モールの水着売り場では、ちょうど客がフードコートへ行ったためか輝達を除き店員以外見当たらない。つまり、彼女達の独壇場と化してしまっていたのだ。
「じゃじゃーん! どうですどうです~?」
「おぉ、やっぱ蘭ちゃんは何でも似合うなぁ。着こなせてるよ~」
「えへへ~」
そう、女性客がいないのをいい事に、今水着売り場では3人による水着披露宴が行われていた。まず私が一番だと言いたげに姿を現したのは、赤を基準としたフリルの多い水着を着た蘭。所謂パレオと呼ばれる水着である。シスコンを発動した輝はうんうんと何度も頷く。カメラ持ってくれば良かったと考えていた。
「あ、あの」
「ラッシュガードってやつだっけ? いやぁ、可愛い子の水着姿が見れてお兄さん嬉しいわぁ」
次に登場したのは白寄りの水色のラッシュガードを着た簪。生地が薄い上、中の水着が濃いためか少し色気が強く感じられる。くるりと一回転してその全貌を見せる簪はその頬を赤く染めながらも嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女を目の当たりにし、感嘆の声を上げる輝。今まで出会ったことのない大人しい娘だったゆえに言葉を失ったのだろう。
「……ほんと、似合ってるねぇ」
「だって簪ちゃんスタイル良いもん。蘭ちゃんと良い勝負だと思いません?」
「そうだねぇ……で、楯無ちゃんは大丈夫?」
「ふふふ……自分の妹が可愛すぎて世界がやばい」
輝の隣で二人の披露宴を見ていた楯無。簪の格好で一瞬鼻血を出しかけたのか顔を抑えていた。輝が背中をさすってやり、彼女が落ち着くのを待つこと数分。
「大丈夫かい?」
「……えぇ、何とか」
ようやく復活した楯無は体を彼のほうへと向けると不敵に笑った。何事かと一瞬考えたが、彼女の姿を見るやいなや輝は納得した。そうとも、彼女も水着を着ているのだ。簪のようにラッシュガードを着ていて中の水着は見えないのだが、彼女の女性的特徴は主張しており、服の上からでもその豊満なバストが見てとれる。
「むっふふ~、簪ちゃんとお揃いなんですよ~。どうです? 似合ってます?」
「あぁ、とっても似合ってるよ」
こういう時こそもう少し気さくなことが言えたらなと、輝は自分のボキャブラリーと学の無さを恥じた。こう口説き文句でも言えたらいいのにと内心毒づくが、残念なことに彼にそんな力は存在してなかった。
当たり前といえば当たり前なのだが、下はビキニパンツのみなので肌寒そうだ。流石はモール、クーラーが効いていて少々肌寒い空間となっている。
だからなのか、彼女の着ていたラッシュガードが若干暖かそうに輝の目には見えた。薄い生地を一枚羽織っているだけだというのに……人間の思い込みというものなのだろうか、輝は若干肌寒いモールの中で暖房器具を見るように彼女の水着を見ていた。
「むむっ。今私のことお布団のように見ましたね? 私にはわかるんですよ」
すると心でも読んだように、楯無は頬を膨らませて近づいていく。何故ばれたと驚きを隠せない輝は、一歩一歩と近づく彼女から、後ずさることしか出来なかった。
「と、ところでラッシュガードの下は何の水着なのかな~ははは」
「あら、みたいんですか?」
「一応ね~」
輝の要望に答えるように、楯無はラッシュガードを脱ぎ捨てた。飛んでいった服は綺麗に買い物籠へとホールインワン。流石生徒会長、何でも出来る。
飛んでいった服へ意識を集中していた輝だったが、瞬間目の端に映った薄橙色に釘付けになる。服の上からでも確認できた胸が露になり、水着によって少し締め付けられているというのに、何故ここまで形がいいのかわからない。それほど美しく、まるで女神のように感じる。蘭達が幼いわけではないのだが、楯無の大人びた綺麗な肉体が脳裏に焼き付けられた。シミ一つ無い純白な肌とマッチした水着が、より彼女の魅力を引き立たせていた。
「ふふふっ、外国グラビアアイドルが着てるアダルティな水着ですよ。どうです? 惚れました?」
首のところがクロスした黒のワンピースビキニ。抜群のスタイルでないと着こなせないようなスリングショットの水着を着こなす彼女に、輝は目を離せない。心臓の鼓動が早くなっているのに気づくのは、彼女に声をかけられた時だった。
「……あれ? 輝さん?」
「!? あ、あぁ。似合ってる、似合ってるよ」
「えー、何ですかそれー。簪ちゃんたちの反応と違います~!」
楯無がぶーぶーと文句を言う中、輝は乾いた笑いしか出来なかった。正直今までにない感覚が彼を襲っており、自分自身何が起きているのかわからないでいたのだ。そんな彼の事情など知らない彼女は両手を腰に当て、半目で見つめていた。そんな態度がよけいに似合っている楯無を見て、これはいかんと思った輝はとりあえず話を振ることにしたのか目を泳がせながら言葉を探した。
「と、とりあえず、その水着を買うのかい?」
が、出てきたのはこんな普通の言葉。情けないと思いつつもこれが精一杯なのだと輝は自分に言い聞かせる。
「何言ってるんですか~。女の子の買い物ってのは長いもんなんですよ?」
「それを女の子が言うのか」
「へへ~ん、今度は見惚れちゃうやつにしますからねぇ~」
うまく小悪魔の機嫌をとることに成功した輝は、まだ試着室にいる簪の許へと飛び込んでいった楯無を尻目に、大きく深呼吸をした。それでも落ち着かない彼は、蘭達に自分の水着を買ってくると伝えてその場を離れた。
未だにリズムを元に戻さない心臓。輝は落ち着けと心で念じた。
するとどうだ。先ほどの鼓動が嘘のようにゆったりとなり、その脈拍が通常に低下したのだった。
(おぉ、念じるもんだなこりゃ)
何故か簡単に言うことを聞いた体に機嫌を良くすると、輝は男物の水着売り場へと向かうのだった。
☆
(やばい……恥ずかしい! 滅茶苦茶恥ずかしい!!)
