皆様は、elonaの醍醐味といったら何を思い浮かべるだろうか?
プレイヤーの強化、依頼のクリア、メインクエスト等々、様々な答えが返ってくるだろう。
だが、どういうプレイスタイルであれ、まず間違いなく関わってくる一つの要素があるだろう。
すなわちネフィア探索である。
塔、森、洞窟、遺跡、様々な形をした複雑なダンジョン。そこに出てくる様々なモンスター、強力なダンジョンの主、そして玉石混交の戦利品たち、間違いなくelonaの華たる存在であると、俺は自信を持って言える。
さて、という訳でその醍醐味を味わうべく、本日は炭鉱街ヴェルニースの東にある、子犬の洞窟にやってまいりました。
「さあ、ネフィア探索ですよ~。ワクワクしますね!剣さん」
(ああ、だが街の酒場で情報収集した通り、階段を通るたび姿を変えるとのことだ、低レベルのダンジョンだが気を抜くなよ)
「大丈夫です、食料はいっぱい買いこんできましたし、脱出の巻物も用意してあります。迷子になっても安心ですよ」
(そうだとしても、ネフィアに来るのは初めてなんだろう?気を付けるに越したことは無いさ)
「ふふっ、剣さんは心配性ですね。大丈夫ですよ、酒場の皆さんも、駆け出し冒険者でも安心のネフィアだ、って言ってたじゃないですか」
何故子犬の洞窟に挑むことになったのか、話は簡単だ。
いつものように依頼を終えた後、オーディが
「自信がついてきたから、ネフィア探索にも挑戦してみたいです!」
と、言い出したのだ。
なんでも『冒険者と言えばネフィア探索!ネフィアを潜ってお宝を探して、一攫千金を夢見ないならば冒険者とは呼べない!』というのがこの業界の常識らしい。
命が軽いelonaの世界らしい、なんとも冒険心にあふれた人々である。
で、ご多分に漏れずネフィアの探索に憧れを持っていたオーディだが、今迄はその貧弱な能力からネフィアには潜れずにいた。
それが俺と戦うようになってから、急速に成長を実感できるようになってきたので、念願のネフィア潜りに挑戦したい、という訳だ。
俺としても、ダンジョン探索という、夢あふれる行為に心惹かれないわけではない。
だが、やはり元現代日本人として、いきなりあんまり危ないことするのもどうなの?という感覚もあった。
そこで出てくるのが、子犬の洞窟だ。elonaでも初心者の為に作られたようなあの洞窟なら、オーディにも問題なく探索できるだろうと思った俺は、最初に行くネフィアをそこにすることにした。
とは言え、転生剣としての記憶があることを明かしていない俺が、いきなり子犬の洞窟について情報を出すことはできない。それに、ゲームと現実の間で、差異がある可能性もある以上、子犬の洞窟についての情報も必要だろう。
そう考えた俺が取った方法はこうだ。
まず、首都であるパルミア付近のネフィアは、既に他の冒険者が探索済みの可能性もあるからといって、ヴェルニースに行くことを勧める。
そして、ヴェルニースの酒場に居る冒険者や店員に、駆け出し冒険者でも行けそうなネフィアがこの辺りにないか尋ねさせる(ここが大変だった、まだ人を警戒してるオーディに、他人に話しかけさせるのが)。
オーディの魅力、つまり俺の魅力エンチャントによって好意的な冒険者たちから、子犬の洞窟という存在とその場所、そして入るときの注意点などを聞き出す。
こうして、弱いモンスターしか出てこないが、神託の巻物という高価な品がよく見つかり、ダンジョンの地形がすぐ変わることに注意すべきネフィア、子犬の洞窟がこの町の東にある。
この認識を、俺とオーディが共通して持つに至ることができたのだ。
こうなれば、話は早い。俺とオーディで相談して、脱出の巻物などの緊急時の手段を確保したうえで、このネフィアに挑むことが決まった。
