DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 6 高らかなる咆哮

 

 

 

 開幕と同時、両軍とも部隊はほぼ2つに分かれた。南側平野部で真っ向勝負を仕掛ける部隊と、北側アスレチックエリアを攻略する部隊。当然レグルスは前者だ。しかし平野の中央部に展開するテワナの隊からは離れ、やや北寄りのエリアをセルクルとともに駆ける。

 注目ゲストということもあってか、ほぼ常時カメラに撮られっ放しなせいでレオの移動ルートはレグルスに筒抜けだった。案の定、自身に狙いを絞り、最短距離で突っ込んでくる様子だと予想できる。しかし、それ故その移動ルートは読みやすい。

 レグルスは手でプロヴァンスを制し、セルクルの速度を緩めさせた。代わりに彼が「特攻覚悟」と評した一般参加者達が前へと出て行く。こちらは結構な数だが、相手はレオの周りに味方を配置させていないらしい。おそらく彼女があえて遠ざけさせたものだろう、と推察できた。

 

 先行した部隊がレオと激突しそうなところで、映像の中の彼女は突然セルクルから飛び、その前方へと降り立った。そのまま背後に紋章を(まばゆ)いばかりに輝かせる。青と黒に彩られ2頭の獅子が描かれた、雄々しさと荒々しさが共存する、レグルスにとっても馴染みの深い紋章。そこを通し、エメラルドグリーンの輝力の光がレオの体から溢れ始めたのを見て彼は小さく笑みをこぼした。

 

「狙い通りだ。最大級のをぶっ放してくれるようだぜ。……プロヴァンス、進路変更だ。予定地点に向かうぞ!」

「了解です。しかし最大級、っていうと、やっぱ……」

「ああ、あれのようだぜ」

 

 移動しつつも、彼は映像を確認する。自分の予想を証明するかのように、彼女は気合の声と共に斧を地面へと叩きつけた。直後、地面から火柱が昇るのがわかる。

 

『で、出たー! あの紋章術はレオ閣下の代名詞、獅子王炎陣大爆破! 開幕にいきなりとは驚きではありますが、東軍の出鼻をくじくつもりでしょうか!? 既に多くのだまが宙を舞っていますが、まだ本発動ではありません! 一体何人ここから逃げ切れるかー!?』

 

 実況がそこまで言ったところで、「大爆破!」という叫び声がレグルスの耳に入ってきた。間を置かずして、進路を変更した彼の背後でその言葉通りの大爆破が巻き起こる。

 

「……ったく、相変わらずやることが派手だね。あんなもん食らったらひとたまりもねえだろうな」

 

 そんな彼の独り言を証明するように、映像には爆発後に降り注ぐだまの様子が映し出されている。しかし技を放った当の本人はそれを気にもかけていない様子で、紋章術の範囲外に逃れていたセルクルが駆け寄ってくると再び跨った。

 

『爆破ー! これに巻き込まれてはひとたまりもありません! レオ閣下にしかけようとした者は漏れなくだま化の全滅です! 相変わらずの凄まじい威力!』

『派手な開幕花火です。いやはや、閣下らしい』

『……っと、しかしレオ閣下、無双の余韻に浸ることなく、早くもセルクルを走らせ始めました。これはどうしたことか?』

 

 その実況を聞いたからというのもあるが、確実に追って来ている、とレグルスは感じていた。距離があってもわかる。己に突き刺さるような、戦う楽しみも求めているような、そんな殺気。

 どうやら相手はそれほどに再会が待ち遠しくて我慢できないらしい。やはり自分の予想通りだったと改めて感じる。母は自分と戦いたくてしょうがない。久しぶりに剣を交えて成長を確かめたがってやまない。戦場での再会、それが自分達には相応しいのだと、はっきりそうわかっていた。

 

 2人を乗せたセルクルが足を止める。山岳アスレチックエリアのひとつ、「飛び木地帯」と呼ばれる場所だ。その名の通り、傍から見ると巨大なキノコのようにも見えるその足場は、上から見れば飛び石よろしく木で作られて点々と存在しているのがわかる。ひとつの足場はそれぞれに高さもサイズも少々異なってはいるが、大体が地上から高さ、四方のサイズが共に約2メートル程、人が2人も乗れば狭いぐらいに感じるだろう。今回は攻略することでポイント対象のアスレチックとはならなかったが、単純なアスレチック戦の場合には使われる場所である。また、狭い足場での戦闘訓練としてはもってこいであり、演習等ではよく使われていた。

 彼はここを母との戦いの場所に選ぼうとしていた。ところが相手は大振りな得物を使ってのパワー戦が得意。一見この自然と近接戦(インファイト)にならざるを得ない足場はレオ有利、と見えるかもしれない。だが相手の得物は大振り、かつ、防御という点まで含めて移動範囲を制限される状況では一概にそうとも言えない。

 レグルスはそこに勝機を見出そうとしていた。防御重視の自分が相手を揺さぶり、パワーのプロヴァンスが重い一撃を打ち込む。とにかく相手のペースを乱し、そのパワーの一撃で押し切ろうという考えでいた。2対1が前提の、プロヴァンスとの連携による攻撃。それを使って相手を揺さぶり、あわよくば有効打を打ち込むのが彼の狙いである。

 

