詩乃の不安
予選がつい三日後に迫ってきた第二回BoB。このイベントは原作知識を持つ俺にとって、単なるゲームの大会という目的以上の意味を持っていた。
というのも第二回BoBが、新川が死銃の一人になってしまうことに深く関わる大きな出来事だということを俺が知っているからである。
原作での流れはこうだ。第二回BoBでシノンは無事本大会まで勝ち残り22位になるのだが、新川――シュピーゲルは予選準決勝で敗退。そして本大会で、実質GGOトップのAGI型である闇風を破って優勝したゼクシードが《AGI万能論》を否定。それにより《AGI万能論》を信用してAGIにステータスを全振りしていた新川が彼を憎み、死銃事件が始まる。簡単に纏めるとこんな感じだ。
要するに、この大会の結果によって死銃事件の発生如何が大きく変わるのである。
だから。
例えば、俺が本大会または予選でゼクシードと当たり、そこで彼を倒すことが出来さえすれば――
死銃事件を未然に防ぐことさえ不可能ではない、筈だと思う。
「出来る、とは思うんだけどなぁ」
夜の11時。まだ俺の部屋の灯りは消えていなかった。第二回BoBの予選が近付いている今、日が経つに連れて俺の緊張は増しに増している。明日ある学校の事など、眼中には無い。
当然だ。俺の大会の成績で、新川と詩乃の運命が大きく変わるのかもしれないのだから。
今まで数ヵ月友人として接してきた俺には分かる。新川は別に根っからの悪いやつじゃない。一応とはいえ、他人のことを思いやることが出来ている。だから、原作の詩乃が一度新川に惹かれたのも納得は……行かないが、まあ分からなくもない。
確かに、少し歪んでいる所はあるのかもしれないが、それでも、死銃事件のために彼の人生が無茶苦茶になるというのは、新川のゲーム友達として看過できる物ではない。
――何にせよ、俺の頑張り次第か。
ドアの鍵が閉まっているのを確認し、部屋の電気を消す。だが、俺は眠ろうとはせず、慣れた動作でアミュスフィアを頭に装着し、ベッドに寝転がる。今はこちらが最優先だ。睡眠時間なんて――学校で幾らでも取れる。
そして俺は
「リンク・スタート」
BoB前の訓練の仕上げに、銃弾飛び交う荒野の世界へとログインした。
*******
最近、随分幸人に元気が無い。否、何かを思い詰めている、といった方が正しいかもしれない。
私と話しているときでも、ここじゃない何処かに意識が行っているようで、完全に上の空だ。それに、全然寝ることが出来ていないようだ。寝不足でふらつく彼を見ていると、とても不安になる。
何か、無茶をしているんじゃないか。
けれどもその不安を口に出すことはしなかった。
私が聞いたら、幸人は一応答えてくれるだろう。何時ものように肝心な所をボカした、空虚な話を。
私が望んでいるのはそんな答えじゃないと気付いていても、それを話す。まるで私が信用されていないようで、辛くなる。
だから、今は聞かない。また、幸人が話してくれるときがくれば、聞けばいい。それだけのことなのだから。
でも、それが分かっていても。
「少しくらいは頼ってくれても良いじゃない……」
漏れ出るその言葉を抑えることは、私には出来なかった。
不安が拭われることの無いまま、時は流れていく。
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三日はとても早く過ぎていった。
「能力値も十分。装備も上々……っと」
第二回BoB予選当日。死銃対策にウインドウを不可視状態にしてエントリーを終えた俺は、選手用の控え室で最後の点検を行っていた。
出来ることは全てやったつもりだ。武器の整備はバッチリだし、予選で当たる相手の情報も入手出来るだけ入手しておいた。残念ながら予選でゼクシードと当たることは叶わなかったが、それは運が悪かったとしか言い様がない。代わりと言うのもおかしいが、予選でシュピーゲルやシノンと当たることはなかった。そこは有り難く感じている。シュピーゲルを準決勝で破るのが俺だった、なんていう最低な結果は望んでいない。
ここまでして、それでも予選落ちしたりするのであれば、単純に俺の技術が低かったというだけ。そこは諦めて起こるであろう死銃事件の『解決』方法へと思考を進めることにするとしよう。
……まあ、でも。
「負けるつもりなんてサラサラ無いけどな」
俺は呟き、ストレージから出した愛銃を静かに握りしめた。
第二回BoB、予選――
開始。