そして今、俺達は子犬の洞窟の入り口に立つに至ったのだ。
「えーと、ネフィアの地層判定は、中央ネフィア・レシマスの2階相当、ここが子犬の洞窟で間違いなさそうですね」
(ああ、場所もぴったし、レシマスの地層の特徴と照らし合わせた、難易度判定もバッチシだ。さあ、ネフィアデビューと洒落込もうぜ)
「はい、いざ出陣です!」
いつにも増して気合の入ったオーディが、洞窟の中へと続く階段を降り進む。
洞窟の中は、どこからか漏れ出ている謎の光のおかげで十分明るく、松明が無くてもある程度見通しが利く。
このことについては、予め酒場で情報を得ていたので驚きはなかった。
詳しい事は分かっていないが、前時代の技術の結晶であるネフィアに、周囲を照らす機構が備わっていてもおかしくない、とのこと。
そもそも、ネフィアについて自体よく分かっていないので、『何か知らないけど役に立つなら気にしない』というのが冒険者達のスタンスらしい。
まあなんにせよ、光源があって助かるのは確かだ。存分に利用させてもらうとしよう。
松明なんて持って暗いところを歩いていたら、モンスターに場所を教えているようなものだからな。
「そろそろ階段も終わりですね。剣さん、周りに敵がいないか見てもらえますか?」
(任された、じゃあ下に向けてくれ)
俺の了承を受けて、オーディがしゃがみながら、剣である俺を精一杯、下の方に突き出す。
これは、町で討伐依頼を受けながら編み出した、俺たちなりの索敵方法だ。
小屋に住み着いた、モンスターの退治依頼の時の話だ。小屋に入ったとたん、物影から飛び出したモンスターに襲われ、そのまま死んだことがあった。
こうなった原因は、経験不足からくる索敵能力の低さのせいだろう、と話しあった俺達だが、それは一朝一夕に解決できる問題ではない。
そこで、壁や天井など、物影で視界が届かない場所に踏み込む前に、五感を持っている俺が覗いて、危険の有無を確認することにしたのだ。
生き武器クリアリングを行うようになってから、不意打ちを喰らうことは格段に減った。
流石俺、スーパー転生チートオリ主である。
(よし、確認完了だ。中に誰もいませんよ)
「?えーと、誰もいないんですね。それじゃあ進みましょうか」
そう言ってオーディは階段を降りきる。
ダンジョンはいかにも洞窟といった様子で、全体的に土を固めて壁としており、所々ゴツゴツとした岩肌が露出していた。
余りにもダンジョンらしいダンジョンに、俺もワクワクを禁じ得ない。
これで、一回目の挑戦で気持ちよくお宝ゲットまで行ければ、言うことなしだ。
で、肝心なのはどのように進むのか、なのだが。
「三本に道が枝分かれしてますね、右と左と真ん中、どちらに進みましょうか」
(そうさな、適当に進んでもいいだろうが、こういう時どういう風に進むか決めとくのもいいかもな。迷い辛くなるだろうし)
「うーん、じゃあ左から行ってみましょう、私左利きですし」
そうだったのか、変な所で新事実を発掘してしまった。
1、2分ほど歩いただろうか。
左の道に進んた俺達だが、特に何事もなく奥へと進んでいっている。
洞窟の中は、代わり映えのない土色の風景だけが続き、正直ちょっと飽きてきた。
(なんも起こらんな、モンスターはともかく、宝箱の一つや二つ落ちててもいいと思うんだが)
「私も詳しくはないですけれど、きっとこんなものだと思いますよ。そもそも宝箱があっても、ロックピックもないし開けられないですよ」
(つったって、一本道だから警戒とかするまでもないし、やることないんだよな。早くなんか斬りたいわ)
「私は流石に、モンスターは勘弁願いたいですけどね……。あれ、剣さんあれ巻物じゃないですか?」
(お、どれどれ?)
