん!」
無邪気にそう喜ぶパンシアを見て、レオは表情を緩める。そして優しくその頭を撫でた。
「でもレオ様、頭数が少ない上に相当なポイントがハンデでつけられたって話だけど……。大丈夫?」
「関係ないじゃろ。ワシが暴れれば勝つ。それが戦の道理じゃ」
「そうだよお母様。するだけ野暮な心配ってものだよ」
頭を撫でられたままレオの胸に顔をうずめていたパンシアも振り返りつつ母にそう返す。2人にこうも畳み掛けられては彼女としては返す言葉もない。実際その通りなのだ。
「そうじゃ、パンシア。今日使う武器を迷っていたんじゃが、お前が選んでくれぬか?」
「え!? いいの!?」
「ああ。折角じゃ、リクエストの武器でひと暴れしてやろうと思ってな」
パンシアは表情をぱあっと明るく輝かせ、武器を眺め始めると今度は一転して真剣な表情となる。それからあれでもないこれでもない、と独り言を言いながらレオの得物を見繕おうと必死な様子だった。
「……見た目も負けず嫌いな性格もお前そっくりだと言うのに、あんな風に表情がコロコロ変わるところは似なかったのかもな」
そんな彼女の邪魔をしないよう、レオは母の方へと近づきつつ小声で話しかけた。少しムッとした表情を浮かべつつノワールが返す。
「……悪かったですね。どうせ私は表情豊かじゃありませんよ」
「悪いとは言っておらんだろうに。ワシは一見無愛想ながら意外と懐いてくるお前のその性格も嫌いではないぞ」
「褒められてる気がしないんだけど……」
まだ拗ね気味のノワールの頭に、先ほどは娘にしたようにレオが頭に手を乗せる。それに対して怪訝な視線が返ってきているのを感じていた。
「……レオ様、まだ私のことを子供扱い? それとも私にとって義姉だから、姉っぽくしてるとか?」
「いや、そうではない。感謝、とでも言ったところか。……ワシの弟をお前に任せて正解だったと思ってな」
「え……? どうしたの、急に……」
「あれだけパンシアが楽しそうにしているのを見ると、お前達2人が結ばれ、そしてパンシアという子を授かって本当によかったと思ってな。あの子が嬉しそうにしているのを見ると、ワシまで嬉しくなってくるようじゃ。……っと、いかんな。どうにも自分の子をしばらく見ていないせいか、姪を本当の娘のように錯覚してしまいそうでな」
そう言って目を細めたレオを見て、ノワールはふと思った。やはり大切な子であるレグルスが近くにいない今、彼女は寂しい思いをしているのだ。それ故、ガウルが言うようにパンシアに甘くなってしまうのではないだろうか。
「うん、やっぱりこれ! 伯母様には斧が1番似合うもんね!」
と、大人2人の心などまったく知らず、真剣に武器を選んでいたパンシアがそう言って彼女の体には不釣合いな斧を両手に振り返る。「ほほう」と相槌を打ちつつ、一方でレオはそれを片手で軽々と持ち上げて眺め始めた。
「……うむ、悪くないな。これなら片手でも使える。あとは盾を使うとするか」
「本当は魔神旋光破も見てみたいから弓も使ってもらいたいけど、荷物になるから……。グランヴェールがあればこんなことで悩まないのに」
「あれはワシの占有物ではないからな。いずれはパンシア、お前が使うことになるのかもしれんがな」
「本当? ……私なんかに扱えるのかな」
不安げにそういった彼女の両肩に優しく乗せられたのは、暖かい母の手だった。
「大丈夫だよ。レオ様が今そう言ったんだから。それに……あなたは私とあの人の子なんだよ」
「その通りじゃ。……そしてワシはそんな将来の大物になるであろうお前の後学のためにも、良い戦いぶりを見せねばなるまいな」
心意気も新たにレオが気を引き締め直したところで、外から「レオ閣下、そろそろ準備の方よろしいでしょうか?」という声がかかってきた。応じる返事を返し、彼女は姪の方を見つめなおす。
「さて……では行くとするか。2人は特等席を用意してもらっているんじゃろ?」
「うん。レザン様の好意で来賓席用意してもらった」
「よし、ではしかと見るがよい。……『百獣王の騎士』の戦いぶり、とくと堪能していただくとしよう!」
時を経ても色褪せることのない、誇り高く凛々しい彼女の背がテントをくぐる。その後姿だけで、パンシアの心にこの後の大きな期待を抱かせるには十分であった。
◇
『さあ、いよいよ開戦の時が近づいてまいりました、ドラジェ国内戦でも最大級と言っていいでしょう東西戦です! 今回はこの東西戦を盛り上げるため、両軍とも外部から強力な助っ人を呼んでいるようです! さらにさらに、解説にも素晴らしいゲストをお呼びいたしました! かつてはガレット戦士団将軍で騎士団長でもありました、バナード・サブラージュ元将軍です! バナードさん、今日はよろしくお願いします!』
