君の声を聴く   作:コストコ

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第3話

「えっと…とりあえずは私自身の紹介ね。今回貴方たちの総合教練担当になった柊ユイです。まぁ堅苦しいのは苦手だから、お互いかしこまらないで行きましょう。これからよろしくお願いね…と言いたいところなんだけど…」

「よ、よろしくお願いしm…うっ」

「うぁぁ…お腹が痛い…」

「…大丈夫?無理しないで、医務室へ行く?」

 

自己紹介をやめて心配そうに目の前の二人の新人を見つめるユイという女性。

その女性の目の前には、あわてたように右手を口元にあてて若干苦しそうにしている痣城レイジと、胃のある所に手を当てて苦い顔をしている柏原セイラがいた。

彼女の言葉に彼らは激しく首を横に振り「大丈夫です…」と小さくつぶやいた。

何とも締まりのない対面となってしまったこの時間からおよそ数十分前。

エントランスで怒り狂っていたユイはそのままヒバリになだめられながらも怒鳴り続けていた。

数分間、ずっと怒鳴りつづけていたユイだったが、レイジとセイラ二人がエントランスに戻ってきたとき、彼女は怒鳴るのをやめた。

ユイはズンズンと彼らに近づき、怒りのままに感情をぶつけて叱ろうとしたのだが、二人のあまりにも辛そうな顔を見て思わず言葉を詰まらせた。

彼らの顔色は健康な人のものとは到底言えず、今にも衛生上よろしくないものを口からぶちまけてしまうのではないかと思ってしまうほどである。

苦しそうに口元を押さえながらも遅れたことに対する謝罪の言葉を口にする彼らを見て、ユイは怒るに怒れず、とりあえず彼らに遅れた理由を問いただした。

レイジたちは『初恋ジュース』なる飲み物を一気飲みした後、その想像を絶するほどのまずさに彼らの胃がかなりのダメージをおってしまったのだ。

なまじ一気に全部飲み干してしまったので、胃にくる衝撃も相当なものとなっただろう。

当然そのダメージに耐えることはかなわず、すぐに二人そろってトイレに直行。

トイレの中で具体的にどうなったかは彼らの尊厳やその他諸々を守るために控えさせてもらう。

だが、あえて言葉にするなら、なりたてとはいえ常人を凌駕した強靭な身体を持つゴッドイーターがこんな風になるとは、『初恋ジュース』恐るべしといったところだろう。

事の顛末を聞き終えたユイは、同情しているような何とも言えないような笑みを浮かべて彼らの肩に手を置いて、それなら仕方がないと彼らを責めることなくなだめ続けた。

近くで話を聞いていたヒバリも彼女と同じような笑みを浮かべていた。

ついでに「あの狐目…今度という今度は問答無用でぶっ飛ばしてやる。」と静かに呟いたユイの言葉はあえてスルーした。

そして、彼女たちの具合が落ち着くのを待ってから自己紹介をしようとして今に至るというわけである。

 

「…本当に大丈夫なの?まぁ、顔色は前よりだいぶ良くなってるけど…。」

「はい、本当に大丈夫です。心配をおかけして申し訳ありません。」

「申し訳ありません…。」

 

心配そうにレイジたちの顔を覗き込むユイに謝罪の言葉を口にするレイジ。

それに続いて同じようにセイラも謝罪する。

レイジの方はもうだいぶ顔色もよくなっており、既に立ち直りつつあるのだが、セイラの方はまだ少し顔色が悪く時折苦しそうに腹を押さえたり、口元を押さえたりしていた。

 

「そう…なら、悪いけど話を続けさせてもらうわね。二人にはこれからサカキ博士によるメディカルチェックを受けてもらうことになっているわ。あ、サカキ博士っていうのはこの極東支部の支部長を務めている人よ。貴方たちもさっきの適合検査で声くらいなら聴いたかもね。」