オーディが指さした所を見てみると、確かにそれはいわゆるスクロールという奴だった。
読み上げることで中に込められた魔法が発動し、呪いを解いたり、武器を強化したりできるという、便利アイテムだ。
さっき話した神託の巻物も、この一種である。
これを読むと、今迄に身の回りで生成された、特別な武器や防具を確認することができる。
中々に高値で取引されるので、当たりアイテムとして認識されている。
後はそうだな、鑑定の巻物とかもあるな。
これは、識別されてない武器や防具を鑑定し、その性能や名前を判断する巻物で……巻物で……?
やっべぇ!鑑定の巻物だったら、俺の名前ばれるかもしれねーじゃねえか!
いや、鑑定くらいだったら、まだ運が良くなければ神器は鑑定できない。
だが、もしこれがレアアイテムである、*鑑定*の巻物だったりしたら、マジで俺の名前バレの危機である。
俺が激ヤバ案件に焦っている内に、オーディは既に巻物を手に取ってしまった。
巻物を見つめるその目は好奇心に満ちており、いつ巻物を読み始めるか知れたものではない。
何としてでも、この窮地を脱しなければ。
「えっと、見たことのない巻物ですね。少なくとも脱出の巻物ではないかな?とりあえず一回読んで、次から識別できるようにしてみましょうか?」
(いやいやいや!巻物ってのは呪われている物もあったりするんだぞ?初めてのネフィア探索なんだから、じっくり腰を据えて挑むべきだろうさ!その巻物は町に戻ってから、魔術師にでも鑑定してもらえばいい)
「うーん、剣さんがそんなに言うなら、やめておいたほうがいいのかもですけど。呪われてたにしても、そんなに危ないんでしょうか?」
(そりゃ危ないっての!アイテムが呪われたり、牢獄にテレポートさせられたりするんだぜ?下手したらそのまま死にかねんさ)
「そうなんですか!?剣さん良く知ってますね、私聞いたことありませんでした」
(あー、酒場で誰かが話してるのを聞いたんだよ。巻物で起きた不幸自慢をしてるやつらがいてな)
「なるほど、剣さんったら情報収集がお上手ですね」
ふう、上手いこと誤魔化せたか。
オーディは俺の言葉を信用したようだ、ひとまず問題は先送りにできた。
なんとかして、俺の名前が<<エターナル・ぼっち>>であることを隠し通しきらねば。
一番は名前の巻物を使うことだろうが、それには何でそれを使う必要があるか、説明する必要がある。
上手い方法を思いつくまでの間は、何としても鑑定の魔の手を避け続けなければならない。
「それじゃあこれは仕舞っておきましょう、神託の巻物だといいなあ。よし!それじゃあ先に進みましょうか」
(ああ、そうだな。そろそろモンスターが出てきてもいいが)
軽口をたたきながら、さらに奥へと進んでいく俺達。
すると、通路の先に小部屋のような小さな空間が見えた。
ここからでは中の様子は詳しくわからないが、期待するだけの価値はあるように思える。
(ふむ、なにかありそうだな。オーディ、俺だけ小部屋に突っ込んでみてくれ)
「了解です」
オーディが小声で答え、俺のことをそろりと差し込んでいく。
小部屋の中では、小柄なゴブリン達が数人、部屋の隅で集まって何やら夢中になっている。
食事か何かをとっているのだろうか?それぞれの身体が陰になって、何をしているのかは分からない。
だが幸いなことに、そのおかげでこちらには気づいていないようだ。
だが、一つだけ厄介なことがあった。
他のゴブリン達に比べ、明らかに一際強そうな個体が、1人混じっているのだ。
変異種という奴だろう、酒場の冒険者に聞いたことがある。前世で言う所の、『』つきの奴だ。
その種族にしては妙に強そうなモンスターがいたら、それは変異種の可能性が高いそうだ。
この世界は、見ただけでなんとなく、敵の強さが分かる謎仕様なので、こういった方法で変異種を見分けているらしい。
「どうですか?剣さん」
(ん、左側に何人か集まってるな、恐らくゴブリンだけだろう。ただ「ゴブリンですね、それなら倒せます!」ちょ、待っ)
変異種らしいのがいるから気を付けろ、と言おうとしたが、その前にオーディは飛び出して行ってしまった。
「テキ!?」
