DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

9 / 87
Episode 8 戦、再び

 

 

 そして3日後。紅玉の月から橄欖(かんらん)の月へ、すなわち地球の暦でいう7月から8月へと変わったその日が戦の日であった。

 

 今回の部隊構成は大きく2つ、レオ率いる本隊とガウル率いる攻砦(こうさい)部隊に分けられた。本隊にはバナード、ゴドウィンといった将軍と多数の騎士、兵士、一般参加者が配備される。一方の攻砦部隊はガウル親衛隊のジェノワーズが同伴するものの、兵の数自体は本体と比べると遙かに少ない、少数精鋭部隊であった。その状況を聞いて、ソウヤはガウルの部隊への配属を志願していた。

 その上で、あえて進軍ルートを変えて奇襲をかけることをソウヤが提案した。攻砦部隊が狙うシトロン砦は、今回主戦場となるであろうロックフォール平原の後方に位置している。そこで少数部隊という見つかりにくい点を利用すれば、通常考えられる平原を突っ切っての進軍ではなく、迂回することで奇襲を仕掛けられる、というわけだ。

 砦を攻めて落とせれば退路を絶て、挟撃を狙うことも出来る。それが無理でも後方への奇襲は相手の動揺が期待できる。ソウヤの提案にガウルも賛成し、レオもそれを了承した。

 

「お前がいるとは心強いな。こっちは少数精鋭による奇襲だ、お前なら弓と突撃と両方の役をやってもらえる」

 

 セルクルを走らせながらガウルがソウヤに話しかけた。本隊より先に出撃し、ビスコッティと国営放送の両方の目を避けるように進行している。

 

「それはいいですが、この戦力、やはり少々厳しいかと思いますが」

 

 ソウヤがそう言うのも無理はない。ガウル、ソウヤ、ジェノワーズ以外は騎士団、戦士団から選りすぐった200名程度を連れているだけであった。砦の防衛人数を具体的に把握してはいないが、少なくとも500、つまり倍以上いると見てまず間違いないだろう。

 

「仕方ねえだろ、あんまり数を割くと本隊も厳しくなるだろうし、こっちの動向も捕まれかねない。俺やお前やジェノワーズがいない時点で奇襲や待ち伏せの線は想定してくるだろうから、動向捕まれて進軍ルートがばれたら奇襲にはならなくなっちまうし。……とは言ったものの、まあ正直言って落としきれなくてもいい。後方を攻めることで本隊に揺さぶりをかけることは出来る。それだけでも効果はあると思うぜ」

「しかし攻めるからには俺は落としたいと思いますがね」

「言うじゃねえか。……だがその意見には俺も賛成だ」

 

 ニヤッとガウルが笑う。

 

「落としたいと言うからには何か策でもあるんだろ?」

「ありますよ。……うまく転べばこの戦力でも砦を落とせる」

「やっぱりか。わざわざ志願してきたお前のことだ、何か考えてはいるだろうと思ったが……本当に考えてやがったか」

 

 ソウヤとガウルの会話を聞いていたのだろう、後ろからジェノワーズがセルクルを寄せてくる。

 

「なんや、いい案があるならウチらにも教えてな」

「大分無茶な話だ。今聞いたら士気が下がりかねない。もっと戦場に近づいてからの方がいい」

「……本当に落とせるのか?それ」

 

 ガウルのもっともな質問にソウヤは苦笑を浮かべた。

 

「この戦力で砦を落とす、と考えたらまともな考えじゃ無理でしょう。……もっとも、勝機があるとするなら、その『無理』と思い込んでいる、そこだとは思いますがね」

 

 ソウヤがそう話したところで上空に花火が打ち上がった。迂回ルートのために映像板が近くになく、詳しい状況確認は出来ないが開戦の合図であろう。

 

「始まったな。……俺達も急ぐぞ」

 

 ガウルがペースを上げ、全員がそれに続いた。

 

 

 

 

 

『さあ、たった今戦が開始されました! 今回の実況放送は私、ガレット国営放送のフランボワーズ・シャルレーでお送りいたします! 今回も勝利条件なしのポイント勝負です! 戦の開始と同時に今回の主戦場になると予想されるロックフォール平原ではさっそく両軍が激突しております!』

 

