◇
誰もが、その光景に見入っていた。元から見ていた者は勿論のこと、アスレチックを攻略していた者も、平野部で先ほどまで戦っていた者も。皆、己の手を止め、ただただ、映像板から流れてくるその光景に引きこまれるように見入っていた。
果たしてここは本当にドラジェなのだろうか、という疑問さえ浮かぶ。映像の中で激闘を繰り広げる2人は、共にガレットの人間だった。それも片や身を隠して諸国を放浪し、「若き流れの傭兵」スフォリア・テッレとしてその腕だけで名を広めつつあった「獅子の子」レグルス・ガレット・デ・ロワ、片や先代領主にして彼の母である戦無双の「百獣王の騎士」レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ。共に同じ姓を持つ2人の獅子による「本気の親子喧嘩」が、祖国のガレットではなくこのドラジェで行われているのだ。
目まぐるしいほどの攻防と、類まれなる2人のセンスを目の当たりにし、東軍の指揮を執る千騎長のテワナも例に漏れずにその光景に目を奪われていた。本来ならそんなことをしている場合ではない。1ポイントでも多くポイントを稼ぎ、自軍の勝利に貢献しなくてはいけない。
しかし、頭でそうわかっていても、体が言うことを聞いてくれなかった。生唾を飲み込み、映像の中の少年をひたすらに見つめる。
美しい蒼き輝力の色、それによって作り出される輝力武装の剣。振るわれる度に一撃必殺を思わせるほどの剣による斬撃は、あのレオ相手にまったく謙遜なく打ち込み合い、華麗に戦い、見るものの心を奪っていく。鎖から解き放たれた「獅子の子」の本来の姿は、あまりにも眩しく彼女の目に映っていた。
「レグルス・ガレット・デ・ロワ殿下……」
ポツリと、テワナはその名を呟く。
自分が一度剣を向けた相手は、真の名をそう名乗った。あの「蒼穹の獅子」と「百獣王の騎士」の子、現在ガレット次期領主候補のパンシア・ガレット・デ・ロワ姫殿下と共に「獅子の子」と呼ばれる、国の将来を担っていくであろう存在。
剣を向けた時、一瞬で力の差を見せ付けられて圧倒された。自分とは格が違うと感じた。
当然だ、持って生まれた器がまるで違う。いち騎士でしかない己に対し、相手は場合によっては王足りうる存在なのだ。自分などでは到底敵う相手ではない。
あの戦無双の母獅子を相手に引けをとらずに戦うその若き獅子の姿は、本来プライドが高いはずのテワナをしてそれだけの思いへと至らしめるに十分だった。
騎士の家の出ではないテワナは、己の力だけで千騎長の座まで昇ってきた。家柄など関係ない、力こそが全て。強き者こそが騎士の中で成り上がり、隊長となっていくべきだ。そう、彼女は考えていた。
ある意味で、目の前の戦いはそれを証明していると言ってもいい。つまるところ、強き者同士が戦い合う光景は目を奪われ、戦の花であるのだ。
だが皮肉なことにそう思わせた2人はガレット王族だった。家柄を二の次と考える彼女にとって、それを頭から否定されたような事実。しかし今自分が目を奪われているのは家柄が偉大な2人の戦いだからというからではない、純に戦いが美しいからだと思考を改める。
『な、な、なんという戦いでしょう! ここドラジェで! あの! レオ閣下とレグルス殿下が親子で剣を交えるというありえない展開が! 今! 目の前で起こっています!』
いつか、自分もあのような戦いを演じることが出来るだろうか。見るものの心を打ち、戦場に己の存在を轟かせることが出来るだろうか。
我を忘れたような実況の声だけが響く戦場で、彼女は自問自答をしながら立ち尽くす。そして、何かに魅入られたようにその映像を見つめ続けていた。
◇
「兄さん……」
特別観覧席でここまで戦の様子を見ていたパンシアは、そう独り呟いた。兄のように慕う人物が、伯母であるレオと逆の東軍にいることは、開始前に様子が映し出されたときに既に気づいていた。その時は髪と耳の色こそ今と違っていたが、長年慕い続けている相手の姿を見間違えるはずがない。
