◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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約束

「っっああああぁぁぁあああああああ!!!」

 

 リーシャが苦しみに喘ぐ声が、部屋中に響き渡る。

 

 ポート・カプールで敗走し、拠点で這い上がってから一週間。

 我が主、リーシャが安らかに眠れる日は、一度たりとも無かった。

 

 

 原因は勿論、彼女の頭部を蝕んでいるメシェーラだ。

 奴らはリーシャの顔、その6割以上を侵蝕しており、

 もはや悪意すら感じる程の苦痛を、宿主(リーシャ)へと与え続けている。

 

 何の慰みにもならないが、6割の侵蝕で済んだのは、

 這い上がって直ぐに、エーテルの装備を引っ張り出して身に付けたからだ。

 

 奴らもエーテルの影響下では、それ以上の成長が出来ないらしい。

 だが、既にメシェーラに置き換わられた部分は、元に戻ることが無かった。

 

 勿論、この一週間の間で、色々と治す手段がないかを試してはみた。

 

 最初に頼ったのは、変異治療のポーションだ。

 だが、いくら飲んでもメシェーラは一切の変化を見せる事はない。

 

 次に試したのは、患部の切除だ。

 鋭い刃物、今回は俺を用いて、リーシャの肉ごとメシェーラを切り落とす。

 

 これは、いくら苦痛に強いelona世界の人間とは言え、耐え切れる訳もない痛みだ。

 肉体を抉り出し続けるのだから、当然とも言える。

 

 俺も神経属性を用いて、痛みをマヒさせるよう努めたが焼け石に水だ。

 それでも、動けないよう拘束されたリーシャの叫び声から耳を背け。

 俺を握ったメイドは、その作業をやり遂げた。

 

 

 無駄だった。

 

 メシェーラに侵された肉体は、既にそれが正常な物として認識されていた。

 苦行に耐えきれず、切除と同時に息絶えたリーシャが這い上がった時、

 その顔には当然のように、メシェーラが元の姿で蠢いていた。

 

 それを鏡で見たリーシャの狂乱は、凄まじかった。

 

 切除に伴った激しい痛みと、今も蠢くメシェーラが苛む絶え間ない痛み。

 そして、この存在を顔に宿したまま、これから生きていかなければならないのかと言う、恐怖。

 

 どちらも、まともな人間が抱え込める物ではないだろう。

 激情のままに俺を振り回した彼女によって、部屋のあらゆる物が破壊された。

 

 嵐が過ぎたかのように、全てが薙ぎ倒された部屋の中。

 リーシャは、そのまま倒れ込み気絶する。

 

 そんな彼女をメイドが抱え上げてベッドへ運び、

 拠点で這い上がってから、その時に初めて、リーシャはまともに休息をとったのだった。

 

 

 休息の時間も、長くは続かない。

 

 2時間もすると、蠢くメシェーラの苦痛に苛まれたリーシャは、意識を覚醒させられる。

 

 何とか症状を和らげられないかと、思いつくものは全て試した。

 

 肉体復活のポーション、精神復活のポーション。

 祝福されたエーテル抗体のポーション、呪われたエーテル抗体のポーション。

 *解呪*の巻物、全浄化の巻物、変化の杖。

 

 しかし、どれも効果を見せる事はなかった。

 

 最初は『必ず治し、ヴァリウスに報復をしてやる』と叫んでいたリーシャも、

 時が経つにつれて陰りを見せていく。

 

 4日が過ぎ、館とルミエストで手に入る物を全て試し終えた時。

 リーシャは、かつての野望に溢れた姿とはかけ離れ、抜け殻の様に部屋に籠っていた。

 

 

 それでも、まだ俺とメイドは諦めていない。

 リーシャこそが、俺たち二人(道具)(全て)なのだ。

 諦められるハズもなかった。

 

 家財を売り払い、出来る限りの金額を捻出する。

 その金を持って、メイドはある物を仕入れに行った。

 

