初めて書く作品だから、というのもありますが、タイトルは特に決まっていません。
自分が作った物語、第1作目。略して『自作1』です。
変に技巧を凝らしてしまい、今後とも読みづらい文章になることが予想されます。
ご覧になる際は、ご容赦ください。
余談ではありますが、自分は話数を数えるとき『1、2、3……』ではなく『A、B、C……』と数えています。
そのため、サブタイトルも『A』となっております。
3年間とは、なんて短いのだろう。
3年。それは中学校や高校で知り合った人と、今まで通りの関係でなくなるまでの期間。2年生や3年生になってから知り合った人とは、さらに短い期間になる。
そんな短期の間でしか関係を持てないから、入学当初から誰とも付き合わないことに決めていた。河川敷に腰掛けて夕日を見ながら語り尽くせる男友達も、甘酸っぱい恋に落ちて共に青春を謳歌する女友達も作らない。
せいぜい、クラス内で弁当を一緒に食べるなり、班編成で一緒になった人なり、うわべ付き合いの仲くらいで十分だ。3年間で培う関係といったら、そのくらいでちょうどいい。……強い絆で結ばれてしまえば、そのぶん別れるのも辛いだろうから。
中学校や高校を卒業しても連絡を取り合ったり、どこかで会ったりする人もいるにはいるだろうが、これだけは断言できる。
明らかに、音信不通になる人の方が多い。
僕の名前は『黛幹人(まゆずみみきと)』。取り立てて紹介することなどない。
今は4月の頭。僕は高校2年生になり、クラスメイトががらりと変わった。といっても、去年のクラスメイトなどひとりも覚えていないし、覚える気もないため、大差はないが。
入学当初、僕は窓から2番目の列の最後席だった。窓際の列は他の列よりひとつ席が少ないため、席列の関係上左隣に人はいなかった。
右隣の人は、その右隣にいる人とよく話していたので、こちらに話が振られることはなかった。
わざわざ体を捻ってまで後方のクラスメイトと喋りたがる人などいないため、前の席の人や窓際最後尾の人からも話しかけられることもなかった。
その後席替えを行い場所を転々としたものの、最初からだんまりだった僕にはよろしくのひとことすらもかけられることはなかった。こちとら他人を気にせずのんびりできるので、まんざら悪い気分ではないが。
昼休みや放課後などは、いつものんびり。部活になど興味がなかった僕は、この1年間を常にぼんやりと過ごしていたと言っても過言ではないだろう。
だが、そんな理想の生活は1年で潰えてしまった。
進級したことにより変わったクラスメイト、クラスの席配置。それは、最悪のひとことに尽きた。
黒板に殴り書きされた席の配置図に記された僕の席は、窓から2番目の列の前からふたつめ。今年度の出だしは、左隣、両斜め後ろ、真後ろにも人がいる。八方をぐるりと人で囲まれ、逃げる場所すらない。
何度でも言ってやろう。
━━━━━━━━━━最悪だ。
「まったく、マユは喋らないことを前提に考えすぎなんだよ! 発想を変えて、喋ることを、お付き合いすることを前提に考えてみればいーんだよ!」
放課後。今日は午前中の始業式だけで終わったので、放課後自由に行われるクラスメイトとの顔合わせは回避できた。街を歩く学生に捕まりたくないため、誰も利用しないコミュニティセンターに逃げ込んでくつろいでいたところ、絶ち切りたいのに続いている腐れ縁の幼馴染に捕まってしまった。
「こちとら喋りたくないんだって……。どうしてお前は、僕に正反対の生き方を強要するかな」
「ボクはマユが心配なんだよ! そんなネクラな生き方をして……。コミュ障だよ、コミュ障!」
まだ冬の寒さが残るリノリウムの廊下。その壁際に置かれた長椅子に腰掛ける僕の隣に陣取り、要らぬ世話を焼いてくるコイツの名前は『斑鳩瞳子(いかるがとうこ)』。一人称は『ボク』だが、れっきとした女だ。表情を隠すビン底メガネと、頭の両脇で留められたツインテールが妙に似合っている。
瞳子は名家の出、つまるところ〝お嬢様〟なのだが、彼女を見ている限りそんなイメージは微塵も抱かない。
紺のTシャツの上にチェックの暖色系ワイシャツ、さらには紺のジーンズを何の違和感もなく着こなす瞳子は、どこからどう見てもそこらじゅうに転がっている石のように、どこにでもいる庶民的な女の子━━━━━━━━━━というより、下手をしたら男にも見えないこともない。
しかも瞳子の母親は、このコミセンで働いている。お嬢様の女親がこんな庶民的なところで働いていていいものだろうか。
瞳子の母親いわく「名家の人間だからと言って、お高くとまるわけにもいかないでしょう。私たちはみな平等、私だって皆さんと肩を並べて働きたいですもの」とのことだ。
……でもさ、もっといいところがあるでしょ。いくらなんでも庶民的すぎない?
