ヴァルキリーズの物語(仮) 作:メタフ
一時間目のIS基礎理論授業は、一応予め渡されていた参考書で予習をしていた為、どうにか乗り越えることができた。
それでも俺にとってISとは未知の科目であり、中学から始まる英語と同じくらい、違和感……というか難しいものを感じざるをえなかったのだが。
(これは復習はかかせないな……)
そんなことを考えながらもうーん、と背筋を伸ばし――相変わらずの視線の嵐にため息を吐く。
教室は愚か、廊下に至るまで女子生徒が詰めかけている。けれども彼女たちは俺から一定の距離を保っており、まるで壊れ物を扱うが如く、決して近くに寄ってこようとはしない。
辺りに満ちる変な緊張感は、世界で初めてISを動かした男子がここに存在しているわけなのだから致し方のないものなのかもしれない。けれど逆を言えば俺は男でISを動かせてしまったというだけで、それ以外は何の変哲もない一般人だったのだ。
(だからそんな目でみないでくれると助かるんだけどな……実際、全然大した人間じゃないし)
しかし、そんなことを言い出すこともできないというのがたった今の俺の現状である。
とりあえず、先ほどのSHRの自己紹介の一件について、隣の織斑さんに謝っておくか。……これを機に話せる仲間が欲しいというのが正直なところではあるのだが。
「あの――」
「ちょっといいか」
しかし、隣の席の織斑さんに話しかけようとしたところでその前に一人の女子生徒が次の授業の準備をしていた織斑さんの所へ現れた。俺の言葉は見事なまでにその女子生徒に割り込まれてしまった。
「……」
その女子生徒は二股に分かれた独特なポニーテールが特徴的な、これまた美人な女子生徒だった。……美人なのだが、ピシッと伸ばされた背筋に鋭い吊り目はある種の武士のような雰囲気を纏っており、少々性格的にきついものがありそうだというのが俺の抱いた第一印象だった。
呼びかけられた織斑さんは、その女子生徒の姿に見覚えがあったのか「箒……?」と呟いた。……箒? 箒とはまさか名前なのか?
「少しいいか」
「うん」
お互い知り合いなのか、箒(?)さんの呼びかけに頷いた織斑さんは、そのまま立ち上がると箒さんの後に続いて教室から出て行ってしまった。
「……」
取り残された俺はその後を追うわけにもいかず、なし崩し的に視線を自分の卓上に落とした。
……うん、次の授業の準備でもしますか。
***
場所は変わって学園の屋上。例の男子の存在もあって、人気はその二人以外の何者いなかった。
六年ぶりの再会となった親友の姿は、かつてはあった幼い可愛さが一掃され、大人としての気品と美しさに満ち満ちていた。
「久しぶり、箒。六年ぶりだけど、一目でわかったよ」
「そ、そうか……!」
しかし、そんな柔らかな天使のような微笑みを見ると、ああ、根本的な部分は何も変わっていないのだなと篠ノ之箒は思う。
織斑一夏という人間が持つ、人を思いやる温かで優しいその心は――。
篠ノ之箒と織斑一夏の出会いは箒の親が開いている剣術道場で、一夏が千冬の後に続いて門下生として入門した時の事だった。
当初から同じ地区の小学校に通っていたため、箒は元から一夏の事をクラスメイトとして知っていたのだが、それでも彼女の姿がこの道場に現れた時は驚いた。
なぜなら織斑一夏といえばクラスでも比較的大人しく、目立たない存在で休み時間になるといつも一人で本を読んでいた印象があったからだ。
元より意地っ張りで頑固な気質があった箒は、その性格故にクラスから孤立気味ではあったのだが、同じ道場の門下生、同じ女の子同士、さらには一夏の柔和で優しいその性格が箒の性格に上手くフィットしたということもあり、二人の仲は時間が経つにつれて深まっていった。
しかし、そんな二人が離れ離れにならなければならない時が訪れた。
姉である篠ノ之束が開発したISが『白騎士の奇跡』以降、急速に発展すると、束は世界でも最重要人物として扱われるようになったのだ。
万が一の際、箒たち身内の人間が束に対する人質として扱われることのないよう保護の目的で箒が転校しなければならなくなったのは小学五年生の時のことだ。
