瞳は口より物を言う
-その目は全てを捉え、全てを理解する-
全知の瞳の考案者であり、ラウラ達《黒ウサギ隊》の目にも関わりがある科学者、ソフィア・フォン・ガイグバウアーのファーストコンタクトは目潰しから始まった。
空港での到着を待っている際に、ふと遠くからやってくる怪しげな女性。開ききった瞳孔と三白眼が狂気さを演出し、ボサボサで痛んだ髪やよれよれで所々汚れている白衣からわかる清潔感のなさに唖然とした。
なのに何故かスタイルはいい。
目の隈の濃さや生気の感じられない顔色からは、人間に必要な三大欲求のうちの二大欲求である睡眠欲や食欲を欠損したような不健康さが見て取れる。
なのに何故かスタイルはいい。
仕舞いには臭くなければいいだろという安直から来たの鼻栓をしたくなるどぎつい香水を漂わせており、彼女の周りを歩む人々の中には失神するものも出ていた。
なのに何故かスタイルはいい。
まさに日本人が絵に描く【マッドサイエンティストな女性】と言っても過言ではないだろうか。視覚から入ってくる今まで培われていた常識がぶち壊された輝は、その耳で自分の名を呼ばれるまで関わってはいけない変質者だとドン引きしていた。
なのにっ! 何故かっ! スタイルはっ! 滅茶苦茶っ! 良いッ!!
「逢いたかったよ奇跡の人! ミスター中村!」
聞けばまるでおとめ座の仮面被りが放ちそうな言葉と共に、輝は目の痛みを感じながら押し大地へ倒れこむ。飛びついてきた彼女の指が両目を突き押し倒されたのだ。
目から絶えず「なぁこれ、痛いよ?」という他人事な電気信号が脳に届く。その都度に潰されかけてるのお前だからなと悪態を心のうちで漏らし、起き上がろうと試行錯誤する(主にセクハラとかそういう風潮関係で悩めるお年頃? なのである)
腹部に生暖かい息が当たり、さらに下の部分では柔らかい感触が男の本能を刺激していた。だのに眼球に刺さる指が痛みを放っているからか残念ながら輝には痛みしか感じ取れない。
数秒とせず千冬に首根っこをつかまれ地面に叩きつけられた彼女は、跳ね上がった勢いのままラウラの右ストレートを鳩尾にくらい彼方へと吹き飛んでいく。その一連の動きはまさにマックスハザードでオーバーフローしたようなヤベーイ連携技だった。……これが暴走状態。
吹き飛び壁にめり込む女性、頭を抱える吹き飛んだ原因その1であるブリュンヒルデ、肩で息をする原因その2の眼帯レディ、そして大の字で倒れる男性。
一部始終を見せられていた付き添いの楯無は、ただただ帰りたいと思ったとかなんとか。
「立てるか? 輝」
さし伸ばされた千冬の手が目に映る。一瞬輝は驚いたような顔をしたが、何事もなかったように手を借り立ち上がった。
「ありがとう千冬姉さん」
「すまんな。あれは昔からああいう奴なんだ」
「お知り合いなんです?」
「……前に仕事で遭ってな。少し角がとれたドイツ版篠ノ之束だと思えばいい」
楯無とも合流した三人は、この騒動の発端がいるであろう方へと顔を向けた。うっすらと舞う土煙が騒動の大きさを物語る。血痕が見えないのが不思議なくらいだ。
「う、うぐぅ」
「お久しぶりですねガイグバウアー博士クッサァ!!」
壁にめり込んだ彼女を抜こうと近づくラウラがついに香水臭さに近づけないでいた。ヨーロッパは気候的に汗をかかない地方であり、香水つけるのが普通だから平気かと思えばそんな事一切ない。臭いものは臭いのである。
辺りの一般客も空港から一目散に逃げ出す始末。何故彼女は無事にやってこれたのか不思議でならない。
「博士……最後に洗剤で体を洗いになったのはいつですか?」
「え、洗剤で?」
