サンタ、ライティア、レフテールは仮宿となるビジネスホテルのトリプルルームで作戦会議をしていた。
神童邸は世界的IT企業ピーチソフトウェアの会長宅。産業スパイや他国の工作員の侵入を阻むため、アメリカのホワイトハウス並のセキュリティが敷かれている。
「建築会社の方からはデータは削除されてたぜ」
知ってたけどな、とサンタは溜め息をついたが、情報戦のエキスパート、ライティアは少し悩んだ後に、
「広告代理店。確かあの豪邸は建設中の様子がテレビのCMに使われていたぜ。実際に使われたのは数十秒だったと思うけど、その素材は何十日も回していたはずっしょ。こう、早送りにして豪邸ができていく様子を見せる感じのCMだった」
「なるほどな……おっと、出てきた出てきた。映像を基に図面を割り出せそうだな」
CMの画像を引っ張りだし、編集ソフトを駆使して3Dモデルも構築していく。サンタクロース財団に勤める一人のサンタクロースとして、建築学ぐらいは齧っているので、間取りや部屋割りぐらいなら予測つく。
あとは、『どんな位置に』『何台の監視カメラを設置し』『どういう風に死角を塗り潰すか』を心理学的な観点から逆算すればいい。
この風景を何台の監視カメラでどのくらい振り潰すか。無防備な人間ほどその角度と数は甘く、神経質な人間ほど角度を網羅し数を増やす。
先日に神童邸の庭を偵察した結果、神童明良は神経質なタイプだと見てと取れた。それも、病的なまでに。
サンタ達三人は各々意見を交わしながら、屋敷の見取り図を作製し、その中に監視カメラの予想設置場所を書き込んでいく。
「こんな感じか……カメラは庭だけで35ヶ所、屋敷内には48ヶ所……これさー、会長の明良パパは気にならないかもしれねーけど、一緒に住んでる奥様の麻耶ちゃんはプライバシーとか気にならねーのかな?」
「この分だと、赤外線センサーも絶対にわさわさありますね。映画によくある、赤いレーザーに触れると警報音がジリリリリリーってやつです」
「こんなプライバシー皆無な家によく住めるな……俺ならノイローゼになってるわ」
もはや鼠一匹逃さない、堅牢というより神経質と表現できるようなセキュリティ網。
これまでサンタクロースが神童未美にプレゼントを届けられなかったのも納得できる。
……それが、『普通の』サンタクロースならば。
「レフテール、神童未美ちゃんについての事前調査は?」
「未美ちゃんはAIで動くくまのぬいぐるみをご所望です。すでに購入済み」
「オーケー。後は本命の警護陣か」
『ピーチソフトウェア』は外部の警備会社にセキュリティ業務を委託したりしない。自社グループの中に警備会社を丸ごと取り込み、彼ら独特のルーチンで多国籍企業の機密情報を守っている。当然、練度もかなり高い。
「カメラだのセンサーだのは屋敷の図面から割り出せるけど、生身の『兵隊』がどう巡回しているかは『見えない』な……こっちのデータは簡単に盗めるとも思えないし」
これだけの相手にぶっつけ本番。楽しい事態にならない事だけは間違いない。
「ヤバいね。真っ向からやり合ったら、私ら3人じゃどうにもならねーな」
言葉とは対照的に、ライティアは楽しそうだった。ミニスカートのトナカイに、サンタは冷静に突っ込みを入れて自制を促す。
「真正面から突っ込むサンタクロースなんて聞いた事もない。俺達は闇夜に紛れてこっそり潜入が基本だぜ」
「具体的には?」
「神童麻耶……未美ちゃんのお母さんにコンタクトを取って協力を仰ぐ。未美ちゃんが書いた小学校の文集で、『パパはサンクロースが嫌いだけどママは好きみたい』って書いてあるのを見つけた」
サンタクロース財団はあらゆる国、県、市町村の文集、スーパーの願い事コーナーに通じており、子供達の願いに関する情報を検索してデータベースに記録している。
学校の作文に書かれた情報を洗い、家庭内の関係を浮き彫りにした結果、父親の明良はサンタ嫌い、母親の麻耶は中立的なポジションである事が分かった。
「電子的なセキュリティならライティアが何とか無力化できる。ママさんには、俺らじゃどうにかできない軍用犬対策の『匂い』を貰う」
