「なんとか潜入できたわね」
車いすを押すレナは小さな声で呟いた。
「ええ、それにしてもヒトが多いわね……」
長いスカートで下半身を隠して車いすに乗ったラーはあたりを見渡した。
人々は車いすを物珍しそうに覗いてくるが、まさか彼女が実はラミアだなんて、更には彼女のスカートの中にサテュロスが、筒の中にはスライムが、そして車いすを押しているのがウェアウルフだなんて、夢にも思っていないようだ。
そんな魔物たちが人の流れに飲まれて歩いていくと、更に人が多いい通りに出た。どうやらメインストリートにやってきたようだ。
人混みがまるで壁のようにレナたちを囲む。
「あぁ、居心地は最悪ね」
と、突然人の壁の中から男が飛び出してきた。走る男の肩がレナの肩にぶつかる。
「痛っ!」
レナは睨みつけてやろうと男を探したが、男はすでに壁をかき分け目の届かないところまで行ってしまっていた。
「はーほんっともう……」
レナは軽く舌打ちをする。そんな彼女をなだめるようにラーが声をかける。
「まあまあ、それよりも早く帽子と服を買っちゃいましょう」
「そうね、いつまでもそんな所に押し込んでおくわけには行かないもんね」
レナはラーのスカート越しに、中にちぢこまるロロに視線をやる。それから、前方にそびえる巨大な建造物に目をやった。
「コロシアムはそれからね……」
そう、レナは呟いた。
♦♦♦
ルカは先ほど走ってきた道を戻っていた。大通りを抜け、一つ隣の道に入るとついさっき話しかけられた呼び込みの女の子がいた。
ルカはその子に向かってずんずんと歩いていく。
そのことに気がついた女の子は今度こそ宿に呼び込もうと声をかけた。
「あっ! さっきのお兄さ〜ん!」
ぴょんぴょんと跳んでおいでおいでをする少女の手をルカはむんずと掴んだ。
「うぇっ!?」
いきなりの恐怖に少女は悲鳴をあげる。
構わずルカはその手を掴んだままその場にひざまずいた。そして高らかに声を上げる。
「嗚呼、綺麗なお嬢さん!」
その声に道行く人々は好奇の視線を浴びせる。
「先程は逃げ出すなんて無礼な真似をしてしまい、誠に申し訳ない!」
「は……はぁ」
少女は訳もわからず固まっている。
「高貴な君から逃げ出してしまうとは……君に、君のその透き通る程澄んだ君の純真な心をどれほどの傷をつけてしまっただろうか!」
「え、いや別に……」
少女は激しく引いている。だがルカはそんなことは気にしない。
「僕はその重たい重たい罪を身を持って償わなければならない! 違うか!?」
「うん、違うね」
「違うはずなんてない! そう、僕は! 責任をもって君を愛することをここに誓おう!」
あまりの騒ぎに宿の女将まで出てくる始末だ。だがルカはそんなことは気にしない。
「ほっ、本当にやめてください! 治安部隊呼びますよ!」
変人に絡まれたという状況が理解できた少女は叫ぶ。だがルカはそんなことは気にしない。
「治安部隊? 呼ぶ部隊が違うんじゃないかな子猫ちゃん?」
ルカは天に向かって叫んだ。
「僕は今燃えているんだよ! 恋という炎に!」
そう言い切ったルカに、大量の水がぶっかけられた。恋の炎、ここに鎮火す。
振り向くと宿屋の女将がバケツを持って立っている。
「冷やかしならとっとと帰んな!」
そう叫ぶと女将は少女を連れて宿の中へ入っていった。
残されたルカは静かに微笑んだ。
♦♦♦
「なあ、コイツ、なんて名前だったかな」
長身の男は肩に掛けた鉄の塊を持ち上げ太陽にすかした。鈍い光が反射する。
「んー、ええと、厶……マスイジュウ? だとか言ってたな」
もう一人の男はそう答えた。こちらは大きな箱を乗っけた台車を転がしている。
「マスイジュウのマスイは麻酔ってわかるけどよ、ジュウってなんだ?」
「んえー? わからねえよ。数字の十しか知らねぇな……」
男は頭を掻きながら続ける。
「んまー、だけどよ、ジュウが一体何なのかがわからなくてもよ、性能の良さは俺でもわかるぜ?」
