ミックス・ブラッド   作:夜草

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魔女の迷宮Ⅱ

???

 

 

 一瞬だけ過った、失われたいつかの記憶。

 

 

 まるで、“水晶”に見えた。

 

 ―――お、前……その身体っ。

 

 その左腕が指先から肘の辺りまで、異常に硬質化し、水晶とも紛う変化を果たしていた。

 

『……そっか、力を使い過ぎたんだな』

 

 しょうがない、とあっさり後輩はそれを認めた。

 

 神罰を目の当たりにした者は、一瞬で塩の柱と化すという話がある。

 

 それは、岩塩に酷似した状態だった。

 神話の英雄が、ここぞというときに豪力や生涯一度の絶技を発揮するように、彼の禁じ手は、その寿命を削り出して、燃やす。どのような代償が出るかは個体種により様々であるが、神罰に等しき眷属に抗うには、それも当然であったか。

 今や燃え尽きて、それが炭となるように、身体は徐々に塩の塊となっていく。

 

『うん、まあ。多少やり過ぎたぞ。……でも、今度はちゃんと守れたのだ』

 

 ―――やり過ぎたじゃねぇだろ馬鹿野郎っ!

 

 後輩の肩を掴もうとして、何かが剥がれる感触があった。

 熱反射のようにすぐの手を引く。

 災厄の如き暴威に耐え抜きながら―――もう、その身体は、下手に触れば砕け散る。

 ぴしり、とその肩に亀裂が入るのを見てしまった。

 

『不思議なのだ。初めての時はあんなに嫌われて、怪物って言われて結構傷ついたのだ』

 

 初めて会ったとき、後輩が、真祖の眷獣をも屠るほどの存在だと知らなかったが、向かい合っただけでわかった―――

 刺すような……血の疼くような強い“気”の力。

 近寄るな。

 近寄れば間違いなく()られる。

 ……妹だけではない、自分も怯えていたのだ。

 

『でもな、どうしても傍にいたかったんだ。ご主人が手を伸ばしてくれたおかげで、オレはここにいるけど、今度はオレから誰かに手を伸ばしたくなったんだ』

 

 ……ふざけてんじゃねぇぞ。

 こんな後輩に―――

 

『……だから、ここで初めてオレから声をかけた子と、絶対に仲良くなるんだって決めてたんだぞ』

 

 脚に、罅が入る。

 まだ、人の形は保っていてもその端から、腕が、胴が、首が、風に吹かれてパラパラと欠けていく。

 あまり時間はなくて、ここまで脆くなっていると、口を動かすだけでも危うい。

 

『それに、ご主人じゃないけど、■■君は、何か、こう、ついてきたくなる……そう思わせるような“匂い”がしてたのだ。

 ■■君の周りにはいつもみんながいて、■■君が受け入れてくれてオレも混ざってると、いつの間にか寂しくなくなってた』

 

 ついに、顔にまで罅が入り、声が段々とぶれていく。

 

『森から遠く離れたけど』

 

 その五感が、壊れていた。

 “鼻”で、もう感情を嗅ぐこともできないはず。

 それでも、こちらに、気にするなとでもいうように笑って、言葉を紡ぐ。

 “血”に選ばれた真祖の従者へ、ではなくて。

 ただの、お世話になった先輩に向けて。

 

『この島で、一緒に過ごせて、楽しかった、のだ……』

 

 ―――まったくだ。

 

『じゃあな、先輩』

 

 ―――怪物だなんて、大層なもんじゃない。

 

『■■ちゃん、それにお前も、幸せにな』

 

 ―――こいつはただの……馬鹿で大食いの、世話の焼ける後輩じゃねぇか

 

 

 

『……おい、後輩なら先輩より先に眠ってんじゃねぇぞ』

 

 妹は、救われた。

 だから、今度は、この『眠り姫』の番だ。

 これから、その眷獣の力で、自分自身を氷の棺に封印するであろう彼女。

 かつて遺跡の中で眠りについていたように。

 何百年間も、あるいは何千年間も、たった一人きりで眠り続けるだろう。

 

 そんなことにはさせない。

 彼女を二度とひとりきりにはさせない。

 自分もそれに付き合う。

 

 だから、妹を残すことになるだろうが、この後輩なら、“後を任せてもいい”かもしれない。

 ものすごく癪だから、絶対にそんなことは口にしたくないが。

 

『た、助ける。我の“後続機(コウハイ)”』

 

