ハイスクールD×D ~『神殺し』の新たな軌跡~ 作:ZERO(ゼロ)
その日もアキラは自分の机に突っ伏すと惰眠を貪っていた。
何せ夜か若しくは深夜の時間帯まで『人外ハンター』と言う名の便利屋の仕事に従事している為だ。
ただし身元引受人である学園長(マダム銀子)に迷惑をかけては拙い、一応授業は真面目に聞いているのだから問題あるまい―――どうせ寝ているのは休憩時間か皆が部活に勤しむ放課後程度故に。
因みにアキラは部活には入っていない帰宅部だ。
部活動も興味は沸いたのだが、自分の営む仕事が忙しい故に何処にも所属せずに過ごしているのである。
尚、元々身体能力は他に追随を許さない『(加減して)超高校生級』である、勿論その能力に目を付けて勧誘してくる部も多いのだが全て断っているのは言うまでもないだろう。
不意に教室で少女達の黄色い声がアキラの耳に入る。
別に騒ぐのは構わない……寝ているこっちが悪いのだし、こう言った姦しさも『学生』の特権であろう。
だが出来る事ならばあの金切り声の如き声を上げるのは止めて欲しい、実に耳が痛い。
まあ年中“悲鳴”を聞いていた世界に比べれば大分マシだが、取り敢えず今は眠いので夜に備えて寝ておこうなどと言うアキラの願いは脆くも砕かれる事となった。
「やあ、君が鳴海アキラくんかな?」
―――無視して寝よう。
誰だか知らんが人が寝てるのを邪魔するとは良い度胸である。
しかも面倒事に巻き込まれるのは御免だ……嫌な予感がする、どう考えても碌な事にはならないだろう。
だがそんなアキラの思いとは裏腹に、空気を読まないある『二人のバカ』が寝ている彼を揺すって強引に起こす。
「おい起きろよ鳴海、木場が呼んでるぞ」
「こいつさ、寝ると起きないんだよ―――こういう時はちょっと強引に起こさねえとな」
その声に不機嫌そうに目を開けるアキラ。
更に首をゆっくり回すと、至福の睡眠時間を邪魔した元浜と松田と言うこのクラスのお節介焼き二人の頭に拳骨を落とした。
「痛ってぇぇぇ!! 何すんだ鳴海!!」
「そうだ折角優しく起こしてやった……(ギロッ!!)……ひ、ヒイッ!? じゃ、じゃあ俺らこれでっ!!」
後に元浜と松田は言う、アレこそが『獲物を狙う獣の眼だ』と。
アキラは強引に起こされたりすると寝起きが悪い―――何せ何度か彼を起こそうとした部活の勧誘を腰抜かせた事があるのだから。
しかしどうやら目の前の『優男』には通用しないらしい、微笑みを浮かべたままアキラに話し掛けてきた。
「初めまして、僕は木場裕斗―――鳴海アキラくん、早速だけど僕に付いて来て貰いたいけど良いかな?」
自分勝手に寝てる人物を起こしときながら謝罪の一つもない。
どう言う教育を受けてくればこう言う身勝手な人物になれるのか理解不可能だ。
―――まあ、隠そうとはしてるようだが気配から『コイツ』の正体は理解出来るが。
「おいテメェ……人が気持ち良く寝てるのに邪魔しやがった事に謝罪の一つもねぇのか?」
木場と名乗った優男を睨むアキラ。
流石に『あの東京』で生きてた頃の殺気を込めて睨めば面倒な事になるのは明白な為、形だけだが。
恐らく本気で殺気を込めれば―――この教室内の生徒達全員を一瞬で腰を抜かせるのも訳ない、それどころか呼吸困難でも引き起こさせたり心臓の弱い奴に心臓発作でも起こさせたら目も当てられまい。
「ああ、それはごめんね……何しろ部長の命令なんだよ、君を連れて行くのが」
シレっと反省の色も見せずに微笑みながら謝る木場。
話にならない、こんなバカに付き合っても己に利は無い―――無視して帰ろうとしたアキラの眼に新たな人物が映る。
「……………」
教室の入り口でじっと見ている小柄な少女。
贔屓目に見ても高校生に見えない少女はまるで見張るようにアキラを見ている。
どうやら彼女もこの『礼儀も知らない阿呆』の知り合いだろう、隠してるんだろうが気配でバレバレである。
―――それにもう一つ感じる気配、それはどうやら昔アキラが出会った人物と良く似ていた。
「……おい、悪いが早く帰りてぇんだが?」
