ダルフィの自分の露店で、ロックは笑顔ながらも困ったような顔、という小器用な真似をして、先ほどと同じ話を繰り返す。
「せやから、コイツだけはどぉーしても売れないんですよお客さん。エライすいませんけど、コレばっかりは分かって下さい」
「そう言わんでくれよ、ワシと君との仲じゃあないか。金ならホラ、今回は600万gpは用意してきているんだぞ?コレだけあれば、商売の方もグッ、と楽になるんじゃあないのかね?」
ロックの前で、20分ほど前から粘っているのは、でっぷりとした体形に、口元に蓄えた白い髭、見るからに高そうに見えるスーツらしき(貴族社会のっぽい服だが、よくわからん)衣服を身に着けた、貴族然とした男だ。名をミラーと言うらしい。
なんでもロックとは、彼女が商売を始めたころから、数年来の付き合いだそうだ。コレクション目的で、よく生きた武器を購入していたらしい。
ここまでの会話を軽く聞いた感じでは、今迄に数百万gpの金額をこの店で使って来たようで、この店にとっては上得意のお客さんという訳だ。
そしてそのミラーだが、今回も生きた武器を買いに来て、見つけてしまったのだ。
そう、ロック曰くメチャクチャ価値があって、部屋に一つ置くだけで、家の評価がぐんと高まるであろう、俺の存在を。
ミラーはその貴族っぽい見た目の通り、戦闘などを生業としている男では無く、コレクション目的で俺の事を欲しがった。
当然俺としては、決してそれを受け入れることはできない。下手したら、一子相伝の家宝みたいなノリで、飾り物として額縁かなんかに入れられかねん。永遠に活躍できない空間で、生物と鉱物の中間の生命体として生き続けるのはご免こうむる。
それに対してロックはというと、
「ウチの方としても、ミラーさんにはお世話になっとりますし、お譲りしたいのは山々なんですが、この剣との約束があるんでどうしてもできないんですわ。いやもう、コイツが戦うんが好きで好きでしゃーない奴でして、自分が納得できるような使い手じゃないと許さん、って聞かんのですわ」
丁寧な態度を崩さないながらも、しっかりと断ってくれている。
以前交わした、戦闘を行わず、コレクション目的の相手には売らないという約束を守ってくれての事だろう。
「戦闘がしたいなら、専用の冒険者を雇って、毎週ネフィアで戦えるようする!それなら問題ないだろう?」
「ええ、あー、うん。ウチとしてはそれなら問題ないカモとは思っとります。でも、今話しかけてきたんですが、こっちの剣の方が、ちょっと信じられないんだそうです。自分には呪いがかかっているから、その契約に乗ってくれるような冒険者を雇うのも一苦労やろし、そんな約束を手に入れてから守る保証がないってんで。
いや、ウチは他ならぬミラーさんのことだから、信じとるんですよ。でもこの剣が気に入らん奴には、売らへんって約束してしまったもんで。せやからすいません、この剣については勘弁してください」
別に俺は、ロックに対してコイツが信用ならないとか言ってはいない。思ってはいたが。
だから、これについてはロックが、俺がそれに思い至らない可能性を考慮して、先回りして断ってくれたのだろう。
そうやって、さらに1、20分ほど押し問答が繰り広げられたが、最後にはその貴族の男は不機嫌そうに去って行った。
ロックが話しても問題なさそうになるのを待って、俺は話しかける。
(お得意さん蔑ろにさせて、悪かったな。礼を言っておく、ロック)
「平気や平気、ああいうお客さんはその場ではプリプリしてるけど、しばらく経ったら平気そうな顔して買い物してくれるもんやからな」
ああ、それは俺が転生前、外回りだったころに割と覚えがある。なんでもない事で大分怒ったように振る舞って、次会った時はケロッと忘れて「どう最近?」とか言ってくる奴。マジ嫌い。
(それにしたって、600万gpとか言われても俺の立場に立っていてくれたわけだからな、礼を言っておくのが筋ってもんだろう)
「それで『じゃあ売ります』なんて言ったら、ウチの血ぃ吸い殺して、心変わりするまで永久這い上がりルートに持って行くんやろ?そいつは勘弁やからな」
(で、お前はその対策として、血を吸われ始めたら腕を切り落として、這い上がる前に相手に取らせて、所有権を客に引き渡すわけだ。それ位は思いついてるんだろ?)
