「っっああああぁぁぁあああああああ!!!」
リーシャが苦しみに喘ぐ声が、部屋中に響き渡る。
ポート・カプールで敗走し、拠点で這い上がってから一週間。
我が主、リーシャが安らかに眠れる日は、一度たりとも無かった。
原因は勿論、彼女の頭部を蝕んでいるメシェーラだ。
奴らはリーシャの顔、その6割以上を侵蝕しており、
もはや悪意すら感じる程の苦痛を、
何の慰みにもならないが、6割の侵蝕で済んだのは、
這い上がって直ぐに、エーテルの装備を引っ張り出して身に付けたからだ。
奴らもエーテルの影響下では、それ以上の成長が出来ないらしい。
だが、既にメシェーラに置き換わられた部分は、元に戻ることが無かった。
勿論、この一週間の間で、色々と治す手段がないかを試してはみた。
最初に頼ったのは、変異治療のポーションだ。
だが、いくら飲んでもメシェーラは一切の変化を見せる事はない。
次に試したのは、患部の切除だ。
鋭い刃物、今回は俺を用いて、リーシャの肉ごとメシェーラを切り落とす。
これは、いくら苦痛に強いelona世界の人間とは言え、耐え切れる訳もない痛みだ。
肉体を抉り出し続けるのだから、当然とも言える。
俺も神経属性を用いて、痛みをマヒさせるよう努めたが焼け石に水だ。
それでも、動けないよう拘束されたリーシャの叫び声から耳を背け。
俺を握ったメイドは、その作業をやり遂げた。
無駄だった。
メシェーラに侵された肉体は、既にそれが正常な物として認識されていた。
苦行に耐えきれず、切除と同時に息絶えたリーシャが這い上がった時、
その顔には当然のように、メシェーラが元の姿で蠢いていた。
それを鏡で見たリーシャの狂乱は、凄まじかった。
切除に伴った激しい痛みと、今も蠢くメシェーラが苛む絶え間ない痛み。
そして、この存在を顔に宿したまま、これから生きていかなければならないのかと言う、恐怖。
どちらも、まともな人間が抱え込める物ではないだろう。
激情のままに俺を振り回した彼女によって、部屋のあらゆる物が破壊された。
嵐が過ぎたかのように、全てが薙ぎ倒された部屋の中。
リーシャは、そのまま倒れ込み気絶する。
そんな彼女をメイドが抱え上げてベッドへ運び、
拠点で這い上がってから、その時に初めて、リーシャはまともに休息をとったのだった。
休息の時間も、長くは続かない。
2時間もすると、蠢くメシェーラの苦痛に苛まれたリーシャは、意識を覚醒させられる。
何とか症状を和らげられないかと、思いつくものは全て試した。
肉体復活のポーション、精神復活のポーション。
祝福されたエーテル抗体のポーション、呪われたエーテル抗体のポーション。
*解呪*の巻物、全浄化の巻物、変化の杖。
しかし、どれも効果を見せる事はなかった。
最初は『必ず治し、ヴァリウスに報復をしてやる』と叫んでいたリーシャも、
時が経つにつれて陰りを見せていく。
4日が過ぎ、館とルミエストで手に入る物を全て試し終えた時。
リーシャは、かつての野望に溢れた姿とはかけ離れ、抜け殻の様に部屋に籠っていた。
それでも、まだ俺とメイドは諦めていない。
リーシャこそが、俺たち
諦められるハズもなかった。
家財を売り払い、出来る限りの金額を捻出する。
その金を持って、メイドはある物を仕入れに行った。
その間は俺がリーシャの近くに居たのだが、彼女はかつてない程に弱っていた。
メシェーラに侵されてからずっと、側で献身的に支えてくれた、幼い頃からの従者。
その精神的主柱を失ったことで、これまで抑えてきた不安が噴出したのだろう。
このまま、メイドは自分を見捨てて、何処かへ行くのではないか。
そんないつもの彼女とはかけ離れた、後ろ向きな事ばかりを口に出す。
俺はその度に、
(決してそんな訳はない)
(メイドも俺も、リーシャが諦めない限り、側で支え続ける事を約束する)
と、痛みに魘される彼女の横で励まし続けた。
