◇
ドラジェとガレットを結ぶ街道、そこをどこか物々しい雰囲気の集団が進行していた。ガレットの騎士に加え、ドラジェの騎士も混じっている。騎車を中心としてセルクルが囲むその一団の中には、ガレット先代領主レオンミシェリの姿もあった。さらに元将軍のバナード、現領主伴侶のノワール、そして百騎長プロヴァンス。さらにはドラジェのテワナ千騎長の姿もある。
早い話が、ドラジェの東西戦を終え、ガレット側の面々が引き上げる道中である。身分を隠していたレグルスがいたということで、レザンはドラジェ側からも護衛として騎士を出してくれた。その時に戦が終わって間もないというのにテワナが真っ先にドラジェ側の騎士の指揮を名乗り出ていた。だがそのセルクルに乗る人物達の中にレグルスとパンシアの姿だけがない。パンシアたっての希望で、2人は騎車の中にいるのだった。
チラリと背後の騎車の方へと目を移し、プロヴァンスがため息をこぼしつつ顔を戻す。本来なら出奔まがいの旅からガレットに戻るまで、可能な限りレグルスの傍らでお供をしていたかった。しかしパンシアの強い要望により、主は次期領主候補と2人きりとなっている。別に不安なわけではないが、なんだか少し物寂しさは感じていた。
「不満そうだな、百騎長殿」
と、その様子が目に入ったのか、横からプロヴァンスへと声がかかって来た。だが自国の者の声ではない、ドラジェ側から護衛としてきているテワナだ。
「ええ、まあ。確かに俺と殿下は身分越えて仲いいのも事実ですけどね。でも俺は殿下に心から忠誠を誓っているからこそ、この旅についてきたわけですよ」
「その相手の傍にいられないのは不満だ、と」
「そこまでは言いませんよ。パンシア姫様にたてつくつもりはありません」
「じゃが不満そうじゃな。顔にそう書いておるぞ?」
テワナに続いてレオにもそう畳み掛けられ、プロヴァンスは思わず困り顔を浮かべていた。まだ何も言っていないが、ノワールもその様子を窺っている。
「これだけのメンツの視線を浴びると……いやはや緊張しますね。俺は殿下と違って顔に思いっきり出ちまうんでと嘘も簡単に見抜かれるでしょうから本音を言いますと……。可能なら殿下を擁護するためにも騎車でパンシア姫様に弁明したいところではありますよ」
「別にパンはレグを責めようという気はないと思う。ただ久しぶりの再会だからゆっくり話したくて、2人きりを望んだだけだと思うよ」
「ノワの言うとおりじゃな。それに他人の心配をする前に、お前は国に帰ったら父親になんと報告するかを考えた方がいいのではないか? 確かにワシが戦の最中に言った千騎長クラスへの推薦という言葉は嘘ではないが、父への報告はちゃんと自分の口でするがよかろう。……まああやつに限って怒鳴りつけるなどはないであろうが。もし雲行きが怪しくなったらワシもバナードもかばうつもりではいるがな。なあ、バナード?」
背後からかけられた声にバナードは振り返りつつ「そうですね」と返事する。この2人がバックに着く、と明言してくれている以上、実質何も心配する必要はないだろう。が、そうなるとやはり思考は騎車の中にいる主の方へと流れていってしまうのだった。
戦が終わった後のレグルスは、様々な対応に追われて戦の結果どころの話ではなかった。結局のところ、レグルスは正体を隠していたためにペナルティが発生、だが元々東軍についていた200ポイント分のハンデの帳消し程度で妥当だろうという判断で審議委員会の意見は一致した。しかしそれでも東軍のポイント有利に変わりはない。にもかかわらず、西軍側は「今回の戦は勝敗以上のものがあった」と、結果云々についてそれ以上の要求をしようとしなかった。
