天子と早苗の午後の一時。
刺激を欲する天子へと、早苗は外の話を語って聞かせてやることに。

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比那名居天子は未知を望む

 人里のとある喫茶店。窓際の陽光降り注ぐ絶好の席に腰かける女性が二人。

 その片割れである青い髪の女性、比那名居天子は、置かれたカプチーノなる飲み物をおっかなびっくり口に含んだ。その顔が苦々しく歪む。

 

「にっがー! なにこれ、泥水なんじゃないの!?」

 

 幻想郷ではまずお目にかかれない外の飲み物を販売しているこの喫茶店。外の世界出身の女性が店主を務めているということで、内装も人里で類を見ない装飾が施されていた。そんな店の雰囲気に誘われてか、お昼時を過ぎた現在においても客の姿が多くみられる。

 

 名前の響きが好きだからと注文したものが気に入らなかったのか、天子は叩き付けるようにコップをテーブルへと戻した。もちろん、天人の力でも割れないように最低限の注意を払いながらだが。

 

「その苦みを楽しむものなんですよ、カプチーノって。あと、それは列記とした飲み物です」

 

 舌を出し、水で口を清める天子。よほど口に合わなかったんだろうなあと、対面に腰かける東風谷早苗は自分も注文しておいたミルクティーのカップに口付ける。

 

「あ、おいしい」

 

「なになに、私にも一口ちょうだいよ。泥水全部あげるから」

 

「泥水もらっても嬉しくありませんけど……仕方ありませんね。交換しましょう」

 

 自分一人だけ楽しむのも如何なものかと思い、早苗は自分のコップと天子のコップを入れ替えてやる。そのままの手でカプチーノを口に含めば、程よい苦みが口内に広がった。

 

「あ、これもなかなか」

 

 苦みを楽しむようにカプチーノを飲む早苗。その様が酷く可笑しくて、天子はまるでこの世の者ではない何かを見るような眼差しを早苗へと向ける。

 

「あんた、よくそんなもの飲めるわね。尊敬するわ……って何これ、美味しいじゃない」

 

「……天子さん、ただ甘党なだけなんじゃないですか?」

 

「甘党って何よ」

 

 外の世界の単語を、天人である比那名居天子は知らない。だから問い返してみれば、早苗はただ笑みを深くしただけだった。その反応に、少しむくれて見せる。

 

「ねえ、甘党って何よ」

 

「えぇ、気になります?」

 

「気になる」

 

「本当の本当に?」

 

「……」

 

 少し腹が立ってきた。ここで緋想の剣を抜いてやろうかと思考していたら、早苗は苦笑いを浮かべながら口を開く。ここでの乱闘騒ぎはマズイと思ったのだろう。

 

「甘い物が好きな人たちのことですよ」

 

「なに、それだけ?」

 

「それだけです」

 

 その返答を聞き、伸びきった魚のようにその身をテーブルへと投げ出す。拍子抜けとは正にこの事。

 

「あんた、私を揶揄って楽しいの?」

 

「ええすっごく。天子さんの反応が面白くて、まだ揶揄ってもいいですか?」

 

「勘弁してちょうだい……」

 

 彼女は、比那名居天子が未知に対してどれだけ心躍らせるかを知っているのだろうか。

 楽しそうに笑みを浮かべている早苗を見ると、恐らくは知らないのだろう。知っていてそのように振る舞っているのなら大したものだが。

 

 天子は、話題を変えようと本題を口に出す。

 

「ねえ、それよりも……外の話を聞かせてよ」

 

 外の世界の話を、外出身である東風谷早苗に問うた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 比那名居天子が東風谷早苗と出会ったのは、半年ほど前のこと。

 何てことの無い出会い。人里で偶然知り合い、それからも数度顔を合わせていると、気付いたら挨拶を交わす仲になっていた。

 元々、天子は人付き合いが上手な方ではない。それは元来の性格も起因しており、あの異変の後から知り合いは出来ても仲の良い関係に発展したことは一度もなかった。さらに、天子自身があまりそういうことを望まなかったことも大きい。

 

 とまあ、色々な原因が存在して、比那名居天子には仲の良い知り合いが一人もいなかったのだ。

 