勝手な推測かもしれないが、恐らく彼女の中では、自分の価値が失われているのだ。
今までのリーシャは、いつも『美しい英雄』という理想に向かって生きるのが、全てだった。
しかし、彼女の顔に憑りついた忌まわしいメシェーラによって、
その理想は、無残にも汚されている。
これまで理想の自分だけを目指し、その実現の為に生きてきたリーシャは、
今の惨めな自分が、受け入れられないのだろう。
勿論、リーシャが持っているのは、その美貌だけではない。
俺はリーシャの持つ、生きた武器を扱う才能がある限り、
何があろうと彼女を主と認め、付き従い続けるだろう。
そして、メイドにとっては、彼女がもつ血統こそが付き従う理由だ。
どちらも、彼女がメシェーラに侵されていようと、揺らぐことはない。
だがそんな事は、常にメシェーラからの苦痛に苛まれ、
まともな思考を保てないリーシャにとって、関係はない。
ただ、自分で自分を受け入れられない事実によって、
他人からすらも、受け入れて貰えないと、感じてしまっているのだ。
そして、這い上がりから一週間が経った今。
痛みでマトモに寝れない睡眠不足と、不安に苛まれ続けたストレスによって、
リーシャは最早、ベッドから起き上がれない程に衰弱していた。
(我が主、何とか杖でモンスターを召喚して、俺を突き刺してくれ。
そうすれば、俺が体力を吸い上げて、なんとかそちらへ還元する)
「無理よ……。まだ起き上がれた頃でも、まともに剣が振るえなかったもの。
今の私に、そんな事を出来る力は残っていないわ」
(しかし、このままでは栄養失調で死んでしまう。
そうなれば、今以上に我が主の力が失われ、再起から遠のいていくぞ!)
死んだ後の這い上がりによって、リーシャの耐久力が減れば、衰弱に抗う力すら失われていく。
そこから彼女が、また歩み始めるのは非常に困難となるだろう。
だが、そんな俺の言葉にも、リーシャは力なく首を横に振る。
彼女だって、そんな事は分かっているのだ。
それでも希望の失われた状態で、メシェーラの脅威に晒され続ける彼女に、
最早、戦う気力は残されていなかった。
(まだ、メイドが持ってくるアレがあれば、何とかなる可能性は「お嬢様、只今戻りました!」
何度目になるか分からない、慰みの言葉を投げかけようとしたその時。
帰還したメイドの聞いた事のないような大声が、館中に響き渡った。
程なく、彼女の走る音が廊下へと響き渡る。
そして勢いよく開け放たれたドア、その先の表情を見れば、
彼女が目的の物を手に入れられた事は、容易に伝わった。
「お嬢様、こちらが願いの杖です。
影響があるかは分かりませんが、祝福も行って参りました」
そういって、メイドは取り出した杖を、ゆっくりとリーシャに握らせる。
受け取ったリーシャは、3日ぶりに会えたメイドの姿に安心した顔を見せた後、
ただ静かに、「ありがとう」と言った。
正真正銘、これがリーシャからメシェーラを切り離す、最後の砦だ。
これ以外に、そしてこれ以上の手段を、俺も、この場の誰も思いつきはしない。
思いついたとしても、実行は困難だろう。
この願いの杖を手に入れるのに、資産の多くを売り払った。
リーシャが戦うことも出来ない今の状況では、
新たな手段を模索するほど、金銭的な余裕はない。
人の手に余るこの難事を、神に縋り解決を祈る。
最早俺達には、それしか残されてはいないのだ。
杖を握る、リーシャの手が震える。
正しく奇跡をもたらすこの杖ならば、メシェーラを取り除けるかもしれない希望と。
もしも願いの杖でも失敗したならば、もう自分に打つ手段はないという恐怖。
その二つが、彼女の中でせめぎ合っている。
俺もメイドも、リーシャに寄り添う事しかできない。
俺はただ、強く握ってくるリーシャの左手に、自分の鼓動を伝え、
メイドは、願いの杖を握る彼女の右手を、両手で包み込むように握る。
どれだけの時間が経ったか、数瞬のようにも何分も経ったようにも感じる。
