特に問題も起きないまま、俺とキリト、そしてシノンはそれぞれ予選決勝へと駒を進めた。
結局、キリトやシノンと話すことも出来ないままだったのは悔やまれるが、死銃とキリトの遭遇イベントをすっかり忘れていた事に気付き、アイツの精神状態が大丈夫かどうか心配だった俺としてはひとまず胸を撫で下ろす結果となった。
少し長く感じた転送時間を経て瞼を開ける。
ステージは何というか⋯⋯ある意味予想通り、《大陸間高速道》だった。準決勝が《曠野の十字路》で、敵プレイヤーが《スティンガー》であった時点で大体これも予想はついていた。
と言うかここまで一致するとランダムって何だっけってレベルだ。
前準備は楽で済むが、一人不正をしている気分になってどうも落ち着かない。
適当にぐるりと視線を向け、自分の位置を再確認してみる。真後ろには何も無い──というより、そこはステージの最東点である。これより後ろに行くことは出来ないという訳だ。目の前には幅100メートル、そしてあれやこれやと障害物だらけのハイウェイが広がっている。
「さて、どうするかな」
相手を探して走り出すことも、何処かに隠れて待ち伏せることもせず、俺は静かに空を見上げた。
1対1の試合でここまで気を抜くのもどうかと思うが、キリト側にやる気がないのは既に知っているので特に問題は無い。
シノンほどキリトとの決着を切望しているわけでもない俺は、何となく冷めた気分になっていた。勿論、キリトと1戦交えてみたいという気持ちはある。そのためにALOでリーファと特訓をしたりもした。
だが、相手のやる気が無ければそれも無意味というわけで。
どうしようか。
テクテクと無防備に歩きながら、俺はキリトと戦うために色々と思案を巡らせた。
やがて、彼の姿が夕日の中に浮かび上がった。
試合中とは思えない、何とも無防備極まりない姿。どうぞ撃ち殺して下さいと言わんばかりだった。
実際、目の当たりにしてわかった。これを真面目な試合だと思って臨んでいた場合、その相手プレイヤーは確実にキレる。うん、絶対。
シノンがキレて詰るのも当然だわ。
「えぇっと⋯⋯もしもし?」
しかし、こうなることを予め知っている身としてはイマイチ全力で怒る気にもなれなかった。
俺の声に、キリトは驚いた表情を浮かべて顔を上げた。自分が撃たれることは想定しても、話し掛けられる事は想定外だったらしい。だが、すぐに視線を逸らすと、感情を込めない声で小さく呟く。
「俺の目的は、明日の本戦に出ることだけだ。もうこれ以上戦う理由はない」
これも、原作と全く同じセリフだった。
しかし、分かっていたはずなのに、これには少しムッとしてしまった。自分でも理由が分からないまま、言い返す。
「じゃあお前と戦うつもりで色々準備してた俺がバカみたいじゃん。どうすんのさこのやる気」
すっと口を出た言葉は、俺の飾らない本心だった。
言葉を放ってからその意味が自分自身に返ってくる。
そう、俺はコイツと戦いたいのだ。だから色々準備もした。それにシノンと一緒にエントリーもしなかった。⋯⋯別にシノンとキリトを会わせないだけならば、一緒にエントリーをしておいても良かったのに。
気付けば、先程までの冷めた気持ちは何処かへ消えていた。抑えきれない興奮のようなものが俺の言葉を紡ぐ。
それは実に自分勝手な、1人のゲーマーとしての願望だった。
「俺はお前と全力で戦って勝ちたいんだからさ」
「⋯⋯」
キリトは俺の本心を探るように俺を数秒見つめ、やがて深く息を吐いた。
「⋯⋯そうだな。俺が間違ってた」
顔を上げ、俺を真っ直ぐに見て、彼は小さく呟く。
「クー。今から俺と勝負してくれ」
ぞくり、と背中を冷たい戦慄が走る。
そう、これだ。
「って言ってもこんな距離じゃしょうがないよな⋯⋯決闘スタイルで──」
「いいや、剣で大丈夫だ」
キリトの言葉を強引に遮り、手を振ってウインドウを出すと、俺は自分の光剣である《ムラマサF9》を実体化させる。キリキリとダイヤルを回すと、光の刃が灰色の筒の先から現れた。ダイヤルを目一杯回し、刀身の長さを最大である100センチ強まで伸ばす。
さしものキリトもこれは予想外だったらしく、目を丸くしていた。見た目は美少女なので謎にキュートな所作である。
「お前、それ⋯⋯」
「俺が光剣を使わないなんて言った覚えはないぞ」
コレなら問題無いだろ?
そう言って小さく笑うと、キリトはふっと表情を緩めた。
「ああ、そうだな」
キリトが光剣を構えた。隙のない、しかし余計な力が入っていない独自のスタイル。
それに合わせて、俺も構えを取る。
睨み合いが数秒続き──先に跳んだのは、キリトだった。
***
それは、この
光の刃が描く軌跡がぶつかり合い、混じり合い、複雑な模様を空中に映し出していた。
もう他の予選は殆ど終わり、モニターに映る試合は残りたった三つだけ。その中でも、この試合は特に観客の注目を集めていた。
それもそうだろう。
銃の世界で、誰が好き好んで剣同士での戦いをするだろうか。
しかし、2人はそれを行っていた。傍から見ても相当に高度な近距離戦闘。今のところクーが押されているが、それも致命的なレベルではない。
いや、押されていると言うより、クーの戦い方自体が守りに偏っている、と言うべきか。
光剣に光剣を合わせ、弾き、流す。
彼の戦い方は、何かを守ることに特化したようなそれだった。
「キリトちゃん、少し不味いかもな」
「あん? 何でだ」
ふと、私の隣のテーブルで中継モニターを見上げていた二人の男性の会話が耳に届いた。その片方、ゴツイ顔をした男のアバターが、ガリガリと頭を掻く。
「使ったことある奴しか知らんとは思うが、光剣同士で斬り合うと猛烈な勢いでエネルギーが減るんだよ。結構打ち合ってたから、もうエネルギー残量は心許ないんだろうな」
「へぇ──いや待て、それじゃキリトちゃんヤバいじゃねぇか」
「だからそう言ってんだろ。まさかあの野郎相手にあんな
その言葉にモニターをよくよく見ると、いつの間にかキリトの攻める手が緩まっていた。
キリトが光剣同士を合わせることを嫌い、攻め方を変えたのだ。苦い表情から分かるように、この状況は彼女にとって本意では無い。
この状況を打破できるとすれば『予備のエネルギーパックを空のものと入れ替える』と『エネルギーが切れるまでにクーを倒す』なのだが、どちらも現実的では無いことは明白だった。
「これは、クーの勝ちで決まりだな」
そう男性アバターが呟くのが聞こえた。
『全力でやろう』と言いつつガン待ち戦法な本作主人公君である。まぁガン待ちも立派な戦法ではあるのだけれど。
対して、原作主人公の取る手とは⋯⋯?