 無事、『原初(ルート)』との融合を果たした『眠り姫』が喚び出すは、青白き水の精霊(ウィンディーネ)

 それが振るうのは、吸血鬼の超回復を象徴する癒しの力で―――万物を回帰させる。

 

 

『任せたぜ、後輩』

 

 

とあるビル

 

 

 この建物の最上階に潜むのは、一大組織の部隊。

 <図書館>の『芸術(アーツ)』に属する魔導師魔女たち。

 個々に武闘派のメイヤー姉妹ほどの実力者はいない、どちらかといえば組織本来の在り方である魔導研究者であるが、多数で組織的に動く彼らは特区警備隊にも引けを取らないだけの戦力があり、

 まるまるビル一棟を買い取り、そこを自分たちの工房として改装――陣地作成をして、大魔女のいる敵地でありながら地の利を得ている。

 集団で魔術強化が施され、トラップが隈なく仕掛けられたそこはもはや要塞で、猟犬代わりに<守護者>の魑魅魍魎まで解き放っている。まるで、ちょっとしたロールプレイゲームに出てくるダンジョンだ。

 ただし、空間制御の結界を布いて異界化しており、入り口と出口を繋げたそこは一度入ると二度と外に出てこれず、そして、魔導師魔女のえげつない仕掛けと使い魔に殺される。

 故に、『芸術』はここに籠りながら、後顧に憂うことなく、忌々しい裏切者である<空隙の魔女(ミナミヤナツキ)>に妨害を―――

 

「―――御用改めである!」

 

 なんて空気を読まず、建物の中に入ることなく壁面の突き出た窓枠部分を足場に音も立てずに跳ねる。

 背にはメイド服を着た少女一人背負っているというのに、羽毛の如き身軽さ。魔術部隊総勢でリフォームした成果を一切合財ショートカットして、屋上まで駆け上がり、

 

「いくぞ、アスタルテ! 壬生の秘拳ローストチュロスパンチだ!」

 

「訂正。炙り焼きした(ロースト)砂糖菓子(チェロス)ではなく、<薔薇の指先(ロドダクテユロス)>です」

 

 どこかの甘い菓子パン頭のヒーローのような掛け声とともに、

 巨人の朧影を纏う銀人狼の左腕が真下の最上階フロア目掛けて叩き落とされた。

 

 直前にその奇襲の察知はしたが、『芸術』の部隊は反応が遅れた。あるいは、自分たちが“改装”した魔術要塞の強度を信頼していたのか。実際、この建物に施されている魔術強化は、鋼鉄を遥かに超えていた。

 

 結果。

 屋上――最上階フロアの天井ごと。

 『芸術』の部隊が、彗星の如き一撃に叩きのめされた。

 

 一瞬の停滞さえなく、瓦割りどころか、発泡スチロールでも割るかのようだった。

 それが直撃はしなくても、魔術師魔女はハンマーでぶん殴られたかのように数mも吹き飛ばされて、壁にぶつかるまで転がり、崩落した天井の瓦礫に呑まれた。

 そのまま勢い余って、少女を背負う銀人狼は、さらに二階下のフロアまでぶち抜き、衝撃の余波でビル壁に大きく罅を入れて、思いっきり引っかかった魔術的なトラップも吹っ飛ばした。しゅうしゅうと摩擦の煙でもあげてる左拳が、フロアの床に肘半ばまで埋まっていたのをあっさりと引き抜く。

 

「む。ちょっとやり過ぎたか?」

 

「否定。ちょっとではありません。魔女相手に張り切り過ぎだと思われます先輩」

 

 

 

 あれから、銀人狼とメイド――南宮クロウとアスタルテは、自宅に帰宅してしばらくして、一度自分らが捕えた魔女姉妹の逃亡の報を聞き、片っ端からその“匂い”の残滓のあるところに特攻を仕掛けていっていた。

 その夜通しの働きで、肝心の<アッシュダウンの魔女>は見つけられなかったが、警備隊には攻略至難な拠点に構えていた<図書館>からの尖兵と思われる集団を3部隊壊滅させ、数冊の魔導書を回収する成果を上げていた(建物破損などの被害もそこそこ出しているが)。

 

 そして、ここ最近、義務付けられるようになった定時報告である。

 それは、主の後輩でもある担任の笹崎岬にどんな意図があるのかと相談すれば『家出から帰ってきたペットに、抱っこして散歩するくらいに過保護になった感じだったり』との回答をもらったが、その後、虚空からいきなり現れた主に問答無用で教師生徒ともどもひっぱたかれた。