 

 その間は俺がリーシャの近くに居たのだが、彼女はかつてない程に弱っていた。

 メシェーラに侵されてからずっと、側で献身的に支えてくれた、幼い頃からの従者。

 その精神的主柱を失ったことで、これまで抑えてきた不安が噴出したのだろう。

 

 このまま、メイドは自分を見捨てて、何処かへ行くのではないか。

 (永遠の孤独)も、さっさと次の持ち主を探したいと思っているのではないか。

 

 そんないつもの彼女とはかけ離れた、後ろ向きな事ばかりを口に出す。

 俺はその度に、

 (決してそんな訳はない)

 (メイドも俺も、リーシャが諦めない限り、側で支え続ける事を約束する)

 と、痛みに魘される彼女の横で励まし続けた。

 

 勝手な推測かもしれないが、恐らく彼女の中では、自分の価値が失われているのだ。

 今までのリーシャは、いつも『美しい英雄』という理想に向かって生きるのが、全てだった。

 

 しかし、彼女の顔に憑りついた忌まわしいメシェーラによって、

 その理想は、無残にも汚されている。

 

 これまで理想の自分だけを目指し、その実現の為に生きてきたリーシャは、

 今の惨めな自分が、受け入れられないのだろう。

 

 勿論、リーシャが持っているのは、その美貌だけではない。

 

 俺はリーシャの持つ、生きた武器を扱う才能がある限り、

 何があろうと彼女を主と認め、付き従い続けるだろう。

 

 そして、メイドにとっては、彼女がもつ血統こそが付き従う理由だ。

 

 どちらも、彼女がメシェーラに侵されていようと、揺らぐことはない。

 

 だがそんな事は、常にメシェーラからの苦痛に苛まれ、

 まともな思考を保てないリーシャにとって、関係はない。

 

 ただ、自分で自分を受け入れられない事実によって、

 他人からすらも、受け入れて貰えないと、感じてしまっているのだ。

 

 

 

 そして、這い上がりから一週間が経った今。

 

 痛みでマトモに寝れない睡眠不足と、不安に苛まれ続けたストレスによって、

 リーシャは最早、ベッドから起き上がれない程に衰弱していた。

 

(我が主、何とか杖でモンスターを召喚して、俺を突き刺してくれ。

 そうすれば、俺が体力を吸い上げて、なんとかそちらへ還元する)

「無理よ……。まだ起き上がれた頃でも、まともに剣が振るえなかったもの。

 今の私に、そんな事を出来る力は残っていないわ」

(しかし、このままでは栄養失調で死んでしまう。

 そうなれば、今以上に我が主の力が失われ、再起から遠のいていくぞ!)

 

 死んだ後の這い上がりによって、リーシャの耐久力が減れば、衰弱に抗う力すら失われていく。

 そこから彼女が、また歩み始めるのは非常に困難となるだろう。

 

 だが、そんな俺の言葉にも、リーシャは力なく首を横に振る。

 

 彼女だって、そんな事は分かっているのだ。

 それでも希望の失われた状態で、メシェーラの脅威に晒され続ける彼女に、

 最早、戦う気力は残されていなかった。

 

(まだ、メイドが持ってくるアレがあれば、何とかなる可能性は「お嬢様、只今戻りました!」

 

 何度目になるか分からない、慰みの言葉を投げかけようとしたその時。

 帰還したメイドの聞いた事のないような大声が、館中に響き渡った。

 

 程なく、彼女の走る音が廊下へと響き渡る。

 そして勢いよく開け放たれたドア、その先の表情を見れば、

 彼女が目的の物を手に入れられた事は、容易に伝わった。

 

「お嬢様、こちらが願いの杖です。

 影響があるかは分かりませんが、祝福も行って参りました」

 

 そういって、メイドは取り出した杖を、ゆっくりとリーシャに握らせる。

 受け取ったリーシャは、3日ぶりに会えたメイドの姿に安心した顔を見せた後、

 ただ静かに、「ありがとう」と言った。

 