「なら多分、観念して僕に付いて来た方が良いと思うよ? それでも付いて来たくないなら……下を見なよ」
木場の言葉に校門の方を見下ろすアキラ。
其処にはいつものようにアキラと帰るのを待っているアーシアが、誰かと話をしているのが見えた。
黒髪の大和撫子風の女性―――遠いが、微かに感じる気配がこの木場と言う阿呆と自分を見張っているちびっ子と同じだと感じる。
成程、要はアーシアが『人質』と言う訳だ。
言う通りに付いて来なければどうなるか解らないと示唆しているらしい。
整った顔に浮かべる笑みとは似ても似つかぬ黒さだ、目的を果たす為なら脅迫も構わないとは。
しかしそれよりもアキラはアーシアと話をする人物を見て少々だけ表情を変えた。
「……何でこんな所に居るんだよ……」
「ん? 何か言ったかい? それでどうするのかな?」
「……フン、脅しかけといて良いも悪いも無いだろ……何処に行きゃあ良い?」
「脅しだなんて人聞き悪いなぁ……まあ良いや、僕に付いて来るだけで良いよ」
最後の最後まで爽やかな笑顔を“貼り付けた”まま、木場は歩き出す。
肩を竦めながらアキラが歩き出すと、その後ろに張り付くように小柄な少女が付いて来る……逃がさないと言う意思表示か。
別にこの状況でも撒こうと思えば撒けるが、アーシアをそのまま放置する訳にもいくまい。
暫く無言のまま木場に付いていくと、不意に彼が足を止める。
アキラの眼に映る古い建物……それは学校の教師陣に転校してきた初日に『老朽化して危険だから近づかない様に』と言われていた駒王学園の旧校舎であった。
積極的に関わる心算は無かったが、どうやら『マダム銀子』が言った通りになってしまったようだ。
まあ良い、ならば存分に見極めよう―――この世界の“悪魔”は、共に生きるに値する存在かどうかを。
再び肩を竦めたアキラは木場に続くように旧校舎の建物の中へと入って行くのであった。
『……恐らくグレモリーの方からコンタクトを取って来るだろう。
その時、連中をどうするかはアンタが自分で決めな―――どんな結果であれ、私はアンタの味方だ。
当代ライドウも、当代ゲイリンも、あの当代キョウジも……葛葉はアンタの味方をする筈さ、自信を持ちな』
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旧校舎の中で生活出来るように飾り付けられた一室。
『オカルト研究部』と呼ばれる奇妙な部の部室でアキラは壁に寄り掛かって目を瞑っている。
その横には同じく此処に連れて来られたアーシアがチョコンと床に座っていた―――目の前には暖かそうな湯気を立てるティーカップが二つ置かれていたが、二人とも手を出す気はないらしい。
やがてドアが開く音が響き、足音が聞こえる。
眼を開くと其処には全身に水滴を滴らせる紅髪の全裸の女性が居た―――羞恥心が無いのだろうか?
だが其処で良く考えてみれば、自分のスマホの中にも普段からあんな姿している仲魔が居た……それにご立派な方も居るし、あまり気にするべきではないか。
……不意に太ももに小さな痛みを感じる、どうやらアーシアが抓って来たらしい。
「―――人を呼ぶなら待たせるんじゃねぇよ」
「あら、ごめんなさい―――でも私、汗だらけって嫌なのよ」
それだけ言うとバスタオルを受け取り、手早く体を拭くと着替える。
人を拉致同然の方法で呼び出しておきながら自分はマイペースにシャワーを浴びてるとは、阿呆過ぎて話にならん。
やがて着替え終わった後、紅髪の女性『リアス・グレモリー』は微笑みを浮かべながら口を開く。
「ようこそオカルト研究部へ、歓迎するわ……悪魔として」
言葉に続くように背に黒い翼を顕現させるリアス。
続けて黒髪の女性『姫島朱乃』、優男『木場裕斗』、ちびっ子『塔城小猫』も同じように翼を出現させた。
対してアキラもアーシアも驚きもしない―――小さく舌打ちをするとアキラは口を開く。
「何がようこそ歓迎するだ、喧嘩売ってんのかテメェ?
それとも何か、悪魔の歓迎ってのは脅迫や拉致めいた方法で自分の所に来させる事を言うのか?