 

 とにかく、主へ9時の定時報告してからの第一声。

 

『………やり過ぎだ馬鹿犬』

 

 蒼銀の法被に耳付きの帽子と手袋を着こなす様がどことなく騎士に見える少年が、隣に侍る藍色の長髪に人形めいた美貌のメイドの少女がその両手で添えた携帯電話に耳をあてている。

 

 このわりと人目につくであろう奇妙な体勢は、少年が後輩に先輩強権で命じたものではなく、むしろ反対した少年に、主が絶対強権を働かせたものだ。なにせ持てば一週間で壊すか失くすクロウには持たせられず、結果、アスタルテが携帯電話を持つことになったという経緯である。そして、人型に戻っても、電話してる最中に間違っても握り潰さないよう、アスタルテに携帯電話を持たせて、今、那月と連絡しているわけなのだ。

 で、まず耳に入ったのは、主の那月の深い溜息だった。

 

「でも、あいつらご主人と同じ魔女なんだろ?」

 

『お前は主を見損なっているのか? 魔女にもピンキリはあるに決まってるだろう。馬鹿犬にもわかりやすいようにたとえて言ってやるが、同じネコ科でも猫とライオン、どちらも同じだというのか?』

 

「あ、なるほどだぞ」

 

 理解。

 懇切丁寧に戦力の詳細を一から丁寧に説明するのではなく、適当に、それも動物とかに絡めればいいのか、と電話を持つアスタルテは教官からこの先輩の扱いを学習していく。

 

『それで、もう捜さなくていい。お前の“鼻”も祭り騒ぎで“匂い”が雑多にかき混ぜられてるようだからな。それなら警備隊の人海戦術と効率は変わらん』

 

「? あの逃げた……「メイヤー姉妹<アッシュダウンの魔女>」―――そう、それって、猫は猫でも、あいつらドラ猫で、無茶苦茶暴れるから、警備隊も大変なんだぞ」

 

『そいつらだけではないようだがな。まあ、あの歳だけが上の、悪趣味で盛ってるドラ猫姉妹を主戦力に据えているようでは、底が知れる。<図書館(あそこ)>も随分と格が落ちたものだ。

 それに、逃亡は許したが、魔導書『No,193』までは奪われなかったからな。あれがなければ、警備隊連中で囲めば十分だ。

 馬鹿犬が暴いたドラ猫姉妹の<守護者>の情報も、アスタルテから伝わっているだろう。属性さえ分かれば対策も取れてくる』

 

 警備隊に花を持たせてやれ、と魔女は言う。

 すでにたった二人だけで複数の魔女部隊を撃破し、魔導書も回収するなど、“国家攻魔官の助手にしてはやり過ぎた”戦果をあげている。十分だ。あとは周りの面目にも配慮してやるべきである。

 

「じゃあ、オレ、何をすればいい」

 

 それに、二度目の深い溜息を吐く那月。

 

『……ったく。だったら、アスタルテに付き合ってやれ』

 

 クロウは、じーっと動かず、まるで電話スタンドという置物のように電話を持ち続けてるメイド服を着た人工生命体の少女を見る。

 

『アスタルテは、前夜祭が初めてだろう? 前の祭りに連れてってやったが、そこそこ場の雰囲気でも楽しめる奴だ』

 

 辺りを見回した街中の様子は、常にない賑わい。今日から一般の入場客にも『魔族特区』絃神島が解放される。

 この絃神島に一年以上住んでいるクロウは当然知っているが、10月最後の金曜日は、『波朧院フェスタ』の前夜祭で、夕方から様々なイベントが始まるのである。

 初めてこの絃神島に来たときは、森暮らしのクロウには目に映るあらゆるものが珍しくて、空を行くヘリコプターや、子供の操るラジコンを見ただけで、古城や浅葱などが呆れるくらいはしゃいでしまったものだ。

 そんなクロウも、今では(自称)ベテランである。

 

「う。わかったぞ。ご主人は、この機会に、アスタルテに先輩の威厳を見せてやれと言ってるんだな」

 

『お前に威厳というのがあればな』

 

 主の皮肉な返しにへこたれることもなく、もう一度、後輩を見る。

 無表情で話すときも唇をほとんど動かさず、初対面の戦闘時はあまりに希薄であったが、ここのところクロウは、その“感情(におい)”を大まかに嗅ぎ分けられるようになった。

