◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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はい、遅れてすみませんでした。
でも失踪さえしなければ、私の中ではセーフです。


お願い、死なないでロック!

 「はいはい毎度あり、また来てや~」

 「うむ、良い物を買わせてもらった。次もよろしく頼むぞ」

 

 ダルフィの路地にある露店から出ていく、ミノタウロスもかくやと言う筋肉質な強面の女重戦士。

 彼女を見送るロックの表情は、随分と晴れやかだ。

 

 それも当然と言えば当然か。今来た女重戦士、40万gpの生きた大剣という、とてもお高い買い物をしていったのだから。

 ロックも商人、例え最大の目的が利益を得ることでは無いとしても、これだけの金額の取引ができたのなら、喜びもするだろう。

 

 だが、それに反して俺の方の感情は芳しいとは言えない。

 何故なら……。

 

 (あの男みてぇな筋肉女、俺の事なよなよした剣とか言いやがってからにな!)

 「しゃーないって、エタやんの長所は属性攻撃で、あの人が欲しがってたんは、両手持ち向きの攻撃力の高い武器だったんやから。全く噛み合ってへんもん」

 (ちくしょう、あんなただ重くて素材が良いだけの武器より、俺の方が瞬間火力は上だってのによ。これだから脳筋は)

 

 うん、先ほどの女戦士にロックが俺を武器として紹介した時に、かなり強くダメ出しされたのである。

 俺的には理不尽に感じる、脳筋理論で。

 

 俺は、混沌、神経、地獄の3属性の追加攻撃持ちである自分の事を、其処らのちょっとした神器武器なんかよりも、よっぽど火力の出せる武器だと思っている。

 だが、肝心の武器素材の方がオブシディアン製であるせいで、ダイヤモンド製の武器などに比べると、どうしても攻撃力が見劣りするのだ。糞、マイクラだったら黒曜石(オブシディアン)最強なのに。

 

 重さの方もそこそこと言った感じなので、両手持ちで爆発的に火力が伸びることも無い。

 だからと言って、重量を加算するアイテムを使ったとしても、俺が長剣である以上、大剣程の火力を出すことは難しいが。

 

 そんな俺でも、もしも素材を良質な物、例えばチタンやオリハルコンに変えられたら、俺もエンチャントと性能面を兼ね揃えた、完璧な厨武器として君臨することが出来るだろう。

 

 だがそこで、俺が神器であるという事が足を引っ張ってくる。

 このelonaの世界では、奇跡級の武器なら素材変化の巻物によって、上質な素材への変化を狙う事ができる。

 しかし、神器の装備(俺)は素材槌というレアアイテムによってしか、素材の変更を行う事ができないのだ。

 

 いくらロックとは言え、素材槌までは持っておらず、商人同士のコネクションでも、そうそう手に入らないとの事だった。

 まあ、素材槌はそれ自体が高い物だ。

 手に入ったとしても、使った分のリターンが見込めるかが分からない俺に使うとは限らんがな。

 

 そんな感じで、単純な武器としての鋭さ、強さに"ほんの少々"難のある俺を、

 先ほどの女戦士は軽い嘲笑交じりに、扱き下ろしてくれたわけだ。

 

 ロックが彼女に俺を勧めたってことは、恐らく奴は優秀な冒険者で、もしも俺を買ったなら思う存分に、敵を切らせてくれたのだろう。

 だが、其処は俺、この世界でTUEEEEをする事を最も強く望む、プライドの塊である。

 正直あんな、いけ好かん筋肉に買われる位なら、額縁に飾られて自尊心を満たす方がマシだと、声を大にして言いたい。

 

 買わんでくれて助かったわ!筋肉ダルマめが!

 

 

 

 そんな感じでグチグチと罵倒を垂らしていた俺を、ロックがゴツンと床へと叩きつける。

 

 「あんま文句ばっか言っとらんと。ウチのお客さんなんやからな、あんまり悪く言わんといてや。しかし、あの人もダメとなると、常連さんの中だと、エタやんが望むようなお客さんはもう余り残っとらへんな」

 (ぬう、そうなのか)

 

 床にぶつけられたショックで、少し刀身を揺らしながら返答する。

 別に痛くはないが、五感が無いわけでもないので、あんまりやられると不愉快にはなる。

 が、今回は人の罵倒を垂れ流した俺にも非はあると思うので、受け入れておこう、謝りはしないが。

 

 それにしても、ロックの客の中だと、そろそろ俺を売ってもキッチリ使ってくれそうなやつ打ち止めなのか……。

 いい機会だし、少し気にかかっていたことをロックに聞いてみるとしよう。

 

 (結局、俺の売り先見つかりそうなのか?その言い草だと、お前の常連とやらの中からでは、もう見つけるのは難しそうだが)

 

 俺の気になるところは、最終的にはやはり其処だ。

 ロックも結構、来る客来る客に対し、俺の事を紹介してくれてはいるのだが、今の所俺を買い取ろうという奴は現れていない。

 別にロックの手腕を疑う訳ではないが、好事家では無く冒険者に売るという縛りは、やはり辛い物があるのではないだろうか。

 

 「なんやエタやん、そないに心配せんでも大丈夫やで?元々ウチの常連さんってそないに多いわけでも無いしな。なんてったって、売るもんが売るもんやから、そうそう頻繁に買いに来るモンもおらんし」

 (あー、確かに生きてる武器とか大概高い上に、成長するとデメリット付くからな。何度も店に来てまで買いたいって奴は、限られてくるか)

 「そういうこっちゃ。ウチも生きてる武器の専門店にしては、充分お得意さん抱えとるつもりやけど、どうしても一見さんの方が多くなる訳やな。だから、常連さんの残りが居なくなったからと言って、別段売り先が無くなるって程の事にはならへんよ」

 

 常連さんが居なくなった分、新しい持ち主さんが見つかるまで、時間はかかりそうやけどな。とロックは続ける。

 

 「ま、見つからん間は、ウチがしっかり責任をもって世話するから心配せんとき」

 (何だその飼い犬みたいな扱いは……。まあ、俺としても変な所に無理に売られるくらいなら、ある程度は展望の持てるお前と一緒に居た方が良くはあるが)

 「ウチの方も、何だかんだ魅力が高かったり、意外とエタやん使い道幅広くて助かっとるからな。取りあえず売れるまでの間は、仲良う行こうやんか」

 

