◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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やっぱり俺、TUEかった

 「や、やっとたどり着きました。ここがこの国の首都、パルミアですよ……」

 (ああ、うん。お疲れ、悪いなだいぶん苦労をさせたようで)

 「いえ、これでも普段よりは楽な方です。剣さんのおかげで、道中のモンスターは簡単に倒せましたからね」

 (あっ……、へー、そうなのか)

 

 オーディの住処である洞窟から、このパルミアに来るまで最終的に5日ほどかかった。

 移動時間としては、2日あれば十分なはずだったのだが。

 俺の血吸い対策で1日、戦闘中に血吸いが発動して、洞窟に戻されたので1日、それを更にもう一回で1日。

 計3日余計な時間を食ってしまったのだ。

 

 で、割と苦労を掛けてしまったかなと思ったが、オーディ曰く、俺無しで移動すると大抵あと3回くらい死ぬので、これでもいつもより早い方らしい。

 

 「でも驚きました、剣さん本当にお強いんですね。コボルト3体に囲まれたのに勝てちゃうなんて!今までだったら、絶対死んでましたよお」

 (おう、道中で俺のステータスと、エンチャントについては詳しく話しただろ?耐久力と自然治癒の技能が上がるから、殴り合いには強くなるのさ)

 「私、とても強くなっていて、びっくりしました。これに後、宝箱から出てきたお金で外套とか靴とかを揃えれば、ミノタウロスに棍棒ですね!」

 

 ミノタ……?ああ、鬼に金棒的な奴か。言葉はなんだか知らないが通じるのに、急に知らない慣用句が出てくると変な気分だな。

 

 (そうだな、じゃあ早速防具屋に行くのか?)

 「はい!あ、剣さんは何か欲しいものとかありますか?まだ何もお礼できてないですし、買えるものだったら先に買いに行きますよー」

 (いや、気持ちは嬉しいが遠慮しておくよ。今はお前の実力底上げのために、全力で投資するべきだろうさ。それに、俺はお前が倒した敵の血液を飲ませて貰ってるからな。すでにお礼とやらは貰ってるぜ)

 「そっか、剣さんはモンスターの血がご飯になるんですよね。それじゃあバンバン敵を倒さないとですね!」

 (ああ、だが無理する必要はないぜ。別に敵を倒さなくても、腹が減るわけじゃないようだからな)

 「わかりました。それじゃあお店屋さんに行きましょうか、たしかあっちですよ!」

 

 そう言ってオーディは町の奥を指さし、元気に走り出す。

 

 (おいおい、急に走り出すと危ないんじゃないか)

 「あはは、心配しすぎですよ。これでも冒険者なんです、人にぶつかったりしませんって」

 (いや、急に血吸いが発動した時に、危ないんじゃないかなって)

 「……、行きましょうか!」

 

 そういって今度は、キビキビと歩き出した。

 うん、やはり大分に血吸いを警戒しているようだ。まあ今まで何回も死んでるからな。

 

 

 

 

 

 

 3、4分ほど歩いただろうか。

 俺たちは、パルミア防具店という看板が掛けられた、商店の前へとたどり着いた。

 

 「とうとうたどり着きましたね!」

 (そうだな、五日かかったな

 「……」

 (……)

 「……」

 (……入らないのか?)

 「は、入りたいのは山々なんですが、怖くては入れないんです」

 (あー、買い物するだけなんだし、大丈夫なんじゃないのか?)

 「今までその買い物しようとするだけで、気持ち悪いからって石投げられたり、無視されたりしてたんですよぉ!ちょ、ちょっと待ってください、10分ほど精神を統一すれば入れますから!」

 (待たぬ)

 「や、やめて下さい、血を吸わないで下さい!分かりました、入りますから!」

 

 いつまでも店の前に突っ立ってたら、それこそ邪魔で、心証が悪いだろう。

 普段、血を吸ってる感覚を思い出して、ちょっと血を吸ってみて促す。

 そうして、やっとオーディは(それでもおっかなびっくりといった様子で)中に入っていった。

 