唯一の心の友と言ってもいい一夏と別れなければならないと知らされた時、箒はこの世の終わりのような絶望に染まった表情をした。
いやだ、いやだと泣き喚き、挙句の果てには一夏と別れる原因を生み出したISを――そんなISを創り出した姉を憎んだこともあった。
しかしそれでもそんな姉から「迷惑かけちゃって、本当にごめんね」と涙目になって謝られれば、もうどうしようもなく。
やがて時間が経つとあの一夏が千冬の後を追って日本の代表候補生になったことを耳にし。
ああ、一夏も頑張っているなら私も頑張らないとなと前向きに物事を考えられるようになり。
そして今に至るというわけだ。
「それで話って?」
「へ?」
「いや、わざわざここまで連れてきたからなんか話があるのかなーって」
「いいいや、そそそれはそ、そのそのその……」
唐突の一夏の言葉に箒の頭はパニックに陥る。
そうだ。今、一夏は自分が呼び出したからこうして着いてきてくれたんだ。
なのに私ってやつは――
(――何も考えてなかった!)
いや、正確には考えてはいたのだ。
ただ一夏と二人っきりになりたいという、もうどうしようもないくらいどうでもいいエゴが。
しかし、そう言ってしまう訳にもいかない。
(ふ、ふふふ二人っきりになりたかったなどと……恥ずかしくて言えるわけないだろう!)
しかし、現状で慌てているのは箒だけで、一夏の方は微笑みを浮かべたまま何も答えない箒に対して「? ? ?」とはてなマークを浮かべているだけだ。
(六年ぶりの再会だと言うのに……お前には感動の『か』の字も無いのか!?)
混乱の極みに達し、なぜか呼び出されただけの一夏に対し、怒りの感情を覚える箒。
しかし、この織斑一夏に昔から人の心に若干、鈍感なところがあったのもまた事実だ。
「――でも嬉しいなぁ。こうして箒に話しかけてもらえるなんて。六年ぶりだから、もしかしたら忘れられちゃってるかもって、ちょっとだけ不安だったんだ」
完全な不意打ちだった。
まさに箒が今考えていたことを見透かしたかのような一夏の言葉に箒の胸がドキン! と高鳴る。
「へ? ぶっ! ななな、お前は何を言ってるんだ!」
「え? いや、六年ぶりの幼馴染との再会だから嬉しいなぁって。――箒は嬉しくないの?」
「嬉しくないはずがないだろう!」
脊髄反射的に叫んでいた。私はお前に会いたくて会いたくてしかたがなかったんだぞ! という想いで見つめると、一夏はにっこりと笑みを浮かべた。
「そう、それならよかった」
「……」
異性は愚か、同性でさえ虜にしてしまう、一夏のとろけるような笑顔を見て、箒の頬は熱くなる。
鈍感な癖して相手の懐に潜り込んでくるのは人一倍上手い。しかも、それが無自覚なのだからたちが悪い。
しかしそれが不思議と心地よい。だから困る。――それがこの織斑一夏という少女だった。
「ん?」
そこまで来て箒は一夏の右腕に装着された白い何かを見つけた。
ブレザーの袖に隠れて一部しか見えないが、その形状から察するに白い
箒の視線に気づいたのか、一夏が右腕を上げて、箒にそれを見せてくる。
「これ、私の専用機の待機形態。普通、ISの待機形態って言ったらアクセサリーが普通なのに、この子はなぜかこんな防具みたいな形態でさ」
「そうか。そういえばお前は日本代表候補生だったな」
「うん。ようやく専用機をもらえて、これからは他の候補生と代表の座をめぐって選考会に参加していく予定なんだ」
「……そうか。それは凄いな」
現在の世界において、ISはおよそ1000機存在している。
そのうち、警備目的で各地に配置されている量産型ISが割合の60パーセントほどを占め、研究、開発用に残る35パーセントほどを占めている。そのうち、国の技術の結晶たるISの専用機の割合は――わずか5パーセントにも満たない。
それだけISの専用機というのは費用も操縦難度も高くつき――そんな数少ない専用機の操縦者として選ばれることは、この上ない厳しい試練を乗り越えた証なのである。
「本当に……凄いな」
一夏の姉はあの織斑千冬。モンドグロッソ優勝のブリュンヒルデ。
あの『白騎士』を除けば間違いなく世界最高にして最強のIS操縦者を姉に持ち、それでいて尚、姉と同じ道に進むとは……。
