ミックス・ブラッド   作:夜草

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天使炎上Ⅱ

北欧アルディギア

 

 

 とある神話の物語。

 いずれ世界の終りに父なる主神を殺すと予言された滅びの巨狼。

 その滅びの巨狼が、まだ何物にも戒められず、暴れ回って手に負えなかったとき、唯一の理解者とされる神がいた。

 戦争に勝利を与える闘争神。

 その闘争神が持ち掛けたとはいえ、数々の入手不可能な素材から作られた、どんな獣にも絶対に引き千切ることのできない縄には、当然、罠の可能性を怪しんだ。

 だから、その不断縄に縛り付けられる直前に、滅びの巨狼はひとつ約束させた。

 『その縄が私を縛るのなら、私の顎の中に腕を入れろ。もしも罠だったらその腕を噛み千切る』、と。

 

 だから、その闘争神には、片腕がない。

 

 いずれ喰われる相手だと予言されたその主神が下した命に、闘争神は従うしかなかった。

 理解者であった。だが結局、闘争神とは裏腹に、『上』に言われるがままそれを裏切った。

 そうして、四肢を動かすことも叶わず、口を閉ざすことさえ禁じられた滅びの巨狼。

 しかしありとあらゆる神を等しく恐怖に突き落とす憎悪を溜めこみ続け、不断縄が破られるという絶対にありえざることが成し遂げられたその時、自由の世界へ解き放たれた滅びの巨狼は予言の通りに、怒りと憎悪のままに主神を食い殺した。

 

 そして、滅びの巨狼の末裔とされ、神をも喰らう殺戮機械として造られた獣に、禁忌の茨で縛る魔女は言う。

 

『魔女は、誓った契約を破らん』

 

 それは勝手に魔女が持ち掛けた契約だった。

 消えかかっていたその命に、自らその守護神の片腕を依代にして獣をその眷属とし、獣が死ぬべき場所と定めた故郷の森を離れて、この自然のない鋼鉄の人工島へ連れて行こうとする。

 命を賭けた殺し合いを演じたとはいえ、それは許されざる行為だ。

 そして、■■に殺されかかった獣は、それと同じ魔女を信用することはできない。

 しかし、

 

眷獣(サーヴァント)としてある程度の窮屈さは知ってもらうが、本当に自由となりたいなら、その時は、お前を縛りはしない。それだけの権利を与えてやろう。もし破れば、

その顎に差し入れた(貸してやった)片腕だけじゃなく、私の魂まで丸呑みして喰らっても構わんぞ』

 

 あっさりと言い放った。

 その魔女がすべてを捧げたと言っても過言ではないその力、それの一端とはいえ切り捨てて拘束の契約を結んだというのに。

 

 獣は、創造主とは違って、この魔女がそのような詐欺をしない生き物だと嗅ぎ取っていた。

 真実の口ではないが、そこに虚偽があれば、言われずとも、その身を喰らっていただろう。

 

『契約成立だな。では最初の命令だ。貴様には、紅茶の淹れ方を覚えてもらおう』

 

 

絃神島西地区 テティスモール

 

 

 獣にとって、絃神島の都会は異界であって、住むべき場所ではない。

 

 そう言ったのは、ロタリンギアの殲教師。

 もし、彼の前に連れ出してきてしまった主人がいたのなら、何故、森より連れ出してしまったのか、と殲教師は責めただろう。

 それは危険な道具であり、使い魔だろうが使い方を誤れば、人類に必ず害をもたらす。

 独善でその愚行をした魔女は、あまりに無責任であると。

 

「……はい、クロウ君は学園に来ていません」

 

 後輩と同じクラスである雪菜に確認すれば、担任の言葉がウソではないことが分かった。

 いや、そんなことは最初から分かっていたのだ。古城よりも真祖の如くに傲慢な魔女は、そのようなことで騙したりはしない。

 

「また、何かがあったのではないかと笹崎先生に確認を取ったんですが、それがいきなり南宮先生にクロウ君を休校扱いにしろと言われたそうで……でも、まさか森に帰ったなんて」

 

 突然のことに驚いているのもあるのだろうが、やはり哀しみが大きい。それは、何かをこらえるように口元に当てられた手のこわばりようからも知れる。

 心配はしていたが、きっとそこまでとは思わなかったのだろう。

 古城も同じだ。

 いや、言われるまで、いないことに気づいてなかったのだから、より楽観視していた。

 だけれども、後輩は、自然にこそあるべきであり、森が故郷なのは数年経った今でも変わらない。

 

「だけど、それなら、なんか俺たちに一言あってもよかっただろ……!」

 

「先輩……」

 

 哀しみなのか怒りなのかもわからず、古城は歯を食いしばった。

 あの後輩がいることが古城の中では当たり前となっていたのに、いきなりの別離で、それを引き留める機会も与えられなかった。そんな忸怩たる思いに胸を浸潤されつつも、南宮那月に告げられたその意思と、反する面相が鎖となってその力を奪う。

 それでも、なお振り解かんと抗う憤りを、冷ますようその声が掛けられた。

 

 

「否定。先輩は、帰ってきます」

 

 

 現在、古城と雪菜のいるのは商業地区の繁華街。

 交通の栄える駅前で、祭りの日もあってか、いつに増して人混みの密度が大きい。

 そこで待ち合わせてから、約束の時間を1時間過ぎても気づけないほどに考え事に集中していた二人であるが、その不意打ちに肩を強張らせつつも、悲鳴までは上げなかった。

 そして、振り向いたそこに列からはぐれてしまった迷子のようにひとり、案の定、知り合いの人工生命体(ホムンクルス)の少女。アスタルテ。

 その顔立ちは左右対称の人形めいてメイド服の着こなしは動かなければ作り物と紛うものであったが、今日は、藍色の髪に映えるよう淡いラベンダー色の生地の浴衣姿。

 まず、アスタルテは頭を下げて、

 

「合流時間に1時間56分の遅延がありました。謝罪します、第四真祖」

 

「いや……」

 

 どうやら、祭りを楽しんだようだが、きっとそれは主も伴ってのことだろう。本人も楽しんでいた雰囲気だが、彼女は付き合わされた形だ。

 それよりも、

 

「おまえが謝る必要はないとは思うんだけどな……それでさっきのは」

 

「………」

 

 追求した古城に、アスタルテは沈黙した。

 人間に問われたことに、疑問を挟まずにありのままを返すようプログラムされた人工生命体。

 だが、それは言った当人でさえもわからないものだったのだろう。

 自分の中の何かを推し量るように、道具として造られた意義とこれまで積み上げられた意思を両側に載せた不可視の天秤を見定めるように、長く長く黙りこくっていた。

 やがて、

 

「不明。……ただ、帰ってくると、思います」

 

 と、曖昧な結論を出した。

 

「そうか」

 

 不思議なことに、それで古城も裡の憤りが鎮まった。

 

「そうだな。クロウは帰ってくる。ああ、那月ちゃんもそう思ってるはずだ。だって、退学じゃなくて休校扱いってことは戻ってくることを考えてのことだろ」

 

「ええ。ええ、そうですね先輩」

 

 雪菜も表情から暗さをなくし、笑顔を見せて同意する。

 古城は苦笑した。

 この中では、一番付き合いが長いというのに、一番付き合いの短い彼女に言われて気づくとは。

 まだ一週間もたっていないのに、その結論を出すのはいくらなんでも早いだろう。

 

「ひょっとしたら、どこかの無人島で迷子になってるだけなのかもな」

 

「もう、先輩。そうなってたら大変じゃないですか」

 

 なんて、不安を笑い飛ばすように、ありえない冗談を言っていると、古城を呼び出した当人、南宮那月が現れた。

 いかにも今現れたとばかりで。

 

「そんな往来で暢気に立ち話とは、なんだ暁。島流しにされたいのか」

 

「―――暢気なのはそっちだろ! ってかその恰好!? 攻魔師官の仕事じゃなかったのかよ!?」

 

 従者な人工生命体と同じく、華やかな浴衣衣装をまとう那月に、古城は往来に構わず大声で叫んだ。

 

「騒ぐな、小僧。ここのところ沈んでいたアスタルテに祭りというものを堪能させてやってたのだ。だから、詫びにたこ焼きを買ってきてやったぞ。ほれ、喰え」

 

 そりゃ、どうも、と古城は屋台に使われるそのプラスチックのパックを受け取って、

 那月はその隣にいる雪菜に視線をやって、

 