無論、レオも事前に西軍側のスポンサーにそれとなく話は通していた。彼女が息子との一騎打ち後に戻らなかったのも、その後興の乗らない戦いをしたくなく、激闘の余韻に浸りたかったという身勝手な要求に他ならない。そしてそんなゲストのわがままを西軍スポンサーも快諾していた。
つまるところ、気づけば勝敗などもう二の次となっていたのだ。勝利自体は東軍が収めたものの、人の目はもはやそこ以上にレグルスとレオの親子対決に向いていた。
だが、レオはそれなりにインタビューにも答えたものの、レグルスはそれら一切を拒否、代わりに自軍のアドバイザーも兼ねていたバナードに代理を任せ、ひたすら沈黙を貫いてドラジェを後にしている。表向きはこれまでがお忍びの旅だったので、今回の一連の件についてはガレットに戻ってから正式に発表したい、というものではあるが、当然実態は異なる。
理由はパンシアだ。彼女は東軍の本陣を訪れてレグルスと再会してからずっと、兄と慕う従兄の傍から離れようとしなかった。その間はプロヴァンスもパンシアの母であるノワールと同席していたが、パンシアがガレットに戻るとなると半ば強制的にレグルスも連れ戻される形となり、さらに騎車の中に2人きりで話がしたいと閉じこもってしまったのだった。
救いを求める意味でもプロヴァンスはレオに再会を祝さなくていいのかと尋ねたが、「戦場で剣を合わせて言葉を交わさずとも心は通じ、基本的には満足した」と、いかにも戦馬鹿な返答が帰ってきただけだった。詳しくはガレットに戻ってからでもいくらでも話せるし、それよりも一日千秋の思いで待ち続けていたパンシアに今は話す機会を譲ると言われてしまった。ノワールも同じような態度であったため、不承不承ながらも傍を離れることに下のだ。
とはいえ、テントの中で聞いていた様子では、話したがるパンシアに対してレグルスはあまり口数は多くなかった、とプロヴァンスは感じていた。適当に誤魔化すか、自分にうまいこと話を振ってはぐらかすか。それで業を煮やしたパンシアが2人きりになることを望んだという側面もある。まあ自分が首を突っ込める範疇を越えているかと、巨躯の百騎長は取りとめのない考えをめぐらせるのをやめようかと考えていた。
「それはそうと百騎長、フルネームはプロヴァンス・ドリュール殿と窺ったのだが。あのゴドウィン将軍の息子だと。本当なのか?」
と、そんなことをプロヴァンスが考えていたところで不意に横からそう声をかけられた。声の主はテワナ、彼女は千騎長で自分は百騎長、その立場相応の態度で構わないと彼は既に伝えている。そのため、この物言いに対して何も文句はない。
「ええ、本当です。この図体は父親譲りですよ。俺の出迎えに来てくれてるかはわかりませんが、もしかしたら本物に会えるかもしれませんね」
「やはりそうか……。いや、殿下のお強さは身をもって知ったわけだが、あの方が実力を隠していた当初は、むしろお供の方が腕が立つのではないか、という思いがあったからな」
「ほほう。プロヴァンス、随分と高く買われたの?」
テワナの声が聞こえたのだろう、茶化し気味にレオが語りかけてきた。プロヴァンスは主がやるように反射的に苦笑を浮かべていた。
「まあ俺は殿下と違ってそういうのを偽るのが苦手ですからね。でも千騎長殿は冗談が通じない、と殿下がおっしゃってた気がしましたが……。なかなか口もお上手じゃないですか」
「……私は本気で言っているんだが。レグルス殿下はこんな私に『改めて剣を向けに来い』とおっしゃられた。その言葉にいつの日か応えられるよう、もっと強くなりたいと考えている。そのためにも、近いうちに千騎長になるかもしれないあのゴドウィン将軍の息子、という存在は相手にとって不足はない。……殿下の前にまずはプロヴァンス殿、あなたを打ち倒すつもりでいる。戦場で顔を合わせたとき、是非ともお手合わせ願いたい」
