開演まで残り2時間を切った頃。ミーティングは既にすんでおり、あとは実演するだけである。
時間が迫るにつれて空気が重くなっていくのが俺にも感じ取れる。ここの人たちは比較的に落ち着いているからいいが、自分が聞いた話では他の現場じゃ開演前はもっと酷い事になっていることもあるらしい。うちは皆気心知れてるチームみたいなものなので、空気が重たくなっても互いがフォローできてるから酷くなってないんだと思う。そう考えると自分は非常に恵まれているんだと改めて感じる。
そんな恵まれた俺は、舞台のチェックの手伝いに来ていた。まだ人はちらほらとこちらをみている位で、子供はまだきていない。
ひな壇を二人がかりで抱え、指定の場所へと運ぶ。人がそこまで多くないため、こういうのでも俺達は率先して手伝っている。腰を痛めないようにベルトを腹に巻き、協力して大きなものを運ぶ。一歩間違えたらここにいる誰かが怪我をするため、余計緊張が走る。
「オーライ、オーライ……はいストップOK。こっちはすんだからもういいぞー輝」
「うーっす!」
無事にひな壇を指定場所に置き、自然と肩がすとんと降りる。やはりこういう作業は緊張してしまうものだ。ライトの設置も終え、スモークの場所の確認もすませてある。
「ここが……俺達のステージ」
舞台から見下ろす観客席。元々作られているステージに俺達が必要な機材を置いただけなのでそこまで大掛かりなことはしないのだが、自分からすれば初めての主役をはる舞台なのだ。とても大きく見えたし、輝いてみえた。確かに、俺が拍手を受けるんじゃない。俺が演じる「ウルトラマンガイア」という存在が拍手を受けるのもわかっている。でもやっぱり今回のショーは特別だ。
「はっはっは、どうしたよ輝」
「あ、柏木さん……今回のショー、俺初めて主役のスーツ着れるじゃないですか。それがもう嬉しくて嬉しくて」
「だろうよ。お前の親父の初めての公演も、そんな感じだったさ」
ステージの大きさに見とれていると、後ろから柏木さんの声がした。ちょうど時間が空いたのか缶コーヒーを片手にこっちにやってきた。一本受け取り中身を口にする。買ったのがブラックだったらしく口の中に苦味が広がった。チラリと視線を向けるとひっかかったなと言いたげに口の端を吊り上げている彼の姿があった。
「……苦い」
「だろうよ。ブラック買ったんだからよ」
「ブラック苦手なの知ってるくせに」
「そうだったか?」
悪戯に成功したからか、声がほんのわずかだが上擦っていた。今にも笑い声を上げそうな柏木さんにほんの少しいらっとしたが、緊張をほぐしてくれたんだろうと自己解釈し心を落ち着かせ、視線を外へと向けなおす。
再び会場を見渡した。観客の椅子は長いすのため正確に何人が座るのかわからないが、ざっと合計100人は座れるんじゃないかと思われるほど広く、そして多かった。
「お前の親父は最高のスタントマンだったし、最高のスーツアクターだったよ。俺はあいつほどアクションのために洗練された肉体を持つやつとコンビを組んだことがねぇ。俺が言うんだ。あいつは凄ぇぞ~」
まるで自分の家族を自慢するように柏木さんはそういった。確か俺の親父と同い年だったはずだから、そう考えると兄弟なのかな? コンビ組んで10年は経ってるはずだし。
「えぇ、凄い人だとよく聞きますよ」
「馬鹿野郎。そこは「どうせ俺が塗り替える」くらい啖呵切ってみせな」
バシバシと背中を叩きながら嬉しそうにそう言う。叩く強さに期待していることが伝わってきて嬉しさ反面、背中が痛くてたまらない。
するとステージ設計の田端さんから邪魔だとドストレートで言われてしまい二人で頭を下げた。
俺が痛がっていた間に缶コーヒーを飲み干していたらしく、柏木さんは俺に空き缶を持たせるとステージをヒョイッと降り、
「これからはお前たちの時代だよ」
そう零し、外へと出て行った。その背中姿は少し老いながらも、若い奴には負けないと言いたげだった。口と背中が別々のことを語っているようだ。
