◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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こうじょうけんがく

 ゆっくりと回る歯車、その一点に取り付けられた鋭い針が、地上10mの高さのサンドバッグに吊るされたバブルに、小さな傷をつける。

 外敵からの攻撃に晒されたバブルは、その針が回ってくる度に、本能からくる反射で自らの分身を生み出していく。

 

 そうして生まれた分身が、重力に従ってドサリと下に落ちた。

 そこには数多の自分と同じ分身達が、ひしめき合っている。

 どうやら、自分と同じように上から落ちてきた様子、足の踏み場はその全てがバブルで埋め尽くされており、全く床が見えない状態だ。

 

 すわ何事か、と産み落とされた分身は周りを見るも、そこには自分を中心とした、直径1m程度の円の形をした、高い壁がそり立つばかり。

 上を見れば、青い空とサンドバッグに吊るされたバブルが見えるが、液体に近い自分の身体で、そこまで登れるとは思えなかった。

 取りあえずここから出たいが、どうした物かと悩んでいると、上からまた新しくバブルが落ちてくる。

 サンドバッグに吊るされたバブルが、歯車の針に刺激され、また新しく分身を作り出したのだ。

 

 バブルの数が増えた分、当然この壁の中のバブル達の嵩が少し増す。

 『これが繰り返されれば、他のバブル達を足場にして外に出れるのでは?』と分身バブルは考えた。

 

 少し先の展望が見えたことで、軽やかな気分になるバブル。

 そして、更に新たに落ちてきたバブルを期待と共に見ていたところで、異変に気付いた。

 

 足場が、正確には自分の足元のバブル達が、グラグラと揺れ始めたのだ。

 またも引き起った異変に、バブルが戸惑いながら上を見る。

 すると、サンドバッグバブルの、更に先にある空が遠のき始めた。

 自分の下にある、バブルの足場の高さが、下がって行っているのだ。

 

 いったい何事が起きているのだろうか、そう思っていると、またも上からバブルが降ってきて、今度は自分に覆いかぶさった

 このままでは、上から脱出することは不可能になるだろう。

 床が下がる上に、次から次へと、上から別のバブル達が降ってくるのだから。

 

 しかし、足元のバブルが減っているということは、きっと下のバブルがどこかへ消えたという事。

 ならば、そこにここから出る術があるかもしれない。

 そう思って、分身バブルはひとまず流れに身を任せることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 見通しが甘かった。

 

 そうバブルは気付いた。

 

 下に行けば下に行くにつれて、上に積み重なったバブルの重みで、自分の身体に相当な負荷がかかっていく。

 このままでは自分は潰れてしまうだろう。

 今ならば、何故足場の高さが下がって行ったのかわかる、皆こうやって潰れて行ったのだ。

 

 上からかかる重圧で、もはやまともに身動きも取ることができない。

 残された道は、ここで潰れて死ぬことだけだろう。

 

 別に死ぬことは構わない、バブルである自分にとって、群体の一部に過ぎない自我に、別段こだわる必要等ないのだから。

 ただ、何をなすでもなく、そのまま死んでいく事だけは少し心残りだろうか。

 

 とうとう下がりに下がって、最下層にまで着いた。

 其処にはようやく床が見えたが、自分と同じバブルであっただろう存在の血液に塗れている。

 自分もここで皆と同じく死んでいくのだ。

 

 ふと、あまりにも同胞たちの、死後の残骸が少なすぎることに気付いた。

 潰れて死ぬ以上、軟体の自分は一気にミンチになるだろうから、皮や肉と言った物質が残らないことは分かる。

 だが、そこからあふれた血液は、そうすぐに消えはしない。にも拘らず、床に少ししか血液が溜まっていないのは何故だろうか。

 

 気になったバブルが、目だけで辺りを見ようとする。

 すると自分の近くに、体は通らないだろうが、血液は通るようなサイズの穴があることに気が付いた。

 なるほど、あそこから血液が流れるようになるのだろう……だが何処へ?