 

 正真正銘、これがリーシャからメシェーラを切り離す、最後の砦だ。

 これ以外に、そしてこれ以上の手段を、俺も、この場の誰も思いつきはしない。

 

 思いついたとしても、実行は困難だろう。

 この願いの杖を手に入れるのに、資産の多くを売り払った。

 

 リーシャが戦うことも出来ない今の状況では、

 新たな手段を模索するほど、金銭的な余裕はない。

 

 

 人の手に余るこの難事を、神に縋り解決を祈る。

 最早俺達には、それしか残されてはいないのだ。

 

 杖を握る、リーシャの手が震える。

 

 正しく奇跡をもたらすこの杖ならば、メシェーラを取り除けるかもしれない希望と。

 もしも願いの杖でも失敗したならば、もう自分に打つ手段はないという恐怖。

 

 その二つが、彼女の中でせめぎ合っている。

 

 俺もメイドも、リーシャに寄り添う事しかできない。

 俺はただ、強く握ってくるリーシャの左手に、自分の鼓動を伝え、

 メイドは、願いの杖を握る彼女の右手を、両手で包み込むように握る。

 

 どれだけの時間が経ったか、数瞬のようにも何分も経ったようにも感じる。

 

 意を決したリーシャは、いよいよ願いの杖を振った。

 

 

 

 俺が初めて出会ったあの時と同じで、前触れはなかった。

 

 整った顔立ち、水面のように靡く美しい金髪、

 シミ一つ見えない純白のローブ、そして心なしか見える、彼女の周りを覆う薄く白い光。

 

 間違いなく彼女は、俺をこの世界へと転生させた、願いの女神だ。

 

「何を望む?」

 

 願いの女神は、あの時と同じ内容をリーシャへと問いかける。

 

 暫くの沈黙が続く、リーシャは一層強く俺の事を握った。

 そして、予め3人で打ち合わせた、願いの内容を伝える。

 

「……私の身体から、メシェーラを取り除いて頂戴」

 

 その言葉を聞いた願いの女神は、

 

「その願いは、私の力を超えているわ」

 

 フルフルと、首を横に振った。

 

 呆然とするリーシャに対して、願いの女神は言葉を重ねる。

 

「神の力をもってしても、人とメシェーラを切り離すことは出来ない。

 顔を元に戻すことも不可能よ、すぐに下から食い破られてしまうから」

 

 詳しく説明してくれるのは、願いを叶えられない際のサービスなのだろうか。

 ゲームじゃなくて現実だからか、嫌に丁寧になったじゃないか。

 俺の時は、問答無用でトラック転生させたくせに。

 

 そんな、現実逃避じみた思考ばかりが、俺の中でぐるぐると回る。

 それでも、願いの女神は言葉を止める事はなかった。

 

「私にできるのは、苦痛を和らげる事だけ」

 

 そう言って、願いの女神はリーシャへと手をかざす。

 溢れ出た白い光が、リーシャと俺の視界を塗りつぶしたかと思うと、

 光が消えた頃には、願いの女神の姿もなくなっていた。

 

 

 リーシャがゆっくりと、部屋の隅に追いやられた姿見へと視線を移す。

 そんなリーシャから、視線をそらすかのように、メイドは目を伏せた。

 

 リーシャの顔は、今までと変わらず、メシェーラによって蝕まれたままだった。

 

 

 

「ふざけるんじゃ……」

 

 わなわなと、願いの杖を握る手が震える。

 

「ふざけるんじゃないわよ!」

 

 リーシャはそう叫ぶと、願いの杖を壁へと叩きつけた。

 激しくぶつかる音と共に、バキリと杖が真っ二つに折れる。

 

 それでも足りないのか、リーシャは勢いのまま折れた杖に迫ると、

 何度も何度も、その足を振り下ろした。

 

「こんな、この程度で、何が願いの女神!