 別に仲良くしたいって訳ではないが。

 

 それでも、やはりいずれ戦いの確約されている身分と言うのは、気楽な物だ。

 ロックって奴も、別に好ましい奴ではないが、そんなに俺的に嫌いな人種でもないしな。

 この状況が続くってんなら、特に俺としては文句は無い。

 

 (仲良くするかは置いといて、これからもよろしくと言う点は喜んで受け入れさせて頂こう)

 「わー、めっちゃ可愛ない返答やなあ」

 

 それでもロックは大して気にしたようでもなく、道行く新たな客を店に呼び込むべく、声掛けを始める。

 ここ何ヶ月で随分と見慣れた光景だ。最初は暇でうんざりしていたが、もうそれも慣れてきた。

 

 やはり、ここはティリス大陸、ゲームの世界なのだ。客一つ見ても、割と面白い物がある。

 よく見ると鎧の切れ目から尻尾が見えて居たり、翼で地面から浮いていたり、足が4つ付いていたりだ。最後のは只のエーテル病だが。

 そんな面白博覧会なティリスの人間たちの中でも、今回ロックが声を掛けた客は中々の新人種である。

 

 何せ、頭がアフロの冒険者なのだ。そう、アフロの冒険者なのである、大事なことなので二回言いました。

 

 「っかー、けったいな頭やな。どないしたんです?それ」

 

 おおっと、ロックがいきなり切り込んでいった。いいのかその物言い、客がヘアスタイルに誇りを持っていたらケジメ案件ではないのか。

 だが、幸いその客はむしろその髪型に憤懣やるせない様子で、ロックの言葉にむしろ乗る形で、その斬新なヘアスタイルになる経緯を話し始めた。

 

 「良く聞いてくれた!いや、私はパルミアから此方に来たのだが、町を出たとたん雷雨に見舞われてしまってな。慌ててシェルターに逃げ込もうとしたが、雷に打たれてこのザマという訳だ」

 

 いや、この世界で雷に打たれたら、髪型アフロになるのかよ、恐ぇな。

 ってかギャグマンガか何かか、ゲームだけどさ。

 ロックもさぞ驚いた様子で、アフロの奴に喰いつく。

 

 「雷ぃ!?直撃したんでっか!大丈夫だったんです?」

 「ああ、幸いブロンズ製の鎧を着こんでいたおかげで、大分耐性が付いていてな。雷自体は上手くやり過ごせたんだ。だが、御覧の通りの髪型になってしまった上に、パルミアの街は雷で起こった火事で焼滅!シェルターに入ることも出来ず、仕方ないからこっちに出てきたって訳さ」

 「あれ?雨が降っとったんとちゃうんですか?そんな中で街が焼け切るなんて、早々あるもんじゃ無さそうでっけど」

 「うむ、それが何故か雨は町の西側ばかりに降り、東側はカラッカラに晴れておったのだよ。不思議なこともあるもんだが、お陰で街の施設は、殆ど焼け落ちてしまった。しかも雷が落ちたのが俺だったという理由で、火事で起きた被害分のカルマ減少は全て私の物と来た!それで、ダルフィに逃げてきたのだよ」

 「ひゃあ、そらまたエライ話ですなあ。大変だったでしょう、この町にはガードも居らんし、ゆっくりしてって下さい」

 

 実際ヤバい話だな。

 ゲームと違って雷で火事が起こったりするのは良いとして、それが一人の原因ってことにされるとか、カルマ事故ってレベルじゃねーぞ。

 まあ、火事で街が焼け落ちたって方は、どうせ何日かしたら復興してるんだから、大したことでは無いだろうが。

 

 そんな不幸なアフロは、暫くロックと世間話をした後、商品を見るのもそこそこに露店を立ち去って行った。

 

 (しかしロック、アイツ大した冒険者でも無さそうだったが、どうして声をかけたんだ?ブロンズの装備つけてるくらいだし、生きている武器を金銭的に買えなそうなことくらい、分かってたろうに)

 「いや、普通に髪型オモロかったし、声掛けるのもアリかなー思って」

 

 ……野次馬根性だったか。

 前々から思っていたが、コイツ割と楽しく生きてんな。商売を金稼ぎでなく、楽しむためにやってる辺りとか。

 

 「でも、面白い話も聞けたやろ?」

 

 軽く呆れた様子な事が伝わったのか、ロックが軽く自慢げに言ってくる。

 確かに、正直聞いてて興味深かったことは確かだ。

 俺もアフロが町中歩いてたら、どうしてその髪型になったか気になるし。

 

 「しかし、パルミア焼け落ちたんかー。こりゃ店仕舞いした後は、一度王都に行っとかんとアカンな」

 (そりゃまた如何してだ?復興ボランティアに参加する、って訳でも無いだろうが)

 「街が焼けたってことは、祭壇も焼け落ちてるやろうからな。ここはイナリ様の一信者として、もう一度祭壇を支配していただかんと」

 

 あー、成程。宗教上の理由だったか。

 この世界の人間たちは、本当に信心深いな。

 

 焼け落ちて再生成した祭壇は、初期化されて神に支配されていない状態となる。

 ロックも財のイナリに対する信仰は厚いようだし、再支配は確かに重要事項になるだろう。

 

 ちなみに、この世界における街の再生成の扱いは、物が壊れてから暫くすると、魔法の力でなんか知らんがあるべき姿へと戻っていく、というものである。

 もしかしたら深い原理とか『星を喰らう巨人』の影響だったりあるのかもしれんが、詳しい事は分からん。

 『星を喰らう巨人』の周りをぼかしてロックに聞いても、良く知らんそうだった。

 

 余り気にしても分からなそうだし、取りあえず原作再現してるのね、とでも思っておくことにしている。

 

 「そんな訳でエタやん、明日店が終わったら、パルミアへ出るで」

 (む、別に今日終わってすぐ出るわけではないのか。確かに予定では、明日まで出店する筈だったが)

 「仕入れならともかく、今回の事はお仕事とは別の事やからな。本業優先や、イナリ様も商売の神様やから、分かってくれはるわ。と言うか、今すぐ出た所で、まだ街の再生成が終わっとるかも分からんしな」

 

 それは大いにそうだな。

 街などは燃え尽きた後、再生成にある程度時間を要する。ゲームだと5日が目安だったか。

 この世界がどういう法則で成り立っているかは、まだ分からん。が、ある程度時間をおいて行った方が、無駄がなくなるのは確かだ。

 

 「じゃあ、そういう事で。あ、其処のお客さんウチの商品見ていかへん?」

 

 そう言って、仕事を再開するロック。

 今度の客は……リーゼントかよ!面白髪型コンテストやってんじゃねぇんだぞ、サザエさんみてぇな頭しやがって!