意を決したリーシャは、いよいよ願いの杖を振った。
俺が初めて出会ったあの時と同じで、前触れはなかった。
整った顔立ち、水面のように靡く美しい金髪、
シミ一つ見えない純白のローブ、そして心なしか見える、彼女の周りを覆う薄く白い光。
間違いなく彼女は、俺をこの世界へと転生させた、願いの女神だ。
「何を望む?」
願いの女神は、あの時と同じ内容をリーシャへと問いかける。
暫くの沈黙が続く、リーシャは一層強く俺の事を握った。
そして、予め3人で打ち合わせた、願いの内容を伝える。
「……私の身体から、メシェーラを取り除いて頂戴」
その言葉を聞いた願いの女神は、
「その願いは、私の力を超えているわ」
フルフルと、首を横に振った。
呆然とするリーシャに対して、願いの女神は言葉を重ねる。
「神の力をもってしても、人とメシェーラを切り離すことは出来ない。
顔を元に戻すことも不可能よ、すぐに下から食い破られてしまうから」
詳しく説明してくれるのは、願いを叶えられない際のサービスなのだろうか。
ゲームじゃなくて現実だからか、嫌に丁寧になったじゃないか。
俺の時は、問答無用でトラック転生させたくせに。
そんな、現実逃避じみた思考ばかりが、俺の中でぐるぐると回る。
それでも、願いの女神は言葉を止める事はなかった。
「私にできるのは、苦痛を和らげる事だけ」
そう言って、願いの女神はリーシャへと手をかざす。
溢れ出た白い光が、リーシャと俺の視界を塗りつぶしたかと思うと、
光が消えた頃には、願いの女神の姿もなくなっていた。
リーシャがゆっくりと、部屋の隅に追いやられた姿見へと視線を移す。
そんなリーシャから、視線をそらすかのように、メイドは目を伏せた。
リーシャの顔は、今までと変わらず、メシェーラによって蝕まれたままだった。
「ふざけるんじゃ……」
わなわなと、願いの杖を握る手が震える。
「ふざけるんじゃないわよ!」
リーシャはそう叫ぶと、願いの杖を壁へと叩きつけた。
激しくぶつかる音と共に、バキリと杖が真っ二つに折れる。
それでも足りないのか、リーシャは勢いのまま折れた杖に迫ると、
何度も何度も、その足を振り下ろした。
「こんな、この程度で、何が願いの女神!
私は、私はっっ!!!」
リーシャの足元で、杖の残骸が粉々になっていく。
そんな彼女に、俺もリーシャも何も言うことが出来なかった。
3分は、そうしていただろうか。
疲労したリーシャは、その場で座り込んでしまう。
今までの様子からすれば、十分に動けた方であろう。
激情で、一時的に気力が湧いたのもあるだろうが、
やはり願いの女神が言った、苦痛を和らげるというのが効いたのだろうか。
あまり良いと言えるほどの成果ではないが、
今のリーシャは、暫くぶりに力に溢れているように見えた。
それでも、最後の希望を断たれたのは、余りにも大きかったようだ。
「私に、どうしろって言うのよ……」
そう呟くリーシャの目尻から、溢れた涙が頬を伝い、ポタポタと俺の柄へ滴った。
再び訪れた暫くの沈黙の後で、メイドが静かに声を上げる。
「また、英雄を目指すわけには、いかないのでしょうか」
メイドの言葉に、リーシャは鋭く睨むことで返す。
それでも、メイドは言葉を止める事はなかった。
「お嬢様が幼い頃におっしゃった、美しい戦士にはなれないかもしれません。
しかし、それで全ての道が断たれた訳ではないはずです。
顔は何かを被れば何とかなります。お嬢様の器量があれば、それでも英雄として……」
「この私に、妥協をしろと言うの!?
顔を隠してコソコソと、偽りの栄光を手に入れろと!」
「いえ、お嬢様の持つ力は偽物などではありません。
まごう事のない、誇るべき力のはずです」
「だとしても、顔を隠すことで得た栄光なんて……」
メイドとリーシャが口論を交わすが、俺は別に気になる事があった。
(すまない、リーシャ。
メイドにも俺の声が届くように、彼女の手にも握らせて貰っていいか?)
