アイドルマスター シンデレラガールズ 灰被りの孤独姫   作:レイクール

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少女の星はまだ宵の空には見えない

「ゆ、結希ちゃん………!?」

 

「なっ、何故お前がここにいる島村!?」

 

島村はこの世にいてはならない物を見たかのように固まって目を見開いている。多分俺も同じ顔をしている。

いやいやいや、おかしいだろ。どうしてお前がここにいるんだよ。だって今日用事があるとか言っていたじゃないか。

ちょっと待ってくれ。もしかして、用事って宣材写真撮影(これ)の事かよ!嘘だろ……信じられないんだが。

 

「おいコラ武内さんよ、ここにこいつがいるとか聞いてないんだが?」

 

「と言いうと?」

 

「と言うと?じゃねえよ!何故ここにこいつがいると言ってんだよ!」

 

まるで何に対して叫んでいるかわからない武内さんは無表情のまま首をかしげる。その無表情はどうにかならんのか。困った顔したり面倒くさそうな顔とかあるだろう。お前は表情をどこかに捨ててきたのかおい。

 

「オーディションに受かりましたので、このプロジェクトに起用しました」

 

武内さんは淡々と言う。

なんという偶然、なんという確率、なんという奇跡。いやオレの場合は悪運や貧乏クジといったところか。

てかそんなこと思っている場合じゃねえ。こいつがいるという事はこの次に島村が発言することは分かっている。オレは急いで耳を閉じる。それを見ていた他のメンバーは頭上に疑問符を浮かべていたが、その理由をすぐに知る羽目になる。

 

「な、何でここにいるんですか!?」

 

島村は血相を変えてそう問いかけてくる。甲高い大きな声とともに放たれた問いかけは近くにいる人にとっては害悪でしかない。現に島村の後ろにいる奴らが目を瞑り耳を抑えているのが証拠だ。

何故オレが先に耳を塞げたのかというと、高校の入学式の翌日の早朝、欠伸をしながら歩いていると背後から甲高い声で島村がおはようございます!と挨拶をしてきた。後から聞くと、緊張してたらしく声が裏返ったと言っていた。だが、その時のオレには突然な物すぎて欠伸で大きく開けていた口をいきなり閉じたせいで舌を思いっきり噛んだ。あの時の痛みは今でも忘れていない。

 

「いたらいけねえのか?」

 

「いえ、全然大丈夫です」

 

何が全然大丈夫なのか全く分からんが、まあ島村なのでいいだろう。天然(島村)の返答を間に受けてはいけない。受けてしまえばこっちがあいつのペースに呑まれるのだ。

まあ何気に毎回ペースを呑まれているのだが。

 

「それで、どうして結希ちゃんがここにいるんですか?」

 

「ん」

 

オレは武内さんを指差すだけで答える。理由が武内さんにある、と言いたかったのだが、こいつは何をどう理解したのか知らないが、首をコテンと倒しながら言った。

 

「プロデューサーさんの知り合いなんですか?」

 

「一体何をどう考えたらそういう答えにたどり着くのか一度じっくり問いたいんだが」

 

曲解にもほどがある。一応言っておくが、オレはこの無表情男の事など前は知りもしなかった。というか初対面の時に犯罪者かと思ったぐらいだしな。というか一度見たら忘れないだろうこんな外見に特徴あるのに。

 

「武内さんにスカウトされたんだよ。『アイドルに興味はないか?』ってな」

 

「それで、結希ちゃんはどう返事したんですか?」

 

「……まあ、了承したけどさ」

 

「つ、つまり……結希ちゃんと一緒にアイドルができるんですね!!」

 

そう言うや否や、オレに向かってダイブしてくる島村。避ければ何の害もなく、ただ蔑む視線を島村に向ければいいだけなのだが、そうした場合、後に起こる事が怖い。こいつはいつもヘラヘラと笑っているが、怒ったところを見た事がないのでそこら辺りにはオレですら気を回している。そのためオレは、ダイブしてきた島村を真正面から受けた。"受け止める"ではなく"受けた"なのは、受け止めようとしたが島村の方が早く島村の頭が鳩尾に当たったからだ。

そこまでの威力はないだろうと受ける前は思っていた。でも実際には違う。物凄く痛い。

オレは痛みに耐え切れずその場に蹲る。それを心配そうに見る元凶島村。

 

「だ、大丈夫ですか!?一体何が」

 

「やった張本人が何すっとぼけてやがる………このド天然常時脳内お花畑が………!」

 

オレは今出せる声を振り絞って島村を睨みながら言う。だが、島村はまだ自覚がないのかポカンとした顔で首を傾げている。一度どついても文句は言われないのではないだろうか。………まあしないけど。

 

「あの………話を進めても、よろしいですか?」

 

