◆それは生きている   作:まほれべぜろ

32 / 35
我が主に、背く事は出来ない

 ヴァリウスの挑発を受けたリーシャは、明らかに冷静さを欠いていた。

 

 どれくらいかと言えば、あの後すぐに

「今からアイツらの所へと攻め込むわよ。

 この私を舐めたこと、必ず後悔させてやるわ」

 と言って、所在を調べて乗り込もうとし出していたくらいだ。

 

 

(待ってくれ我が主、あれは明らかに罠だった!

 竜窟を攻略したばかりで、消耗した俺達で勝てるとは思えん!)

「ならば、このまま引き下がれと?

 時間を掛けて準備したところで、相手にも時間を与えるのだから変わらないわよ」

 

 リーシャは完全に目が据わっており、意見を変えそうには見えなかった。

 

 こうまで頑ななのは、正面をきって此方を軽んじるような宣戦布告をされたからか。

 それとも、明かされた故郷での真実に、心を乱されているからなのか。

 

 その理由が本当の所どこにあるのか、俺には知ることが出来ない。

 もしかしたら、リーシャ自身も整理できていないのかもしれない。

 

 そんな状態で、俺にリーシャを翻意させる事は出来そうにない。

 

 ならば、俺にできるのはそのタイミングを、先延ばしにする事くらいだ。

 

(分かっている。我が主は名誉を何よりも重んじているからな。

 だが、相手にも時間を与えるのだから変わらない、と言うのは違う可能性が高いと思う)

「……理由は?」

 

 先を促すリーシャへ、俺は自分の推論を話し出す。

 

(ヴァリウスの態度から見るに、

 このノースティリスに来る前から、俺達に目を付けていたようだった。

 そして、奴は俺達に気付かれていなかったにも拘らず、自分から声をかけてきた)

 

 無言で話を聞いているリーシャ、少なくとも俺の言葉に耳は傾けてくれているようだ。

 

(そして奴は、リーシャの実力についても調べたはずだ。

 なのに、攻め込んでくるよう誘導している。

『状況によっては戦闘になる可能性を、ここへ来る前から想定しており、

 迎え撃つ準備を整っているから、乗り込んできて挑発した』

 と言うのが、しっくり来ると思わないか)

 

 実際、その可能性は本当に高いと思っている。

 

 いくら何でも、あのヴァリウスが無策でこちらを挑発したとは思えない。

 此方の実力を正確に掴んでいるにしろ、掴み損ねているにしろ。

 十分だと判断できる用意をした上で、こちらを挑発したはずだ。

 

 話を聞いたリーシャは、しばし無言で考え込む。

 そして、深くため息をついた。

 

「いいわ、<<永遠の孤独>>。あなたの言う事も最もだと思う。

 それであなたは如何するべきだと思うの?」

 

 ここで彼女の納得できる答えを用意できなければ、そのまま特攻しかねない。

 俺は必死に考えてひねり出した返答を提出する。

 

(まずは一度、拠点へと戻るべきだ、そうすれば竜窟で使った消耗品を補充できる。

 奴が提示した滞在期間は一週間だ。

 それ位あれば、拠点からポート・カプールまで移動することも十分可能だろう)

「別に、拠点まで戻らなくても良くないかしら。

 消耗品を補充するだけならば、この町で充分に買い込めるわよ?」

 

 確かにその通りではある、だが俺には彼女に拠点に戻ってほしい理由があるのだ。

 なので、どうにか拠点でないといけない理由を用意してある。

 

(それなんだが、ヴァリウスの言葉が、全て真実とは限らないと思ってな。

 奴が適当な事を言った部分があったとしたら、上手く乗せられている事になる。

 万が一でもそんな虚偽に乗せられてしまっては、我が主の汚点にならないか?)