「どうしておまえがここにいるんだ、転校生」

 

「私は、第四真祖の監視役ですから」

 

 銀槍を入れた黒のギターケースを背負っており、準備は万端。

 古城が危険な目に遭うというのならば、当然、監視役も帯同する。

 とはいえ、商売敵たる獅子王機関の手先に介入されるのは気分の良くなるものではなく。

 数秒、二人の間に緊張感が漂うも、人手が増えるのならばそれにこしたがないと那月は手のひらを返して、

 

「まあいいか。それでせっかくだから、おまえも浴衣を着るか? 駅前でレンタルしてたぞ?」

 

「……いえ、結構です」

 

 若干の未練を噛みつつも、雪菜は首を横に振る。

 

「それよりも、どうしてこんな物騒な任務に、暁先輩みたいな危険人物を連れ出したんですか? こんな街中で先輩の眷獣が暴走したら、いったいどんな大参事になるか……」

 

 最も力の弱い眷獣でも、その攻撃力は最新鋭の戦闘機を上回る。ましてや世界最強の吸血鬼――<第四真祖>の眷獣となれば、その暴威は天災と変わらない。

 鎮圧しようとすれば、逆に被害が拡大しかねないのだ。

 

「だからといって、こいつがなにも知らないまま戦闘に巻き込まれたらどうする気だ、剣巫。 そっちのほうが危険だと思わんか?」

 

 と真っ当な筋立てで説かれれば、義務感溢るる監視役も閉口せざるを得ない。

 見た目は、雪菜の方が上であっても、精神年齢は遥かに那月の方が大人だ。

 

「危険物だからこそ目の届かない場所に遠ざけるよりも、手元に置いておく方が安全だろう?」

 

「うー……」

 

 トドメの論破もされて、雪菜は悄然と肩を落とした。とはいえ、取扱いに要注意危険物にされた古城は不愉快な気分で唇を歪めるが。

 そうして、この辺りで最も高い十階建てのテティスモール――飛行体を相手にするに最適なポイントへ、行く先々の夜店を賑やかしながら先導する那月から、確認の問い。

 

「メールで送った資料は読んだか?」

 

「まあ、いちおう」

 

 今回の相手。未確認の飛行物体、仮称で『仮面憑き』

 これまでのパターンから、今夜も、『仮面憑き』は二体同時に現れ、どちらかが戦闘不能になるまで戦闘を行う。

 そして、その二体ともを捕まえるのが今回の副業だ。

 

「二体とも捕まえろ、ってことだけど。空を飛んでいる奴らを、どう相手すれば……」

 

「気にすることはない。撃ち落とせ」

 

 なんて無茶な、と古城が呻いてしまうくらい迷いのない那月の即答。

 雪菜は同級生の力尽くの脳筋思考は、この主人の責任もあるのではないかと思う。

 

「問題ない。空に向かってぶっ放すぶんには、市街地に影響が出ないからな」

 

「いや、それはそうかもしれないけど―――」

 

「相手もそれなりの化け物だ。そう簡単にくたばりはしないから安心しろ。うっかり殺してしまっても、刑務所に差し入れくらいはしてやるからな」

 

「まったく安心できねぇよ!」

 

「先輩の処遇はともかく」

 

「ともかくで流すな! せめて無罪になるよう証言を確約してくれよ!」

 

「その戦闘した現場ですが、やはり変ですね」

 

 雪菜が示すのは、交差点の向こうに見えるオフィスビル。

 真新しい建物の上階層がごっそりと抉られて、飛び散った瓦礫は今も路上に山積み。

 隕石でも直撃したかのような凄惨な光景だ。

 

「あんな巨大な爆発が起きていたのに、私は気づきませんでした」

 

 そう、魔術や召喚術であれだけの破壊を生み出したのなら、相当な魔力が放出されたはずなのだ。

 なのに、霊感に優れる獅子王機関の剣巫は感知できず、事件に気づけなかった。

 絃神島に設置されている魔力感知器も、『仮面憑き』には反応しなかったようで、特区警備隊が異変を察知したのは、ビルが倒壊して、民間警備会社が騒ぎ出してからだ。

 

「超能力、という線もある。あれは、魔力には頼らない。まあ、あそこまで馬鹿げたものはそうないがな」

 

 言って、僅かに比較対象が脳裏に浮かび上がったが、那月は即座に切り替えた。

 攻撃的な笑う攻魔師のものへと。

 

「まあ、本人たちに訊けばすぐにわかることだ」

 

 十階建てのビルの屋上。そこから見える電波塔の周囲を飛来する、二つの影。

 『仮面憑き(ターゲット)』を視認。

 開戦の狼煙(あいず)とばかりに打ち上げられた花火、その爆発音と閃光に一般人たちの目が向けられてる間に、闇を狩る―――

 

 

 

 そして。

 

 

 

「叶瀬―――っ!」

 

 

 古城は知った。

 同族を喰らいあう『仮面憑き』、その片割れの正体が、いつも穏やかな笑みを湛えていた、動物好きの女子中学生であったと。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『最近、良い顔するようになったねクロウ君』

 

 それは、3人で。

 暁凪沙と南宮クロウで、教会の子猫たちの面倒を見ていたある日のこと。

 キャットフードとか消耗品の買い出しですこし遅れた私が、その木製の扉の前に付くと、すでに同じクラスである二人は中で一緒に掃除をしながら、お話してました。

 

『そうか?』

『そうだよ。なんか吹っ切れたって感じというか。ほら、顔とかも見せるようになったじゃない』

 

 言われて、気づく。

 普段、彼は室内でも帽子を深々と被っていたが、今はそれを外してる。

 その枷のように大きな首輪を隠すほどの、大きめの首巻こそしているが、その短い癖っ毛をした銅色の赤茶の髪と顔の上半分を見せるようになった。

 たった上半分。

 それでも滅多に露わとなることのなかったのだ。

 その耳付き帽子もあって奔放なワンパク犬に見られていたが、どこか野性味を宿した端整な顔立ちに、異国風の褐色肌によく映える純金のように輝く瞳。

 

『おかげで、今のクロウ君の株は急騰中だよ!』

 

『そうなのか?』

 

 おまけに、帽子だけでなく、コートも脱いでいた。

 何事も体が資本な森育ちで、日夜魔族と肉弾戦を挑むのなら予想はつくだろう。実際、厚着に覆われてもその機敏な反応を見せる仕草に姿勢のいい立ち姿からおおよそ相当に鍛えられていることは察していたはずだ。

 それでも実際に、目の当たりにするのは別。

 制服のシャツの半袖から伸びるその腕。線は細くもそれは実戦的に無駄をそぎ落としたもので、素人目にもわかるくらいに堅く引き締まり、逞しい。

 

 人畜無害っぷりの子犬のイメージだったのに、装飾を取っただけで男と意識させるオオカミだった。それも、運動部も裸足で逃げ出す、ではなく、ジャージを着込むくらい。

 

『……うん。古城君の見てて慣れてるつもりなんだけどなー』

 

 と言いながら、腕にぶら下がる凪沙ちゃん。

 特にこれといった苦も感じてないように平気な顔でされるがままのクロウ君。女子とは言え片腕で吊り上げて体幹はまったくぶれず、やはり見かけ倒しのものではない。

 

 ……それとは別に気になるのが、慣れるためのリハビリ、って最初に説明されてたけど、練習にしては何かスキンシップが近しいような気がしなくもない。うん、きっと気のせいだろう。

 

『球技大会で、シンディもクロウ君のワイルドなギャップはもはや凶器って言ってたよ』

 

 シンディ、というあだ名だが、秋田出身の純日本人。単に苗字が『進藤』で、自己紹介の時に緊張のあまり噛んでしまい、それ以来、シンディと呼ばれるようになったクラスの女子。バスケ部に所属しており、元古城君の後輩で、狙っていた女子のひとり。

 

『委員長もあれは危険ね、って固まっちゃってたし』

 

 本名は甲島桜。小学五年生からクラスの高い支持を得て、連続で委員長に選出されるという委員長・オブ・ジ・委員長は、教師受けの良い黒髪眼鏡のクラス女子で、意外にノリのいい性格をしてる。

 

 ……何か、名前を挙げて反応を見てるような、ぶらぶらとブランコのように揺らしながら目線はクロウ君に固定されているようで……うん、気のせいだろう。

 

『そうなのか。じゃあ、やっぱり着てた方がいいんだな』

『それはダメ』

 