瞳子の母親はこのコミセンのセンター長だとかで、部活のない日の放課後はもっぱら仕事に追われる母親の手伝いをしていることが多い。学生に利用されることのないコミセンで僕が瞳子に捕まったのは、彼女が母親の手伝いに来ていたからだ。
てゆーかマユ言わないで。僕は蚕か何かじゃないんだから。
とにかく瞳子は何かにつけて、僕の世話を焼きたがる。昔から学校の中では僕の粗相を注意する、通学路では寄り道をせずに帰らせる。僕ひとりで留守番をしている時を見計らって勝手に家の中に上がり込み、掃除に洗濯、炊事までもやってのけたことだってある。
確かに僕はヒネくれているという自覚はある。だがそれは性格の一部であって、他人から矯正されるいわれはないはずだ。
なのにコミュ障だって? 別に人とコミュニケーションをとらなくても生きてはいけるのに。だとしたら、何のために〝自給自足〟って言葉があるのだろうか。自らの力のみで給いて自らの足しとする……。けっこうなことじゃないか。
「もう、マユはいつも理屈ばっかり! たまには考えることをやめてみたらどう!?」
「あいにく世の中自律神経だけで成り立っているわけじゃないんでね。人類が反射だけで機能していたら、1日足らずで文明は滅びちゃうね」
「うー……。それでも、考えなしに行動するのも大事なんだから! ゆっくり考えてたら、日が暮れちゃうよ!」
「考えれば考えただけ行動が遅れるのは当たり前じゃないか。遅れたぶんの時間は試行錯誤のために割かれているんだから。仮に迅速な反応で行動した場合、それが最善の選択だという保証はあるの? 猶予ができるぶんあらゆる思考を巡らせ、少なくとも考えなしに動くよりはいい結果になる。……てゆーか、考えなしにって時点で最悪の響きじゃん」
自律神経の素晴らしさを伝えようとする彼女に、考えることの素晴らしさを懇々と説く。論破された瞳子は言葉に詰まり、「うー、うー……」と唸るだけで何も反論してこなくなった。
「分かったなら、もう自律神経の話はしないでよね。……いちいち諭すのめんどいから」
合成皮革の長椅子から立ち上がり、瞳子に背中を向けながら右手を軽く振る。こんなヤツと戯れているくらいなら、家に帰って昼寝した方が1000倍マシだ。
「……ぼ、ボクは絶対に諦めないからねっ!」
後ろで無駄な意気込みをする瞳子。……僕の今後の安らぎのために、いつか思い知らせてやった方がいいかもしれないな。
……ていうか、僕は瞳子の行動パターンを知っているはずなのに、なんでコミセンなんかに来たんだろう?
午後2時。コミセンで世話焼き女を説き伏せ家に帰ると、もうひとりの世話焼き女が出迎えてくれた。姉の『真白(ましろ)』だ。
「あら、おかえり。ミキ」
ちなみに『ミキ』というのは、真白姉さんが僕に対して使う僕の三人称のことだ。
……女じゃないんだからさ、普通に幹人と呼べないのかな。『ミキト』の『ト』ってひと文字なのに、わざわざ略する必要はないんじゃない?