『こちらこそよろしくお願いします』
各所に設置されたスピーカーを通して聞こえてくる、耳に馴染んだ昔から変わることのない
「本日はよろしくお願いします、閣下」
「ああ。こちらこそ頼む」
昨日1度顔を合わせたときもそうだったが、どうもこの若者は少々自分を相手に緊張し過ぎではないか、とレオは思わずにいられなかった。とはいえ、彼女はガレットの先代領主、さらに特別ゲストで戦無双の花形となればどうしてもそうなってしまうのはやむを得ないこととも思えたために、特に何を言うでもなく、しかしあくまで彼女は普通に話すことを心がけていた。
「それにしてもゲスト解説がバナード元将軍でこちらの助っ人が閣下となりますと……。もはやガレット様様ですよ」
「逆に国内戦なのに外様がでしゃばるようで少々申し訳なくも感じるがな。しかしバナードが解説、ついでにいうと相手方の口添えで呼ばれていると知ったのは昨日こっちに来てからじゃったし、大目に見てくれ」
「そのようなこと。この国はガレットほど戦が盛んではありません。そこに有名人、殊に閣下のようなお方がいらしてくださるとなれば誰も文句は言いませんよ。今日も昨日軽く打ち合わせしたとおり、好き勝手に暴れてください。私達はバックアップに徹して、邪魔はいたしませんので」
今自身が言ったとおり、いささかでしゃばっているような後ろめたさをレオが持っていたことは事実だった。が、昨日今日とこう言われたのなら遠慮は無用だろう。ついでに、と先ほどパンシアと交わした約束のことも付け加えておくことにする。
「助かる。実は少々盛り上げるために、開幕に群がってくるであろう相手に派手に紋章術を叩き込む予定でいたからな。下手に味方が近くにいたのでは巻き込んでしまう」
「もしかして大爆破ですか!? ……いやあ、実は生で見るのは初めてなのでちょっと興奮しそうです。了解しました、皆に伝えておきます」
興奮しそう、とは予想していなかったと彼女は小さく笑みをこぼした。やはり自分を持ち上げ過ぎている感は否めない。
「ああ、それと一応閣下のお耳に入れておいたほうがいいかと思うことがありまして」
「ん? なんじゃ?」
「先ほど実況であった通り、向こうも助っ人を雇っているようです。流れの傭兵でスフォリア・テッレという若者……まだ少年といってもいいほどの者だそうです」
「少年? そんな若くして傭兵を名乗るのか。それだけの大言を吐くからには腕も確かなのじゃろうが、面白そうな奴がいたものじゃな」
「ええ、かなり強いらしいですよ。向こうの指揮を執る隊長……テワナ千騎長と昨晩の夕食の時に話す機会があったのですがね。なんでも彼女が手も足も出ずに一瞬で力の差を見せ付けられたとか」
ほう、と少し興味ありげにレオは相槌を打つ。
「そのテワナという千騎長はやり手なのか?」
「はい。戦の盛んなそちらと比べると、同じ千騎長でも見劣りするのは事実だとは思いますが……。それでも騎士の家の出ではないにも関わらず、女性で若くして千騎長まで昇ってきている、将来有望で優秀な人材です。少々プライドが高いのが玉にキズですが、自身で受け入れたことには素直に従う一面も持っています。そのために吸収が早く、また先ほどは欠点とは言いましたが、その自尊心でもって己を常に奮い立たせ、ここまで驚くべき速さで成長してきています。いい騎士ですよ」
「それをあっさりねじ伏せた、と」
「そうです。プライドの高い彼女がきっぱりと『格が違う』と言い切りました。実力の差をはっきり痛感している……。間違いなくかなりの使い手と思われます」
意図せず、レオは笑みをこぼしていた。この国の優秀と呼ばれる人材を遥かにしのぐ流れの存在。興味を惹かれる。強者は強者とぶつかってこその戦。未だ正体を知らぬ傭兵に思いを馳せつつ、彼女の心は決まった。
「よし、開幕の紋章術の後はその傭兵を叩きに行くとしよう。よいか?」
「勿論です。閣下の動きたいようになさってください。……ああ、もうすぐ東軍の様子が映りますね。その傭兵殿の姿も確認できるかと思いますよ」
その隊長の言葉通り、映像板を通して空中に映し出された映像からは東軍の主力騎士を中心にカメラが映像を捕らえていた。
『今回の東西戦はレオ閣下参加、という知らせを聞いてか、直前になっての駆け込み参加が相次ぎました! 結果、東軍5000対西軍4000というかなり大規模な数となっております! 無論この数の差はレオ閣下の戦力分、という配慮ですが……さらに東軍には事前に200ポイントというハンデ分のポイントが加算という異例の事態です! しかし……解説のバナードさん、どう見ますか?』
