東方廃金庫 〜Tha keeper in far east〜 作:ランタンポップス
出来る事なら、またお前と話がしたかったよ。
血の深紅と闇とが融合するような、牢屋の世界。出る事の叶わない、完全な箱庭空間。
しかし酷い頭痛だ、視界も左右に振れている。逃げてしまいたい苦痛……だがこれは、お前を救う唯一の方法なんだ。
檻の向こうで横たわるお前には、この太い腕は届かない。白い髪と青いドレスの、お前の姿を最後まで忘れないように、焼き付けておく。
「………………」
苦痛だ、とても痛い。
限界は近いが、私は私を『殺さなくてはならない』。そうしなければ、お前は助からない。
『黒の私』は、ひしゃげた頭を揺らし、血塗れの刀を振り乱す。これがもう一人の私だとは、イカれている。
「………………」
まぁ、苦節の末にそんなイカれた私とは、お別れだ。奴はとうとう、体の具現化を崩した。奴は頭部だけとなり、沈黙する。
地面に転がり込んだ頭を手に取り、娘の檻が見える所まで持って行き、再度地面に放った。
奴の頭の上……天井には、鋼の棘が付いている。そして私の手は、その天井から少し離れた安全地帯に設置してあるレバーを掴んでいる。
力を込め、これを落とせば、天井があれにのし掛かるのだ。全てが終わる。
このイカれた世界も、私自身も……もう私には『娘』の無事しか祈れない。
「………………」
もう一度、檻を見た。
病的なまでに白いお前の肌を、よく私は「人形のようだ」と形容していたな。そして流れるような白い髪も、「絹のようだ」と言ったか。
そしてお前は、随時無表情な私を「鋼の男」と言っていたか……今のこの姿を見れば、冗談には聞こえないな。
お前の手紙は、手の中にあった。血に塗れ、皺になってしまっているが、文字は綺麗に羅列している。
『もう私の傍まで来ている。さよならみんな……』
手紙の最後には、震えた文字で書いてある。
『パパ、ごめんね』
怯えていたんだな。どうか、パパにもう一度……お前を守らせて欲しい。
そして私の事をどうか、忘れて欲しい。
喋る事の出来なくなった私だが、お前へと思いを繋げて行くよ。
私は私を、お前の為だけに『殺す』。これこそが、『EXECUTIONER(執行人)』としての最後の任務。
……これが、最後だ。
レバーを倒す。轟音と共に天井は落とされ、下にあった奴の頭にのし掛かった。
甲高い、鉄を擦るような音。最後の足掻きとも言えるその耐久度も、鋼の圧力に耐えかねとうとう潰れたのだ。
同時に、私の意識も弾けたように、遠く遠く、そして何処までも深い闇へと、落とされて行った。
もう一度だけ、焼き付けておきたかったお前の顔。そう思った時に、唐突に全てが終わってしまったのが心残りだろうか。
出来る事なら本当に、もう一度だけ話をしたかったよ。
愛しい、私の…………さぁ、悪夢は終わりだ。
目覚めの朝はお前へと昇り、眠りの夜は私にへと下る。対極的だからこそ救われる事を、私は心静かに受け入れた。
久遠へ沈んで行く。もう、思考は塗り潰された。だけど、焼き付けたお前の姿は最後まで消えていない。お前の姿を見て、消えて行けるだけ幸福だ。
意識が消える、私も消える。
私の娘よ……さよなら。
小鳥の囀りが、楽園の象徴か。
深緑の森には少女の鼻唄が聞こえて、軒先の雨除け屋根の下、安楽椅子に揺られる金髪の少女が一人。
森は木漏れ日を落とし、闇に緑色の光で照らしている。
芝生は少し湿っぽく、雨上がりだと言う事を示していた。
「……たまにはこう言うのも、良いわね」
安楽椅子の隣に小型のテーブルが置かれ、上にはビスケットとティーセット。春先のそよ風に吹かれながら、本を持って読書をする……静かで優雅な午後の
彼女はここ最近は、実験やら研究やらで家に篭りっ放しだっただけに、こうもゆったりとした時間が何よりも好きだった。
「……あっ」
カップの上で傾けたティーポットからは何も出て来ない。どうやら飲み干したようだ。
「シャンハ……あぁいや、自分でやろっ……と」
小一時間は座ったままだったので、運動がてら自分で紅茶を淹れ直そうかと椅子から立った。
手元の本はテーブルに乗せて、ティーポットを持って家の中へと入る。
今日は良い紅茶が入った、たまには『隣人』にお裾分けでもしてやろうかとも考える。彼女の気分は、好調だ。
「………………」
しかし、その好調した気分も落ち着いてしまう。玄関のドアノブに手を掛けた所で、何かの気配を察知したからだ。
視線だ、弱々しげな視線を感じる。彼女は六感に優れていた。
「……来客かしら?」
視線からは悪意やら殺意やらの、強い物は感じられない。前述した通り、『弱々しげな視線』である。
獣か、この森に住む妖精か。自身の背中を眺めるその存在へと、彼女は振り返った。
「……誰か?」
呼び掛けを交えた、返答はなし。
振り返る視線の先……軒先には誰もいない、庭にも気配がしない。
森の奥へと入り込んだそよ風が、彼女の輝かんばかりの金髪を心地よく撫でるばかりであった。
「……気のせい……かしら?」
重ねて前述した通り、彼女は家に篭って研究していた。勘が鈍ったのだろうかと、一人合点する。
現に感じていた視線は、振り向いたと同時に消失した。
「引き篭もりはいけないわね……今度からは休止も入れないと」
そうボヤき、気を取り直して首を前に戻そうかと、動かした。
しかし一瞬、ほんの一瞬、目の端に写った物を彼女は見逃さなかった。
「……ん?」
風に揺れる安楽椅子。だが、肘掛けの下より何か細い物が覗いていた。
「………………」
再度、辺りを見渡す。何もいないし、何も感じない。誰かの気配も元より、視線すらも感知する事が出来ない。
これが示すのは、この場にいる者は自分以外いないと言う事の証明となる。
「……
少女が人差し指をクイっと曲げれば、何処から現れたのか、二体の『人形』が少女の背後より出て来る。
一方は赤く、もう一方は青い服の、二体の人形。大きさは精々、六十センチ程度。見た目は西洋人形を思わせる、優雅で淑やかな印象だ。
「シャンハーイ?」
「ホウラーイ?」
二体の人形は「御用は何か」と言いたげに、首を傾げた。
しかし少女は至って静かに、二体に命令を下した。
「家の周りをパトロールして欲しいの。何かいたら報せて」
主人の命を受けた人形たちは、可愛らしい返事を残した後、庭へと飛び立って行く。これで、退路は防げたハズだ。
「………………」
ここで彼女の仕事は、『椅子の上の確認』である。
さっきまで座って寛いでいた椅子に、何かが乗っかっている。背凭れが邪魔で全貌を拝めないが、『針金』のような物がチラリと、椅子からはみ出ている。
一体何が、乗っけられているのか。恐る恐る近付いて行き、椅子の後ろへ。
そしてそこから一気に、彼女は覗きにかかった。
「…………え?」
椅子の上に置かれていたのは、有刺鉄線の巻かれた、錆びの入った『金庫』であった。
以前書いていた『東方金庫男』を、DLC遵守でプロット組み替えた物ですので、全く一新されています。
知らない方でも難なく読めます事を、明記しておきます。
それでは、失礼しました。