ガイアが勢いよく女の前に飛び出し拳を放った。腹部を狙ったその拳は彼女のISの腕に阻害され、その肉体にダメージは与えられなかった。それどころか鉄の塊に思い切り拳をぶつけたため非常に痛い。痛がる素振りをするガイアを隙とみた女がその鋼鉄の腕を振り下ろす。ガイアは既の所で回避するが、先ほどのダメージが残っているのか腹を押さえていた。
「へっへっへっへ、ほらほらどうしたぁ!!」
好機とみたのか、その両腕を思い切り振り回す。その両の手の鉤爪がガイアを切り裂かんと空を舞う。だがガイアも負けじと攻撃を避ける。
女が攻撃を繰り出す。ガイアが避ける。隙をみて拳を放つ。鎧で受ける。
これを繰り返し既に数分たっており段々と苛立ちを見せる女。それは彼女の動きにも現れていた。
荒っぽくなる攻撃にガイアは必死でかわしていく。だが今の彼はそれでいいのだ。
「大丈夫ですか! 今運びますよ!」
「す、すまない」
「うわーん、ママどこー!!」
「もう安心しな坊主。俺様がちゃんと探してやるからな。まずはこっから離れるぞ」
今の彼の仕事は、皆が避難するまでの間注意を引くことにあるからだ。
怪獣達が瓦礫を持ち上げる。救急の心得など言っている暇がない彼らは大槻のために事前に呼んでいた救急隊に患者を託す。
マグマ星人が泣きじゃくる子供を逃がし、まだ助けを求める声を探して駆け回っていた。
そして一人、また一人と救急隊へ患者が運ばれていく。すでに救急隊の数の5倍の数が運び込まれていた。
――ISが生まれたことにより、医療も飛躍的な進歩を遂げていた。
絶対防御を転用した緊急時用応急装置を用いた新たな心肺蘇生法は女性が装置を介していれば男性にも使用できる画期的なものだ。近くに女性が一人でもいれば多くの人を延命でき、応急手当が可能となったのだ。
最近は女性の社会進出が活発に起こっているからか、医療方面でも女性の進出が多くなっている。医者などの中枢には多くの男性が存在しているが、それを補佐する看護師は殆どが女性になっていた。医者は絶対防御を転用した装置とその装置の起動と補佐のための女性看護師を連れ、緊急の患者の元へ駆けつけその場で治療を行えるという。
まさにISのおかげで、このような無茶な救出でもケアが可能となったのだ。
それは、この場でも同じこと。
「すみません。この子は足です」
「わかりました。悠木君、頼む!」
「了解! 出力上々! いけます!」
「よし、絶対に全員助けっぞ!」
女性隊員が乗っていたおかげで手当たり次第に緊急治療を行う。数秒で治療が完了するそのさまは、まさにブラックジャックのように頼もしかった。
隊長と思わしき人の声が患者の耳に届く。彼の誇りが心に響く。
そして、ここに一人、その誇りに感銘を受けたものがいた。
「怪人のお兄さん、こっちにも患者連れてきていいわよ!」
「ありがとうお嬢ちゃん。あんたも怪我してるってのにすまねぇな」
「安心してよ。これでも私って凄いのよ」
楯無も楯無でやるべきことをしていたのだ。確かに絶対防御の転用により救急が改善されたからといっても、数が圧倒的に足りない。応援を呼ぶにしても時間がかかる。そこで予備としておいてあった応急装置に彼女のISを連動させ、複数人を一度で応急するという荒業をしていた。
これのいいところは応急装置が勝手に応急してくれることにある。それに応じて救急隊員が指示を出し、それにあった応急プログラムを使えばいいのだ。
今回の場合、救急隊員の中に女性隊員は一人で男性隊員が3人だった。例えどう男性隊員が急いだとしても、使用出来る装置は一つ。
そのため楯無達のサポートはまさに天の助けともいえた。
のちに、楯無はこの日ほどISを身につけていてよかったと思ったことはなかったと語っている。
「お嬢様、簪様はどうなさいますか」
「簪ちゃんには……ガイアがいるわ」
「でも、まさか篠ノ之博士が司会のお姉さんをしていたなどと、誰が思ったでしょうね」
「まさに、【灯台下暗し】と言ったところね。あの情報は本物だったみたい」
楯無と共に救急を行っているのは彼女の従者である布仏虚という女性だった。本来はいつも彼女と共に行動をしていたのだが、今回は少し離れたところで彼女達を見守るつもりだったらしく彼女の妹であり同じく従者の本音はいない。
「ですがもう無理です。彼はどう足掻いても生身の人間なんですよ。IS相手に」
