世界が俺を求めてる 作:ゴーゴー
「んぅ……おはよぉ、みこと……」
蜂蜜に大量の砂糖を溶かして煮詰めてもまだ足りないくらいに甘ったるい声と、身体の随所で感じる柔らかな感触、それとほのかな良い香りで目が覚める。目を擦り横を見ると、とろん、とした表情でシャルルちゃんがこちらを見ながら微笑んでいた。女であることを隠す気はないようである。この子がスパイとは……大丈夫なのかフランス。いや、スパイではなく、バレる前提でのハニートラップということか……? つまりシャルルちゃんは天然ハニートラップ兵器だった? えげつないなフランス。
「……ミコト?」
「あ、あぁ、おはよう」
「うん、おはよう。朝ごはん僕が作ってあげるねっ」
「そうか、ありがとう。頼んだ」
しかし、ハニートラップが真の正体だったとしたら不味くはなかろうか。俺、裸を観た上に胸を揉み、更には添い寝までしてしまっている。端から見なくてもアウトだ。と言うかハニートラップ云々抜きにしてアウトである。人としてどうなのだろうか。一応は全て不可抗力だが、不可抗力で無罪になるのなら裁判はいらない。
仮定通りにシャルルちゃんがスパイで、既に仕事を終えていたとしたら終わりだ。世界でただ二人だけの男性IS操縦者、フランス代表候補生にセクハラか! なんて文字がテレビで踊ることになる。下手をすればセクハラ以上のことになるだろう。嫌すぎる。 自業自得ではあるのが更に残念だ。
しかしそうなるとフランスが性別を偽っていることが問題になるから、隠蔽して、偽ったこととセクハラで痛み分けになるのか?
いや、俺をどうこうするのが目的ではなく、情報とかデータを盗むことが目的という可能性もある。というかそちらの可能性の方が高い。そうなると一晩経っているので目的は達成されたと見るべきだ。
どちらにしろシャルルちゃんが敵であった場合、俺はもうフランスの手の上である。……天災と最強の双璧を崩せればの話ではあるが。あれ、割りと余裕だ。
「ごちそうさま」
結局何時も通りの結論に至る。あの二人が好意的な内は頭空っぽでも何とかなるのだ。やはり心配は不要である。
そんな風に思いながら食べ終えた食器を片付けて、学校へ向かう。いつの間にかシャルルちゃんと手を繋いでいたが些細なことである。
◆
放課後。今日は珍しく平和的に一日が終わった。ISの実践授業でもこの間のようなことはなく、織斑も変なことをしなかったのだ。銀髪美少女ことラウラ・ボーデヴィッヒちゃんも、初日のビンタ以降何のアクションもなかった。出席簿アタックもなかったし、実に爽やかで晴れやかな一日である。あとは放課後の訓練がつつがなく終わることができれば完璧だ。
「くっ、強い!」
「その反射神経、流石ですわね」
「後ろに目でもついてるのかしら」
何時ものメンバーで訓練をしていた時のことである。全自動のおかげで最強(笑)な俺は毎回恒例のサンドバッグ役を引き受けて、箒ちゃんとセシリアちゃん、それから鈴ちゃんと戦っていた。戦っていたといっても俺は謎の精神空間である神殿でユリアと
「全自動? そんなものできる訳がないだろう」
「まぁ、ミコトさんも冗談を言うんですのね」
「そんなのあったら全員がブリュンヒルデよ」
その事を伝えると否定された。なんとか説明しようとしたが、頑なに信じようとしない。全自動なんだけど。
もしかすると時折発動する"力"が働いているのかもしれない。それなら諦めるしかないだろう。そうじゃないかもしれないが、彼女達がそういうならそうしておこう。少し罪悪感もあるが、仕方がない。
「一度使ってみる?」
「できるのか?」
サンドバッグ役も一段落し、ISを解いて織斑とシャルルちゃんの方を見る。シャルルちゃんは銃を織斑に貸して、的当てをしていた。なんとも青春といった光景だ。うん、やっぱり平和が一番である。
「御山ミコト、私と戦え」
フラグだった。ISを纏ったボーデヴィッヒちゃんが何かを打っ放して来て、この一言である。
それからは展開が早かった。ボーデヴィッヒちゃんが挑発してきて、それに何故か織斑が否と応え、ボーデヴィッヒちゃんがそれに対し撃つことで更に挑発し、シャルルちゃんはそれを受けとめ、戦いが始まろうとしたところで、教師による静止があり事態は収束したのである。
「先戻ってるね」
それから、これ以上訓練するのも微妙な空気になったので解散となった。箒ちゃん達と別れ、更衣室に向かう。それから着替えようとしたところで、シャルルちゃんがISスーツの上から制服を羽織るというレベルの高い格好をして部屋に戻ろうとしていた。戻る途中で女子に会うと騒がれないだろうかそれ。
「えぇ、何だよ一緒に着替えようぜ。な、ミコト」
な、ミコト、じゃないんだよ。一緒に着替えたいというのはどういう感情なのか。相変わらず織斑の感性がわからない。
そしてシャルルちゃんを見送り着替え終え、帰ろうとしたところで織斑が急用を思い出したとかで走って消えていった。一緒に帰りたがるのにな珍しい。そう思いながら更衣室を後にした。
「嘘だろ」
日も沈みかけ、空がオレンジ色に染まっているのを眺めながら歩いていると、ガシャン、という音がした。何だと音のした方、下へ視線をやると、右足に刃のないトラバサミが装着されている。……何でだよ。
痛みはないが動けない。なんとか外そうとするが、全く動かなかった。
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
どうするかと悩んでいると不意に声をかけられる。そちらを向くと千冬さんがいた。次の瞬間、千冬さんが消える。何事かと驚いていると、背後に千冬さんがいて抱きすくめられていた。まさにポルナレフ。
「……とまぁ、アイツも悪い奴ではない。気にかけてやってくれ」
「え、あ、はい」
あまりにも驚いていたので、思わず返事をしたが、何の話だったか聞いていなかった。気にかけてやってくれ、と悪いことではないので良しとする。
「なくなってる」
その後、千冬さんにトラバサミを
「……帰るか」
気にしないことにして帰路につく。ボーデヴィッヒちゃんの襲撃といい、千冬さんの瞬間移動といい、謎のトラバサミといい、平和な一日は幻想であった。
そんな夕暮れの一幕。