 

 

 

 

 

 

 

 『良く来てくれましたね。この祭壇が復活してからは、貴方が一番乗りです。今後に期待していますよ?』

 「はい、益々精進して参ります」

 

 パルミアに着き、祭壇へとロックが捧げ物をすると、財のイナリから直々に賛辞の声がかかってきた。

 

 どうやら、ロックが祭壇に着いたのは、その祭壇が復活した直後だったらしく、そのお陰で信者一番乗りでの祭壇支配となったようだ。

 信望する神からの言葉に、ロックも嬉しげである。

 やはり、この世界での宗教と言うのはとても身近な物だ。大抵の人間からは、切っても切り離せないのだろう。

 

 

 

 財のイナリの帰還を待ってから教会を去った俺達は、その足でパルミアの情報屋へと向かった。

 当然、生きている武器の情報を手に入れるためだ。

 パルミアの情報屋は、ダルフィのそれに比べれば違法行為への対処は厳しいが、それでも武器の情報についてくらいならば、問題なく教えてくれる。

 何といっても、この国では殺人位なら合法だからな。大っぴらに盗む気をひけらかさなければ問題ない。

 

 そして、其処で手に入った情報は、欲しかったままの物、『港町ポート・カブールに、生きている武器を持った冒険者が居る』というものであった。

 ロックの一番望んでいる情報だ。当然、次の目的地はここということになる。

 

 

 

 パルミアを出る道すがら、ロックが俺に話しかけてきた。

 その声色は、生きている武器の情報が入ったこともあり、中々に嬉しげだ。

 

 「特に武器情報の収穫無しともなれば、ダルフィに帰還して、次に市を開くまでお休みも考えたけども、丁度生きてる武器の情報が入って万々歳やな」

 (しかも、狙った獲物はポート・カブールにあり、か。次に店開くのは、ポート・カブールでの予定だったから、予定的にもピッタリじゃないか)

 「せやな。武器を手に入れたら、そのままポート・カブールで店も開ける。いやあ、なんちゅーか運が向いて来とるわ。これも熱心に信仰しとるウチの事を見た、イナリ様のお導きとちゃうの?」

 (ハッ、そうやって調子に乗ってると、またこの間みたいに、雪でも振り出すぞ)

 

 この間ってのは、イナリ様の加護は天気が雨になりやすくどうの、から急に雪が降りだした時のことだ。

 ロックも覚えているだろうが、笑いながらそれを否定する。

 

 「アッハッハ、あんなんそうそうあることとちゃうて。今回は大丈夫やろ、なんてったって祭壇復活してから一番乗りらしかったからな!イナリ様もご満悦ってなもんや」

 

 あ、何かフラグ経ったような気がする。

 まあロックには言わんでくか、その方が本当に降ったら面白いし。

 

 

 

 

 

 

 降った、雷雨が。

 それも唐突に、辺り一面何も見えなくなる勢いで。

 

 「なんでや!アフロの話やと、ついこの間、雷雨が降ったばかりやろ!こんな直にまた降る奴があるか!」

 

 素晴らしいフラグ回収にロックは少々激した様子で、空に向けて文句を言っている。

 いやしかし、雨が降り始めたと思って、ドヤ顔かましたロックの顔が、土砂降りの雨で見えなくなったときは、正直笑いを禁じ得なかった。

 

 (しかし、こんだけ綺麗にフラグ回収されると、何か仕込みがあるんじゃないかと疑いたくなるな。わざとやってんじゃないのか?ロック)

 「そんなわけないやろ、どうやったら雪だの雷だの降らせられるっちゅーねん」

 (そりゃそう……ああ、そう言えばアレがあるか。ルルウィ像)

 「ん?なんやそれ」

 

 む?ロックは知らないのか、あのアイテムの事。まあ確かに、特別なアイテムだからな。

 ルミエストにもあるが、触れられるところに置いてないし、知らんでもおかしくは無いか。

 

 時たま俺とロックの間に、こういったアイテム等の知識の差異があるのだ。

 例えば俺は、ロックの持っている銃の一つ、フックショットの事など一切知らない(ゲームになかった)し、今のようにロックが、ゲームの時のアイテムの事を知らないこともある。

 

 この世界がどこまでゲームの仕様に収まってるか分からんが、経験上は大抵の場合、ゲームにあったアイテムはこの世界にもあるようなので、取りあえずこの世界にもある体で教えてしまっていいだろう。

 

 (簡単に言うと、ランダムに天候を変えられるアイテムさ。流石にエーテルの風には無力だが、それ以外ならどうとでもなる)

 「ほー、色々使い道ありそうなアイテムやな。というか、それがあったらこの雷雨もどうとでもなるっちゅーのに。こうも降られたら、碌に歩けもせんし、バッタリとモンスターと遭うまで、探知することも出来へん」

 

 初めて聞くアイテムに、ロックも割と興味を持ったようだ。

 elonaの中でも、ルルウィ像はかなり特殊なアイテムだからな。さもありなんといった所か。

 

 (まあ、色々と使い道のあるアイテムではあるわな。持ち運ぶには大分重いアイテムかもしれんが。特に農業とかだと、何時でも雨にできるから大分便利だろうよ。完全にランダムな上、一度起動したら5日ほどまた起動できないから、ヘタしたら、今みたいに雷雨に取り残されかねんが)

 「ああ、それやと何時でも歩きやすい天気って訳にいかへんのか。それはちょっと使いにくいな」

 (あ、でも生きてる武器集めの襲撃の時とか、逆に雷雨だとやりやすいかもしれんぞ。雷雨にして相手が盲目になってるうちに、時止弾ぶち込んで強奪!みたいな。雷雨の影響で盲目状態なら、たとえ仕留めきれなくても帰還の巻物とかで逃げれないし、簡単に相手できそうじゃないか)