 あまりに素早い凪沙ちゃんの主張だった。

 

『? 凶器で危険なんだろ? よくわからないがそれなら止めた方がいいんじゃないか?』

 

 首を傾げるクロウ君。

 

『えあ、うん、なんていうか』

 

 言うに困ってその賑やかな口数もストップして凪沙ちゃんは視線を逸らす。

 

『?? ……なんか凪沙ちゃんらしくないぞ。最近、ヘンだけど、熱でもあるのか? それとも“リハビリ”で無茶しすぎたんだろ』

 

 それはクロウ君から見ると、凪沙ちゃんの様子は“ヘンな感じ”レベルの扱いになってるらしい。

 

『ね、熱なんてないし、無茶もしてないったらっ! そうじゃなくてど、どうして顔とか見せるようになったの、クロウ君はっ!』

 

 目に見えて取り繕う凪沙ちゃん。

 それに疑問を混ぜっ返すことをせず、斜め上を見上げながら考え込んで、

 

『うん。古城君のおかげだな』

 

『えっ、古城君?』

 

 クロウ君の回答に、凪沙ちゃんは目を点にする。

 

『あまり詳しくは言えないけど、古城君の言葉に助けられたのだ。うん。あいつらにもいい報告ができそうだぞ』

 

 

 

 ……お兄さんのこと、クロウ君や凪沙ちゃんに言われる前から、本当は知ってました。

 あのときも、クロウ君のために、お兄さんがきっかけとなってしまった風潮を失くそうと、私たちの学年が校門を通るたびに一人一人に訴えてました。

 その時の姿を、私は覚えてました。

 

「やめろ、叶瀬―――っ!」

 

 お兄さん……

 こんな私を―――

 

 意識は真っ白な光に染めつくされた。

 

 

メイガスクラフト

 

 

 この腕輪という制御装置が気に食わない。

 

 そもそもなぜ、俺ら魔族が人間に合わせなければならないのか。

 

 『人間と魔族の共存する魔族特区』―――はっ、笑わせる。

 

 現実を見てみれば、今も昔も社会的に認められているのは人間だけだ。

 

 結局、あいつらは魔族登録証という腕輪《ブレスレット》を付けて、人間(じぶんたち)魔族(おれたち)を別けて、管理する――差別する――排他する。

 

 その土地に市民権を与える代わりに、腕輪を通して、その身体を常に監視(モニター)し、力に制限をかける。俺たちが怖いから。

 

 そうやって、自由を奪い、そして、俺たちを実験動物にする。

 

『あの忌々しい<空隙の魔女>、ナツキが犬を飼い始めたと聞いたけど』

『全然ダメね。こんなのを侍らすなんて、趣味が悪いわ』

 

『そうね、オクタヴィア。ナツキの犬は、血統書付きの金の卵。創造主(オヤ)の<守護者(アクマ)>をも下したという悪魔を喰らう狼(デビルウルフ)よ』

『ええ、エマ。主の手を噛む犬なんてお断りですけど、この雑魚は泥。血統からしてダメですわ』

 

 緋と黒の魔女二人組は、そういって実験場から攫い、奴隷として働かせ、実験動物として使ってきた俺たちを捨てた。

 気の済むまで調べて、もうその興味がないよう。怯えて逃げる俺たちを嘲笑いながら、殺し尽くし、悪魔の肥やしにした。

 

 人間どもはいつか血を見るべきだ。

 

『―――血に飢えた漆黒の狂獣(ブラッディウルフ)

 

 自己暗示と共に、小瓶に納められた主の血を服用する。

 <ランヴァルド>

 彼の偉大なる<黒死皇>が戦争を繰り広げた『戦王領域』と隣接するその人間の王国。

 『聖環騎士団』はその手に魔族を祓滅させる得物を持ち、魔族の侵入を一切阻んできた屈強な守護者。

 だが、関係ない。所詮は、自由を奪わなければ、魔族と接することもできない弱者の集団だ。

 ごくりと呑み込む。

 口から。舌から。喉から。胃の腑から。従属の契約を成した全身の隅々にまで真紅の血は瞬時に染み込んで、たちまち位をあげられるよう改造された肉体を変質させていく。

 変貌。変化。変身。

 骨格が軋み、筋肉量は増大し、体躯は強固に、牙や爪は剣の如く伸長する。

 存在そのものが拡大しながら変容していく。黒い影にも似た朧を全身に纏いつつ、緋の刺青が全身を走る。

 肉体が変わる。

 意識が変わる。

 あらゆる理性が掻き消えて、狂暴を具現化した破壊衝動の塊へと変わる。

 獲物の血を求める渇望は前景の姿勢にも顕れていて、殺意と敵意の奔流が瞳をアカ色に輝かせる。

 

『ハッ、汚らわしい魔族って、世間様は血で差別しておいて、俺たちをゴロツキ扱いしやがる。……まぁ、確かに前から、ゴロツキだったが―――だから、俺たちは、いつか人間たちに血を見せてやるべきだ』

 

 数十の聖剣をもらおうが、この肉体は“不死”。

 頑丈な鎧に包まれた騎士を爪牙は薙ぎ払い、王族の乗り物に鮮血の雨を降らす。

 緋色と漆黒―――イメージする最強で最凶で最狂の色に染めて、新たなる獣王はここに君臨する。

 

 そして、邪魔な騎士を始末した後、仕事のためある程度の理性を残した獣化形態に戻り、王女を捜す。捜しがてら、そこに乗船していた使用人女子供関係なく皆殺しだ。一族郎党を殺戮された彼の獣王と比べれば、この程度の惨劇では足りない。

 そして、怯える使用人たちに囲まれる王女を視覚に捉え、

 

『主張に一理あるのかもしれないが、力ばっかり誇示する魔族にも問題あるぞ。だいたい、オマエが言えるセリフじゃないな』

 

 天井をぶち破る勢いでブッ飛ばされた。

 

 

 

 社内の休憩室。

 調整を済ませてからも捜索に駆り出されて、大まかな当たりを付けたところで、一端の小休止を入れていたところ。

 革ジャンを着たまま、その長身をベットの上に横たえさせていた長髪の男は呼び出すを受ける。

 

「―――キリシマ。面倒な客が来たわ。『金魚鉢』へ捨ててきなさい」

 

 部屋にノックもせず入ってきたのは、成金趣味なワインレッドのスーツで窮屈にお飾りした金髪の女性。

 人型では細身のキリシマよりも、ガタイがよく。肉感的な美女は、タイトスカートから艶めかしいラインを浮き上がらせるその脚で、寝転がるこちらを踏みつけて言う。

 

「ベアトリス、お姫様をあれから捜し回ってる俺にわざわざ修学旅行の引率の真似事をやれってのか。しかも傍から見てたが、あんなバカップルの相手なんて、付き合わされるだけでたまったもんじゃない。適当に追い払ってやればいいだろ。あいつらガキくらい言い含められねーのかよ」

 

「あなたは使いっ走りで、私の『血の従者』よ。逆らうのは許されると思ってるの」

 

 怪しげに瞳に揺れる真紅の光。

 それは、力を得るために支払った代償。

 自意識を刺激する吸血鬼(ベアトリス)の言霊に、従う他ない。

 

「それに、あのガキども、昨夜の実験を邪魔してくれた<第四真祖>と獅子王機関の剣巫よ。最後の実験を飾るには最高の贄じゃない。新商品のこの上ない宣伝となるに違いないわ。だから、こちらの準備が整うまで確保しておくのよ」

 

「ハッ、『天使』のお相手をさせられるとは、あのお子様カップルが憐れでならねぇ」

 

 

金魚鉢

 

 

 メイガスクラフトが所有する、無人島。

 そこへ相手の罠にまんまとはまり、乗ってきた飛行機も古城たちを無人島に置き去りにしてさっさと離陸。

 『世界最強の吸血鬼』とはいえ、古城に自由に空を飛べたりするような力はないため、絃神島から遠く離れた島に隔離されてしまえばあっさりと無力化されるのである。

 魔族特区の周辺海域は、魔族を他所に密入国流入することを防ぐため、航空機や船舶の規制がされており、偶然船が通りかかったような都合のいい展開に期待は持てない。

 携帯の電波も圏外で、GPSが使えても、こんな無人島は地図にも乗ってないだろう。

 