「ネットブラウザやスマートフォンで圧倒的シェアを誇るあのオヤジさんが黙っているか?なんせこれ作った人だぜ、このタブレット端末。むしろあっさり傍受されそーじゃねーか?」
「それいただき」
サンタはパチンと指を鳴らして、
「わざとオヤジさんに傍受させるようにママさんと連絡を取ろう。嘘の侵入ルートを伝えれば警備の目はそっちに向く」
「何だったら犯行予告のカードでも送っちまおーか?それも50枚とか100枚とか。向こうは大半が嘘だって分かっても全てのルートに一定数の人員を配置する必要があるぜ。そしてその分だけ社長宅はがら空きに」
警備ルートが予測できないなら、こちらで誘導すればよい。対策はされるだろうが、後手に回るよりかはずっといい。
「ハッタリならできるだけ派手にしましょう?小型ロケットで窓からプレゼント撃ち込むとか。屋敷の外も広範囲に目を向けながらならないような形でね」
「それは犯罪だろ」
「え、今更そういうツッコミ?だったらサンタクロースっていう存在自体が不法侵入の塊みたいなもんですよ?」
「子ども達に夢を運ぶ行為を、人は正義と呼ぶんだよ」
「都合の良い正義だなーオイ。まーいいや。ともかく方針は決まったんだ」
「あぁ、ママさんに接触しよう。お前らには手伝ってもらう」
神童麻耶は専業主婦であり、家事を終えた午後はスポーツジムに通うのが日課だった。
最寄りのスポーツジムに備え付けられた100メートル×8レーンはある大きな温水プールで優雅に泳いでいた。
競泳水着でボン!バン!ボン!な体系の奥様集団とは一線を画し、豊満でスレンダーなボン!キュッ!ボン!な肢体を見せつけるような藍色のタンクトップビキニを纏う。
一児の母ながら年齢は27と若いが、鋭い目つきや決して愛想笑いを浮かべない性格が相まって、年齢以上にクールビューティーという印象を与える雰囲気を漂わせていた。
プールの端まで泳ぎ切り、休憩のためにベンチに掛けてあったバスタオルを肩に羽織る。そのまま、髪をふいている時だった。
「ほほぉ……こりゃいい眺めだ」
ベンチの下から聞こえた声に、麻耶はビックリして飛び上がった。
ベンチの下を見れば、全身真っ赤な派手な水着を着た青年が陰に隠れていた。ケータイ片手に、ローアングルから麻耶の太股にレンズを向けている。
「ふ、不審者!?」
「落ち着いてくれ、貴婦人。怪しい者じゃない。ただのサンタクロースだ」
「ズバリ不審者じゃないの!!」
顔を真っ赤にして外の警備員を呼びかけた麻耶だったが、サンタクロースという単語でふと我に返る。
眉をひそめ、声をひそめ、ゆっくりと唇を動かした。
「……本当にあの『サンタクロース』なの?」
「ああ。まぁ厳密には『普通のサンタクロース』ではないんだが」
「ふぅん……」
サンタの水着が真っ赤な事も相まって、すぐに状況を察した。クリスマスも近い。こうして自分に接近する可能性も麻耶の頭の隅にはあったのかもしれない。
サンタがそう考えて話をどう切りだそうか悩んでいたが、麻耶から本題を切り出してきた。
「やめときなさい。うちへ忍び込んだら死ぬわよ」
「ほほう……先駆者を見た事あるような顔だな」
「勿論よ。毎年毎年、我が神童邸にはサンタクロースが娘の未美へプレゼントを届けにやって来るわ……その、全てが警備員に殺されている」
「そうかい。でも俺にはできるぜ。さっきも言ったが、俺は普通のサンタクロースではない。『特殊サンタクロース』だ」
「特殊…サンタクロース……?」
「そうだ。稀に、アンタ達神童一家みたいに『通常の方法ではプレゼントを届ける事のできない子供達』ってのがいるんだ。そんな時、いかなる手段を用いても確実にプレゼントを贈る事を旨とする特殊部隊がサンタクロース財団には設立されているんだよ。『普通のサンタ』ではなく、中途採用の軍人や暗殺者など雇ってな」
「そんな部隊の存在、サンタクロース財団は発表されてないわ」
「嘘だって思われてもいい。端から、こちとら嘘をホントに変える職業だ。信頼は実績を上げて勝ち取るつもりさ」
「本当に、あの子に……未美にプレゼントを届ける事ができるの?」
「できる」
「私の夫は大のサンタ嫌いで、もし捕まったら容赦はないわ。もし拘束されたら、警察も呼ばずにバラバラにされて土に埋められるかも」