「ああ、その手があったわな。気が付かんかったわ、今度からアカンことになったらそうしよ」
(言わなきゃよかった)
ま、とか何とか言っているが、きっとロックの事だから気が付いてはいただろう。
もしロックがなりふり構わず、本気でコレクション目的の奴に売り渡そうとしたら、俺にどうこうする手段はない。
それをしないのはロックが俺を商売相手と考えて、自分なりのルールを通そうとしているからかもしれないし、
単純に俺に劣らず友達いなそうなロックが、俺に友情かなんかを感じていて、守ってくれたのかもしれない。
理由は俺にはわからないが、目の前の利益を捨てて、俺との約束を優先してくれたのは確かだ。礼を言っておいて間違い、ってことは無いだろう。
それじゃあ鬱陶しげな貴族も帰って、ある程度落ち着いたところで、だ。
(ところでロック、気付いてるだろうが、さっきからあそこの物陰でコソコソしている奴が居るだろう。あいつは一体何なんだ?)
「お、エタやん気付いたんか、やるやんけ」
さっき貴族が粘りに粘っていた頃から、途中からあの路地裏に続く道の物陰で、チラチラとこちらの様子を伺っている奴が居るのだ。
相当に高レベルな隠密スキルを持っているらしく、最初は俺も気づかなかった。あまりに貴族との話が長引いたので、ふと周りを見渡した時に発見した次第だ。
そいつはフードを深く被り、顔を隠した怪しげな風体(まあ、ここダルフィではそれも大して珍しくないが)だったが、別に盗みを働いたり、こちらに危害を加えようとするでもなく、此方の動きに注意を払っていた。
盗人ではないとすると、いったい何者なのか。見当が付かず、俺は商談が終わった時にロックに尋ねることにしたのだ。
「あん人は情報屋さんよ。ほら、覚えとるか分からんけど、ウチがエタやん手に入れて直ぐの頃、生きた武器持った冒険者の情報を、持ってきてくれた人がおったやろ?あの人と同じ人やな」
ああ、あのヨウィンに居た、生きている武器持った、オッサン冒険者の情報を持ってきた奴か。
あの時はこの隠密を見破れなかったが、今回は不思議と見つけることができたな。コイツほどでは無くとも、隠密、探知術に優れたロックと暫く行動を共にしている内に、そう言った方面へのスキルが向上したのかもしれん。
「さて、ミラーさんも帰って、別のお客さんも来なそうやし、呼んでまおーか」
そう小声で言って、ロックは急に銭勘定を始める。
それが合図なのだろう、先ほどまで陰で様子を伺っていた情報屋が、スルリと動き出し、ロックの傍まで近寄ってきた。
そのまま此方に目を向けずに、口を何やら動かし出したが、何を言っているかは全く聞き取れない。
そこで、ロックの方に注意を向けると、彼女も金勘定をしながら口を動かしていた。
しかし、直近くのロックの声も俺には聞くことができない。いくら何でも、俺にすら聞こえない小声では向こうに伝わらないだろう。
其処に至って、俺はようやっとロック達がどうやって意思疎通をしているか気付く。
(ああ、読唇術か)
俺がボソリというと、ロックは教師が出来のいい生徒を褒めるかのように、*トン*と俺の事を小突く、どうやら正解だったようだ。
しかし、お互い面を向き合わせているわけでもないのに、良く口の動きだけで分かるもんだ。ダルフィだか商人の世界だと、基本スキルだったりするのだろうか。
1分ちょい、顔を向き合わさずに会話が続いたが、どうやら話は終わったようで、ロックが会話中に弄り続けていた、金が入っている袋の内、少し大きめの物をフードの情報屋に向けて、勘定の動作の中でさり気なく投げ飛ばす。
それを受け取ると情報屋は、またいつの間にかいなくなっていた。
ロックは既に店仕舞いの準備に入っており、その作業をしながら今受け取った情報について話し始める。
「どうやら、ちょっと高難易度のネフィアで死んで、生きている武器の斧を落とした冒険者がおるらしいわ。誰かに聞かれて先回りされたらアカンから、何処かまでは言えへんけど。
そういう訳だから、今回はもう店仕舞いやな。元の持ち主が取りに行く前に、さっさと回収しに行くとしよか」
成程、いつもの生きている武器情報という訳か。
(しかし、高難易度ってどれくらいなんだ?ロックのレベルで何とかなるレベルなのか?)