「テキダ!」
「オオキイメスダ!」
突然の敵襲に、敵のゴブリン達は驚いて浮足立った様子だ。慌ててこちらに向き直ってくる。
しかし、浮足立っているのは敵だけでは無い。
思いがけない変異種の登場に、オーディも戸惑ってしまった。
「あ、あれ。何だか敵に一人だけ、大分強そうなのが交じっているんですけど」
(言おうとしたら突っ込んでいったんだ!多分あれが変異種ってやつだろ。まあ突っ込んじまったら仕方ない、まとめて相手してやろうじゃないか)
「うーん、そうですね。という訳で、でやー!」
気を取り直したオーディが、ゴブリン達へ斬りかかっていく。
そのころには、敵があまり強そうに見えない、ということに気付いたらしいゴブリン達も、平静を取り戻し始めていた。
お互い万全の態勢で、戦闘が始まる。
敵は3人の一般ゴブリンに、1人の変異種ゴブリン。
未だレベル5に至って居ないオーディには、本来ならば少々辛い相手だろう。
だが、生きている武器である俺には、易々と勝敗を覆せるだけのポテンシャルがある。
(オーディ、まずは周りの雑魚から片付けるべきだろう。変異種は耐久力が高い、まずは1対1に持ち込むんだ)
「はい!」
戦闘の最中に、俺はオーディへと指示を出す。
基本的に野生児であるオーディには、戦いながら筋道を立てて戦術を考える、というのは少々難しい。
なので、どういった斬り方をするか等、自分の動作についてオーディには集中してもらっている。
その代りに、敵から血を吸ったりする以外、割と暇である俺がどう戦うべきかを考えて、オーディに伝えるのだ。
これも依頼中にできた俺たちの戦い方の一つである。
オーディはまず、一番近くに居たゴブリンに向けて、剣を振り下ろす。
ゴブリンは武装しているようだが、小柄とはいえ人間のオーディとのリーチの差は歴然。攻撃を先に届けたのは、オーディだった。
攻撃の的になったゴブリンは、反射で腕を振りかざして体を庇おうとする。
しかし、間に合わせの防御では、俺を阻むことはできない。
ゴブリンが身に着けていた粗末な鎧ごと、オーディの斬撃がゴブリンの腕を切り落とした。
「ギギ!?」
(オーディ、二人突っ込んで来ている。弱い方だ)
「了解です!」
剣を振り下ろして無防備なオーディに、変異種で無い残り二人のゴブリンが同時に斬りかかる。
急いで後ろに跳ぶことで回避するオーディだったが、両肩に敵の刀の一撃を喰らってしまった。
「いっ、たぁ・・・。くうっ、反撃です!」
そういうと、オーディは剣を横に薙いでゴブリン達を牽制する。
幸い、敵の攻撃は大したダメージになっていないようで、その横薙ぎにはしっかりと力が込められている。
命が軽いこの世界では、怯むことはあれども、痛み程度で動きが鈍ることはまず無い。
死なない限り、そう簡単には戦闘不能には至らないのだ。
だが、その恩恵を受けるのは味方だけではない。
片腕を切り落とされただけのゴブリンも、当然戦線に復帰してくる。
・・・しかし、おかしいな。
(敵の変異種、前に出てこないな。後ろでこそこそしてやがる)
「たしかに不自然ですね。何かしてるみたいですけど」
(だが、他の奴等を無視して突撃もできん。さっさと奴等を片付けるとしよう)
「はい!」
変異種でない普通のゴブリンならば、少し数が多くともゴリ押せる。
オーディの放った一打は、片腕が無いゴブリンを改めて両断し、ミンチへと変えた。
残りの二人も斬りかかってくるが、今度は上手く衝撃を受け流せたようで、オーディに大したダメージはない。
返しの一撃は、ゴブリンを一撃で葬った。
死ぬ前にビクンビクンと跳ねていた様子を見ると、どうやら俺の神経属性の追加攻撃を、モロに受けたようだ。
ネズミ刈りで得た追加効果は、こうして時たま役に立ってくれている。
「よし、後一人です!」
(いや、後二人だ。変異種の野郎、ようやっと前に出てきやがった)
変異種のゴブリンは、自信満々といった様子でノッソリと後ろから歩いてくる。
その装備も他のゴブリンとは違ってしっかりしており、オーディの物ほどではないだろうが、見るからに性能が高そうだ。
なかなか出てこなかったのは、装備を整えていたからだろうか?