(私には……できない……)
ISの生みの親である篠ノ之束を姉に持つ箒は、あの篠ノ之束の妹という立場故に幾度となくIS研究――もしくはIS操縦者としての道に誘われたこともあった。
しかし箒はその誘いを断り続けた。一夏と別れるきっかけを作りだしたISを好きになれなかったというのはもちろんあるが……それ以上に天才の姉と比較されることが嫌だったのだ。
一夏もまた自分と同じ立場であったはずだ。
一夏のことだから、姉と同じ道に進めば如何なる日々が待ち受けているか、理解していたはずだ。
(それなのに、一夏は逃げないで……)
本当に、凄いなぁ――。
「……」
つい先ほどまで六年ぶりの再会を喜び合った幼馴染であったはずの目の前の少女が、箒にはとてつもなく遠いもののように感じた。
一夏はどんどん先に進み、自分は置いて行かれている――おぼろげながらも突きつけられた現実に、寂しさを覚えると同時に、逃げ続けている自分自身がとてつもなく情けなくなった。
と、その時、二時間目の開始を予告する予鈴のチャイムが鳴り響く。
「……そろそろ戻ろっか」
「……ああ」
一夏の言葉に箒はただ頷くことしかできなかった。
***
二時間目の授業も乗り越え、さぁ、今度こそ織斑さんに今朝のことを謝ろうと話しかけようとした時だった。
「ちょっとよろしいかしら」
「はい?」
見るとそこにいたのは地毛の金髪が鮮やかな女子。透き通ったサファイアのような碧眼から察するに外国人だよな?
一応、ISに関する教育機関はここIS学園一つしかないので、必然的にこの場所には世界中から生徒が集まってくる。だからこそ倍率一万などという馬鹿げた競争率になり、クラスの半分以上が外国人という光景が広がっているのだ。
わずかにロールがかった金髪はいかにもどこぞやの『お嬢様』というべき高貴なオーラを出していて、貧乏な家出身の俺としてはそのオーラにわずかに仰け反らざるを得なかった。
「えっと、あなたは……」
「セシリア・オルコット。――今朝の自己紹介では時間が足りなかったので、知らないのは無理もありません。よろしくお願いいたしますわ」
「あ、ああ、よろしく……」
随分と社交的な女子生徒だった。まぁ、この針の筵と化しているこの教室において、話し相手がいるというのは正直ありがたいことなのだが。
……織斑さんに謝る件は置いといて。
「……あー、出遅れた!」
「……まだ初日、慌てる時ではないわ」
「……あの人って、セシリア・オルコットさんよね? イギリスの――」
うん、本当に良かった。休み時間、女子の視線にひたすら耐えるというのはキツイものがあったから。
「それでセシ――オルコットさんはいったい何か俺に用があるのか?」
「セシリアで構いませんわ。――ええ、よろしければ先ほどの授業でわからなかった所があれば教えて差し上げようと思いまして。……例えば先ほどの授業に出てきたAIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの事とか」
「……」
なんで俺がその部分がわからなかったということがわかるの。
いや、先ほどのISの基礎理論の授業なんだが、山田先生が「PICによってISが浮遊・加速・減速を行っていることは理解できたと思います。PICの応用系としてはドイツで開発中の第三世代ISに搭載されたAICなどがあり――」と言っていたのだが、その時、俺は疑問に思ったのだ。
AICってナニ? と。
予習のおかげでPICについてはどうにか理解できたのだが、AICという単語を聞いたのは初めてだった。周りの生徒はふむふむ、頷いていたので、おそらくはISについて少しでもかじっている人間であるならばAICというのは一般常識として知っているようだった。
故に俺は放課後、時間を見て山田先生に質問しにいこうと思っていたのだが。
「ああ。たしかにAICって言われてわかんなかったのは事実だけど……どうしてわかったんだ?」
するとオル――セシリアは上品な笑みを浮かべて答えた。
「それはもちろん――あなたが弱者だからですわ」
「は?」
俺は今のセシリアの言葉の意味が理解できなかった。弱者? へ? 俺が?