「まー、40位と思っといてや」
(40!?お前確かレベルは……)
「この前、一つ上がったから、16やな」
(……行けんのか?この前<キング>を倒すのにも手間取っていただろう。)
「まあ、ちょいと危ない橋やけど、それ位織り込まずにはこの稼業やってけへんわ。なあに、倒すんならともかく、逃げるだけならウチの専門分野の内や。したら行くとしよか」
店仕舞いを終えたロックは、これから難度40程のネフィアに潜るとは思えない気軽さで、ダルフィを出発した。
40って本当に大丈夫なんだろうな?いや、俺が心配することでもないかもだが。
2日ほどかけ、ロックはヨウィン近郊のネフィア、不帰の洞窟へとやってきた。
ロックが言っていた通り、難度38相当のダンジョンのようだ。
クリアすることを考えるなら、レベル16のロックには余りにも厳しすぎるネフィアだろう。アイテムを回収するだけでも、大分苦しい展開になりそうだ。
「生きてる武器を落とした奴は、このネフィアの主にやられて、武器を落としたって話や。つまり、このネフィアの一番奥まで行く必要があるっちゅーことやな」
しかも、ネフィアの最奥にたどり着かなければならないらしい。正直無理な気がしてきた。
そんな俺をよそに、ロックは意気揚々と、ネフィア内部への階段を降りていく。
階段を降りると、いきなり青い巨大蝙蝠の群れが、ロックへと飛び掛かってきた。
高い速度と、回避能力を持った蝙蝠、ドラゴンバットだ。もしもあの数に取りつかれれば、跡形もなくロックはその強靭な顎で食いつくされるだろう。
勿論、取りつかれればの話だ。
ロックは素早くテレポートの杖を振り、移動することで難を逃れる。
そうして出た場所は、何もない一本道の通路だ。
見通しも良く、モンスターの不意打ちも無いであろう地形である。
「いやー、いきなりビックリしたわ。取りあえず一安心やな」
そう言いながらもロックは、随分と落ち着いた様子だ。これくらいの危機回避は余裕なのだろう。
(あんな所で死んでたら、笑い事じゃ済まんからな。で、ここからはどう動くつもりなんだ?)
「おう、ここからはこいつの出番やな」
そう言うと、ロックは腰のバックパックから2つの巻物を取り出し、ノータイムで読み始める。
しかし2つとも読み終わったというのに、何事も起こる気配は無いようだ。
失敗したのかと思ったが、ロックは特に何かするでもなく、道を進み始める。
そう、まるで”このあたりの道や、階段の位置を把握しているように”。
ということは、2つの巻物はゲームの中にもあった、あの巻物なのだろう。
(準備が良いことだな。町で特に用意しているようにも見えなかったが、魔法の地図と物質感知の巻物、常備しているのか)
ロックは、道を進み警戒をしながらも、答えてくれる。
「察しがええやんか。
エタやんのお考え通り、今読んだのはその巻物たちや。
読むだけで、今居る階層の形から、階段の位置まで頭ん中に入って来おるからな。
今回みたいなネフィアでの落とし物回収は、同じくここに来る、元持ち主とのスピード勝負になる。せやから、コイツらが必須の代物になる訳やな。
でも、町の魔法店も在庫に限りがある以上、出発したいときに買えるとは限らへん。
せやから出発前の用意時間の短縮も兼ねて、いつそういった情報が入ってきても、すぐ出れるよう、使うたびに補充してるんや」
どうやら正解のようだ、この世界での魔法の地図などは、直接脳内にデータをインプットするタイプの物らしい。
まあ、今回みたいに高難易度ダンジョンで、出来る限り早く目的の場所にたどり着き、お目当てのアイテムを回収するって目的で即降りしていくなら、役に立つアイテムだな。
ゲームにおいての俺は、適正難易度のネフィアを隅々まで探索するタイプだったので、余り縁が無かったのだが。
(それで、もう一度テレポートもせずに真っ直ぐ歩きだしたってことは、この先に階段があるのか?)