だったら早くその御目出度い頭を医者にでも見て貰え、直ぐに良い脳外科を紹介してくれる筈だ」
開口一番、行き成り喧嘩を売るアキラ。
彼は口は悪いが初対面の相手に対しては相応に礼儀を尽くすタイプだが、礼儀を尽くすに値しない相手に対してはとことん辛辣になる。
彼の言葉に最初は表情が強張ったリアス、しかし気を取り直して言葉を続けた。
「……驚かない所を見ると、貴方達は『悪魔』の存在を知ってるって事ね。
流石は学園長の、いえ『ヤタガラス』の構成員ね……アキラとアーシアって呼んでも良いかしら?」
「止めろ、テメェに馴れ馴れしく呼ばれる覚えはねぇ」
「……(コクッ)」
二人の嫌悪感と拒絶感は半端ではない。
そりゃあそうだ、何処の世界に脅し同然に連れて来られて素直に頷く奴が居るのだろうか?
このバカ共はそんな事も理解出来ないのか? そんな二人を見、肩を竦めるとリアスは其処から説明を始めた。
長々とした説明であった為に要約するとこうだ。
遥か昔の時代、悪魔と神と堕天使達による三つ巴の大戦があり、其処に二天龍と呼ばれる存在が介入し、其々の陣営に甚大な被害を与えたのだと言う。
二天龍と呼ばれた龍は多くの犠牲を出しながらも何とか討伐され、戦を続ける事の出来なくなった三つの陣営はそのまま自分達の領土に帰った。
その後に減ってしまった悪魔の血筋を維持する為に『悪魔の駒』と呼ばれるチェスをモチーフにしたモノを使って他の種族を転生悪魔として眷属にする事で何とか悪魔の軍勢は存在を保つ事が出来たらしい。
今は水面下で他の陣営と睨み合いをしているが、何時再び三つ巴の戦争が始まるか解らない―――
故に悪魔は少しでも良き眷属を得る為に躍起となり、レ―ディング・ゲームなる眷属同士を競わせる模擬戦のようなものまでやるようになったとの事だ。
―――リアスの目的は二つ。
一つはアキラとアーシアを己の眷属とする事。
そしてもう一つは……今現在の日本において悪魔よりも決定権のある影の組織『ヤタガラス』の内情を知る事だ。
「こっちの事情はこれで説明が終わったわ、その上で私からの『お願い』。
貴方達、私の下僕になりなさい―――因みに言うけど拒否権は無いわよ、これは私からの“命令”だから」
実に一方的な女である、だが考えてみれば当然か。
彼女はアキラの事を『勘の鋭い影の組織の人間』と考えているし、アーシアの事は『回復の神器を持ってる人間』としか思っていない―――唯の人間が悪魔に勝てるなどと微塵に思っていないのだろう。
それに彼女は悪魔でも有数の貴族の生まれ、幼い頃から何でも自分の思い通りにやって来たのだろう―――欲しいものは何でも手に入れてきたと言う我儘さがそのまま自信として表れているのだ。
―――愚かさを越えて哀れだ。
本当の意味で自分が大切なものを得た事などないのだろう、挫折を経験した事も無いのだろう。
恐らく貴族として生まれたが故に甘やかされ、何でも自分の思うがままにしてきたのだ―――彼女にとってもしや『眷属』と言うのは、自分を飾り立てる付属品程度にしか思っていないのかも知れない。
そしてそんな主の下に居るからこそ木場裕斗のような愚かな存在が生まれるのだ……悪魔と言う存在が人間よりも優れた存在などと考える馬鹿が現れるのだ。
ならばアキラがやるべき事は一つしかない。
相手に自分の愚かさを理解させ、人間が悪魔に劣っていないと証明する事。
一応、マダム銀子からは許可を貰っている―――ならば少しばかり鼻っ柱を圧し折ってやっても罰は当たるまい。
「良いぜ、その代わり条件がある―――」
「条件? さっきも言ったけど拒否権は無いけど面白いわ、言ってみなさい」
其処でアキラは彼女の眷属となる条件を言う。
勿論、その条件でリアスが少々不機嫌な表情となったのは言うまでも無かろう。
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「一応聞いとくけど正気? それとも唯の悪足掻きか何か?」
リアスの言葉など無視して首を回すアキラ。
彼がリアスの眷属となる条件、それは『全員で構わないから自分に勝てたらアーシアと共に文句を言わず眷属になるし、ヤタガラスの内情を教えてやる』との事だった。