『それでも足りないでしょうね。あの方がその気になれば1人で相手を全滅、なんてことをやりかねませんから』
それはさすがに言い過ぎだろうとレオは1人苦笑をこぼした。全盛期ならまだしも、衰えを感じ始めた今はそこまで出来るかわからない。
『そんな不利、と言われる東軍ですが、指揮を執るのは若き女性騎士、テワナ・コンテレ千騎長です! 実力は折り紙つき、しかもそのクールな雰囲気と秘めた美しさも相俟って、早くも多くのファンがいると聞きます!』
じろり、と紹介を受けた騎士がカメラの方をひと睨みする。なるほど、きつそうな性格ようだがなかなかいい目をしているとレオは感じた。その騎士をもって格が違うと言わしめるほどの傭兵。一体どんな存在かと姿を見るのを心待ちにしていた彼女は――。
「なっ……!?」
次に映し出された少年の姿に絶句した。
『さらに東軍には強力な助っ人がついております! これまで様々な戦場を渡り歩き、先日は南オランジェで大暴れした後、MVP最有力候補だったにも関わらず突如姿を消したという流れの傭兵、スフォリア・テッレ! そんな気まぐれやが東軍に姿を見せています!』
しかしレオが言葉を失っていたのはそこまで。次には声を殺したまま小さく笑っていた。
髪と耳の色こそ違うが、
「あの……。レオ閣下、どうかなされました?」
いきなり様子が変わったことを不審に思ったのだろう。西軍の隊長がそう尋ねてくる。それに対し、レオは浮かべた不敵な笑顔を崩すことなく静かに、しかし異を唱えさせない声色で告げた。
「……さっきも言ったが、あの傭兵はワシが相手をする。一般参加の連中は構わぬが騎士には絶対に手を出させるな。よいか?」
「え、ええ……。わかりました」
畏怖を感じたような返答であったが、レオはそれをもはやまともに聞いていなかった。この後の戦いと、そして偶然という巡り合わせに感謝をしつつ、沸き立つ心を抑えることが出来ずにいた。
「時が来た、ということじゃな……。祖国ではなかったが、戦場での再会とはいかにもワシとお前におあつらえ向きな話ではないか。久しぶりに心が躍る、いい戦になりそうじゃ。
……さて、どれほど成長したか見てやろうぞ、レグ!」
◇
『対する西軍! こちらの目玉はもはや説明不要! あの『百獣王の騎士』レオンミシェリ閣下です! 数多のハンデを貰いながら、それでもバナードさんに足りないと言わしめる戦無双! 今日はどれほどの活躍を見せてくれるのか!?』
映像に映し出されたのは何やら不敵に笑みを浮かべたレオの姿だった。カメラに視線を向けようともサービスに手を振ろうともせず、ただただ不敵に笑っているだけ。そんな母の姿を見て、息子は思わずため息をこぼす。
「で、殿下……。本当にレオ閣下ですよ……」
「言われるまでもなく見りゃわかるだろうが。……しかもおふくろ、俺の存在に完全に気づいたな。あの顔見りゃわかる、ありゃ俺だけを狙ってくるぞ」
どこか諦め気味にレグルスはそう答える。当然ではあるが彼も、そしてプロヴァンスも戦支度は既に済ませてある。レグルスは防具としては脚甲だけを身に着けて腰に剣、背に矢筒とそこに弓をかけている。プロヴァンスは重厚な鎧と背中に大剣だ。
やはり以前にレグルスが思ったとおり、レオは一応隠している彼の正体などあっさりと見抜き、さらに嬉々として自分を狙ってくるらしい。いかにも母らしい。大方、戦場での再会という事態を喜んでいるのだろう。
「じゃあ予定通りにいくんですかい?」
「ああ。特攻覚悟で一般参加がおふくろに突撃するだろうから、そこが蹴散らされてからが本番だ。うまいこと予定場所におびきだす」
「了解です。出来る限りでお供いたします」
「頼りにしてるぜ、プロヴァンス」
謙遜したように「いやいや」と述べた従者兼相棒だったが、レグルスは己の言葉通りにプロヴァンスを頼りにするつもりでいた。
レオのパワーは何度も手合わせして身に染みている。自身では足りない。スピードとテクニックでもって自分が撹乱し、パワーのプロヴァンスが押し切れるような状況を作り出す。そこに勝機があると踏んでいた。
「スフォリア殿」
と、そこで不意に凜とした声がかけられる。声の主はテワナ。戦の前に嫌味のひとつでも言われるのかと、「何か?」と適当に返事を返した彼だったが――。
「大役、お任せします。この戦の後、共に勝利の美酒を味わいましょう。ご武運を!」