「おい、お前も何ぼさっとしてんだ? お前もさっさと休んじまいな」
あとはもう素人が手を出していいものはないため、俺は素直に裏手の休憩室に戻った。流石に迷惑になりたくないし、田端さんの好意を無駄にはしたくない。
休憩室ではタバコを吸って一息つく大槻さんとスーツとにらめっこしている志藤さんがいた。特に志藤さんの集中力は半端じゃなく、扉を開けてはいったというのに微動だしない。
「お疲れ様です大槻さん、志藤さん」
「おう輝坊、お疲れさん。……それにしてもおめえ、随分良い体格になってきたじゃねぇか。これならウルトラリフト出来るかもな」
「俺なんてまだまだですよ。よくて一本背負いくらいですって」
「そうだったな。ならちゃんと頼むぜ? なんせ視界は確保出来てもやっぱ受身はとりにくいんだからよ」
そう笑いながら大槻さんはタバコを箱からもう一本取り出し、先端に火をつけ吸っていた。長年吸っているからだろうか、吸う姿はとても様になっている。深呼吸をし肺に煙を溜め、十分に弄んで鼻から吐き出す。ただタバコを吸っているだけなのだが、妙に美味そうだと感じさせる。
「何だ? 吸いてぇのか?」
「未青年ですよ、俺は」
冗談を交わすそんな隣で黙々と大槻さんのスーツを確認している志藤さん。もしもの時とは言っていたが、起こらない方がいいに決まっているのだ。自分ができる最大限の事をしようとしているのだろう。その集中力は額から流れている汗が物語っていた。
「志藤ちゃん。俺のことはいいからさ。他の奴のもやってくれや」
「何言ってんですか。このスーツの内部構造は僕が製作したんです。少しでもダメージ入んないように出来るのは僕だけなんですから。他のスーツよりも優先です」
「とは言うけどよ。他のスーツだってあるだろうに」
「他のスーツの調整も何もかも全て終わってます。あとは大槻さんのだけなんです」
そう熱く語る志藤さんは、スーツに搭載されているハイパーセンサーを調整していた。
確か志藤さんは柏木さんに引っこ抜かれる前はISの研究施設で働いていたと聞いた事がある。それまではなかなか熱の篭らず、何かを作っても喜びを感じなかった天才系だと柏木さんは言っていた。特撮が絡んだとたんに何かに目覚めたらしく、心底ハマったらしい。まさに化けたというんじゃないだろうか。
今ではスーツの調整士としてなくてはならない存在となっていた。
「さぁて、一応調整しました。なるべく光線受けても人体に影響が出ないように感度を下げてます。この武器の部分にスイッチがあるので」
「それは知ってんよ。スイッチで感度が変わるんだろ? 最初の方は感度上げといて終わり頃に下げろってことだろ」
「飲み込みが早くて助かります。一応、ガイアのスーツと互換性が取れるか確認しますんで大槻さんは来てください。あ、輝君は休憩してていいよ。ちょっとパークを回っておいで」
「あ、はい」
志藤さんに背中を押されるように会場の外へと追い出されてしまった。時間はまだあるし、気分転換にはもってこいかもしれない。
自由の身になったのはいいが、一つ問題が生じた。
「今の格好、どこぞの農夫なんだけど」
だぼだぼなズボンにノースリーブの下着。頭に巻かれた白いタオル。完全にこれから土木建築に携わっていくようなラフスタイルだった。今が夏でよかった。じゃないと捕まる。
後にツイッターで「ワイルドなマッチョが三島パークに」というツイートが流れたのをこの時の俺は知らなかった。勿論、蘭ちゃんが教えてくれた。
●
場面は変わって聖マリアンヌ女学院。今二限目終了のチャイムがなり、皆が10分休憩のため席を立ったころだった。とある教室のとある席、そこには多くの女生徒が集まっていた。普段なら優雅で落ち着いた空間であるこの場所も、この瞬間だけは大いに盛り上がっていた。
彼女、五反田蘭の席である。
【生徒会副会長である五反田蘭が思い人と学校に来た】
【鉄壁の副会長熱愛発覚。相手は年上】