 

 不思議に思ったバブルだが、残念ながらその穴を覗くことは叶わなかった。

 新しく降ってきたバブルの重みと衝撃が、とうとう分身バブルの肉体を*ぷちゅ*と潰したのだ。

 

 瞬間、ミンチになったバブルの身体からあふれた血液が、床に点在する穴からタラタラと流れ出していく。

 流れ出した先では、新たな食事に歓喜する無数の生ける武器たちが、キシキシと音を立てながら轟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「いやあ、エタやんの考えた『バブル工場』。めちゃんこ楽ちんやし効率エエし、大助かりやわ!流石に生きてる武器ちゃんやな、視点がウチ等人間とはちゃうわあ」

 (たまたまですよ)

 

 さすがなんてキーワード入れてくるから、ついついお兄様意識して返してしまったが、内心割と鼻高々である。

 ロックに着いて来て、初めて知識チートやり切れたからなあ。

 ロックが、サンドバッグや必要な設備を用意できる、商人という立場だったからできたチートだったが。

 

 事の発端は、生きている武器成長のための血液補充用の施設へと、ロックに連れていかれたことだった。

 とはいっても、それは只の駄馬牧場だったのだが。

 

 繁殖力と摂れる血量が多い駄馬を、また繁殖させ直せる分だけ残して刈りつくす。

 それがロックの、生きてる武器の育成方法だったのだ。

 

 当然ながら、弱い駄馬を繁殖した分だけでは、大して効率は良くない。

 生きている武器にとって、強力な生物の生き血程、より良い栄養分となり得るのだから。

 しかし、生きてる武器の育成に対して、それほど力を入れてはいなかったロックは、少し非効率でもこれで十分だろう、と考えていたそうだ。

 

 そこで俺の方から、全自動バブル式血液工場を提案してみた。

 

 まずは、ある程度高い場所にサンドバッグに吊るされたバブルを用意し、その下に丈夫な金属で作った、大きな細長い筒を用意する。

 そして、工場近くの川を使った小さな水車を使って、ゆっくりと針付きの歯車を回し、適宜バブルを刺激して増殖させる。

 筒に対してバブルが安定供給されると、その中にたまったバブルの重さで、勝手にバブル達が死につづけてくれる。

 後は筒の下部にいくつか小さく穴をあけて置けば、勝手に血液が補充されるという訳だ。

 ちなみに、使わないときは水車をストップさせれば、工場は停止する。

 

 この提案を聞いたロックは、なかなか面白そうだと案を承諾してくれ、知り合いの商人などから必要な物をかき集めた。

 結果、サンドバッグや金属の筒、そして場所の工面などで大分金はかかったが、1週間ほどでこの工場が完成した。

 

 投資は必要だったが、結果は上々である。

 バブル工場は膨大な量の血液を無尽蔵に生成し続け、駄馬牧場とは比べ物にならない程の血液を採取できるようになった。

 このおかげで、ロックの生きている武器達はすでに、大体がレベル5を超えている。

 生きている武器にとってレベル5と言ったら、中々の血液が必要だ。

 それを短期間で、楽に賄えるこの装置は、俺としても結構な出来だと思っている。

 

 まあ、俺自身はあまりレベル上げ過ぎると血吸いの量がヤバくなるかも、と言う理由で、

 元々あった治癒強化エンチャントの上昇と、地獄属性追加攻撃の2つのエンチャントを狙って取った後、レベルアップは止めているのだが。

 レベルが上がれば、上がるだけ血吸いも酷くなるからな。

 次の持ち主がどんな奴か分からない以上、無暗にレベルを上げるべきではないだろう。

 

 

 

 で、この工場なのだが、食料の安定供給と皮などの採取にも使えるんじゃないかと思い、ロックに聞いてみた。

 ゲームではこのバブル工場を利用して、食料確保、金銭工面、神への供物と色々と用意したものだ、この世界でもそれは変わらないだろうと。

 しかし、ロックが言うには、そう言った面での商用利用は厳しいだろうとのことだった。

 

 まず食料だが、この世界では、いくらでも湧いてくるモンスターの肉と、やたら成長の早い植物達という、非常に優秀な食糧源がある。

 そのお陰で、少し食料品店を覗けば、栄養豊富な安い野菜が売っているし、宿屋に行けば、屑肉で作った安い食事が腹いっぱい食べられる。

 わざわざ、液体でできているため大して栄養が取れず、工場から輸送することで新鮮度が落ちていて、その輸送コストでまあまあ値が張る、ということになるバブル肉を、商品にするメリットは薄いのだ。

 

 皮や骨などによる、金銭工面も同様である。

 モンスターはいくらでも湧いてくるのに、バブルの軟弱な素材を用いて作るメリットはほとんど無い。

 たまにその柔軟性を活かし、緩衝材として使われたりもするそうだが、それでも大量に用意して売りさばけるような売り先はない。

 