 とはいえ、古城、そして、雪菜も、脱出の方法は思いつかなくても、生き抜くためにこの島を調べることにした。

 陽が完全に暮れる前に、まずは飲み水を確保し、次に食べ物と風雨をしのげる場所を見つける。そして、できればメイガスクラフトが所有するこの島に『仮面憑き』に関する資料がないかを探す。

 

 そうして、樹木の密生する森の中に入っていった古城たちは至る所に澄んだ泉が湧いていることを発見して、ひとまずの生命線に安心した。

 しかし、

 

「姫柊、これって野生動物のドキュメンタリーとかで見たことがあるんだが」

 

「はい、先輩。どうやら、この島には熊か何かいるようですね」

 

 途中、見かけた木々に引っ掻いた跡――野生の動物が縄張りを主張するマーク。それも真新しい。

 無人島ではあるが、動物がいないわけでもないらしい。それも、強靭な爪を持った猛獣である可能性が高い。

 

 いや。

 古城の血が騒ぐ。

 <洋上の墓場>で初めて、『真祖に最も近い』とされるヴァトラーの気配を感じた時のように。

 昨夜の『仮面憑き』が発していた魔力とは異なる次元のものとは違うが。

 この森に、貴族の吸血鬼に迫る何か強い生物が存在すると、第四真祖の血が警告を発している。

 

「……ここへは立ち入らないようにしましょう。先輩は第四真祖ですから熊が相手でも大丈夫だとは思いますけど」

 

「ああ、厄介なのは避けるべきだ。先住してるのは向こうだし、連れてこられたとはいえ、俺たちは異邦者だからな」

 

 二人は逸れないよう、互いの距離を縮めながら、足を早めてさらに奥へと進む。

 そして、奇妙な建物を見つけた。

 大きさは二階建てのアパート程度で、分厚いコンクリートの壁に覆われている。壁の穴には窓ガラスすら嵌まっておらず、建物の中には家具はない。とても人が住んでいたような場所ではない。

 

 おそらく、ここはトーチカ――戦場で、敵部隊の接近を阻止する側の拠点だ。

 

 見れば、その砦の辺りには機関銃弾の空薬莢が枯葉のように散らばっている。

 明らかな銃撃戦の跡。

 だが、それはかつてあった戦争によるものではないだろう。壁にある、銃弾の跡とおぼしき窪みや無数に残された亀裂は、その表面の汚れから判断して、古いものではない。

 せいぜい、ここ数年でできたもの。海賊か何かが絃神島周辺に出没したという話も聞いたことはない。ならば、一体何が、どんな理由でこの島を攻めたのか。もしかして、この島に生息してる謎の生物の駆除のためか。しかし、そこには死者も死骸もない。

 吸血鬼化した古城の五感でも、そこに血の流れた痕跡は察知できない。

 

「とりあえず、屋根は残ってますし、ここを拠点にしましょう」

 

「なんか幽霊的なものが出そうだけどな」

 

「曲がりなりにも吸血鬼ですよね先輩。なのに、幽霊なんて怖がるんですか」

 

 厭そうな顔で呻く古城に、雪菜は思わず噴き出すのをこらえるような口調で言う。その反応に古城はふて腐れたように唇をとがらせて、

 

「姫柊だって飛行機にビビってたじゃねぇかよ」

 

「ビビってません! ビビってませんからね!」

 

 とはいうものの、無人島に連れてこられた飛行機の中で終始古城の手を握って怯えていた。やれやれ、と古城はトーチカの天井を見上げながら。

 

「しっかし見事に何も残ってねぇな。なんか無線機とかあったら救援を呼べたんだが、このままだと最悪、ここで二人きりで暮らさないとならないのか。それは洒落になんねーな」

 

 電気ガス水道、ネットにテレビ、コンビニにスーパーも現代人のライフラインの一切がない環境。後輩はかつてそのような生活をしていたが、古城には想像するだけでもダメだ。ましてや古城たちがそんな原始的な状況に置かれている間にも、夏音は危険にさらされているのだ。最悪という言葉すら生温いと思える。

 と、しかし、そんな古城の呟きに、何故か傷ついたような瞳で睨む雪菜。

 

「最悪、ですか……私と二人きりだと洒落にならない……そうですか」

 

「え?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 背中を向けて、雪菜はトーチカを出ようとする。彼女が八つ当たり気味に振り回した槍が、古城の眼前をかすめてコンクリートの壁に新たな傷をつける。

 

「姫柊……さん? あの、もしかしてなんか怒ってるとか……?」

 

「いいえ。全然、怒ってませんから」

 

「さっきの飛行機のことでお冠……?」

 

「違います! 先輩はここで“一人っきり”で待っててください。私は食料を調達してきますので」

 

 

教会

 

 

 『外国の要人の現地案内と護衛』

 それが獅子王機関舞威姫――煌坂紗矢華に下された命。

 けれど、その『外国の要人』が失踪してしまった。

 それは、到着前の事件によるものだから、紗矢華に責任はないわけだが、それでも護衛すべき相手を守れなかったという悔いがある。

 幸い、その飛空艇に乗船していた侍従たちから彼女は救命ポッドで危機から離脱したことはわかっている。

 

 だから、彼女が会いたがっていた人物――叶瀬夏音について調べれば、その失踪の原因がわかるのではないかと。

 

 紗矢華は一人、この絃神島へ――この廃墟となった修道院の跡地へと赴いた。

 

「……まさか、この修道院だったなんてね」

 

 5年前まで、叶瀬夏音が暮らしていた修道院。

 ここへ来たのは初めてではない。捜索の途中で、対象が拠点としていた場所だった。

 結局、中に入ることはできなかったけど、その閉鎖された修道院に今も人の手が行き届いていることを訝しんだこともあった。

 おそらく、それは叶瀬夏音によるもので、調べれば何か手がかりがあるのでは―――

 

「―――誰!?」

 

 入ってすぐ。

 手にした黒い楽器ケースからその武神具をいつでも取り出せる体勢を取る。

 徹底して師に鍛えられた――そして、前回反省した――察知した気配に反応した舞威姫としての一連の動作。油断なく、感じたその方向を見つめる。

 

「隠れても無駄なんだけど……素直に出てくる気はない?」

 

 冷ややかに警告を発すれば、参った、といった感じの苦笑が返される。

 そして、現れたのは柱の陰から逆立てた茶髪に、ヘッドホンを首にかけた高校生。暁古城と同じ制服を着た。

 

「あなた……たしか」

 

 そう、紗矢華は直接その現場を見たわけではなく、けれど状況証拠から察したことだが、黒死皇派事件で、ディミトリエ=ヴァトラーが『眷獣を使って捕まえた』人物だ。

 いくら戦闘狂の吸血鬼であっても、全く無関係の人間に、その力を使うほど無秩序ではない。

 そうであるなら、獅子王機関<三聖>から抹殺すべき対象と判断が下されるだろう。

 

「ああ、この前はどうも」

 

「やっぱりただの高校生じゃなかったわけね。あなた、何者? って訊いても素直に素性を明かす気はなさそうね」

 

「まあ、そうなるね。その辺の詮索をされても俺は何も言えない。それはおたくも同じだろ。獅子王機関の舞威姫が、こんなところで誰を探しているのか、なんてのはさ」

 

 向こうは紗矢華の正体を知っていて、こちらは知らない。

 情報でアトバンテージを取ってるのは、明らかに向こう。

 それは理解しているが、何もかも見透かしたようなその物言いに、かすかな苛立ちは隠せない。

 

「取引をしよう。こちらもちっとばかり困ったことになってる」

 

 その神妙な声はあながち演技とも思えない態度で、紗矢華は半信半疑のまま先を促す。

 

「獅子王機関の舞威姫に、どんな話を持ち掛けようっていうのかしら?」

 

「まず俺からの条件は、俺の正体を口外しないこと。古城にも、姫柊雪菜にも」

 

 ……なるほど。

 雪菜が暁古城――<第四真祖>の監視役であることを知ってる。だが、それを知ってるという事実を相手に知られるのは困る立場にいる。

 つまり、考えられるのは、雪菜の動向も含めて暁古城を監視する役目。

 

「そして、見返りは情報だ。たぶん、今あんたにとっても価値のある情報だと思うぞ」

 

「……情報って」

 

 暁古城、はついでで、雪菜が関わっている。

 ならば、紗矢華はそう簡単に譲歩されない。せめて、この男子高校生がどこに所属してるかは―――

 

「暁古城の居場所について」

 

 …………は!?

