今回の事件を解決したヒーローが搬送された病院。私達が到着したときには既に彼は息絶えており、そこで初めて輝さんが戦っていたのだと理解した。心拍も呼吸も、生命活動におけるすべての機能が停止し、彼はその人生を終えたと誰もが思っていた。
彼の居候先の家族らしい五反田家の人々も駆けつけ、輝さんの死に涙を流していた。唯一幸いだったのは、簪ちゃんに伝えてないこと。まだ彼女に伝えるにはあまりにも酷で、病院に連れてこなかったことに少しだけ安堵した。今伝えるより、少し時間を持ったほうがいい。そう思っていた。
そこへ、想像の斜め上を行く人がやってきた。本来なら日本にいないはずの有名人。知らない人なんていないと思われる人。そして今回輝さんが身を挺して守った二人のうちの一人を連れてその人は現れた。
世界最強のIS使い【織斑千冬】と、世界最高の天才科学者【篠ノ之束】の姿がそこにあった。二人は幼いころから親交があるのは知っていたが、まさか二人でやってくるとは思わなかった。
博士の頬が少し赤く腫れている。千冬さんにビンタでも食らったのだろうか、若干涙目な彼女が医者を押しのけ輝さんのいるオペ室に入っていった。
そこで何が行われたのかは見ることが出来なかったため一切わからない。だが、彼女が何かをしたのだろう。
何か機械音がして数分間の静寂の後、息を吹き返したという博士の喜びの声が外まで響くまで私達は何も出来ずただ突っ立っていることしか出来なかったのだから。
オペ室から出てくる輝さんの姿に一同は一瞬顔を険しくしたが、それでも彼の元へと駆け寄り喜びの声を上げた。顔が焼け爛れており、体も穴だらけだった彼の姿は殆ど治っていた。が、それでもその顔の傷は痛々しく映り、あの時の戦闘の酷さを物語っている。
「胴体複雑骨折。肋骨の殆どが体外に顔を出していた。他にも両前腕の骨折、骨折に伴う筋肉断裂、内臓破裂。心臓と肺以外の臓器は傷つき……眼球が焼け溶けていたというのに……何故生きているのかわからない」
医者もこの始末で、これで改めて篠ノ之束博士の凄さを再認知することとなった。殆どの外傷は最新医療技術の結晶である【CReM】によって怪我をする前にまで戻すことは出来る。しかし生命に関しては何も出来ないはずだった。まさに奇跡としか言いようがない。
そんな奇跡のような生還を果たした輝さんは、おぼつかない足取りで千冬さんの許へと歩み寄る。手を前に突き出しながら、何かを探すようにふらふらと足を進め、彼女へと抱きつく。その大きな体を支える千冬さんの表情は、悲しそうでもあれば、嬉しそうでもあった。そこで私達は察してしまった。彼は今、目が見えていないのだと。
「……輝」
「……ただいま、千冬姉さん」
嬉しそうに輝さんは呟きながらそのまま千冬さんの胸の中で眠ってしまった。その姿を愛おしそうに見つめていた彼女はその頭を優しくなでていた。今までに見たことのない顔に私は驚きで目を放せないでいた。鬼とまで呼ばれた彼女でもあんな顔をするんだなと、絶対に口にすることなく心の中でぼやいた。
しかし、そんな事今はどうでもいいのだ。聞かなくてはならない事がある。今の彼女なら、教えてくれるかもしれない。
輝さんをベッドに寝かせ、病院の一室に集まった私達は、篠ノ之博士に事情を聞くことにした。勿論、医療スタッフには退席してもらい、盗聴などの心配がないことを確認してからだ。
「……篠ノ之博士。どうやって彼は」
私の質問に、博士は一度顔を千冬さんに向けた。彼女の頷きをみた博士は、ポツポツと私達に教えてくれた。
「輝君はね。星に愛されてるんだ」
彼女の語りに私達は耳を疑った。突拍子もないことを言い出したと思ってしまったのだ。だが、今回の彼の戦いを思い返すと納得してしまう。あれは明らかに奇跡が起きすぎた。勝率0%を覆すなど生身の人間ではおかしな話だ。だからこそ、彼女のぶっ飛んだ内容に少し納得し始めた。
「彼はこの星に愛されている。だから奇跡を起こしたの。この星に生まれた全ての物が彼に力を貸すという、普通ならありえない奇跡。私が生み出したISでさえ、彼の前では私よりも優先するでしょうね」
「そ、それって」