一瞬プロヴァンスは虚を突かれた様な表情だった。が、すぐ普段通り豪快な笑い声を上げる。
「いいですね。その勝負、受けて立ちますよ。殿下をもってして『相当優秀』と言わしめたあなたを相手に戦うとなれば、俺も血が騒ぐってもんです」
ドラジェの千騎長とガレットの千騎長に近い百騎長、2人が顔を見合わせて不敵に微笑みあった。それをレオとノワールがしげしげと見つめていた。
「……なんか、プロヴァンスがゴドウィン将軍みたいに見えてきた。将来大物になりそう」
「違いないな。ワシ相手に怯むことなくあれだけの強烈な打ち込みを見せたんじゃ、いずれは将軍、そして騎士団長を勤められるほどの器になりそうじゃな。……しかしプロヴァンスもじゃが。ドラジェの千騎長、テワナと言ったな?」
予想していなかった呼びかけに思わず彼女は身を硬くした。声からレオに呼びかけられたとわかる。緊張気味に「は、はいっ!」と答え、彼女は視線をプロヴァンスから移した。
「ワシはレグとの戦いであまり見られなかったが、平野部での戦いを見事指揮したようじゃな」
そこでバナードも振り返って話題に加わる。
「それは私からも推薦出来ますね。アドバイザーとして東軍に呼ばれましたが、私が口を出すことはほとんど何もありませんでした」
「ほほう。バナードにそこまで言わせるほどか。加えて今のプロヴァンスとのやりとりとワシの息子をいつか倒したいというその意志……。なかなか見応えのありそうじゃな」
「は、はい! ありがとうござ……あ、いえ、申し訳ありません! レオンミシェリ閣下の大切なご子息であるレグルス殿下に対して『倒したい』などと不遜な物言いを……」
「いや、構わん。むしろあいつもその程度言われようと気にせんじゃろう。それにレグの奴に倒しに来いと言われたのであろう? なら、それだけの相手とレグも見込んだ、ということじゃしな。……そうじゃな、もしレグを倒せるほどなら腕としては申し分ない。そのままあいつの嫁になるというのはどうじゃ?」
どこまでが本気で言われているのか、テワナには判断できなかった。自分の息子を倒せるものなら倒してみろ、まではまだわかる。だが倒した暁には嫁になる権利をくれてやろう、などと聞いたこともない。どう返答したものか、テワナは困り果てた表情で、さっきは自分とプロヴァンスがこのやりとりをしたような気がしたと、デジャヴを感じつつ返した。
「……レグルス殿下は口が達者でいらっしゃるのは身をもってしっていましたが、レオンミシェリ閣下もそうだとは思いもいたしませんでした」
「ん? ワシは本気で言っておるぞ? あいつの口の悪さはワシではなく旦那の方に完全に似たようじゃからの」
これにはテワナは絶句するしかなかった。本気で言っているのだとしたら息子に絶大な信頼を置いているのか、あるいは口では自分を称えるように言いながらその実軽視しているのか。だがそこで彼女は第3の考えに思い至った。それは、レオの口から出たその言葉通り、「本気で言っている」ということ。つまり、身分など関係なく、息子を打ち倒せるほどの力を持つ相手ならば、自分からすれば息子の伴侶としては是非もない存在だと言いたいのだと。
それこそ、テワナがずっと追い求めいた、家の出や立場など関係なく、純に力を追求する姿勢そのものではないかと思うのだった。そしてそれを平然と言ってのけるほどの器。なるほど、「閣下」と呼ばれ、今なお戦場に燦然たる存在として輝くその人物は、やはり伊達ではなかったのだと、テワナは知った。そんな彼女の心を見透かしたかのようにノワールが語りかけてくる。
「変わってるでしょ、レオ様って。戦馬鹿だからしょうがないの」
「これ、ノワ。義姉を馬鹿呼ばわりするとは何事じゃ。……まあ事実だから否定できんがの」
そう言ってレオはプロヴァンスにも負けないほどの豪快な笑いを上げる。それにつられ、周囲にいた人々もまた笑い声をこぼした。