母にそのことを告げるとはじめは懐疑的な様子であった。が、プロヴァンスと共にレオと戦う姿を目にしたときにはもう娘の言葉を信じる他なくなっていた。
そしていざ始まった2人の全力の戦いは、パンシアだけなくノワールの予想も遥かに越えていた。2人とも引きこまれたように映像板から目を離すことが出来ない。
「レグ……。ここまで腕を上げていたなんて……」
「あの伯母様相手にまったく引けをとっていない……。すごい……!」
少なくともパンシアの目には、レオは先ほどまでより余裕がなくなっているように見えた。にも関わらず、これまで見たことがないほどに瞳を輝かせて笑みをこぼし、見るからに戦いを楽しんでいるとわかる。
それはレグルスも同様のように思えた。自分といる時もよく笑顔をこぼしてくれていたと記憶を呼び起こす。独特の皮肉めいた笑みだったことが多かったが、それでも時折心から笑ってくれたことも少なくなかった。
そんな笑い顔ともまた違う、心から何かを楽しむ笑み。自分ではそんな顔を作らせることは出来なかったと少し寂しく思うと同時に、相対する母も同様の表情であると知る。どちらかというと父に似ていると言われることが多いレグルスだが、この時ばかりはまさに母と瓜二つの表情を浮かべていた。
彼女は気づいた。今、あの戦無双をもってして楽しませるほどの存在、とうとう自分の兄代わりの従兄はそれほどまでに強くなったのだと。意図せず、心が沸き立つのを感じていた。
「……パン、しっかり見ておいて。さっきレグが言ったとおり、こんな戦いは滅多にお目にかかれない。レオ様がこれほどまでに楽しそうに戦うなんて、ここ数年見たことがなかった……」
「私も初めて見るよ。きっと相手が兄さんだから、心から楽しんでいるんだと……」
「違う、それだけじゃない。レオ様はレグを……自分の息子を対等に戦えるだけの相手として実力を認めたから、あれだけ嬉しそうに戦えてるんだと思う」
「対等に戦えるだけの相手……」
先ほどの自分の予想を裏付けるような母の言葉に、やはり顔を合わせない間に兄代わりの人物はどこか遠くへと行ってしまったようにも感じる。しかし映像の中で母同様に楽しそうに戦うレグルスは彼女の知っているその顔に他ならなかった。
同時に彼女は思う。強く、なりたい。この映像の中の、自分と共に「獅子の子」と呼ばれる従兄のように、自分も見る者の心を奪うような鮮烈な戦いをしたい。次期領主として恥じない、というだけでなく、兄と呼ぶ人物と肩を並べ、共に戦場を駆け抜けたい。
震えるような気持ちは抑えきれない。そのパンシアの心が乗り移ったかのように、映像の中のレグルスは雄叫びを上げ、輝力の剣を振るって力強い一撃をレオに向かって放っていた。
◇
レオにとって、それは待ち望んだ時間だった。さっきまでの打ち込みがまるでなまくらに思えるほどに違う。輝力によって作り出された剣の一太刀一太刀全てに、こちらから勝利を刈り取ろうとする意思が伝わってくる。威力だけではない、そこに篭る心が遥かに強さを増している。
その気迫、闘志、魂……。全てが彼女が望んだものだった。一体これほどの満ち足りた感覚で戦っているのはいつ以来だろうか。まさに待ち焦がれた戦い、自身を心から悦ばせる戦い。
袈裟に切りかかってくる我が子の輝力の剣に、こちらも輝力を纏って威力を増した斧を全力でぶつける。だが押し返せない。両手持ちになった以上、単純な力で劣っているはずがない、なのにそれが出来ない。
互いに得物を引き、再度の打ち込み。ところがこれも拮抗。またしても押し切ることが出来ない。
しかし、彼女はそれが嬉しかった。強敵と戦場で相見えたときの心躍る感覚。しかも相手が自分の息子だと言う事実が、その感覚をさらに加速させる。心が満たされていく、筆舌に尽くしがたい悦びの一瞬。ある種のエクスタシーとさえ錯覚するほどの興奮。