「力を持つ者として弱者に気に掛けるは
「ち、ちょっと待て。俺が弱者ってどういう――」
あら、とセシリアの表情が瞬間的に真顔になったのはその時だった。
「だってそうじゃありませんか。あなたは世界で初めてISを動かせた男子。つまりISについての知識も技術も何一つ持ってはいない。――ここはIS学園ですのよ? これまでの人生でISについて触れてこなかった貴方は一番弱い……それは考えてみれば当然の見解ではないでしょうか?」
「……」
セシリアの台詞に返す言葉が見つからなかった。
この言葉が仮に、俺に対する嫌味で言っているのだとしたら、俺も反論の一つや二つしたのだろう。出会って初めての女にいきなり弱者と言われて、不快に思わない男を探すほうが珍しいだろう。
だが、今の言葉には何の嫌味も込められていなかった。本心から、セシリア・オルコットは俺に向かってそう告げたのだ。
そして本心から弱者であるこの俺を助けてあげようという思いで俺に言葉をかけてきたのだ。遥かな高みから
「かつて白騎士は我々、人類という弱者のために立ち上がり、神の所業とも言える奇跡を起こしました。地球滅亡の危機にただ震えて祈ることしかできなかった我々人類を救ってくださったのです。――故にかの英雄の意志を継ぐ私を含めたIS操縦者は弱者を守り、
「……」
誰に対してでもないセシリアのその言葉は恍惚に歪んでいた。力を持つ、強者としての自分自身に。
『白騎士の奇跡』。そしてISの普及に伴い、英雄『白騎士』は一種の信仰対象となっていた。特に信仰者は女性とされる白騎士と同じく女性に多いとされ、かの
そして誰が言い出したのだろうか――気が付いたときには、一つの思想が生まれていた。
かつて白騎士がそうしたように、女性という強者が、男性という弱者を守っていくという歪んだ思想が。
目の前のこの少女はその思想の元に動いているのだろう。俺はこのセシリア・オルコットが、いわゆる重度の白騎士崇拝者であるということを確信した。
「それで、教えて差し上げましょうか?」
「……いや、遠慮しておく」
流石にここまで言われると、教えを乞いたくなくなるのも当然だった。
セシリアの指摘は悔しくなるくらいに図星であるが、それでも男としての意地が俺にはあるのだ。AICについては従来の通り、放課後に山田先生に質問するとしよう。
俺の言葉にセシリアは残念といった風に肩を竦め、言った。
「そうですか。では何か助けてほしいことがあれば何なりとおっしゃってください。それでは」
セシリアが身を翻したところで、三時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響く。
「弱者……か」
ガタガタとクラスメイトが各自の席に戻っていく音を聞きながら、俺は無意識のうちにそう呟いていた。
大まかな解説
・この世界において篠ノ之箒と織斑一夏は幼馴染である。
・この世界はかの世界と比べてさらに多くのISが普及している。
・この世界において白騎士は英雄として崇拝されている。