(それで我が主よ。素材槌を手に入れに行くとのことだったが、何か入手の当てはあるのか?)
「無いわね」
(無いのか)
紅茶を飲みながら、気持ちよく言い切るリーシャ。
その紅茶を淹れたメイドゴーレムは、側で待機しながら、
何を考えているのか全く読み取れない、無表情で直立している。
「とはいっても、本当に全く見つからなければ、ラーナのおみやげ屋に行けば売っているわ。
あいつら、私を見るや商品を隠し始めるから、カツアゲするのは無理でしょうけど」
(金さえあれば、入手すること自体は出来るって事か)
「ただ、その場合は『オブシディアンよりはマシだけど物足りない』素材になりそうね」
流石にラーナで高級素材の素材槌を買うには、資金が心許ないらしい。
「だから、ひとまずは国中の店という店を巡って、素材槌を探しましょう。
運が良ければ、あのぼったくり店より遥かに安く変えるわ」
(……その前に我が主。俺から一つ、話をしてもいいか?)
「?、別にいいけれど」
俺は一晩悩んで、俺が地球から転生した存在である事。
そして、その世界ではelonaと言う名前で、
この世界をモチーフとした
これまで誰にも話してこなかった事実を、彼女に伝える理由は簡単だ。
彼女に握られた俺は武器として、彼女の役に立ちたいという欲求が強くなっている。
その思いが『俺SUGEEEするために転生の事は秘密にしたい』という
承認欲求から来る思いよりも、大きかったからだ。
ざっくりと、
俺が異世界人であり、願いの女神によってこの世界に来た事。
あくまでゲームだから信用度は高くないが、この世界における未来の一部を知っている事。
そして、
(ゲームの知識が正しければ、竜鱗の素材槌がヨウィンにあるかもしれない。
原作の開始時期は記憶が定かではないが、世界の情勢を見るにそうズレてはいない。
もしゲーム通りになるのなら、既にあの町に存在する可能性は高いと思う)
ゲームの知識を用いて強くなれる可能性を提示した。
竜鱗素材の武器は、中々に強力だ。狙う価値は十分にある。
「……中々に突拍子の無い話ね」
(まあ、本当か疑わしい話だろうとは思う。
だから、どうせパルミア中を回るのなら、ついでに確認してみるくらいで考えてくれ)
「そうね、まずはヨウィンでその素材槌を探してから、改めて考えてみましょうか。
ああ、別になかったとしてもホラ話と決めつけたりしないから、安心していいわよ」
予防線を張る俺に対して、リーシャは軽い様子で答える
(助かる、正直いって実際にある保証もないしな。
思ったより受け入れて貰えた様子でよかった)
「これからずっと付き合っていくのに、こんな嘘で関係を悪くするとは思えないもの。
そもそも、別世界の存在はムーンゲートによって証明されてるし、
願いの神が関わっているとなれば、何が起こってもおかしくないわ」
なるほど、この世界は元々神さまの居るファンタジーだからな。
地球で育った俺に比べれば、こういった事への許容値も高いのだろう。
「そうと決まったら善は急げね。早速ヨウィンへと向かいましょうか」
(今からか?そろそろエーテルの風が吹く頃合いだし、
まずは、近郊のルミエストを覗く位にした方が良いと思うが)
「ふふ、あなたにはまだ言ってなかったわね」
そう言ってリーシャは不敵に笑い、メイドに何かを言いつける。
すると彼女は、部屋から出て行ったかと思うと、一つの長弓を持って戻ってきた。
その長弓は生きている様子でこそなかったが、非常に特徴的な部分があった。
色だ、幻想的な青さを持つその長弓は、エーテルで作られていた。
この世界において、エーテル製の装備は強力だが、ほとんど使われていない。
何故ならそれは、死をもたらす恐怖の病、エーテル病の進行を著しく早めるからだ。
それでも使うには、十分なエーテル抗体のポーションか、