 

「わ、私は別にそんなこと知りたくもないんだけど……! いったいそれのどこに価値があるっていうのよ!?」

 

 言いながら露骨な反応を見せる紗矢華に、男子学生は、うわ、面倒くせぇ、とありありと書かれた表情を浮かばせる。

 とりあえず、話はこれで終わりではないので紗矢華の言い分をまるっと無視して、

 

「古城の奴、今、どうやら島の外にいるらしい」

 

 魔族特区の外に<第四真祖>が?

 紗矢華は表情を強張らせた。

 全面的に信じたわけではないが、もしその話が本当なら重大な問題だ。そう、その監視役に責任が問われてもおかしくないほどの、

 

「もちろん姫柊雪菜も一緒なんだが」

 

「な……ん……」

 

 二人揃って、外へ逃避行―――それは、まずい。

 大変乙女チックなメロドラマを迎えているかもしれない。

 

「実はあいつら、今ちょっと叶瀬夏音がらみの事件に巻き込まれてまずいことに―――」

 

 そこまで言って、やめた。

 不意に言葉を切ったが、紗矢華としては『叶瀬夏音』というキーワードに詳細に話を聞いてみたいところだが、相手は何故か苦悩するように蹲り、ぐったりと頭を抱えていた。

 だらだらと脂汗まで流してる。

 

「どうしたの?」

 

「まずい……て言うか、最悪だろ。なんであいつらがここに来るんだ!?」

 

 あいつら? と首を傾げた紗矢華も、その耳を澄ませば―――声が聴こえた。

 

『あの古城(バカ)は、私の美術課題を手伝うって約束しておきながら、それをすっぽかすなんて!』

『ホント! クロウ君も一緒に遊びに行こうって約束してたのに、学校さえ来なくなっちゃったし!』

 

 この建物に近づいてくる気配。

 既視感さえ覚えるこの先の展開に、紗矢華も頭を抱えたくなった。

 そして、まず垢抜けた私服姿の女子高生が修道院のドアを開けて、幼馴染な男子高校生――矢瀬基樹と、紗矢華の姿を、そして紗矢華は、女子高生――藍羽浅葱を同時に視認し、

 

 

「「あーっ!?」」

 

 同時に指差し、

 

「あんた、この前古城に襲い掛かった通り魔!?」

「あ、暁古城の浮気相手!?」

 

 お互いに失礼な言葉を投げ掛ける。その失礼な言葉にお互いは目を細めて、キャットファイトでも始めんばかりに距離を詰めてく。

 

「だ、誰が浮気相手よ!?」

「こっちこそ、通り魔なんかじゃないんだけど!?」

 

 流石に掴みかかるような展開とならなかったが、罵倒の言葉を繰り広げていく両者。そんな状況に割り込まずただ傍観する矢瀬の前に、もうひとり――暁凪沙が教会に続けて入り、

 

「どうしたの、浅葱ちゃん―――あ、アスタルテでも、メイドさんじゃなかった人?」

 

「そ、その紹介は正しいんだけど……」

 

 その発言に紗矢華は気勢を削がれてしまい、少女の姿を見て、浅葱も同じく。

 矢瀬は疲れながらも、一端とはいえ落ち着いた事態にチャンスと声をかける。

 そして、親友に悪いと思いつつ、その矛先を返せてもらう。

 

「まあまあまあまあ、その辺のことは捕まえた後で古城に訊いた方がいいんじゃないか、ご両人。あの野郎、今頃、姫柊ちゃんと街の外へ逃避行してんだからさ」

 

 

金魚鉢

 

 

 飲み水を確保し、風雨をしのげるキャンプも見つけた。

 そして、『仮面憑き』の資料は見つけられなかったが、料理。

 

 獅子王機関で生存訓練(サバイバルトレーニング)を受けたことのある雪菜は、実に手際よく石を積んでかまどを造り、集めてきた枯れ枝であっさりと火を点けて、集めてきた食材を包丁の代わりにその長い銀槍を器用に操り、切り刻んで………調理、した。

 その成果が、今古城の前にあるテーブル代わりの朽木の上に並べられている。

 が、

 

「えーと……これは?」

 

「椰子の実です」

 

 少し得意げに答える雪菜に、古城はどう反応すべきか困ったが、とりあえず次の皿。

 

「……この白いのは?」

 

「椰子の実の千切りと、椰子の実の桂剥き、こちらが椰子の実と海水のスープです」

 

「なかなか独創的な料理だな。なんか子供のころに凪沙に付き合わされて腹を壊したおままごとを思い出す」

 

「なぜ今そのエピソードを思い出したのかが気になりますが、不愉快な気分になりそうなのであえて問い詰めるのはやめておきます」

 

 これでも古城は慎重に言葉を選んで感想を述べたつもりだが、雪菜は頬を膨らませてこちらを睨んでくる。まあ実際、手に入る食材が椰子の実だけでは、他に調理のしようがないだろう。それも<雪霞狼>しか道具がない中でわざわざ用意してもらっておいて、文句を言える立場ではない。

 

「お味はどうですか?」

 

 椰子の実の汁をすする古城に、期待と緊張の両方に揺れる雪菜の眼差しが向けられる。

 それにどう返すべきか、古城は眉間にしわ寄せて思案する。

 

「うん……なんて言うか」

 

 横から椰子の実の刺身を摘まむ手。

 

「う。椰子の実だぞ。それ以外味がしないな」

 

「そうだよな。普通に椰子の実の味だよな」

 

 はっはっはー、と肩を叩いて、意気投合。

 頷き合う二人に、雪菜は喜んでいいかわからない微妙な表情を浮かべて。

 

「はあ―――て、え」

 

 ………………

 …………

 ……

 

「むぅ。全部同じ味だ。それに肉がないぞ。椰子の実以外は見つからなかったのか?」

 

「……おい、それ以外に言うことはないのか」

 

「? あ! ごちそうさまを忘れてたぞ」

 

 気づく。

 全品つまみ食いされてからだが、このわりと切迫した状況下での暢気な返しに、これが幻術でもなんでもない飲み食いする実体であることが確かなのが判明した。

 いや、それはいい。

 あまりに自然に割って入ったので気づくのに遅れたが、何食わぬ顔で食事するこいつもコイツだ。

 感動の再会とか、突然の離別に対する悲嘆怒りと言った喜怒哀を表現する気も失せさせて、楽のひとつしかできなくさせるようなその楽観的な反応。

 日々の担任の頭痛を分かち合えたように頭を両手で抱えてる古城は置いて、喜びより呆れが3:7で勝る表情を浮かべる雪菜がおそるおそる声をかける。

 

「クロウ、君?」

 

「おう。久しぶりだな、姫柊。それに古城君も」

 

 元気よく、級友の雪菜に返事する――故郷の森へ帰ったと言われた――南宮クロウ。

 こんな無人島でも手袋コート首巻の厚着装備で、呆気からんとしてる後輩は古城の知る限りひとりしかいない。

 

「こんなところでどうしたのだ? 迷子か?」

 

「それはこっちの台詞だクロウ!!」

 

 飼い主に代わってその頭を拳骨落としても情状酌量の余地はあると思う。

 

 

閑話休題

 

 

「え、っと、まず、クロウは森に帰ったんだよな?」

 

「? 森には帰ったぞ。でも、墓参りに一日もかけないぞ」

 

 無人島全体に響き渡る暁古城の全力のツッコミの後、後輩に状況説明を要求する。

 

「じゃあ、なんで絃神島に帰ってきてないんだよ! もしかして何か事件に巻き込まれたのか?」

 

「おう、なんか森から出たら、ニンジャが待っててな。『我が主君の命で、叶瀬のことで話を聞きたい』って頼まれたから、お城に行ったのだ。

 そこで、ニンジャの主君であるフォリりんが待ってて、フォリりんの祖父さんが昔に隠し子作ったのに、中々浮気を認めないから困ってるっていうから、オレ、『祖父さんはウソついてる。叶瀬と同じ“血”の匂いがするぞ』、っていってな、

 そしたら、『そいつは出鱈目だー、モノども出会えい出会えい!』って騎士とチャンバラごっこやってる間に、フォリりんの祖父さんがお城の隠し扉で逃げたから、オレが出口に先回りして捕まえて、皆のところへ連れ戻したら、フォリりんの祖母さんがもうカンカンに怒ってて、

 それで、お城の皆が大混乱で、フォリりんの祖母さんは『叶瀬のことどうすんだー』とか『責任とりなさいー』とか、『その子に謝りなさいー』とか、ニンジャも『殿中でござる殿中でござる』って騒いでて、フォリりんだけ面白がって笑ってたけど、