 「し、失礼しま~す。買い物、を、したいんです、けどー」

 「はいはい、パルミア防具店にようこそ。見ない顔だね?パルミアは初めてかい?」

 「え、あ、いえ。何度か来たことがあります、このお店も……」

 「そうだったかい?まあいいや、それで何をお探しだい?」

 「外套と、靴を揃えたいんです。予算は2500gp何ですけど」

 

 オーディがそう言うと、店主は少し渋い顔をする。

 一瞬、予算が少ないから邪険にしているのかと思ったが、そうではなかった。

 

 「2500gpか、うーむ、それだと鉛製の靴と鉄製の外套しか買えないな。かといって、駆け出し冒険者さんにこんな重い装備はきついだろう。……よし、大サービスだ!このガラス製の靴とシルクの軽外套、合わせて3200gpのところ、おおまけにまけて、2500gpで売ろう!」

 「ええっ、いいんですか!?」

 「ああ、もちろんだ。その代わり、これからもパルミア防具店をよろしく頼むよ」

 「はい、ありがとうございました」

 

 そう言ってオーディは財布から2500gpを取り出し、靴と外套を受けとる。

 そして、金が貯まったらまた来てくれよな、という店主の声を背に、店を離れていく。

 

 

 

 (なかなか良さそうな装備が変えたな、よかったじゃないか、オーディ)

 「そう、ですね」

 

 防具を買って、すぐは浮足立った様子のオーディだったが、しばらくすると、何だか落ち込み始めたようだ。

 不審に思った俺は、声をかけてみる。

 

 (どうした?ねんがんの防具をてにいれた!ってのに、しょぼくれた顔して)

 「わたし、初めてあの店に行ったとき、気持ち悪いって石投げられて、死んじゃったんです」

 (……そうか)

 「冒険者になってからも一度行ったんですけど、今度は化け物には特別価格だって言われました。鉛の外套6000gpですって。払えるわけなかったです。なのに、剣さんのおかげで見た目が変わっただけで、あんな優しくなって、お値段の割引までされちゃいました」

 (ご丁寧に次の宣伝もしてたな)

 

 オーディは顔を俯かせながら、続ける。

 

 「ずっと皆、私の事避けてました。それが、見た目が変わっただけで優しくされちゃって。見た目が悪いって、そんなにいけないことなんでしょうか」

 

 「今までの私の人生、何だったんでしょう。あんなに辛い目にあってたのに、たったこれだけのことで、今まで悩んできたことが解決しちゃうなんて。私、何にも悪い事してないのに。気持ち悪いからって、捨てられて、石投げられて。綺麗になっただけで優しくされて……。あ、ごめんなさい!剣さんは何も悪くないんです!綺麗になれたことは嬉しいんです!でも、これまでの事、意味なんてなかったのかなと思うと、辛くなっちゃって……」

 

 ……この子、いちいち重い!あの顔見たら、誰だって怖くて石投げるわ!町のやつらが迫害するのもしゃーねーよ!

 だがまあ、慰めないわけにもいくまい、かといって嘘つくのも性に合わないし、ここは無難なこと言っとくか。

 

 (俺には、お前が今までどんな思いをしてきたのかは分からない。だが、お前がどうすればいいかは分かる気がするぜ)

 「剣さん?それって……」

 (気にしないことさ。今までどんなに辛かったのか、苦しかったのか、そんなことは思い出さなきゃいい。そうすりゃ今のお前には関係ない。だって今のお前には、俺が着いてるんだからな)

 

 オーディがぽかんとした様子で口を開いているが、構わず続ける。

 

 (これからは全部ハッピーだぜ?今までお前を苦しめてた見た目ってやつが、今度はお前の味方になるんだからな。お前のことを嫌う奴なんざ、いなくなった。後は何を買おうか、どんなものを食べようか、楽しい事だけ考えて、辛かった事はほっぽりだしゃあいい。そうすりゃ、これからのお前の人生は、楽しい事だけだ)

 

 「楽しい事だけ考える、ですか。そっか、それだけでいいんだ」

 

 オーディは腑に落ちた様子で、俺の言ったことを繰り返した。

 

 「ありがとうございます、剣さん。私、剣さんに会えて本当によかったです」

 

 そう言ってオーディは、満面の笑みを浮かべて俺のことを握りしめた。

 ちょろいもんだぜ。元・外回りサラリーマンの上司への言い訳で鍛えられた詭弁力にかかりゃあ、対人経験のない小娘なんざこんなもんよ。

 取引先との交渉で鍛えろ?良く分からないです。

 