輝さんのいなくなった水着売り場にて、簪ちゃんに抱きつきながら顔を真っ赤にしている女が居た。そう、私である。
実際男の人にここまで急接近してアプローチをしたことがなんて仕事でも殆どないし、今回は仕事のつきあいじゃない。輝さんへのアプローチはまさに自爆特攻だったと今でも思ってる。
その上、あの反応。完全に自分を意識してる。
(二人を応援してる身としてはあっちゃならない事なんだけど……だけどなぁ)
学園での何気ない会話、少しあるスキンシップ。今までの仕事の疲れをとる最高の居場所として輝さんがいた。思えば数週間でしかない関係ではあるが、数週間もの間長く疲れを癒してくれた存在でもあった。本当に感謝している。
出会った当初、少しの会話で妹との蟠り解消のきっかけとなり、少しの時間で妹のヒーローになった。若干の嫉妬は確かに存在していたのだろう。彼との会話でも初めのうちは若干棘があったのような気がする。
(……って、いやいやいや。何思い出しちゃってんの)
「お、お姉ちゃ」
「何でもない……何でもないのよ簪ちゃん!」
「う……うん」
可愛い妹に上目遣いで心配されるなどというシスコンが喜びそうなシーンに遭遇。まんまと内心荒ぶりながら簪ちゃんに大丈夫という旨を伝えた。ふぅ、危ない危ない。危うく襲うところだったわ。
とりあえず試着室から出て別の水着でも探そう。そう思って外へ出た瞬間だった。
「警備員さん助けて!! 殺される!!」
女の人が泣き叫びながら走っていた。確か走ってきた方には男物の水着とか他の海水浴用品が……いやな予感しかしない。
☆
男性用水着売り場。一言で言うと非常に適当な売り場になっていた。物が散乱しているとかそういうのはないのだが、何といっても品揃えが少ない。これはこれはと苦笑しながらも、いい気分転換になるなと短く息を吐く。
「ふぅ……、全く最近の若いもんは成長が早い」
それをお前が言うなと言いたくなる17歳。見た目から17歳に見えない青年は、若干柄が大人しめな海パンを見つけた。黒にシルバーのラインが数本はいったトランクス型で、輝自身満足する柄になっている。
「……うん、これだけじゃ泳ぐときに不安だな。浮き輪も買おう」
火傷を負う前もそうなのだが、黙っていればかっこいいのに何故こいつは口を開くと残念になるのだろうか。輝は一目散に浮き輪コーナーへと向かい、腕浮き輪を探した。途中でシュノーケルを買っており、まるで泳ぐのではなく素潜りに行くのではないかと怪訝されるだろう。
すると、突如輝は声をかけられた。その声の高さから女性であると確認すると、そちらへと視線を向けた。
そこにはズバリ女性がいて今にも血管がぶち切れそうになっている。振り向くや否やウスノロと罵倒されてしまい、内心理解が追いついていなかった。
まず最初に思ったのは。
「えっと、どちらさんですかね?」
これである。
「煩いわね。そんなのどうでもいいのよ。ほら、これ元の場所においてきてよ」
だが彼の質問などお構いなしに、女性は下着を輝に投げ渡す。急いでいるからかそのまま去ろうとしていた。
ISという存在が生まれたことによって、世界では女尊男卑の風潮が蔓延していた。そのため今まで男性に対して持っていた鬱憤をこれでもかとぶつける女性が増えてきた。こうやってどこにでもいる男に物事を押し付け、もし言うことを聞かなければ警察沙汰にして金を捥ぎ取る……なんていう悪質な事件も起きるほどだ。
「いやぁ、俺これがあった場所知らないし。何より自分で戻しなよ。子供じゃないんだから」
「うるっさいわね。男は女の言うこと聞いていればいいのよ。ほらさっさと消えなさい」
こちらも見ずにシッシと手を振る女性。少し不機嫌になった輝だったが、まぁいいかとその下着に視線を落とす。
「えっと何々? AA65Mの~? グレイッシュ……なんだこれ」
「!? ちょっと! 人の下着の大きさを言う奴がどこにいるのよ!!」