これがレグルスの母獅子、レオンミシェリかとテワナは改めて実感する。この母と、そして知略に長けるといわれる父に育てられれば、それは息子も無双の強さを誇るのも納得だった。
そんなテワナに気づいてか、プロヴァンスがそっと声をかけてくる。
「……千騎長殿には眩しく映るかもしれないですけどね。実際この環境の中に放り込まれるとしんどいことの方が多いんですよ。うちは父も厳しいし、閣下も何かと騎士達と手合わせたがるし」
「聞こえてるぞプロヴァンス。ワシはお前達騎士のことを思ってじゃな……」
「半分ぐらいは、でしょ?」
ノワールに突っ込まれ、「た、確かに残り半分は自分が楽しいからじゃが……」とレオは一度口篭る。が、開き直ったようにその先を続けた。
「ともかく、じゃ。ワシを前にしてそんなことを言うとはお前もいい度胸をするようになったの? さっきの戦では紋章術がまだまだじゃったな、帰ったらみっちりしごいてやろうぞ!」
「ちょ、勘弁してくださいよ! そうじゃなくたって俺は父譲りでタフだからって理由だけで殿下の紋章術の実験台にされることだってあるんですから! それが閣下にランクアップしたら体もちませんって!」
プロヴァンスは悲痛な主張をするが、レオは全く聞く耳を持たないらしい。そして回りも誰もそれを止める気はないようだ。現に、テワナを含めたその場の全員が笑っていた。
◇
「あー、ったく外は楽しそうだよな……」
一方騎車の中。レグルスは左手に顎を乗せて窓から外を眺めつつ、そう呟いていた。
「ちょっと兄さん、聞いてる!?」
「聞いてるよ。続けろ」
「続けろ、じゃないでしょ! ……さっきテントの中にいるときはプロヴァンス使ってのらりくらりと私の話をかわして。今度は今度でそうやってはぐらかして!」
「はぐらかしてねえよ。放浪の旅なんて馬鹿なことやってた俺が、どの面下げてお前に会ったらいいかわかんねえからこうしてんだよ」
変わらず、レグルスは視線を外に向けたままだった。それを不満に思ったのか、パンシアはなおも食ってかかる。
「会ったらいいかって、もう会ってるじゃん!」
「話が堂々巡ってる。それ多分3回目だ」
「だからそんなのはどうてもよくて……。あーもう!」
ヒステリー気味に癇癪を起こしていたパンシアが天を仰いでため息をこぼした。
心待ちにしていたはずの再会だったのに、久しぶりに会った兄代わりの従兄はそっけなかった。わざわざ本陣の待機場所まで会いに行ったのに対応は適当、その場に居合わせたプロヴァンスをうまく使って詰め寄ろうとするパンシアをかわしていた。さらに戦後のインタビューは代理のバナードに全部丸投げし、レグルスであることが露見してからはほとんど表に姿を表さずにドラジェを後にしている。
「……私はずっと兄さんとまた会えることを考えてたのに」
「それも3回目だ。……話題もループしてるぞ」
「兄さんがちゃんと聞いてくれないからでしょ!」
「聞いてるっての。これが俺のスタイルだってのはお前だってよく知ってるだろ」
「でも私の話はいつもちゃんと聞いてくれてたじゃない! ……きっと旅してる間に私のことなんてどうでもよくなったんだ」
「だからそうじゃねえっての」
ついでにそれも3回目、と言いかけてレグルスはやめた。さすがにもうからかうようにやり取りを続けるのも不毛だろう。そろそろちゃんと話を聞いてあげようという気になる。
「……悪かったよ。結局次期領主候補の件をお前に全部投げて俺は好き勝手やってて」
「私はそこは全然怒ってないよ。それにそれはもう済んだ話だもん」
「でもよ、そうやって飛び出して行ってちっとは成長したかな、なんて思ってたらおふくろにはボロ負けだ。……やっぱお前にゃ合わせる顔はねえよ」