つったって、仲間二人が倒されるまで待つ価値があるかと言われれば、どうかと思うが。
(普通のゴブリンの方は後一人だ、できれば潰して1対1に持ち込むぞ)
「はい!」
二人のゴブリンへと相対する。
お互い相手の動きを待ち、一瞬の睨み合いが続く。
先に動いたのは、変異種のゴブリンだった。
剣をオーディに向け、そのまま突撃してくる。
「ガァ!」
「やっ!」
キィン、と甲高い音が鳴り響いた。
両者の剣が、思い切りぶつかり合う。
これくらいで俺に傷がつくわけもないが、相手の剣もそう簡単に折れる様子もない。
装備の優劣だけで決着をつけられる相手じゃなさそうだ。
そして問題は、敵は二人いるということだ。
「ウシロ、イケ!」
「アア!」
(オーディ、もう一人のやつ右側に回り込んできたぞ)
「はい、気を付けます!」
こうなると、二対一はキツイ。
目の前の敵に集中している間に、後ろから斬られるのも気にするのは、やはり難しいものだ。
「ヌゥン!」
「くっ、こっちを先に倒したいのにっ!」
「ヨクヤッタ、フンッ!」
だからと言って、格下とは呼べないこの変異種を放置して、普通のゴブリンにかかりっきりにも出来ない。
そんなことをすれば、戦い続けられないような、大きな傷を負うのは明白だからだ。
碌に攻撃することもできないというのに、相手の後ろからの攻撃は少しずつこちらを削ってくる。
唯一幸いだったのは、早めに二人倒しておいたことで、二対一で済んでいることか。
とは言え、こんな状況を続ければ流石に勝てるわけもない。
明らかに、防戦一方で不利なのは、こちらなのだから。
ならばやはり、博打を打つべきか。
一つ思いついたな、俺達と相手の情報の差を生かした作戦を。
(オーディ、このままじゃ勝てん。ちょっとばかし失敗したらやばげながら、リターン抜群な作戦を思いついたんだがどうだ?)
「やります!それくらい覚悟の上です!」
(だろうと思ったぜ、じゃあ説明すんぞ。こっちとあっちには一つ大きな差がある、俺っていう武器の存在だ。そして、奴らは俺のことを詳しく知らん)
「はい、それでどうすれば?」
(後ろのやつは完全に無視をして、全力で変異種の方に斬りかかるんだ。やけになって、後ろは気にせず変異種を先に倒そうって風にな)
「そんなことしたら、後ろから思いっきりやられちゃいませんか?」
(そこで俺の出番だ。後ろからズブリと行くつもりで無警戒に近づいてきたところで、俺が合図を出す。そしたら、お前がいきなり振り返って思いっきり切り捨てるってわけさ。どうだ、できそうか?)