苦しみぬいた上での死を許容する覚悟が必要となる、扱いに困る武器なのだ。
その長弓をメイドから受け取ったリーシャは、何でもないかのように懐に抱く。
弱い放射能を持つ物体を、抱きしめるようなものだ。
だがリーシャには、恐れを抱く感情など一切見えなかった。
「お察しの通り、この弓はエーテルで作られているわ。
そして私は生まれた頃から、この武器を与えられ共に過ごしてきたの」
「それじゃエーテル病で即お陀仏……って訳にはならなかったのか」
俺が問い返すと、リーシャはニヤリと笑う。
「ええそうよ、私はエーテルの影響を受けない、特異体質を持っているの」
「前のご主人である旦那様の名誉を守る為、
正確に言わせて頂くならば、お嬢様の一族がですね。
決して、旦那様はお嬢様を害するつもりで、弓を渡した訳ではございません」
とっておきの事実を、悪戯な笑みと共に披露するリーシャ。
それと合わせて、俺の声は聞こえていないだろうメイドだが、
リーシャの言葉からどんな話題なのか察したらしく、補足の説明を挟み込む。
「メイド!私の特別性が薄れるでしょうが、わざわざ言わなくていいのよ。
そもそも、もう一族は私しか残ってないんだから関係ないわ!」
「しかし、私はお嬢様の一族に仕えるメイドですので。
既にお亡くなりになっていたとしても、旦那様の不名誉を見逃すわけに参りません」
「今の当主は私でしょうが、私を優先しなさい!」
メイドゴーレムが関わると、語気が荒くなるリーシャ。
しかし、正直言ってそんなやり取りも、殆ど頭に入って来ない。
エーテル病にならない体質?
ゲームでは、エーテルに耐性のあるエレアでも、そんなものは無かった。
というか、そもそもエーテル病の原因はメシェーラのはずだ、エーテルそのものではない。
だから、エーテルの影響を受けないというか……。
駄目だ、混乱しすぎて考えが纏まらん。
エーテル病の話は、ひとまず置いておくことにしよう。
(あー、すまん。余りの情報に困惑してしまっていた。
取りあえず我が主には、エーテル病の心配がないという事でいいのか)
「その通りよ、だから
(?、エーテルの影響を受けないとはいえ、特に急ぐ理由もないと思うが)
そう疑問を浮かべる俺に対して、リーシャはその理由を明かす。
すなわち、
「エーテルの風が吹いている間は、家探しを見咎める者もいないでしょう?」
と。
あれから即拠点を後にした俺たちは、まっすぐにヨウィンへと向かった。
道中、時間もあったので、俺はリーシャに聞かれて元の世界の話をし、
リーシャの方は俺に、彼女の一族について少し話をしてくれた。
何でも彼女の一族は、何百年もの昔から、魔法大国エウダーナにある山奥で、
100人ばかりの大所帯で集落を形成し、隠れ住んでいたそうだ。
彼らは皆、生まれながらに何かしらの武器の取り扱いに優れており、
幼い頃からエーテル製の武器と共に育っていく。
その中で、リーシャの家は政の中心に近い立場であり、
小さい頃はそれこそ、お姫様の様に扱われたそうだ。
そんな彼らの生業は、エウダーナという国その物に雇われての、傭兵業だった。
エーテルに影響を受けない彼ら一族は、
国の上層部に指定された相手を、エーテルの風の日に襲撃するのだ。
盗賊団、敵国の工作部隊、或いは味方国の不都合な要人でさえも。
「まあ、そんな事をしてたから恨みを買って、4年前に滅ぼされたんだけれど」
(その割には、我が主に置かれては、余り悲しそうには見えないな。
むしろ、何処となく楽しそうにすら見える)
「あら分かる?まあ、アソコでは色々とあってね。
今はこうして好きなことが出来ているから、むしろ滅んでよかったとさえ思ってるわ」
また機会があったら、詳しく話すこともあるかもね。
と言って、話を切り上げるリーシャ。