「ここからは他言無用で頼む。輝の今後に関わってくるからな」
千冬さんがそう口を挟みながら私を一瞬睨む。その道のプロを黙らせる眼力に肝が冷える。でも私からすれば初めから口外しようなんて考えは一切ない。
「生憎、命の恩人を売るなんて考えてもなかったのでご安心を」
「そうか……なら束、頼む」
その後語られたことを、私は一生忘れないだろうし、忘れられないだろう。そして一生誰にも自分から話すことなんてしないだろう。簪ちゃんにも、多分話すことはない。
「輝君の肉体は今、ISによって生きながらえているといっても過言ではないの」
☆
(そう思うとあの目の意味も納得なのよね)
気がつけば車はショッピングモールの駐車場に止まっていた。車が停車したときの揺れで思考が中断され、楯無は辺りを一瞬見渡した。モールの駐車場は地下にあるからか、外からの光はなく、蛍光灯が薄暗く辺りを照らしていた。
「さぁて着いたぞー」
まるで休日のドライブに張り切ったお父さんの如く声をかける輝に、三人もそれに乗ってか楽しそうに返事をする。若干恥ずかしそうに返した簪は女の子二人からマスコットのように愛でられていた。輝にとっては眼福である。
「よし、まず腹ごしらえと洒落込みましょう」
「お、おう。早速か」
「……でも、まだお昼前」
「あ、ならあそこに行きましょう!」
蘭の提案に賛同した3人は彼女に連れられ、フードコートへと足を運ぶ。大きなモールなためか、色々な国の専門料理店があり、更識姉妹はそれぞれの店に目移りしている。こういう場所に初めて来たのか、簪は特にきょろきょろと辺り見渡していた。輝もその目のおかげか視線を向けることなく3人を見ていたが、それでも目移りしそうになっていた。
「よそ見してると危ないぞー」
「あ、はい……」
注意されたことが恥ずかしかったのだろうか、簪が楯無に少しだが引っ付く。そんな彼女の姿が可愛かったのだろう。蘭も楯無も我慢できずに彼女に抱きつく始末。一応蘭より一つ年上なんだぞと、輝は言いたくなったのだが、
(可愛いからいいや)
と、一歩後ろから彼女達を眺めることにした。
暫く簪を堪能した一行は、一際目立つ喫茶店を見つけた。
【ラ・プンツェル】
テレビで何度か取り上げられている有名な喫茶で、この4人の中では蘭が何度か友達と来たことがあるくらい。少し高い店だが味は保証すると薦められたため、入ってみることにした。あまり外食を経験してないのか、簪はずっと楯無の手を握りっぱなしである。
ウェイトレスに案内され、円形のテーブルに着く。四人が向かいあうようになっている席で変な取り合いなどが起きない仕様になっており、無駄な争いも起きることなく四人は座った。楯無の向かい側に輝が座り、その隣に簪や蘭が座る形になっていた。
「ここのチーズケーキ美味しいんですよ~。前に友達と食べたんですけどチーズが濃厚で~」
「あら、なら私それにしよっかな~。簪ちゃんはどうするー?」
「私は……モンブランで」
さっそく楽しそうにメニューを眺める三人を前に、店のサービスであるコーヒーを一口飲む。残念なことにブラックだったため一瞬その苦味に顔をしかめそうになった。
(うん、甘い空間だからブラックが飲めるかと思ったが……そんな事はないか)
などと馬鹿な事を考えつつ、クリームとシュガーを入れて再び口へと運ぶ。若干甘くなったがやはり苦いのかまた顔を歪めそうになる。
「あ、輝さん。こっち決まりましたよ」
「俺も決まったよ。なら頼もうか」
三人が頼むケーキを聞いた輝は、店の人に声をかけた。呼びかけに応じたのは先ほど案内してくれた人とは別のウェイトレスさんらしく、可愛らしいウェイトレス姿で現れた。初めはニコニコとしてが、輝の顔を見るや否や驚きを隠せず恐怖で体を震わせていた。
「ご、ご注文は……」
怯えながらも仕事を全うしようとする彼女の態度に、申し訳なく思いながらも愛想笑いをして、輝は注文をした。
「チーズケーキ2つとモンブラン、あとイチゴタルトで」
「は、はいっ。ご注文承りました」