「ああ、それであってるで。どうやらこの先を右に曲がった部屋に……うわ」
歩いていた一本道の突き当りにあるT字路を曲がり、階段があるらしい部屋の方向を見たロックが、嫌そうな声を出した。
部屋の真ん中に、心なしか黄色い色をしたドラゴンが、のっそりと徘徊していたのだ。
恐らくあれは、エレキドラゴンだろう。この危険度のネフィアでは、MAXレベルに強いモンスターだ。
(どうする、あの部屋に階段があるんだろう?時止弾でも使って強行突破するか?)
「いや、これくらいでスタミナ使っとったら、この先もっと危険な所で対処できなくなってまう。幸い大した速度のモンスターでは無いけど、ブレスで麻痺らされたらかなわへん。ここはこの手で行くとしよか」
そう言うと、ロックはT字路の曲がり角付近に移動し、エレキドラゴンに向けてスナイパーライフルを向ける。
放たれた弾は、綺麗にエレキドラゴンの羽へと当たったが、大した痛手という訳でもなさそうだ。
だが、それでも相手をブチ切れさせるには十分だったようだ。
*グオオオォォォォ!*と唸り声をあげ、ドラゴンが銃弾の飛んできた方角へと走って来る。
続けて、エレキドラゴンは顔を上げて、大きく喉を膨らませた。そしてその顎を開くと共に、雷属性のブレスが路へと迸る。
だが、その場所には既にロックはいなかった。既にT字路を曲がった先へと、身体を引っ込めている。
「よーしよしよし。来い来い、出来れば出会い頭にブレスとかやめてくれたら嬉しいんやけどー」
そんな願望を吐き出しつつ、ロックはスナイパーライフルを仕舞い、バックパックから先ほども使った杖、テレポートの杖を取り出す。
(成程、やりたいことは大体わかった。後はタイミング勝負ってことか)
「任しとき、あんなにドスドス鳴らされたら、失敗する方が難しいってな物や」
ロックの言う通り、エレキドラゴンの鳴らす足音は相当な物だ。よっぽど腹に据えかねたのだろう。
足音がT字路の曲がり角へ近づき、とうとうエレキドラゴンが、その顔を壁の向こうから覗かせた瞬間。
「そお、れい!」
ロックが、テレポートの杖をエレキドラゴンに向けて振る。
エレキドラゴンもこちらを見つけ次第、その鋭利な爪で引き裂こうとしたようだったが、狭い通路ではその巨体が仇となる。
相手はまともにその力を振るうことができず、甘んじて杖が降り終わるのを見るしかなかった。
どうやら、成功のようだ。エレキドラゴンの姿は一瞬で消え去り、後には奴が残したらしい足跡だけがあった。
「ふぃー、一安心やな。さっさと階段降りてまうか」
(失敗したら、即お陀仏も有り得たからな。開幕ブレス喰らって体が麻痺して、そのまま殴り殺されたら目も当てられん)
「まあ、上手くいったからすべて良しや」
そう言ってロックが、後は階段の部屋まで一直線、と小走りに寄っていく。
半分くらい進んだところだろうか。
ドスドスと、今度はT字路の真っ直ぐ後ろから、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。
瞬間、ロックはすぐさま加速のポーションをバックパックから取り出して飲み干し、一目散に階段へと走り始めた。
走るのに集中するために、後ろを振り返れないロックの代わりに、俺が背後を確認する。
すると案の定、先ほどと同じ個体と思われるエレキドラゴンが、こちらに向かって力の限り走り込んで来ていた。
「エタやん!アレって!?」
(ああ、お察しの通りだ。あの野郎、大して遠くには飛ばされなかったようだな。そのままの勢いで、元の場所に突っ込んできたって訳だ。壁生成の杖とかないのか、このままだとブレスでお陀仏かもしれんぞ)
「持っとらへん!流石にそんな細々した杖まで持っとったら、動きが鈍るからな。今後悔したけど!