「はい、それなら」
(よし、ならやってみるとするか)
オーディが焦れて、やたらめったらに変異種に対して斬りかかる、ように振る舞う。
変異種は驚いたようだが、すぐに立て直して、時間を稼ぐように立ち回るようになった。もう一人のゴブリンに後ろから刺させるためだろう。
当のゴブリンだが、どうやら絶好の機会を狙っているらしく、すぐに襲いかかってくる気配はない。
(まだだ、まだだぞオーディ)
「ええ、任せます」
変異種に動きは見られない。
オーディも少し疲れてきたようだ、動きが少しだけ鈍ったように見える。
それを見て今だと思ったのか、背後のゴブリンが動き出した。
(来たぞオーディ、切り捨てろ)
「っだーーーーー!」
「ギャヒッ!?」
オーディは一気に振り返り、その勢いのままゴブリンを切り裂いた。
無防備にその一撃を受けたゴブリンは、そのままミンチとなって息絶える。
いきなり起きたこの起死回生に、変異種もすぐには反応ができなかったようだ。
結果としては、全ての普通のゴブリンを片付け、ようやく変異種のゴブリンと1対1に持ち込めたことになる。
後は、この変異種を叩き潰せばいいという訳、実に簡潔な状況が出来上がった。
「やりましたね剣さん!これで後はアイツだけです」
(ああ、だがあいつも今までのゴブリンとはわけが違うからな、気ぃ抜くなよ)
「大丈夫です、行きます!」
「どういうことですか・・・?全然歯が立ちません」
(分からん、だが奴のタフさは異常だ。撤退も視野に入れるべきだろうな)
「うー、ここまで頑張ったのに」
雑魚を散らしてから、五分は経っただろうか。
未だにこの勝負の決着は着いていない。
理由は簡単、こっちの攻撃がゴブリンにまともに通らないからだ。
さっきまでは二対一で、意識を割きながら戦っていたから気にしてなかった。
だが、こうして一対一で斬り合うようになっても、相手にダメージが入っているように見えない。
奴の皮膚だか装備だかが異常に硬く、俺の刃でも切り裂くことができてないようなのだ。
「ヌガァ!」
「くっ、変異種ってこんなに強いんですか?見た感じ、それほど強そうに見えないのに」
(分からん、他と比べ生命力が高いとは聞いたが、防御力までこんなに高いとは思えないのだが)
実際、相手の攻撃の方はそれほど強くない。
オーディの自然回復で、まあまあ対処できるくらいだ。
しかし、それに対して、異常なまでの防御が戦闘を長引かせている。
このままだと、何かの拍子にまともに攻撃を受けて、死ぬリスクが高まるばかりだろう。
オーディはまだあまり成長してないので、死んでも能力が下がったりはしない。
だが、死亡時には、その拍子に落としてしまったりで身に着けてないものを、そのまま失ってしまう。
そんなデメリットがあるのだ。
装備している俺はそうそう無くさないだろうが、折角ダンジョン用に整えたアイテムを失いたくは無い。
やはり、引くべきだろう。
帰ろう、帰ればまた来られるから。
子犬の洞窟だから、階層変えたらアイツとはもう会わないし。
(やはり退こう、多分アイツの装備に何か優秀な物があるんだ。装備してるものは落としにくいし、倒しても旨みはないかもしれん)
「はい。では思いっきり逃げますから、後ろの確認お願いしますね」
そう言うと、オーディは背を向けて、一目散に逃げだした。
虚を付かれたのか一瞬の間ができた後、変異種のゴブリンも追いかけてきた。
「ニガスカ!」
(ふむ、落ち着いてみてみると、やはりあまりいい装備をしているようには見えないな。何が奴をあそこまで強くしているのか)
奴の装備は、鉛やら青銅やら、大した素材でできているようには見えない。
所々ベコッとへこんでいるし、品質もたいしたことは無さそうだ。
強いて言うなら、あのペンダントくらいか。
あれだけは何だかとても美しく、キラキラと輝いている。
宝石でできているのだろうか?
だがそれにしては形が歪な気がする。
ペンダントの宝石と言ったら、きれいに加工されたものがほとんどだ。
あんなグルグルと捻った形をしたものは、そう、あんな巻貝みたいな形をしたものは……?
……アレ、固定アーティファクトの謎の貝じゃね?
(オーディ、オーディ。ちょっと俺の推論なんだが、聞いてもらっていいか?)