 「いやー、それは効率悪すぎるやろ。雷雨になる確率ってそんな高くないんやろ?もっと、狙って確実に相手から奪える方法やないと。金持ってそうな奴が来る度、そのルルウィ像とやらを使う盗賊スタイルなら、そう言う待ちの戦法もアリかもしれへんけど。ウチは欲しい物を狙って、能動的に取りに行く必要がある、生きてる武器の専門やからな」

 (それもそうか。雷雨になるまで一人を追い回してたら、流石にばれそうだしな。そいつの周りで、異常気象ばかり起きることになる訳だし)

 「まあ、そうやな。逆に一つのとこで張ってたら、その土地も異常気象になるやろうけ……ど?」

 

 そこまで行って、ロックが言葉に詰まる。

 

 一呼吸おいて、俺も一つの可能性に思い当たった。

 

 (……あれ?ロック、俺らが季節外れの雪に遭ったのって、パルミア付近じゃなかったか?)

 「……せやな」

 (……前の雷雨って確か、五日ほど前だったよな。この頻度ってそうそうない事じゃないのか?)

 「……せやな、ついでに言うと、最近ノースティリス中で天気が崩れやすくて、異常気象だって評判やで」

 (……仮にも財のイナリを信仰してるのに、雪やら雷雨やらをこうも喰らうよりは、近くにルルウィ像があると仮定した方が、無難くね?)

 「……今みたいな勘の良さを、もうちょい早く発揮してくれればなあ!」

 

 ロックは生きている武器専門の商人、当然の事ながら俺を初め、大量の金目の物を持っている。

 もし彼女の事を知っていれば、恰好の略奪対象だろう。

 そんな彼女に狙いをつけ、ルルウィ像で起きる雷雨を待って襲ったならば、充分なリターンが見込める。

 

 勿論そんなことは起こっておらず、俺達の取り越し苦労と言う可能性は十分にある。

 それでも、2度に渡って俺達に訪れた突然の天候変化、これはロックに賊の襲撃を警戒させるには十分だったようだ。彼女はすぐさまその場から駆け出し、手近に見える高い木の陰へと向かう。

 

 「取りあえず、一旦木陰に移動や。今のままだと視界が悪すぎて無理やけど、其処なら雨に邪魔されず、巻物を読むことも出来る。杞憂やったらそれでよし、兎に角アジトまで帰還すんで」

 

 状況は確かにロックの言う通りである。

 辺りに土砂降る大雨と、上空の暗雲の影響で、今の俺達は疑似的な盲目状態だ。

 何処に木があるか位は見えても、帰還等のスクロールを読み上げるのは不可能だろう。

 

 属性攻撃で無く、物理的な光源不足が原因なので、盲目無効の装備を付けた所で、それは変わらない。

 従って、帰還のスクロールを読み上げようとするならば、せめて雨だけでも防げる木陰で、目が慣れるのを待って行うしかない。

 

 

 

 

 

 ……只、もちろんそれは、何の妨害も無ければ行える事だ。

 もしもロックを狙う者たちが居るとしたら、黙ってそれを見逃す必要も無いだろう。

 一目散に木の元へ駆けるロックの足元に、*チュン*と鋭い銃声と共に、一発の弾丸が撃ち込まれた。

 

 どうやら、すでに取り囲まれているようだ。相手の姿は視界の悪さも相まって見えないが、何処かに潜んでいるのだろう。

 思わず一瞬立ち止まったロックへ、どこからか野太い男の声が聞こえてくる。

 

 「ほほう、襲われる前から俺達の事に気付く奴は初めてだ。が、残念ながら既にお前は囲いの中の羊だぜ。大人しく出すもんだしゃあ、痛い目に合わずに帰すことを約束するが?」

 

 そう言って、雨の中のっそりとロックの前へと姿を現したのは、いかにも盗賊ですと言わんばかりの悪人髭面をした、ガッシリとした体形の大男だった。

 男は右手に握った刀をこちらに向けて、月並みなセリフで脅しをかけてくる。

 

 恐らくこの男が、俺達に襲撃を掛けようとした、盗賊団のボスだろう。レベルは概ね、30ちょいといった所か、ロックではとてもではないが敵わなそうだ。

 

 ロックは一度逃走を取りやめ、交渉の姿勢に入る。

 彼女は高い隠密を誇ることや、荷車に余り荷物を持たず、ねらい目の行商人には見えないことが理由で、盗賊団との交戦経験は少ない。

 要求によっては、素直に従った方が得だと判断したのだろう。

 

 「お褒めに与り光栄ってなもんやな。で、そちらさんの名前は?」

 

 ロックが盗賊団の名を聞く。

 これは有名な盗賊団が相手なら、名前で実力を把握し、それと要求を比較することで大人しく向こうに従うかを決められるためだ。

 それを分かっているため、相手の方も堂々と名乗って来る。

 

 「へっ、俺達は泣く子も黙る盗賊団、『ミッドナイトを照らす炎』団。そしてこの俺はその頭領、ジェイク様さ」

 「パルミア付近で、前から威勢よくやっとった盗賊団やな。最近は割かし大人しゅうしとるって聞いたけど、それはルルウィ像を使った略奪スタイルに切り替えたからか」

 

 ルルウィ像を使うことで、敵を逃さず略奪できるなら、使う相手はしっかり厳選した方がお得というものだ。

 この盗賊団は、しっかりと情報収集をして、略奪相手を見定め、その上でルルウィが雷雨を呼び寄せた時に襲う、と言うスタイルなのだろう。

 

 「そこまでバレてんのか。すると、これからは種が割れるから、今のやり方ではやって行けなくなるかもしれんな。となると、その原因のお前さんからは、ガッポリ取るもん盗らせてもらわにゃならんなあ?」

 「あらー、藪蛇やったか。ウチこの事黙っとくさかい、要求は抑え気味にお願いってのは?」

 「口約束なんざ信じられるわけないって、分かってんだろ?さあて俺の要求は唯一つ、その腰に佩いている、世にも珍しい意志を持つ生きている剣、そいつを寄こしな」

 

 そう言って、ジェイクとかいう盗賊団の頭領は、俺の事を指さす。

 