これには虚を突かれた。既にテワナは視線を戻して周りの騎士達に指示を飛ばしており、レグルスは返答のタイミングを完全に失ってしまっている。代わりに本人には届かないとわかっていながらも、笑みでもって自身の中で完結する答えとしていた。
「あの高慢ねえちゃん、なかなか面白いじゃねえか。ウマあわねえと思ってたのによ」
「そうなんですかい? どう考えても顔を合わせたら嫌味を言うあなたと不快感を見せるあの千騎長という構図しか思い浮かばないのですが」
「確かに普通に話せばそうなるだろうよ。だが、俺の腕だけは信じてくれたらしいからな。まさか激励されるとは思ってなかった。……こいつはご希望に添えなきゃならねえな」
そう呟き、レグルスが己を奮い立たせるように笑みをこぼしたところでハイテンションな実況が響き渡る。どうやら間もなく開始らしい。
『そろそろ開戦の時間となりますが、最終確認です。今回の主戦場はドラジェ山岳アスレチック地帯周辺となります。真っ向勝負はその山岳部南側にあります、限られた平野部で行われるものと推測されますが、腕にさほど自信がなくても問題ありません! そんな参加者の方々は、北側にあるこのドラジェが誇る名物アスレチックを攻略するだけでもポイントを稼げ、自軍の貢献となります!』
『そこはまさにこの国の名物、と言えるでしょう。山岳地帯の多いドラジェの特徴をうまく生かした様々なアスレチック、私が将軍だった頃は合同演習でいい特訓材料として騎士から好評な声が上がってました』
『これは元将軍からのありがたいお言葉ですね。そこのアスレチックの方も興味深いですが……。しかしやはり目玉はレオンミシェリ閣下でしょう! いかがですか、バナードさん?』
『おっしゃるとおりですね。一太刀でも浴びせることが出来ればたちまち名はあがります。命知らずな東軍の方々が、彼女に仕掛けようと殺到するかもしれませんね』
レグルスがフン、と鼻を鳴らした。その意図を図りかね、プロヴァンスが「どうしました?」と尋ねる。
「うまいな。さすがバナード」
「は?」
「煽ったんだよ。これでおふくろのところに特攻覚悟で突っ込む馬鹿が増える。するとどうなるか」
「でかい紋章術で一掃、ですか? でもそれじゃ結局玉砕でしょう? 向こうに一般参加の撃破分ポイントをくれるだけじゃ……」
違うな、とレグルスはそれを否定した。
「確かに表面上、数字の上では向こうに有利となるだろう。だがおふくろに一発紋章術を撃たせるというのは、それだけ疲弊を誘える、ということになる。……とはいえ、全盛期より衰えたとか言ってても相変わらず底無し輝力と言ってもいいおふくろには効果薄かもしれねえけど」
「じゃあ結局無駄じゃないですか!」
「それがそうでもない。まず間違いなくおふくろは俺を狙ってくるが、有象無象といえど数が群がってきたらそれを蹴散らすために俺への注視を一旦切って、紋章術で蹴散らすという対処を取る。つまり、その間はこっちの動きから目が離れ、俺たちが気づかれずに移動する時間が生まれるってことだ」
一度は否定の声を上げたプロヴァンスだったが、なるほど、と納得したらしい。2人はレオを平野部で相手にするつもりはない。山岳アスレチックの一角、自分達にとって有利になる場所に引きずり出すつもりでいるのだ。
しかし狙い通りに事が運んだとして、それでもまだまだ分が悪いことをレグルスはわかっている。とはいえ、無策で相手に挑むよりは遥かにマシだろう。
『間もなく開始の時間と相成ります! 時間いっぱいポイント勝負のこの戦、勝つのは東軍か、はたまたレオ閣下有する西軍か!?』
その実況からやや間が合って、花火の音が辺りに響き渡った。
あとは己の立てた策と相棒を信じて戦うだけ。周りで上がる雄叫びに混じって、レグルスも短く気合の声を上げた。
戦開始。ドラジェ国内戦、そしてレグルスとレオ、2人の再会の戦場という舞台の幕が、今上がった。
ドラジェについてはドラマCD2で比較的詳しく描かれています。レザン王子(あくまでこの話の中ではそこから年数経過しているので国王扱いにしていますが)のことや、ドラジェの人はイタチのような耳と尻尾を持っていること、山岳部にアスレチックがあるということもここで判明します。
また、今回ゴドウィンの息子、という形でプロヴァンスを出してるわけですが、そのゴドウィンと妻エリーナとの出会いも、その中で語られます。
なお自分はドラジェのオリキャラの名前をテキーラの銘柄統一としてしまいましたが、おそらくメキシカンな国ではないと思われます。