くそっ、このままだと流石に逃げ切れへんな。でも、あのドラゴンもブレス吐きながら、全速力で走るのは無理やろ!取りあえず元素耐性のポーションも飲んで、一か八か階段まで走りぬけたるか」
確かにいくら加速のポーションを飲んでいても、体格の差は如何ともしがたい。
階段までに追いつかれる程の速度差は無いが、このままではブレスの攻撃範囲内に入ってしまうだろう。
元素耐性のポーションを飲んで、走る体勢を崩してしまえばなおさらだ。ヘタをしたら2、3発は喰らってしまうかもしれない。
かといって、ブレスを恐れて壁に身を隠せば、ターゲットを見失ったドラゴンは、一目散にこの部屋に入ってロックを八つ裂きにするだろう。
壁に隠れながらでは、その攻撃を避ける術は無い。
さっきみたいにテレポートの杖を使うにしても、あの狭い曲がり角だったから敵にやられる前に振れたが、あの広い部屋では、振る前に奴の攻撃で死にかねん。
時止弾も、この状況で確実に敵に当てるのは難しそうだな、これも絶対安全とは言い難い。
ん、一つ手を思いついた、断られるの覚悟で言ってみるか。
(ロック、俺から提案だ。もし必要なかったら聞き流してくれ。
さっきエレキドラゴンがブレスを吐いた時、大体のブレスの予備動作を把握してな。多分だが、相手のブレスの直前に声を掛けられると思う。それに合わせて横っ飛びで躱して、ブレスを壁で遮ると言うのはどうだ?見た感じそれで走りぬければ、特にダメージを喰らわずに行けると「うし乗った!」……早いな)
そうと決まったら、俺の仕事はエレキドラゴンを注視することだ。
ロックが、階段のある部屋へと入った。これで何時でも、横っ飛びに壁の陰へと入ることができる。
しかし、今飛んでしまえば、ドラゴンに爪で裂かれるか、牙で貫かれるかだ。
相手にブレスを吐かせることで、その走る速度を落とさせなくては。
慎重にタイミングを計る必要がある、待って、待って…………!
エレキドラゴンの喉が膨らみ始め、その顎をグイと引き締めた!
(今だロック、横跳べ!)
俺が今だと言った辺りで、ロックは壁の陰に隠れるべく、左側へと跳躍する。
そのコンマ5秒程後に、ロックの居た場所を黄色い閃光が駆け抜けた。
予定通りだ。
後はロックが、壁の死角に入ったまま、ブレスの届かない場所を走り、階段へと駆け込むだけ。
最初から壁に入って遠回りをすれば、エレキドラゴンもロックに追いついたかもしれないが、ブレスの反動で速度を落とした奴ならば、充分振り切れるだろう。
階段まで後3メートル程の時点、そこまで来てエレキドラゴンが再びこちらの視界に入った。
ということは、向こう側からも見えているということだ。エレキドラゴンの喉が再び膨らみ、ブレスを放つ動作に移る。
しかし、既にこちらは脱出圏内だ。ロックはまたも跳躍し、今度は階段へと転がり込む。
ブレスが一瞬ロックの身体を貫くも、身体の勢いまでは止まらない。
思い切り跳んだ勢いのまま、ロックは階段の中へと入ることに成功した。
尻目にエレキドラゴンが、階段付近まで寄ってくるのが見える。が、ネフィアのモンスターは何故だか、その階層を越えてまで侵入者を追ってくることは無い。
これにて無事、エレキドラゴンから逃げきれたという訳だ。
肝心のロックは、電撃ブレスの影響で体が軽く麻痺し、思うように体が動かないようだが、ダメージはそれほど大きくないらしい。
階段の先にモンスターもいなかったため、軽傷治癒のポーションなど飲みながら、麻痺が引くのを待っている。
(その分だと、特に問題なさそうだな。すぐ出発か?)