そう言って、リーシャとメイドの両方が、俺の声を聞けるようにする。
(水を差すようで悪いが、そもそも冒険者に戻り、英雄を目指す事がリスクかもしれん。
ヴァリウスはリーシャの事を、希望の象徴になり得ると言っていた。
奴にとって、その認識は恐らく今でも変わっていないはずだ)
二人は、黙って俺の話を聞いている。
(なら、冒険者として再び名が広まった時に、奴がどうするか。
俺ならば、その素顔を衆目に晒させる事で、予めその名声を地に落としておく。
そうすれば、リーシャが反ヴァリウスの旗頭になる事は、困難になるからだ)
「冒険者としての活動を再開すれば、ヴァリウスの手の者に街中で襲われる可能性が高い。
そういう事ですか?<<永遠の孤独>>様」
(そうだ。そして、街中で今の顔を見られることは、リーシャにとって耐えられないだろう)
そう言ってリーシャの顔を伺うと、彼女はゆっくりと首を縦にふる。
(ヴァリウスが表舞台に居るのは、ゲームでは5年から10年程度。
その間リーシャは、目立たないように立ち回る事が求められると思う)
リーシャは、冒険者をする事が危険だと聞いて、明らかに気落ちしていた。
口ではメイドに反発していたが、やはり未練があったのだろう。
それでも、衆目の中でヴァリウスによって辱められ、傷つくリーシャを見たくはなかった。
醜い容姿を持つ者に対して、この世界の住人がどのように当たるのか。
俺はそれを、オーディから何度も何度も聞いてきた。
「しかし、ならばどうすれば……」
メイドの呟きに、言葉を返せる者は誰もいない。
荒れ果てた部屋の中、沈黙と共に時間だけが過ぎ去っていく。
「イヤ……」
不意に、リーシャが口を開く。
最初はボヤくようだったその言葉は、
次に口を開いたときには溢れ出し、もはや止まらなかった。
「イヤよ!こんな一瞬で、私の道は閉ざされるっていうの!?
まだ、私は……まだ私は!」
一瞬、息を詰まらせたリーシャは、抱え込んでいた鬱屈を一息に吐き出す。
「だってまだ私は、何も成し遂げられてない!
私は、私はキレイで、強くて、誰よりもカッコ良くて、
皆が、そう、皆が認めてくれる、一番の英雄になるの!
町に行けば、誰もが私を褒め称える!
親は子供に、私の英雄譚を読み聞かせる!
皆、皆が、私の事を知っている世界で、私は!」
子供の癇癪のような、剥き出しのリーシャの願望。
だが、最早それを
ヴァリウスがそれを許さず、奴が失脚する頃にはリーシャの全盛期は過ぎるだろう。
もしも、彼女の願望を実現させるとしたら、それは……。
考え込んでいた俺を別に、消沈したリーシャが、またポツリと話し出す。
「感覚が、鈍いのよ。
願いの女神の力で、確かに私の痛みは鈍くなった。
でもその代わり、今まで程に体の感覚が掴めないの」
「それなのに、痛みも完全に消えたわけじゃない。
どうしたって、今までよりも集中力は落ちるわ。
誰にも知られないようネフィアに潜った所で、これまで通りには戦えない」
「この顔じゃあ、マトモな職についてやっていく事だって、出来る訳もない。
顔を隠しているような相手を、わざわざ雇う店なんて無いでしょう」
「なら、今までは見向きもしなかったような低級ネフィアを、
日銭を稼ぐために漁るしかないでしょうね。
毎夜、この顔の痛みに魘されながら」
「……イヤよ、そんな惨めな生活は……」
そう言ってリーシャは、また俯いて口をつぐむ。
そんな彼女に、メイドが発起して声をかける。
「それでも私は、お嬢様に生きて欲しいのです。
お嬢様にも先立たれてしまえば、私にはもう存在価値はない。
これから私は、どうやって生きて行けば良いのですか」
そんなメイドの悲痛な言葉にも、リーシャの顔を上げる事はない。
長年連れ添った彼女でも、リーシャの絶望を晴らすには足りないのだろう。
もう彼女に、希望と呼べるものは残っていない。
なら、俺は彼女に希望を作りたい。
(もう苦しみに耐えられないというなら、埋まると言うのも手だろう。
リーシャがそう望むのなら、俺は止める事はしない)
「<<永遠の孤独>>様!?何を仰るのですか!」
俺の言葉に、メイドが驚いてこちらへと詰める。
同じ、一つの主に使える決めた身として、
リーシャに、それでも生きる事を望んでいる、と思っていたのだろう。