枷を外し、鎖から解き放たれた我が子はこれほどまでに強かったのかと、それだけで心が沸き立つ。今はただ目の前の敵である自分を打ち倒すことのみを考えたその剣には、迷いというものが全くない。故に強く、鋭い。
それは旅の功績に違いないと彼女は思っていた。これまで次期領主候補の1人となったこともあって、身の振り方に縛られていたことはやはり彼の心に陰を指していた、と思える。それが自由気ままな傭兵稼業をしながらの旅で、己を見つめなおし、心が晴れたのではないだろうか。
足場を気にする必要のなくなったレオは後退しつつ防御に斧を一閃。まさにそこに合わせたようなタイミングで飛び込むレグルスが鋭く剣を横に薙ぐ。再び刃は交わり、拮抗し、互いに飛び退いて間合いを空ける。
間を取る時間も惜しいと、再度飛び込んだのは同時だった。共に上段からの振り下ろし、両者の顔の前で刃が交錯する。
僅かに力で勝り、レオがレグルスの刃を引かせた。チャンスと見て飛び込もうとした瞬間、直感的な感覚で踏み込みを止める。
直後、回し蹴りが空を切った。父譲りの鋭い蹴り。紙一重でそれを見切り、今度こそとレオは必殺の一撃を振るう。
だがレグルスは蹴りのまま体を回した勢いをもって、これも止めてみせた。そればかりか、気合の声で吠えながら互いの得物を弾き合い、反撃の一撃を繰り出す。
呼応するようにレオも吠えた。弾かれた斧を半ば無理矢理力で推し戻して、相手の得物にかち合わせる。
獅子王炎陣大爆破という大技を2発に加えてその後も身体強化、武器の補強と相当量の輝力の動員に、さすがのレオも疲弊を感じているはずだった。だが異様なまでの心の高揚が、それを麻痺させている。戦う者が限界を越えて感じる境地。実に甘美で、止まらない興奮が続き、それでいて五感に加えて六感までが鋭いほどに研ぎ澄まされ、満ち足りた心が疲れを無視して戦い続けられる状態。
あとどれだけこれが続くのか。いや、続いてくれるのか。永遠にこのまま我が子と戦い続けていたい思いすら生まれる。
だが、何事にも終わりはやってくる。ここまで間隙を置かずに切り結んできたレグルスが、ついに間を取った。見れば、荒く肩で呼吸しているのがわかる。
一息挟んで続きをやるならそれでよし、そうでなくても受けて立つ。レオは敢えて仕掛けようとせず、相手の出方を待った。
まさに漂う風格は王者のそれ。威風堂々という言葉がこれほどに似合う者が他にいるだろうかというほどに悠々と立ち、様子を窺っている。
対して、荒い呼吸で一旦表情が消えていたレグルスだったが、再び僅かに口の端を上げた。短く気合の声を上げ、背後に紋章を浮かび上がらせる。彼が輝かせた紋章は、今日最も眩しかった。
それを受け、レオも同様の行動を取った。言葉など交わさなくてもわかる。
紋章剣勝負。息子の表情が自分同様、不敵に笑っているとわかると、彼女は思わずその口元から歯を覗かせた。
全力でぶつかる。そんなことを確認するまでもない。我が子の気配が、紋章が、そう言っている。真っ向切っての大技対決。これがこの戦い、最後の一撃になると彼女は直感していた。
レグルスは左脚の脇に、レオは胴の右の辺りに。それぞれに得物を構え、輝力を高めて仕掛け時を待つ。極限まで集中した輝力によって向かい合う紋章がはっきりと煌き、2人の獅子の姿を浮かび上がらせている。
どれほど続いたか。その睨み合いの均衡が破れたのは突然だった。
研ぎ澄まされた感覚は互いに飛び出す瞬間を完全に見切り、結果として踏み込みは同時だった。子は逆袈裟に斬り上げ、母は袈裟に斬り下ろす剣筋。
蒼き輝力の剣にさらに輝力を纏い、レグルスは父親譲りの紋章剣を。
対するレオは斧に輝力が具現化した火の鳥を纏い、相手の輝力の剣を喰らい尽くさんと。
放たれたのは、共に必殺の一撃に他ならなかった。
「オーラブレード!」
「獅子王烈火爆炎斬!」
◇
――ねえ。兄さんは将来やりたいことって、ある?