 「よーし、私、これから新生オーディとして頑張ります!目指せ!えーと、なんにしよう」

 (冒険者の星とかでいいんじゃね)

 「あ、そうですね。目指せ!冒険者の星!そうと決まったら、早速依頼受けに行きましょう、依頼!防具もそろってるし、討伐依頼もバッチリコイ!ですよぉ~」

 (お、いいな。俺の力、バーンと見せてやるぜ)

 

 オーディはすっかり元気が出た様子で、更に町の奥へと進んでいった。

 俺としても、持ち主が暗いままだとこっちまで陰気になりそうだったので、うまく乗せることができて一安心だ。

 

 

 

 

 

 また何分か歩いていくと、何やら大量に張り紙がひっついている掲示板の前にたどり着いた。

 どうやら、これがゲームで言う所の依頼掲示板のようだ。

 ふっつーに日本語で書かれているので、俺にも読むことができる。転生者にやさしい世界だ。

 

 (なかなか種類豊富だねえ、こりゃ100枚以上はあるんじゃないか?)

 「きっとありますよ。パルミアはこの大陸で一番人口が多いですから、その分いっぱい依頼が入ってくるんです」

 (なるほど、それでどの依頼を受けようってんだ?)

 「そうですね。この町はずれの畑に出てきた、モンスターの駆除の依頼にしようかと思います」

 (ほう、そりゃまた何で)

 「こういうのって大抵、大ネズミだとか、大ムカデだとかの弱いモンスターしか出てこないらしいんです。畑の餌が目当てで寄ってくるモンスターは、弱い動物が多いですから。それに、街の近くに強力なモンスターが来ても、すぐガードさんに駆除されちゃうはずです。それなのに今回は、報酬が3000gpも貰えて、大分お得でねらい目だと思ったので」

 (なるほどな、それじゃあこの依頼主のところに行くか)

 「はい」

 

 オーディは依頼の紙を掲示板から剥がし、その紙に書かれた地図の場所へと向かう。

 道中、一回血吸いが発動して、オーディがふぎゃーと鳴いたが、道端でうずくまりながら耐えることで、事なきを得た。

 

 地図の場所にたどり着くと、そこには扉のない、小さな木の小屋があった。

 そしてその中には、見ただけで『あっ農家の人だ』と分かりそうな麦わら帽子をかぶった、小麦色の肌をした筋肉質の男がいた。

 恐らく、この男が依頼人であろう。顔もゴツく、威圧感がある男に少し怯んだ様子のオーディだったが、意を決したようで、話しかけに行く。

 

 「失礼します。畑のモンスター駆除依頼を受けました、オーディと申します。依頼主のマゴさんで間違えないでしょうか」

 「おう、俺がマゴだ。よろしく頼むぜ、冒険者さん。にしても、あまり強そうには見えないな、俺より少しレベルが下ってとこか、大丈夫なのか?」

 

 この世界では、パッと見ただけで相手の強さが大体把握できる。

 それでオーディの実力を自分より低いと見積もったらしい依頼人の男は、訝しむようにこちらをジロジロと見てくる。

 それを受けて、オーディも不安になったようだ。

 

 「えっと、畑でのモンスター駆除とのことだったので、ネズミとかかなと思ったんですが、マズいモンスターとかいるんでしょうか?」

 「俺が自分で駆除しないのが答えよ。まあ弱くてもいいや、とりあえず畑行ってみてくれ、無理なら引き返しても、違約金せびったりはしないからよ。ほら、あっちにまっすぐ行きゃあ畑があるからな」

 「わかりました、では行ってきます」

 

 

 

 

 

 (なんか雲行き怪しいっぽいな、報酬も相場より高かったわけだし、なんかやばい奴がいるんじゃないか?)