「それも違うよ」
自嘲気味な発言に対し、帰ってきたのはまっすぐな言葉だった。思わずパンシアの方を仰ぎ見ると、彼女はその言葉と同様に曇りのない目でレグルスを見つめていた。
「兄さんの戦いは凄かった。お母様もそう言ってたもの。あのレオ伯母様があれだけ楽しそうに戦ってるのはここしばらく見たことがなかったって。それは単に息子と戦えてるという喜びだけでなく、相手を自分と対等に戦える存在だと認めたからに他ならない、って」
「……あれが対等な戦いに見えるか? 結局俺は有効打を一撃さえ打ち込めなかったんだぞ。最後の紋章剣だって簡単にあしらわれたしな」
「でもそれは兄さんも一緒じゃない? 最後の紋章剣以外はほぼ捌いてみせた。そして最後の紋章剣は……おそらく伯母様も全力で放ったと思うよ」
先ほどまでのようにレグルスは窓の外へ視線を移しながら、しかし表情はよりムスッとした感じに変わっていた。パンシアにはわかる。これは彼の不機嫌な様子を表しているわけだが、同時にそれは笑みを浮かべる余裕がないほどに図星を突かれたときに他ならない、と。
「……でも負けは負けだ。やっぱ合わせる顔はねえ」
「意地っ張り。その性格はどっちに似たの? ソウヤ伯父様? レオ伯母様?」
「知らねえよ。親父じゃねえか? ……ともかくこれで国に帰るのもなんだか晒し者みてえだな」
「そんなことないよ。皆兄さんの帰りを待っててくれるって。お父様とか、伯父様とか」
「ガウル叔父さんには絶対色々言われるだろうよ。そこだけ憂鬱だ。親父は……なんだかんだ放任主義だしな。今回の旅のことも全く咎めなかったし、多分おふくろとやりあって負けた、って言ってもそのうち自然と越える、とか言い出すだろう。……そもそも親父はもう俺の方が上回ってるとか戯言抜かしてやがるし」
どこか吐き捨てるようなレグルスの最後の言葉。それに対し、意外そうにパンシアは数度目を瞬かせた。
「兄さん、ソウヤ伯父様のこと嫌ってるの?」
「んなわけあるか。尊敬してる。いつか、おふくろと一緒に越えるべき壁だと思ってる。……なのにその当人があまりに自分を卑下するようなことを言い出すのを見ると、それを否定したい気分になって、同時に越えたいと思ってるジレンマに陥ってなんとも言えなくなるんだよ」
「そっか……。そうだよね。だって、兄さんの夢は伯父様と伯母様を相手にいつか勝ち名乗りを上げることだもんね」
変わらず、レグルスは窓の外を眺めていた。その口がポツリと「……よく覚えてんな」と言葉を溢す。
「それはそうだよ。だって、私の夢って、その兄さんが夢をかなえる姿を見ることだから」
不意に、ずっと視線を逸らしたままだったレグルスがパンシアをまっすぐに見つめた。
そうだった。母に意識を刈り取られ、意図せず見た過去の夢。その中で言ったパンシアの夢とは、そのはずだった。どんなに彼が言い聞かせようとしても、彼女は兄代わりの従兄が活躍する姿を見たいと言って仕方がなかった、と思い出した。
「どうかした?」
だがそのことを知る由もないパンシアは首を傾げている。レグルスは小さく笑い、また窓の外へと視線を逸らした。
「なんでもねーよ。ちょっとばっかし思ったことがあっただけだ」
彼自身、本来ならガレットを継ぐべき身だということはわかっている。だがパンシアが頑なに主張して、彼女が次期領主候補となっている。
なら彼女が望む、兄代わりである自分の活躍する姿を見せてあげることが、自分の成すべきことかもしれない。さっき戦が終わったときにソンブレロは「答えを見つけるまで保留するのも悪くはない」というようなことを言ったはずだ。だとするなら、今は遮二無二、活躍出来るようにもっと強くならなくてはならない、と思うのだった。それこそ、今日戦った母親にも勝てるほどに。