注文の確認もせず、ウェイトレスはそそくさと消えていった。自分の顔の傷に驚いたのだろうと感じた輝は接客業も大変だなと目元の傷に手を当てつつ、顔色変えずに三人のほうへ視線を向けた。運がよかったのか三人はまだメニューについて話に花を咲かせていた。三人の機嫌が悪くなるのを恐れていた輝はホッと一息つき、再びコーヒーを口に含む。
うん、苦い。
☆
「そういえば、簪ちゃんはIS学園に来るって言ってたけど、蘭ちゃんはどうするの?」
ケーキもきて、いざ食べようとした矢先の事だった。楯無の言葉で蘭達のフォークの動きが止まる。
「うーん、実は適正検査でAを出してるんで行けるんですけど、まだどうしようか迷ってます」
「数年は輝さんうちの学園に住み込みで働くわよ」
「あ、入学しまーす」
「おいおい」
そんな理由で入学しても楽しくないぞ。と言いたかった輝だが、彼女のことを考えると口を噤んでしまう。実際IS学園は、その名前からわかるとおりISを扱う学校機関だ。相当なネームバリューがあるからか、卒業後が楽なのだ。
輝自身、仕事にありつけるのも柏木というコネがあるからと自覚している。100%の実力で買われるなどない。殆どがそのスーツアクターの経歴と、その人を起用した人間の一言で起用するかが変わってくる。そこについて、輝はまだ17歳。実力があれど、コネがなければ中々使ってもらえない。悲しいけどこれ、(職業)戦争なのよねとはよく言ったものだ。
(問題は有名私立なんかよりも高い学生費だけど……俺の給料からも出せば大丈夫だろう)
大事な妹分の晴れ舞台。彼女の未来を考えたら造作もないと、輝はしごく当然のように思った。ついでに日ごろからあまり使ってないお金がやっとまわり、日本経済を潤す事だろうと考えるしまつ。やったね。
「ね? 輝さんもIS学園良いと思わない?」
「んー、IS学園は有名だからね。良いと思うぞ」
イチゴタルトを味わいながら、輝は相槌を打つ。甘いものを食べられて上機嫌なのか、その顔は綻んでいた。蘭もこんな顔するんだ、と数年間一緒に暮らしてきたはずの思い人の表情に興味を見せる。それは簪も同じなようで、目を丸くしながら彼を見つめていた。
「ん? いるかい?」
「い、いえ。そうじゃなくて……」
そして何を勘違いしたかこの男は、イチゴタルトがほしいと思ったらしく、皿を持ち上げて簪に渡そうとした。彼の行動に慌てて手と顔を使って大丈夫だとジェスチャーする簪。思い切り体で表現してるからか、余計に可愛らしい。
いらないのか~と呟きながら、輝はタルトを食べる。若干残念そうな顔をする簪達を置きざりにぺろりと平らげたのだった。蘭にいたっては小さく「あっ」と呟いている。
「よし、皆食べたし買い物に行こうか」
「そうですねぇ。時間もそれなりに経ちましたし」
事の発端の提案に楯無が反応すると、彼は領収書を手に取りそのままレジへと歩いていった。
「……まぁ次があるんだから、行きましょ。二人とも」
「「……はい」」
蘭たちの肩をぽんと叩き、楯無は二人を慰める。
時刻は12時30分。ちょうどお客も飲食店に入っていく時間帯で、目的の店は少しガランとしていた。輝が会計をしている間にやってきた三人は、その瞳に炎を宿していた。
「さぁ二人とも。スタイル良いんだから魅せつけてやんなさい!」
「「はい!」」
何か一波乱起きそうである。
【CReM《クリム》】
ISの操縦者保護機能のうちの一つである絶対防御を転用した細胞修復医療装置。
細胞修復医療[Cell Regenerate Medical]の頭文字からつけられた機械。絶対防御は本来、全てのISに搭載されている『あらゆる攻撃を受け止めるシールド』であり、シールドエネルギーを極端に消耗して操縦者の命に関わる緊急時、救命措置を必要するときに発動するものなのだが、数年前に絶対防御には細胞を修復させる機能がついているととある科学者によって発見されたことから作られたのがCReMである。この装置の完成により、生存率は格段と上昇し、全世界の病院に配備されることとなった。勿論、更識家にも一台ある。
ちなみに、緊急車両に搭載されているのは操縦者保護機能の一つである止血などの応急措置を行う機能を転用したものであるが、世間的には絶対防御を転用した装置ということになっている。