 最後に神への供物だが、そもそもこの世界の住人たちは、ほとんどが神の敬虔な信徒である。

 供物に捧げるための品を、安い大量のバブル肉で済ませよう、等と考える人間は少ない。

 なので、そもそもでそう言った方面での需要が存在しない。

 

 そんな感じで、バブル工場から流れ出る血に喜ぶ生きてる武器を眺め、悦に浸っているロックは、彼女から見れば世間知らずな俺の考案を一刀両断した。

 俺から見ればどうなのかって?何でこんなとこだけ、ゲーム準拠じゃないんだよって感じ。 

 

 「それでも、生きてる武器の食料確保としては100点満点や。生きてる武器の専門家なんてほとんどおらんから、わざわざこんなもん考える奴居らんし、ホンマに助かっとるんやで?」

 

 と、そのあとフォローが入ったけどな。

 

 

 そんな隙間産業的な俺の知識チート、全自動バブル工場だったが、俺自体はこの工場での血液摂取は、あまり好きじゃあなかったりする。

 

 だって、何か作業的なんだもん。

 言うならば、味はうまいウィダーINゼリー食ってるような感じだ、カロリーメイトですらない。

 

 やはり俺は剣、斬って、その身体で命を奪い、そのまま生き血を啜ってこそだ。俺TUEEE出来ればなお良し。

 

 そんな感想をロックに言うと、

 

 「我儘なやっちゃなー、おまんま食えるだけ感謝しとかんとやで?」

 

 と窘められた。

 言ってることはごもっともかもだが、何かムカついたから血吸いが発動した振りして、軽く血を吸っといた。多分故意だとバレてるけど。

 

 「さあて、バブル工場とやらも成功して、武器ちゃん達のご飯も食べさしたし。そろそろ仕入れの準備でもしに行こかー」

 (仕入れのそのまた準備か、何をするんだ?)

 「んー、今んとこ新しい生きとる武器の情報ないし、ダルフィ戻って情報収集やな」

 

 

 

 

 

 無法地帯ダルフィの中で、最も人口密度が高い場所は、当然というか予想通りというか、酒場となっている。

 

 ロックは基本的に、ここで情報収集を行っているそうだ。 

 やはりこういった場所だと、表からも裏からも情報が集まりやすいらしい。

 

 「おっちゃーん、クリムエール1杯!ヒエヒエの奴で頼むでー」

 「あいよー」

 

 ロックが執事服を着た男のバーテンダーに注文をすると、少し間をおいて大ジョッキに入ったビアが、ロックの前に*ドン!*と置かれる。

 あー、今となっては飲めなくなってしまったが、なんだか無性にビール飲みたくなった。

 血液もなー、悪くはないし生き物によって味も万別なんだけど、如何せん喉越しとかが無いんだよなー。

 

 そんな懐古を俺がしているなどと知らんだろうロックは、グビグビとビアを飲み干し、ぷはぁと一息ついた。

 

 「やー、町に入ってまず一番に飲むビアは最高やな!で、何か面白い話とかないんか?」

 

 ロックがそう聞くと、少し呆れた調子でバーテンダーが返事をする。

 

 「いきなりだな……。まあ面白いってだけなら無い事もないが、また『鮮血プリンセス』が襲撃騒ぎを起こしただの、ルルウィ様の像を集めてるコレクターがいるだのの話には興味がないんだろう?」

 「もちろんや!ウチの商売に役立ちそうな話でヨロシク!」

 「それなら、この前来た時の話で俺の話せることは全部だ。だが、あそこにいる冒険者の一団が何やらそれらしい話しをしていたぞ?」

 

 そう言って、バーテンダーは1つのテーブルに居る冒険者たちの事を指さす。

 彼らは3人組らしく、全員が大体レベル22から25位の実力と見えた。

 情報を手に入れたロックは、意気込んだ様子でバーテンダーに詰め寄る。

 

 「ホンマ!?やっぱ、おっちゃんは頼りになるわー。あの3人組やんな?よっしゃ、追加でビア3杯頼むわ」

 

 ロックがそう言うと、すでに分かっていたのか、

 バーテンダーは今度はすぐさま、新しく3杯のジョッキに入ったビアを取り出した。

 ロックはこれまでの4杯分のビアの代金をバーテンダーに渡し、その3つのジョッキを持って、紹介された冒険者の元へと向かう。

 そして笑顔でテーブルの上にジョッキを置いた、不意な出来事に3人の冒険者の視線がこちらを向く。

 

 「毎度おおきに!超絶美少女ロックちゃんやでー、こちらお近づきにー」

 (美少女という年齢には少々きついだろう、確か24だったか?)