低くゆったりとした口調がいきなり会話に割り込んでくる。その声を発した武内さんは、首に手を当てて困ったような表情をしていた。もうちょっと表情分かりやすくならないのかこの人は。さっきからたまに見てるけど、無表情か困惑しか浮かべてないぞ。

オレは武内さんに話を進めても構わないという意思を右手だけで伝える。何故右手だけか。さっきの島村ダイブのダメージがまだ残ってるからだよ。おかげで腹が痛いから蹲ったまま動けねえ。

 

「それでは、本日よりシンデレラプロジェクトを始動します。皆さん、よろしくお願いします」

 

『よろしくお願いしますっ!』

 

元気で気力のある声が沸き起こる。オレはというと、声を発せず、その言葉を噛みしめるだけだった。

今思ったが、オレは過去の夢の延長線上にいる。そして今歩みを止めていた夢への道を進もうとしているのだ。一度完全に諦めた道を、もう二度と進めないと確信した道を。

オレは、その一歩目を今この場で踏み出したのだ。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

あれから明日の日程を伝えられて解散ということになった。日程といっても、ただ単に学校が終わり次第出社、そして速やかにレッスンへと向かう。ただそれだけだ。ということは明日からジャージはカバンの中に常備しておかなければならないな。家にジャージあったっけ……?

などと思っているオレだが、今結構な危機に瀕している。

 

「…………………ここはどこだ」

 

まさかまさかの迷子だった。しかも本日付で決まった会社でだ。何故そうなったのか、経緯を簡単に説明しよう。

オレは他のメンバーの奴らが一緒に帰ろうと言ってきたのだが、もう一度プロジェクトルームがゆっくり見たかったのでそれを断り、案内された道筋を逆算して戻っていった。だが実際のところどうだろうか。戻るところか全く別の場所に出てしまったのだ。階もルームのある場所と同じはずなのだが、さっきから同じ場所しか通っていない気がしてならないのだ。

という感じに一瞬のうちに迷子と化したのである。

 

「どうしよう……誰かに来てもらうにも連絡先知らねえし……」

 

連絡を取ろうとしても、オレの携帯に登録されている連絡先といえば、両親と従姉妹、あと地元の数少ない友人くらいだ。こっちに来てからは全くと言っていいほど携帯は使っていない。

完全に孤立状態でピンチというわけだ。うん、ちょっと泣きたくなってきた。

そこでオレは、ふとあることを思い出した。そういえば、武内さんから名刺を貰っていたはずだ。

オレはカバンの中を漁り、名刺を見つけ出してそこに書かれてある電話番号を携帯に打ち込む。その時間わずか十秒。打ったこともない番号なのに何故か早く打てる。なるほど、これが火事場の馬鹿力ってやつか………いや違うか。

コール音が二回ぐらい流れたところで通話状態になり、携帯のスピーカーからお馴染みの低音ボイスが聞こえてくる。

 

『もしもし、どちら様でしょうか?』

 

「お、オレだ。香月結希だ」

 

『香月さんでしたか。どうかしたんですか?』

 

「あ、あの実はオレが346プロに行った道を戻ってたら何故かルームにたどり着かないんだ」

 

『……………?』

 

自分でも何言っているか分からない感じの説明になってしまうが、オレにはそれに気付く余裕はなかった。いや考えてもみろ。今日初めてきたところで迷子になり、道も分からなくなって出口さえ分からない。ついでに言うと、エレベーターがどこにあったかすらもう分からない。これで落ち着けとか余裕を持てとか言える方がおかしい。もう頼みの綱は武内さんしかいなかった。

 

「あの、だから、ええっと……!」

 

いつもオレは、以前から迷いそうな場所ではあらかじめ自宅のパソコンで調べてから行くことにしているのだが、昨日はその暇がなかった。それに携帯をろくに使ってなかったため、マップの使い方も分からない。なおかつここは屋内。確か一階に案内図があった気がするがそれも確認しておらず、完全に手詰まり状態。

頭の中が真っ白になり、徐々に何故か怖くなってくる。

ちなみにオレの苦手なものは、ホラー系そしてこういう建物の中で迷うことだ。

 

『落ち着いてください』

 

「ひゃいっ………」

 

武内さんの言葉で少しだけ落ち着きを取り戻す。この人の声音にはリラックス効果でもあるのだろうか。そんなどうでもいい疑問が頭の中に浮かんだと同時に、武内さんはいつもと変わらない無機質な声で言った。

 

『香月さんは今何処に?』

 

「多分、プロジェクトルームがある階だと思う……」

 

『分かりました。今から向かいますので、少々お待ちください』

 

武内さんがそう告げるとブツッという音が鳴り、通話終了を示す音が続いて鳴る。今から向かうと言われたので、オレは近くの壁にもたれかかり、ずり落ちるようにその場に座り込む。