――明確にはねえんだよなあ。そこらの国ぶらぶらして戦に参加して飯食えりゃ、それでいいかなとか思うこともある。とはいえ、立場が立場なだけにそんな勝手は出来ねえんだろうけどよ。
――何もしないことが、やりたいことなの?
――そういうんじゃねえ……のかな。でも何をしたいのか、って言われると答えに困っちまう。領主候補として資格がある、とか言われてもあんま興味はねえし。そんな縛られるようなことよか、自由気ままな生活の方に憧れる。でもそれがやりたいことなのか、って言われるとやっぱ明確にそうだとは言えないんだよな。
――じゃあ夢とか目標とかもないの?
――そりゃあるにはあるけどよ。人様にペラペラ喋るようなことでもねえし、具体的なことでもねえからあんま話したことはねえな。それにどうせ話したところで笑われるのがオチなだけだし。
――そんなことないよ。私絶対笑わないよ。だから、教えて。
――……俺は、いつか親父とおふくろを越えたいんだ。戦の場で、戦無双と称えられる「蒼穹の獅子」と「百獣王の騎士」相手に勝ち名乗りを上げる。それこそが、尊敬する両親への最大の恩返しじゃねえかって思ってるからよ。
――すごく大きな目標だと思う。私、それを応援するよ。だって、私の夢って……。
◇
「……そういやパンにそんな大見得切ったこともあったっけな。なのに結果はこの様、か」
いつかのやり取り。だからそれが夢だ、と彼は気づき、独り言をこぼしつつ目を開いた。
視線の先にあったのは空ではなかった。布で出来た天井からテントの中と推測でき、さらに背中の感触からベッドの上であることがわかる。
「お、殿下。お目覚めですか」
聞こえた声に、彼は普段より重さを感じる体をどうにか起こす。首を動かした先には、鎧を脱いだ状態のプロヴァンスが腰掛けていた。
「……随分と元気そうだな、お前は」
「そりゃあ恥ずかしながらだま化しちまいましたからね……。おかげで調子はばっちりです。しかし殿下は意識が吹っ飛んだのにそれを
「輝力切れだ、やべえ。フラフラする。しかしまあ、負けるにしてもだま化だけは避けるつもりでいたからな」
そう言って、レグルスは大きくため息をこぼした。その様子を見てか、プロヴァンスは立ち上がり水をグラスに入れて差し出す。感謝の言葉を述べ、レグルスはそれを喉に流し込んだ。
「……で、戦のほうはどうなった?」
「もうそろそろ終わるところらしいです。今のところこっち優勢ですが、殿下の身の上がばれた以上なにかしらのペナルティがあると思うんでどうにもこうにも、ってとこですかね」
「ま、それは追々わかるか。……おふくろ、どうなった?」
「どうなった、って……。覚えてないんですかい!?」
「全力出して輝力武装……フォースセイバーにオーラブレード乗っけておふくろの紋章剣相手に叩き込んだところまでは覚えてるんだけどよ。そっから先の意識吹っ飛んでんだ。気づいたらここだった」
プロヴァンスは右手で頭を抱える。「よくもまあそれでだま化しなかったもんだ……」と感嘆よりも呆れの色が強い様子でそう呟いてから続けた。
「結論だけ言えば殿下はだま化こそ免れたものの防具完全破壊で撃破、レオ閣下は防具一部破壊扱いでした。マントと手甲までは吹っ飛ばされて本陣へと後退。ですが退いた後は出てくることはありませんでした」
「そうか……。防具一部破壊、か。俺もまだまだな……」
聳え立った母という壁はやはり堅牢で偉大だった。倒せる、などという自惚れはなかったが、あわよくば、と思っていたのは事実だった。
それでも、全力で剣を交えた母は楽しそうだった。実際、彼自身もこれまでにないほどに心が躍った。自らを偽り、各国を放浪して自分が経験したことのない土地での戦に参加する楽しみとはまた違う、全てを解放してなお打ち崩せない存在との邂逅。もっとも近くにいて、それでいて目標であった存在との本気の戦いが、これほどまでのものだとは思ってもいなかった。