リーシャは、ゆっくりと此方を見やる。
「私に、逃げろって?好きな様にやられて、おめおめと尻尾を巻け、と」
(ああそうだな。失意の中で、リーシャという英雄は命を落とすことになるだろう)
しかし、希望はまだ失われてはいない、と俺は信じる。
彼女と言う存在を、引き継ぐものが居るのならば。
(だから、俺が伝説になろう。お前と、一緒に)
その言葉を聞いて、リーシャは何かを感じ取った様に、少し目を見開いた。
(俺が剣である以上、いつかは他の誰かに握られる日が来る。
でも今なら、その相手として選べるかもしれない奴がいる)
「その相手というのは、誰だと?」
(ゲームだったこの世界の、主人公だ)
メイドの質問に、俺はハッキリと答えを返す。
(実を言うと、俺もソイツが何を成し遂げるのかまでは知らない。
だがそれでも、メシェーラに飲まれ滅びる筈のこの世界を、きっと救うんだろう。
そして俺と言う剣にはきっと、その旅路を共に歩み切れるだけの力が備わっている)
無言で、俺の言葉を聞くリーシャ。
メイドも何か言いたげだが、それでも今は堪えて、話を聞いてくれている。
(この世界がメシェーラの脅威を乗り越えた後、
俺はその立役者の一人として、名を残して見せる。
世に二つとない特徴を持つ、世界を救った魔剣としてな)
(そうなったら、次の持ち主にも、そのまた次の持ち主にも、言い聞かせてやるのさ。
『世界を救った俺の持ち手は中々だったが、主としては二番目だ。
一番は誰かって?美しくて気高い、最強の
ってな)
その時は、モリモリに内容を盛ってやるとしよう。
推しの良い所は、どれだけ盛っても良いと法で定められている。
(メイドさん、アンタは我が主の墓とこの家を守って、
観光に来た相手に、主の話を聞かせる役なんてどうだ?
なんせ、俺は持ち主一人としか話せないからな。
より多くの人間に布教活動をするために、人員は多い方が良い)
リーシャとメイドは、何も言葉を返してこない。
だが、その目にはさっきまでと比べ物にならない程、生気を宿したように見える。
程なくしてリーシャは目をつぶって、力を抜くようにゆっくりと息を吐く。
そして開かれた目には微かに、いつもの尊大さが宿っていた。
「やるからには、妥協は許されないわよ?この私の英雄譚を作ろうって言うんだもの。
少なくとも、ベストセラーの伝記が出るのは大前提。
子供が私に憧れるよう、絵本にも力を入れて貰わなくちゃ」
(ああ、任せろ)
リーシャの手が俺を握る力は、まだ明らかに弱弱しい。
それでも気丈に振る舞う彼女の姿を見れただけで、俺は救われたように感じた。
そのままリーシャは、不安そうな顔を浮かべるメイドの方を向く。
「メイド、
長い寿命を持つゴーレムのあなたを、一人で残すことになる。
それを承知で言わせてもらうわ。
私が英雄になれるよう、協力してちょうだい」
「お嬢様、私は……」
「お願いメイド。
あなたにしか頼めない。……いいえ」
リーシャは小さく首を振り、改めてメイドへと顔を向ける。
「あなたに、頼みたいの」
真っ直ぐにメイドを見つめるリーシャに、彼女も断念したようだ。
僅かな時を置いて『分かりました』と一言、しかしハッキリとした決意を露わにする。
それを見てリーシャは、安心したような笑みを溢した。
「ありがとう、メイド。
あなたにはいつも、甘えてばっかりね」
「お嬢様からそのような言葉が出るとは、思ってもいませんでした。
いつも強情でなく、それくらい素直だとよいのですが」
いつになく柔らかい表情のリーシャに、メイドも肩の力が抜けたようだ。
リーシャから出た感謝の言葉に、戯れを交えて返す。
「私はいつだって自分に正直よ?
さて、それじゃあ
私の代わりに、この世界に『鮮血プリンセス』リーシャの名を、遺して」
「<<永遠の孤独>>様、私からも改めて。
お嬢様の願いを、受け継いでくださいますよう」
(ああ、任された)
そう言うと、リーシャはフフンと格好つけた様子で、俺を天へと向ける。
「約束よ、信じてるからね」
勿論だ、裏切るつもりは無い。
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
この後、暫くしたら最終話、兼エピローグを投稿予定です。
お付き合いいただければ幸いでございます。