誰が流したのかわからないその噂に、真意を求めてやってきたのだ。普段の彼女なら「何かの間違いだ」とか「所詮はデマよ」などと言ってのけるのだが、どうやら今回のことはわけが違うようだった。
(うっそでしょ……もう広まっちゃってるじゃないの……)
「で、どうなのよ蘭」
「あ、あはは」
何と実際噂は強ち間違っておらず、蘭は輝にホの字なのだった。幼い頃から交流があった輝に幼いながらも恋心を覚えていたらしい。故に、事実無根ならスルー出来たものを、図星を突いてこられたため内心かなり焦っており、乾いた笑いしか出てこなかった。
今までそういう噂を流されなかったのは思い人が既に存在があるからであり、決して今の時代の風潮に流されて男は総じてどうのこうのということはなかったのだ。もっとも、そんな風潮など祖父である厳や兄である弾に心底可愛がられてきた彼女にとっては意味をなさないしろものだった。
「私も朝見かけたけど、かっこよかったよねぇ。何ていうかさぁ、俳優体系?」
「そうそう、何ていうかムキムキよね」
しかしそれはここ女学院でも同じらしく、むしろ年頃の彼女達には風潮など蚊帳の外。恋バナ大好きパパラッチ上等イケメン最高のゴシップ大好きレディ。そんな彼女達の目の前に現れた鉄壁の女を送る男。完全に
「ちっちっち、あれはまだ細いんだよ。俳優はガリガリじゃん。あれはアメリカンな細マッチョってぇやつよ」
「でた。あんた本当外国人好きよね」
「だって、あんな筋肉で抱きしめられてみたいじゃない」
「あたしらじゃ潰れるでしょ」
女の子達がキャッキャウフフと好き勝手言っている中、この話題の中心人物である蘭は皆に囲まれてしまい逃げることすらできない。脱出を模索するが皆の視線は常に彼女を向いていた。
「で、どうなのよ蘭」
「あの人は彼氏? 旦那? どっち?」
「選択肢がそれだけなの!?」
「ほら、さっさと白状しなさいよ。でないと休み時間終わっちゃうわよ」
蘭への質問がその後も豪雨のように彼女に降りかかる。まるで自分は力を失った聖徳太子だ。誰が何を言っているのか聞き取れやしない。とりあえずと大声をあげ皆を黙らせ、輝のことを不本意ながら説明するのだった。
「えっとね? あの人は輝さん。私の家に居候してる人で」
『うんうん』
「スタントマンとか、スーツアクターって言う俳優業? の人で」
『うんうん』
「……勘弁してぇ」
自分の思い人をこうも聞かれると恥ずかしさとか照れくささとかが顔いっぱいに広がる。ようは顔がまっかっかなのだ。茹蛸のように真っ赤になった彼女をみて、周りの女生徒は察した。「あぁ、こいつ惚れてんだな」と。いやむしろ誰にでもわかってしまうのじゃないだろうか。そう思われるくらいモジモジと指を遊ばせながら彼女は言ってしまったのだ。
その時、天は彼女を味方した。
『あ、チャイム』
「ほ、ほら。次の授業始まるんだからさっさと戻る!」
『はーい』
皆が自分の席に戻る姿を確認し、胸を撫で下ろす。先生も教室に入ってきたことによりやっと落ち着いた空間へと姿を戻した。そこでやっと蘭は一息をつく。一礼もちゃんと終え、教師の声に耳を傾けながら、ふと輝のことを考える。
(……開演って、お昼だったはずだけど)
まぶたを閉じれば、その裏側に広がるのは笑顔の大きな男の姿だ。成功したんだと子供のようにはしゃぎ、自分を抱きかかえる輝の姿。自分を迎えに来たというのに全く帰ろうとする素振りもせず、自慢とはまた違った感じで今回の成功を教えてくれるのだろう。
でも、蘭はそんな話が聞きたくて仕方がなかった。
(……成功、するといいなぁ)
好きな人が笑顔でいることが何より好きで、そんな好きな人が話す話が好きで。幼い頃に生まれた小さい火の粉は、今では燃え盛る炎となっていた。この恋が実るのかは自分でもわからない。でも、着実に実ろうとしていることはわかっていた。輝自身も蘭へは好意的だし、何より蘭自身の輝への好感度はMAXだ。
(早く学校終わんないかなぁ、にへへっ……はっ!?)