 私は、私はっっ!!!」

 

 リーシャの足元で、杖の残骸が粉々になっていく。

 そんな彼女に、俺もリーシャも何も言うことが出来なかった。

 

 

 

 3分は、そうしていただろうか。

 疲労したリーシャは、その場で座り込んでしまう。

 

 今までの様子からすれば、十分に動けた方であろう。

 

 激情で、一時的に気力が湧いたのもあるだろうが、

 やはり願いの女神が言った、苦痛を和らげるというのが効いたのだろうか。

 

 あまり良いと言えるほどの成果ではないが、

 今のリーシャは、暫くぶりに力に溢れているように見えた。

 

 それでも、最後の希望を断たれたのは、余りにも大きかったようだ。

 

「私に、どうしろって言うのよ……」

 

 そう呟くリーシャの目尻から、溢れた涙が頬を伝い、ポタポタと俺の柄へ滴った。

 

 

 再び訪れた暫くの沈黙の後で、メイドが静かに声を上げる。

 

「また、英雄を目指すわけには、いかないのでしょうか」

 

 メイドの言葉に、リーシャは鋭く睨むことで返す。

 それでも、メイドは言葉を止める事はなかった。

 

「お嬢様が幼い頃におっしゃった、美しい戦士にはなれないかもしれません。

 しかし、それで全ての道が断たれた訳ではないはずです。

 顔は何かを被れば何とかなります。お嬢様の器量があれば、それでも英雄として……」

「この私に、妥協をしろと言うの!?

 顔を隠してコソコソと、偽りの栄光を手に入れろと!」

「いえ、お嬢様の持つ力は偽物などではありません。

 まごう事のない、誇るべき力のはずです」

「だとしても、顔を隠すことで得た栄光なんて……」

 

 メイドとリーシャが口論を交わすが、俺は別に気になる事があった。

 

(すまない、リーシャ。

 メイドにも俺の声が届くように、彼女の手にも握らせて貰っていいか?)

 

 そう言って、リーシャとメイドの両方が、俺の声を聞けるようにする。

 

(水を差すようで悪いが、そもそも冒険者に戻り、英雄を目指す事がリスクかもしれん。

 ヴァリウスはリーシャの事を、希望の象徴になり得ると言っていた。

 奴にとって、その認識は恐らく今でも変わっていないはずだ)

 

 二人は、黙って俺の話を聞いている。

 

(なら、冒険者として再び名が広まった時に、奴がどうするか。

 俺ならば、その素顔を衆目に晒させる事で、予めその名声を地に落としておく。

 そうすれば、リーシャが反ヴァリウスの旗頭になる事は、困難になるからだ)

「冒険者としての活動を再開すれば、ヴァリウスの手の者に街中で襲われる可能性が高い。

 そういう事ですか?<<永遠の孤独>>様」

(そうだ。そして、街中で今の顔を見られることは、リーシャにとって耐えられないだろう)

 

 そう言ってリーシャの顔を伺うと、彼女はゆっくりと首を縦にふる。

 

(ヴァリウスが表舞台に居るのは、ゲームでは5年から10年程度。

 その間リーシャは、目立たないように立ち回る事が求められると思う)

 

 リーシャは、冒険者をする事が危険だと聞いて、明らかに気落ちしていた。

 口ではメイドに反発していたが、やはり未練があったのだろう。

 

 それでも、衆目の中でヴァリウスによって辱められ、傷つくリーシャを見たくはなかった。

 醜い容姿を持つ者に対して、この世界の住人がどのように当たるのか。

 俺はそれを、オーディから何度も何度も聞いてきた。

 

「しかし、ならばどうすれば……」

 

 メイドの呟きに、言葉を返せる者は誰もいない。

 荒れ果てた部屋の中、沈黙と共に時間だけが過ぎ去っていく。

 

 

 

「イヤ……」

 

 不意に、リーシャが口を開く。

 最初はボヤくようだったその言葉は、

 次に口を開いたときには溢れ出し、もはや止まらなかった。

 

「イヤよ!こんな一瞬で、私の道は閉ざされるっていうの!?