全身を解し終ったのだろうか、アキラはリアスに対して人差し指で『来い』とジェスチャーする……そんな余裕綽々の態度にリアスは溜息を吐くと自分の眷属に命を出す。
「はあ、馬鹿馬鹿しいわ……裕斗、小猫、朱乃、適当に痛め付けてさっさと終わらせて頂戴」
言葉を聞くや否や木刀を構えた木場が地を蹴ってアキラに迫る。
先程チラッと説明したが、悪魔の駒(兵士8、騎士2、戦車2、僧侶2、女王1)には其々特性と言うものがある。
木場の役割は『騎士(ナイト)』、その特性はスピード……『騎士』となったものはスピードが増す。
目では捉えきれない速度と達人級の剣捌き、その二つの合わさった最速のナイトに捉えられないものは無い。
確かにその速度は神速、剣捌きは達人級。
今まで少なくないはぐれ悪魔を狩って来た木場の斬撃を避けられる者は居まい。
事実、何かが激しくぶつかるような衝撃音が周囲に響き渡り、それを見た者は驚愕が隠せなかった。
「なっ!? そ、そんな、馬鹿な!?」
響き渡る木場の悲鳴にも似た驚愕の声。
それを見たリアスも、彼女の眷属達も同じような感想を抱いただろう。
何故なら、本来ならば敵を捉えている筈の木場の木刀が届く事無く止められていたのだから。
しかも背後の死角から放たれた筈の刃を、そちらを向く事もせず、片手で掴んで止めていたのだ。
一気に木場の表情から余裕が消える―――必死に外そうともがくが、握られた木刀はピクリともしない。
「あぁ? この程度で最速? 寝言は寝てから言えよ青二才」
アキラの方は得てして苦も無さそうに木刀を握り続けている。
しかも死角から来た斬撃をそちらを向く事もなく止めている事を垣間見れば、手を抜いているのは明白だろう。
だが、それなのに幾ら木場が必死で力を込めてもびくともしないのは何故だ?
「しかもヒョロイな、圧し切る腕力も無ぇのかよ? 想像以上に“期待外れ”だな」
「クッ……そんな、う、動かない……クソッ、クソクソクソッ、何で動かない!?」
「せっ、先輩、今助けに……」
『バキッ』と言う音と共に握り潰される木刀、光景に驚愕して呆けていたリアス陣営。
その中で小猫はいち早く気を取り直して木場を援護しようと地を蹴る―――しかし彼女の目の前では退屈そうに空欠伸をするアキラが挑発するように手招きしていた。
「……!? 嘗めないで下さい!!」
アキラに向かって叩き付けられる拳。
巨木をなぎ倒す程の一撃を受けて本来ならば唯で済む筈があるまい。
されど痛みを覚えたのはアキラの方ではなく、殴り付けた筈の小猫の拳の方だった。
「痛ッ!? そ、そんな……い、一体何で出来てるんですかその身体は……」
「別に唯の皮膚と筋肉と骨だが? つうかテメェはもうちっと鍛えろや」
攻撃が効かないならば今度は力で押し退ければ良い。
痛む手首を尻目に小猫はアキラを掴むとそのまま押し潰そうと全力で力を込めた。
「何だそりゃ、それで全力かよ?
まあ仕方ねえか、この小僧は“見掛け倒し”だがテメェの場合は“見掛け通り”だもんな」
だが押し潰そうとした瞬間、小猫はおかしな感覚に囚われる。
目の前にいるのは唯の人間なのは間違いない……間違いない筈なのに、まるで巨大過ぎる存在を押し出そうとしている様な感覚を感じたのだ。
例えるならそう、まるで動かす事など出来ない山脈を抱いているかのように。
「う、嘘……うご、かない……!!?」
「チッ、粋がってる割には大した事ねぇな……ホレ、今返してやるよ」
そう言いながら軽く指で木場の首元を引っ掛けると小猫の方に向かって投げる。
殴る必要は無い、潰す必要も無い、ましてや仲魔の力を借りる必要もない―――そもそもこれは器の違いを知らしめる為の行為に過ぎないのだから。
瞬間、彼の頭上から周囲の草木を焦がす程の雷が降り注ぐ。
―――木場と小猫に注意を向け過ぎた所為でアキラは雷を避けれずに飲み込まれる。
だが雷を一撃叩き込みながらも、その使い手である朱乃は躊躇する事無く雷を連発した。
「うふふ、頭上注意ですわ。
一応、死なない程度の雷ですけど流石にこれだけ連発して受ければ生身の身体では耐え切れないでしょう?