 そしてオレは帰ろうとしたんだけど、『重要参考人だから途中退場はダメ』だってフォリりんに言われて、いやだって断ったらニンジャが『御代官様ここはひとつ……』、って山吹色のお菓子をくれて……うん、おいしくて全部食べちゃったから、その対価報酬でお家騒動にしばらく付き合うことになったのだ」

 

「待て待て待て待て。凪沙並に話が長い。聞いてるだけで頭がいっぱいになったが、色々とあったのはわかった。北欧でニンジャとか時代錯誤どころか和洋折衷入り乱れてる状況自体がすでに混沌してると突っ込みたいんだが、

 ―――まずそのフォリりんって誰だよ?」

 

 大まかにだが、この後輩は旅先で頼まれごとされて、何やら同級生が関わる事件に巻き込まれてしまい、帰れなくなったことはわかった。そして、その原因を作ったと思われるのが、

 

 

「それはわたくしのことです暁古城」

 

 

 呼ばれる出番を待っていたかとさえ思われるようなタイミングで、その優美な人影が姿を現す。

 軍人にはとても見えないが、軍隊の儀礼服を思わせるブレザーと、編み上げたブーツを着こなす、古城と同年代と思しき少女。

 銀髪碧眼に、日本人離れした端整な容姿。

 そのパーツパーツだけでも逸品のそれを組み合わせて、天工が魂を注ぎ込んだとした思えぬその美貌。

 見惚れずにいられぬほど、彼女の在り方は鮮烈であり、そして、どこか見覚えた感に記憶がくすぐられる。

 そう、その月の女神と見まがいそうなそれは―――叶瀬夏音に似ているのだ。

 

「あなたは―――?」

 

 つい、丁寧語を使ってしまう。

 そう、たとえば美しい宝石が、その価値を知らぬ者にも、権威の象徴として通じるように、古城は一目でその格を悟る。

 

「ラ=フォリア=リハヴァインです。ご指名に預かり光栄です、暁古城」

 

 唇をつりあげて、少女はドレスのスカートをつまむお辞儀(カーテシー)

 その動作に打ち震える芸術家もいるだろう。単に外見だけでなく少女には常人には得難い美質が具わっていた。オーラと言っても聖霊と言ってもいい。古来から、多くの批評家たちが芸術を表現する際、どうしても言葉にし切れぬ何かをそう叫んできたように。

 けれども、それと負けず劣らずに美少女な後輩らと接してきた古城は、その優雅な微笑を真っ向に受けても我を忘れないだけの度量がついていた。

 とはいえ、

 

「どうして俺の名前を?」

 

 そんなのは後輩に訊けば知れるだろうとも冷静に考えればわかるが、今それだけの余裕は古城にない。

 不思議そうにラ=フォリアと名乗る少女は目を瞬かせつつも、古城の問いに答える。

 

「暁古城なのでしょう。先代アヴローラ=フロレスティーナより十二の眷獣を継ぎ、日本に出現した<第四真祖>の」

 

「ああ……そうだけど……」

 

「では、ついてきてください。急な来訪ですけど、歓待の準備はできています」

 

 戸惑う古城を放置して、ラ=フォリアは一方的に会話を打ち切る。

 古城の話を聞く気がないというより、自分のペースで行動することを当然のように感じているのだろう。実際の口調以上に高飛車な印象を受けるのはそのせいか。

 貴族めいた豪華な服装から察するに、育ちのいい令嬢なのは確かであるが、まるでお姫様気取りだな、と初回のインパクトからようやく調子を取り戻しつつある古城は少し呆れた。

 

「なあ、その前にお前が誰なのか教えてくれないか」

 

 長く溜息をついてから、呼び止め、振り向いたラ=フォリアを古城は今度は真っ直ぐに見つめる。

 古城の正体、そして先代の<第四真祖>の名前を知っている彼女が、単なる金持ちの令嬢であるはずがない。

 

「さっきのクロウ君の話……それにその名前……」

 

 雪菜はすでに正体を感づいたようだが、ラ=フォリアは、静かに古城を見返す。その氷河を閉じ込めたような碧い瞳――叶瀬夏音と同じ色の瞳で。

 そして、改めて威厳を以てその名を告げる。

 

 

「ラ=フォリア=リハヴァイン―――北欧アルディギア国王ルーカス=リハヴァインが長女。つまり、北欧アルディギア王国で王女の立場にあるものです」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 王女の乗ってきた救命ポッドは、王族専用船というだけあって恐ろしく豪華な仕様であった。

 プラスチックの殻に覆われた卵形の本体と、自動で膨らむゴム製の浮力具というその形状ならば、古城の想像する救命ポッドから大きく外れてもいない。

 けれども、腐食せず、錆びず、導電性に優れて落雷に強いということから、外装は純金張り。

 内装は本革で狭いながらも立派なベットを備え、飲料水や食料はもちろんのこと温水洗浄便座まで備えている。遭難しても快適に過ごせることだろうと配慮が行き届いてる。キャンプしようとしていた冷たく吹き抜けた石床のトーチカとは段違いだ。

 そして、

 

「……そういえば、木に爪痕がついてたが、あれってお前だったのか?」

 

「一応、『こっからは危険だぞ』って“警告”の意味もあったけど、樹液を取らせてもらったんだぞ。椰子は実よりも、樹液の方が甘いのだ。ヤシ糖っていう強い糖分があってなー。実を食べることもできるけど、オレはやっぱり甘い方が好きなのだ」

 

 その救命ポッドの近くに簡単ながら、けれどしっかりと組んだ小屋があり、そこに寝床っぽい椰子の葉を積んだ場所と、先ほどの雪菜が造った簡易な石かまど。

 そして、その横には地中にあったのだろう芋が十数個ほどごろごろと入った笹籠。

 火の入れたかまどの上に、海の幸料理の材料だった海底にあった大きな貝殻を鍋代わりにして芋がぐつぐつと茹でられており、同じように煮詰めた椰子の樹液を加えてすり潰し―――甘い餡子の出来上がり。

 他にも海水から藻塩をとったり、海に潜って取ってきた魚を切って捌いて焼いて、数種類のハーブを添えたものやきちんと出汁を取ったスープなど揃ったディナーが、この島に群生する竹を加工した食器に乗せられて、救命ポッド前に置かれた木のテーブルに運ばれる。

 

「うん。うまいな。ちゃんと料理って感じがする」

 

 先の椰子糖和えの芋餡子を口にした古城は、その確かな味にうんうんと頷く。他の焼魚も焦がしたりしておらず、いい塩梅に味付けがされている。

 それを見た雪菜は、自分も一口ずついただき、

 

「そんな、まさかクロウ君に負けるなんて……」

 

「……オレ、機械とかと致命的に相性が悪いからご主人に厨房に入るなって禁止されてるけど、森で暮らしてた時は、ちゃんと自炊してたんだぞ」

 

 級友のあまりの狼狽っぷりに、ジト目でふて腐れるクロウ。

 そんな、後輩は救命ポッドにあった王家御用達と思われる缶詰、のかんぱんに先の芋餡子を乗せてもそりもそりと食べてる。

 

「サバイバルを満喫してるな、クロウ。普通は、食い物を見つけるだけでも大変だと思うが」

 

「そうか? ここ人いないから、採られてない食い物いっぱいあったぞ。ちゃんと探したのか、古城君」

 

 きょとんと首を傾げる森育ちの野性児。

 ここに来る途中で、女子二人が使った、湧水を利用した使用者からなかなか好評な天然のシャワールームがその小屋と同じように作られていたが、衣食住を大自然の中で確保するとは人より生存能力(サバイバルスキル)が高いらしい。ただ、彼には純粋に疑問に思うことでも、人によってはそうではない。

 

「ああ、まあ、来たばっかりだしな……」

 

「……なんですか、先輩。椰子の実しか調達できなかった私に何か言いたいことがあるんですか?」

 

「いや、姫柊、別に俺は……!?」

 

 なるべくフォローするつもりで言った古城だが、先から雪菜の反応が怖くなってきてるのは気のせいではない。

 そして、そんな危険な状態で追い打ちをかけるように、歓待の主催者は慣れた様子で目配せし、

 

「クロウ、そろそろ二人にデザートをお持ちなさい」

 

「う。わかったぞ」

 