「……しっかしどうにも今日のソンブレロさん、親父みてえなこと言ってくれたなあ」
今の思考に行き着いたのも、その彼の助言のおかげだ。そう思いつつポツリと呟いた彼の独り言を聞きとがめ、「どうしたの?」とパンシアが尋ねる。
「独り言。帰ったらお前のために、俺もちょっと本国で大暴れしてやらねえといけねえかなと思っただけだ」
「本当!?」
言いつつパンシアは身を乗り出す。思わず怯み、「お、おう……」とレグルスは返すのが精一杯だった。
「やった! じゃあ兄さんには言葉通り大暴れしてももらわないと! ……そうだ! 昨日ビスコッティに行った時にね、リコが近々ビスコッティで大きな戦があるんじゃないか、って言ってて。で、私とクリムが主催する形で戦を行えばいいんじゃないかって思ってるの!」
「ハァ!? 待て待て、確かにお前もクリムも次期領主候補だからその権利あるだろうけど、いきなりすぎだろ!?」
「だって兄さんは大暴れしてくれるんでしょ? そうなったら私はクリムかシュアラと戦うから……兄さんはシンク様と戦うとか!」
「無茶言うな! 親父ですらもう戦わないと宣言するほどの凄腕じゃねえか! 戦主催するならもうちょっと俺に勝つ見込みのあるカード考えろ! アラアラ辺りをぶつけてくれよ!」
「シュアラじゃ兄さんの相手にならないでしょ? ……そうだ。私とクリムとシュアラ、3人で兄さんの相手になれば……」
「なんでお前がビスコッティ側に回ってんだよ!」
気が付けば、騎車の中の兄妹のような2人の会話は、いつものやりとりとなっていた。どうパンシアの機嫌を直そうか考えていたレグルスはようやくそんなのは杞憂だったと気づく。
戦無双の「蒼穹の獅子」と「百獣王の騎士」を相手に勝ち名乗りを上げる。当面はそれを目標に、ひたすらガレットで大暴れすればいい。パンシアはそれを楽しみにしてくれるといったし、そうすることが自分の肩代わりのように次期領主候補となったパンシアに対する恩返しといえるだろう。
そして目標を達成した時、その時にまた自分の身の振り方を考えてみるかと、保留と先延ばしというあまりよろしくないとわかりつつ、彼はその選択を取ることにした。
将来の希望である若き「獅子の子」の2人を乗せ、騎車は祖国であるガレットへの道を進む。時が流れても変わらない獅子の魂は、確かに2人の心に刻まれていた。
◇
ドラジェ、コンフェッティ城。来客用の談話室で落ち着きなく待っていた男性は、扉が開いて入ってきた2人に気づき、反射的に立ち上がっていた。片方がこの城の主であるレザン、もう片方が
「お二方! こういうことならそうだと前もって言ってくだされ! 何がなんだかわからないうちにこの事態というのは……!」
「それについては俺から謝るよ、
部屋で待っていた男性と同じ格好の男が同じ声でそう言ったと思うと、羽織るように着ていた服を脱ぎ、左手で顔の前をなぞるように滑らせた。その手が通り過ぎたところから、
「だがおかげであいつが言ったとおり、最高の見世物を特等席で見れた」
聞こえた声は、先ほどまでの中年の男性のものとは全く違った。それどころか、フロニャルドの人々なら本来あるはずの耳も、彼の黒い頭髪からは見えなかった。
「勘弁してくださいよ、
ソンブレロに指摘されても、本当の姿を見せたその男――ソウヤ・ガレット・デ・ロワは不敵な笑みを浮かべただけだった。その彼の代わりにレザンが口を開く。
「おっしゃるとおり。でも、彼は終わった後の我が子と話がしたかったんだ。わかってあげてくれ」
自国の国王であるレザンにそうフォローを入れられてはソンブレロには反論の余地はない。まだ何かを言いたそうだったが、黙って納得した様子だった。
