ナンパ勇者と魔物たち   作:図らずも春山

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「なるほど、僕の美しさが罪ってわけですね」

 

「はぁ〜! スッキリしましたねぇ」

 

 川で洗濯され、しっかりと乾かされた服に袖を通したルカがしみじみともらす。

 この地域は乾燥気味な気候なので汗がすぐに蒸発してしまい不快に感じることが少なく、人々は普段からそう頻繁に水浴びなどを行わない。だが体を洗うという行為はやはり心地がいいものだ。

 

 ルカは大きな伸びをした。体が幾分か軽くなった気がする。

 

「もうしばらく休んでから進もうか」

 

 旅団長は団員たちに向かってそう言うと荷台から大量の干し草を取り出し二頭の馬にあげ始めた。

 

 団長が馬に近づくと二頭は首を伸ばし顔をすり寄せ彼の首筋を甘噛みする。相当懐かれているようだ。団長が手に持った干し草を地面に置くと、二頭はむさぼるように食べ始めた。

 

 そんな馬たちの背後からそろそろと忍ぶように近寄る人影があった。ルキだ。その手には少量の干し草が握られており、馬とどうにかしてコミニケーションを図ろうとしていることが見て取れた。

 

 しかし馬に怯えているのか、一メートル程の距離を残したままルキの足は止まってしまった。

 

 そんなルキを見てルカは何を思ったのか、気配を消し、音もなく彼女の背後に忍び寄った。ルキの意識は完全に馬の挙動に集中しており、ルカに気づく気配は微塵もない。

 

 そしてルカはルキの耳に優しく息を吹きかけた。

 

「はわあああっ!?」

 

 彼女の身体が震え上がったかと思うと、驚いた声を上げながら横に飛び退いた。そして彼女の声に驚いた馬がこちらを向いたことに驚き、「ひぃぃぃぃい!」と悲鳴をあげながら更に後ろに飛び退いた。

 

「ななななにするんスか!」

 

 驚きと怒りに満ちたこえをルキがあげる。

 

「後ろからいきなり来られるとびっくりしますよね」

「当たり前ッス! 何なんスか一体!」

「いやー、馬も一緒なんじゃないかな〜って思いましてね」

「え……?」

「まあつまり、そういうことですよ」

 

 そう言ってルカは笑う。

 

「この馬たちの名前、なんて言うんですか?」

「あ、ええと、奥がアシゲで手前がクリゲっス」

「名前は結構安直なんですね」

 

 ルカはそう笑いながら手前の茶色い毛色をした馬に近づいた。

 

「ほーら、クリゲ、こっち向いて〜」

 

 馬の左後ろからルカが声をかけると、クリゲはルカの方へ顔を向けた。ルカはそのまま数秒間見つめる。するとクリゲの耳が同じようにルカの方を向いた。

 

「よーし、いい子だ」

 

 ルカは落ちていた干し草を拾うとクリゲの口元へ差し出した。クリゲはそれを素直に口にした。

 

「んー、美味しいか?」

 

 声をかけながらルカは馬の首元に近づきやわらかく叩いてやる。クリゲは嫌がる素振りを見せずに干し草を食べていた。

 

 そんな様子をルキは口をあんぐりと開けて見ていた。自分にはなかなか懐かない馬をほぼ初対面のルカが簡単に手懐けたのだ。驚くのもおかしくはないだろう。

 

「な、なんでそんなすんなり行くんスか!?」

「んー、そうですね」

 

 彼女の問にルカは考える。

 

「馬は人のことをよく見ているんですよ。おそるおそる近づかれたら返って不安にもなりますしね」

「じ、じゃあどうすれば……?」

「知りたい?」

 

 もったいぶるようにルカは訊く。

 

「もちろんッス!」

「……なんで?」

「えぇ!? なんでってなんスか!?」

 

 予想だにしない質問にルキは面食らったが、頰をぽりぽりとかくと恥ずかしそうに答えた。

 

「まあ、その……いつまでも馬が扱えないんじゃあ皆さんに迷惑かかるじゃないッスか。だからコレを克服したいんス……」

「ふーん」

「ふーんってなんスか!?」

「いや、別に……」

「はぁ……」

 

 ルキはつくづく掴み所のわからない男だなぁと感じた。だが、別に悪い人では無さそうだ。

 

「そんなことより、馬の扱い方のポイントは何なんスか?」

「馬に敵意を与えないことですよ」

 

 ルカはきっぱりと答えた。

 

「ど、どうやって……」

「近づくときは正面から行くことにたくさん声をかけることと馬の表情をよく見ること、それから馬に怯えないことなんかですかね」

 

 その答えを聞いてルキは少し狼狽えた。

 

「まあ、とりあえず練習しましょうか」

「はい!」

 

 こうしてルカによるルキのための馬の手なづけ方講座が始まったのであった。

 

 

♦♦♦

 

 

 

「さっきはひどい目にあったなぁ……」

 

 ギルティは傷ついた自分の体を自分で手当しながら呟いた。

 ルカに騙されるような形でランとルキが水浴びしている中に飛び込みボッコボコにされたのだ。神に一体自分がどんな悪い事をしたというのかと問いただしたくなるような運の悪さだ。

 

「いてて」

 

 傷口に冷たい水が染みる。

 

「あぁ、神様……僕が一体何をしたっていうんですか……!」

 

 ギルティは思わずそうもらした。まさに言ったとおりだ。

 

「はぁ……まだ怒ってるかな〜」

 

 ギルティは頭を抱えた。

 

 いくら気まずいとは言えいつまでもこんなところでうなだれているわけにもいかない。皆に迷惑かけない為にももう一度しっかりと謝らなくては。僕が悪いわけではないし。ていうかなんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだ?