 そんな彼の狙いを知っているのかいないのか、それとも意にも介さないのか。ややあってそこに着いたレオは、目標が飛び木の上とわかると同じ足場ではなく、隣り合った足場へと跳躍して飛び乗る。そして、目標の相手を見つめ、ニヤリと獰猛な笑みをこぼした。

 

「久しぶりじゃな。……いや、あくまで初めまして、と演技するところから入った方がいいのか? 流れの傭兵殿?」

 

 思わずレグルスは苦笑をこぼした。再会を懐かしむものだろうと思い込んでいたが、うまい皮肉がとんできたと思う。だがなんでもいい。確かなのは、この後剣を交えるということだ。

 

「好きにしてくれ。どうせおふくろの目はごまかせないだろうし、間違いなく俺を狙ってくるとは思ってたからな」

「そうか。……じゃがなんじゃ、その髪の色は? まったく、ワシに似た自慢の髪が台無しではないか」

「偽装だっての。紋章術によるこの手のトリックは、この黒髪を似せた相手である親父の得意技だろ。これだけで印象変わるんだよ。先代領主の息子って身分を隠して放浪するにはこういうのがいいだろうしな」

「結果、『流れの傭兵』か? ……面白いことをしていたもんじゃな」

 

 へっ、と返し、レグルスは静かに腰の剣を抜いた。プロヴァンスは既に背中から大剣を抜いており、構えてこそいないものの両手に持っていつでも戦闘態勢に移行できる状態だ。

 

「その旅の成果がどんなもんかは、これから見せるってことで。……2対1でやらせてもらうけど、文句は?」

「ないな。別に構わんぞ。プロヴァンス、お前はワシがゴドウィンの代わりにどれほどになったか見てやろう」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 その返答に、耐えかねてレグルスが吹き出した。レオは失笑しているらしい。

 

「馬鹿野郎、そんなガチガチじゃ一瞬でだまになるぞ」

「レグの言うとおりじゃ。余計な遠慮は無用。……死ぬ気でかかってこい。さもなくば、ドリュール家の名を汚すことにもなりかねんぞ」

 

 さて、とレオは斧を軽々と一振りし、感覚を再確認した。そして、静かに、だが確かな気迫とともに構える。

 

「では……始めるとするかの!」

 

 

 

 

 

 睨み合いの状態を破り、レグルスとプロヴァンスが飛び出したのは同時だった。しかしレグルスは左の足場へ、プロヴァンスは右の足場へと位置を変える。典型的な挟み撃ちの形。

 その迂回を経て、先にレオに斬りかかったのはレグルスだった。紋章術を発動させるでもなく、己の身体能力だけで彼女の立つ足場へと飛びつつ、剣を振り下ろす。

 それに対し、彼の母は右手の斧を軽く振るっただけだった。それだけで両腕で力をこめて振り下ろしたレグルスの斬撃と拮抗、いや、わずかに押し返し、彼を足場の縁へと着地させる。

 その隙に、やや遅れてプロヴァンスも足場から飛び移りつつ大上段に大剣を振り下ろして斬りかかった。挟み撃ちに加えての時間差攻撃。さらには右手をレグルスの迎撃に使わせた後。盾を持っているとはいえ左手1本での防御は、プロヴァンスの怪力をもってすれば破れるかもしれない。そう踏んでのレグルスの仕掛けだったのだが――。

 

「甘いわ!」

 

 レオはあえてプロヴァンスの方へ距離を詰める。これによって武器の振り下ろしのポイントをずらされた相手に対し、盾で攻撃を受け流すのではなく、相手に叩きつけることで行動自体を封じた。

 シールドバッシュ。本来防御に用いる盾で相手を殴る攻撃方法だ。レオ持ち前の力で叩きつけられた盾による打撃は、重厚な鎧に身を包み、さらには巨躯でもあるプロヴァンスをやすやすと先ほど飛び出した足場まで吹き飛ばす。

 今度はそこを狙って死角からレグルスが迫る。しかし相手は百戦錬磨のレオだ。気配でそれを感知、袈裟に斬り下ろした切っ先を見切り、後退して攻撃をやり過ごす。

 が、そこで狭い足場ギリギリに追い込んだのをレグルスも見逃してはいない。追撃に今の斬撃の勢いを利用して体を捻りつつ上段への左後ろ回し蹴りを放つ。上体を反らしてレオはそれをかいくぐった。体勢を崩したそこへレグルスの本命、大上段からの斬撃。だが絶妙のバランスコントロールとその身体能力でレオは体を戻しつつ、左手の盾で剣を受け流した。反撃に斧を横に薙ぎ、回避を選んだレグルスが跳び退く。そのままもう1度後ろへと跳び、3人それぞれ別の足場についたところで一旦間が空いた。

 

『こ、これは目まぐるしい攻防だ! スフォリアとプロヴァンスの見事な連携による挟撃と時間差攻撃! しかしそれをあっさりとかわしたレオ閣下! やはりこれは目が離せない戦いになりそうだ!』

 

 興奮気味の実況を、レグルスは焦りと予想通りという相反する思いで聞いていた。ほんの短い時間の攻防だったが、それだけでわかったことはある。まずは心を落ち着け、それを冷静に、かつ迅速に理解と分析をしなくてはならない。

 

 これまで他の国の戦において、隊長クラス程度ならこの連携で十分通用した。だが相手がレオとなれば当然それで決まるなどと思っていない。それでも多少の効果はあると見込んでいた。