 

 営業スマイルと共に繰り出された、ロックの自己紹介に対して、俺が感じた大いなる違和感に、ついつい口が滑る。

 ボソッと言っただけだったが、笑顔を浮かべたままのロックに、冒険者たちに気付かれないようなスムースな動作で、ゲシリと殴られてしまった。

 解せぬ。

 

 そんな茶番に気づいていない、冒険者グループのリーダー格らしき最もレベルが高い男が、ロックに対して話しかけてきた。

 

 「あー、今晩のお誘いかい?悪いがアンタほどの美人さんを買える程、今懐が温かくなくてね。よかったらまた今度声をかけてくれや」

 「アハハ、娼婦とちゃいますよー。ウチ、武器の商売やってるロック言います。お兄さん達が、珍しい武器の話をしてるっちゅー話を聞きまして。その商品家で取り扱わせてくれへんかなー、ってことでお声掛けさせていただいたんですわ」

 「ああ、あの生きている武器の話か。それならいいぜ、ビアのお礼だ。とはいっても、僕たちが持っているわけではないんだがな」

 

 そう前置きをして、男は話を始めた。

 

 「2、3日ほど前だったか。ダルフィとポート・カブールの間にあるネフィアに潜ったんだが、そこでレベル5位の駆けだし冒険者の男を見かけてな。そのネフィアは8階層相当だったから、さっさと帰ることを勧めたんだが、どうしても行けるだけ行ってみるんだって聞かなかったんだ。

 仕方ないから物陰からこっそり見守って見てたんだが、そいつの持ってる武器がすげーのなんのって、出てきたウッドゴーレムをスッパリ切り裂いちまったんだ。

 で、その後その武器が、ゴーレムの生き血は吸い上げ始めたのさ。初めて見たが、アレが生きてる武器ってやつで間違いないだろうな。

 手に入れたら一攫千金だし、その小僧をやって取り上げちまおうかとも考えたんだが、すぐに小僧がゴーレムの仲間に囲まれて袋叩きにあってな。そのままミンチになったんで、諦めて普通にネフィアを攻略したんだ」

 

 見守るから、取り上げちまおう、までの変わり身早すぎてワロタ。

 それだけ、人から奪うことに抵抗のない奴等だ、ってことだろうが。

 ここがダルフィだから、そういう奴が多いのかね?

 

 「それで、その駆け出しクンの名前分からへんの?出来れば、その子とお話ししたいんやけど」

 「あー、流石に名前までは聞いてねえな。でも、大体の特徴なら覚えてるぜ」

 

 そういってリーダーの男は、その生きてる武器を持っていた人間の容姿を、ロックに伝える。

 

 「なるほどなるほど。そんだけ分かっとったら、情報屋行けば何とかなりますわ!おおきにや、兄ちゃんたち」

 「ああ、ビアありがとうよ。また用があったら話しかけてくれや」

 

 そう言って冒険者たちはロックを送り出す。

 

 (ビア3杯でアッサリと情報が手に入ったな。結構楽なもんだ)

 「んー、アッサリとっていうかなんというか。ウチの勘があってたら、利害の一致ってとこやろな」

 (利害?あの情報を手放しても、あの冒険者たちにはデメリットが無いってことか?)

 「そうやなくてな……、また後で状況次第で話すわ。取りあえず情報屋までいこか」

 

 

 

 「その冒険者なら、『黄色い彗星』ジャックで間違いないだろうな。最近冒険者を始めたってところも、容姿もピタリとあてはまる。会いたいならヴェルニースに行きな、運が良ければまだ出立していないだろうよ」

 「あんがとさん、これがお礼や」

 「分かってるだろうがサービスだ。何か知らんが3人、居るぞ」

 「大丈夫や、誰かは分かっとるから」

 

 そう言って、ロックが3000gpを情報屋に渡し、その場を後にする。

 

 (3人居るって言ってたが、そいつら……)

 「ああ、さっきの酒場の連中やろうな。生きてる武器が欲しくて未練タラタラやったけど、情報屋に金払う気にならんから、ウチらに調べさせようって腹や。多分、ウチと情報屋との話し合いまでは聞こえとらへんかったろうけど、ヴェルニースまで着いてこられたら同じことやな」

 

 さっきロックが言ってたのは、この事か。

 ここでの情報屋の代金まで含めて、初めて奴らを懐柔できたってことだな。ビア3杯とは比べ物にならんわ。

 

 (で、どうするんだ。このまま付いてきたら、商売の邪魔になる可能性もあるんじゃないか?)