 

 ギルティはため息をつくと意を決して馬車の方へ歩きだした。

 

 馬車の周りではなにやらルキが嬉しそうに飛び回っていた。一体何があったのだろうか。ギルティにはわからなかったが自分の姿を見て彼女が先ほどのことを思い出して急に不機嫌になってしまいそうで固めた決意が剥がれそうになる。

 

 だがそんな不安を振り払い、ギルティはさらに馬車へと歩を進めた。

 

「あっ! ギルティさん!」

 

 嬉しそうなルキの声がギルティを呼ぶ。間髪入れずにルキは続ける。

 

「聞いて聞いて! ついに馬を手懐けることが出来たんスよ!」

「え……えぇ!? 本当なのかい!?」

 

 予想外の報告にギルティが考えていた謝罪のセリフはどこかへ吹き飛んでいった。

 

「マジっスガチっスホントっス! ルカさんに教わったら出来たんス!」

「うおおお! やったね! おめでとう!」

 

 二人は一緒になってぴょんぴょんと喜びのジャンプをする。

 

 そんな様子を遠巻きに見ていた旅団長が声を出した。

 

「よし、それじゃあそろそろ進もうか!」

 

 団員達は返事をすると意気揚々と馬車に乗りこんだ。

 

 程なくして馬車は出発した。アロガントのリユニオンを目指して。

 

「馬の扱いが随分と上手いのね」

 

 珍しくランの方からルカに話しかけてきた。

 

「ええ、まあ」

「昔誰かに習ってたんです?」

「そうですね。一応一通りは」

「なんだか意外」

「男のたしなみってヤツですよ」

「はいはい」

 

 ランは軽く受け流す。

 

「にしても、あなたの方から話しかけてくれるだなんて初めてじゃないですか? 僕の魅力に気がついちゃいました?」

「ちげーますよ、ルキちゃんの気分を害さないようにしようと思ったんです」

「と、いいますと?」

「せっかく喜んでるルキちゃんの気分をあなたの余計な一言で台無しにさせないためです」

「つまり?」

「あなたがルキちゃんに余計な一言を出しやがらないようにするためです」

「なるほど、僕の美しさが罪ってわけですね」

「そんなことは言ってねーです」

「まあまあ、そんなつれないこと言わないで。目的地はまだなんですから仲良く行きましょう」

「はいはい」

 

 ランはまたもやその言葉を軽く流したのであった。

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 朝霧がうっすら霞む湖のほとり、そこでセラは力なくうずくまっていた。

 

「む? どうしたのだ?」

 

 ふよふよと漂いながら精霊は尋ねた。

 

「どうしたもこうしたもないわよ……」

 

 セラはゆっくりと顔をあげる。そして言い放った。

 

「お腹が空いたのよ!!」

「なんだ、そんなことか」

「そんなこと!? こちとら死活問題なのよ!」

 

 冷たい返しにセラは声を荒げる。空腹によって相当苛立っているのだ。

 

「あんたねぇ! あたしがどれくらいの間何も食べれてないと思ってるのよ!」

「一日と二十時間だろ?」

「当てちゃったよ……」

 

 セラの気持ちを代弁するかのように悲しげなお腹の音が響く。

 

「あー、無理。無理よもう無理」

 

 セラは仰向けに転がった。眩しい太陽がのぞき込んでくる。

 

「なんか……あの雲美味しそう……ヘヘ……」

 

 そんなことを呟いてセラは目線を精霊に移した。物欲しげな目でじーっと見つめる。

 

「やめろ。見てても何にも出んぞ」

「じゃあ一体どうやってこの空腹をしのげばいいっていうのよ……」

「知らんわ。荷物とか持ってないのか」

「荷物……?」

 

 セラの脳裏にルカが背負っていた大きめのカバンがちらりと浮かぶ。

 

「それだわ!」

 

 早速セラはルカのかばんの元へと走る。急いで開き、食料を求めて中身をまさぐりまくった。

 だが、出てくるのは衣類ばかりでお目当ての食べ物は見つからない。

 

「無いじゃない……」

 

 セラはがっくりと肩を落としその場に崩れ落ちた。

 そんなセラを見て精霊が一言。

 

「食べ物も無ければ希望も無いな」

「上手いこと言ってないで旨いもんでも出しなさいよ……」

「無いもんは無い」

 

