コロシアム周辺。辺りはチケットを買い求める客で賑わっていた。そんな人混みの中をかいくぐり進む一人の男の姿があった。ルカだ。
手にしたりんごにかじりつきながら何食わぬ顔で通りの路地の奥へ進む。ルカは周囲に人がいないことを確認すると物陰の中に声をかけた。
「スイさん」
すると木箱の裏からぬるぬるっとスイが姿を現した。
「おう、早かったな」
「そりゃあ僕ですからね、早いに決まってる。っと、りんご買ったんですけど、食べますか?」
ルカは無駄にデカい袋の中から赤く染まった果実を幾つかちらつかせる。
「もちろん食うぜ」
そう言って伸ばされたスイの手にりんごを乗せた。スイはりんごを口元に寄せる。その挙動をルカはじーっと見つめていた。
「ん? なんかおかしいか?」
「あっ、いえ、いや、スライムはどうやって食事するのかなぁって思ってですね……」
「? 別に普通だぜ? やっぱりおまえ、変なヤツだな」
スイはりんごを口の中に放り込んだ。もぐもぐと口を動かす。外からはりんごを噛み砕く様子が透けて見て取れる。
「へぇ〜……噛むこともできるんですね」
「うん、身体のどこでも自由に固くできるからな」
頬に潰れたりんごを含んだままスイはどこか嬉しそうに言う。
しばらく咀嚼した後、りんごはスイの身体の中へと落ちていった。
「おおお、落ちた落ちた、飲み込んだ」
ルカからはその様子が丸見えである。
「やめろよ〜なんか恥ずかしいな〜」
少し照れるスイの身体の中をふよふよと砕かれたりんごが漂う様を見ていたルカにある考えが浮かぶ。
――このりんご、取り出せるのではないだろうか。
思うが早いか、ルカの手はスイのお腹めがけて飛び出していた。勢いのままお腹の中にルカの手が入り込んだ。
「ひゃうっ!?」
スイの短い悲鳴が上がった次の瞬間、今度はルカの悲鳴が上がった。
「いででででぇっ!?」
スイはルカの手が入り込んできた部分を即座に硬化させていたのだ。痛みを伴う圧迫感がルカの手のひらにかかる。
「それは、ダメだ。それだけは、ダメ」
スライムなのでしっかりと判別は出来ないが、心なしか頬を赤らめスイは言う。
「ごめんなさい……いだい……潰れ……あの、痛くて……手が、その、痛い……」
「もうやらないな?」
「はい、すみませんでした……」
ルカの謝罪をスイは許容し力を解いた。途端にルカはころっと表情を笑顔に変える。
「ああ……スイさんのなか、温かい……」
そう言って懲りずに手のひらをスイのなかで動かす。すぐさまスイは身体を硬化させたが、間一髪ルカの手は引き抜かれていた。
勝ち誇ったようにルカは声を上げる。
「今のはセーぶべらぁっ!?」
言い切らないうちにスイの拳はルカの頬に放たれていた。
「で? コロシアムの偵察の方はどうだったんだよ?」
痛がるルカを尻目に冷たくスイは訊く。赤く腫れたほっぺたをさすりながらルカは答えた。
「ああ、警備はザルでしたよ。裏口に一人だけでした」
「一人っつってもよ、ちゃんと作戦はあるのか?」
「ええ、バッチリです」
ルカは自信満々に言い放った。
♦♦♦
「あのー、すみませーん」
コロシアム裏口前に立つキャップを被った黒服の男に話しかける一人の青年がいた。ルカだ。手には何かが入った大きめの袋を持っている。
「ええと、コロシアム関係者の方ですよね?」
ルカがそう尋ねると、男は服装を見て判断しろという態度で「そうですが」と答えた。
「あー、あの、なんかぁ、さっき偶然魔物に遭遇してですねぇ、なんか生け捕りすることができたんですけどぉ、こういうのはコロシアムの方に引き渡すのがいいのかなぁって思ってですねー」
「その魔物は……その袋に?」
「ええ、そうです」
そう言ってルカは袋を男の前に差し出した。流れで男はそれを受け取った。そのまま中身を確認しようとして袋を開けると、中からスイが飛び出してきた。
「うわぁっ!」
突然の出来事に驚いた男は袋を投げ捨て後ずさった。男の背後へと移動していたルカは、よろける男の首元を腕で引き寄せ締め上げた。
「くふぅっ」
頸動脈を締め付けられたことによって血圧が低下し、男の脳に運ばれる酸素の量が少なくなっていく。十数秒後には男は力なく腕を垂らし失神していた。
「よし」
ルカは男を近くの茂みまでなんとか引きずると、男の着ていた制服を奪い取り服の上からそれを着用した。
「なんで上から着るんだ? 分厚くみえるぞ?」
スイが尋ねるとルカは少し照れた顔で答える。
「服をおいておく場所が無いんです」
「ああ……なるほどな」
「まあ、とりあえず中に行きましょうか」
ルカはスイに再び袋に入るよう促した。
「え、この先の作戦はないのか? 聞かされてないけど」
「ありますとも。プラン『臨機応変に』です」
またもや自信満々に言い切るルカ。
「いやそれ、ノープランじゃねぇか!」
スイのツッコミには耳も貸さず、ルカは裏口の扉を開けた。