 「そ、そうかもしれませんね。でも、大丈夫ですよ。遠くから見て、危なそうなら引き返せばいいんです。最悪死んでも、ちょっとお金と評判が落ちちゃうだけですから」

 

 楽観的な言葉を続けるオーディ。

 だがその心中は、畑に居る得体の知れない何かに、怯えているように見える。

 いかに彼女が死ぬのに慣れているとは言っても、やはり死ぬことへの恐怖がない、という訳ではないのだろう。

 

 及び腰で前へ進むオーディだったが、とうとう畑が見えてくる辺りまで辿り着いてしまった。

 一瞬足が止まり、怯んでいるような表情を見せたが、すぐに口元を引き締め、忍び足で畑に近づいていく。

 

 視界いっぱい、一面に広がる畑には、食い散らかされた様子のキャベツがあった。

 無事な様子のキャベツはほとんど無く、その食われかけのキャベツが2畳くらいの広さ毎に1個程度、落ちている。

 喰われたキャベツはモンスターの食事の後なのだろうが、辺りにはその肝心のモンスターの姿が見えない。

 

 「すごい食い散らかしよう……、大食いのモンスターなんでしょうか」

 (かもしれないな、だがそれなら相応に体も大きいはずだ。ここまで近づいて姿も見えない。ってのはどういうことなんだろうな)

 「わかりません、もうちょっと近づいてみましょうか」

 

 そういって、オーディは畑に近づいていく、そうすると、食い散らかされたキャベツの様子がしっかり見えるようになって来た。

 よく見てみると、1方向から食べられているわけではない、いくつかの方向から、何度も咬まれた跡がある。

 

 (おい、このキャベツだけどよ、なんか食べられ方が一匹に食われているように見えんぞ)

 「へ?つまり、どういうことでしょうか」

 (敵は一匹じゃあないってことだ。それに、咬み跡が小さい、あまり大きなモンスターじゃないんじゃないか?)

 「うーん、それじゃあ、あのおじさんが自分で退治しなかった理由がわからないですけど。とりあえず私も見てみますね」

 

 そう言ってオーディは、畑に足を踏み入れていく。

 しかし、こっちの世界のキャベツ畑ってこんなに寂しいもんなのかね。修学旅行で見たことのある、地球のキャベツ畑は、一面所狭しとキャベツが敷き詰まってたけどな。

 品種が違うから、あまり一遍には育てられないんだろうかね。

 

 ……いや、待て。本当にそうなのか。

 

 もしキャベツ畑が本来、地球と同じように一面キャベツだらけだったとしたら。

 大量の、そう本当に大量の食糧が、食い尽くされている可能性がある。この小さな齧り痕の主によって。

 だが、あの依頼主のおっさんが、その状況を長時間放置はしないだろう、ということは急に大量に湧いたのではないか?

 それだけの繁殖能力がありそうな小動物、ネズミか?畑のモンスター退治でオーディが例に挙げていたし、ありそうな線ではある。

 確かネズミって、穴を掘って身を隠したりしたよな……アカン。

 

 (オーディ、一旦畑の外に出てくれないか?ちょっと気になることがある)

 「えっ、気になること、ですか?」

 

 オーディは不思議そうな顔をして、調べるために持っていこうとしたのか、キャベツを手に取る。

 その時、キャベツ近くの土が、ボコッと盛り上がった。

 

 「ひゃっ、何ですかこれ!モグラ!?」

 (やばいかもしれん、とりあえずそのキャベツ置いて外に走れ)

 「は、はい」

 

 咄嗟に持っていたキャベツを放り出したオーディだったが、少々運が悪かった。

 縄張りに入ってきた外敵に気付き、土の中から外に出てきたのは、体長25㎝ほどの巨大ネズミだった。

 その顔を出してきたネズミに、運悪くそのキャベツがぶつかったのだ。

 出会い頭に、外敵から投擲攻撃を受けたネズミは、キーキーと金切り声を上げる。

 

 「あ、なんだ。やっぱりネズミだったんですね。大丈夫ですよ剣さん、今の私なら、流石にネズミには負けません」

 (いいから逃げとけ!間に合わなくなっても知らんぞ)

 「?、分かりましたけど」

 

 一瞬立ち止まったが、改めて畑の外へと走り出すオーディ。

 その後ろでは、キャベツをぶつけられてお怒りのネズミの呼び声に呼応し、百匹を超えよう大量のネズミ達が、土を掘り返して這い上がってくる光景が広がっていた。

 

 「ひぅ!あの数に齧られたら、一瞬で体が無くなっちゃいます!」

 (ひとまず逃げるぞ、追ってはこないかもしれん)

