「、転移した先は人里離れた山奥の大きい沼の近くだった。幸い水さえあれば生きていくことが出来るこの身体は、まともに身動きが取れずとも、生命を維持することだけはできた。身体を制御するのに2年、山の探索に1年、戦えるように身体を調整していくのに1年、近くの魔族の村の近くに居座り自分の所在を掴むのに1年、王国圏内まで辿り着くのに2年、といったところか。……7年という時間は長いようで短く感じた」
皆先代勇者シュワルツの話を食い入るように聞いている。どんな気持ちで聞いているのだろうか。
「、ここに着いたのは最近だ。ギデオン……オレに埋め込まれている水竜の核も徐々に力を取り戻してはいる。たまに心の中から聞こえてくるあいつの声に導かれてここに来た。元々竜が居座っていた地だ、ここは竜の身体に馴染む土地なのだろう。ここに来てから身体の調子は良かった」
悲劇的な内容だ。だが他にも考えなければならないことが多い。転生実験。そして王都から攫われた転生者でもある科学者。さっきは神ということで表現したが、もしかしたらそんなものではなく、ただの人間か魔族が俺達転生者をこの世界に呼び寄せた可能性も出てくる。
その技術は魔王国にも無いもので、だからこそアリアという科学者を連れ去ったと考えると……だが、もしそうだった場合の狙いはなんだ。
「、だがその代わり王都に近かったからか、変に目を付けられたみたいでな。何も言わずに襲ってくる者が多かったので追い返していた。……まさか今日こうなるとは思っていなかったがな。そんなところだ」
何も言わず襲い掛かった?そんなことが有り得るのか?子供の悪戯じゃないんだ。王都近くに魔狼が現れた原因がこいつだとしても、冒険者っていう奴らはそんな危険な奴にすぐ襲い掛かる馬鹿しかいないのか。
……やめよう。答えを出せるほど情報もない。ここまで行くと妄想だな。予想の範囲を抜けている。ここら辺はガルディアにでもカマをかけてみよう。
話を終えたのか、シュワルツはこれ以上話す気がないようだ。鉄で出来たその大きい口を閉じ、地面を見つめている。惨めだとでも感じているのだろうか。勇者として魔王幹部と戦って負け、機械の身体に改造されながらもその科学者に逃がされ、盗賊のような格好をした奴らに拘束され、魔獣として討伐されそうなところをその盗賊みたいなのに助けられ。
ココは泣くのを必死で抑えていた。恐らく感情移入しているのだろう。ハムリンは少し怪訝な顔をしている。彼女の経験からしたら、まぁわからなくもない。
ガレットさんは表情を変えず、相変わらず何を考えているかわからない、ラークとリティナは様子を見守ることに決めたようだ。2人とも眼が潤んでいるけど。
「……貴方の話はわかりましたわ。悲劇的なお話でもありました。ですが、王都近くにまで魔狼が出るようになったのは貴方がここに居座ったのが原因でしてよ。今まで貴方を襲った冒険者も、王都に住む人々を救うため貴方を討伐しようとしてきました。それだけはお忘れなきよう」
しばしの沈黙の後、ガレットさんが一番に口火を切った。ココやラーク、リティナは信じられないといったような顔でガレットさんを見つめている。確かにこのタイミングで魔狼被害の話をされるとは俺も思っていなかった。
だが貴女の言っていることはわからなくもない。……でもそれは一方的だ。あまりにも国、王都、国民の視点になりすぎている。
「………、そうだな」
「そうじゃないだろ。ハムリン、ガレットさんの話についてどう思う?」
「……元々ドライダが居た時、魔狼の活動範囲は今より広かったんだ。今はその時の状態に戻っただけとも言える」
「わたくしの意見が間違っていると?」
後ろにいるハムリンとココの方には全く目を向けず、言葉を発するガレットさん。ほとんど俺たちに囲まれた状態だというのに、この人は動揺しないな。流石だ。
「間違っている間違っていないの話じゃないな。ましてや"意見"なんて的外れだ。このスクラップの話について、なんで意見なんてする必要がある。私達は今、こいつの過去の話を聞いているだけだ。感想ならまだしも意見?何様だ貴様は。それにその意見もなんだ。話をちゃんと聞いていなかったのか?こいつは何も言わず襲い掛かられたんだ。被害者とも言える立場じゃないか」
「重箱の隅をつつくようなご助言感謝致しますわ。そんなもの聞くつもりもありませんけれど。過去何があろうと魔獣は魔獣。今民に危害を加えているならそれに対処するのが王や国というもの。ギルドの判断に間違いはなかったと思いますが?」
怖い怖い。女同士の喧嘩は怖いよ……話を振ったのは俺だけど……