「重ねて謝罪するよ。でもさっき言ってもらったとおり、おかげでレオと戦った後のレグと話が出来た。……思った以上にあいつは自分で悩んで、でも今回の旅がいい経験になったみたいだってわかった。俺も言いたいことが言えたし満足だよ。……悪いね、親馬鹿で」
「それにしても今朝早くにこっそりとソウヤさんがいらしたときは驚きましたよ。しかも要求が『東軍スポンサーと入れ替わらせろ』ですからね」
「一応耳は早いんで。昨日ガレットに戻ったときに、諜報部隊からそれとなく話は仕入れて、ちょいと茶番打ってみるかと思ったんですよ。うまいことバナードさんにも事前に話がつきましたし。……ま、そんな裏でこそこそとやってた俺以上にあいつは自分の手で舞台を回し、黒子であった俺の存在にも気づきかけていたようですが。……文句ないほどの成長っぷりだ。ああ、やっぱ親馬鹿ですね、すみません」
ソウヤは苦笑を浮かべる。もうソンブレロは突っ込みを入れる気もないのか、ひとつため息をこぼしただけだった。それからゆっくり口を開く。
「……ですが、ソウヤ様のおっしゃるとおり、ご子息は本当に素晴らしい、将来が楽しみな逸材ですよ。今日ここに呼び出されても自分が囲い入れた傭兵がレグルス殿下だとは半信半疑、戦中に正体を現されたのを見てやっと信じたほど、見事に騙されてました。それ以上に戦における親子対決は心が打ち震えた……。これまで見てきた戦の中で、あれほど画面に見入ったのは初めてと記憶しています」
「これは父親として鼻が高いお褒めの言葉だ。……で、やっぱ親馬鹿になるわけだけど、俺もあいつはいつかはもっと大きな舞台を回す存在になると確信してる。それも表に立ち損ねて『道化』として裏から回すしかなかった俺のようにではなく、本当の意味で『勇者』として表に立って、回すんじゃないかってね。今日のレオとの戦いを見れば、あいつは実力だけなら既に俺を越えたといってもいい。俺の手を完全に離れるのも時間の問題かもな……」
ソンブレロもレザンも、彼の言葉を静かに聞いていた。それを見てソウヤはなぜか少し照れくさそうな表情を浮かべる。
「……突っ込み無しですか? 完全に俺親馬鹿じゃないですか」
「事実でしょう? わざわざ一芝居打つほどですし」
「違いありませんな」
笑い声と共に2人に畳み掛けられ、ソウヤは困ったように笑みをこぼした。
「……否定できねえや。まあいいか。とにかく俺はそろそろ帰ります。あんま遅いと怪しまれるでしょうし。おふたりとも今日は助かりましたよ」
礼を述べ、ソウヤは部屋を後にしようとする。
「それではまたお会いしましょう。……ご子息のご成長、隣国より楽しみにしてますよ」
「ありがとうございます。そちらも子沢山の子育て、頑張ってください」
かつて歴史に残るとまで言われた大芝居を打った2人は、互いにそう言い合って笑みを交わした。
時は変わり、時代は流れ行く。だがこれからの時代はおそらく明るく照らし出されているであろうことを、人々に予感させている。その先駆けともいえるドラジェの東西戦はカーテンコールも終え、今本当の意味でようやく幕を下ろしたのだった。
「俺達の戦いはこれからだ!」みたいな展開ですが、ひとまずここで風呂敷を包もうと思います。
元々、一旦の着地地点としてここは考えていました。ただ、その前のジャンプ最高点までしか見据えていなかったために着地まで厳密に考えず、ここに到達するのに時間がかかってしまいましたが。
やりたい放題やったはずなのに、配置するだけして生かしきれなかったキャラもいます(主にビスコ側)。まあその辺はもしかしたら気が向いたらまた続き書くかもしれません、ということで。
前2つと比べると明らかに短いですが、一応完結にしたいと思います。読んでくださった方、ありがとうございました。また、期待を裏切る形となってがっかりした方、偏に自分の実力不足です。その点は申し訳ありませんでした。