ふいに廊下側の窓をみて、顔を強張らせる。蘭の席は廊下側一番端の席で後ろから二番目に位置するのだが、頬の緩んだ顔が窓に薄く映っていたのだ。まるで熱をもった餅のように緩んでいた。
(いけないいけない。私は仮にも生徒会副会長。生徒の模範にならないと)
顔を皆にばれない程度横へ振り引き締め授業に耳を傾ける。その耳は誰がみてもわかるくらい、真っ赤に染まっていた。
(……輝さん、今何してるかな)
耳を傾けることは出来た蘭だったが、やはり心は未だ輝へ向かっているようだ。
●
「……さて、実際どうするか」
三島パーク内にて輝は一人ぶらついていた。確かに羽を伸ばすにはいい場所だろうが、残念な事に今のその姿では中々乗り物に乗ろうと思えないのだ。
流石にこの姿だとなぁと愚痴を零しながらも耳だけは周囲に向けていた。勿論、偵察のためである。中学高校と違って小学校やらが既に長期休暇に入っているはずなので、ここにいる殆どが小学生以下の子供連れのお客様。輝にとっては是非見にきてほしい対象の人たちなのだ。
「ねぇユウ君。ウルトラマンショーがあるんだって」
「見たい!!」
「じゃあ少し時間あるから他のに乗ってから見にいこうね」
「うん!」
その言葉が耳に入り、輝の中で喜びに変わる。何て良い日に君は来たんだ少年。何故なら今日のウルトラマンは最高だぞと言いたくなるなったほどに、彼は高揚していた。まさか彼が自分の初めての舞台をみてくれる第一人者になってもらえるなんてと。輝の心は喜びに満ちていた。
そのせいもあるからか、彼はぶつかるその瞬間まで目の前に少女がいたことに気がつけなかった。
「キャッ」
急に身体に衝撃を感じたと同時に聞こえたその声。輝は無意識に目の前の少女を抱きとめる。そのスピードは一般人では絶対にできないほどの速さで、その光景をみた周囲の客は総じて目を擦っていた。少女は少女で、吹き飛ばされたと思ったのに気がつくこともなく抱きとめられ、目の前には真っ直ぐな視線を送る男がいたのだ。
「失礼。大丈夫ですか?」
「え……あの、あっと」
「あ、大丈夫ですので!」
隣にいた少女の知り合いが代わりに答える。今の時代なら文句が飛んでくる事も覚悟したのだが、そういった類の返答はこなかった。よく見ると二人とも同じ髪色をしており、姉妹かそれとも親子なのだろうか。と輝はこんな状況下でも案外マイペースだった。
「怪我してなくてよかったですよ。本当にすみません」
「いえいえ、倒れる前に助けていただいたので。それにこちらも余所見をしてましたし」
「そうなんですね……本当、大丈夫?」
未だ口をつぐむ少女へと顔を近づけて確認するが、やはり完熟トマトばりに真っ赤なままだった。よくよく考えると、まだ少女を抱きかかえているままだったことに気がつく。慌てて少女から離れ、その様子をみる。本当に湯気が出ているかの如く、少女は硬直したままだった。
「あぁ、ごめん」
「いえ……大丈夫、でしゅ」
少し舌っ足らずな返答をする現在トマトのように顔を真っ赤にする少女。流石にこのまま別れるのは気が引けた輝は何か奢りますという言葉を残し、急いで近くの屋台に向かい食べ物を買いあさるのだった。
数分もせずに少女達の元へと食べ物を持っていく。正直いなくなっても仕方ないと思った輝だったがその場から動かない二人をみてホッとする。
「……とりあえず、どっか座りましょう」
「あ、はい。ほら簪ちゃん。行きましょ」
「う……うん」
とりあえず、この硬直している彼女をどうにかしないといけないなと思いつつ、輝は二人を連れて座る場所を目指して歩いた。
開演まで残り1時間半。時間は着々と迫っていた。
一段落つけたら人物紹介したい。