しんと静まりかえり、物音一つ聞こえない廊下で、オレは膝を抱え込む。孤独、今の状態はオレの人間関係の現状を正しく表しているような気がした。

島村は確かに友達にはなったかもしれない。でも、それが本当の"友達"と言えるのか、と問われればオレはYESと答えられる気がしなかった。

だが、島村のことがはっきり言って嫌いではなかった。好ましいとも思ってもないが。

あいつに友達として、オレの全てをさらけ出せるか、と聞かれればできないだろう。何故か、そんなのは簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

       怖い

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを知って、その後昔のようにオレの元から去っていくのが、また独りになるのが、そして、すんでのところで保っている心が完全に砕かれるのが。

今思えば、島村に出会う以前はどうやって孤独を耐え抜いていたのだろうか。そんなことさえも忘れてしまっていた。

どうして、忘れてしまったのだろう。あの苦しく、身体中に走っていた激烈な痛みを。

何故、と思考を巡らせていく。その度に暗い思考の最奥まで落ちていきそうになる。

 

「ここにいましたか」

 

思考の奥底まで落ちていた意識は不意に浮上させられ、俯いていた視線は自然と上へと向く。そこには、無表情で、頼りなさそうだが優しい武内さんの姿があった。

その姿を確認した途端、沈んでいた心が一瞬だが、浮き上がったような気がした。

 

「大丈夫ですか、香月さん」

 

彼は無表情ながらも手を差し伸べてくれる。その手はオレよりも当然大きく、そろそろと出した掌をしっかり掴んで立ち上がらせてくれる。

どうしてこの人はオレがこんな迷惑をかけても何一つとして文句を言わないのだろうか。

不意に気になった疑問は、自然と口から出ていた。

 

「………なんで、何も言わないんだよ」

 

「と申しますと?」

 

「なんでこんな迷惑かけたのに、文句一つ言わねえんだよ」

 

自分がいつもの強気な口調ではなく、本来の弱々しい口調になっているのはオレでも分かった。その理由がこの状況が原因か、さっき考えていたことが原因かなんてオレには分からない。

そんなオレに武内さんはさも当たり前かのように告げた。

 

「今日遅刻した理由を『迷ったから』と言っていましたから、こんな広い施設内では迷ってもおかしくはないかと思いまして」

 

そんなのは誰でも想像はつく。学校からここまで迷わず来れない奴にこんな広い施設で迷うなという方が無駄というものだ。

だが、オレが聞いているのはそれではない。

 

「違う」

 

「……何がどう違うのでしょうか」

 

「そんなのはどうでもいい。なんで迷って迷惑かけてるのにそれに対しての文句を一つも言わねえんだよ」

 

助けに来てもらったにも関わらずそんなことを口走ってしまう。

最低だな、オレは………。

助けに応じてわざわざ来てくれたのにこんなことを言うなんて。

けど、武内さんの表情は一切変わらなかった。一切の拒絶も、嫌悪も、負の感情が一切なかった。

 

「香月さんをサポートしていくのが、私の役目ですので」

 

そう言い残し、行きましょうと言って歩いていく。

その言葉には一見何の感情も含まれていないように思えた。でも、何かが含まれているというのは感じられた。

 

オレに、そこに含まれた意味を知り得ることができるのだろうか。

 

そんな新たな疑問を抱きつつ、オレは武内さんの背中を追っていった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「迷惑かけてすみませんでした」

 

「いえ、人は誰しもミスを犯してしまうものです。気にしなくて構いませんよ」

 

オレは武内さんにエントランスまで連れて行ってもらい、そこで謝罪した。

こんな面倒をかけたのに礼や侘びの一つもなしでは格好がつかない。

それに、借りができたような気がしてならないのだ。

 

「今度何かあったら言ってくれよ。今回の借りは絶対に返すから」

 

「い、いえ結構で「返すから」………分かりました」

 

首の後ろに手を持って行きながら答える。あってから二日ぐらいしか経っていないが、ここまでその動作をされれば確信がつく。多分これこの人の癖だな。一応覚えておこう。

 

「それでは、お疲れ様でした」

 

「武内さんこそ、お疲れ様」

 

そう言ってオレは346プロを出て、帰路につく。

新たに浮上してきた疑問は、多分短時間では解決できない。今から一ヶ月や二ヶ月はかかるかもしれない。それは構わないだろう。

それよりもだ、何故オレはあの時、武内さんが駆けつけてくれた時にあのような感情を抱いたのだろう。

 

 

心が暖まっていくようなそんな感情を。

 

 

今日だけで分からないことが十個ぐらい増えた気がする。

やめよう。これ以上深く考えても答えは出ない。なら考えるだけ無駄だ。

オレはふと空を見上げながら呟いた。

 

「星、見えねえな」

 

この時間帯なら見えていたはずなのに。曇ってないのに。

それなのに、薄暗くなった春の夜空に煌めく星は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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