BoB本戦では、1つの広いフィールドに30人のプレイヤーが押し込まれる。フィールドはステータスによる有利不利の偏りがないように幾つかの環境が設定されており、それを上手く利用することで相手を倒し、また長く生き延びる。
もちろん、本人のステータスも関わらないことは無いが、本戦において最も重要なのは――
ステージの使い方、なのである。
例を挙げよう。
例えばシノンのようなスナイパーは、自分は見付かりづらく、相手が見えやすいような……待ち伏せが出来る場所を基本的に選ぼうとする。
俺のような身軽なSTR型だと、木が遮蔽物となるために狙撃されづらく、且つ3次元機動を活かせる森林が最も向いている。
このように、それぞれが得意なステージへと相手を誘導し、その利点を活かして敵を各個撃破していく。これが、基本的なBoBの戦い方だ。第三回のキリト達はその視点で見ると実に異常で、あれはタイプが違う二人が組むことによってステージによる不利な点をなるべくカバーし、後何より『主人公補正』とかいうチートなスキルを持っているから出来たことである。何それセコい。
だから俺にとって、本戦開始地点が森林である、と言うことはとても嬉しいことであると言えた。実際に喜んでいたのだ。
始まって少し経った後に見た最初の衛星スキャンで、肝心のゼクシードの位置がマップの真反対と知るまでは。
「むぅ……」
鬱蒼と生い茂る枝葉に紛れ、緑色の迷彩服を身に纏った俺はなるべく下から見えにくいような樹の上の方に潜んでいた。衛星スキャンでは基本的に高度を表示しないため、今の俺を探すのは骨が折れるだろう。それに何より、先程見たスキャンでは交戦可能域に入っているプレイヤーは一人も居なかったため、俺の所へと誰かが来る心配は無い。
取り敢えず一息付き、次に思考を向けるのはゼクシードについて。
流石にマップの端から端まで行くとなると、絶対に何処かでプレイヤーと鉢合わせすることは想像に難くない。相手も相当の猛者なだけに無傷で切り抜けるなんて不可能だろうし、下手するとそれだけで死にかねない。
かといって、待つだけと言うのも難しい。同じ場所に止まっていればそれだけ奇襲を受けやすくなるためだ。
希望は相手から此方へ向かってくることなのだが――
「んなことしてくれるわけ無いだろうしなぁ」
俺とゼクシードにそんなかかわり合いが無い以上、彼がリスクを背負ってまで俺を狙う理由が無い。
シノンはシノンでマップの南側――要するに俺の方が近いため、シノンを当てにするわけにも行かない。
「さてさて、どうするかな」
周りへの警戒を怠らないまま、俺は目を細めて小さく呟いた。
*******
結局、私はヘカートを持っていかなかった。
幸人の注意を無視するようだが、流石に対等に戦う相手の言葉を鵜呑みにはできないし、しようとは思わない。幸人を信用していないわけではないが、言われたからと言って自分の考えを変えるつもりは無いからだ。
遠藤さんの時は自分でも彼女たちの態度に違和感を感じていたところがあったから話を聞いたが、今回はその限りではない。
ただ、『狙撃に気を付けろ』というもう片方の忠告は頭の片隅に置いておくことにした。と言うのも簡単で、なるべく拓けた所を移動するのは避けるのだ。それはそこまで難しいことではないし、私としても狙撃されて即死なんていう呆気ない終わり方は望んでいない。
ただ、どんな風に注意しても勿論何処かに問題点は有るわけで。例えば、今回の場合は拓けた所では無いだけに、『視界が広くない』ということであったり。
崩れかけの家の壁に沿って静かに歩いていると、突然目の前に一人のプレイヤーが飛び出してきた。
「……ッ!」
迎撃は間に合わない。
そう即座に判断し、その場へ伏せる。
この判断はほぼ反射的な行動で、正解と言える物ではなかったが――今回は偶々それが私を救った。
目の前に飛び出てきたプレイヤー。彼の注意が完全に彼が飛び出してきた路地の向こうへと向かっていたためだ。どうやら、彼は誰かから逃げている途中らしい。
それに気付き、バレるわけにはいかないと半壊になった壁の穴から慌てて民家に飛び込む。
姿勢を整え、割れた窓から視線だけを外へ向けると、逃げるのを諦めたのだろうか、先程のプレイヤーが廃ビルの陰に潜んだのと、もう一人。彼を追いかけてきていたのだろうプレイヤーが見付かった。
追い掛けていた方の姿を見て、思わず息を呑む。
――薄塩たらこ。
GGO内で最も大きなスコードロンのリーダーである。GGO内で有名なプレイヤーを3人挙げろ、と言われればほぼ必ず入るであろうベテランだ。
彼は相手を追い詰めているにも関わらず、油断なく周囲を警戒していた。
どうやら、二人はここで決着を付けるつもりらしい。
漁夫の利を狙えるか、どうか。
数秒考えた後、私は窓枠に載せるようにして銃を構えた。
*******
悩んでいても仕方ないと開き直り、狙撃に十分注意しながら森林地帯を歩いていると、ふと脳内に軽いアラームが鳴った。
「……っと。そろそろ時間か」
BoB本戦では出場者に小型の端末が配られる。これは15分毎に全プレイヤーの位置が配信されるという物で、試合に動きを持たせるためのアイテムだ。
俺はこれが見れるようになる1分前にアラームが鳴るように設定してある。余裕を持って見れるように、という考えである。
適当な藪の中に隠れ、端末を展開。
……そして少し待つと、衛星スキャンが始まった。
上からゆっくりと読み込んでいき、その南端付近、俺が今いる森林の所まで読み込んだ所で、俺は一番近くに居るプレイヤーの名前に、苦笑を禁じ得なかった。
「マジか……。『闇風』さんとここで当たるのかよ」
向こうも近くに居る俺の名前を発見したのだろう、地図上から見ても分かる速度で俺の方向へと動き始めた。
待ち伏せのことなどはろくに考えていない――否、AGI特化型にとって、一番有効な待ち伏せ対策が『動くこと』だと知っているからこそのこの動きである。
戦闘は免れ得ない。
仕方なく俺は、踵を返して森林の奥深くへと向かった。
逃げるためではなく、自分にとって最も有利な地形を活かすために。