《松陽side》
「ねーね!ねーね?」
「蒼汰、ねーねは寝てますよ?少し休ませてあげてくださいね。」
「うー、ボクも一緒に寝るー!」
サラサラの短髪の黒髪をなびかせて、器用に葵の腕の中に入っていく蒼汰。あらら、あっという間に寝てしまいました。
蒼汰が生まれて、もう一年半が経とうとしています。蒼汰は病気もなく、元気に育ってくれました。
葵が教えているのでしょうか?一歳半にしては早く、すでに走り回っています。たまに盛大に転んで泣きますけどね。
その葵は、私も驚くほど大人に成長していきました。そこに晴香がいるようでした。
蒼汰が生まれて一年半、晴香が亡くなって一年半。
葵は、晴香の穴を埋めようと、今まで以上に勉学や剣術に励みながら、家の事もするようになりました。
生前、晴香に教えてもらったという料理の腕も、みるみる上達していきました。
そして何より、蒼汰にたくさんの愛情を注いでいました。まるで母親のように。
私はあなたに会った時から、二度とあなた以上に愛おしいと思う人は現れないと思っていました。
しかし、後二人、あなたと同じくらい愛おしい人を増やしてもいいですか?
二人はとてもあなたに似て、優しい子に育ってますよ。
きっとあなたなら、許してくれますよね。
なんせ、あなたが命に変えても産みたかった、大事な生命ですから。
葵も蒼汰も、あなたの代わりにたくさんの愛を込めて、育てますから、見守っててくださいね。
晴香。
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「ふぁ~~~~、、、。」
やばい、寝てしまった。母上が亡くなってから、一年半。転生してから、早二年半。何も起きてないこの世界で、私は私なりに、役に立てるように頑張ってきた。
とりあえず、父上が松陽先生という立場でなくなるのはまずいので、家事をしました。
うん、大変だね。目が回るような忙しさ。
それに加えて蒼汰は幼く、世に言う夜泣きというものをするわけで。
その度に外に連れ出し、散歩をしていました。うーん、やっぱり母乳がないのは、子供にとってストレスになるんですかね~?
まぁ、そんな事言っても、私が出せるわけもないので、毎晩頑張りましたよ。まぁ、小さい子は好きですから、意外と苦痛じゃなかったけど。
そして、最近は夜泣きもしなくなりました。さて、これが早いのか遅いのか……。十六歳で死んだ私には、わかりません。とりあえず、寝てくれるようになってよかった~、って感じです。
蒼汰は、ミルクから離乳食にして、最近は普通にご飯を食べるようになりました。この時代には離乳食が無かったのか、初めてそれを作った時には、父上に驚かれて……、ちょっと面白かった。
未だに銀さんは見つけていません。……どこにいるのやら。
…で、今。昼寝のつもりで少し寝ようと思って…。
……今何時だ??時計……時計……。ん?なんか動きにくい…。
「蒼汰……?」
私の腕を枕に、丸くなって寝ている蒼汰がいました。
小さすぎて気づかなかった……、ゴメンよ蒼汰。
寒くて丸くなるくらいなら、布団に入ればいいのに…。
起こさないように、そーっと離れ、布団をかぶせて。
「おはようございます、葵。」
「あっ、父上。おはようございます……って、今お昼ですよね?」
「そうですね。」
はい、意外とお茶目です、私の父上。笑いながら、そうですね、って……。
「寝てしまって……、すぐにお昼作りますので。」
「まだ休んでいてよかったんですよ?今日は、私が作りますから。」
「今日は、塾の方に持っていく約束しちゃったので…。」
「そうでしたか。では、一緒に作りましょうか。」
そう言って並んで立つ私の父上。
二人の会話が敬語なのは、決して仲が悪いわけではなく、まぁ、成り行き。
原作でも松陽先生として、ずっと敬語だったもんな…。
そして、一緒にお昼を作り出す。私はこの時間がすごく好き。
生前に、親と一緒にご飯を作るなんて、絶対なかった。っていうか、親の作ったご飯なんて食べれなかった、毒が入ってるかもしれなかったから。
「じゃあ、持っていきましょうか。みんな、自習していますから。」
「そうですね。」
重箱?みたいな弁当箱四つにぎっしりつめて、持っていく。
これが、持って帰ってきた時には空になってるんだから、食べ盛りとは恐ろしい。
弁当を運び、少しだけ勉強を教えて、家に帰ってきた。
「ねーねーー!!ねーねーーー!!」
家で可愛い声が呼んでました。
「蒼汰ー?どうしたのー?」
「ねーね!!」
あっ、ねーね、とはもちろん私のことです。ちなみに父上のことは、とーと、と呼びます。
「お外いく!!遊ぶー!」
「お外ー?」
また急に言い出しますね…。まぁいいんだけど。
「じゃあ、ご飯食べてからね。」
「うんっ!!」
ご飯を食べ終えて…、普通の子なら寝るんでしょうけど、蒼汰は元気百倍になります。
「蒼汰は元気ですねー。」
「とーと!!」
一時帰宅した…、と言っても塾はすぐ横なんですけどね、敷地内ですよ。父上に飛びつく蒼汰、抱き上げる父上。……微笑ましい。
「父上、蒼汰と少し出てきます。」
「わかりました。気をつけてくださいね。」
そう言って、父上は私塾に戻っていった。
「蒼汰、行こっか。」
「うんっ!」
この時代なので、もちろん私服は着流し。私は、母上が遺してくれたものを着る。どれも、すごく可愛くて、お気に入り。
まぁ、そのせいでというか、着崩れるのが嫌な私と、そんなことお構い無しの蒼汰が一緒にいると、いろいろと問題が起きる。例えば…、
「蒼汰っ!待ってよ!」
蒼汰が突然走り出した時とか。
一歳児に負けんなよ、って言われそうですけど、これまた蒼汰の足、速いんですわ…。全く追いつけません。
そして、今日は最悪なことに……
「蒼汰っっ!!そっちは行っちゃダメ!!」
蒼汰が階段を降りて行ってしまった。
私が住んでいる村は、ある場所からかなり高い所にある。その場所から、一千段以上の階段を上らなきゃならない。
そんな高い場所から、一望出来るある場所。
そこは、素敵な光景が広がっているわけではなく…、
「うっ…………。」
そこは凄まじい戦地の跡。転がるたくさんの遺体。
そんな痛々しい光景が一望出来てしまう。
生前にそんな光景はもちろんなく、初めて見た時は吐きそうになってしまった。最近はだいぶ慣れてきたけど。
「蒼汰ー、待って!」
まだ幼い蒼汰は、そんなこと理解できるわけもなく、どんどん階段を降りて行く。追いかけるために、仕方なく階段を一歩降り出す。
「…………っっ!?」
途端に変わる視界と空気感。
明らかにそこに存在する境界線。本能が、行ってはいけないと警告を発する。
いや、私も行きたくないよ、こんな怖い所にっ!でも……
「蒼汰っ……。」
大事な弟が、行ってしまう方が怖かった。
追いかける。
蒼汰が生まれたこと。
蒼汰が外に遊びに行きたいと言ったこと。
これは、私が特典に『弟が欲しい』と言った時から決まっていた。
運命が変わる瞬間。