 まだ、私は……まだ私は!」

 

 一瞬、息を詰まらせたリーシャは、抱え込んでいた鬱屈を一息に吐き出す。

 

「だってまだ私は、何も成し遂げられてない!

 私は、私はキレイで、強くて、誰よりもカッコ良くて、

 皆が、そう、皆が認めてくれる、一番の英雄になるの!

 町に行けば、誰もが私を褒め称える!

 親は子供に、私の英雄譚を読み聞かせる!

 皆、皆が、私の事を知っている世界で、私は!」

 

 子供の癇癪のような、剥き出しのリーシャの願望。

 だが、最早それを()()()実現させることは、出来ない。

 ヴァリウスがそれを許さず、奴が失脚する頃にはリーシャの全盛期は過ぎるだろう。

 

 もしも、彼女の願望を実現させるとしたら、それは……。

 

 考え込んでいた俺を別に、消沈したリーシャが、またポツリと話し出す。

 

「感覚が、鈍いのよ。

 願いの女神の力で、確かに私の痛みは鈍くなった。

 でもその代わり、今まで程に体の感覚が掴めないの」

 

「それなのに、痛みも完全に消えたわけじゃない。

 どうしたって、今までよりも集中力は落ちるわ。

 誰にも知られないようネフィアに潜った所で、これまで通りには戦えない」

 

「この顔じゃあ、マトモな職についてやっていく事だって、出来る訳もない。

 顔を隠しているような相手を、わざわざ雇う店なんて無いでしょう」

 

「なら、今までは見向きもしなかったような低級ネフィアを、

 日銭を稼ぐために漁るしかないでしょうね。

 毎夜、この顔の痛みに魘されながら」

 

「……イヤよ、そんな惨めな生活は……」

 

 そう言ってリーシャは、また俯いて口をつぐむ。

 そんな彼女に、メイドが発起して声をかける。

 

「それでも私は、お嬢様に生きて欲しいのです。

 お嬢様にも先立たれてしまえば、私にはもう存在価値はない。

 これから私は、どうやって生きて行けば良いのですか」

 

 そんなメイドの悲痛な言葉にも、リーシャの顔を上げる事はない。

 長年連れ添った彼女でも、リーシャの絶望を晴らすには足りないのだろう。

 

 もう彼女に、希望と呼べるものは残っていない。

 

 

 なら、俺は彼女に希望を作りたい。

 

 

(もう苦しみに耐えられないというなら、埋まると言うのも手だろう。

 リーシャがそう望むのなら、俺は止める事はしない)

「<<永遠の孤独>>様!?何を仰るのですか!」

 

 俺の言葉に、メイドが驚いてこちらへと詰める。

 同じ、一つの主に使える決めた身として、

 リーシャに、それでも生きる事を望んでいる、と思っていたのだろう。

 

 リーシャは、ゆっくりと此方を見やる。

 

「私に、逃げろって?好きな様にやられて、おめおめと尻尾を巻け、と」

(ああそうだな。失意の中で、リーシャという英雄は命を落とすことになるだろう)

 

 しかし、希望はまだ失われてはいない、と俺は信じる。

 彼女と言う存在を、引き継ぐものが居るのならば。

 

(だから、俺が伝説になろう。お前と、一緒に)

 

 その言葉を聞いて、リーシャは何かを感じ取った様に、少し目を見開いた。

 

(俺が剣である以上、いつかは他の誰かに握られる日が来る。

 でも今なら、その相手として選べるかもしれない奴がいる)

「その相手というのは、誰だと?」

(ゲームだったこの世界の、主人公だ)

 

 メイドの質問に、俺はハッキリと答えを返す。

 