「しかしあのレオ閣下相手に防具破壊までこぎつけるとは……。さすが殿下、あの方のお子さんですよ」
「とはいえ負けは負けだ。すまなかったな、我が身犠牲にしてまでも俺に期待してかばってくれたってのによ」
「何をおっしゃいますやら。最高の見世物でしたよ。あなたがおっしゃったとおりの」
皮肉で返したつもりが、うまいこと返されたと彼は自嘲的に笑みをこぼした。誤魔化し気味にグラスの中を液体を飲み干し、さてどうするかとレグルスが今後のことを考えようとした時。
「おお、声が聞こえていると思ったら、やはりお目覚めになられていましたか!」
テント内から話し声が聞こえてきたからだろう。ソンブレロが入り口から様子を窺い、そう2人へと話しかける。レグルスは一先ず体をベッドの縁へと移動させる。が、ソンブレロは立ち上がろうとしていると誤解したらしい。手で申し訳なさそうにそれを制止しつつ口を開いた。
「いやいや、楽な姿勢でいてくだされ。何はともあれ、まずはレグルス殿下とは知らずにご無礼を働いてしまったことをお詫びしなくてはなりません」
「気にしないでください、隠してたのはこっちです。それにバナードとも口裏合わせてましたし」
「なるほど、やはりそうでしたか。まったくバナード殿もお人が悪い……」
「ああいう奴なんですよ。知略派と言えば聞こえはいいが、この手の策謀はお手の物ってわけだ。俺がこの国に訪れることを予測してて、早い段階からこっちに入れるつもりだったらしいです」
なるほど、とソンブレロは納得したような声を上げる。が、責めるつもりは全くないらしい。
「ともかく、お加減のほうは大丈夫ですか? あのレオ閣下相手にあれだけの大立ち回りを演じられ、だま化も我慢なされたとあればお疲れかと思いますが……」
「輝力切れがしんどいですが、あとは大したことありませんよ。……ああ、でも俺の身分がばれたとなると撃破ポイントに変動なりペナルティなりつくかもしれませんね。それはすみません」
「なんのなんの。まさかこのドラジェで『獅子の子』と『百獣王の騎士』の戦いが見られるとは夢にも思っておりませんでした。それはそれはもう物凄い盛り上がりでしたよ」
そうは言われても負けは負け。レグルスはそのように感じていた。故に表情には苦いものが混じっている。盛り上がりは大切だし、事実彼もそれを重視するがために実況に声を拾わせて自分の身分を明らかにした。それでも負けては元も子もない。
「ですが俺は勝つために雇われた傭兵ですからね。過程はどうあれ、結果身分をばらした挙句負けたことに変わりはないですよ。これで東軍が負けたということになったら、俺はあなたに謝罪のひとつも入れなきゃならない」
「何をおっしゃる! あなた様に謝っていただくなどとてもとても!」
「そうですか? 『レグルスに頭を下げさせた男』ということで語り草になるかもしれませんよ?」
「やめてくだされ。既に殿下を傭兵として雇い入れたという事だけでも話題になりそうなんですから」
噛み殺したような笑いをこぼし、レグルスは腰掛けていたベッドの縁から立ち上がった。そのまま軽く体をほぐし、だるさはさておき動いても支障がないことを確認する。
「東西戦、まだ終わってはいませんよね?」
「ええ。ですがもう間もなくタイムアップになります。殿下を破ったとはいえレオ閣下も防具一部破壊扱い。それで撤退なされて以後復帰することはなく、さらにこちらに防具破壊分のポイントが入ったは入ったので現状リードなのですが……」
「俺が正体を偽ってた分ペナルティの可能性がある」