 しかし実際のところ、有効打はおろか相手を揺さぶることさえできない。むしろ完全に防ぎ切られたことで、逆にこちらが精神的にダメージを受けてしまっている。

 

『どう見ますか、解説のバナードさん!』

『確かにスフォリア殿の連携による攻撃は見事です。しかし……そこはさすが戦無双。レオ閣下は全てを看破しておられるようですね。移動を制限される足場という不利な状況をまったく感じさせない、見事な立ち回りです』

 

 さすが元将軍は適切な観察眼をお持ちだ、とレグルスは内心で彼を評価する。わざわざ体を捌きにくい、動きを制限される足場に誘い込んだというのにそのアドバンテージを生かし切れない。死角を突いても研ぎ澄まされたカンでそれを読み切られ、自分の攻撃は片手の斧と盾に止められた。まるで付け入る隙がないように思える。

 しかし、と彼はそれを頭の中で否定する。あくまで止められたのは自分の攻撃のみ。プロヴァンスの攻撃に対しては盾でいなすのではなく、攻撃自体を潰しにかかった。そここそが未だ残る可能性。得物の重量に怪力が乗った一撃を片手で防ぎ切れない場合を配慮してのシールドバッシュではないだろうか。

 だとするなら、まだ2人合わせての素の技量勝負で完全に負けている、とは言いがたいとレグルスは考える。イチかバチかの危険性のある勝負を仕掛けるには少々早い。牽制の延長線、同じ戦い方を続ける意味はまだある。

 チラリとレグルスがプロヴァンスに視線を送った。僅かな視線の動きで主が何を望んでいるのかを汲み取り、彼は小さく頷く。

 

 次に仕掛けたのはプロヴァンスが先だった。レグルスは踏み込む、と見せかけて一歩を踏み出したが、そこで足を止めている。

 息子はフェイント、と判断したレオは矛先を完全にプロヴァンスに向けた。大上段に振り下ろされる大剣に今度は斧をぶつけて迎撃する。元々握り締めていた右手と、盾を持ってはいるものの添えられた左手。完全に両手分とまでは行かなくとも、実質片手以上の力を得て豪快に振るわれた彼女の得物が、大剣と刃を合わせて火花を散らしつつ激しい金属音を打ち鳴らす。次いで先ほどのシールドバッシュ時同様、相手の巨体ごとレオは力で押し返した。

 が、直後、振り抜いた斧に添えられていた盾を持つ左手を背後へと回す。そこに一瞬遅れて矢が飛来し、盾はそれを防いだ。

 レオが背後を振り返ると同時、レグルスも足場を踏み切って飛び出す。今の弓による一射のために空中に放り投げていた剣を掴みなおし、弓を背中の矢筒へ戻す。そのままレオが立つ足場の縁ギリギリ、互いの間合いの僅か外に着地し、低い姿勢で間合いを詰めて近接戦(インファイト)へ。

 させまいとレオが斧を横に振るう。それに合わせてレグルスが下から剣でかち上げ軌道を変え、かろうじてその下をかいくぐった。反撃に剣を横に薙ぐ。レオは左手の盾でそれを防御。

 続けて放たれた左足の回し蹴りを斧を持った右手の手甲で受け止める。さらに続きそうな連撃の予感、このままではペースを乱されるとレオは感じた。間合いを空けて仕切りなおしたいが自身の今の位置は狭い足場の縁。やむなし、と彼女は隣の足場へと大きく跳躍した。

 

「プロヴァンス!」

 

 それを待っていたようにレグルスが叫んだ。隣の足場への着地と同時、レオは横から迫る気配を感じて攻撃を繰り出す。レグルスの叫びの通り、飛び込んできたのはプロヴァンス。先ほどの切り結んだ時と同様、大剣に斧をぶつける形で迎撃となった。しかし今度は着地間際というベストからは程遠い姿勢、少し前のように相手を押し返すことは叶わなかった。レオは攻撃を食い止めるのが精一杯となり、たまらず間合いを空けて追撃に備える。

 そこに矢が飛来した。目で確認するより早く気配で察知し、レオはそれを斧で弾く。

 直後、再びプロヴァンスが仕掛けた。得物の重量と怪力を乗せ、大剣を横一文字に振るう。矢に対する防御後ではあったものの今度は姿勢もほぼ万全、レオはそれを真っ向から受け止め、力で確実に押し返した。反撃に転じようとするレオだが、プロヴァンスは後方の足場へと飛び退き、さらに追撃を阻むようにまたしても矢が飛んでくる。身をよじって交わしたレオは、レグルスが剣を足場に突き刺して弓を放ったこと、退いたプロヴァンスが彼と同じ足場に移動したことを確認し、追撃の手を休めてインターバルを挟む選択を取った。

 

『ご、ご覧いただけていますでしょうか! 2対1とはいえ、あのレオ閣下相手にこれだけの善戦を見せている流れの傭兵、ただものではありません! いかがですか、バナードさん!?』

『実に見事な連携ですね。スフォリア殿が持ち前のスピードとテクニックでレオ閣下を揺さぶり、ここぞというところでパワーが自慢であろうお供に仕掛けさせる。事実、純粋な力だけならレオ閣下にも劣らないほどの強力な攻撃のようだ』

『では、もしその強力な攻撃が当たるようなことがあれば、もしかしたら、ということもあると……?』

 