「お帰りー、ミキ兄ぃ」
とてとてと階段を下りながら無邪気に笑うのは、弟の『亮(りょう)』。こいつも僕のことを『ミキ』と呼ぶのは、真白姉さんの使う呼び名が定着してしまったからだ。
僕たちはごく普通の3人姉弟だ。そこに両親、祖父母と、家族は総勢7人で構成されている。両親は海外の支社へ異動させられたため、現在は家にいない。だから、今は無駄に元気な祖父母が両親の代わりを務めている。それを僕たち姉弟が支えている……といった、極めて平凡な家庭だ。
2人のミキ呼ばわりをかいくぐり、おじいちゃんのいる居間に向かう。襖を開けて中に入ると、居間の中の暖かい空気が出迎えてくれる。4月とはいえ暖房の効いているこの部屋は、いるだけで安心感に包まれるようだ。
「おお、幹人。帰ってきたか」
おじいちゃんと目が合うなり、お帰りの言葉をかけられた。ミキ呼ばわりしないおじいちゃんは大好きのひと言に尽きる。
「ええ、行ってきました」
身内に敬語を使うのはおかしいと思われるかもしれないが、お年寄りは敬うようにと小さい頃から教わっている。
……あれ、誰に教わったんだっけ。
「どうだったか、新しいクラスは。馴染めそうか?」
4月といえば、必然的に新しい環境の話になる。当然、うちのおじいちゃんも例外ではない。
「ええ、とても和やかで、心が落ち着きます」
嘘だ。
本当はクラスメイトなど見ていない。帰り際に聞こえてきた教室内は、和やかというよりやかましいと言った方が的を射ている。
しかし、嘘をついておかないとおじいちゃんは追求してくる。おじいちゃんの心配症は相当のものであるため、一度心配すると長々と考え込んだり、あまりの心配に寝込んでしまうこともある。
だから、こうやってはぐらかしておかないといけない。これが実質的に不安へと繋がっているんだけどな……。
「こんにちはーっ!!」
突然の、僕とおじいちゃんの団欒を邪魔する、極めて元気な挨拶。その元気さと声色から、僕はある人物を連想し、ため息をついた。
「……どうした? 幹人。急に元気がなくなったようだが」
おじいちゃんが心配し始める。……ヤツめ、うちのおじいちゃんにまで危害を加えるとは。
「……いえ、何でもありません。少し横になっていれば治ると思いますから」
そう言っておじいちゃんに背を向け、居間から出た。僕の部屋へと続く階段を上るためには、玄関を経由する必要がある。僕は挨拶をしたヤツにひとこと文句を言ってやろうと、大股で廊下を進む。
だが、目の前の光景を見て、そんな気力は失せてしまった。
「あ、瞳子姉ちゃんだー。一緒に遊ぼー」
なんと、亮が無邪気にも来客━━━━━━━━━━瞳子の相手をしていたのだ。
「いいよーっ! 格ゲーでもシューティングでも、何でもこーい!」
なんと瞳子も乗り気である。しかも思いつくジャンルの筆頭が戦闘ものであるあたり、服装に加えて瞳子のボーイッシュぶりに拍車を掛ける。
はぁ、とため息をつくと、瞳子がこちらを見た。
「あ、マユだ」
亮と一緒にはしゃいでいながらも、僕の存在に気づいた瞳子。こいつの動体視力は野獣並みと言っても過言ではないだろう。
「マユー、一緒にゲームしない?」
陽の光のような暖かい笑みでこちらに問いかけ、腕をぶんぶん振ってくる瞳子。僕はそれに相反するように「昼寝するからいい」と洞窟の奥底のような冷たい無表情で答え、踵を返して階段を上っていった。
上りきった階段の先にある、1枚のドア。僕と亮が共有している部屋への入り口だ。
亮は下にいるため、この部屋の中には僕ひとり。亮と共有している幅広のベッドに寝転び、思索に耽る。
瞳子が帰り、夕食に呼び出されるまで、僕がそこを動くことはなかった。
そして深夜。いつもならば、ぐっすりと寝ている時間帯。やはり放り込まれた環境ががらりと変わったからだろうか、ベッドの上に寝転がっていながら、僕の眼は冴えていた。
こんな夜中に考え事をするのはいつ以来だろうか。
明日から新学期が始まる。その事実だけが、僕の頭の中を不安で塗り潰していく。仕切りで隔たれたベッドの半分、その先で眠りこけている弟の寝息もまったく気にならない。
授業自体はどうということはないのだが、問題は〝隣に人がいる〟ということだ。
今まで接したことのない生徒が大多数と予想される、新しい教室。そこは確実に僕の素性を知らない人で溢れかえっているに違いない。
去年の隣の人は喋る相手に困ることのない席配置だったので僕になど目もくれなかったが、今年は違う。僕の左隣には窓際の列がある。それは、窓際の列の左隣には人がいないことを指し示している。
新しいクラスに慣れ親しもうと、社交的に接してくる人も多いはず。故に、左隣に人のいない窓際の人は確実に僕に話しかけてくるだろう。それをどうやって切り抜けるかで、延々と悩んでいるのだ。
喋りたくない、喋りたくない。ろくに情報のやりとりもできずに疲れていくだけの行為に、何の意味があるんだ。