 「だからって、一々相手してられへんわ。放置や放置、道中モンスター相手にしっかり実力見せとけば、向こうさんも無理にウチ等を襲おうとは考えへんわ。どのみちヴェルニースまでウチらが案内せーへんかったら、アイツら目的地まで辿り着けんしな」

 

 そういうロックは、ヴェルニースまでの道中、襲撃してきたモンスター相手に、生きている武器の銃達を、惜しげもなく使い撃退していった。

 鍛え上げられたロックの武器達は、会う敵会う敵を一撃で葬り去り、少し格上の集団相手でも、警戒心を芽生えさせるには十分であろう力を発揮した。

 

 正直、ロックの装備込みでの戦闘力は、レベル詐欺と言ってもいいレベルである。

 数々の生きている武器達に、金に物を言わせて用意した、奇跡級の防具達。

 例え、今後ろで尾行してきている、冒険者3人組を相手にしても、十分な勝ち目を感じさせる。

 

 この上逃げるだけなら、テレポートの杖や時止弾で更に楽になるのだから、ロックが3人の事を放置すると判断したのは、いざ襲われても十分対処できるからなのだろう。

 俺が居る限り、不意打ちで後ろから斬りかからせたりとかもさせないしな。ロックはそうでなくても、探知か何かで敵の襲撃が分かるのかもしれないが。

 

 そして実際、ロックは特に3人組から危害を加えられることもなく、ヴェルニースにたどり着くことができた。

 町に着いたロックは、一目散にガードの元へと向かう。

 

 「すんませーん、この町に『黄色い彗星』ジャックって人、居てます?」

 「ジャック?彼ならついさっき北の方で見かけたであろう。まだ遠くへは行ってないのではないかな」

 「おおきに!失礼しますわ」

 

 ロックはガードが言い切る前に素早く礼を言って、言われた方角へと向かう。

 そこには果たして、3人組から言われたとおりの容姿の男、ジャックであろう人物がいた。

 

 「失礼!キミ、『黄色い彗星』のジャック君でおうてる?」

 「え?えっと、確かに僕がジャックですけど、何か御用ですか?」

 

 間違いなかったようだ。

 実際見てみると、中々に駆け出し冒険者と言った感じの、若い青年、少年とも言って良さそうな奴だった。

 装備も革や鉛で作られたものが多く、あまり品質が良さそうには見えない。

 しかし、その腰に佩いた長剣だけは、神器と言って良さそうな、覇気のような雰囲気を持っていた。

 

 「自己紹介が遅れたな。ウチ、ブラックマーケットで武器商人やっとる、ロックっちゅうもんや」

 「ブラックマーケット……?」

 

 そう言うジャックは、随分と警戒した様子で、腰にある長剣へと手を伸ばした。

 当然だろう、そんな貴重な剣を持っているところに闇商人が来れば、誰だってそれを狙っていると考える。

 

 「あー、そんな警戒せんといて?ウチは今日、ビジネスのお話をしに来たんよ」

 「ビジネス、ですか」

 

 ジャックは少しは警戒を解いたようだが、それでも長剣から手を放しはしなかった。

 

 「そそ、単刀直入に言わせて貰うわ。その武器、えーと……ウチが売ったら、武器の育成込みで23万はいくやろうから、10万gpで売ってくれへん?」

 

 ロックは彼の腰に着けた武器をしげしげと観察した後、中々の値段を提示した。

 というか、あの短い間で目利きをしたのか、半端ないな。

 

 「は、半額以下じゃないか!それで売るって言うと思うのか!?」

 

 ジャックの語気が荒くなる、それに対しロックは、軽い感じで対処する

 

 「いやいや、商人ってのは大概売値の30パーセントくらいで仕入れるもんやで?こんなん十分払っとる方や。特に装備類は売り先が狭まる分、安く買いたたくのが基本やからな。超々サービス価格やで?嘘やと思うんなら、そこらの店で聞いてみても構わへんわ」

 「……わかりました、そこは信じます」

 

 ジャックは、ロックの説明を受けて、その点には納得がいったようだ。

 