 やはり、俺の事もしっかり把握しているか。

 まあ、ロックは武器商人だから、俺の事を隠しているという訳でも無いし、俺の事が知られていることは予想の範疇だ。

 

 しかし、ハイそうですかという訳にも行くまい。

 ロックがいつだか言ったが、俺は何百万レベルで売れるらしい。

 彼女の手持ちの金は大した量ではないし、すんなり渡すくらいならば、一か八か逃走を試みた方が良いだろう。

 

 俺としても、奴に引き渡されるつもりはない。

 その後どうなるか、分かったもんじゃないからな。ヘタな所に売り飛ばされたら、インテリアとして飾られかねん。

 

 だがロックが俺の持ち主なら、いずれ俺を使いたいという買い手の元に行けるだろう。

 そう思えるくらいには、俺はロックの事を信用している。

 ここは何としてもロックに上手い事逃げ切ってもらいたいものだ。

 

 そのロックはというと、既に腰に付けていた俺を引き抜き、臨戦態勢に移っている。

 それを見て、盗賊の首領の方も、ロックが大人しく武器を渡すつもりがない事を理解したようだ。

 

 「なるほど、交渉決裂って訳だ、利口じゃあねえな。せいぜい後悔するがいいさ、やるぞ!野郎ども!」

 「悪いけど、馬鹿と付き合っとる暇はないんや、さっさと帰らせてもらうで!」

 

 隠れている自分の配下へと、激を飛ばす盗賊団の首領、ジェイク。

 それを警戒しつつも、ロックは素早く懐からテレポートの杖を取り出し、杖先を自分に向けて振った。

 

 テレポートの魔法は間違いなく発動し、ロックを少し離れた別の場所へと飛ばす。

 辺りは雨で見通しが利かず、何処に出たかまでは分からない。

 が、転移したらすぐ傍に敵が居た、というような事故もなく取りあえずは一安心と言う所か。

 

 

 それでもここが危地であるということに変わりはない。

 2度以上のテレポートは、現在地と敵の場所が分からない以上は無意味。

 テレポートというものは100メートルも動かない短い距離でのランダム転移なのだ。

 この雨で視界が確保できない中で無暗に振っても、敵との遭遇の可能性を増やすだけである。

 故にロックは、ひとまず走りだす。

 

 が、先ほどロックの足音を止めたのと同じ、鋭い銃声が轟く。それと同時に、ロックの身体に衝撃が走った。

 相手の狙撃手は、この豪雨を物ともせず、テレポートしたばかりのロックを正確に射抜いたのだ。

 

 「っか!何でウチの居場所が分かったんや!」

 (パッと思いつくのは、恐ろしく夜目が効くのか、それとも走った足音を聞いて察知しているのかだな。ひとまずテレポートして、今度はこっそり移動するのはどうだ?)

 

 ロックもそれを道理だと考えたのか、返事はせずに無言でテレポートの杖を振る。

 再びどこか別の場所へと出るロック、雷雨で分かりづらいが、周囲に敵の気配は感じない。

 

 そして今度は姿勢を低くし、出来る限り足音を立てないように、ゆっくりと歩き出した。

 隠れた狙撃手からの攻撃はない、それが俺の読み通りだからなのかは分からないが、一安心といった所か。

 

 ロックは、静かに、それでいて素早く先を急ぐ。

 時間にして1分といった所、そろそろ敵を撒けたんじゃないかと俺が思い始めた時。

 

 

 「ガラ空きだボケェ!」

 「っ!?」

 

 突如、豪雨の暗がりから、甲高い声と共に一つの塊が突っ込んできた。

 それは、小柄で右手に刃物を持った女だった。

 盗賊団の一員に違いないその女は、周囲を警戒していたはずのロックの脇腹に、易々と海賊刀を突き立てる。

 

 ロックは慌ててその女を突き飛ばす。

 体格差が幸いして、距離をとることには成功したが、攻撃された事実は変わりない。

 奇襲の傷からの出血は酷く、早めに回復をしなければどんどん体力を奪われていくだろう。

 

 「くっそ!こんにゃろどこから湧きやがったんや!足音もなんもせーへんかったやんけ!」

 (ロック、どうやらアイツ翼を装備しているみたいだ。それで接近に気付かなかったんだろう)

 「この雷雨やと、視界での索敵は相当近くに寄らんとできへん。だから、浮いて足音さえ消しときゃ、走り回っても相手に気付かれんってわけか。それにしたって、なんでウチの居場所がまたばれたんかは分からんが」

 「や、勘で走り回ってたら偶々見つけた」

 「ざっけんなやこらぁ!」

 

 盗賊団の女は、何でもないようにロックの疑問に答える。

 その答えはロックにとっては随分と理不尽な物で、ロックとしても悪態をつかざるを得なかったようだ。

 

 「まあええわ、もっかい態勢立て直しや!」

 

 そう言ってロックは、3度目のテレポートの杖を振る。

 

 が、今度の転移先はあまり喜ばしい場所ではなかった。

 

 「おっと兄貴、出やがったぜ。今回の獲物だ」

 「そのようだな」

 

 其処に居たのは、二人のよく似た背の曲がった男達。

 顔が似ているし兄弟か?状況から察するに、奴らも盗賊団の一味と考えていいだろう。

 今までは偶々敵のいない場所にテレポートしていたが、とうとう敵の前にテレポートしてしまったわけだ。

 

 それでも、テレポート先とその男達との距離は4メートル以上はある。

 ロックがすぐさまテレポートの杖を振れば、相手が斬りかかってきたとしても、その攻撃が届く前に転移できるだろう。

 当然ロックも視界に男たちを捉えた瞬間、再び自分に向けてテレポートの杖を振ろうとする。

 

 だが、やはり出た場所が悪かった。

 2人の男達は、ロックに対し斬りかかるでもなく、銃を向けるでもなく、詠唱を行った。

 そう、この男達は近接戦闘ではなく、魔術による遠距離戦闘を得意としていたのだ。

 

 発動した呪文は、アイスボルトとライトニングボルト、青色と黄色の閃光がロックを貫かんと迫る。

 急ぎテレポートの杖を振ることに集中していたロックに、それを避けることは出来ない。

 2つの閃光をまともに喰らってしまう。

 

 それでもロックは、手に持ったテレポートの杖は手放していなかった。

 先ほどの刺し傷と2撃の魔法でふらつく体に鞭打ち、根性でテレポートの杖を振る。

 

 その効果は、二人の男達の次の魔法の詠唱が終わるよりも早く発動し、ロックの身体を此処とは違う何処かへ飛ばす。

 

 

 次に出たのは、幸いな事に敵の影の見えない開けた場所だった。

 

 「うし、ひとまず回復や」

 

 そうボソリと言って、ロックはバックパックから体力回復のポーションを取り出し、飲み干す。

 

 (で、どうするんだ?どうやら敵さんの方がある程度上手みたいだし、自害して自宅へ這い上がるのもアリだと思うぞ?)