 その実況の言葉に、戦場の親子は同時に小さく笑みをこぼした。共にわかっている、そんな「もしかしたら」はまずあり得ない。ここまではあくまで互いに純粋に技量勝負、いうなれば模擬戦の延長線上。しかしここから先は違う。互いにそれを悟り、これまでと戦いの質が変わる、と予感したからの笑みだった。

 

『そううまくはいかないでしょう。ここまで互いに紋章術を見せていない。つまり双方、特にレオ閣下にとってはまだ準備運動に過ぎないわけです。……私個人としては、ここからスフォリア殿がどう仕掛けるのか、非常に興味がありますね』

 

 他人事のように気安く言ってくれたバナードに対して、レグルスは思わず失笑をこぼしていた。今すぐ返答できるなら「見事な解説ですね」と皮肉をこめて言ってやりたい。しかしそれは叶わないと諦め、代わりにこれからの展開を話そうと横のプロヴァンスに小声で喋り始める。

 

「どうにかこうにかいいペースで戦えてきてるが……。残念ながらここまでだろう。今バナードが言ったとおりだ。こっからはおそらくおふくろは紋章術を使ってくるぞ」

「本気……ってことですか。やべえやべえ……」

 

 まだプロヴァンスは軽口を叩く余裕ぐらいはあるらしい。もしかしたら自分の攻撃がいい線までいったことで自信をつけているのかもしれない。自惚れかもしれないが、今はそのぐらいでいい。心で負けるようでは、戦う前から負けることになるのだから。

 

「腕を上げたな」

 

 と、そこでレオが2人に話しかけてきた。だが言葉とは裏腹、表情はどこか嬉しそうに見える。

 

「特にプロヴァンス。ワシの体勢が崩れていたことと少々衰えを感じつつある現状分を差し引いても実に重い、いい一撃を打ち込むようになったものじゃ。父に胸を張って強くなったと言っていい。出てきたときは百騎長だったか? もし国に帰ったときに騎士団に戻るつもりがあるのなら、ワシが直々に千騎長に推薦してやろう」

「きょ、恐縮です……」

「ここまで2対1、加えてこの足場というアドバンテージをうまく使って、技量を五分まで持ち込もうと工夫して戦ったことは見事じゃ。しかし、先ほどバナードが言ったとおりここから先はワシも本気で行く。……やはり模擬戦感覚で戦って勝てる相手ではないようじゃからな」

 

 言うなり、彼女は紋章を背後に輝かせた。ここからは紋章術を使う、という先ほどの言葉の証明と意思表示、そして勇ましい紋章を誇示することによって相手に与える威嚇。その紋章を背に、彼女は得物を追い詰めた狩人のように獰猛に笑みを浮かべた。

 

「さあ、どう来る? 好きにかかって来るがよい!」

 

 やる気満々の母に対し、息子は小さくため息をこぼした。先ほどプロヴァンスに言ったとおりここまではいいペースだった。プロヴァンスの一撃を全て押し返されたわけでない点を考えれば、出来過ぎと言ってしまってもいい。だが問題はここからだ。

 

 正体を隠すために紋章を偽っている自分と、お世辞にも紋章術の扱いがうまいとは言えないプロヴァンス。どう考えても、通常なら勝ちの目はない。偽の紋章などという小細工をしながら使った紋章術で戦えるような相手ではない。やるからには全力をぶつけないと話にならない。そのことは彼は重々承知していた。

 かといって本物の紋章を輝かせれば、目の前にいる王族と同じものであることからほぼ間違いなく正体は露見する。それはすなわち、彼のこの旅の終わりを意味していると言ってもいい。

 だが同時にもうやむをえないという諦めの気持ちも、彼の中にはあった。可能ならまだこれからも流れの傭兵などということをやっていたかったが、ツケを払う時が来たと、少々長く逃げすぎたともわかっている。だったら、と彼が己の真の紋章を展開しようとした、その時。

 

「……殿下、そいつはちょっと待ってもらえますか」

 

 自身が何をしようとしているのかを見抜いたのであろう。プロヴァンスが不意にそう声をかけてきた。

 

「待て、ってどういうことだ?」

「それをやったら、殿下はもうお忍びで自由気ままな傭兵稼業なんてことは出来なくなるでしょう。それでいいんですかい?」

「いいも悪いも、これまでのなんちゃって紋章術なんざ到底通用しない相手だぞ? 俺もお前も本気でかからないと、一瞬でだまになってノックアウトすらありえる状況に突入するってわけだ。もはや策をめぐらせて戦う範疇は越える。だが俺もお前も紋章術全力で戦えば、うまくすりゃいい線まで持っていけるかもしれねえ」

「確かにおっしゃるとおりかと思います。ですが俺が聞いてるのは、この旅が終わりになるかもしれませんが、それでもいいかということです。これまで殿下は随分と楽しそうでいらっしゃった。それを終わらせてもいいんですか?」

「そりゃ今まで楽しかったけどよ、いつまでも続けられないことはわかってる。だったらもうしょうがねえだろう。この際、自分の手でそれを終わりにするのも、まあ悪くねえとは思えるぜ」

 

 僅かに、プロヴァンスの口元が緩むのが見えた。こいつにしては珍しいとレグルスは思う。

 