「ああ、あのくそ忌々しい男のことですか。あいつ支部長だったのか…。信じらんねぇ…。ますますこれからが不安になってきた。」

「不安に思わなくてもいいけれど、油断はしない方がいいわよ。弱みを握られたら最後、一生こき使われ続けるから…」

 

そう言って恨めしそうな顔をするユイを見てさらに不安が増していくレイジ。

もう不安とストレスで胃に穴が開きそうになってくる。

先ほどの『初恋ジュース』で胃に多大なダメージを負っているというのにさらに追い打ちをかけられている現状に思わずため息をつく。

初任給でまずは胃薬を買おうと決めたレイジはふと何かを思い出したのか、少し慌てた様子でユイに話しかけた。

 

「あ、そうだ!ユイさん、一つ聞きたいことがあるんですが…」

「ん、何かしら?あ、もしかしてメディカルチェックが心配なの?大丈夫よ、一応腕は確かだし研究者としては素晴らしい人だからきちんとやってくれるはずよ。…人間性は時々疑いたくなるようなときがあるけどね。」

「いや、確かにメディカルチェックも心配ですけどそっちじゃなくてですね…。あの、先ほど受けた適合検査なんですけど…」

 

そうレイジが言うとユイは「あ~…」と言ってばつが悪そうに目線を逸らした。

そのあと、すまなそうにユイは言葉をつづけた。

 

「貴方達、もしかして適合検査はパッチ検査だって聞いていたくち?」

「はい、俺はセイラに教えてもらって知ったんですけど、セイラは公式FBSから聞いたって言ってました。」

「あー、そうなの。それは悪いことしちゃったわね…。実は、というかもう受けた貴方達はわかると思うけど、あれはパッチ検査じゃないわ。パッチ検査なんかよりもずっと過酷なものよ。」

「過酷なもの…ですか?」

「そう。貴方達が体験した痛みはもちろん、もし失敗したら、神機に喰い尽されて肉片になってしまう生きるか死ぬかの二択の検査なの。」

「え…し、死ぬ!?」

「まぁ、今ではより正確な遺伝子検査等ができるようになっているから失敗することはほとんどないそうだけどね。あ、貴方達はもう安心していいわよ。きちんと神機に適合してるから、いきなり食われて肉片になることもないわ。」

 

驚きを隠せないでいるレイジをなだめるようにユイが説明をするが、レイジの顔は不安で覆いつくされていた。

 

「いや、その何というか、めっちゃ怖い検査だったんですね…。ていうか、そんな危険な検査ならなおのことその…嘘とか広めちゃまずいんじゃないんですか?」

 

そう言うレイジの言葉にユイは苦い顔をして頬を数回指で搔いた。

 

「…ゴッドイーターはいつも人員不足でね、どの支部でも一人でも多くのゴッドイーターが欲しい状況なの。だからフェンリルも適合検査がそこまで過酷なものとは公表できないのよ。もし適合検査がどういうものなのか公表したら、ゴッドイーターになりたい希望者がどんどん減ってしまうもの。もちろん、ただでさえ大きい家族の反対だってさらに大きくなってくる。まぁ、それ以外にも公表できない理由はあるのだけれどね…。」

 

そう言って何ともいえない表情を浮かべて苦笑するユイ。

彼女もこのフェンリルの対応に思うところがあるのだろうか、少しだけ複雑な顔をしていた。

彼女の言葉を聞いたレイジも真剣な顔でうなずいていた。

 

「そうなんですか…。何というか…大変なんですね、フェンリルもゴッドイーターも。…なんか、話を聞くたびに色々な不安が出てきます。サカキ博士のことといい、この職場のことといい。」

 

果たして自分はこの職場で生き抜くことができるのか、とまじめに顎に手を当てて考え込んでいるレイジを見て、クスリと笑ったユイは励ますような口調で彼に声をかけた。

 

「フフ、まぁ、そんなに悩む必要もないわよ。ここの職員もゴッドイーターも良い人ばかりだから。それに何か困ったら目の前の頼りになるお姉さんに何でも相談してちょうだい。いつでも力になるから、ね?」

 

 

 

 

 

 

 


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