 立ち上がり、少し離れた場所にある樹木のひとつの前に立ち、ぱんぱんとお参りするように拍手してから、その手袋を外した手を当てる。

 

「お前のちょっとだけいだたくぞ」

 

 <嗅覚過適応>の発信側の応用術『香付け(マーキング)』。

 自身の生命力を分け与えて生長を早めた植物から実った、その果実をきっちり人数分だけ採る。

 テーブルに運ばれ、それを一口サイズに切ったそれを古城は口にしたが、外見だけでなくきちんと中身も新鮮な、甘く酸っぱいトロピカルフルーツ。

 

「見つけるどころか、作ってくるって、すごいなお前……ってか、なんで使用人っぽい真似してんだ?」

 

「フォリりんに付き合ってもらってるのだ。格式あるマナー講座ってやつだぞ」

 

「ええ。この子にわたくしが練習台となって教えて差し上げているのです」

 

 いかにも付き合ってあげてるという風だが、楽してるのは変わりないのでないかと古城は思う。

 

「あと、果実とかお魚とか採ってくるとカンパンを交換してくれるのだ」

 

「今の話を聞いて、猿蟹合戦を思い浮かべた俺は間違っているか?」

 

 仮初の主に上手い具合に躾けられているようだが、言葉巧みにこの後輩が操縦されてないか先輩として不安になる。

 と、きゅるる~、となるそのお腹。

 

「クロウ、お前、それだけで足りるのか?」

 

「うーん、朝ご飯に4つ食べたから、夕ご飯は3つって決めてるんだぞ」

 

「いや、それならさっきみたいに果実を作ってくりゃいいんじゃないのか?」

 

「それはダメだぞ」

 

 きっぱりという後輩に、古城は意外そうに見る。

 結構な大食いだから、お腹を満たすまで根こそぎかと思ったのだ。

 そんな先輩の思い込みに、しばらく飼い主(仮)であった王女様はくすくすと笑いながら、

 

「その子は、生態系は壊しませんよ暁古城。野原を歩いても草花を踏まない仁獣と同じです」

 

「それに花は水をあげ過ぎると根元が腐って枯れてしまうのだ。だから、オレの気を分けるのはほどほどにしないとダメなんだ。とり過ぎてもいけないし、あげ過ぎてもいけないのだ」

 

 勉学面に不安はあるようだが、自然に生きるための知識とその(ルール)を知っているようだ。

 

「とはいえ、そろそろ事が動くでしょうし。空腹のままにはさせておけません。食べなさい」

 

 言って、自身の分の残りのカンパンを差し出す。

 わーい、とそれをいただこうと―――

 

「―――待て」

「う」

 

 直前でストップが掛けられる。

 ぴたりとさらに伸ばされた手が止まる。

 

「うずうず」

 

 しばらく、後輩に我慢してから、王女様は、ぱんぱん、と手を叩く。

 

「よし」

 

 うまうまはぐはぐ、とカンパンを食べてる後輩に、古城は今の一連のやり取りからふとある――後輩にお似合いな――心理学用語が思い浮かび、頬を引くつかせながら、良い笑顔をしてる王女様にひとつ問う。

 

「……え、っと、今のは何だ」

 

「こうして、食事を与える前に手を叩くことで犬に条件反射を身につけさせるとものの本で読んだことがあります」

 

「やっぱりパブロブの犬か!? 遭難してる間、相当こいつ躾けてるよなあんた!?」

 

「ええ、とっても素直でいい子で……おかげで、この無人島も退屈しないで済みました」

 

 満面の笑みでいう生まれながらにして上に立つ王女様。天然犬気質で、天上天下唯我独尊な担任様にしっかりと鍛えられた後輩もまったく気にしてないというか、なんだかかんだで幸せそうだし、ひどいことはされてないだろうと思う。だが、古城はがっちりと合った相性の良さに疲れたように、がっくりと肩を落とした。

 

 さて、腹も膨れたところだし、

 

「それであんたのことは、なんて呼べばいいんだ。殿下でいいのか?」

 

 古城の言葉に、ラ=フォリアは少しむっとして、

 

「ラ=フォリアです、古城。殿下も姫様も王女も聞き飽きました。せめて異国の友人には、そのような堅苦しい言葉で呼んでほしくありません。あなたもですよ、雪菜」

 

「え? いえ、ですが、しかし……」

 

 びっくりしたように首を振る雪菜。一応、彼女は獅子王機関という政府機関に属する一員だ。外国の王族とそのように馴れ馴れしい距離間にはやはり抵抗を感じるのだろう。

 が、

 

「? フォリりんはフォリりんと呼んじゃダメなのか?」

 

 きょとんと首を傾げる同級生。そう純粋な反応を見せられると自分の行いに疑問を持ってしまうが、やはり駄目である。しかし、一般常識に正す前に、ゆっくりと首を横に振る王女。

 

「いいえ。いいんです。郷に入れば郷に従え。殿下も姫様も王女も関係ないのです。日本に来たのなら、お互いを愛称で呼ぶ和風に合わせなければいけません」

 

「そうなのか。フォリりんはニッポンの文化に詳しいぞ。オレもビシッと決まる決め台詞を考えてもらったのだ。姫柊も考えてもらったらどうだ」

 

「まあ、いいですね。ここのところ日本の文化は魔女っ娘なるものがブームとなっておりますから―――」

「―――いえ、僭越ながらご尊名で呼ばせてもらいます、ラ=フォリア」

 

 このままだと流されて、とんでもないことを戦闘中に言うような展開になりかねないと雪菜の未来視の霊感が覚った。

 

「で、クロウもだが、あんたはなんでこんなところにいるんだ?」

 

「わたくしがある件に祖父の名代として、絃神市を訪問する途中で、船が撃墜されたのです」

 

 事も無げな口調でいうので、反応が遅れてしまったが、古城たちは驚いた。

 

「撃墜……!?」

「ひょっとしてメイガスクラフトにですか?」

 

 古城たちが問い掛ければ、ラ=フォリアは首肯を返す。そして、僅かに目を伏せて、

 

「おそらく、わたくしを拉致するためでしょう」

 

 その日、護衛の騎士団と共に、高度1000mを移動する王家の装甲飛空艇で絃神島へと向かっていたラ=フォリアだが、ちょうどこの付近の海域に差し掛かった深夜に突然の蹴撃を受けた。

 それに最初に気づいた騎士団の一隊は皆犠牲となり、そして、無力な侍従まで襲撃者たちの牙は伸びて―――

 

「それをこの子に助けてもらったのです」

 

「クロウが……」

 

「う。ご主人がチケットとってくれたんだけど、絃神島まで一緒に乗せてってくれるっていうから、オレも乗ってたんだ」

 

 『王女の友人』としてそこに居合わせた後輩がそれを撃退。王女はまず無力な侍従たちに避難するよう命令し、それから生き残っている騎士たちに仲間を連れて大型の救命ポッドで脱出するよう指示。そして、クロウに最後まで残っているだろう護衛団長を無理にでも逃がすよう頼んだ。

 そうして、飛空艇は爆破したが救命ポッドに乗り込んでいたラ=フォリアだが、潮の流れからか他とは逸れてひとり遭難。そこへ漂流していた救命ポッドを間一髪で脱出したクロウが見つけたのだという。

 

「あいつらが『天使』って呼んでたの。アレ、ヤバかった。だから、すぐに逃げたんだぞ」

 

「! 『仮面憑き』か。やっぱりメイガスクラフトの連中か!」

 

 しかし、となると相手の目的は、身代金か。それとも、

 

「彼らの狙いはわたくしの身体――アルディギア王家の血筋です」

 

 アルディギア王家に生まれた女子は、ほぼ例外なく全員が強力な霊媒。

 雪菜のようにごく稀にしか表れない資質が、必ず出る血統なのだという。

 そして、それを危険を冒してまで一国の王女を攫おうとした理由は、

 

「メイガスクラフトに雇われている叶瀬賢生はかつてアルディギア王国に仕えていた宮廷魔導技師でした」

 

 故に、叶瀬賢生が扱う魔術の奥義は大半が、アルディギア王族の力を霊媒として必要とする。

 

「叶瀬賢生って……叶瀬夏音の父親のことか?」

 

「いいえ。あの男は叶瀬夏音の本当の父親ではありません」

 

 夏音は5年前まで修道院でシスターと暮らしていた。

 そして、ラ=フォリアと夏音の似過ぎている容姿。明らかに血の繋がりを感じさせる。

 

「彼女の本当の父親は、わたくしの祖父です」

 