 流れてくる実況放送に耳を傾けながら、本陣キャンプのテントの中でレオは戦の様子を眺めていた。傍らには両将軍であるバナードとゴドウィンが待機している。

 

「よろしかったのですか、閣下。ガウル殿下の部隊はいくら挙動を敵に察知されないためという勇者殿の意見もあったとはいえ、数が少なすぎたのでは……」

「自分もバナード将軍の意見に賛成ですな。出来れば殿下の部隊に同行させていただきたかった」

「それはすまなかった、ゴドウィン。じゃがあくまで本隊はこっちじゃ。戦力を充実させなくては本隊が押し切られる」

「それはごもっともですが……。でしたらあちらに配属した勇者をこっちに回せばよかったのでは……」

「それも考えた。しかしあいつ自身が攻砦戦を強く望んだからな」

 

 ゴドウィンが顔をしかめる。

 

「それは承知してはおります。しかし……」

「少数の遊撃的な部隊の方がやりがいがある、とか言っておったな。ともかくゴドウィン、戦士団将軍であるお前がこっちにいてくれる方が前線の兵士達の士気も上がるだろう、という考えもあっての判断じゃ」

「……承知しました。出すぎた発言でしたな」

「いや……。攻砦部隊がうまくやってくれるかはワシも気にかけておる故な……」

 

 レオはポケットからある物を取り出してそれを見つめる。色鮮やかな蒼い宝石のはまった指輪――ガレットに伝わる神剣、エクスマキナ。

 使用者が望む形に姿を変えるこの指輪は、これからレオが使う予定の魔戦斧・グランヴェールと対をなす神剣である。以前の戦でソウヤは手渡されていたが結局それを使わず、今回もレオが渡そうとすると頑なに拒否した。

 

「前も言ったはずです。自分はよそ者だ。勇者なんて器じゃない。国の宝剣を使ってもしものことがあったら、と考えると気が引けます」

 

 ガウルも「俺は元々使う気はねえし、あいつの気が変わったら渡せばいい」と言って使用を拒み、この神剣は使い手がいないままレオが所持していた。

 エクスマキナを見つめてため息をこぼし、ポケットに戻したところで実況放送から興奮気味の声が聞こえてきた。

 

『ビスコッティは早くも親衛隊のエクレール・マルティノッジ卿の登場! さらにロラン・マルティノッジ騎士団長も戦場にその姿を現しました! この兄妹の前にガレットが押されております! さあ、レオンミシェリ閣下はどのような判断を下すのでしょうか!?』

「閣下、そろそろ私達の出番では?」

 

 バナードの提案にレオが頷く。

 

「そうじゃな。ガウル達もそろそろシトロン砦に着く頃じゃろう。……ここらでワシらも派手に暴れるとするかの」

「了解しましたぞ閣下。自分はタレミミの相手をすればいいので?」

「そうじゃな。バナードは兄のほうを任せる」

「お任せを。閣下はどうなさいます?」

「最前線でビスコッティ兵を蹴散らす。……シンクとダルキアンが動いていないのが気になる。ワシが動けば動かざるを得なくなるじゃろう。ダルキアンとまた戦うのも悪くはない」

 

 レオの顔から笑みがこぼれた。領主としての務めも多く、難しいことを考える時間も増えたが、やはり強敵と相見えるときは心が躍る。

 それまで腰掛けていた椅子からゆっくり立ち上がると、レオは愛騎のドーマに跨った。

 

 

 

 

 

 戦が始まりロックフォール平原で両軍の激突が始まった頃、ソウヤは森の中にいた。場所はシトロン砦の西側の高台。

 だがガウルはこの場にはいない。ここにいるのはソウヤとジェノワーズの他は軽装戦士、重装戦士、弓術士がそれぞれ10名ずつと元々少数な部隊からさらに少数であった。

 

「しかしソウヤ、ホンマにこの作戦成功するんか? 相手の戦力を分断してガウ様に正面を突破してもらう、はわかったけど、そんなうまくいくんか?」

 

 砦の方の様子をじっと伺っているソウヤにジョーヌが不安そうに尋ねる。

 

「……さあな」

「な……! さあなって、お前……」

「成功する可能性があるから、ガウ様にあんな無茶な役をやらせたんじゃないの?」

 

 ノワールの指摘にフン、とソウヤは鼻を1つ鳴らした。

 