 

 ここまでの間、行動が完璧に対応されているとなると、敵の用意は万全である可能性が高い。

 敵に捕まって散々な目に合うよりは、さっさと死ぬだけで済ませるというのもアリではあるだろう。

 この世界はゲームの時とは違い、殺す前に目当ての武器を奪っておくことが出来かねないのだから。

 

 だが、ロックはそれを首を横に振って否定する。

 

 「ここまで来て死んでたまるかいな。此処で一呼吸おいてある程度の回復は出来たし、テレポートの杖さえ手放さなきゃそうそう捕まることもあらへん。まあ見とき、絶対逃げ切ったるさかいな」

 

 そういうロックは、いつもと変わらない不敵な様子で、バックパックから2本目のポーションを取り出して飲んでいる。

 まあ、彼女がそういうんなら、そうすれば良いだろう。

 実際俺も、この様子ならそうそう相手に捕まることは無さそうな気もする。

 

 それだけテレポートというものは、逃げるにおいて優秀なのだ。

 単純に使い続けているだけでも、近接戦闘員にはまず追いつかれはしない。

 勿論杖には回数制限があるが、ロックは4本以上テレポートの杖を常備している。

 自害するにしても、この予備が切れてから、というのも悪くない判断だろう。

 

 「さて、回復もしきったし、そろそろ行くとしよ「死にさらせー!」またお前か!」

 

 再度移動を始めようとしたロックに襲い掛かってきたのは、先ほどロックに海賊刀を突き立てた小柄な女だ。

 今度はロックも不意打ちに気付き、振り下ろされた一撃を俺の刀身で受け止める。

 

 実力的にはロックよりも向こうの方が上、受けきれずにロックの身体に切り傷が付くが、前の傷に比べれば大したことは無い。

 ロックの方も今度は余裕の表情で、テレポートの杖を自分に対して振る。

 

 今度の転移先は……この付近でも一際大きな木の横だ。

 ここならば、当初行おうとしていた通り、雷雨の中でも落ち着いて、帰還の巻物を読むことが出来るかもしれない。

 

 ロックの考えも同じようだ。

 辺りの様子を伺いながら、木の陰へと入っていく。

 

 そして、バックパックから1つの巻物を取り出し、目を凝らして読み始めた。恐らくそれが帰還の巻物だろう。

 

 読み切るまでに、大した時間はかかるまい。

 それさえ上手く行けば、後はテレポートで時間を稼ぐだけで事足りる。

 

 

 

 そんな油断、焦りがあったからだろうか。

 ロックも俺も、木の上から投げられた投げ縄に、気付くことが出来なかった。

 この木の上で元々張っていたのであろう、盗賊団の一員から投げられたそれは、的確にロックの首元を縛る。

 

 「グァっ!しもたっ」

 「はいはーい、捕まえたわよ」

 

 ロックを捉えたことを確認した盗賊は、木の上から降りてくる。

 そいつは、大きな狙撃銃を手に持った長身の女だった。

 先ほど、ロックを撃ちぬいたのは、この女だろうか。

 

 しかし、コイツが降りて来て、投げ縄の張りつめていた紐が緩んでいる。

 首を絞められた状態から解放されたロックは、すぐさま相手の手元から、自分の首元へ伸びている紐を断ち切る。

 首元の縄は残っているが、これで行動の自由は元通りとなった。

 わざわざ捉えたのに、自分からその主導権を渡すような行為に、ロックは訝し気だ。

 

 「なんや、詰めが甘いやっちゃな。ウチが逃げるより、その手の銃で撃つ方が早いってか?」

 「いーえ、これでもうアンタは逃げられないし、問題ないから降りてきただけよ」

 

 瞬間、後ろから咆哮と共に、盗賊団の首領が現れ、両手で持った刀で斬りかかって来る。

 何とか寸前で気づいたロックは、振り下ろされた刀をすんでのところで、勢いよく転がりながら回避する。

 

 「ちっ、帰還の巻物は読めんかったが、不意打ちは回避できた。取りあえずもっかい逃げんで!」

 

 ロックは、転がった勢いで距離を取りながら起き上がると、再びバックパックからテレポートの杖を自分へ向けて振る。

 

 それにより、目の前の盗賊達は掻き消え、違う場所へと一瞬で転移……しなかった。

 依然、盗賊達は視界の中に居る。

 

 テレポートの杖の扱いに失敗したのか?

 いや、そうではない。ロックは未だ気付いていないが、ロックとは違う視界を持つ俺には気づくことが出来た。

 

 テレポートの杖は間違いなく発動したのに、自分が別の場所に飛ばされないことに戸惑うロックへ、呼びかける。

 

 (その首のロープだ!いや、ロープじゃない、あの野郎、首輪を無理やり取り付けやがったんだ!)