(実を言うと、俺もソイツが何を成し遂げるのかまでは知らない。

 だがそれでも、メシェーラに飲まれ滅びる筈のこの世界を、きっと救うんだろう。

 そして俺と言う剣にはきっと、その旅路を共に歩み切れるだけの力が備わっている)

 

 無言で、俺の言葉を聞くリーシャ。

 メイドも何か言いたげだが、それでも今は堪えて、話を聞いてくれている。

 

(この世界がメシェーラの脅威を乗り越えた後、

 俺はその立役者の一人として、名を残して見せる。

 世に二つとない特徴を持つ、世界を救った魔剣としてな)

(そうなったら、次の持ち主にも、そのまた次の持ち主にも、言い聞かせてやるのさ。

『世界を救った俺の持ち手は中々だったが、主としては二番目だ。

 一番は誰かって?美しくて気高い、最強のお姫様(プリンセス)だ』

 ってな)

 

 その時は、モリモリに内容を盛ってやるとしよう。

 推しの良い所は、どれだけ盛っても良いと法で定められている。

 

(メイドさん、アンタは我が主の墓とこの家を守って、

 観光に来た相手に、主の話を聞かせる役なんてどうだ?

 なんせ、俺は持ち主一人としか話せないからな。

 より多くの人間に布教活動をするために、人員は多い方が良い)

 

 リーシャとメイドは、何も言葉を返してこない。

 だが、その目にはさっきまでと比べ物にならない程、生気を宿したように見える。

 

 程なくしてリーシャは目をつぶって、力を抜くようにゆっくりと息を吐く。

 そして開かれた目には微かに、いつもの尊大さが宿っていた。

 

「やるからには、妥協は許されないわよ?この私の英雄譚を作ろうって言うんだもの。

 少なくとも、ベストセラーの伝記が出るのは大前提。

 子供が私に憧れるよう、絵本にも力を入れて貰わなくちゃ」

(ああ、任せろ)

 リーシャの手が俺を握る力は、まだ明らかに弱弱しい。

 それでも気丈に振る舞う彼女の姿を見れただけで、俺は救われたように感じた。

 

 そのままリーシャは、不安そうな顔を浮かべるメイドの方を向く。

 

「メイド、私の剣(永遠の孤独)の言うとおりにすれば、

 長い寿命を持つゴーレムのあなたを、一人で残すことになる。

 それを承知で言わせてもらうわ。

 私が英雄になれるよう、協力してちょうだい」

「お嬢様、私は……」

「お願いメイド。

 あなたにしか頼めない。……いいえ」

 

 リーシャは小さく首を振り、改めてメイドへと顔を向ける。

 

「あなたに、頼みたいの」

 

 真っ直ぐにメイドを見つめるリーシャに、彼女も断念したようだ。

 

 僅かな時を置いて『分かりました』と一言、しかしハッキリとした決意を露わにする。

 それを見てリーシャは、安心したような笑みを溢した。

 

「ありがとう、メイド。

 あなたにはいつも、甘えてばっかりね」

「お嬢様からそのような言葉が出るとは、思ってもいませんでした。

 いつも強情でなく、それくらい素直だとよいのですが」

 

 いつになく柔らかい表情のリーシャに、メイドも肩の力が抜けたようだ。

 リーシャから出た感謝の言葉に、戯れを交えて返す。

 

「私はいつだって自分に正直よ?

 さて、それじゃあ私の剣(永遠の孤独)、改めてお願いするわ。

 私の代わりに、この世界に『鮮血プリンセス』リーシャの名を、遺して」

「<<永遠の孤独>>様、私からも改めて。

 お嬢様の願いを、受け継いでくださいますよう」

(ああ、任された)

 

 そう言うと、リーシャはフフンと格好つけた様子で、俺を天へと向ける。

 

「約束よ、信じてるからね」

 

 勿論だ、裏切るつもりは無い。




ここまでご覧いただき、ありがとうございます。

この後、暫くしたら最終話、兼エピローグを投稿予定です。
お付き合いいただければ幸いでございます。
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