「黒いのの言うとおりだ。勝算がなきゃ、王子様にこんな危険なことはさせねえよ」

 

 ソウヤの立てた作戦は、元々少数のこの部隊をさらに2つに分け、自分のいる隊を囮として敵の兵力を割かせる。その間にガウルの隊に正面を突破してもらう、というものである。この砦を落とすとなった場合、いくらガウルにジェノワーズ、それにソウヤとの腕が立つ者が揃っているとはいえ、相手に地の利があることに加え、数の差が大きい。しかし正門を突破し、内部戦に移行できれば後は乱戦だ、数の差をひっくり返すことも不可能ではない。

 賭けとしては分はあまりよくない。が、ソウヤにはノワールに言われた通り勝算があった。真っ向からぶつかる、であれば現実主義者な彼は即刻砦を落とすことを諦めただろうが、要は内部に入り込めればほぼこちらの勝ちなわけだ。敵の集中砲火を浴びず、かつ相手の戦力をうまく割くことが出来ればガウルの突破力なら正面突破は可能。この数日間共に訓練に励んだ王子に、そこまでの信頼を置けるようになっていた。

 

「そのガウ様……そろそろ仕掛けるようですよ」

 

 ベールの言葉にソウヤは砦の正面に目を移す。見ればガウルを先頭に率いた全ての兵力がセルクルと共に迫る様子が見て取れた。

 

『……えっ!? シトロン砦!? シトロン砦ですか!? ここで未確認の情報ですが、シトロン砦にガレット軍が奇襲をかけているという情報が入ってきました! どういうことでしょう、確かにガウル殿下やジェノワーズ、それに勇者の姿は本隊に見当たりませんでしたが、ロックフォール平原に進撃してきた数を考えると砦を奇襲するほどの戦力はないはずですが……』

 

 実況が奇襲を伝えるとほぼ同時に砦からガウル達の方へと矢が放たれるのが見えた。敵も気づいたようだ。

 

『ただいまの奇襲の情報ですが、ここで映像が入ってきました! 現場のビスコッティ国営放送のパーシーさんと連絡が繋がったようです! パーシーさん?』

『はーい! こちらシトロン砦前のパーシー・ガウディです! ここに奇襲をかけてきたのは……なんとガウル殿下です! 殿下自ら隊の先頭に立ち、猛然と砦へと突っ込んでいきます! しかし兵の数があまりにも少ない! これは何か狙いがあってのことでしょうか……!?』

 

 その放送を聞いたソウヤが口の端を僅かに緩めた。

 

「儲けたな。国営放送のレポーターが仕事熱心で助かった」

「え……どういうことや?」

「普通あんな少数で正面切って突撃というのは考えられない。数の差がありすぎる。しかし隊を率いているのは王子であるガウ様だ。囮、あるいは陽動としての部隊にしては重要な駒が配置されている。……よって敵はあの部隊を囮と決め付けることは出来ない。ガウ様が本当に砦を狙って突撃してくるのか、他に別働隊があるか、あるいはさっき実況が言ったような別の狙いがあるか……。そんな具合に相手を惑わすことが出来る」

 

 言いながらソウヤは背の弓を手前に持ってきた。

 

「実況の方で何かあるかもしれない、ということを示唆してくれたおかげで、相手は無意識にその困惑を植えつけられる。そしてそのタイミングで別方向からの攻撃があれば……別働隊がいる、と思うだろう。その攻撃が激しければそれが本隊、とみなす。そうなれば戦力の大半は本隊と思われるほうへと割いてくる」

「え……えーっと……?」

「つまりこっちの部隊を本隊と思わせて敵を多く割き、その隙にガウ様達に正面を突破してもらう、ってこと」

 

 ノワールの説明になるほどと頷いたジョーヌ。しかし次第に何かに気づいたように顔色が変わっていった。

 

「……ってちょい待て! それってつまりウチらが敵の猛攻にさらされるってことじゃ……!」

「そういうことだ。お前たちには敵の矢の防御も頼むが、他に相手が突っ込んできたときの近接要員が必要でジェノワーズと軽装戦士、重装戦士を借りたんだよ」

「な……実質ウチとノワと20の兵で突っ込んできた砦の兵士ほとんど相手にしろってことか!?」

「ここに来る前にある程度数は減らす。親衛隊の弓の名手がいるんだ、そのぐらいはやってくれるだろう」

「え……ええ!? ……が、頑張ります……」

 