 だから、そんな天子に対してよく話しかけてくる早苗の存在。それは天子の目に、良くも悪くも印象的に映った。そして、そんな彼女から興味深い話が飛び出せば、飛びついてしまうのは仕方のないことだった。

 

――外の世界にはここには無い物がたくさんあるんです。

 

 早苗はそう言った。

 比那名居天子は刺激――もっと言えば未知というものにとても焦がれていた。天界生活の弊害か、何もない生活に嫌気が差して先の異変を起こしたのだ。だから、天子はそういう未知や刺激に飢えていた。

 

 だから、早苗の言葉に身が震えたのだ。

 

 

 

 

「外の世界にはパソコンと呼ばれる機械があってですね、それで世界中の人たちとチャットをしたりゲームをしたり、色々出来るんです」

 

 こうして彼女から、外の世界の話を聞くのは何度目だろう。数えていないので正確な数字は天子には分からないが、何度聞いても飽きを感じることはない。それだけ、外の世界には天子の知らない事で溢れているということだ。

 

「ちゃっと……?」

 

「ええっと、リアルタイムで離れた人と文字で会話する……機能と言いますか何と言いますか」

 

「え、離れた人と文字で会話? ごめん、日本語で話してくれない?」

 

「……説明しずらいです」

 

 ほら、また一つ未知が増えた。

 彼女の言葉の一つ一つに、比那名居天子は未知を見出す。まるで小さなビックリ箱のようだ。

 何度開いても面白い仕掛けが飛び出すビックリ箱。天子にとって、早苗の語る話はまさしくそれであった。

 

「ねえ、他にはないの他には」

 

 もっと教えてくれ、もっと聞かせてくれとせがむ。すると早苗は、何時も困った顔を見せ、それでも天子に新しい未知を語って聞かせてくれるのだ。誰かと一緒にいて、これほどまでに楽しいと感じた時間も珍しい。

 

「そうですね、では漫画の話なんかどうでしょうか」

 

「……漫画?」

 

「ええ、紙芝居ってご存知ですよね」

 

「あれでしょ? 紙に絵を描いてめくっていくやつ」

 

「そう、それです。その強化版です」

 

 外の世界の漫画について、楽しそうに話す早苗。

 早苗は語る内容によって表情を変える。だから、今話している内容は早苗が外の世界で好いていた物の話なんだとすぐに分かった。

 

「へぇ。つまり、台詞が紙に書かれている紙芝居ってわけね」

 

「まあ、間違いではないですけど。何と言いますか、もっとこう……」

 

「クオリティの高い紙芝居」

 

「そう、それです! とにかく凄いんですよ外の漫画は! 私が大好きなのはですね……」

 

 聞かされるのは、カッコいいヒーローの話だとか、ロボットの話。ロボットというものが分からない天子には存在そのものが未知なのだが、早苗はそれに気づくことなく熱心に、その作品の素晴らしい所を挙げていく。その表情があまりにも活き活きしていて、天子は何故か胸が暖かくなるのを感じた。

 そうして聞いていると、早苗の声音はテンションと共に上がっていく。

 

「あとは、やはり何といってもアニメですよ!」

 

「アニメ?」

 

「はい! 日本が産んだ世界の宝です!!」

 

 そのアニメなるものは、やはり天子にとって理解の及ばぬものだ。早苗はそれを声高らかに、自慢気に語る。

 

「こう、画面の中を絵が動くんです。これの利点は、現実ではあり得ないような展開を再現出来るという点でしょうか」

 

「……絵が動くって、そりゃまた凄いわね」

 

「パラパラ漫画みたいな感じです」

 

 そう言って早苗は懐から手帳を取り出し、何やら書き始めた。

 待っている間、天子は手持無沙汰になる。残り少ないミルクティをチビチビ飲んでいると、完成したのか早苗が手帳の一ページ目を此方に開いた状態で見せてきた。

 

「今からアニメの片鱗をご覧に入れます。括目して見よ」

 

 そこに描かれているのは人間であろうか。ハッキリ言って、完成度はあまり高くない。辛うじて人間と判別できるレベルだ。だが、そんな考えも次の瞬間には衝撃に飲み込まれて消えていた。

 

「うわ、何これすごい!」

 

 そこでは、天子にとって信じられない現象が起こっていた。

 書かれた人間が動いているのだ。跳んだり屈んだり、それはもう活き活きと。天子は目を輝かせる。

 