 

 そう、ロックの首元には、装備していないはずの首輪を装備されていた。

 あの投げ縄は、ロックの自由を奪うための行為ではなかった。

 この首輪を、ロックの首元で締めるため、投げられたものだったのだ。

 

 呪われた首輪なのだろうそれには、恐らくテレポート妨害のエンチャントが付いている。

 そのエンチャントの効果により、ロックのテレポートの杖の効果が、不発になったという訳だ。

 呪われているので、外すことも容易ではない。絶体絶命といえよう。

 

 (帰還の巻物を読みにここに来たところを、テレポート妨害の首輪で捕まえようって魂胆だったわけだ。このままじゃあテレポートで逃げ回る戦法が使えん)

 「くっそ!あらかじめ、ウチがテレポートの杖をよく使う事も調べとった訳か!」

 「というか、テレポート使う奴全般への対策の一つだな、お気に召したようで何よりだぜ。

  さぁ、野郎ども!獲物は捕らえた、後はとどめを刺すだけだ!」

 

 明らかに焦って罵倒するロック。

 それに対し盗賊団の首領は、大声で勝ち誇りながら両手で刀を構え、じりじりと近寄って来る。

 

 追い詰められたロックは、後ずさりながら左手を懐の拳銃へと手を伸ばす。

 そこに入っているのは、当てれば周りの時間を止められる時止弾だ。

 確かにこの状況でも、これならワンチャンを狙えるだろう。

 

 だが、そのためには確実に弾を当てなければならない。

 

 スタミナを大いに消費する時止弾は、打てて2発程度と言う所。

 この雨の中、照準の合わせづらい拳銃で、警戒している盗賊団の首領を狙えるかは、疑問が残るところだ。

 それでもこの状況を打開できる手段は、もはやこれしかないという事なのだろうが。

 

 (ロック、時止弾が当たり次第、自害する方向でお前の血を吸い始める。それでいいか?)

 「こうなっちゃ、しゃーなしやな。頼むでエタやん」

 

 苦々しげな顔で俺に了承の意を伝えるロックが、拳銃の照準を盗賊団の首領に合わせた。

 今の相手との距離は約7メートルといった所、雷雨の中で狙うには少し離れすぎている。

 

 さっきロックに首輪をつけた女は、その更に後方で狙撃銃を構えているのも少々厄介だ。

 一発くらいで死にはしないが、こちらの狙いは大きくずれてしまう。

 また、先ほど狙撃を受けた以上は、相手が外すことを期待するのは難しい。

 

 しかし、盗賊団の首領が近接攻撃を狙っている以上は、必ず当たる距離になってから撃てば問題はない。

 後は、タイミングを逃さずに発砲することができるかが問題だ。

 

 

 ロックは、狙撃銃の女を意識から切り捨てて、近づいてくる盗賊団の首領へと意識を集中する。

 後、50センチも近づけば、当てられる。

 拳銃の引き金へと力を込め始めたその瞬間。

 

 周囲に残りの敵がいないか、視界が悪いとは言え、俺が常に気にかけていたにも関わらず。

 気が付いたら、そう気が付いたらとしか形容が出来ないほど唐突に。

 先ほど脇腹を突き刺した小柄の女が、ロックの背後へ駆け寄っていた。

 

 距離はもはや5メートルもない。

 

 (後ろだロッ…!)

 

 俺が声をかけようとし、ロックが気付いた時には。

 肉薄した女は既に、その手に持った海賊刀を、俺を握っているロックの右腕へ突き刺していた。

 

 「っっっがあああああああああ!」

 

 悲痛な叫びをあげるロックが、それでも左手に持った拳銃で、海賊刀を突き刺した下手人へと発砲をした。

 しかし、刃物を刺されながらまともな射撃ができるはずもなく、弾は雨の中へ飲みこまれていく。

 虎の子の時止弾を外したロックは、それ以上の抵抗もできずに、そのまま右手を引き裂かれて俺を取り落としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局。

 

 その後、特に波乱が起きることもなく、俺はそのまま小柄な女の『窃盗』技能により所有権を奪われ、

 ロックはそのまま首を切り落とされ、その姿をミンチへと変えることになった。

 

 あれから何分か立つが、ロックのもとに引き寄せられる様子はない。

 俺の所有権は完全に、こいつらの元にあると見ていいだろう。

 

 ルルウィ像によって引き起こされた雷雨は、長く続かずにもう小雨へとおさまっている。

 視界が良くなった中で、盗賊団……確か『ミッドナイトを照らす炎』だったか?

 とにかく襲撃をかけてきた奴らが続々と集まってきていた。

 

 俺の事を握っている、海賊刀使いの小柄な女。

 野暮ったいローブに身を包み、猫背になっている2人の男魔術師。

 ロックに首輪を巻き付けた、狙撃銃を背に担いでいる長身の女。

 そして、大柄で悪人髭面をした、盗賊団の首領ジェイク。

 

 どうやらこいつら5人が構成メンバーらしく、今回の襲撃におけるお互いの健闘を称えあっている。

 

 今、俺の所有権を持っているのは、窃盗を使った小柄な女。

 奴らの話を聞くに、名を「チアフー」というらしい。

 

 所有権を持っているからには、俺はこいつに話しかけられるのだが、

 正直、俺はどんなスタンスでこいつらと話すべきなのか、まだ決めかねている。

 

 もはやロックは俺の持ち主ではなく、正当な持ち主はこいつら盗賊団という事になるのだろう。

 しかし、こいつらがロックよりも俺にとって良い主人であるとは限らない。

 

 まさかコレクションにするために盗んだわけではないだろうが、

 こいつらが俺を売るために盗んだとしたら、最終的にそんな相手に売られる可能性もある、

 

 ならば本来は媚びを売って、使ってもらうよう頼むなりするべきなのだろうが、

 俺のプライドと剣としての本能が、「気に入らない主だったなら媚びを売りたくねぇ!」と叫んでいるのだ。

 

 そんな訳で、どういった方向性で話をすればいいかを決められず、声をかけあぐねているという状況である。

 

 

 そうやって逡巡している間に、一通りの話をし終えたらしい盗賊団の首領ジェイクが、

 俺を握っている女、チアフーへと歩み寄ってくる。

 

 「で、チアフー。その剣は持ち主に声かけてくるってぇ話だが、そこん所はどうだ?」

 「それがボス、全然そんな様子ないっすよ!こいつ、本当に話なんかできるんすか?

  こんなちっちぇ剣に頭があるようには思えねぇっすけど」

 (話せるわボケ、なめんじゃねぇ)

 「ギャアアアアアア!ボス!声!声したっす!ユウレイ!」

 「んなわけあるか、どれ貸してみろ」

 

 カチンと来たので、つい啖呵を切ってしまった所、チアフーは途端に俺をブンブンと振って焦りだす。

 その様子を見て、若干あきれながら近づいてきたジェイクは、

 振り回される刃物を意に介さず、チアフーから俺を取り上げて話しかけてきた。

 

 「よう、聞こえてっか?聞こえてんなら返事が欲しいんだがな」

 (……ああ、聞こえてるよ)

 「よしよし、噂は本当だったみてぇだな。確かに声が聞こえやがる」

 

 そういって、ジェイクは満足そうにうなずく。

 周りの盗賊団員たちは、好奇の目をこちらに向けながら、静かに成り行きを見守る様子だ。

 

 「もう知ってるかもしれねえが、俺の名はジェイク。

  盗賊団『ミッドナイトを照らす炎』の首領をやってる。

  テメェの名前は……<<エターナル・ぼっち>>でいいのか?」

 

 チクショウ、鑑定結果が出てるから当然ながら、俺の名前が伝わってやがる。

 

 (そうだが、余りその名前は好きじゃなくてな、永遠の孤独って呼んでくれると嬉しいんだが?)