 困り気味のベールを見てソウヤが1つ笑う。が、すぐに顔を引き締めた。

 

「……そろそろやるぞ。いいか、とにかくこっちを大部隊の本隊と相手に思わせるのが目的だ。出来る限り矢を撃て。相手の戦力がこっちに集中し始めたらお前たちは無理せず退いてガウ様となんとか合流しろ」

「その時のしんがりがウチとノワってことか……」

「そうだ。……よし、弓兵、矢を構えろ」

 

 とても大部隊とは思われない僅か10名の弓兵、そしてベールが矢を構える。ベールは紋章を輝かせて紋章砲の準備をしている。

 が、ソウヤは何を思ったかその場に腰を下ろした。

 

「……ソウヤ、なんで座るの?」

 

 ノワールが怪訝な目でソウヤを見る。

 

「なるべく多く矢を放つ、なら撃てるだけ多く元の矢を放ち、あとは紋章術で増やせばいい。多く矢を番えるには……」

 

 両脚で弓を支える。さらに紋章術によって弓自体を強化。両手の指の間にありったけ挟んだ矢を、強化した弦に当てて引き絞る。

 

「な、なんつー……」

「……こいつが1番だ。名づけて吹き荒ぶ弩弓の嵐、ストーム・オブ・バリスタ……!」

 

 ソウヤの紋章がひときわ明るく輝く。

 

「いくぞ! 弓隊、撃てェッ!」

 

 その声と共に西側からシトロン砦へと矢の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

『じ、実況席! こちらシトロン砦のパーシーです! 大変です! なんと砦の西側から矢の雨が砦に降り注いでいます! やはり別働隊がいた模様! それにしてもこの矢の数、かなりの大部隊を隠していたようです!』

『なんとなんと! これは驚きです! ガレット王子のガウル殿下を囮に使って別方向からの奇襲! 弓ということとここまで姿を見てないことから推測するに……おそらくガレットの勇者、ソウヤ・ハヤマ殿が指揮を取っているのではないかと思われます! それにしてもこの矢の数! 一体どこにこれほどの大部隊を隠していたのでしょうか!?』

 

 自分の方へ飛来する矢の数が激減したところでその実況を聞いて、ガウルは不敵に笑った。

 

「やるじゃねえか、あいつ……。本当に向こうを本隊だと思わせやがった。矢は来なくなったし攻撃も散発的……。このぐらいなら、いける!」

 

 ガウルは背後を振り返った。敵の弓により元々少ない兵の数は最初よりさらに減っている。だが自分が先陣を切れば兵達は間違いなく着いて来る。砦を落とせる可能性は0ではない。

 元より、たとえ自分1人になってもガウルは諦めるつもりはなかった。この世界に来てからしばらく経つが、ずっと他人を避けるような態度を取ってきた勇者が初めて積極的に動いた。しかもこの作戦の肝、正面突破の役割はガウルが任されている。だとするなら、考えすぎかもしれないが、自分は勇者に信頼されてこの立ち位置を任させたのだ、と彼は考えていた。

 

(堅物のあいつがやっと俺を信頼して任せてくれたんだ。だったら……やってやらなきゃ王子の名折れってもんだろ!)

 

 決意も新たに、ガウルが咆える。

 

「行くぞお前ら! この人数でシトロン砦を落としたとなりゃあ全員大ボーナスだ! 気合入れろォ!」

 

 うおおおおおっ! と背後からの心強い雄叫び。やれる、これでこそ戦無双のガレット領民よ、とガウルは思わず笑みをこぼした。

 

「その意気だ! ガレットの底力、見せてやれ!」

 

 

 

 

 

 後方のシトロン砦への奇襲という突然の情報にビスコッティ側は明らかに浮き足立っていた。

 最初の快進撃はガレットの将軍、バナードとゴドウィンの登場によって止められていた。現在の戦績は五分と五分、この状態で後方の砦が落ちたとなれば部隊は退かざるを得ない。それではポイントに水をあけられてしまう。

 

「まずいでござるな。こうなってしまっては致し方ない、拙者たちも砦の方へ……」

 