「はっ、はっ、・・・はい?別に構いませんけど」
(すまんな。だが、あいつの強さの秘密がわかった気がするんだ。)
「ええっ!?じゃあ、あいつのこと倒せるってことですか?」
(いや、そこにすぐ繋がるわけじゃないんだが、もし俺の予感が当たってたら、死ぬリスクを背負っても奴を倒す価値はあるかもしれん)
「えーと、じゃあ取りあえず止まって、戦いながら聞きます!」
そう言って、オーディは通路で奴を迎え撃つために向き合う。
ゴブリンもそれを受けて改めて剣を構え、また斬り合いが始まった。
(奴の強さの秘密だがな、恐らくあの首のペンダントだ。町で聞いたことがある、貝の形をした防御力を上げるアーティファクトがあると)
「アーティファクトですか!?それって、剣さんみたいなものすごい防具ですよね!」
(ああ、だから戦いの最中に、無理をしてでもあのペンダントを切り飛ばせばいい。そしたら、あいつの防御力も下がるし、倒した後にあの貝も手に入る)
「なるほど、ちょっと難しいし、死んじゃうかもですけど、狙ってみる価値はありそうですね!」
(納得してくれたようで何よりだ。せっかく頑張って取り巻き倒した訳だし、ここらで一攫千金と行こうぜ)
「はい、治療薬もあることですし、ちょっと無理してでも懐に潜りこんでみましょう」
そう言って、オーディは一気にゴブリンとの距離を詰めて密着する。
ゴブリンは驚いたようだが、すぐに思いっきりオーディに剣を突き立てた。
「ふぐぅ!痛いですぅ・・・でも、ここからなら!」
(よっしゃ!ペンダントの鎖に、俺を突っ込め!)
オーディは、俺を下から上に突き上げ、ペンダントの鎖に剣を差し込んだ。
ゴブリンの皮膚は固く、剣が貫くことは無かったが、ペンダントはそう行かなかったようで、ドサリと地に落ちた。
「ナンダト!?」
「よし、成功です!」
(今なら体も柔いはず、突きさせ!)
オーディが思い切り剣を突き出す。
しかし、ゴブリンは動揺からか、一気にオーディとの距離を開けるため後ろに跳躍していたので、刺さることは無かった。
だが、それはオーディの不利に繋がるわけではない。
距離が空いた隙に、1つだけ買っておいた重症治癒薬を腰の袋から取り出して飲み、オーディは突き刺された傷を回復する。
さっきまでと同じ状況で、今度はこちらの攻撃が通るようになったのだ。
軽傷治癒薬ならあと2つ残っているし、盤石と言って良いだろう
(これで恐らく、状況は五分以上。奴を殺して、アーティファクトゲットだ!)
「はい!」
「チクショウ!コロシテヤル!」
心なしかゴブリンが焦っているように見える。
やはり、あのペンダント、謎の貝が生命線だったのだろう。
戦闘中に拾うような暇はないだろうし、鎖が切れて装備できる状態じゃないから、相手にとっては絶望的だろう。
「行きますよ~、でぇやああーー」
「ヌグォ!?」
(いいぞ、明らかに効いている!このままいけば余裕だろうよ)
先ほどまでと、形勢は逆転した。
依頼の報酬で手に入れた良質な防具と、この俺の攻撃性能に、ゴブリンは完全に押されている。
相手の攻撃はこちらに然程通らず、こちらの攻撃は相手の血肉を確実に削っている。
変異種だけあって、他のモンスターより長持ちしているが、それでも死ぬのは時間の問題だろう。
「よーし、この感じなら何事もなく勝てそうですね」
(はっはっは、そういう事を勝つ前に言うのは負けフラグって奴だぞ。そういう軽口は、勝って敵の血液で一杯やりながら言うもんだ)
いやー、奴の血を飲むのが楽しみだ。
これまでの経験上、血にもウマい奴マズい奴があるようだからな。
強い奴の血は大抵うまいし、種族によって味の種類も変わる。
ゴブリンはあまり好みの味じゃないが、それでも変異種なら味に期待も持てるだろう。
想像したら腹減ってきたなあ。
なんか、この空腹そういうんじゃないっぽい。
(すまんオーディ、血吸いタイムだ)
「へ?ふぎゃあああああ!」
オーディが悲鳴を上げる。
手加減をして、すぐ死なないように分けながら吸ってるとはいえ、それでも十分大ダメージなようだ。
思いっきり血をまき散らして、ぜぇぜぇと息を吐いている。
「イマダ!」
「ちょ、ちょっとタイムお願いします!」
好機と見たゴブリンが、オーディの静止を無視して(当然である)襲い掛かってくる。
それに対し、オーディは片手で剣をもって攻撃をいなしながら、もう片手で袋から軽傷治癒薬を取り出した。
「こ、これを飲めばひとまず即死は免れ「アマイワ!」ああっ!」
ゴブリンの剣が、治癒薬に当たり瓶を砕く。
中身は粉々になって地面へと吸われていった。
(く、まだ止まらんぞオーディ、なんとかもう一つを飲め!)