ですがまだ終わりませんよ、小猫ちゃんや祐斗君に部長を馬鹿にした分、確り反省して悶えて下さいね」
確かに放たれる雷撃は人が死ぬ程の物ではないように見える。
それでもそれを何発も何発も受ければ流石に意識の線が切れるのは言うまでもない事実。
だから朱乃は興奮した表情で意識を別に向けていた、それを軽率だと責めれる者は何処にも居まい。
そう、普通に考えれば当然の事だ。
立てる訳がない……全身にスタンガンの如き電圧を流され続けて、平気で居る者など存在する筈が。
「ひっ、姫島先輩、駄目です!!!」
「えっ……う、嘘、そんな、そんな馬鹿な!!?!?」
後輩の小猫の声で振り向いた時、目の前には何事もなかったか様子のアキラが立っていた。
制服は焦げてボロボロだと言うのに本人はその皮膚の一片すら焼け焦げていないどころか傷一つも付いていない。
「悶える? この程度の電気でか? 本当に舐めてんのかテメェ―――それで気が済んだか?」
淡々と軽口を叩きながらも放たれる覇気は息苦しくなる程。
唯それだけの事で朱乃も小猫も木場も顔を真っ青にして一歩も動けなくなってしまう。
さながらその様子は蛇に睨まれた蛙―――首元に鎌を突き付けられて死刑宣告を受けている気分だろう。
奥底からこみ上げてくるこの感情は、まるで原初の人類が変えられぬ現実に絶望したかのようである。
『恐怖』……その感情の名は正にそれだ。
今まで彼女達が感じた事のない、圧倒的にして歴然とした戦力差。
感じた事のない現実において人も悪魔も天使も堕天使も感じる感情とは皆同じ。
それは即ち、力の差が歴然過ぎると言う事に他ならない。
攻撃を仕掛ける事も当てる事もなく相手の攻撃が効かない事を証明する―――体力ではなく精神を圧し折ったこの現実。
明らかに肉体的損傷よりも与えるダメージが大き過ぎたようだ、立ち上がる力すら奪ってしまったのだから。
「嘘、嘘よ……そんな馬鹿な事が……!?
小猫は『戦車』―――圧倒的な力と屈強な防御の持ち主、朱乃は『女王』で私の次に強い者の筈よ!?
それが、それが人間を相手に傷一つ付けられないなんて……何者なのよ貴方は!?」
リアスは目の前の男をまるで別次元の怪物のように感じていた。
何しろ彼はリアスにとって信頼する眷属達が纏めてかかって傷一つ付けられないのだから。
しかも相手は攻撃などしていない―――それはつまり、攻撃などする必要なく相手の根底を“圧し折れる”と言う事に他ならない。
「お遊びはこれで仕舞いか? ならこれ以上やっても俺に届かない事位は理解出来ただろ?
なら火傷しない内に諦めな、これ以上は遊び程度じゃ済まなくなる―――怪我するのも本意じゃねぇだろう?
さあ帰ろうぜアーシア、この『井の中の蛙』……いや『井の中の悪魔共』も理解したろ」
本当に警戒心も何一つもなく家路に着く為にアキラは歩き出し、アーシアも頷くと後に続く。
だがそんな彼を眷属達が挑みながらも自分だけ何もしないなどリアスに出来ようもない。
あれ程の者だ、恐らく脅かす程度の魔力ではビクともしないのは明白……ならば周辺を吹き飛ばす位の力は込めるべきだ。
「待ちなさい!! まだよ、認められないわ!! 唯の人間が悪魔より強いなんて有り得ない!!」
放たれる紅き魔力の奔流、迫るそれは滅びの力を有したリアスの特技。
全てを悉く滅する魔力の前に傷一つ受ける事などないと言う事は決して有り得ない。
事実、リアスの放った魔力に晒された周囲の草木や木々は次々と消滅していく―――常人ならば欠片も残さず消滅する筈だ。
しかし彼は決して常人などではない。
何故認めようとしないのか? 高が唯の人間に上級魔族とその眷属の転生悪魔が纏めて来て傷一つ付けられない違和を。
彼らは人間でありながらそれらを祐に越えた存在だ、認めるべき現実を受け入れる事から何もが始まる。
それと共に理解するべきであったのだ。
世の中には決して手を出してはならない存在があるという事を。
「……テメェ自身の器を弁えねぇ諦めの悪さは感心や退屈を通り越して不快だ」
迫ってきた滅びの魔力の弾丸を前にアキラは構える。
淡く光る鋭い脚撃で紅き滅びの魔力を切り裂き、まるで足に付いた埃を払うかのように軽く振う。