 ブリオッシュが作戦連絡を取り持つ騎士と話をしていた、その時だった。

 

「獅子王炎陣! 大爆破ァ!」

 

 聞こえたその声にブリオッシュは声の方を見る。その次の瞬間、大爆発が巻き起こりブリオッシュの前方にいたはずの兵達が吹き飛ばされてけものだまへと姿を変えられていた。

 

『決まったー! レオンミシェリ閣下必殺の獅子王炎陣大爆破! 前線を抜けていきなりの爆破に、これはビスコッティ側も驚きを隠せないー!』

 

 爆風の余波を遮るためにブリオッシュも思わず左手で顔をかばう。その余波が引き、彼女は声の主を改めて確認する。爆発によって立ち上った爆煙の中、不敵に笑みを浮かべながらレオが長柄斧を肩に仁王立ちしていた。

 青天の霹靂、とも呼べる敵大将の登場に、ブリオッシュは実況の言葉通り一瞬驚いた表情を浮かべた。が、すぐ平常心を取り戻し、普段通りの顔へと戻る。

 

「意外でござるな、まさかレオ様自らがこれほど深くまで切り込んでこられるとは」

「ワシはお前と戦いたくてのう、ダルキアン。今日はこの魔戦斧、グランヴェールも持ってきた。ちと本気でやろうではないか?」

 

 ブリオッシュがレオの肩に担がれた斧にチラリと視線を移す。

 

「……なるほど、言葉に違わず本気、というわけでござるな。……しかしそれはレオ様本人の意思か、それともあくまで拙者をここで足止めしておきたいというのが本音か、どちらでござるかな?」

 

 レオの瞼がピクッと動く。

 

「……貴様はここでワシが相手をする。砦へは行かせん」

「そうでござるか。承知した。ではその誘い、乗らせていただこう」

 

 ブリオッシュが腰の刀を抜いた。言葉通り誘いに乗って戦う、という意思表示。

 

「お館様、では拙者が……」

「いや、ユキカゼ。砦へは行かなくてよいでござる」

「え!? し、しかし……」

 

 うろたえるユキカゼと対照的、何かを決意したかのように落ち着いた様子で、ブリオッシュはゆっくりと口を開く。

 

「……砦の方は、『彼』に任せようと思うでござるよ」

「何……?」

 

 驚きの表情を浮かべるレオ。ブリオッシュ、ユキカゼの姿は確認したがここまでまだシンクの姿は確認していない。では、彼は――。

 

「まさか……シンクは砦に!?」

「厳密にはこの部隊の最後尾でござる。しかしシトロン砦に奇襲があったという情報と同時に飛び出して行ったでござるよ」

「まずい……あそこには……」

「ソウヤ殿がいる、でござるか?」

 

 再びレオが目を見開く。

 

「シンクは奇襲をしかけたのはソウヤ殿と確信を持ったから行ったでござるよ」

「な……だがあの2人が戦えば……!」

「……異世界から召喚された勇者同士、傷つけ合う可能性もある、と?」

 

 レオが無言で、重々しく頷く。

 

「勿論拙者もそのことは知っていたでござるし、シンクも知っていた。だが知っていた上で、あえてシンクは今度の戦でソウヤ殿に挑む、そのために拙者に稽古をつけてほしいと言ってきたでござる。強い者と戦いたいという気持ち、そしてそれ以上に、ソウヤ殿に全力でぶつかってその頑なな心を氷解させたいという気持ち……。彼はそんな気持ちをずっと持っていたでござるよ」

「シンク……」

 

 無意識のうちにレオはその名を呟いていた。レオが期待した「戦の中でならソウヤが変わるかもしれない」という期待。どうやらそれは隣国の勇者も感じていたようだ。そして実に彼らしい方法――フロニャルドの戦で全力でぶつかり合うという方法で、その願いを現実へと変えるつもりらしい。

 

「だから拙者はその彼らの戦いを見守ることにしたでござる。出来る限りのことは教えた、あとは本人たち同士がどうにかするでござろう。……レオ様はどうお考えになっているでござるか?」

「……お前と同じ考えだ。戦の中でなら、ソウヤは変わるかもしれんという期待を持っている。……あのチビ勇者め、立派なことを言うようになりおって……」

 