彼女の質問もそうだが、返答も返答でどこかがおかしい。だが1つわかっていることと言えば、洗ってないと確信するまで時間を要することはないということだろう。というか速攻でわかる。
「うーん、君が洗えって無理やりバスタブに突っ込んだ日からー」
「5ヶ月も前か! この二足歩行型病原菌! 今すぐその汚らしい体を洗え!」
「なんでー! 水洗いはしてるよー!」
「そんな考えだからこんな姿になってるんだろうが! 普通に洗剤で洗えば香水なんて薄くつけるだけで十分だ! そもそもいらん!」
「いやだぁあああ!!」
必死に柱にしがみついて離れない大のおとなとそんな大人に対し怒りを顕にした見た目幼女……とてもシュールである。
このあと、無事に(?)警察機構がやってきて事情徴収をしていったのは言われるまでもないだろう。
☆
彼女との出会いを思い出しながら、楯無は診察ベッドに横たわってる輝へと目を向けていた。ここはIS学園の地下にある第3観測室用謁見室。IS学園が特別に所持しているISコアや独自の研究資料は全て地下にある特別区画へ保管されてあり、その中でも外部の人間を招く際に入ることが許されている準特別区画がここである。
輝達がいる観測室の本来の使用用途は、主に在学している生徒達のIS操縦に関するデータを取る場所であり基本的に物が置かれてない少し広いスペースなのだが、大量の機材が搬入されて今ではどことなく狭さを感じるほど。一体いくらするのかわからないほど大きな機械が何台も──
だが目の検査のために20人ものスタッフを導入するのは流石にオーバーではないだろうかと、行き来を繰り返し慌てる科学者達に楯無はため息をつく。
「ね、眠い」
「あらら、お疲れのご様子ね」
謁見室のドアが開いた。現れたのは見るからに寝不足でやつれているラウラ。額と眉間にしわができて目をしばしばさせる。背中は丸まり手がだらりと垂れ下がっており、途方もない疲労感が見て取れた。
「洗剤を使うくらいなら飲み干して死ぬとまで言われた」
「そこまで拒絶反応出すの!?」
開いた口が塞がらないとはこのことを言うんだろうなと楯無は感心しながらラウラの愚痴を聞く。気づけば出会いからなんからまで話し出すものでこちらも自然と彼女の背中をさすっていた。内心抱きしめたくもなっている。
(あー、世話役にならず済んでホッとしたわ)
[ではこれより、
そんな彼女の苦労の末なのか、ガラス越しに映るガイグバウアーはすっかり清潔になり、凛とした姿で音頭をとっていた。アイドリングしていた機械が本格的に動き出し、軽く10はあるコンソールや巨大な機械と同じ数いるスタッフが慌しく指を動かす。数多くの装置が輝の体に取り付けられる。まるでアメリカSFに出てくるサイボーグのようだ。
[まずは動体視力を確認します。次第に早くなる光の点が上下左右の四方向から反対方向へ通りますのでそのつど答えてください]
[あ、はい]
輝の目の前に空中映写されたディスプレイが現れて実験が始まった。初めはゆったりと動き、次第に人間の動体視力では的確にわからないほどのスピードへと変速し、最終的にはハイパーセンサーでしか捉えられないほどの速度へ加速するといったものらしい。ディスプレイは謁見室の人間にも見えるように配置されており、二人は段々加速し目で終えなくなる動く点Pのようなものを無意識に追いかけた。勿論裸眼では追いつかないのだが、彼は当然のように正解し続けていく。スタッフ達はその都度嬉しそうに記録をしていった。
「ねぇ、ラウラちゃん」
「……なんだ、更識楯無」
「楯無ちゃんで良いけど?」