 「でも、この武器は大切な友人から、出発の餞別に貰った大切な物なんです。そう簡単に売るわけには……」

 「いやいや、その友人とやらは、アンタの身を心配してそれを送った訳やろ?大切なのはその剣やなくて、アンタがしっかり冒険者として成功することや。

 見たとこ剣ばっかり立派で、防具が貧弱すぎ。それやと、まともにネフィアを潜り抜けんのは無理ってもんやで。

 ……早いとこ冒険者として、成功せなアカン理由があるんやろ?」

 「どうしてそれを!?」

 「身の丈に合わんネフィアを、無理して潜っとったって聞いたからな。ちょっと考えたら分かるわ」

 

 ちょっと考えずに分からなかった剣が此処にいた。

 ちくしょう、何か最近悔しがること多いな。

 

 ジャックは顔を俯かせ、身の上話を始めた。

 が、大して面白みがない上、本筋と関係ないので軽く聞き流す。たぶん、冒険者として成功しないと、故郷で待ってる幼馴染の女の子が結婚させられちゃう、とかそんなんだった。

 

 「で、さっさといっちょ前の冒険者にならんとアカンってことか。でも、やっぱその剣だけでやってくのは厳しいと思うで。その防具でネフィア潜るんは。リスク大きすぎやわ」

 

 あと、危険な闇商人に狙われるリスクとかもあるな、今みたいに。

 

 「……分かりました、ロックさんの言う通りにしてみます。僕も、このままじゃあ上手くいかないと思っていたところですから」

 「よっしゃ、商談成立やな。したら、こいつがその代金や」

 

 ロックはバックパックから約束の10万gpを出し、ジャックへと渡す。

 奴はそれを受け取り金額を確認した後、腰についている生きた武器を名残惜しげに外し、ロックへと引き渡した。

 

 「うしうし、これであんさんは今からウチのお客さんや。で、そんな駆け出し冒険者のお客さんに、商売の話があるんやけど」

 「?何でしょうか」

 「あ、その前に君が今住んでる場所教えてくれへん?後で、ちょっとそこに届けたいものあるから」

 「それ位ならいいですけど」

 

 そう言って、特に疑うこともなくジャックは住処の場所を話す。まあ、これ位は調べたらすぐわかることだし、警戒する必要もないかもだが。

 

 「なるほどなるほど。それじゃ商売の方や、君今レベル5以下やんな?おすすめのコース商品があるんやけど買わへんか?今ならお得な2000gp!きっと損はさせへんで?」

 「あの、内容を聞かないと買うか判断できないんですが……」

 「残念ながら、情報を渡してまうと商品にならんくなるタイプのもんでな、教えられへんのや。ウチを信じて買ってみてくれへん?」

 

 そう言って、いつもの3割増し営業スマイルをジャックへ向けるロック。

 魅力マシマシの武器商人の、恐怖を和らげるような笑顔を受けたジャックは、ちょっとはにかんだ様子である。

 

 「えっと、分かりました。それじゃあお願いしてみます」

 

 もともと人を信じやすいタチなのか、それとも魅力ブーストされたロックの交渉術がすごいのか。

 ジャックは得体の知れないロックの提案を呑み、さっき渡された金の中から、2000gpを取り出してロックへと差しだした。

 

 ロックが、そのジャックが差し出した手へ自分の手を伸ばしながら、もう片手で俺の持ち手を、中指でトントントンと3回叩く。

 ロックとの間で取り決めた、血吸いを使った属性攻撃をするときの合図だ。この場合、属性は混沌。

 

 (はいよー)

 

 俺は返事をし、間髪入れずにロックから血を吸い、属性攻撃へと変換する作業を始めた。

 何でか、なんてことを聞くつもりはない。この状況で聞いたって答えられると限らないしな。

 

 血を吸われながらも、顔色を変えることは無いロック。

 彼女の手は、ジャックの差し出している2000gpの場所で止まらず、彼の手首の辺りにまで進む。

 

 え?とジャックが戸惑った瞬間、蛇のようにロックの腕がスルリとうねり、そのままジャックの腕を掴み、彼の事を思い切り引き寄せた。

 

 「じゃ、後でお家に行くからヨロシク」

 

 そう言って、ロックは笑顔のままで、彼の肩に俺の事を突き刺す。

 ロックの血から生まれた混沌の力は、弾けるようにジャックの身体に広がり、そのまま彼の身体を蝕み始めた。

 驚きで状況を理解できない様子のジャックは、そのまま混沌に呑み込まれミンチへと変わる。

 