 15年前にアルディギアに住んでいた日本人との間にもうけた女子、それは叶瀬夏音。

 それは祖母――当時の王妃にとっては浮気である。だから、叶瀬夏音の母親は、出産の直後に祖父に迷惑をかけまいと日本に帰国。

 そのことを後で知った祖父が建てたのが、夏音が子供のころに育った修道院。

 

「ちょっと待て。あんたの祖父さんって、アルディギアの先代国王だろ!? その人が父親ってことは、叶瀬の立場は―――」

 

「わたくしの叔母、ということになりますわね。王位継承権はありませんが、アルディギアの血を引く王族の一員であることに違いありません」

 

 しかし、そこでちょっとした事件が起こったのだ。

 

「先日、天寿を全うした祖父の腹心からの遺言で、叶瀬夏音の存在が発覚しました。しかし、祖父は浮気を中々認めようとはせず、そこで『戦王領域』の貴族アルデアル公ディミトリエ=ヴァトラーから助言が届いたのです」

 

「ヴァトラーの奴が……っ! って、あんたあいつと知り合いなのか!?」

 

 意外なところからその名前が出てきたが、アルディギアは『戦王領域』と隣接しており、国交もある。それでも内部事情にまで口を挟んでくるのは非常識であるが。

 

「『ちょうどアルディギアに向かっている、南宮クロウという人物はその血統の真贋を嗅ぎ分けることができる。それは彼の<空隙の魔女>の折り紙つきである』と」

 

 ……なんだかその紹介だと、ヴァトラーの奴が後輩を有用な人材としてアルディギアに派遣したと思われるのだが、それは古城の気のせいだろうか。

 

「そして、叶瀬夏音とも友人だとも聞きました。王家の問題に他国のものを関わらせるのはいかがなものかと思いましたが、祖母が大変気にかけておりまして」

 

王太后(おくさん)が? 前国王(ちちおや)じゃなくて?」

 

 古城は訝しげに眉をあげた。

 王太后とは、つまりはラフォリアの祖母で、夏音は血の繋がらないどころか、旦那の浮気相手とできた不貞の娘だ。なのに、気に掛けるとは。

 

「もともと叶瀬夏音のお母様は、祖母のご友人だったそうです」

 

「へぇ……いい人なんだな」

 

 素直に古城は感心した。

 が、

 

「しかし、祖父はクロウの証言にも認めることはせず、どころか、ウソをついてると騎士を向ける始末でして。その混乱に乗じて当人は逃亡しようとしたのですが、この子が捕まえました。紹介状通りの優秀な子です」

 

「王太后とはずいぶんな差があるもんだな」

 

 ひやり、と。

 咄嗟に顔を背けた古城だが、無表情に見上げてくる雪菜が怖い。そして抑揚の乏しい声で、ポツリ、と。

 

「本当に許せないですよね。そういう無責任な人は」

 

「あ、ああ……」

 

 真綿を詰めるように息苦しくなる古城。特に疾しいことはないはずなのに、席をずらして距離を取ってしまう。

 

「少し目を離すとすぐに別の女の人と仲良くなって。それが、他の誰かの友達だったとしてもお構いなしで……」

 

「あ、あのさ姫柊……? それってラ=フォリアの祖父さんの話……だよな?」

 

「はい、もちろん。それともほかに心当たりがありますか?」

 

「い、いやそれは、なんというか」

 

 シンクロ競技のように二つの眼球を泳がせる古城。

 淡々と訊き返してくる彼女の言葉に、漠然とした危機感が徐々に形を持っていくようで。

 

「クロウ君も、そういう無責任な人がいたら、必ず、私に教えてくださいね」

 

「っ!?」

 

 びっくぅ!? と雪菜が視線をちらりと向けられただけで後輩は跳び上がる。

 

「こ、古城君!?」

 

 がっちりと古城の腰かける椅子を掴むクロウ。

 

「バカ何故そこで俺を呼ぶんだクロウ!? 誤解されるだろ!?」

 

「だってだって、姫柊すっごい怖いんだぞ!? フォリりんの祖母さんも怖かったけど、姫柊も怖いー!?!?」

 

「だからって、おま、俺を犠牲にするのかー!?!?」

 

「古城君も悪いことしたら謝るのだ! 逆らっちゃダメだぞー!」

 

「だから、俺は何も悪いことはしてないっつってるだろ。これは祖父さんの話で―――」

 

 と泣きながら少し離したはずの席を、雪菜の方に盾にするよう押し出す後輩と、それにブレーキをかけて抗う先輩。

 自分の首によく鳴る“鈴”がついた首輪をきつく絞められたイメージをその時古城はした。

 どうにか、この“鈴”を懐柔しない限りは自身の未来がないような気がしてきた。だが、釘を刺す、それも槍並に特大の釘を刺されて説得は容易ではない。

 とそんなやりとりを喜劇のように鑑賞する王女は―――笑顔でさらに燃料を投下する。

 

「そういえば、私の護衛をするはずだった獅子王機関の煌坂紗矢華は、第四真祖の愛人のひとりだそうですね。情婦として、愛欲にまみれた淫猥な関係だと」

 

「ぐほっ!? がほっ!? いや、煌坂はべつに―――」

 

「そして、彼女は雪菜と大の仲良しで、まさに姉妹のような関係だとか。……うふふ、ここ最近、これと似たような話を聞いた気がしますね―――さて、話を戻しますが」

 

 と言うだけ言って、何事もなかったように話を進める。

 この王女様がとてもいい性格してる事を古城は理解した。

 

 

 

「それで祖母は怒り狂っ……いえ、王宮内は今、少々混乱しております。ですが、叶瀬夏音をこのまま放っておくわけにはいきません、この状況ならばなおさら」

 

 アルディギア王族を霊媒とする魔術を行うために叶瀬夏音を養子にし、その義娘を今、叶瀬賢生が実験台としている。

 

「……あなたは知っていますか、古城? 賢生の魔術儀式がどのようなものか」

 

 その問いかけにはこれまでにない深刻な響きがこもっており、自然、古城も表情を引き締めた。

 

「俺たちが見たとき、叶瀬は……怪物のような姿に変えられて、自分の同類と殺し合ってた」

 

「そうですか。やはり賢生は<模造天使(エンジェル・フォウ)>を」

 

 聞き慣れなくても、その禍々しい響きのする言葉が示すのは、賢生が研究していた魔術儀式。

 『人為的な霊的進化を引き起こすことで、人間をより次の存在へと生まれ変わらせる』ことを目的とする。

 

「それで、叶瀬があんな姿になっちまってるっつうのかよ……」

 

 激しい憤りを古城は覚える。

 不揃いな醜い翼を広げ、同類の喉を噛み千切っていた夏音。

 それが霊的な進化に必要だとか、『天使』になるだとか、一体どうやったら信じられるというのか―――?

 

「―――来たのだ」

 

 古城とラ=フォリアが見つめ合う息苦しい沈黙の中、クロウと雪菜が唐突に立ち上がった。クロウはそのコート、首巻、帽子を脱いで肌を外気にさらし、雪菜は手に取った銀槍を、滑らかにスライドさせてその刃を展開させる。

 戦闘態勢を整えた。

 

「クロウ? 姫柊?」

 

「船です」

 

 雪菜が示す先。

 夜闇に溶け込めるよう色は黒の軍用揚陸艇。

 それが海面で水飛沫を散らしてこちらに迫っている。

 

 救命ポッドには、救難信号の発信機が積まれている。これまでメイガスクラフトに傍受される危険を回避するために使用は控えていたが、古城たちをむかえた以上、もはや恐れる必要はなくなった。付近の海域には王女の捜索隊が派遣されているだろうし、救命ポッドから救難信号を発信すれば、彼らはすぐに駆けつけてくるだろう。

 だから、

 

「これまで何度かこの島にも来ていましたが、あの揚陸艇は無人。そしてメイガスクラフトの戦力は、機械人形(オートマタ)です。クロウが相手すれば容易ですが、わざわざそれに付き合うこともありません。あなたの眷獣ならば、船ごと沈められますね、暁古城」

「―――待つのだ。あれには人が乗ってる」

 

 初手の強襲を制止するクロウは言う。

 その超能力で拡大された嗅覚が敵の陣容を目で見ずとも計り取る。

 

「船を襲った奴らが“たくさん”と、知らないのがひとり」

 

 

 ―――そして、叶瀬がいる。

 

 

 

つづく

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