「ロシア代表更識楯無。用件はなんだ」
「それかお姉ちゃんでも──」
「ロシア代表グストーイ・トゥマン・モスクヴェ専用パイロット更識楯無。用件はなんだ」
「──私の愛機はミステリアス・レイディ。私と一緒でミステリアスな女性なのである……っと、輝さんの目のことなんだけど、何か知らないかしら?」
彼女のお茶目さに軽くため息を吐いたラウラは、咳払いをし姿勢を正した。実験を進める彼の姿を真っ直ぐと見つめて沈黙する。その横顔は安否を気遣っているようで、ぶれることなはなかった。しばらく二人の間に言葉はなく、聞こえてくるのは輝の正当に喜ぶ科学者達の声だけだった。
(そりゃあ自分の国の技術ですもの、簡単に話しちゃいけないわよねぇ)
沈黙したラウラを横目に、楯無は仕方ないかと視線を輝へと戻す。ダメ元で聞いたようなもの、仮にも他国の代表に自国の科学技術を流出するわけにはいかないだろう。
「あれは」
だがそんな考えとは裏腹に、ラウラはその重くなった口を開いた。
「あれは……もはや現代科学の範疇を超えていた」
「え?」
「一般のもの……私達の目【越界の瞳】よりも遥かに高性能だ。分野がそもそも違うのだが、あの実験を見てわかるだろう。擬似ハイパーセンサーなど古いとでも言いたいのか、ハイパーセンサーに求められている性能を既に超えている。
───あいつの目はもはや人のものではない。形容し難いナニカだ」
何が擬似ハイパーセンサーだ。と、自虐気味に語るラウラの言葉に楯無は耳を疑った。
本来ハイパーセンサーの機能は外部出力である。人の能力を補佐し活動範囲を広げ、ISの機能を十分に使うためのものだと認識していた彼女にとって嬉しくないニュースだった。
「形容し難い、ナニカ?」
「越界の瞳についての情報の開示はこれ以上出来ない。が、1つだけ言うとするなら……我々の瞳とは別分野で作られたくせに我々のよりも遥かに高性能で、それでいて万能だ。聞かされた話では、ここから約12光年ほど離れたの星の表面に生物の存在を裸眼で確認したらしい……ふっ、宇宙望遠鏡も形無しだな」
第三者に漏らすなよという彼女の忠告で話は切り上げられたが、楯無の心情は穏やかではなかった。まさかとんでもない爆弾を一緒に抱えさせられるとは思っても見なかったのだろう。
前言撤回、中村輝の瞳は素晴らしいと言うレベルではない。もしもこの話が真実ならば、まさに世界を震撼させる事実であり、皮肉な話である。
本来それを担うのはISだったのだ。元々ISの理念は【宇宙進出】であり、製作者篠ノ之束は宇宙への進出への貢献者となるはずだった。しかし今は世界の抑止力としかなっておらず、未だに
(現代科学を鼻で笑うような技術……あの博士は輝さんをどうしたいのかしら)
[ではミスター中村、次の検査へ移りますよ~]
楯無が一人思考を巡らせているとガイグバウアーが語尾を弾ませながら輝に語りかけていた。どうやら動体視力検査は終わったらしく、鼻歌交じりにコンソールを叩く彼女はまるで子供のよう。お気に入りのおもちゃで遊ぶようにも見えるその光景を、楯無はただただ外から眺めていることしか出来ないでいた。
「あいつの身の振り方1つで世界が変わる……ただの一般人にその命運を握らせてしまうなんてな」
数時間にわたった検査は、無事に回復完了と言う結果を残し全行程を終えた。拍手と共に退出する輝の横顔を眺めながらこれから彼へ降り注ぐ事の大きさを考えた時、二人の心情は全く穏やかではなかった。
☆