「はっ、確かにな」
長身の男は鼻で笑った。
「コイツの引き金を引くだけでマモノが簡単に捕まえられちまうなんて、全く、楽な仕事だぜ」
「そうだな」
男たちは陽気に笑う。
「ま、さっさと金受け取って飯でも食おうや」
「ソイツがいいな」
そんなことを言いながら彼らはコロシアムの中へと入っていった。
♦♦♦
ララは低迷した意識の中、先ほどの出来事を思い返していた。
自分の名を呼ぶ悲痛な妹の声。身体全体にまわる謎の気だるさ。ニンゲンの笑い声……。
と、身体に冷たい感覚が走りララは目を覚ました。
「うぅ……」
重くのしかかる重力にうめき声を上げる。
身体を動かそうとしたのだが、どうもうまく動かせない。ぼんやりとする頭で視覚の情報を必死で処理する。
見ると自分の四肢が鎖によって後ろの壁に繋がれていた。周りを見渡すと自分と同じように鎖に繋がれうなだれる何体もの魔物の姿が一定感覚に見えた。
そして目の前には冷徹な目でこちらを睨む一人の男がいた。細身ではあるがしっかりと筋肉のついた男だ。
「くそ……劣等種が……」
ララのそのつぶやきに男の片眉がつり上がった。
「……なんと言った」
男はララを見下しながら小さな声でそう言った。
「はっ、劣等種は大きな声でしゃべることもできねぇの……」
ララがそう言い切らないうちに男の右足がララの顔面へと飛んだ。
「あがっ……!」
男はすかさずララの髪を鷲掴みにして引き寄せた。
「お前、立場がわからないのか?」
低く冷たい声がララに飛ぶ。それでもララは睨みつけることをやめなかった。
「貴様こそニンゲンのくせに偉そうだな」
男はララの髪を引っ張り上げ地面に打ち付けた。無言のまま男はうつ伏せに倒れるララの右腕を背中へ動かし両腕で強く押し込んだ。必死の抵抗も虚しく、可動域を超えたララの肩は脱臼した。
「アァァッ!」
あまりの痛さに叫び声がこぼれ、冷や汗が流れ出た。
ララは痛みを堪えて男の足首を左手でつかもうとした。だが、男はその手を容赦なく踏みつけた。
「……殺してやるッ! 貴様のような下賤で卑劣なニンゲンは……ぶっ殺してやる……!」
威勢良くララが吠えるが男は相変わらず冷たく見下ろしている。
静寂が訪れ、ララの不規則な息遣いだけが薄暗くて広い部屋に響いた。
沈黙を破ったのはその男だった。
「予定変更だ。今夜のショーのおもちゃはお前だ」
そう言って男は笑った。
その笑顔は、ララが今まで見てきた中で一番邪悪な笑顔であった。
♦♦♦
セラは女王が採ってきた果物をほおばった。瑞々しい果汁の味が口の中を駆け巡り喉を通っていく。
「はぁ……生き返る……」
久しぶりの食事にセラは感嘆とした。
「ふうむ、それは良かった」
クイーンハーピーは美味しそうに果物を食べるセラを見て満足げに微笑んだ。
「それにしても、食事も出せない無能精霊なんているとはなぁ。たまげたもんじゃ」
「あぁ?」
貶された精霊はじろりと女王を睨む。
「ふん、我は食事を取る必要などないのでな!」
偉そうに精霊が反論するが、クイーンハーピーは微塵も聞こえていないかのように無視をした。
そんな女王にセラは思い出したかのように質問をした。
「そういえば……女王様は何故ここに来られたんですか?」
「うむ……」
その質問にクイーンハーピーは目をつむった。何かを考え込んでいるようである。
少しの間があった後、女王はその口を開いた。
「そうだな……そろそろ頃合いなのかもしれん……」
「……?」
「セラよ……わらわがあの男、ルカと話をしたということは知っているな?」
「はい。内容までは知りませんが……」
セラはこの旅が始まる前のことを思い返した。女王とルカが二人きりで話し合いを行い、その結果ルカと魔王の元へ向かうこととなったのだ。その内容はずっとセラの中で疑問に思っていたことだった。
女王は今一度目を瞑り、一息をつくと話し続けた。
「……今からおぬしにその時の話をしよう」