 「いや、長ぇよ呼びづれぇ。とりあえず、ぼっちって呼ぶな」

 

 ドチクショウ、よりによって一番使われたくねえ所をチョイスしやがった!

 

 「でだ、ぼっち。お前には意思があるってぇ所、そしてロックの奴が売り文句として言っていたお前の性能、その辺りについては俺は既に知っている。

  だが肝心の『お前がどんな奴か』ってところは全く知らねぇもんでな。この後にお前をどう扱うか決めかねてるわけだ」

 (それを俺にわざわざ言うって事は、こっちとの交渉の余地があるって事でいいのか)

 「話が早えじゃねぇか。俺達は今でもそこそこ名が売れちゃあいるが、この程度で終わるつもりはねえ。

  そこで更に団員を増やそうと考えてるわけだが、残念ながら今の俺の魅力じゃあこれ以上は難しくてな」

 

 確かに俺を装備すりゃ、手軽に魅力を上がられる訳だからな。

 

 率いられる仲間、ペットの数は魅力によって決まる。

 呪われてるのはデメリットだが、そこは窃盗で装備を外せばどうとでもなるだろう。

 

 しかしそれだけでは、俺と交渉をする必要がある訳ではない。

 必要になった時だけ装備をし直せば済む話なのだから。

 

 「だからお前のことは、俺達で確保しておくことは既に決めている。

  とはいえ、折角の神器である武器なんだ、もしも使えるんだったら使いてぇと考えるのが当然だろ?

  そんで問題になるのが、ロックの奴が吹聴していた、気に入らねえ相手だったら吸い殺すってぇ話だ」

 

 なるほど、そういう話なら分かる。

 ロックはコレクション目当ての奴への断り文句として、その事をいつも言ってたからな。

 そして実際、神器武器である俺の性能はなかなかに高い。

 

 そのおかげで、相手から交渉の席についてくれたわけだ。

 これなら、此方としても話をしやすい。

 

 (そういう事なら、俺としての要求はまあ取り合えず一つだな。できる限り俺を装備して、より多く敵の血を吸わせてくれ。

  持ち主の血を吸うのを完全にやめることはできんが、それさえ叶えばロックの仇といきなり吸い殺したりはしない。

  出来れば、永遠の孤独って呼ぶのも追加したいところだがな)

 

 「よっしゃ!話は決まったな。それじゃあこれからテメェは俺たちの仲間だ。よろしく頼むぜ。

  だが名前の方は長ぇから却下だ、ぼっち」

 

 (分かった、妥協する。だからぼっちはやめろ) 

 

 

 

 こうして、俺は入った団の首領、ジェイクの武器として使われることとなった。

 今まで一応、持ち主が女だったから、普段は女の血を吸っていたのに対して、

 髭面の男の血を主食にする事となったのは少々げんなりするが、それ以外としてはそれほど悪くない展開だったと言えよう。

 

 尚、名前については変更案について団内で募った結果「じゃあ<<エーエン>>で!」

 というチアフーの主張によって、ぼっちから無事に変更された事を報告しておく。

 正直、U.N.オーエンっぽい響きで嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っかー、完全に油断、いや慢心しとったわ。一生の不覚や」

 

 アジトで這い上がったロックは、苦笑いで伸びをしながらそう言った。

 その口調は飄々としたものではあるが、どこか苛立ちと空元気を感じさせる。

 

 「ちょっと危ないと思ったら、さっさと死んで這い上がらなアカンな。

  ええ勉強や、今度からは気をつけさせて貰うわ。

  しかし、丁寧に教えてくれたからには、お礼も丁寧にせなアカンわなあ」

 

 そういうロックの目からは既に、消沈した様子は消え失せている。

 代わりに商売をしているときには見せることのない、丸出しの闘争心に溢れていた。

 

 「ま、そうは言ってもウチは商人や。

  直接お返しに行っても勝てはせんやろうし、今はどうしようもないな。

  ここは本業の合間に、ちょいちょい準備させて貰うとしよか」

 

 エタやんも、もしかしたら向こうの方がウチと居るより、あってるかもしれへんしな。

 そう付け加えたロックは、ここ暫くすぐ傍にいた相棒へと思いを馳せる。

 

 「エタやんにも、ええ持ち主を見つけたるって約束したしな。

  いっちょ、最高のお礼の準備をしたるか、うちなりのやり方でな。

  しかし、エタやんがずっと居ったせいで、独り言が増えてあかんわ。ちょっと注意せな」

 

 ケラケラと笑うロックは、そのまま旅支度へと取り掛かる。

 まずは、本来の目的だったポートカブールで新たな『商品』の仕入れをするために。

 

 しかし、その目には確かな決意が宿っていた。

 

 

 

 彼女の話が、また『剣』(エターナル・ぼっち)と関わるのは、暫く先の事となる。

 




前書きにも書きましたが、大変遅れました。

今話にて、ロックとの旅は終了となります。

あまり、オーディちゃんと比べてキチンとした別れにはできませんでしたが、
これ以上考えても上手く話を作れなそうだったため、ここにて区切りといたします。


物語全体としては、この辺りで折り返しの予定でございます。

私が今後どれくらいの頻度で投稿できるかはわかりませんが、
もし待っていて下さった方がいたならば、また読んでいただければ幸いです。

最近読み始めたという方は、前回投稿日から5年が経過しているという事実をもって、
「うわコイツ信用ならねぇな」と思っていただければ間違いないと思います。


さて、ここからは盗賊団『ミッドナイトを照らす炎』との物語です。
引き続き悪人プレイでのお話となりますが、よろしくお願い出来ればと。

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