その瞬間、禍々しき力を放ち続けていた魔力弾は霧散し、傷痕を何一つ刻む事もなく消滅してしまったのだ。
「そ、そ……そん、な……わ、私の滅びの魔法が……き、効かない……?」
力なく尻餅をつき、項垂れるリアス。
かなり限界に近い魔力を込めたのだろう、だがそれも唯の人間である筈の男には通用しなかった。
まあそれだけではなく恐らく彼女はこれ程までに手も足も出ない敗北に喫したのも初めてだったのだろう。
体力よりも気力が、心が折れてしまった故に立ち上がる気力もなくなってしまったと言う事だ。
彼女達を一瞥するとアキラとアーシアは悠々とリアスの横をすり抜けて歩き出す。
勝者が敗者にかける情けなど殆どない。
特に自分達の力にそれなりの自信を持っていた連中にとって『情け』など最も屈辱的な事だ。
今まで多くの命のやり取りをしてきたアキラにはそれが理解出来ていた。
故にもう此処で語るべき事はない、黙って去る事がある意味での『武士の情け』だろう。
「……ま、待って!!」
不意に後ろから掛けられた声に立ち止まるアキラ。
力の入らない身体を推してヨロヨロと立ち上がったリアスは彼らの背に叫ぶ。
「何なの……貴方は一体、何者なのよ!?」
背を向けたまま立ち止まっていたアキラは顔も向ける事無くそのまま口を開く。
「テメェの言う“唯の人間”だよ、一応な……これに懲りたら相手を見掛けや種族で判断しねぇ事だな」
意味深な言葉だけ言い残すと悠々と去って行く。
結果に呆然として理解出来ないリアス達であったが、自分達に対しての言葉は痛い程に胸に突き刺さる。
愚かだった、全く理解出来ていなかった―――いや寧ろ、認めたくなかった。
唯の人間が悪魔に勝つなど理解出来る筈も無い、この場にイッセーが居なくて本当に良かったと思う。
それと共にリアスの胸にあの男を下僕にしたいと言う思いがどんどん強くなっていった。
※※※※※
「待って、待って下さい!!」
旧校舎から帰る道、不意に掛けられた声に立ち止まるアキラ。
後ろには姫島朱乃―――どうやら大急ぎで走って来たらしく、肩を大きく揺らしていた。
「……何か用か? リベンジマッチなら構わねぇが、恥の上塗りになるだけだぞ」
吐き捨てて歩き出すアキラ、既にアーシアは先に行ってしまった。
早く追い着いて今日の夜の仕事の準備をせねばなるまい、其の為に阿呆共に付き合ってる暇はない。
「ち、違います、あの時は頭に血が昇ってしまってあんな失態を……恥ずかしいですわ。
そ、そんな事は良いのです……あ、あの、一つだけ、一つだけお伺いさせて貰っても構いませんか?」
再び立ち止まるアキラ、話せと言う意味だろう。
最初は迷っていた朱乃、だが意を決したかのように口を開く。
「あ、あの……昔、何処かでお会いした事ありませんか?
どうしてこんな事を聞くのか自分でも分かりません―――でも、何故か貴方を見てると懐かしく感じるんです」
二人の間に沈黙が走る、その時間はほんの数秒が何分にも何時間にも感じた。
彼女は忘却の彼方に追いやりながらも忘れ切れていないのだろう、あの時差し出された手を拒絶した自責の念を。
ほんの少しの間、一年はおろか一月程度の短い時間だったが……心から想いを寄せたあの面影を。
―――だが。
「……知らねぇな、会った事もねぇ。
用件はそれで終わりか? ならさっさと帰りな、俺みてぇな不審者に学園の有名人が関わるんじゃねぇよ。
それと何の事かは知らんがとっとと忘れろ―――“辛い過去”なんぞ思い出す必要はねぇさ」
アキラはそれだけ言うともう足を止める事無く去っていく。
最後の一言は余りにも小さかった為、朱乃の耳には聞こえなかったらしい。
……それで良い。
辛い記憶など思い出さなくて良い、人間の醜さなど思い出さなくて良い。
唯、彼が望むのは―――“あの時の少女”が優しく笑って居られる事、それだけなのだから。
皆様の温かいご意見・ご感想を心よりお待ちしております
【今回の改変(HDD)】
リアス&眷属達……原作よりも性格を悪く
この時点でアキラ&アーシアのリアスらに対する好感度は一部を除いて零
―――此処からどうなるのかは彼女達次第でしょう