 

 その言葉にリーシャは、ふむ、と納得した様子を見せる。

 やはり彼女の中では、両親が自分を守ろうとしたという事実を、

 受け入れがたい所があるのだろう。

 

「とは言え、メイドに聞いたところで、確認が出来るとは思えないけどね」

(そこは、少しでも安定を取るという事でいいだろう。

 結局のところ、一週間以内に襲撃を行えれば問題ない訳だからな)

「まあ、そうね。いいわ、あなたの言葉に乗せられて上げる」

 

 そう言って、リーシャは帰還の巻物を読み上げる。

 暫しの時間をおいて、次元の扉が開かれた。

 行先は、メイドの待つリーシャの拠点だ。

 

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。火炎竜の討伐、おめでとうございます」

 

 優雅に一礼をして、リーシャを迎えるゴーレムのメイド。

 

 彼女の存在こそが、俺がこの拠点へと戻ってきたかった理由だ。

 正直言って、俺がリーシャを引き留められる可能性は、なさそうだと思っている。

 

 だがヴァリウスに会う事については、余りにも嫌な予感がする。

 奴が何をするつもりにしろ、リーシャに良い影響が出るとは思えない。

 

 そこで、幼いころから時間を共にした彼女ならば、

 リーシャをどうにかして引き留める事が出来るかもしれない、と考えたのだ。

 

 

「せっかく出迎えてくれたところ悪いけれど、少し確認したいことがあるの。

 私たちの故郷が襲撃された時の話についてよ」

(リーシャ。俺からもメイドに話が出来るよう、彼女に触れて貰っても構わないか?)

「ええ、いいわ。メイド、<<永遠の孤独>>とも話せるように、柄を握っておいて頂戴」

 

 メイドが俺の事を握り、彼女とも会話が出来るようになってから、

 リーシャがヴァリウスの話していた事を、メイドに伝える。

 

(そう言った話だったんだが、ヴァリウスってのは腹黒野郎だからな。

 でっち上げでリーシャを踊らせよう、って魂胆の可能性もある。

 だから、メイドさんの目から見て、ヴァリウスの話に信憑性があるか聞きたい)

 

 そう言って、俺がリーシャの話を締めくくる。

 

 理想を言うならば、メイドがヴァリウスの話を否定するのが一番だったのだが。

 

「……その話でしたら、間違いございません。

 この目で確認いたしましたので」

 

 その期待は、真反対へと裏切られた。

 

「確認したって、どういう事よメイド?」

「言葉の通りでございます。

 青髪のエレア、ヴァリウスと言うのでしたか。

 彼に見逃された私は、そのままお嬢様の下へ向かわず、物陰で様子を伺ったのです」

 

 それは何故か、とわざわざ問いかけるまでもない。

 もし、リーシャとそのまま合流していたら、

 リーシャ共々、ヴァリウス達に始末されていたかもしれない事は、既に知っているのだから。

 

 彼女は、自分がまた見つかって始末される事よりも、

 リーシャに累が及ぶ可能性を避けようとしたのだ。

 

 黙って静かに話を聞くリーシャに、メイドは寂し気に、淡々と話し続ける。

 

「するとやはり『私の後をつけるように』と、ヴァリウスは配下へ指示を出しました。

 ならば、せめて囮として別方向へ逃げようと、私が姿を見せようとした時です。

 旦那様と奥様が、彼らへと背後から斬りかかりました」

 

「お二人は、襲撃が始まってすぐに、不意打ちで殺されています。

 しかし、その時には既に這い上がって、様子を伺っていたようなのです」

 

「とはいえ、人数が違いすぎますし、相手は組織された軍人達です。

 襲撃者の数は多く、対して旦那様と奥様は二人きり。

 いくらお二人でも、手練れの軍人達を倒しきるのは不可能でしょう」

 

「勝ち目のない戦いへと挑みながら、旦那様は隠れる私に、大声で命じました。

 自分達が時間を稼ぐ。だから、私は逃げて好きなようにしろ、と」

 

「私は一族に仕える為、生み出されたゴーレムです。

 皆さまの役に立つ事こそが至上の喜びと、旦那様はご存じのはず」

 

「ならば旦那様の言葉は、未だ襲撃を知らぬお嬢様の下へ馳せ参じ、

 共に逃げろ、という事に他なりません」

 