「分かってます!でも・・・っ!」
(ビアが一つあったろ!それ敵に投げつけろ!)
「は、はい!」
オーディは、今度は酒を取り出して敵のゴブリンに投げつける。
またポーションだと思っていたゴブリンは、急に投げられたビアに反応できず、まともに浴びる。
「アン?……ヒック」
(よし、酔いが来たか。オーディ、後ろに下がりながらポーション飲め)
「分かりました!」
そう言って、オーディは後ろに下がっていく。
ゴブリンも追いかけようとするが、急に入ったアルコールにまだ慣れないようで、足を縺れさせてしまう。
その隙に、オーディは治癒薬を飲むことに成功した。
未だ血吸いは止まらないが、今迄の経験から言って、死ぬまで行くことは無いだろう。
「はぁ、一息つきましたぁ~」
(俺が言うのもなんだが、まだ早いだろうよ。ゴブリンが来てるぞ)
変異種のゴブリンが追ってきている。
左手には謎の貝を持っているようだ、逃げた隙に拾ったのだろう。
有利とみて、左手に余計な物を持っていても大丈夫だと思ったのだろうか。
なんにしても、今の状況でそれは命取りだろうさ。
「あっ、貝殻拾われちゃいました!」
(なに、装備されなきゃいいんだ。左腕ごと斬り飛ばしたれ)
「それもそうですね。えいやー!」
オーディの思い切りの一撃がゴブリンに決まる。
ゴブリンの一撃も貰ってしまったが、そのリターンは大きい。
謎の貝ごと、ゴブリンの左腕を斬り飛ばすことに成功した。
「グギャアア!」
「止めですよっ」
ゴブリンが悲鳴を上げて注意が逸れた時すかさず、オーディが止めの一撃を加える。
たまらずゴブリンはミンチとなり、辺りに肉片が散らばった。
「やったあ、勝てましたね剣さん」
(ああ、つきましては血液飲ませていただきたく)
「飲んだばかりじゃないですか・・・、いや、いいんですけどね」
そういいながらも、オーディは残ったゴブリンの肉片に俺を突き刺し、血を吸わせる。
あー、これは普通のゴブリンとは違う味だわ。
なんていうか、力強い濃さを感じる。変異種はやっぱ違うね。
(なかなかうまかったな、それじゃあアーティファクト回収と行こうか)
「はい!」
そういって、オーディは先ほど斬った左腕へと向かう。
そこには、美しい青い光を放つ、小さな貝が握られていた。
「わあ、綺麗ですねー。これ、とってもいい防具なんですよね!」
(ああ、多分な。一度帰って、装備できるよう鎖やらを整えるといいだろうな)
「そうですね、じゃあゴブリン達がいた場所に何かないか探して、そのあと一度街に戻りましょう!」
(そうだな、オーディが自然治癒しきったら行くとしよう)
「はい、張り切って治しますよ!」
(張り切って治るものじゃないだろう)
どうやらオーディは、初めてのネフィア探索での思わぬ戦果に、興奮を隠せないようだ。
まあ、無理もないだろう。俺もゲームの序盤で謎の貝手に入ったら狂喜乱舞するし。
さて、俺も暇だな、何して待ってようかね。
ひとまず、道中拾った巻物が鑑定だった時、なんて言って俺に使わせないかでも考えておくか。