「せやな、助かったでエタやん。流石に全力疾走しながら、状況把握まではできひんからな。せいぜい壁に隠れてテレポートとでも考えとったけど、いくらウチが魔道具の扱いに慣れとる言うても、失敗はあるからできるだけ避けたいし」
魔道具は、いくら習熟しても上手く使えないときは使えんからな。確かに戦略に組み込まんで済むなら、それに越したことは無い。
(まあ、俺は戦闘中だろうが何だろうが、暇なときは暇だからな、これ位なら何ということは無い。だが恩に感じるなら、良い売り先を用意してくれればいいぞ)
「はいはい、ほな出発と行こか」
ロックは軽く流しながら、魔法の地図と物質感知の巻物を読み始める。どうやら麻痺の方は完全に引いたようだ。
しかし、良い売り先の方は本当にお願いしたいもんだ。
いや別に、ロックの元が嫌ってことは無いんだけどな、別にこいつの事嫌いじゃないし、こっちの意志を組んでくれるし。
ただ、やはり俺を積極的に戦闘に使ってくれる持ち主が欲しいわな。
どっかにいないかなー、戦闘狂で呪いとか気にしないで400万gpくらいPON☆と出してくれて俺のエンチャントが噛み合って、俺が気に入るメンタルしてる奴。
ロックに言ったら、『居らんわそんな奴』で一蹴されるだろうけど。
そんなこんなで、テレポートの杖や各種巻物、所により変装セットなどを使いながら進んだ結果。
あれ以降は障害らしい障害もなく、地下5階まで辿り着くことができた。
こうも簡単に行った理由は、簡単に説明できる。
ロックの隠密術は相当なもので、まずモンスターに見つからないのだ。
流石に、同じ部屋で近くを通れば気付かれるが、此方も相手に気付いているので、そうそうそんなことは起きない。
たまたまテレポートで敵の近くに出ても、其処に階段が無ければまたテレポートで良いし、階段付近にモンスター達が固まっているのなら、そんな時こそ時止弾だ。
敵が動けないうちに、悠々と次の階に進むことができる。スタミナ大分消費するから、その後暫く休憩を要したが。
で、とうとう最終階層らしい、ここ地下5階に来たわけだ。
この階層のどこかに生きている武器があるから、ネフィアの主に見つからないよう、慎重に探すのが最善なはずだった。
だったのだが……。
「ハッ!ここに来たのが運の尽きだぜ、かたつむり野郎!この俺の弓でズタズタにしてやるよ!」
一目見て、驚いた。最終階層について、すぐさまコイツと会うことになる等、思いもよらなかったのだ。
(ロック、コイツ多分このネフィアの主で合ってるよな)
「ああ。すぐ傍に、情報にあった生きてる武器もあるから、間違いないわな。こいつが例の、冒険者を返り討ちにしたネフィアのボスやろ」
「何を小声でゴチャゴチャと!さあ、かかってきやがれ、来ないならこっちから行くぜぇ!」
そう、階段を降りて直に、目的と思われる生きている武器と、その持ち主を倒したネフィアのボスを見つけてしまったのだ。
とは言え、それだけなら考え込むような事ではない。目的の品は見つけたのだから、さっさと時止弾でも撃って、脱出の巻物を読んで武器を拾えばいいのだ。
俺達が驚いたのは、今俺達の事を超早口で罵倒してきている、ネフィアのボス、そのものについてだ。
そいつは、恐らくレベル49程の、俺達では到底太刀打ちできなく見えるようなレベル差のある……
異常な速度と回避力が脅威の敵である、『クイックリングの弓使い』だったのだ。
(ロック、近くにちょうど良い生贄はいないのか?)