「私は旦那様のご命令通り、戦うお二人を見捨てて、お嬢様を探しに向かいました」

 

「後はご存じのとおりです。

 私がお会いした時には、お嬢様は既に襲撃に感づいておられました。

 探していたお嬢様に、逆に声を掛けられ、私は集落が襲撃されたことをお伝えしました」

 

「そうとなれば、もはや私の役目はございません。

 お嬢様は、潜伏してエーテルの風が吹くのを待ち、集落の様子を伺うとの事でしたので。

 エーテルに耐えられぬ私は、近くの町のシェルターで、お嬢様が戻られるのを待ったのです」

 

 メイドの話は、そこで終わった。

 リーシャは暫く口をつぐみ、30秒ほど考え込んでからメイドへと問いかける。

 

「何で、今まで言わなかったわけ?」

 

 その質問には、どういった感情が乗っているのか。

 俺には読み取れない程度に、その声は平坦だった。

 

「シェルターへ私を迎えに来たお嬢様から、旦那様と奥様が埋まったと聞いたからです。

 もはやお二人に会えない以上、この事を伝えても、お嬢様が悲しむだけかと思いましたので」

「っ、ふん。悲しみやしないわよ!結局のところ、二人とも無駄死にじゃない。

 私はメイドがいなかろうが、一人で襲撃から身を隠すことが出来ていたんだから」

「……はい、その通りでございます」

 

 沈痛にリーシャの言葉を肯定するメイド。

 同じ「主人に仕える事を喜びとする無機物」として、気持ちはわかる。

 

 主人、ここでは旦那様とやらの指示に何ら報いることが出来ず、

 結果として『ただ見捨てただけ』となった事が後ろめたいのだろう。

 

 俺も、リーシャが何も出来ずフリージアに負けた時、似たような心境だった。

 

 

 ……俺の目的である『リーシャをヴァリウスの下へ向かわせない』事。

 正直言って、今はこれを達成する絶好のチャンスだ。

 

 今のリーシャは、両親に関する予想外の事実に反発している。

 ならば、両親を蔑ろにする方向での提案は、著しく通しやすいと見た。

 此処はリーシャの安全を得るために、両親の仇など放っておけと誘導するべきだろう。

 

 

(無駄死にか、その判断は流石に見当はずれな気がするが)

 

 だが、俺はそうする事が出来なかった。

 今ここで煽れば、彼女は両親の献身を蔑ろにし続けるだろう。

 リーシャを主と決めた俺が、それをする事は許されない。

 

 

 俺の言葉に、リーシャの機嫌が目に見えて悪くなる。

 

「なによ、永遠の孤独。私が危なかったかもしれない、って言いたい訳?」

(それは違うさ。我が主の話を聞くに、メイドと落ち合わなくとも安全に場を離脱出来ただろう)

「なら、アイツらのやった事は無駄でしょう!私は助けなんて必要なかった!」

 

 外面を取り繕う事もなく、怒りを露わにするリーシャ。

 その怒りは、俺に向けてだけではないと感じる。

 今、彼女は両親に対する感情を処理できなくなっているのだろう。

 

 ずっと疎んでいた相手から、施しを与えられていた事を受け入れられないのだ。

 

 俺は前世から他人の気持ちを理解できず、自分本位に動くことが多かった。

 相手の気持ちを思いやれ、だのとゴタゴタ言われた回数は数え切れない。

 

(リーシャに助けは必要なかったが、一つ残った者があるだろう)

 

 だが、唯一人の我が主。リーシャの事だけは、よく分かっているつもりだ。

 彼女が本当は、両親が自分を助けようとしてくれたことを、喜びたい事も。

 

(そいつ等が体張ったおかげで、メイドはお前と今も一緒に居られるんだ。

 お前にとっては、一番の贈り物だろう)

 

 何を言えば、彼女がそれを受け入れられるかもだ。

 

 俺の言葉を聞いて、目を見開いたリーシャは、ゆっくりとメイドへ顔を向ける。

 これまで、両親の事で頭がいっぱいだったリーシャは、

 そこで初めて、彼女の沈痛な面持ちに気が付いたようだ。

 