「そういうことになってしまいます。しかしお気になさらないでくだされ。どんな結果になろうとも、この親子対決が大いに盛り上がったことは事実。その上さらに欲を張っては、
そのソンブレロの言葉から「スフォリア」の時以上に気を使われている、とレグルスは感じた。だが本来の自分の立場を考えればそうなってしまうのもやむを得ないだろうとは思える。いくら今の自分が言ったところで余計に配慮されるのが関の山。素直に受け入れた方がいいかと判断した。
「とりあえず外行きませんか? 参加した身としては、戦終了のときをこの目で見たい」
「なんでしたらこちらに映像板お持ちいたしますが……」
「そこまで手を焼かせるのもなんですので、大丈夫ですよ。それにいつまでも休んでるというのはどうにも性に合わないんで」
言うなり、レグルスはプロヴァンスとソンブレロをさて置いてテントの外へと歩き出した。テントから出来てたのが身を隠していた王族と気づくと、見張りをしていた兵達が
『戦ももう間もなく終了、両軍とも最後の追い込みをかけている模様です! 状況を整理しますと、平野部は東軍テワナ千騎長が指揮する隊が大活躍、ここは東軍有利となっています! しかし、山岳アスレチックのポイント差はほぼ五分、さらに正体を隠していたレグルス殿下とレオ閣下の戦いはレオ閣下に軍配となっている以上、まだどう転ぶかわかりません!』
実況の言葉通り、どうやら平野部のテワナはしっかりと役割をこなしたらしい。さすが冷静ならやり手と自身が判断しただけのことはある、とレグルスは心中で彼女を再評価していた。
「やはりこちらが有利ですかな。テワナ殿は数の優位をうまく利用して平野での戦いをうまく運びましたな」
映像を確認したソンブレロがレグルスへと話しかける。それに対してどうしても自嘲的な笑みを隠し切れず、レグルスは答えた。
「しかし俺の分のペナルティがある、さっき実況が言ったとおりまだどう転ぶかわかりませんね」
「どっちに転んでも、先ほど言わせていただいたとおり気になさらないでくだされ。この後審議となるでしょうから、私が赴いてあまり重くならないようになんとかしてきますよ」
「頼りにしてますよ」
そこまでレグルスが話したところで花火が打ちあがった。同時に、実況のかしましい声が響き渡る。
『戦、終了ー! まさかのレオ閣下対レグルス殿下というサプライズもあり、稀に見る非常に盛り上がった戦となりました! 結果は現在のところ東軍圧倒的有利なポイントではありますが、当然この後審議が行われますので、その結果次第ということになります! いやあ、いかがでしたか、ゲスト解説のバナードさん?』
『結果如何についてはコメントを控えさせていただきますね。……東軍側からの招待ということで実のところ私も一枚噛んでいる。殿下の正体を知りつつ隠していたわけですから。私もこの後審議の場に向かわせていただきます。
さて、それを置いておくとしても、見ごたえとしては十二分な内容と言って差し支えないでしょう。私としましても、レグルス殿下があそこまでレオ閣下と戦える存在になっているとは予想していなかった……。ガレットの人間が言うと身内びいきと思われるかもしれませんが、久しぶりの表舞台への登場の場としては申し分のない、鮮烈なものであったと思いますよ。自ら舞台を作り上げた、と言っても過言ではないでしょうし』
反射的にレグルスは「けっ」と不満そうに気持ちをこぼしていた。今のバナードの言い分からは明らかに父を意識しての含ませたものを感じ取れる。それはどうにも居心地が悪い。必要以上に持ち上げられている感じを受けてしまうからだ。
「何がご不満で? バナード殿の評価はごもっともと思いますが?」
不思議そうな顔をしてソンブレロは尋ねる。