「さすが殿下だ。それでこそ俺が心底尽くしたいと思えるお方ですよ。……ですが、要するにどうにかすればいいわけでしょう? あなたが正体を隠したままでも、ね」

「それはそうだが……。言ってるだろうが、それが出来る相手じゃねえって」

「そうかもしれません。が、()()()()()()かもしれません。……殿下、最後の手を打つ前に、ダメ元で一発大勝負をしませんか?」

「大勝負だぁ?」

 

 訝しむ表情のレグルスに対して何やら含んだように笑うプロヴァンス。普段とまったく真逆の構図だと、らしくない声を上げてからレグルスはそう思っていた。

 

「ええ。俺は紋章術はお世辞にもうまくはない。ですが……出力だけならそれなりに自信はあります。加えて、パワーなら父譲り、先ほどレオ閣下からもお墨付きをいただき、事実、状況によってはあの方を押し切りかけた……」

「お前……まさか……」

「俺に前座をやらせてください。あくまで、俺だけが紋章術全開の全力で打ち込む。もしそこで運よく勝つなりうまいこと押し切れそうなら、殿下は紋章を披露することなく終わって正体がばれることもなく、それで万事収まります。ダメだったとしたら、その時に最後の手を打てばいい。……いかがです?」

 

 レグルスはしばし押し黙る。プロヴァンスとは共に旅をする前から何かと仲が良く長い付き合いだ。だが相手がこれだけはっきりと何かを頼み込んでくるのも、さらには明らかに分の悪い賭けまがいの話を持ち出すことも初めてだった。裏を返せば、それだけ自分のことを思ってくれている、ということに他ならない。本当ならまだ「スフォリア・テッレ」でいたいという未練を見抜き、少しでも今後そうしていられる可能性の高い方法、ということでの提案なのだろう。

 

「だがドリュール家の紋章だって、俺の紋章ほどじゃないにしろ有名だろうが。いいのかよ」

「何、その辺りはいくらでも言い訳が聞くでしょう。スフォリア殿が旅の途中でたまたま俺と出会って意気投合、それで旅をしている、でも話としては辻褄が合うでしょうし。加えてそういうのを考えるのはあなたの得意分野でしょうから、問題ないかと」

 

 彼としては最終確認のつもりだった。しかしこれはうまいこと言いくるめられた。ならばもうこれ以上の念押しは野暮というものだろう。レグルスは、ここまでよく尽くしてくれている相棒の一撃に賭けることにした。

 

「……よし、そこまで言うならお前に任せる。隙はなんとかして俺が作ってやる。そこまで力は温存しておけよ。そんでいけると思ったら……全力の一撃をぶち込んでやれ!」

「了解!」

 

 打ち合わせを終えた2人は、紋章を輝かせるレオに対してあくまでこれまでと同様に構えた。それを見て小さく鼻白み、レオは背後の紋章を消して構えなおす。

 

「いきなり撃ち合いはなし、か。……まあよい。楽しみは最後に取っておいたほうが面白かろうしな!」

 

 ともすればそれだけで足がすくみそうな程の気迫。それを真っ向から浴びつつも、レグルスはまったく怯むことなく飛び出した。紋章術により身体を強化、先ほどを越える速度で一気にレオの足場へと飛び移る。

 速い、と実感しつつも、レオも得物を振るって迎撃へ。彼女も同様に身体強化をしている。これまでの速度以上で振るわれた武器だったが、レグルスはその手前で踏み込んだ体を急制動させて足場の縁ギリギリまで後退、間合いを離して回避する。

 攻撃をやり過ごし、今度こそ彼の間合いへ。手の甲にわずかに紋章を輝かせ、輝力を込めて両手で剣を振り下ろした。

 しかしレオはこれを左手1本の盾でもって受け流す。そのまま反撃の予兆をレグルスは察知し、食い止めるために下段へと足払い。が、これは相手の跳躍に回避された。

 そのままジャンプの重力の勢いも利用し、さらに手の甲に紋章を輝かせてレオは斧を振り下ろした。レベル1分輝力を上乗せした攻撃。だがレベル1とはいえ、先ほど彼が放ったものとはその破壊力が違う。それを重々承知しているレグルスは受け止めるという愚行を最初から選択肢に含まず、回避に専念してやり過ごそうとした。

 狙い通りにレグルスは回避こそ成功したものの、足場に叩きつけられた斧はその破壊力を遺憾無く見せ付けていた。強度の限界を越える衝撃に飛び木が悲鳴を上げ、亀裂を生んで崩壊を始める。その足場が完全に崩れ去る前に、2人はそれぞれ別の足場へと移動していた。

 直後、レオが着地して仕切りすために一旦心を落ち着かせようとしていた時だった。左手側から鋭い殺気が迫る気配。見れば、レグルスが背後に紋章を輝かせて飛びかかりつつ斬りかかろうとしているところだった。彼女がよく知る紋章ではない。だが輝きから見てレベル3と推測できる。

 

「チイッ!」

 

 幾らレオの紋章術発動速度が優れているといっても、この状況からレベル3は間に合わない。真っ向切ってのぶつかり合いを望みたかったがそれは叶わず、やむなく彼女は咄嗟に背後に紋章を浮かび上がらせるレベル2でこれを迎え撃つ選択を取った。あくまで防御重視、まずは攻撃を防ぎ切ることを優先し、輝力を込めて彼女は斧を振るう。

 

「はあああああッ!」

 