 「はい!」

 

 そういって、完全に前を向いて走り出すオーディ。

 走ることに集中するオーディの代わりに、俺が周りの状況やネズミの動向を観察する。

 

 (いかんな、あいつら全員まとめて追いかけて来てやがる。しかもあっちの方が早い)

 「このままだと追いつかれるってことですか!?でもあんなの相手にできませんよ!」

 (分かってる、対策やら考えてみるから、とりあえず逃げとけ)

 

 とはいえ、俺も別に戦闘のプロってわけじゃない。

 この状況をどうにかする方法なんざ、そうそう思いつくとは思えないが……。

 お、あそこに良さげな場所あるじゃん、いい感じの方法思いついたわ、天才か俺。

 

 (オーディ、今より右斜め前に向かって走ってくれ)

 「はい、こっちですか!」

 (もうちょい右、うんそれくらい)

 

 オーディをナビゲートし、目的の場所まで誘導する。

 そこにあるのは、逃げる途中で見つけた流れは遅く、深さは浅そうに見える小さな川だ。

 

 「剣さん!前の方に川があるんですけど、どうすればいいんですか?」

 (あの川の中で戦う、思いっきりジャンプして、少し距離を稼いでくれ)

 「ええっ!?川を越えて逃げるんじゃだめなんですか?」

 (ネズミってたぶん泳げるぞ、逃げても多分無駄だからやめとけ)

 「う~、分かりました。行きます!」

 

 そういって、オーディは川へと飛び込み、改めてネズミ達へと向き直る。

 

 川の流れは遅く、ここの深さは30㎝といったところ、そして岸から2m程距離を稼げた。

 つまり、水に足を取られることなく、ネズミは泳がなくてはならず、地面がないから飛び掛かることができないってことだ。

 敵の機動力さえ削げば、あとは数の暴力で押し潰されないかという点だけだが。

 

 「来ましたよ、剣さん!」

 (おう、じゃあ剣が届く奴からとりあえず斬れ、後ろに少しずつ下がりながらだ)

 

 オーディを追ってきたネズミ共を、俺が易々と切り裂く。

 ネズミなんざの皮では、俺の切れ味の前には、碌に身を守ることもできない。

 オーディが剣を一振りするたびに、二、三匹のネズミの息の根を止める。

 

 体の小さいネズミでは、切り傷は致命傷だ。加えて俺が、斬りながら血を吸い取っているのも、追加ダメージになっているかもしれない。

 水の中で持ち味の敏捷性と回避力を落としたネズミ達は、数の力を上手く生かすことができない。

 下がりながら剣を振るうオーディと、距離を詰めることができずに、その数を減らしていく。

 

 「行けます、剣さん!これなら勝てます!」

 (うむ、あと半分ってとこか、気張っていけよー)

 「はい、でや!でやーっ!」

 

 順調にネズミ達は数を減らしていく。

 本能に従って外敵に向かっていくネズミ達は、自分たちが何故敵に勝てないのかを考えることもなく、目の前の敵に襲い掛かり、そして命を散らしていく。

 そして、水を活かしてネズミを狩る作業は終わり、辺りには大量のネズミ達の死骸だけが残った。

 

 「ふう、なんとか倒し切ることができました。聞いてください剣さん!私、途中で一つレベルアップしましたよ!いっぱい倒したおかげですね」

 (そいつはよかったな、それじゃあネズミの肉やら皮やら回収しようぜ。大体は死んだ途端ミンチになったから使えないが、それでも残りを集めれば、幾らかの食料と売り物になるだろ)

 「そうですね、死体が流される前に、集めちゃいましょう」

 (あ、ついでに死体から血を吸わせてくれ、斬りながらも吸ったけど、やっぱりできるだけ吸わせてほしい)

 「はい。上手くいったのも剣さんのおかげですからね!それくらいお安い御用です」

 

 そうして、俺達は残ったネズミの死体から、肉や皮、そして血を回収していく。

 大体終わったかな、といったところで、俺の身体に異変が起きた。

 

 (うん?何か来た、ブルって来た)

 「どうしたんですか、剣さん。風邪ですかね」

 (剣って風邪ひくのかね、って違う違う。なんか武者震いみたいな感じ)

 「うーん、あっあれじゃないですか。生きている武器の成長っていうの。私聞いたことありますよ。吸った血の量に応じて、生きた武器が強化されることがあるって」

 (おお、確かに言われてみれば、そんな感じだ。力がみなぎってくる感じ。オーディ、なんか、こう、気合入れてみてくれ!行ける気がするんだ)

 「気合、ですか?……よし。う、うおーーーーーーー!」

 (来てる!来てるぞ!よし来たあ!)