でも、この違いは想定内だ。どういう立場であろうとお互いのことを考える、記憶はないが日本生まれのハムリン。対して魔獣という危険な生物が満ち溢れている世界に生まれ、将来王妃として君臨する事を約束されたガレットさん。
考え方が根本的に違うのだからまとまるわけがない。お互い頭が固いんじゃない、基本が違うんだ。……でもまあ、それに気づいたのだからやりようはある。
「まあまあ2人とも……。別に馴れ合いじゃないんだし意見を言ってもいいと思うよ俺は。……でもガレットさん。貴女のその意見は少し脆い。自分の意見に正当性を持たせるために他人を使うなよ。自分の意見なら、最後まで自分のみの論理で通してくれ」
「仰ってる意味がよくわかりませんが?」
マジかよ。……あんまり詳しく説明すると貶しているようにしか聞こえなくなりそうだから嫌なんだが……まあちゃんと伝えてこそ会話だし、しょうがないか。
「冒険者が王都の人々を救うために依頼を受けた?そんな証拠がどこにある。金が欲しいだけの奴らが大半だろ。今民に危害を加えている?民に危害を加えたのは魔狼であってこいつじゃないだろ。冒険者が受けた被害は依頼を受けたんだから自業自得だ。貴女の意見はさっきから冒険者、民、ギルド、全て理由を他人に押し付けてるだけだよ。"王女たる貴女自身"は何を思ってここに立っているんだ?」
「………それはっ………」
因みにこれは凄まじい詭弁だ。中々他の物を理由にいれずに論理立てるなんてできるものじゃない。ていうかできないだろう。数学の証明だって定理があるから成りえるものだしな。
俺はただ最後の一文が言いたかっただけ。これなら彼女だけの意見が聞ける。でも他人や他の物を一切説明に入れないなら、もう自分の感情を露呈するしかない。
「わたくしは王になるものとして、民を救いーー」
「ーー救うって何だ?元人間は民じゃないのか?魔獣みたいになった奴は民でもないって?そんなもの魔王軍のやりたい放題じゃないか。連れ出して実験して魔獣にしても野に放しても、勝手に王国が始末してくれるんだから。だから殺すのが救いなのか?そしてまた民?戦う理由を他人に押し付けるなよ」
「……っわたくしが依頼を見て判断し、正当だと思ったからここに立っています。リッカはこの世界にいる魔獣一匹一匹に人間かどうかと訪ねて回れというのですか?」
「いや。そんなことは言わない。だけど俺も俺自身が正しいと思ってここに立っている。そういう意味では貴女と同じだ」
それが聞きたかった。他のものなんて関係ない、自分の意志でここにいるという事が。そしてそういう意味では彼女と俺は全く同列なんだ。何が正しいなんてものはない。ただの意地の張り合いだ。王も民も何もない。ただの我がままだ。
何かの為に行動するっていうのは脆い。だから、行動する時は一番の理由を自分の感情に置かなければならない。他のものを理由にするから付け込まれるんだ。
「……わたくしと、貴方が同じと仰るのですか……依頼通り魔獣を討伐しようとしたわたくしと、依頼を無視して魔獣を匿おうとした貴方が!!!」
「ああ。貴女の言葉を借りるならば"民を救うために"行動した。別にどっちが正当かなんて言わない。俺もこいつが勇者だと気づかなければ討伐していたかもしれない。だけど。結果的に今、民を救ったのはどっちだ?」
「…………15歳の子供のくせに、生意気ですわ」
そういうと、ガレットさんはふわりとその場に座り込んだ。防具の下のスカートの中では正座でもしているのだろうか。一体何のつもりだ……?
「…………膝が汚れてしまいましたわね」
「…………そういうことか」
俺も地べたに胡坐で座る。少し汚れている岩場の間の泥を両膝につけた。
「折角勝ちを譲るというのに、何のおつもりですか?」
「確かに勝ちたいとは思っていたけど、貴女にそんなことをさせたいわけじゃない」
「……戦術でも、口喧嘩でも、どちらでも負けてしまっています。これを完全敗北ではなくなんと言うのですか」
「和解、でいいんじゃないかな」
"膝に泥をつけるまで決して負けを認めない"。さっき彼女が言った言葉だ。そして俺が戦った理由は、彼女が話を聞いてくれないから。実力行使しかなかった。でも今こうして、彼女はちゃんと俺の話を聞いてくれた。なら、もう戦う理由も、勝敗をつける理由もない。
「……次は負けませんわよリッカ」
「和解してはくれないんですね……」
そう言って微笑んで。彼女はやっと右手を解放し、槍を脇に沿えた。
「……何だこれは。何か……悔しいな、小娘」
「そうですね……」