 そこに渾身の力を込めていると予測できるレグルスの一撃が振り下ろされた。互いの輝力と得物が衝突し、辺りにも衝撃が走る。

 が、レオはこの一撃に大きな違和感を感じていた。

 

 自分自慢の息子の紋章術レベル3による一撃は、この程度の軽さだっただろうか。これでは旅に出る前より劣ってしまっている。この程度なら、レベル2も不要、レベル1でも十分に事足りる。

 そう思いつつ、彼女は自身の予想通りにあっさりと息子を押し返した。刃を交えた時間はさほど長くない。しかしその間に手加減、というのとはまた違う何かを感じていた。まるで息子は本気を出さないのではなく()()()()ような。

 そしてどうにか隣の足場に受身を取って着地したレグルスを確認すると同時、紋章のことに思い至った。そこで自分がさっき抱いた感覚は間違えていなかったと悟る。

 

「……そうか。そういうわけか」

 

 そもそも紋章術とは輝力を源として発動させるものであるが、その際発動の補助をするのが紋章である。紋章は何も家系(かけい)や所属を表すシンボルという意味だけではなく、その中に存在する紋章回路によってより効率よく輝力を変換させ、紋章術の発動を手助けするという側面も持ち合わせている。

 つまり、偽りの紋章を見せているというのは本来の紋章を使用してないことになるために、紋章回路を使用せずに紋章術を使っていることに他ならない。それでは言うまでもなく輝力の変換効率は劣悪となり、本来の力の半分も出し切れないことを意味している。

 だがレグルスの本来の紋章はガレットの王族、あるいは召喚した勇者などの限られた者にしか使用を許されないガレット紋章だ。この紋章を使用出来る者はそう多くはない。使用を許可された15歳前後の男、という条件で考えれば、この流れの傭兵はレグルスではないかという結論に人々が行き着くのは容易なことだろう。

 

 よって、ここからレオが導き出した結論はひとつだった。それは、レグルスはあくまで己の正体を徹底して隠したい、ということ。

 

「そこまでして、お前は……」

 

 考えがまとまり、レオがポツリと独り言をこぼすと同時だった。今度は背後からの殺気。

 振り返れば、ドリュール家の重厚な紋章を眩いまでに輝かせ、大上段から斬りかかって来るプロヴァンスの姿がそこにあった。

 

「叩き込め!」

 

 レグルスの言葉にプロヴァンスが吠える。させまいと、レオも再び紋章を背後に浮かばせた。

 

「うおりゃあああああ!」

 

 先ほどのレグルス同様相手と切り結び、しかし今度は少し前のそれを上回る重さをレオは感じていた。さすが父譲りの馬鹿力、紋章術こそ荒削りでまだまだではあるが、連発時の今の自分からすれば脅威になりうるほどの一撃だと彼女は判断する。故に手を抜く余裕などない。

 気合の声と共にレオはさらに輝力を動員し、込める力を増す。ほとばしる彼女の輝力とプロヴァンスの攻撃を受け止めた衝撃によって足場に亀裂が走る。しかしなおもその力を膨れ上がらせ、ここまで拮抗していた大剣の一撃を僅かに押し返した。プロヴァンスはどうにか堪えようとする様子だったが、こうなってしまってはもう止められない。次の瞬間には武器を振り抜かれて吹き飛ばされていた。

 

 相棒の攻撃が失敗に終わったのを見て「やっぱダメか……」と漏らしたレグルスの一言を、レオは崩壊を始めた足場から飛び移って、僅かに肩で呼吸しながら耳にしていた。短期間に連続で紋章術を発動、さらに2度目はそれなりの輝力を持って対処している。いくら底無しの輝力と言われる彼女でも、少し体に堪えていた。

 いや、それ以上に心の方にダメージを受けていた。それは今プロヴァンスに追い詰められたから、などという類のものではない。端的に言うならば、落胆、あるいは失望。

 

 レオは冷たい視線でレグルスを見つめる。戦場での再会という状況に心を躍らせ、久しぶりの成長を確かめたいという抑えがたい期待感があった。最初の技量勝負の戦いではそれに応えてくれるような、まだまだ真の力を隠しているようなそんな予感があった。

 だがそれが終わり、いざ戦いの質が変わった本番となればどうか。息子は策に走り、未だ己の身分を隠したまま戦おうとしている。正体の露見を怖れ、実力を出し切れずにいる。それなら、と彼女は静かに口を開いた。

 

「貴様が囮でプロヴァンスが本命とはな。あくまで『スフォリア』とかいう者として身分を隠して戦う、ということじゃな。……ならもうよい。ワシの興味は無くなった。……この戦いを終わりにしてやろう!」

 

 言うなり、彼女はガレット紋章を今日もっとも激しく輝かせた。何をするのかとレグルスが考えるより早く。

 

「ぬうん!」

 

 レオは斧を足場へと叩きつけた。そこを通して流れ込んだ輝力により、地面から火柱が上がる。

 意図せず、レグルスは自分の顔から血の気が引くのを感じた。間違いない、母がこれから出そうとしている大技は――。

 

「う、嘘だろ!? 俺達をまとめて片付ける気かよ!」

「大爆発だァ!? 冗談きついですぜ! 殿下、逃げましょうや!」

「この距離じゃ間に合わねえ、叩き伏せて止めるぞ!」

 