「いや、どこに片付けるかわかんないし」
「大体あんた常識ってないわけ? 普通に考えて下着の商品名とかその類を口に出す馬鹿いるわけないでしょ! どんな人生送ってんのよあぁむかつく!!」
仕方ないと片付けようとした時だ。女性が下着を奪い取りながら、押し倒す勢いで日ごろの鬱憤と共にまくし立てている。突然戻ってきた女性に輝は呆然としたまま、文句を言ってくる彼女をどうすればいいかわからず困惑していた。
そして彼女が輝の顔を見た瞬間、世界が凍ったように静まりかえった。
目の前の男、そう、輝なのだが……何といっても彼の顔はインパクトが強い。黙っていればかっこいい部類ではあるが、残念なことに現在彼の顔は重度の火傷跡と金色に輝く瞳。ところどころに外に晒された皮膚から見える傷跡。CReMでさえも治しきれなかった表面の名誉の傷が、彼女の目から見れば完全にヤのつく人。
「……け」
「け?」
「警備員さんっ!!」
「へっ?」
数秒の沈黙の末、女性は警備員を呼びながら逃げていった。下着を持ったまま。
「……えっと、なんだったんだ?」
「……お客様、大丈夫ですか?」
近くにいた、というかいたのかすら疑わしい店員が、輝の近くまでやって来て謝ってくる。輝も大丈夫ですとむしろ謝り返し、とりあえず穏便に済ませつつ目的の品を探しに戻る。怪我の事でまた店員に怯えられてしまいそうになったが、人当たりの良さから何とか最悪の事態から回避できていた。それだけでも良かったと輝は安堵する。
だが数分後、警備員に事情聴取を受けるなんて思ってもみなかったと、後に彼は言った。
☆
「どうも、お騒がせしました」
「いえいえ……お互い、肩身が狭いですな」
警備員に慰められながら、輝は事情調査からやっと脱出した。控え室で待っていた楯無達が心配そうに待っているのを確認すると、また苦笑いをしてしまう。
「いやぁ、ごめんね~三人とも」
「輝さん! 大丈夫だったんですか? 何か変な事されませんでした!?」
声をかけると一目散に蘭が抱きついていく。その焦りようからよっぽど心配したんだなと改めて輝は彼女の優しさに喜びを感じる。
「全く……聞きましたよ。輝さんに物押し付けときながら顔見てビビッて警備員呼んだって。店員の人苦笑い」
「いやぁ、はははっ……それがまさかこんな時間になるなんて」
警備員に連れられ既に2時間経過しており、3人はその間ずっと彼の無事を心配していたのだ。その事実に輝は申し訳なる。
自分の顔が、近くの硝子版に薄く映る。そこから見てもわかるように、輝の傷は醜く映る。何故三人が自分とこうやって楽しく買い物が出来ているのか不思議に思ってしまう。
「……でも、無事で……良かった」
簪が安心したようにホッと息を吐く。彼女も感情はあまり前に出さないがさっきの言動で心配していたのを理解する。
首に手をやり、少し強く揉む。何をやっているんだと、彼女達の優しさに報いろと、頭の中でどうすれば喜ばれるかを考える。
「……よし、このお詫びに皆の水着と昼飯。おにーさん奢ってやるぞ~!」
すると出てきた答えはとてもじゃないが面白みも何もないただの資金提供。失敗したかなと思いつつも、自分に出来る精一杯だと自分自身に言い聞かせた。
「え、でも」
「お金には無駄に余裕があるからね。安心していいぞ~」
勿論、下ろす必要があるけどね。と一言つけ、ちょっと不安そうな顔をした楯無に輝は微笑みかける。その時やっと見ることの出来た年相応の顔に一瞬心が弾む。
「せっかく楽しんでたんだ。もっと楽しもう。な?」
「…あ、はい」
少しばかりトラブルの起きた買い物。だが、4人の楽しい時間はまだ続くようだ。
その中で、一人の少女の心に何かが芽生えたことを、ここに居る誰も気づくことはなかった。
CReMを使っても皮膚の完全再生は出来ない。だから顔のやけどあとはまだ残ってます。
んー、FGOのベオウルフさんよりも傷跡は酷いかな。うん。