お酒の飲み過ぎにはご注意。変な夢を見ても、知らないよ?
酔うとあつくて悪夢をみる御手杵と、話を聞くと記憶が呼び起こされる同田貫。相変わらず山も意味も落ちもない。過去の無用組一週間お題「俺が(あんたが)燃えた日」を使用しております。
その日東京で、四千の人が死んだ。そしてそれに紛れて、一本の槍が溶けて消えた。
「ようやく、ようやく出番だと思ったのに」
日本号という黒髪の仲間から押し付けられた酒を煽りながら、茶髪の男はそう呟いた。随分と酔ってしまった様子で、傍らには空いた一升瓶が転がされていた。ともすれば涙すら流しかねない様相で、御手杵というその青年は、かつてのことを思い起こしていた。
時は
そう。漸くやって来た出番だった。そのはずだった。
戦がやってきたという囁きと、血と炎とあぶらのにおい。まごうことなく我等の出番、とそう言ってかまわない──はずだった。
けれど
もう、刀の時代は終わっていた。なにも彼が引導を渡さずとも、とっくに。そう、その二百年も前に刀は、銃と槍とのおまけに過ぎなくなっていた。
「仕方ねえのさ。俺たちの出番なんてその頃にはどこにもなかった」
隣に座っていた同田貫正国はそう言って杯を干した。墨色の
お飾りの
そして、わざわざ作り直されてまで飾られた槍と、ただ美術品としてしか生き残る術を持たなかった武骨の刀は確かにその苦痛を、知っていた。透明なガラスケースの中、たとえばこけしの隣。たとえば
「う~そんなこと言うなよぉ」
胡座をかいた片割れの膝にどさりと倒れ込んで、手杵にたとえられる槍はぼやいた。手の猪口から零れた酒に顔をしかめながら同田貫は、諦めたように溜め息を吐く。流石に自分より七寸も高い相手をどうこうできるはずもない。
「重い。おい御手杵、退け」
返答はなかった。
「......嘘だろ、寝てやがる」
顔に疵のある男は暫し悩む素振りを見せて、
「しゃあねえ、次郎じゃあねーがとりあえず呑もう」と呟いた。案外酔っているのかもしれない。
御手杵が眠り、同田貫が手酌を再開してから三時間。ちびりちびりと無くならぬよう杯を嘗めるだけだった同田貫自身はまだしも、次郎太刀を筆頭に日本号、陸奥守吉行といった酒呑み連中は一通り大人しくなり燭台切光忠と歌仙兼定がうんざりした表情でなまものだけでもと片付けを始めた。
「同田貫くん、御手杵くんのことは頼める?」
「あー、どうにかする」言うが早いか黒髪を膝の上の耳に寄せて、起きろ、と囁く。微かに滲ませたのは怒気でなく、戦意かはたまた殺気と呼称されるもの。どれだけ深く眠っていようと、彼が戦の気配に起きないなどあり得ない。
「なんだ!?出番か!いk──」
「戦じゃねー。とっとと
「なんだ違うのか......んじゃおやすm.....痛ってぇ!」再びうつぶせになった首筋を傷だらけの手で小さくつねりあげると、痛みに炎の意匠のTシャツを着た男は慌てて立ち上がった。
「あれ、俺寝てた?」
「おもいっきりな」
「ごめん。重かったよなー」
「いいからまた
「あ、それは勘弁」
起きたばかりだというのに危なげもなくひらりと身を翻して言われた通り広間から出ていく御手杵。同田貫もこれ幸と一つ伸びをして縁側に続く障子へ向かい、羽織のことを思い出して辺りを見回した。どうやら自室に戻ったらしく(恐らくは堀川国広が連れ帰ったのだろう)和泉守が大広間の中には居ないのを見てとると歌仙に声をかけた。
「新撰組の連中に持ってくもんあるか?
「じゃあ──」
「長曽祢以外でな」
「そこは運んでよ......あ、加州くんが私物のお猪口使ってたからそれを」
先だって加州清光が飲んでいた辺りに足を運ぶと、なるほど奇妙に捻くれた漆黒の杯が有った。
「......随分妙な形してんな」拾い上げて思わず呟いた同田貫に、眼帯の青年が答えを返した。
「ああ、それね、どうも注ぐと水面が猫の姿になるらしいよ。おしゃれだよね」
「ふーん」興味無さげにそう言うと、金眼の青年は今度こそ広間を出た。
新撰組の隊員たちに使われていた刀が集められている、通称新撰組部屋に同田貫が顔を出すと、起きているのは堀川国広だけだった。和泉守の枕元に移動中に畳んだ羽織を置いて離れようとする同田貫に、堀川は声をかける。
「多分御手杵さん寝れないと思うので──」
「そうなのか?」
「はい。あんまりお酒を飲むと、体が火照って眠りたくなくなるんだそうです」
思い出してしまうのだろう。あついあつい、あの夜を。同田貫にもその気持ちはなんとなく分かる気がした。彼の場合はむしろ、揺り起こされるのだが。数百数千の刀を寄せ集めた『彼』は、いつも入れ替わりながら暮らしている。いつも記録に呼び起こされながら過ごしている。
「......青江じゃああるまいしその言い方はどうなんだ?要は悪夢が嫌で寝れねえってことだな」
「あ、はい。そういうことです」
「わかった。槍部屋寄ってみるわ」
同田貫の部屋は天下三槍の集まる部屋の三つ先、陸奥守と同室だ。相方は広間で酔い潰れているので、御手杵を連れ込んでも問題はないだろう。槍部屋の障子を開けると、長柄用の布団に寝る蜻蛉切の向こう、部屋の隅で膝を抱えた男がいた。
「御手杵」
返事はない。
「御手杵。そこは、熱いか?」
ぎゅっと自らを抱く腕の力を強めた茶髪の槍に近づき、量産刀の化身はその手をとった。
「起きろ、御手杵。あんたは今、2205年にいる」
ふ、と上がったその顔は、薄茶の瞳は、随分と虚ろだった。彼が見ているのはここではない。同田貫は紅い半袖から伸びた手を引いて、自分の部屋まで連れていく。同情ではなく、好意でもなく。まるで、生まれて間もない
畳の上に座らせて、水差しから直接飲ませる。だんだんに光の戻ってきた目を見ながら、蛇の目の男はこの槍をどうしたものかと思い悩む。
「なあ、あんたは、燃えてないんだな」ゆっくりと開かれた口から零れたのは、そんな言葉だった。同田貫は何も言えなかった。燃えているとも、ただそれが、決して唯一の滅びでないだけで。燃えているとも、ただそれは、決して今でないだけで。その無言をどう捉えたのか雪降らしの槍はもう一度声を出す。
お前も、戦わずして燃えたのか、と緑の服の槍は訊いた。
「ああ。常備刀として待ち続けて、ようやっと出番が来たと思ったところだった」黒髪は、熊本城のことを言っている。
「そっか」しかし榛の瞳は、大東亜戦争と呼ばれたそれを見ていた。
けれどどちらでも、似たようなものだ。どちらも守るべき歴史、厭うべき過去。泰平の、無用の長物たちは、決して刀剣の時代が戻ってきたわけではないと知っていた。ただ付喪だからここにこうしていられるだけだと、分かっていた。
けれどそれでも。
今戦っていられればそれで、それだけで。
たとえ終われば記録に過ぎなくなるとしても。分霊の体験など本霊に如何程の意味があるのか、なんてことは考えなくて良かった。彼らは戦うためにつくられたのだから。