 ブリオッシュの表情が緩む。この隣国の領主にも認められたとなれば、やはりビスコッティの勇者はまさに勇者足る者として成長したという証明に他ならないだろう。

 

「そういうわけでござるから、あとは彼らに任せればいいでござろう。……拙者はレオ様の誘いを受けた。本気で手合わせ、ということでよろしく頼むでござるよ」

 

 緩んでいた表情はどこか嬉しそうに、しかしブリオッシュからは確かな闘気の高まりが感じられる。

 

「……そうじゃな。ではひとつ、派手に行くとしようかの?」

 

 レオもグランヴェールを構える。憂いは絶てた、いや、余計な考えを抱くなど、この大陸最強の自由騎士の前では自殺行為にも等しい。気持ちを切り替え、目の前の敵へと視線を交錯させる。

 やや間があり――互いに同時に地を蹴って、百獣王の騎士と自由騎士の2人が激突した。

 

 

 

 

 

 その頃、シトロン砦の攻防は一層白熱していた。

 ソウヤ達別働隊を本隊とみなした様子のビスコッティ軍はガウルの隊への攻撃の手を緩め、代わりにソウヤの隊が猛攻に晒され始めた。

 始めは矢の応酬、しかしそれでは状況が変わらないと判断したビスコッティ軍は歩兵を進軍させる。弓兵や砲術士など、飛び道具を主力とする相手には歩兵で距離を詰めた方が有効であるからだ。状況はそれまでの砦への攻撃から、迫る歩兵を撃ちながらの後退戦へと変わった。

 

「どぉりゃぁあああ!!」

 

 ジョーヌが自慢の大碇斧と呼ばれる戦斧を振り下ろし、ビスコッティ兵を薙ぎ払う。大振りの一撃はそれだけで数名の敵兵をだまへと変化させたが、それでも仕留め損ねた数名が攻撃後の隙をつこうと迫る。しかしノワールが目にも止まらぬ速さで動きつつ短剣を振るい、あるいは投擲してそこをカバーし、相手をだまへと変えていった。

 

「くっそー! おいソウヤ! こんなんじゃ押し込まれるで! 兵士はどんどん来る……うちらだけじゃ止めきれん!」

 

 後退しつつ、次の一団がも迫りつつあるのを見てジョーヌが悲壮感溢れる声を上げる。既に軽装戦士と重装戦士の20名はだま化して戦闘不能となっており、近接戦を行っているのはノワールとジョーヌの2人だけとなっていた。

 

「もう少し時間を稼げ! ……ガウ様はまだ内部に入れてないのか!?」

「相手が防御を固め始めてる……。こっちの数が少ないのがばれて向こうに兵力を集中させ始めたのかも。正門もまだ閉ざされたままだし、あれじゃ無理かもしれない。……どうするの?」

 

 普段は冷静なノワールでさえ焦りが見え始めている。事態はそれほどまでに切迫、非常にまずい状況なのだ。

 ソウヤが振り返って残りの弓兵を確認する。連れてきた10名の弓兵のうち既に6名は敵との矢の応酬でだま化、戦線から離脱していた。つまり残る弓兵は4名、そこにソウヤとジェノワーズを加えた僅か8名が残存戦力である。いくらなんでも数の差をひっくり返すのはほぼ不可能といっていい現状だ。

 

「……ここいらが限界かな」

 

 ソウヤは覚悟を決める。やや自嘲的な笑みを浮かべつつ、口を開いた。

 

「……ジェノワーズ」

「何?」

「俺が活路を開く。お前たちは正門側に回ってガウ様の援護に行け」

「援護に行けって……敵がぎょうさん来とるんやで!」

「だから言ってるだろう、活路を開くと。俺がなんとかする。連れてきたセルクルがまだいるはずだ。それでここから最短距離でガウ様のところまで突っ切れ」

「ソウヤさんは……どうするんですか?」

 

 ベールの質問にソウヤが言葉を止める。

 

「活路を開くのはいいですが……ガウ様の元へ行くのは私達だけ。ではソウヤさんは……」

 

 ソウヤは答えない。代わりに残った弓兵の方を向いた。

 

「……お前たち、悪いが俺と一緒に地獄に付き合ってもらいたい」

 

 弓兵が顔を見合わせた。

 