「過大評価なんですよ。『舞台を作り上げた』とか、まるで親父を引き合いに出してるみたいだ。俺なんかじゃまだまだ親父には及ばない。実際、おふくろにはまったく敵わなかったわけですから」
「それはどうでしょうかね。殿下はまだお若い。将来を感じさせるには十分すぎる、バナード殿はそうおっしゃりたかったのではないんですかね。かく言う私も、あなた様には期待していますよ」
レグルスは肩をすくめる。やはり居心地がいいものではない。
「期待されるなんてのは、あまり性に合わないんですがね」
「ですが今日の殿下は戦場に燦然と輝く星でした。見る者の目を、心を奪い、称えたいと思えるほどの存在。それだけの器は、滅多におりません。そんな逸材を目にしてしまえば、人は期待を抱いてしまう。そういうものですよ」
なんだかな、とやはりレグルスの表情は冴えなかった。それを見てか、「ただ」とソンブレロは続ける。
「その期待に応えられる存在であったとしても、それがその人間のやらなければならないこと、ではないとも思います。殿下が先日おっしゃった、『期待を抱かせてしまったのに落胆させるのは居心地が悪い』というお気持ち、よくわかります。期待させておいて裏切ってしまうかもしれなら最初から期待を抱かせなければいい、それもひとつの選択でしょう。出来るのにやらないのは罪だ、という意見もあるかと思いますが、私は一概にそうとも言えないと思っております。……つまるところ、それを決めるのもまた、本人の意思次第ということです。答えを見つけるまで保留することは、私は罪とは思いませんよ」
ソンブレロの話を、レグルスは特に肯定するでも反論するでもなく、黙って聞いていた。が、ややあって頭を掻きつつ下をうつむき、苦笑をこぼす。
「……すみません、恐れ多くも殿下相手にお説教のようになってしまいました。私の一個人の意見ですので、気に障りましたら申し訳ありません」
「いえいえ、人生の先輩からのありがたいアドバイスと捉えさせていただきます」
「では、私は審議委員に顔を出してこようと思います」
そう言って去りかけたソンブレロを「ああ、一点だけ」とレグルスは呼び止めた。
「どうしました?」
「一応確認です。ソンブレロさん、まさかあなたはソウヤ・ガレット・デ・ロワが化けている姿だ、というオチはありませんよね?」
「まさか! 私はドラジェのただの商人ですよ。殿下は面白いことをおっしゃりますな!」
恰幅のいい中年男性はそういうと愉快そうに笑い、その場を後にした。笑いを噛み殺しつつ、レグルスは振り返って背後のプロヴァンスを仰ぎ見る。
「まったく、ただのドラジェの有力者だと思ったが、食えねえ人だ。そう思うだろ?」
「は? はぁ……」
「まあお前は何も感じねえかもな。でもどうにも俺は、親父に言われてるような錯覚を覚えちまったよ。これであの人が親父が化けてた姿だとしたら、バナードといい呼ばれたおふくろといい、完全に手の平の上で遊ばれてることになるだろうし、それが否定できないのが怖いところなんだけどよ。……ま、親父もそこまで暇じゃねえか」
さてどうしたものか、とレグルスはふと考え込む。このまま戦後のインタビューに答えるというのはどうも性に合わない。適当にドロンといきたいところだが、母親に見つかってる以上、再会の言葉をかけたほうがいいだろうし、そろそろ一旦ガレットに戻ることも考えた方がいいかもしれない。そう思っていたときだった。
「レグルス殿下!」
聞き覚えのある声に、確か戦開始前に激励の言葉をかけてきた隊長の女騎士だったかと彼は思い当たる。自分が素性を隠していたことに恨み言のひとつでも言われるかと彼が視線を移すと――。
「この度は殿下とは露知らず、ご無礼の数々……申し訳ございませんでした!」