「ちょい待ち……お、あそこにタイタンがおるな。あいつにしよか」
「この期に及んで、まだ独り言か……まあいい!この俺を無視しやがったことを悔いながら、死ねぇ!」
(もう勝負付いてるから)
「そういうこっちゃ、な!」
ロックが言い切ると共に、近場に居たタイタンに向けて時止弾を放つ。
ロックが何かをしようとしていることに気付いた『クイックリングの弓使い』は、すぐさまロックに向けて何発か弓を放つ。
しかし、流石に3、4本矢が刺さっただけでロックが死ぬこともなく、無事止まった時の世界へと入り込んだ。
後は簡単、俺がロックから血を吸って、混沌属性の追加攻撃の用意をし。
時が止まって碌に動けない『クイックリングの弓使い』に、ロックが俺を突き刺すだけだ。
(よーし、上手い事、属性攻撃通ったみたいだ。この血の味からして、キッチリ混沌属性の追加効果で、毒状態にもなっていると思うわ)
「お、そんなことも分かるん?」
(んー、何か身体に悪そうな味が血に混じってるし、多分そうじゃねーかな)
「曖昧やなあ、んじゃ、討伐成功ってことで」
「ひぎゃばっ!?」
ロックが『クイックリングの弓使い』から剣を引き抜くと共に、再び時が動き出す。
すると、俺による固定の混沌属性ダメージと、速度が高すぎるため毒の回りも早すぎるという、クイックリング族最大の弱点である毒のダメージ。両方を受けた『クイックリングの弓使い』は、即座に爆発四散した。
ネフィアの主が消えたことで、このネフィアに眠っていた宝箱が出現、足元へと現れる。
「いやー、何か倒してしもうたな」
(そうだなー、相性良すぎたわ)
「エタやん、ホンマ弱い者苛めに向いとる性能やなー。あっ痛ッ!血い吸うのやめい!今仕事中やから、シャレにならへんから!」
(じゃあ、吸われかねないようなこと言うなや)
しかし、めっちゃ運が良かったな。よりにもよって、クイックリング族のモンスターがネフィアのボスだったとは。
奴らは本来、生きた武器を持った熟練冒険者が返り討ちに会ったと聞いても、『そりゃそうもなる、運が悪かった』と言う反応が自然に出てくるレベルの、強敵モンスターだ。
恐ろしい速度で敵を翻弄し、凄まじい手数で一瞬のうちに体力を奪ってくる彼らに、泣きを見たelonaプレイヤーは数知れないだろう。ネフィアのボスともなれば、弱点の少ない体力もある程度補完され、手に負えない。
今回こちらが勝てたのは、偏にロックが時止弾を持っていたという点と、俺が固定で混沌攻撃で毒絶対通すマンだった点、この二つが揃っていたからに過ぎない。
逆に言うと、これらが揃っていたから、こんなにも簡単に討伐できてしまったわけだが。
「んじゃ、生きてる武器と、このネフィアの主が守ってた宝を回収して、さっさと引き上げや」
ロックも、余りにも上手く言った仕事に、拍子抜けムードである。
先ほど銃弾を撃ち込まれ、怒り狂って突進してきたタイタンに、もう一度時止弾を撃ち込む。もはや、スタミナ切れを気にする必要は無い、後は帰るだけでいいのだから。
時が止まると、ロックはすぐさま足元に出てきた宝箱を開け、物色する。
どうやら大したものは入っていなかったようで、あまり嬉しそうな顔はしなかったが、それでも大量の金貨とプラチナ金貨を回収していた。
続けて、脱出の巻物を高速で読み上げ、落ちている生きている武器の回収に向かう。
丁度拾った辺りで、時止の効果が切れたようだ。タイタンが唸り声をあげながら、こちらに向かってくる。
まだ脱出の効果は発揮していない、ロックは致し方なしと、テレポートの杖を自分に振る。
爆 爆 爆
爆 ロ 爆
爆 爆 爆
爆:爆弾岩 ロ:ロック
(さようなら…遺言は?)
「縁起でもない事ォ言うなやぁ!」
_人人人人人_
> 突然の死 <
 ̄YYYYY ̄
もう少し、投稿ペース上げたいんですけどね