夜。一面を闇が覆い隠し、俺達の視界を黒色に染め上げていく。
「静かに動け。踵からつま先にゆっくりと体重移動するんだ。忍びの基本でござるよ。ニンニン」
「魔獣にくノ一の色仕掛けは効くだろうか」
「2人とも何言ってるかわからないけど……真面目にやりなよ。リッカ君。ハンニバルさん」
「真面目も真面目だ。だからこうして人気もなく静かなこの時間に闇討ちしようとしてるんじゃないか。上位の冒険者が勝てない奴とまともに殺り合う馬鹿がいるか」
ここは焼け焦げた洞窟近くの森。俺達は走竜達を森の入口に待たせ、森林の中央部まで来ていた。
「流石だ愛する人。偵察にはうってつけの時間だ」
「……正々堂々という言葉はリッカ君に似合わないね」
「おいおい……俺は難しい依頼に対して真摯に現実的に向き合っているだけだぞ?」
今回依頼は受けたものの、何も害がないようであれば今討伐する必要はない。むしろ身の危険を感じたら即時撤退するつもりだ。今の目的は討伐ではないのだから、昼間動きやすい時間に正々堂々勝負するよりこうして闇にまぎれて遠くから観察した方がいい。もし討伐しなければならない状況であったなら、万全の準備をした後にもう一度赴けばいい話だ。
「にしても冷えるな……上を着てきたほうが良かったか……」
「……お?聞き間違いか?隣の変態からなんか聞こえたぞ?ココ、お前は聞こえたか?」
「ボクも耳悪くなったのかな?何か幻聴が聞こえたきがするよ。全く……そんな背中が開いた服着てて何をいってるんですかハンニバルさん」
2人で変態1号(2号はココ)の方を見つめる。背中ががら空きの、襟がついた白い服。俺が買った服なのだが、選んだのはハムリンだ。竜丿翼(カンナエ)を使う為に背中が開いた服を着るのは当然と言えば当然だと思うが、こうしてみるととても冒険者とは思えない服装だな。
「馬鹿者が。忍んでいるといっても臨戦態勢である以上、いつでも竜丿翼(カンナエ)を発動できるようにしているだけだ。火炎魔法で身体を暖めることもできるが、敵に気付かれる可能性もあるからな」
なるほど。俺達より真面目なのは当然か。昔相棒と一緒に居たところが荒らされているかもしれないんだもんな。
「くしゃみをされて気付かれても困る。着てろハムリン。汚すなよ。敵が見えたら脱げばいい」
俺が着ていた武器屋さんから貰ったコートをハムリンに渡す。中々暖かいんだこれ。それに鎧並みとはいかないまでもそれなりの耐久力がある。多分、剣士だった武器屋さんが自分の動きやすい服装を色々考えて至った結果なのだろう。こういった状況でも有効に活用できる筈だ。むしろ俺の服装がアラハン産の長袖シャツ一枚になってしまったけど。
「む……す、すまないな愛する人……あ、ありがたく借り受けよう……」
なんでそこで急に照れるんだよ。いつもの威勢はどうした。……実は攻められたり優しくされたりすると弱いタイプなのか……?
「……ハンニバルさん、ボクのスカーフ貸しますのでそれをボクに貸してください」
「例え貴様が今後一切カレーを食べないと言っても断る」
「……なっ!」
やめろハムリン。コート着たまま襟元の匂いを嗅ぐな。首元なんて一番汚れやすいところなんだから。やめろ。やめろって。深呼吸するな。
「リッカ君……ボクはズボンを……」
「ボケだよな?突っ込まないけど。馬鹿なことやってないで行くぞお前ら。ハムリン、道案内よろしくな」
「今なら何でもできる気がする。任せろ愛する人」
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「……岩場に出たか。地面が少し湿ってるな、滑らないように注意しろよ」
随分ごつごつした岩場だ。先ほどまで辺り一面木や植物しかなかったのに、この岩場周辺は植物が生えているような気配はない。先ほどまでぼんやりと目の前に立ちふさがっていた木々はなく、開けた空間に月明かりで多少照らされた岩や石があるのが確認できる。
「……リッカ君、あれ」
「見えたか?……すまん、俺はあまり夜目が効かないからまだわからないな」
「……岩陰で休んでるようだ。別にこの岩場も特段荒らされているという様子でもないな。昔のままだ」
段々と、ぼんやりと見えてきた。月明かりのおかげだろうか。3、40メートル先くらいに黒い塊が見える。確かに人型の何かが座っているようにも見えないことはない。にしても……
「なんちゅうでかさだ」
「2、3メートル……2メートル半位はあるように見えるね」
「身体の色も黒に近いな。戦う必要はないと思うが、今戦闘になったら危険だな」
「……今日はシィルも疲れて家で休んでるしな。予定通り今は大人しく帰ろうか」
今ここで戦闘をしても何も利点がない。むしろ不利なものばかりだ。明日以降に出直すのが賢明だろう。
「ああ。ーーっ!愛する人!!」
「んーー!?隔絶時間(シャッター)!!!」
振り向き、真後ろ。既に魔獣は俺達の後ろにいた。闇の中に映える黒。俺達に当たっていた月明かりはその巨体に遮られ、その巨体の青く光る眼光は俺を見つめている。
でかい。2メートル半以上だ。実際ここまで近寄るとその大きさに感嘆すらしてしまう。身長だけじゃない、その横幅も人が2、3人腹の中に入れてしまうんじゃないかというほどに太い。金属で囲まれている表皮はロボットというよりは鎧を着こんでいるようにも見える。中に人間がいるのか……?いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
振り上げた丸太のように太い腕は俺達の頭上にあり、そのまま振り下ろせばいとも簡単に俺達の身体は潰されてしまうだろう。この状況、どうするのが最善だ……?
シィルもいない、ココ達と縁(リンク)も繋いでいない。俺の準備不足が悔やまれる。完全に油断していた。俺達に戦う気はなかろうと、襲われる側は常に襲われることを意識しているんだ。こうなることも想定して万全の体制で望むべきだった……!
「時間再開(アウト)!時間召喚(タイムサモン)!!!」
隔絶時間(シャッター)をやめた瞬間、時間を止める。周囲の音は消え、俺だけの時間が始まった。連続して魔力を使ったせいか、既に頭痛が酷い。でもそんなことは気にしていられない。なんせ、魔獣の拳は既に、俺の髪に触れているのだから。間一髪。判断が遅れていれば死んでいた。
「薬物召喚(ドラッグ)、簡易加速(アクセル)!」
そのままココとハムリンを抱え距離をとる。森の中は駄目だ。あのスピード。まともに逃げるだけではすぐに追いつかれてしまう。ならどうするか……岩場に出て、奴の足を止め、その後に逃げる。危険だがそのプロセスを踏まないと逃げ切れる確証がない。なら、少しでも戦闘になる以上は、戦いやすい場所に移動する必要がある。
残り10秒。……今度は、何が消えていくんだ。俺の頭の中から。