「な……! ソウヤ、お前まさか自分を捨て駒にする気じゃ……!」

「ジョーヌ、ちょっと黙ってろ。……すまないが俺に命を……いや、死にはしないか。ともかく、俺のわがままに付き合ってもらえるか? うまくいけば砦を落とせる……頼む」

 

 ソウヤの真剣な眼差しに最後の4人の弓兵達は互いに顔を見合わせた後で大きく頷いた。

 

「わかりました、勇者殿を信じますよ」

「うまくいきゃあ大儲けだ、やってやりますぜ!」

「恩に着る」

 

 小さく頭を下げ、ソウヤはジェノワーズのほうへ向き直る。

 

「お前たちが出た後、俺が囮になってお前たちへの攻撃をそらせる。弓兵には俺を援護してもらう」

 

 ベールがセルクルを3人分引いて来る。ジェノワーズはそれに乗った。

 

「……ソウヤ、お前は異世界の人間や。大きなダメージを受けると……」

「わかってる、ジョーヌ。言われるまでもなくな」

「ならそんな無茶……!」

「無謀にも砦に突撃してガウル殿下とその親衛隊ジェノワーズ、そして勇者は戦線から離脱しました、などアホな話になりたくはない。だからといってこのまま引く気もない。俺はこの砦を落とす。……敵が来る、行くぞ!」

 

 一方的に続きを切ってソウヤが弓に矢を番えた。

 

「輝力解放……! 食らえ! スマッシャー・ボルト!」

 

 初めて使った時は名称未定だった紋章砲を撃つ。放った矢は白く輝きながら飛翔し、迫るビスコッティ兵に吸い込まれた。直後、大爆発を引き起こし、吹き飛ばされた兵はけものだまに変わって空から落ちてくる。

 

「今だ! 行け!」

 

 ソウヤの声と共にジェノワーズの3人を乗せたセルクルが駆け出す。迫る敵兵がそれに気づき、狙いを3人へと変えた。さらに自軍の歩兵進撃によって誤射を避けるために手を休めていた砦の弓兵が3人を狙いだす。

 

「俺が()()したらどこかに身を隠すか、うまいことなんとかしろ! 援護任せるぞ!」

 

 振り返ってそう弓兵に告げるとソウヤも砦へと駆け出す。

 ソウヤが考えた最後の手段は、自身の砦内への突入である。砦壁は確かに高いが、紋章術で跳べば跳びきれない高さではない。正門さえ開けられれば、本隊のガウルたちがなだれ込み乱戦へと移せる。

 その本隊の戦力には強力な援軍となるであろう、ジェノワーズを援護するため、走りながら矢を指の間に挟み、ソウヤはジェノワーズを標的とする兵に狙いを定める。

 

「ヘッジホッグ・アルバレスト!」

 

 放たれた矢は次の瞬間には増え、弓を構えていた兵を次々と撃ち抜いた。が、数名の撃ち漏らしが確認できる。

 

「チッ……矢の軌道が制御しきれなくなってきた……」

 

 既に最初の対攻塞用紋章砲から幾度となく紋章術を酷使している。元々紋章術を使いこなし気味であり、さらに最初の戦よりもその勝手がわかったとはいえ、これだけの連発は体のほうに堪えてきていた。

 だがソウヤは疲労の色を滲ませたため息を一つ吐いたものの、背中の矢を抜き、純粋に弓の技術だけで砦の敵弓兵を撃ち抜いていく。

 しかしそうしている間に敵の兵5名がソウヤの元へと迫ってきた。

 

「勇者、覚悟ー!」

 

 敵兵が斧を振り上げる。が、次の瞬間後方から飛来した矢にその敵はけものだまへと変わった。絶好のタイミングでの援護にソウヤの口の端が緩む。

 

「やるじゃないか。鍛えた価値があったってもんだ」

 

 次の相手が怯んだ隙に矢筒から矢を抜き、手の甲の紋章を輝かせて撃ち抜く。レベル1、放つ矢の威力を強化しただけのただの射撃だが、直線上の2人を巻き込むには十分な威力だった。これで残りは2人。

 2人が左右に散る。左右からの挟み撃ち。

 ソウヤは慌てず再び矢を構えて左の1人を撃ち抜いた。さらに右から来る兵の攻撃を目の端で捕らえて体を捌いて交わす。その勢いそのままに右の回し蹴りを上段へと叩き込んだ。