 

 俺に力が漲ってくる。様々な力の流れが、俺の中を通り抜けていく。

 分かる、分かるぞ。この中で俺が得るべき力は……これだ!

 

 ◆それは神経属性の追加ダメージを与える****

 

 とったどおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 (来た、来たぞオーディ。神経属性追加ダメージエンチャントだ!)

 「本当ですか!?すごい、やりましたね剣さん!」

 (おう、あんだけネズミ倒した甲斐があったってもんだな)

 「はい、これでまた戦いが楽になりますね」

 

 実際、属性攻撃の追加は、戦闘に大いに役立つ。

 特に神経属性なんかは、たまに敵を麻痺させるので、運が良ければ大物食いも起こり得る。

 俺とオーディは、一通り新たな戦力増強に喜んだあと、改めてネズミの残骸を片付け終えた。

 

 (よし、これで依頼は終了だな。後は畑に残りがいないか確かめて、依頼主に報告と行くか)

 「はい、そうですね」

 

 そう言って、オーディは畑に向かっていく。

 結論から言うと、畑で残りのネズミを探す手間は省けた。

 依頼主のマゴが、残っていたネズミの1、2匹に止めを刺しているところだったからだ。

 

 「あ、マゴさん。丁度良かった、依頼確かに終わりましたよ」

 「お、本当か!そりゃあ良かった。てっきりそのまま死んだんじゃないかと思ったぜ。残りのネズミはやっといたから。もう依頼は終わりでいいぞ、ありがとうな」

 「わ、すみません。お手伝いしてもらってしまって」

 「いいってことよ。ほれ、これが報酬の3000gpだ。後、使わないから、よかったら落ちてたこの巻物も持ってきな」

 「ありがとうございます!でもいいんですか?巻物なんて売ったら高くなるでしょうに」

 「構わんさ、将来有望な可愛らしい冒険者さんに先行投資だ。また機会があったらよろしく頼むぜ」

 

 そう聞くとオーディは、一瞬顔を歪めかけたが、すぐに華のような笑顔を浮かべた。

 

 「はい、ありがとうございました。こちらこそまた機会があったらよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 (なあ、オーディ)

 「剣さん、私ですね」

 (……なんだ?)

 「私、今幸せです。優しくされて、強くなって、報酬をもらって、立派な冒険者に近づいて。とっても幸せです。もっといっぱいいっぱい、世の中にはうれしい事があるはずですよね。私、剣さんと一緒に、うれしい事探しに行きたいです」

 

 なるほど、さっき俺が言ったように、楽しい事だけを考えるってのを実践してるわけだ。

 さっき少し顔が苦々しくなったのは、今迄の事を思い出したからか。

 だが、すぐに言われたとおりに恨みつらみを忘れ、思考を切り替えるのは、なかなかできることじゃないだろう。

 彼女の持っている、前向きさ故だろうか。

 

 (おう、早速嬉しい事とやらがあってよかったじゃないか。ま、神器級武器が呪われてんだから、そう簡単には別れたくても、別れられんだろうよ)

 「ふふ、そうですね。さあ!いきましょう、次の依頼が待ってます!」

 (おい、続けていくのか!ちょっと休んだ方がいいんじゃねえの?)

 「大丈夫、今いくらでも頑張れる気分なんです!」

 

 そういって、オーディはまた依頼の掲示板に向けて歩き出していく。

 まあ、暗い顔した奴が常に隣にいるよりは、この方が楽しいってもんだ。

 

 そしてなんか言い出しにくい、良い感じの雰囲気になってしまった。

 しょうがないから、『あの依頼主、俺達が死ぬの前提で囮にして、畑の安全確保してたんじゃね?』説は、心の奥にしまっておくとしよう。


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