 2人が左右から挟みこむように距離を詰める。もはやフェイントを入れる余裕もない。技を発動させる前になんとしても止めなければ、撃破は免れない。

 

「破壊したアスレチックの修理代はあとでワシが払うから大目に見てくれよ、レザン! ……獅子王! 炎陣!」

 

 輝力の高まりとその声に呼応するかのように、火柱の数はなおも増え、空からは火球が降り注ぐ。既にいくつか足場は巻き込まれて破壊されているが、その合間を縫うように2人は懸命に回避しつつ、先に到達したレグルスが紋章術のレベル1分の輝力を上乗せして斬りかかった。

 しかし、レオは武器を使うでもなく、体を捌いてレグルスの攻撃を避ける。そのまま蹴りを叩き込み、続けて襲いかかろうとしたプロヴァンスの方へ吹き飛ばした。相棒もこれに巻き込まれる形となり、2人とレオの距離が再び開いてしまう。

 

「や、やべえ! 間に合わねえ!」

 

 プロヴァンスと共に足場へと落下しながら、悲壮感溢れる声でレグルスは叫んだ。あの技の威力と範囲は身をもって知っている。防御に成功した者はいない、とまで言われるほどの超威力の紋章術だ。防御など無意味。しかし回避しようとしたとしてもはや彼の言葉通り間に合わない。

 

 やはり自分に枷をかけたままでは、まともに相手にすら出来ない存在だったとレグルスは改めて悟った。スフォリアとして戦ってどうにかなる相手ではなかった。それでもギリギリまでそこにこだわろうとしてしまった。自分の手で終わらせるのも悪くないと言っておきながら、その実今のこの居心地のいい状態を終わらせたくないという心がどこかに残っていた。

 結果がこの様だ。そう思う苦い気持ちと共に、しかしどこか僅かにそれでもいいかという気持ちも、彼の中には生まれていた。あくまで母は自身が「スフォリア」として戦いたがっていることを感じ取り、そこに落胆の心は見せつつも、正体をばらすことなく撃破してくれるらしい。なら、今後もこの生活を続けられる可能性はある。

 

 そう思い、レグルスが諦めようとした時だった。力強く左腕が握り締められる。見れば、プロヴァンスが得物を離して腕を掴み、もう片方の手を腰の辺りに掛けていた。

 

「プロヴァンス!? お前、何を……」

「すみません、殿下。俺が未熟だったためにこんなことに。……ですが、まだあなたは全力を出し切っていない、それじゃ悔いが残るかもしれない。もし本気を出せば、あなたならきっとあの戦無双と言われる母君と互角以上にやりあえる。そんな期待を抱かせてくれる。だから……!」

「待て! お前……!」

 

 言うなり、彼はレグルスの言いかけた言葉を無視して空へと全力で放り投げた。直後――。

 

「大! 爆! 破ァ!」

 

 レオの声が響き渡ると同時。その言葉に違わない大爆発が彼女を中心として巻き起こった。

 

『ば、爆破ー! 今日2度目!! しかしやはりすさまじい威力、これにはいくらここまでいい戦いを演じてきた流れの傭兵と言えどもひとたまりもないでしょう! 飛び木も本当にここにあったのかと思うほど、跡形もなく吹き飛んでしまっています!』

『……その点に関しては閣下が自腹で修繕費を出してくださると思いますので、ご了承ください』

『いえいえ、大した問題ではないでしょう。……それより今の大爆破、2人はもはやだま化でしょうか!?』

『……いや』

 

 煙が晴れ、破壊した足場から大地へと降り立ったレオは一度大きく深呼吸して辺りを見渡した。実況にあったとおり、アスレチックの飛び木地帯ごと吹き飛ばす形となってしまったわけだが、普通に考えればあのタイミングからでは回避は間に合わないはず。そう思った推察を裏付けるように、やけに巨大なだまが1体、完全にノックアウト状態で地面に転がっているのを確認した。が、もう1人の姿は見えない。

 彼女は空を見上げる。そこに目標が未だ健在なのを目にし、口の端を僅かに上げた。

 

「なるほど、プロヴァンスが身を挺して空へと逃がしたか」

 

 しかし己に枷をかけたままの息子と戦ったところで、興は乗らない。とどめをさしてやろうと、彼女は斧を横に構え、手の甲に紋章を浮かび上がらせた。

 

『あーっと! バナードさんのおっしゃるとおり、スフォリアはまだ健在! どうにか空中に逃げていた模様! しかし、それを待ち受けるようにレオ閣下が狙っている!』

 

 空中の相手は意識があるのかないのか、自由落下に身を任せている。だがそんなものは関係ないと、レオは得物を横に薙ぎ、紋章剣を放った。

 

「魔神旋空斬!」

 

 斧の刃を通して放たれた光の刃がレグルスに迫る。直撃コース、避けようとも防御しようという動きも見えない。やはり身分を隠したままこの戦いは終わるのかとレオが再び落胆しかけたその時。

 まるで息を吹き返したかのように彼の背後に紋章が輝き、振り抜かれた剣でもって母の紋章剣を弾いた。まだ戦う気があったと僅かに嬉しく思いつつも、今の紋章は偽のものであったために、レオは息子の考えを図りかねる。戦う気があるのかないのか、あったとしてやはり身を偽ったままなのか。複雑な思いと共に、地面に降り立ったレグルスに問いかけた。

 