「今聞きたいのは、そんな事じゃねえよ」
「……え?」
本当に、麻耶はただ唖然と口を開いていた。真っ直ぐに語る赤い青年は、目を真っ直ぐ見つめる。
「本当は未美ちゃんがプレゼントを貰って喜んでる姿が見たいんだろ?夫の意思とは離反しようが、未美ちゃんの夢を叶えてあげたいんだろ?だったらチャンスを手放したら駄目だ!縋り付く貪欲さがなきゃ駄目なんだ!!アンタの鎮めた感情は、一児の親として大切な気持ちだよ。間違ってなんかない」
「……」
「俺とアンタの出会い、これがチャンスだよ。アンタが今俺に協力を約束してくれれば、未美ちゃんの夢は実現する。俺っていうチャンスに、アンタの希望を賭けてみないか?」
ふぅ、と麻耶は大きく息を吐いた。数巡の後、決意を固めた目で問い返す。
「当日は夫の目があるから、できる事は限られているわよ……一体、何が望みなの?」
ニヤリとサンタは笑った。
「2点ある。一つは、当日に裏門の近くの部屋の鍵をこっそり開けておいて欲しい」
「裏門近くの部屋なら……バスルームがあるわね。私が最後に入浴するから、窓の鍵を開けておきましょう」
「グッドだ。もう一点は、軍用犬対策の『匂い』が欲しい。つまり……その、なんだ……神童家の人間が使っている、衣服が、欲しい訳なんだが……」
サンタが急にもぞもぞと言い淀み始めたので、視線を追って気付いた。
「……分かったわ。後で私の脱いだ水着を持って行っていいわよ、変態さん」
「(グサッ!)……だがここは言い返せない」
そんな二人のやり取りを、ジムの外から望遠鏡で観察している者がいた。
「ふむ、特殊サンタクロース、か」
神童家が雇う警備員の主任、アンドリュー=マクワソン。年齢25歳で男性。筋骨隆々の白人で、黒スーツとサングラスのせいで大統領のボディガードでもしていそうな風貌だった。
胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押す。
「もしもし、警備主任のアンドリューです。明良様、緊急の要件があります」
『どうした?』
「奥様がスポーツジムにて、サンタクロースと接触しました。ジムに仕込んでいた盗聴器で話を聞いたところ、クリスマスイヴ当日にバスルームの窓の鍵を開けて侵入を補助するとの事です」
『なるほど、困った連中だ。夢を語れば不法侵入が許されるとでも勘違いしているプライベートの人権侵害集団共め』
「どう致しましょう?」
『今サンタロースに手を出しても、どうせ当日に新しいサンタクロースが派遣されてしまうだけだ。泳がせておけ』
「奥様への対応は?」
『自宅に着いた後、軟禁しろ。娘には旅行に出掛けたと伝えておく』
「了解しました」
通話を切り、アンドリューは目を細めて呟いた。
「爪が甘かったな、特殊サンタクロース。情報戦は、裏をかかれた時点で敗北なのだよ」
そんなアンドリューの様子を、遠くのビルから観察している者がいた。
トナカイ姉妹の内の一人、レフテールだった。
彼女は携帯電話で、サンタと連絡を取っていた。
「おーけーですよ、警備員を無事に釣れてますね。『偽の作戦を神童ママに伝えて、わざと盗聴されて警備員を誤誘導する作戦』は成功っぽいです」
『ふぅ、ヒヤヒヤしたぜ。じゃあ、本命の作戦はどうなってる?』
「姉さんが一生懸命、神童邸の地下にトンネル掘ってますよ。重機を使うとさすがに振動でバレるので、手作業で汗だくで必死になってます。地獄だって呻いてましたー」
『南米の銀行強盗とかで金庫室を襲う時とかも同じ方法が使われてるらしいぜ?俺らだってできるに違いない』
「全く手伝わないサンタに言われましても」
『まぁまぁまぁ、順調じゃねえか。爪が甘かったな、警備主任。情報戦は、裏をかかれた時点で敗北なんだよ』
くつくつとサンタの笑い声が電話越しに聞こえた。
『イヴが楽しみだ』
・鎌池先生のサンプルメモ
《神童邸の詳細なスペックと、イヴにアタックを仕掛けるための準備期間。三章からはイヴになるため、必要な準備は全てここで終わらせる。邸宅がいかに難攻不落かを出した上で、あれやこれやと色々なアイデアを出す。途中で計画が失敗したと思いきや、実は別のルートがあったと示す事で、一枚上手の怪盗っぽさを出す》