検査が終わった日の夕方、俺はIS学園の用務員室へ向かっていた。茜色に染まる廊下を歩みながら、同じく用務員の十蔵さんと他愛のないことを話す。十蔵さんは俺の教育係というのだろうか、ここの仕事を教えてくれた人だ。ここ一ヶ月で仕事が出来るようになったのもこの人のおかげで、感謝の言葉が足りない。
「しかしよかった。これで本職へ戻れますね」
「はい……すみません、まだ一ヶ月くらいしか働いてないのに」
「大丈夫ですよ。元よりそういう契約ですし」
契約内容は至ってシンプル。世間が収まる、または体が回復し本職であるアクターに戻れるまでの間、IS学園での保護・用務員としての仕事を提供というものだ。こんなによくしてもらっていいものかと何度も思ってたが、その都度千冬姉さんが額に青筋を立てるので考えないようにしていた。
「こちらとしても君ほど働いてくれる者を手放すのは惜しいですねぇ」
「でも、俺の本業はアクターなんで」
「そうですか……残念です」
気がつくと理事長室につく。少し装飾が派手な扉が目の前に存在する。そういえば俺、理事長にあったことなかったな。というか雇ってもらっておきながら挨拶にすらきてなかった。楯無ちゃんも「大丈夫ですよ」としか言わなかったし俺完全に忘れてちゃったし、最悪だぁ。印象最悪だぁ。
「大変ですよ十蔵さん。俺理事長に挨拶したことない。どうしましょう」
「……?」
「どうしよう。学校ですれ違うこともなかったし楯無ちゃんも大丈夫としか言わないし、これじゃあ印象悪すぎる」
「……あぁ、なるほど」
だから少し時間をくださいという願いを察してくれたのかポンと手を打つ。あぁこれはわかってくれたなと思ったのにもかかわらずそのままニコニコと扉を開けようとしていた。待ってくださいちょっと待ってセイセイセイ。十蔵さん落ち着こう。まだ心の準備してないんだけどもしかして楽しんでません?
俺の切なる願いも叶わず、ギギギと鳴らしながら理事長の扉を開いていった。心拍が早くなるのを自分でも理解しながら後ろについて中へ入る。部屋で待っていたのは三人の女性。楯無ちゃん、ラウラちゃん、そして千冬姉さんだった。
「あら、三人ともお揃いで」
楯無ちゃんがいるのはわかる。今回の仕事は彼女のおかげで出来てたものだ。この子の推薦というか手配がなければ俺は今頃どこかのトンネルでカップラーメンを食べる生活をしていただろう。千冬姉さんも俺の保護者みたいなところがある。履歴書にも何故か義姉として書かされたし携帯番号もこの人のを書いた覚えがある。どっちかと言えば五反田家の方がといったら人を殺しそうな目で見られたなぁそういや。
でもラウラちゃんはどうしてここにいるんだろう。俺よりもあの博士の方が心配じゃない?
「お前の懸念していることは安心しろ。三人ほど同性のSPを同行させたし洗剤で洗わなければ全身の皮を剥ぐと言っておいた」
「発想が物騒」
腕を組んで鼻を鳴らすラウラちゃんにちょっと引きながら、理事長の椅子に座る十蔵さんを目で追う。なるほど、だから大丈夫って言ったのか。そうかそうか楯無ちゃん君は大事なことは伝えないタイプの子かまるで先週の千冬姉さんみたいじゃないか。お兄さん怒っちゃうぞー。
「君の不安が取れたところで改め、私が君を雇ったIS学園理事、轡木十蔵です。先ほどの話ですが、もう一度考え直しませんか?」
3人を混ぜての説得という名の脅迫の中、何とか副業としてここにいるという妥協案で押さえ込むための戦いが始まる。
気がつけば日が暮れすっかり夜になるまでのきっちり3時間の戦いを語るのはまた今度にしておこう。
展開は決まってるしプロットも作ったのに文字起こし出来ないのほんとどうにかしてほしい。思考を読み取ってそのまま文字に変換して小説書けねぇもんかね。