 ハァ、とリーシャが深く息をつく。

 どうやら十分に落ち着いたようだ。

 

「……なるほどね、一考の余地があることは認めてあげる」

 

 そっぽを向き、そんな事を言うリーシャ。

 これは俺でなくとも分かるだろう、照れ隠しである。

 

「メイド、無駄なんて言って悪かったわね。

 アンタを助けた事だけは、アイツらの事も評価に値するわ」

「……勿体ないお言葉です」

 

 ある程度、いつもの調子を取り戻したリーシャは、今度は俺に話しかける。

 

「それで?アンタは何がしたかったのよ。

 私をヴァリウスの下へ行かせたくないのが、見え見えだったけど。

 それなら、こんな事しない方が都合が良いんじゃない?」

(なに、俺は我が主の忠実な僕だからな。

 主が望んでいる展開に、持っていく事に努力を惜しんだりはしないさ)

「ハァ!?こんなの、望んでなんかいなかったわよ。調子に乗らないでくれる!」

 

 怒りながらも、どこか余裕のあるリーシャの様子を見て、メイドがクスリと笑う。

 

 どうやら、彼女の方も落ち着いた様子だ。

 この様子ならば、本題の方に入ることも出来るか。

 

(さてメイドさん、さっきも言ったヴァリウスの話に戻させてもらう。

 アイツは、リーシャを呼び込もうと挑発していた。

 俺はこれを危険だと見て、リーシャを向かわせたくない。

 そっちの方で、リーシャの事を諫めて貰えないか?)

「よくもまぁ、私の前で堂々と、私を止めようって話が出来るわね。

 <<永遠の孤独>>。アンタ、メイドにだけ聞こえるよう、話すことも出来たでしょう?」

 

 まあ、出来る。

 出来るが、リーシャに隠れて謀を進めると言うのは、なるべくしたくない。

 今の話の流れなら、リーシャも許してくれないかなって、打算もあるが。

 

「私も、賛同いたしかねます。旦那様達の話をした後で、引き留めるのも心苦しいですが。

 聞けば、彼らは何らかの手段で、一族全員が埋まるよう追い込んだとの事。

 一人で向かうなど、余りにもお嬢様が危険です」

「まあ、アンタはそう言うだろうとは思ったけれどね」

 

 そう言って、ため息をつくリーシャ。

 

「言っておくけれど、退く気はサラサラないわよ。

 両親の仇がどうとか、そういうのがなくたってね」

 

 毅然と言い切るリーシャ。

 その言葉からは、両親の仇である事も、含んでいる可能性が読み取れる。

 

「私は『鮮血プリンセス』として、挑まれた勝負から逃げる訳にはいかない。

 それに、既に身元は知られているのよ?

 あっちが逃がす気がない以上、この拠点に攻めてくる事も考えられるわ」

 

 それは事実だ。

 そうなれば寝込みを襲われるかもしれないし、

 留守を狙われれば、メイドが犠牲になるか、人質とされる可能性もあるだろう。

 

(一応、奴らは暫くしたら目的を達成するだろうから、

 拠点を放棄して、それまで隠れ住むことも検討できるが)

「それを私が承諾すると思って言っているのかしら?」

(いや、全く思っていない)

「でしょうね」

 

 隠れ住むなど、リーシャの対極にある概念だ。

 彼女にこれをさせるのは、風のルルウィにだって不可能だろう。

 

「申し訳ございません、永遠の孤独様。

 私の力でお嬢様を翻意させるのは不可能かと」

 

 メイドが諦めるのは早かった。

 付き合いの長い彼女が諦めるならば、俺にどうこうする事は出来ないだろう。

 

「話は終わりかしら?それなら直ぐに準備をするわよ。

 心配なら何があっても万全で戦えるよう、必要な物を用意なさい」

 

 メイドにそう言って、自分も竜窟攻略の為に用意した装備から、着替え始めるリーシャ。

 

 リーシャを止める事こそ諦めたものの、俺は不安を拭い去る事が出来なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。