Road to death —死への道— 作:みんみん
———始まりは、10年前の誕生日だった。
「死ね、死ねぇー!」
「死ぬもんかぁー!」
わたしは死にかけていた。
ナイフを持った不審者にかれこれ1時間も追いかけられていたのだ、目の前にあの世がちらついていてもおかしくない。
「テメェ、いつまで逃げやがる!いい加減殺されろ!」
「いやだ!素直に殺されるもんか!」
わたしは小回りを効かせながら一般人の二割り増しのスピードで逃げるが、人気のない横路に入ったところでしまったとつぶやいた。なんと、行き止まりだったのだ。
急いで後ろを振り返り、まだ不審者が追い付いてきていないか確かめる。それから、横の建物はレストランなのだろう、大量の生ゴミに目を留める。
気持ち悪いが、仕方ない。ゴミを漁り、武器になりそうなものを取り出す。見つかったのは、割れた食器とナイフだ。
ナイフは生ゴミがベットリと付着し汚れているが、奇跡的に刃こぼれしていない。見つけたキッチンペーパーで汚れを拭き取り、腰のベルトに挟んだ。食事用ではあるが、今の状況では武器として上々だろう。
出来るだけ大きく、破れていないナフキンで割れた皿数枚を包み、立ち上がったところで奴が来た。
「おやおや、死ぬ気になったのか?そりゃ残念だ。最後まで抵抗してくれたら最高の殺しになったのに、持っているのが汚れたナフキン1枚か。笑えるなぁ」
不審者は黒い目を妖しく光らせながら迫って来る。口からは涎が垂れ、ハアハアと息づかいが荒い。わたしは目を限りなく細め、タイミングを見極める。
イギリス人のホームレスであるわたしは、小さい頃から盗みを働きながら路上で生活していた。警察官に追いかけられたこともあったし、今のように殺人鬼の餌食になりかけたこともあり、その際に何度も命のやりとりを経験している。そんな中生きて来られたのは、抜群の運動神経と機転の良さ——そして何よりも、激しいほどの生への執着。これがあって生き延びていたのだとわたしは自信を持って断言出来る。
故に、わたしは諦めることをせず、微弱な武器を手に挑んだ。
不審者が大ぶりのナイフを振りかざし、その手を降ろそうとしたところでわたしは動いた。
バク転で後ろに飛び、ナフキンを敵の顔に投げつける。絶妙な具合に投げつけられたナフキンから尖ったかけらが飛び出し、
奴がもがき、苦しんでいる隙に行き止まりになっていた壁の横に生ゴミの袋を積み上げ、それに乗って壁を越えた。
反対側の家の庭にドサッと落ちる。
わたしはすぐさま立ち上がると肩まで伸びている黒髪を手ぐしで梳かし、ジーンズとパーカーもはらってなんとか見られる格好になると、庭を抜けて表通りに出た。
夕方ということもあり、人通りはかなり少ない。わたしは伸びた髪を肩の長さでナイフでバッサリ切り、手ぐしで梳かしている。また、その中性的な顔立ちとミッドナイトブルーの瞳。背も児童のそれであるため、一見性別の判断がつかない、公園で大暴れした普通のガキかワイルドな少女にしか見えないだろう。
「……お腹空いた」
そして、重大な問題が発生した。それはわたしが今つぶやいた通り空腹であること。しかも、かなり重度の。
さっきまでは戦いに備え緊張していたから気付かなかったものの、今はそういうわけにはいかない。辺りを見回すが、高級住宅地であり、泥棒とホームレスにとって最悪のセキュリティ環境だ。
さて、どうしようか。このままじゃ飢え死にしてしまう。
そう考えているうちにも意識がどんどん薄れていく。どこかの家の茂みに倒れ込む。
ああ、ここでおしまいなんだ。
声にもならず、無声音でその言葉が零れる。ハッと気が付き、わたしは涙を流した。
まだ、死にたくない……。
わたしは力尽き、ミッドナイトブルーの目を閉じた。