 5人を片付けたのを確認する間もなくソウヤは砦へと駆け出す。まだ歩兵が迫りつつあるが、後方からの矢の援護により脚が少し遅くなっている。

 そこを見逃さずソウヤは両脚に紋章術を発動させた。

 

「この距離なら……届くはずだ!」

 

 輝力を込め、力いっぱい踏み切る。そしてソウヤは飛翔する――濃紺の輝力の軌道を残し、砦壁よりも高く。その高さに、頭上を越えていく敵国の勇者に、ビスコッティの兵達が唖然と空を見上げた。

 

「スマッシャー・ボルト!」

 

 砦壁の内側、着地地点と思える場所へ紋章砲を撃ち込む。運悪くその場にいた兵が吹き飛んだ。

 着地と同時にソウヤは正門側へと駆け出す。それを捕らえようと敵兵が迫るがソウヤはその攻撃を交わし、あるいはうまくやりすごし、前へ。

 そして巨大なレバーの前に構える兵を矢で撃ち抜くとそのレバーを一気に降ろした。

 轟音と共に正門が開く。砦壁を攻めあぐねていたガウルと兵士達がその様子に気づき、内部へと突入してきた。

 

「ソウヤ!」

 

 ガウルが開門レバーの脇で壁にもたれかかるソウヤを見つけて声をかけてくる。

 

「お前……なんて無茶しやがる!」

「これで門の内側には入れたでしょう? ……ジェノワーズは?」

「最後尾に合流した。しかし正門突破したとはいえこれで砦内戦は……」

 

 ソウヤがガウルの視線の先を追うと、元々少なかった兵がさらに少なく、もはや当初の3割程度しか残っていない。

 

「……十分でしょう。中にさえ入れてしまえば、あとは俺達でここは落とせる」

「よく言うぜ。満身創痍だろ? 1人で相当無茶しやがって……。しかしこれなら回りくどい手なんか使わず最初からお前が中に突っ込んで正門開ければよかったじゃねえか?」

「それは無理です。相手の戦力が集中しすぎる。ある程度分散させて削ったから出来たことです。本当はこの役割はあなたにやってもらいたかったんですが……。結局そっちに戦力集中しちゃいましたからね。やむを得ず俺がやっただけですよ」

「そうかい。でもこっからは敵さんの戦力は全部集中だぜ?」

「外と状況が別です。ここなら乱戦に持ち込める。俺にガウ様にジェノワーズ……残っている兵の数を考えても勝機はあると言えるでしょう」

 

 ケッ、とガウルが笑った。

 

「……まあそうだな。ここまで来りゃああとは突っ込むだけだもんな……! よっしゃ、シトロン砦、落とさせてもらうぜ……!」

 

 ガウルが輝力武装を展開しようとしたその時――。

 

「ちょっと待ったあああああ!!」

 

 空から叫び声と共に飛び降りてくる1つの影。睨み合うガウルとビスコッティ兵団の間に着地したのは――。

 

「ビスコッティ勇者、シンク・イズミ! ただいま参上!」

『ゆ、勇者だー! ビスコッティの勇者、なんとシトロン砦に登場! どうやら得意の輝力武装、トルネイダーにより空から砦壁を越えて飛んできた模様です! しかし、これで互いの国の勇者が初めて戦場で合間見えることとなりました! これは……もしかしたらこれは……!』

 

 実況がシンクの登場を更に盛り上げる。睨み合うビスコッティ側とガレット側、両方が思わずどよめいた。そして今しがた登場したばかりのシンクはガレットの兵団へと目を移す。

 

「へっ! 来やがったかシンク! いいぜ、ここでお前と……」

「ごめん、ガウル。今日はガウルと戦うために来たんじゃないんだ」

「な……。お前、まさか……」

 

 不安げにそう口にしたガウルを差し置き、シンクの視線がソウヤへと向けられた。

 

「……ソウヤさん」

 

 ソウヤは何も答えない。ただ、その言葉の次を待っていた。

 

「……ビスコッティの勇者として、あなたに一騎打ちを申し込みたい!」

 




橄欖(かんらん)……ペリドット。8月の誕生石。
ロックフォール……ブルーチーズの代表格。
シトロン……フランス語でレモンのこと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。