 「エタやん中々の火力やなあ、ウチは斬り合いとかは苦手やけど、こうして確実に止め刺すにはもってこいやわ」

 (そりゃどうも、俺としてはやっぱ、しっかり戦闘で使ってほしいとこだがな)

 

 ジャックが殺された現場に残ったのは、死ぬ直前にロックが斬り落としたジャックの右腕と、そこに包まれた2000gp、だけではない。

 当然のように、ゲームと同じく死亡ペナルティとして、所持金の三分の一は落としているし、巻物やポーションと言った、ミンチになった衝撃でバックパックから飛び出した、いくつかのアイテムも落ちている。

 

 巻物などの小物はともかく、所持金のロストは彼にとって痛いだろう。さっきロックに10万gpを貰ったから、30000gp程は落ちている。

 ロックがそのアイテムや金を拾い集めていると、道の前後から近づいて来る者たちが居る。

 

 殺しを見つけたガード、という訳ではない。大量虐殺や要人の暗殺ならともかく、冒険者の一人を殺したくらいで、彼らは殺人犯に襲い掛かったりはしない。

 近づいてきたのは、ロックに生きている武器を教え、この町まで尾行してきた3人の冒険者たちだった。

 あのリーダー格の男が一歩前へ出て、ロックへと話しかけてくる。

 

 「へへっ、上手くやったじゃねえか。どうだ?俺達に、その儲けの半分でも寄付する、っていうのはよ?」

 

 どうやら、分け前を預かりに来た様子だ。

 ロックとジャックの取引が終わり、別れた後に危なげなくジャックを襲おうと思っていたが、その前にロックにやられてしまったので、少し危険に踏み込んででもロックを襲ってしまおう、といった所だろうか。

 

 「アホなこと言いなさんな。ウチの金はウチのもんや、ビタ一もんだってやらへんわ」

 「馬鹿な奴だぜ、3人に勝てるわけないだろ?増してや、俺達はお前よりレベルが上なんだからな!」

 

 そういって、3人組が斬りかかって来る。

 だが、それよりもロックが拳銃を抜く方が早かった。

 その銃口の先には、襲い掛かって来る冒険者。ではなく、薄汚い恰好の乞食の男が居る。

 

 急に目の前で殺し合いが始まり、慌てて逃げだそうとしていた彼だが、背を向けて逃げようとする姿は格好の的、当然のように銃弾が当たる。

 そしてその瞬間、時止弾の効果が発動した。

 

 (まあ逃げるだけなら、時止弾が発動すればほぼ確実だわな。わざわざ避ける可能性の高い、冒険者共を狙う必要はないか)

 「そういうこっちゃ。ほな行こか、生きてる武器もっとらん冒険者なんか倒しても、大した儲けもないしな」

 

 そういって、ロックは脱出の巻物を読み、更にテレポートの杖を自分に向けて降る。

 時間が動き出した頃には、銃を撃ったと同時に消えたロックを、困惑しながら探し続ける冒険者達だけが残った。

 

 

 

 

 ヴェルニースから少し離れた街道で、町から全力で逃げて来ていたロックは、ようやく一息ついた。

 

 「追っ手は無さそうやな、これで一安心や」

 (それで、この後はどうするんだ?)

 

 何気なしに聞いたのだが、ロックは割と驚くことを言う。

 

 「そらジャック君の家に直行や。はよ行って、落としたお金とか返したらんと」

 (んん?せっかく手に入れたのに返すのか、てっきりそのまま懐に入れる物かと)

 「ダアホ、ウチはお客さんは大切にする言うたやろが。一回でも物の売り買いしたら、もうそん人はウチのお客さん、裏切ったりなんかせんわ。あれは、放っといたらあの冒険者共に殺されそうやったから、ひとまずミンチになって貰っただけや」

 

 

 そう言って、ロックは足早に、先ほどジャックに教えて貰った住処へと向かう。

 

 そこには果たして、さっきミンチになったジャックが復活しており、敵意と困惑に満ちた目を此方に向けていた。

 そんなジャックに対して、ロックは気さくに話しかける

 

 「どうも、さっきぶりやな。ロックちゃんやでー」

 「……何の用ですか?また殺して、お金を奪おうとでも?」

 「嫌やなー、お金ならちゃんと返すがな、ほいこの通り。信用してくれたら、さっき落としとったアイテムも渡しに行かせてもらうで」

 