「弾いたか。弾いたからには、まだやる、という意思表示と受け取るぞ。じゃが、やるからには本気で来い。そんな偽の、お前の力の何割も出せないような紋章を見せながら戦うというのであればワシは……」

 

 そこで、不意にレオは言葉を切った。レグルスは剣を地面に突き立て、背中に掛けた矢筒のベルトを外し始めていた。

 意図せず、彼女から笑みが漏れる。夫がよく見せた、本気を出す時の癖。もはや弓を使うつもりがないのなら、少しでも身軽になった方がいい。そういう思考から生まれる、装備の排除だ。矢筒と弓を放り投げ、続けて腰の剣の鞘も外す。

 

「ほう。ようやく本気で来る、というわけじゃな?」

 

 どこか嬉しそうに、レオはそう呟く。だがそんな彼女の期待と裏腹。レグルスは剣を抜くと、それも放り投げた。

 

「……どういうつもりじゃ?」

「やめた」

 

 疑念の思いでもって、視線も鋭くレオは再び問いかける。それに返ってきたのは、たった一言だった。やはり意図が図れないと、レオはますます鋭く息子を睨みつける。

 

「やめた、じゃと? ならばなぜワシの紋章剣を弾いた? おとなしくあれを受けておけばそこまでじゃったろう? なのに貴様は……」

 

 続けて罵声でも浴びせてやろうかと思ったレオだったが――。目にしたレグルスの様子に、それをやめた。

 

 彼は肩を僅かに震わせていた。噛み殺したような、そんな笑い方をしていた。俯いているためにレオは表情を窺えない。だが、夫であり目の前の相手にとっては父でもある存在――ソウヤがよくやるような、不敵で不気味とも取れる笑みを浮かべているだろうことは想像に難くなかった。

 

「……プロヴァンスめ、頼んでもいねえのに捨て身で俺を勝手に逃がしやがってよ。俺はもうこのまま身分隠して終わりでいいか、まあしゃあねえか、とか思ってたってのに。しかもあの野郎、『期待を抱かせてくれる』とか抜かしやがった。まったくほんと勝手だ、勝手だよ」

 

 そこまで言って、彼は少し顔を上げた。ようやく見えた表情に、レオは自身の背中にゾクッと何かが走るのを感じていた。

 先ほどの予想通り、笑みを浮かべた表情。一見諦めたか自棄を起こしたようにも見えるが、むしろ逆だと彼女にはわかる。

 

 そうだ、これだ。これを、この時を待っていた。

 眠れる獅子が目覚める。「獅子の子」が真に牙を研ぎ澄ます。そんな予感。

 

「でもな、それで『そんなのは知らん』なんて言えるほど、俺は図太くねえらしいんだ。忠義を尽くしたあいつの好意を踏みにじることは出来ねえ。そんな真似をしたら我が身を犠牲にしてまで俺にもう1回チャンスをくれたあいつに顔向けできねえ。それより何より、『蒼穹の獅子』と『百獣王の騎士』の息子としてそんな自分は許せねえ。……だからよ」

 

 レグルスが右手で髪をなぞる。その手が過ぎたところで――。

 

「もう、俺を偽り続けることはやめた」

 

 少年の髪は、相対する戦無双の女性と同じ銀の色となった。

 

『あ、ああーっと、どういうことでしょう? スフォリアの髪の色が変わった!』

『いえ。……正確には戻った、と言うべきでしょう』

 

 実況から聞こえてきたバナードの言葉に、彼は口角を上げ、小さく肩を数度揺らした。そしてその実況席の方を指差し、声を張り上げて叫ぶ。

 

「おい実況席! 俺の声が拾えるか!?」

『はい? え、えーっと可能です!』

「なら拾って放送で流せ! ……いいか、よく聞け! そして見ておけ! 今日の東西戦を見れてる連中、参加してる連中は幸運に思うがいいぜ! こんな珍しい見世物は、おそらくそうそう見られたものじゃねえからな!」

 

 そして彼は背後に紋章を輝かせる。代わり映えのない、地味な剣が描かれただけの紋章。しかし、そこに次第にひびが入っていく。やがてひびが全体に広がった時、それはガラス細工が砕け散ったように跡形もなくなり――。

 

 現れたのは、2頭の獅子が描かれた、偽りでもなんでもない、彼にとって本物の紋章だった。

 

「輝力解放! フォースセイバー!」

 

 とうとう解放された紋章回路をフルに活用し、輝力武装が展開される。輝力を収束して作り上げただけの、単純でありながら蒼く輝く美しき剣。それを目にし、レオは笑みをこぼして盾を捨て、同様に背後に紋章を展開した。まったく同じ雄々しい獅子の紋章が、戦場に2つ輝く。

 

『こ、これは! なんと、スフォリアの背後にレオ閣下と同じ紋章が!? も、もしや……!』

『そうです。あれこそ、あの方にとって本当の紋章であるガレット紋章。そして、それを輝かせることが出来るのは……!』

 

 輝力の剣の切っ先が、実況席、そのカメラへと向けられる。そして「流れの傭兵」を自称していた少年は、声高らかに吠えた。

 

「スフォリア・テッレは偽りの姿。俺の本当の名はレグルス……。この『百獣王の騎士』レオンミシェリの息子、レグルス・ガレット・デ・ロワ! ……さあ、始めるぜ! 滅多にお目にかかれない、本気の親子喧嘩だ!」

 

 

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