「……ねぇ、何で篠ノ之博士はここで司会のお姉さんをしていたのでしょうね」
「今話しているのはあのスーツアクターの人のことです! 篠ノ之博士のことでは――」
「どうして人間不信である彼女が、あんなにも和気藹々に司会をしていたのでしょうね。虚ちゃん」
真剣なまなざしを虚にむけて楯無はそんな疑問を投げかける。虚は彼女が何を言いたいのかわからなかったが、伝えたいことはわかった。
「あの人達を、信じましょう」
「……もしもの時は、駆けつけてくださいね」
「当たり前よ。簪ちゃんの最後の壁になるわ!」
彼女のまっすぐな答えに満足したのか、虚の視線は患者へ戻る。患者の体調を確認し、その生命を救うために力を注ぐ。
今出来ることを精一杯努める。
それは、彼らも同じだった。
「志藤ちゃん! どうだガイアは!」
「まだ大丈夫です! ハイパーセンサーは未だ良好。相手が空を飛ばなくてラッキーですよ!」
「あぁ、出来りゃあどっか遠くへすっ飛んでくれってんだこのくそったれが。どうすりゃあいいんだ」
場面はかわり、ウルトラマンショーステージ裏の待機場所。そこも重大な被害を受けていた。機材の殆どは吹っ飛んでしまい、篭って傍観することしか出来ないでいた。
今裏方には柏木と志藤、そして音響担当の城嶋の三人。残りの人間は全員観客の避難やら搬送などで出張っており、この場には彼ら以外人っ子一人いない。
悪態をつき頭を抱える柏木。その歪んだ顔には悔しさと切なさが混じっていた。
今日は輝にとって最高の日になるはずだった。子供達の輝ける希望になるはずだった。だのにこれはなんだ。ISがステージをぶっ壊し、観客を怪我させ、挙句には戦わされている。
「唯一の救いが、ステージに取り付けてたカメラだな」
「えぇ、おかげで怪我してる人をこちらでも探せる上に指示が出せますからね」
何が出来る。今の自分に何が出来る。今皆の盾となって戦う彼の意思を無駄にしないためにもと必死でモニターをみていた。無力であることを嘆いている暇などないのだ。今この瞬間にも輝はISと戦い命を落としそうになっているのだから。
すると何を思い立ったのか、柏木が音響の機材の元へと向かう。そして、
「BGMだ、ガイアの勝てるBGMを流そう」
[音楽を流せ]そう言ったのだ。
その言葉にその場にいた誰もが耳を疑った。何を馬鹿な事を言っているのだと、今ふざけている時じゃないと。驚きと疑心と不安のこもった視線が柏木にむいた。
「で、ですが」
「わかってる。確かに今俺が言ってることはおかしい。それは俺自身が一番知ってる。だがな」
柏木が城嶋に頭を下げる。思い切り下げられた頭に、二人は困惑する。
「俺たちが輝に出来ることは、音楽で応援することしかないんだ。俺たちが出て行ったところであいつの足を止めちまうだけだ。奴の演じているのはガイアだ。ガイアは応援で強くなれる。なら、俺たちが応援しなくてどうする!!」
その全力の問いかけに、その場にいた全員が輝の映るカメラへ視線を向けた。
今にも潰されそうになる攻撃、それを精一杯かわしているように見える。だというのに、彼は一歩も引いていないのだ。
後ろには助けなければならない人がいる。だからこそ、彼は一歩も引かない。
自分の限界ギリギリまで戦う。ここから一歩も下がらない。
それは、まるで彼のテーマを歌っているようだった。
「あいつは今頑張ってる。俺たちが、あいつの力になれるのは音楽だ! 頼む、音楽を流してくれ!」
「……わかりました。やりましょう。やってやりましょう! 俺たちが応援しなくて、誰がするって話ですね!」
城嶋はそう言うと、音楽をかける。
音楽が流れはじめる。テーマパーク全体に響く彼の音楽。ガイアを応援する声の代弁。
「……そうか、もしかすればいけるかもしれない」
「どうした志藤ちゃん」
唐突に声を上げる志藤に柏木達の視線がまた移動する。その目に映ったのは笑顔だった。
「もしかしたら、輝君のサポートが出来ますよ!!」
今までに見せたことのない野生的な笑み。これがIS研究所で燻っていた天才とは思えない顔だ。誰もが彼の表情から感じ取った。
天才と呼ばれた男が今、賭けに出ようとしているのだと。
「……よし、お前が何をしてぇのかわかんねぇが言ってみろ。手伝ってやる」
「はい、今から世界に喧嘩売るようなことをついでにしますけど気にしないでください」