「ねえねえ、これどうやってるの!?」

 

「これはですね、ページを捲ることによって目の錯覚やら色々な影響を引き起こし、あたかも動いているように見せる技術です」

 

 もう一度、早苗は手帳を高速で捲って見せた。

 

「へえ、凄いもんね。やっぱり外の世界って進んでるんだ」

 

 幻想郷では見ることができない技術に、天子は舌を巻く。

 

 天人という存在は、天から下界を見ることができる。それはこの小さな箱庭だけでなく、外の世界だって例外ではない。だが、天子が見ることが出来たのは限られた範囲だけ。そこに外の世界は含まれていない。だから、天子の知る情報の中に、外の世界に関することは存在しなかったのだ。

 

「一度見てみたいわね、そのアニメってやつ」

 

 だから、深く考えることなく思ったことを口にした。

 こうして知識を得ると実物を見たくなる。アニメはもちろん、他にも色々と目にしたいと思っているものは存在する。だが、それが叶わぬ願いだということも、天子は理解していた。

 

 そんな天子の言葉を聞き、早苗は苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、その辺りは紫さんに要相談ですかね。あの方なら、テレビくらい用意出来そうですし」

 

「えー、私あのスキマ嫌いなんだけど。何ていうか胡散臭いし近寄りがたいし」

 

「ボロクソ言いますね天子さん。まあ、分からないでもないですけど」

 

 あの胡散臭い笑みを思い浮かべ、天子は気分を害したように表情を歪める。八雲紫に対する大勢の意見は色々あるだろうが、その一つの点においては皆同じものであるはずだ。それに加え、天子は異変において紫に敗北している。天子の抱く紫に対する印象は、最悪の一言に尽きた。

 

「あれ以来、紫さんとは会っていないんですか?」

 

「うん。避けてるし、あっちも私を避けてるんじゃない?」

 

 天子があまり博麗神社に近づかないのも、それが理由だったりする。たが、それは紫を恐れているからではない。面倒ごとを避けたいと思っているだけだ。そこだけは勘違いされては困る。

 

 内心強がってはいるが、あの時の紫が浮かべた侮蔑の表情は、天子の中で軽いトラウマとなっていた。

 

「天子さんにも色々あるんですね」

 

「まあ、生きてればね。そりゃあ色々あるわよ」

 

 見れば、もうコップの中は空だった。

 まだ何か頼もうかとも考えたが、窓から見える景色にその考えも改める。

 

「ねえ、そろそろ時間じゃない?」

 

 外は夕日によって真っ赤に染まっていた。もう一時間もしない内に夜がやって来るだろう。

天子としてはどれほど帰りが遅くなろうと、何か言ってくる相手はいないので問題はない。だが、早苗は違う。

 

「そうですね、晩ご飯を作らないと。諏訪子様も神奈子様もお腹を空かせてそうですし」

 

「じゃあ、今日はもうお開きってことで。悪かったわね、時間取らせて」

 

「気にしないでください。私も外の世界を久しぶりに思い出すことが出来て、楽しかったですから」

 

「そう? じゃあいいけどさ」

 

 帰り支度をするほど、重装をしているわけでもない。天子はもちろん、早苗も手に財布を持つだけで立ち上がる。

 割り勘して外へ出ると、燃えるような夕日が目を焼いた。

 

「うわっ、眩しい」

 

「午後はずっと屋内にいましたからね、気持ちいいです」

 

 天子は眩しさから逃れるように、右腕で顔に影を作る。幾分か和らいだ視界で早苗を見れば、固まった体を解すように大きく伸びをしていた。発育の良い胸が大きく揺れる。

 

「それでは天子さん。私は東出口から帰るので、今日はここで」

 

 里の外へ出てから飛ぶつもりなのだろう。里の東へと歩みを始めた早苗に、天子は右手を軽く振りながら言葉を発する。

 

「またね、早苗」

 

「……はい、また」

 

 別れ際、早苗の横顔は少し動揺したように見えて。だが、思い当たることの無かった天子は、背を向けて自分も帰路へと着くのだった。

 

 




さなてんのSSが少なかったので書いてみました。
ネタが思い立ったら続くやもしれません。

さなてんが広まればいいなと思います(コナミ)


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