予選決勝戦を終えた俺はそのままログアウトせずに会場へと戻ってきた。もちろん、詩乃に真実を伝えるために。
その証明の為に転送地点付近でキリトを待っているのだが──
「アイツ、そのままログアウトしやがったな⋯⋯?」
数分経っても戻ってこない。仕様上キリトがここに戻ってくるのは大体俺と同じタイミングのはずなので、彼がここにいない理由はただ一つしか考えられなかった。
そう、予選が終わると同時にログアウトを選択したのだ。
爆弾投下しておいて自分は逃げ出すとか酷くないですか。
とは言え、いくら嘆いても彼は戻って来ない。今頃ログアウト先の病室で美人のナースさんと何かお話でもしているんだろう。何それズルイ。
溜息をつき、何はともあれもう1度弁明はしておくべきかと見慣れた目立つ水色の髪を会場内に探し、辺りを見回す。
だが、俺が見つけたのはこちらへと走り寄ってくる
「お疲れ様! 決勝戦は残念だったけど、本戦進出決定おめでとう!」
「おう、サンキュー」
笑ってそう返す。しかし、既に俺の意識はシュピーゲルではなく会場にまだいるだろうシノンを探すことへと向かっていた。
それに気付いたのだろう、シュピーゲルは困ったように苦笑いを浮かべた。
「えっと⋯⋯シノンならさっきログアウトしちゃったよ」
「さっき?」
「うん。クーの試合が終わったのとほとんど同じくらいに」
「そうか⋯⋯」
軽く肩を落とす。この調子だと詩乃の誤解を解くのがかなり先になってしまいかねない。そして、誤解というものは解くのが遅くなれば遅くなるほど拗れてしまうことが多いのだ。
「どうするかなぁ」
小さく呟き、軽く思考を巡らせる。真実を伝える方法がキリトのプロフィールカードをシノンに見せる、という事くらいしか浮かばない以上、誤解を解くのはゲーム内でしか不可能なのだが──2人ともが次、同時にログインするのは本戦直前しかない。
⋯⋯無いのだが、シノンは大事な試合の前には基本精神集中のために個室にこもりきりになるので、はっきり言ってチャンスが何処にも見つからない。
他の方法がないか、と色々考えてはみるものの、特にいい案が思い浮かばない。
一人唸っている俺の耳に飛び込んできたのは、シュピーゲルの小さな呟きだった。何分声が小さかったもので、内容は一部しか聞き取れなかったが「⋯⋯いい機会なのかも」とだけ聞こえた気がした。
「シュピーゲル、いい機会って?」
「ううん、何でもない」
俺が聞くと、シュピーゲルはそう言って笑ってみせた。
「あ、そうだ。ねぇ、クー」
そして、彼はその柔らかい表情のまま、俺だけに聞こえる声量に変えてこう続けた。
「僕、明日朝田さんに告白しようと思うんだ」
「⋯⋯は?」
***
謝るためにだろう、クーは自分と話しながらも彼女の姿を探していた。
傍から見ている分には小さなすれ違い。だが、今の二人の状態を見ていると、これが致命的な何かへと発展してしまいそうで少し怖さを覚えた。
でも2人は──本人達に言っても否定するだろうが──頑固だから関係を元に戻すには彼らだけでは難しいだろう。
いや、元に戻すだけではダメだ。僕が安心する為にも、彼らには収まるところに収まっておいて欲しい。
BoB本戦が始まってしまえば、もう僕は本格的に後戻り出来ない。どうやら工藤くんは何かに気付いている節があるし、僕も
だからなるべく早く、彼らに付き合ってもらいたい。そのためには僕が一芝居打つしかないだろう。それに、自分の中途半端な気持ちにも、ケジメを付けておきたい。
「だから、これは二人の距離を縮めるいい機会なのかも」
一人呟く。その時、頭の中では工藤くんと朝田さんの関係を進めるための計画を練っていた。
そして、僕はクーにだけ聞こえる声量に変えて
「僕、明日朝田さんに告白しようと思うんだ」
そう言った。