「まかしとけ。世界なんかより家族に決まってんだろ」
「当たり前ですよ。世界驚かすなんてついでですよ!」
恐ろしいことをのたまった様に感じたが二人も二人でそんなことどうでもいいさといわんばかりに彼の作戦を肯定した。志藤は二人の発言に満足するとガイアのスーツが描かれた紙を一枚出した。そこにはガイアのスーツのスペックが書かれていた。
「これから、奇跡の逆転勝利作戦を行います。さぁ、輝君をサポートしますよ!」
●
「どうしたどうした。防戦一方じゃないか。えぇん? ウルトラマンさんよぉ!!」
ISの鉤爪がガイアを襲う。避けるので精一杯な相手を一方的にいたぶり喜ぶさまはまさに悪魔だった。左右から訪れる殺意が彼の命を削りに振りぬかれる。
だが、ガイアも負けっぱなしではない。何とか隙をみては懐に入り拳を放とうとする。
しかしその拳は全て、鋼鉄の鎧に阻まれてしまう。鋼を殴り続けていた拳は、もう握るのも一苦労に見えた。
「ガイア……」
彼の後ろで何も出来ない美馬と簪はただただ彼の無惨にも散る姿をみることしか許されなかった。
動けば殺されてしまう。しかも目の前では自分達のために命をかける人がいる。そんな人を残して逃げられない。彼女達の良心というのだろうか、それが許さないのだ。
「ねぇどんな気持ちですかァ? 篠ノ之先生~。自分のために立ち向かっていった仲間がボロボロになるのを見せられる心境は如何なものですか~?」
「くっ」
「いやぁ、あたしはあんたみたいに何でも上から見下してくる奴を見下し返すのが最っ高に快感でしてねぇ。で? で? どうなんですかぁ?」
女は煽りに煽る。美馬のその怒りと屈辱に満ちた顔を舐るように見つめ、嘲笑う。なんという快感なんだと、彼女は悦ぶ。
だが、その笑顔はすぐに消え去った。
「ディアッ!!」
ガイアの放ったチョップがついにISに傷をつけたのだ。ガギンと響く金属音。その音を聞いた女は怒りを顕にしてガイアを蹴り上げた。
「調子扱いてんじゃねぇぞ!」
腹を蹴り上げられ、その直後地面に叩きつけられる。まるで格闘ゲームのコンボのように繰り出された連続攻撃にガイアは倒れる。美馬は今にも泣き出しそうになる簪を抱きしめながらも、ガイアの名を呼ぶ。
「ガイア!」
その声に、彼はフラフラになりながら立ち上がり頷く。安心しろと言わんばかりに、彼は未だ立ち上がり続けたのだ。
「しつけぇ……しつけぇんだよ!!」
女の腰の部分に付いてたマシンガンが放たれる。ガイアはすぐに美馬達を守るためにその両腕を広げ壁となった。
爆破にも耐える特殊スーツは格闘用に作られている。そのため見た目に反して非常に強度が高い。そのおかげか彼の体を銃弾が貫くことはなかった。
しかし、痛いのに変わりはなかった。銃弾で蜂の巣にされるガイア。穴が開かないだけで体に広がる痛みが彼を襲う。
彼の悲痛な叫びが響く。
彼の姿をみて、彼の悲鳴を聞いて、簪の肩が跳ねた。
自分のヒーローがボロボロになる姿を目の当たりにしたのだ。体が恐怖に震えるのも無理はない。そんな彼女を美馬は抱きしめることしか出来なかった。
何も出来ない。出来たとしてもタイミングがない。二人は今目の前で起きている惨劇を黙ってみる事しか出来なかった。
ついにISのアームがガイアを掴み、何度も何度も地面に叩きつける。
一度、二度、三度、四度。
叩きつけられる都度に逃れようとするガイアの力は弱まっていく。
「……負けないで」
簪は気がつけば美馬から離れ、前へと体を乗り出し叫んでいた。
「負けないで、ガイア!」
「負けるんだよ!!」
怒声と共にISの足がガイアを踏み潰す。その光景を目の当たりにした簪はへなへなと地面に座り込んでしまう。
「そんな逆転サヨナラは空想か妄想だけにしとけよ。お嬢ちゃん」
「グアァアッ!」
女が足を動かすとガイアが悲鳴を上げる。現実は非情だと簪に教え込むように。
簪の瞳孔が開ききる。その光景を脳裏に焼き付けるように。その大きな目に焼き付けられるヒーローの無惨な光景。今にも気が狂ってしまいそうだった。
そんな時、ステージのスピーカーから何かが聞こえてきた。
「ん? なんだ?」
殆ど崩れ去ったボロボロのステージ。女も聞き取ったのか、顔を上げて辺りを見回す。
「ガイアの……音楽」
美馬の呟きと同時に、ISに異変が生じる。