第一、僕は情報などこれっぽっちも欲していない。不必要な行動を起こすなど、愚の骨頂だ。
「……屁理屈ばかり吐いててもしょうがない、よな」
そうだ、打開策を講じなければ。全ての始まりをどう切り抜けるかを考えなければ。
……。
…………。
………………。
ちゅんちゅんという雀のさえずりで、僕は我に返った。
睡魔など気にしている暇はなく、頭の隅々まで思考を巡らせていたので気にならなかったのだろうか。カーテン越しに見える窓の外は薄ら明るく、まだ日の短い4月の朝の訪れを教えてくれる。
枕元に転がっているアナログ置時計を掴んで引き寄せると、その針は6時半を指していた。
「……起きるか」
ゆっくりとベッドから起き上がり、亮を起こさないよう、静かに洗面所へ向かう。登校するまでまだ時間はあるが、考えるのに邪魔なこの眠気をなんとかしたかった。
頭を水道の下へ潜り込ませ、蛇口を捻る。春の肌寒い空気に冷やされた水を被ると、眠気が徐々に吹き飛んでいく。そのまま頭を上げて鏡を見ると、井戸から這い出てくる超能力者と見紛うほどべったりと髪の毛が張り付いた顔が映っていた。
そんな長すぎる前髪をドライヤーで乾かしながら、昨晩の続きの思考に耽る。しかし、髪が乾いても考えはまとまらず、むしろより深みにはまってしまう。
……昨日のうちにもっと瞳子と喋って、会話に慣れておけばよかったかな。
ドライヤーのスイッチを切って、プラグを抜くと、扉の向こうからひょっこりと何者かが顔を出した。視界を覆う前髪を横に払うと、真白姉さんの顔が見えた。
「あら、ミキ、おはよう。今日は早いのね」
「……たまたま早く起きただけだよ」
一晩中悩んでいたなんて口が裂けても言えない。適当にはぐらかして真白姉さんの横を通り抜けようとすると、真白姉さんはすれ違いざまに僕の耳元に唇を近づけた。
「うそ。ほんとはあんまり寝てないんでしょ。クマがすごいわよ」
僕の顔は前髪に隠れていて見えないはずなのに、真白姉さんにはあっさりと見透かされてしまった。
「今日は新しいクラスの初日でしょ。そんなひどい顔をしたまま行かせられないわ」
そう言うと、真白姉さんはどこからか取り出したファンデーションの箱を開き、内蔵されていたパフを僕の顔に近づけてくる。
「な、何をするんだ姉さん!?」
じりじりと詰め寄る真白姉さんに、少しずつ後ずさりしてしまう。とうとう壁際まで追いやられたところで、真白姉さんがにっこりと笑った。
「ファンデーションを塗ってクマを隠すのよ。大丈夫、化粧してるなんてばれないようにするから」
そう言って、真白姉さんは僕の前髪に手をかける。そのままその手を僕のおでこに当てると、悲しげに呟いた。
「こんなにかわいい顔をしてるのに。クマのせいで台無しだわ」
余計なお世話だ、と言おうとしたところで僕の口は止まった。唇の近くにパフが当たったからだ。
「ほら、暴れないで。うまく塗れないじゃない」
「~~~~~~~っ」
嫌がる僕の前髪を優しく押さえつけ、ぽふぽふとファンデーションを塗っていく。僕の顔にふわふわしたパフが当たるたびに、白い粉が小さく舞う。吸い込むまいと唇を閉じているため、何を言おうとしても声にならなかった。
顔にまとわりつくパフがようやく離れると、姉さんは再び溢れんばかりに微笑んだ。
「はい、おしまいよ」
恐る恐る鏡を見ると、僕は見事なまでに豹変していた。
前髪によって日光から守られ、もともと白かった肌はファンデーションによって一層白くなり、目の下のクマは完全に隠されていた。化粧を施されて多少美化されてしまったからか、僕が僕でないように見える。
「これでどこに顔を出しても恥ずかしくないわねっ!」
まるで図工の作品を仕上げた小学生のように、屈託のない笑みを浮かべる姉さん。その笑顔に押され、なんの反論もできずにいると、とてとてと足音を立てながら亮が現れた。
「あれー、ミキ兄ぃ、シロ姉ぇ。向かい合って何してんのー?」
未だ寝ぼけているのか、いやに幼い口調で僕たちに問う。姉さんは微笑みながら「ミキにお化粧してたのよ」と言い聞かせる。
「えー、ミキ兄ぃばっかりずるいー! 僕もお化粧するよー!」
朱に交われば赤くなる、というのだろうか。亮は事の重大さを理解しないまま、姉さんに懇願した。姉さんはにっこりと笑って、チューブ入りのクリームを亮の顔に塗りたくった。
……なんでファンデーションじゃないんだか。
にこやかに笑い合うふたりを見て、なんとなく疎外感を感じた僕は「ありがとう姉さん」と気の抜けたお礼を言って、前髪をおろして顔を完全に隠した。
「ち、ちょっと、ミキ! 前髪なんかおろしたら、私の努力が無意味じゃないっ!」
「わあぁ、シロ姉ぇ! 目に入ったあぁ~!」
慌ててこちらを見る姉さんと、亮の悲痛な声を聞き流しながら、洗面所を出て行った。これが僕のできる、精一杯の反抗だ。
……亮、ごめんな。姉さんによそ見をさせた僕の責任だ。