コミュ障の俺でも分かるくらい、今は話す気がないオーラを出しているので、
そこで、彼女の一族についての話は終わったのだった。
正直、エーテル体質についてとか、もう少し聞いてみたかったのだが。
そんな機会が訪れる前に、俺たちは2日かけてヨウィンへと到着した。
(どうやら、エーテルの風が吹く前にヨウィンへ着けたようだな)
「そうね。それで、この町に件の素材槌を持つ男がいるって事でいいのよね?」
(ああ、流石に名前までは憶えていないが、特徴は憶えている。
そいつは著しい猫嫌いなんだ、村の奴に聞き込めば見つかるだろう)
だから、エーテルの風が吹き始める前に到着できてよかった。
吹いている間は皆シェルターに籠るから、聞いて回る事もできん。
リーシャが、聞き込みが出来る相手を探していると、
向こうから白い髪をした少女が駆け寄ってくる。
「わあ、冒険者さんだ!いらっしゃい、ねぇねぇ着いてっていい?旅のおはなし聞きたい!」
こいつは誰だか、名前を聞かなくても分かる。
無邪気な少女グウェンだ。
「悪いけど、旅の話をする暇はないし、あまり着いてきてほしくは無いの。
代わりにこっちに一つ、教えてくれないかしら」
「えー、なぁに?」
グウェンは不満そうながらも、首を傾げて尋ねる。
「この村に、凄い猫嫌いの人はいるかしら?その人の家を教えて欲しいんだけど」
それを聞いた瞬間、グウェンはパッと笑顔に表情を変え、勢いよく走り出す。
「知ってる、こっちだよ!」
さっきまでの不満げな顔が、嘘のように消えた急変化に、リーシャは戸惑いながらも、
少し距離をもったまま後を追いかけた。
「元気な子ね……。渋るようなら飴か鞭を持ち出そうかと思ったけど、無駄になっちゃった」
(純朴な子なんだろう、しかし少し意外だったな)
「意外って、何が?」
時たま、着いてきているかを振り向いて確認するグウェンに、
聞こえないくらいの声で、リーシャが俺に問いかける。
「いや、英雄に憧れるリーシャなら、自分の活躍話をするのも好きかと思ってたからな。
グウェンに話をせがまれてただろう?断ると思ってなかった」
そんな俺の言葉に、リーシャは小さくため息をつく。
「私の目標は、美しく残忍な英雄よ?
子供と楽しく遊んでいたら、鮮血プリンセスのブランドに傷がつくじゃない」
(いや、拠点で俺に話をする時には、気にしてる素振りを欠片も見せなかったと思うが……)
「あなたは私の武器で身内でしょう?あのメイドもね。
でも、この村では外の目があるんだから、
世間の評判を保つために『らしい』振る舞いを心掛けないと」
なるほど、そういう違いか。
(だが、俺たちがこれからするのは空き巣だぞ?そっちは鮮血プリンセス的にいいのか?)
「……エーテルの風が吹き始めれば、目撃者はゼロになるからセーフよ!」
(なるほどな、あくまでも気にするのは外聞って事か)
俺の言葉に対し、リーシャは神妙に頷く。
少し不服そうな様子は見えたが、彼女の言葉に俺は納得した。
「人である以上、どうしたって常に完璧である事には限界があるわ。
それでも、私は世界に自分をどう見せるかについて、妥協したくないのよ」
「着いたよー!タムさんのお家」
リーシャの話を聞いている内に、目的の家に到着したようだ。
「ありがとうお嬢さん。これはお礼よ、店でお菓子と取り換えて貰いなさい」
そう言って、リーシャはグウェンに小さな宝石、ミカを渡す。
「やった、ありがとう!また今度おはなししてね!」
受け取ったグウェンは、お礼を言って駆け出す。
恐らく、早速お菓子を貰いに行ったのだろう。
「目的の場所はここで良さそうかしらね」
(ああ、名前を聞いて思い出した。猫嫌いの『タム』ここで間違いないだろう。
……ちなみにあの子に現金じゃなくて、宝石を渡したのも英雄ムーブなのか?)