動いている。その足が震えているのだ。彼女が動かしている挙動ではなく、何かがどかそうとしている震え……そう。
「な、てめぇ」
ガイアがその巨体を持ち上げていたのだ。まるで音楽に呼応するように、どこからあふれ出したのかわからないその力で敵を持ち上げていたのだ。
「てめぇ……何処にそんな力が!?」
「デュァアアアアアアアア!!」
力任せに吹き飛ばされるIS。だが持ち前のPICを駆使して空中に静止した。女は驚いていた。いや、誰もが驚いただろう。
生身の人間が、ISを上空20mまで投げ飛ばしたのだ。
「……どうして」
簪が彼を見つめる。何故そこまで闘えるのか彼女もわからなかった。ガイアは何も答えない。ただ彼女をみつめ、その表情を脳裏に焼き付けていた。
ショーを楽しみに来た人を、笑顔で帰っていくはずだった人を、ISが悲しみに変えたのだ。
その怒りで震える拳を握り締め、ガイアは空中で静止した女を見上げた。
だが、残念な事に追撃はできない。例えISの装甲に傷をつけられても、投げ飛ばしても、飛ぶことが出来ない今はなにも出来なかった。
「……っけんなよ」
女の怒りが眼下に叩きつけられる。今にも血管が切れそうなほど、彼女は怒りの形相をみせていた。それもそうだろう。圧倒的な力を持つISをガイアが本当に倒そうとしているのだ。
「ざっけんなよぉ!! 男の癖によぉ!!!」
再びばら撒かれる銃弾の雨。ガイアは美馬と簪を庇うように両手を広げ全ての弾幕をその身に浴びた。ガチャリと弾がなくなるまで撃ち続けられたマシンガンは粒子となって消える。IS自身もエネルギーが少なくなっていたのだ。ステージは弾幕による煙で見えなくなっている。
女は恐怖を覚えていた。何故死なないのだと、何故意識を保てているのかと。おかしい、ありえない。何がガイアを動かしているのかわからない。
煙が晴れ、状況がその目に入ってくる。女は再びありえないものを見てしまった。
ガイアの姿が顕在していた。ありえない、そもそも銃弾を前にして何故立っていられるのか。女は不可解なものをみるように怯えた。だが、誰だってそうだろう。なんせ、
そもそもガイアのスーツ自体、傷一つついていないのだから。
●
ISが空を舞ってしまう。これじゃあどうしようも出来ない。ガイアは……いや、輝は何をすればいいのかわからないでいた。
(……俺が本当に、空を飛べたなら)
女の元まで飛び上がり、攻撃をやめさせるために闘えただろう。
だが、彼は女性でもなければISも持ち合わせていない。彼女をとめることは出来ないでいた。
「……大丈夫だよ」
耳元で誰かが囁く。美馬の声だ。背中にひしっと抱きつく彼女の脈動を感じる。
暖かい……。輝は今までに振れたことのない穏やかな暖かさに心を落ち着かせる。美馬の囁く優しい声に耳を貸す。
「大丈夫、今の君はガイアだもん……皆の光、皆の希望。だから大丈夫」
輝は頷く。彼女の声を信じて頷く。
馬鹿だ、ありえない。そう思うものはいる。いやそう思うものが大半だろう。
だが、輝は彼女の言葉を信じた。
彼女が背中から離れたのを確認すると、ガイアは一度大きく胸をはり、深呼吸をした。覚悟を決めたとも取れるその姿に美馬は満足した表情になった。
すると、会場の外から子供の声がした。
決して悲鳴ではないその声は、ガイアに向けて叫んでいた。
「頑張れー!! ガイアー!!」
「負けるなー!!」
子供たちの声援が輝に届く。彼の勝利を信じてやまない子供たちの声だ。ガイアの勝利を願う子供たちの叫びだ。
輝は子供たちへと顔を向ける。子供たちが必死で叫んでいる姿がその目に映った。
「……君は今、子供たちの
ガイアは彼らに頷くと、ゆっくりしゃがんだ。両膝を曲げ、上半身を屈める。体中に力をためその命の限りを燃やし、彼は飛ぼうとしていた。
「負けないで! ウルトラマン!!」
「だって君は、
真後ろから聞こえた二人の声を背に受け、輝は飛ぶ。大きく跳んだ。
それは奇跡だ。絶対に起こることのない奇跡だ。
人間の跳躍力ではどんなにあがいても20mなんて距離を飛ぶなんて無理な話だ。
それはISをまとった女も同じ考えだった。だからこそ彼女の思考はその瞬間だけ停止した。
ガイアの拳が彼女の胸の装甲を砕ききった。
やられたとこで終えるべきだったか?
いや、拳を当てたところでいいはずだ……はずだ