 そう言って、ロックは小さな布袋の中に、先ほどミンチから拾った金を入れ、ジャックへと投げ渡す。

 慌てて受け取ったジャックは、中身を確認した後、今度は怪訝そうな目でこちらを見る。

 

 「確かに受け取りました。でも、それなら何が目的で僕を殺したんですか?」

 「ああ、実はウチに君の情報くれよった人が、どうも小金持ちでウハウハになった君の事、狙ってるっぽかったんよ。

  何日か前、ネフィアに潜ったときに、君にサッサと引き返せってアドバイスした奴ら覚えとるか?そいつらが生きてる武器欲しさに、君の事狙ってたって訳やな。

  それで、取りあえず殺される前にウチの方で殺して、盗まれる予定だったモンをウチの手でお届けしようと思ったんや」

 「なるほど、そういう事でしたか。疑ってしまいすみません、助かりました」

 「いやいや、気にせんといて。ウチかてもし事情も知らんで同じことされたら、警戒せんのは無理やわ」

 

 殺されてありがとうと言う世界。

 そして気にしなくていいと返す世界。

 今日もティリスは修羅の大陸である。

 まあ、実際に背景とかを考えると、割と納得がいくんだけどもね、すぐ生き返るし。

 

 「それじゃ、落としとったモンも渡しとくで。ほんで、さっき言ったコース商品の続きや。取りあえずお家までのお届けサービスは終わったから、後は、またアイツらに狙われたとき用に、ひとまず逃げるようの魔道具渡してとくわ。使い方は分かるやんな?」

 

 そう言って、ロックは幾つかの杖と巻物を取り出し、ジャックへと渡す。

 

 「えっと、テレポートに軽傷治癒とサモンモンスターの杖、それに帰還と脱出とショートテレポートの巻物……?いいんですか?こんなに売ってくれたら、赤字になっちゃうんじゃ……」

 「そんな気にせんといてー、確かに儲けは少ないけど、ウチら商人は安く仕入れる手段があるから、赤字になったりはせんよ。それに、これは有望な駆け出し冒険者のお客さんへの、サービスみたいなもんやからな。もし腕利き冒険者様になって強い武器欲しくなったら、ウチのとこ来て買って行ってや?」

 「はい、是非寄らせて貰います。色々とありがとうございました」

 

 用事が済んだロックは、店の宣伝をしてジャックの住処を後にする。

 十分距離を取り、誰にも会話を聞かれないであろう場所まで来て、俺はロックに話しかけた。

 

 (しかし、割と意外だったな。お前割と狡っからいイメージだから、ちょっと武器売って貰ったくらいならノーカン、つってそのまま落とした金盗って、住処まで乗り込んで略奪して行っても、おかしくなさそうに思ってたわ)

 「それはいくら何でも、エタやんの中での私のイメージ悪すぎやわ!

  究極的には、売るのも買うのも一緒。お金を渡して武器を貰うか、武器を渡してお金を貰うかだけの違いや。どんな形であれ、売り買いしてくれた相手に騙しうちなんかせんよ。そうやって大切にしてるお客さんが、ウチの剣を持ってくれてると思うからこそ、この仕事が楽しく思えるんや。

  まあ流石に、あの杖やらお届けやらのコース商品については、純粋な善意だけやない。こうやって恩売っとけば、いつか役に立つんちゃうかっていう打算も込み込みやけどな」

 (まあ、流石にそうだろうな。善意だけであれだけやってたら、流石にお節介ってレベルじゃねえわ)

 

 だがそれにしたって、割と親身にやってるもんだ。

 その分、客以外の人間に対しては、割と残虐ファイト上等のようだが。

 あの戦いで犠牲になった乞食に黙祷、どうせ何日かしたら甦るが。

 

 「じゃあ、今日のお仕事はこれでおしまいや、家戻って寝よか」

 (おう、確か明日はポート・カブールで店を開く予定の日だったよな?)

 「せやでー、エタやん欲しがってくれる、エエ感じのお客さんが来るとええな?」

 (ま、それに越したことは無いわな。俺ももうちょい、斬り合いができるとこに行きたいし)

 

 知識チートや血液摂取、軽い戦闘はできても、武器の本分と言えるガチ戦闘は久しくできてないからな。

 明日の客に、俺の新たな持ち主たりえる奴が来てくれることを期待しよう、中々に待ち遠しいもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※ネタバレ:来ません

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