「そうに決まってるでしょう?現金よりも映えるじゃない。
さぁ、人目に付かない場所を探すわよ。そこでエーテルの風が吹くまで待ちましょう」
グウェンちゃんモグモグ
そこから風が吹くまでは、半日と掛からなかった。
恐ろしいエーテルの脅威に晒され、家からタムと思しき男が駆け足で出てくる。
彼は俺たちに気づいた様子もなく、そのまま宿屋の方角へと向かう。
「これで目撃者は誰もいない訳ね。早速中を見てみるとしましょうか」
(ああ、しかし本当にエーテルの風が平気なんだな。
そんな人間がいるとは、思いもしなかった)
「私もエーテルの風の中で、一族の者以外と話す機会が来るとは思わなかったわ。
メイドもゴーレムで血の繋がりはないから、エーテルの風に耐えられないし。
まあ、相手は生きた武器だけれどね」
リーシャは軽快に家へと忍び込み、素材槌の捜索を開始する。
1~2時間ほどかけて、タムの家を探した結果……
「見当たらないわね」
(ああ、金庫にも入ってないとなると此処にはなさそうだ)
何の成果も得られなかった。
まだ探していない地下室を除いて、だが。
「後はあの階段の先を調べてみる位かしら」
(そうだな、一応中にモンスターがいないかだけ、気を付けてくれ)
「この街中でモンスター?そうそう湧いてないとは思うけれど」
そう言いながらも、リーシャは階段で屈みこみ下の様子を伺う。
室内は特に荒らされた様子もなく、モンスターの声も聞こえない。
どうやら猫型モンスターに満ちてはいないようだ。
少し特別な点を挙げるとすれば、地下室にしては広いくらいか。
ここはゲームを再現されているのか、幾つかの部屋がある程の広さなようだ。
とは言え、余り物に溢れていないため、地上よりは早く捜索が終わりそうに思える。
「やっぱり大丈夫そうね、急にモンスターの話が出たけど何かあったの?」
(ああ、俺が話したゲームの事なんだが、例の素材槌はタムからされる依頼の報酬なんだ。
その依頼ってのがざっくり言えば、地下に湧いたモンスターを退治する事だったんでな)
リーシャがふーん、と相槌を打ちながらも、地下の捜索を始める。
「なるほどね、でもそんなモンスターは見当たらないわね」
(ああ、こういった細かいイベントとかは余り、原作通りにならないのかもしれんな。
この後にそのモンスターが現れる可能性も、十分にあるだろうが)
「少なくとも、あなたの情報が上手く活用できるとは、限らなそうって事ね。
ちなみに、そのモンスターとやらはどんな奴だったの?」
話をしながらも、リーシャは捜索の手を休めていない。
一つ目の部屋が早速調べ終わり、次の部屋へと向かう。
(ああ、猫使いケシーと言ってな。
無限に猫系のモンスターを召喚する奴で、本人も羽の生えた猫みたいな奴だ)
「ふーん、私もそんなモンスター見たことないわね。
本当にこの世界にも、ソイツがいるのかしら?」
(そればっかりは流石に、願いの神にでも聞かんとわからんな)
リーシャが2つ目の部屋の扉を開くと、大きな影がある。
それは4つ足で毛の生えており、悪魔のような翼を持っていて。
端的に言って、羽の生えた猫のような奴だった。
「……これ?」
(多分これだな)
「……ガウッ!」
突発的な出来事に数瞬の間、硬直するリーシャと俺と猫使いケシー。
遅れて我に返った俺たちが見たのは、急激に溢れてくるライオンの群れであり、
その勢いに押されるままに、俺たちは地下室の外へと追い出されたのだった。