確かに彼の予想通り声をかけてきたのはテワナであった。が、彼女は膝をつき頭を垂れていた。しばらく前までと180度変わった態度に思わずレグルスは苦笑を浮かべつつ、口を開く。
「構わん、
「し、しかし……。過程はどうあれ、私が剣を向けたことは事実ですし……」
「だから気にすんなって。俺はあの時身分を隠してたんだし、その状態であなたの信用を勝ち取るには実力差を見せるしかなかった。それでわざわざあれだけ煽って仕掛けさせたんだからな」
そう言われてもテワナは俯いたままだった。性格がきつそうなのはわかっていたが、加えて堅物の生真面目らしい。レグルスはため息をこぼすと彼女の肩に手を乗せる。意外そうに彼女は顔を上げ、彼へと視線を移した。
「テワナ千騎長、今回の戦では平野部の見事な指揮によって優勢に事を運んだと聞いた。見事な活躍だ。いずれあなたはドラジェでも指折りの優れた騎士となると思ってる。もし俺に剣を向けたことに後ろめたさを感じているなら……将来、それだけの存在になった時に、改めて戦場で俺に剣を向けに来い。……その時もまた、高慢姉ちゃんの鼻っ柱、俺が叩き折ってやるよ」
そう言って不敵に笑ったレグルスに対して、テワナは苦笑を返すより他はなかった。
まったくもって癪に障る物言いだ。だが、今度は自然と嫌悪感はなかった。これこそが、レグルスという人間なりの励まし方なのだろうと、今ならわかる。
しかしそれを素直に「はい」と受け入れるのはやはり自分の気がすまない。舌戦で勝てる気はしないとわかりつつも、彼女も精一杯の皮肉で答えを返した。
「ええ、そうさせていただきます。ですが私の鼻を折られる前に、殿下に向けた2本目の剣が今度こそそちらを捕らえるかもしれないことをお忘れなきよう願いたいものです」
肩を僅かに震わせた後で、レグルスは声を上げて笑った。確かにそりは合わない。だが面白い相手に巡り合えたものだと思うのだった。
テワナは立ち上がり、頭を下げると「では失礼いたします」とその場を後にした。今度こそ母に会いに行くべきか悩み、レグルスは先ほどのテワナとのやり取り中ずっと黙ったままだったプロヴァンスの方を振り返る。
「さて……どうするかね?」
「どうもこうも、閣下のところにいかないとまずくないですかね?」
「そりゃそうかもしれねえけど、放っておけば向こうから来る気もするしよ。だったら待っててもいいかな、なんて思っちまってな」
「……なるほど。その予想は、遠からずとも近からず、ということですかね」
そのプロヴァンスの言葉は、自分を通り越してその先に向けられつつ言われたとレグルスは感じ取った。つまり、今自分が言ったとおりのこととなったのだろうと推測できる。
やれやれとため息をこぼし、この顛末をどう話すべきかと考えたレグルスの目に飛び込んできたのは、母ではない、しかしよく見知った顔だった。
「兄さん……」
「パン……お前、なんでここに……」
戸惑うレグルスの前に、従兄の彼を兄と慕うガレットの次期領主候補――パンシア・ガレット・デ・ロワが、母のノワールと共に立っていたのだった。
だま化は実質戦闘不能状態のようです。KOという認識です。
一方防具完全破壊は戦闘続行が不可能。TKOという認識でいます。
だま化については、しばらくだま状態になるかわりに疲れやダメージなどが抜けてすっきりする、という設定のはずです。
代わりにフロニャルドでは人前でだまを晒すのは恥ずかしいことらしく、騎士級などはだま化するぐらいなら防具完全破壊で撃破された方がマシ、という設定を見かけた気がしたのでそういうことで書いています。
おそらくだま化関係の話は本編か、ドラマCDが出典元だったと思います。もし違った場合、多少独自設定ということで脚色してるということにしてください……。