 きっぱりと言い切る精霊。地面に突っ伏したまま深いため息をつくセラ。静まり返る湖のほとりには弱々しい腹の虫の声が響くばかりであった。

 

 

 

♦♦♦

 

「いやあ、暖まる……」

 

 何事もなく国境を越え、リユニオンに到着したルカたちは大衆料理店で熱々のお粥を頬張っていた。

 

 お粥、と言っても具は穀物だけではなく、塩漬けされた肉やキャベツ、カブ、玉ねぎなどが一緒に煮込まれている。その横にはパンが添えられていて、お粥に浸すも付けるも自由となっている。

 食事を済ませ、お腹を満たした団員たちは停めておいた馬車の元へ向かった。

 

 広大で道もしっかりと整備されたこの街は活気に満ち溢れており、流石は城下町と言ったところだ。大勢の人とたくさんの物が行き交っている。

 そしてこの街の中で一際目立っているのは何と言っても街の中央部にずしりと構える巨大なコロシアムだろう。

 そこでは剣闘士たちによる試合や罪人の処刑、はたまた魔物を一方的に虐げるショーなど、市民たちのための娯楽施設としてさまざまなイベントが催されている。

 

 団員たちは馬車にたどり着くと荷台を開けて荷物をおろし、商売の準備をし始めた。

 その傍らでは机と椅子を用意したランが声を張り上げ、情報屋の仕事を始めていた。

 

 ルカはというと、人混みに流されるように街の中をウロウロとしていた。八百屋、道具屋など市民向けの店から、武器・防具屋、鍛冶屋など、戦士や冒険者向けの店などが軒を連ねている。

 

 そんな活気あふれる街中を歩いていると一段と人だかりの出来ている所を見つけた。一体何の行列だろうか。ルカは人だかりの向こうに目を凝らしたがよく見えなかった。

 

「すいません。これは一体なんの行列なんですか?」

 

 ルカは行列を整理する係員に尋ねた。

 

「ええ? ああ、冒険者さんですか」

 

 係員はルカを一瞥するとそう判断した。腰に剣をぶら下げているので当然といえば当然だ。

 

「ここはですね、ここリユニオンの名物コロシアムの観戦チケット販売所ですよ」

 

 係員はまるで流れる川の水のようにスラスラと答えた。この手の質問には慣れているのだろう。

 

「へぇー」

 

 ルカが適当な返事をすると係員は聞いてもいないのにペラペラと喋りだした。

 

「いやあ、良い時期に来ましたね。今日やる罪人対マモノもなかなか人気なショーなんですが、二日後には一番の人気を誇るマモノの調教があるんですよ」

「はぁー」

「先程お客さんから聞いたんですけどなんだか近頃マモノの軍勢が攻めてくるらしいですけど、そいつらと調教したマモノを戦わせたら面白いと思いません?」

 

 係員はそう言って笑った。すると他の係員からの怒号が飛んできた。

 

「おい最後尾! サボってんじゃねぇよ!」

「す、すいません!」

 

 慌てて謝ると係員はルカの方を向き直した。

 

「まあ、興味があれば是非よろしくお願いします!」

 

 そう言って行列の整理へと戻っていった。

 

 ルカがランに流させ始めた情報が噂となって人から人へと伝わっていき、すでに大きな広がりを見せているようだった。

 情報に飢えた人々の間では噂というものは恐ろしいほどの速さで広がっていく。この噂が世界中に広まるのも時間の問題だろう。

 ルカが馬車に戻る間で、幾人かの商人がルカにその話をしてきた。その内容は、魔物が攻めてくるからこの武器が重宝されるだの、食材の蓄えを作らなければならないよだのと、すぐに商売に利用されていた。

 

 ルカが馬車に戻ると、旅団員たちは今日の売上の確認をしているところだった。

 衣類や地方の特産品なんかはよく売れたが、どこにでも売っているような野菜なんかはあまり売れなかったという。そういったことを踏まえてつぎの仕入れ品を決めている、と旅団長はルカに話してくれた。

 

 ランの方は売上は良かったがいいネタが入らなかったと頬をふくらませていた。ルカにとってはどうでも良かったのだが、女の子に話しかけられた以上無下にすることはできなかった。紳士だ。

 

 その後一行は夕食をとって馬車の中で眠りについたのだった。

 

 

♦♦♦

 

 

 ルカは早朝に目を覚ますと、忍び足で馬車の外へ出た。ひんやりとした空気がルカの顔を舐める。寝静まった街の中をルカは黙々と歩いていった。

 しばらく歩き続けてリユニオンの外へ出た。ルカはそれから更に歩き続け、開けた平原に出るとそこに腰を下ろした。

 

 一体何をしようというのだろうか。

 

 その状態のまま数十分が過ぎたその時。

 バサバサという羽音とともになにかがルカの後ろへ降り立った。

 

 するとルカは振り返って叫んだ。

 

「姐さん!」

 

「誰が姐さんじゃ」

 

 ルカの呼び声にそのなにか――クイーンハーピーは素っ気なく答えた。

 

 

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