 一度、すん、と鼻を鳴らす。

 それから察する“匂い”は、わくわくしてる、というのがクロウの中で一番当て嵌まるだろうか。

 

「よし。アスタルテ、オレの頭をなでろ」

 

「命令受託」

 

 と耳付き帽子を取って、ところどころ跳ねた銅色の髪の頭を突き出してくる少年に、メイドの少女が片手に携帯を持ちかえながら、空いたその手で頭をなでる。

 なでなで、と色的に予想された金属のような硬質さはなくて、意外と柔らかな髪質をさわさわ実感。

 どことなく充足感を覚えたような“匂い”がする。だが、何か圧倒されたとか感服したというのはない。

 この状況は小動物を可愛がる状況とさして変わらないのだとは当人は思ってもないが、なんとなくこれ違うくらいは察する。

 

「むぅ。いつもご主人が師父にやられて(やって)るのをしてみたんだか、違うか?」

 

『帰ったら、徹底的に主人の威厳というのをその頭に直接叩き込んでやるから覚悟しておけ馬鹿犬』

 

 主の真似をしたのに、主がお怒りだ。電話越しでなければ、脳天にお仕置きがされてただろう。

 それから、三度目となる溜息を吐いてから。

 

『先輩なら、後輩に何か飯でも奢るくらいしろ』

 

 流石はご主人、とクロウ。

 森で暮らしていた時も兄姉に喜ばれたのは、でっかい獲物をとってくることだった。ご馳走というのは野生であっても共通する。

 それにまだ朝食も食べてないので、クロウもお腹がグーグーと不満の声をあげている。

 うんうんと頷いていると―――

 

『で、もし、私からの定期連絡が途絶えれば、こちらで保護してる叶瀬夏音の下へ向かい、それを護衛しろ』

 

 ―――上下に動かしていた首を、ピタッと止める。

 

「ご主人……?」

 

 電話越しでは“匂い”は感じ取れない。

 だけれど、“主が昨夜の事件からずっと一ヵ所に留まって動いていない”ことをクロウは感知している。

 警備隊に花を持たせているのだとしても、一度も自身で現場に出ることがないのは―――

 

『心配など10年早い馬鹿犬』

 

 一喝。されてもないが、ついお仕置きでド突かれたように、こくん、とクロウは中途半端な位置に上向いていた頭を下げる。

 

『お前らがやり過ぎてくれたからな。ドラ猫姉妹とはいえ、最初に主戦力を叩き潰して、出鼻をくじかせたのは……まあ、よくやった』

 

 びっくぅぅっ!?!? とアスタルテが持つ携帯から、クロウが飛び退く。

 あれば尻尾が二回転くらい巻いてるだろう。それは先の脅しにも見せなかった過剰な反応。

 見かねたアスタルテが状況を説明。

 

「教官。先輩が何やら怯えてるようです」

 

『なんだと……』

 

 主の那月にもわからぬ事態。

 クロウはじりじりと主と繋がっている電話口から50cmくらい距離を離して、

 

「だってだって、ご主人がいきなりオレを褒めるなんて……対応するのが無理だぞ」

 

『はぁ!?』

 

 海底から深海魚を釣り上げると内臓を飛び出してしまうように。

 冷たくされるのに慣れてるせいか、お褒めの言葉は刺激が強過ぎて、気持ちの整理に時間がかかっているようである。

 

「そういえば、北欧(むこう)から帰ってから、何だかご飯のグレードが上がってる気がするし、おかわりも3杯から5杯まで許してくれるようになったし……ご、ご主人、死んじゃうのか!?!?」

 

『………』

 

 さらにはこちらの頓珍漢にも心配までされる始末に、電話の向こうは無言。たぶん、色々とこらえてるのだろう。帰ったら、お仕置きのグレードが2、3段階上がってそうである。

 

『とにかく、今日明日、最低でも明後日までには、蹴りがつくだろう。以降は、“時期が合わない”だろうからな』

 

 

 

 定期報告が終わり、携帯電話を仕舞うアスタルテに、クロウは確認する。

 

「アスタルテ、元気あるか?」

 

「体調把握。委細問題なし。仮眠もとれて、移動中は先輩に乗り、戦闘も大半先輩に任せていたので、疲労もありません」

 

「じゃあ、どっかご飯食いに行くか」

 

「了解」

 

 アスタルテは無表情のまま、しかし幾分力強くうなずく。

 クロウはここでがつんと犬の上下社会のポジション維持のため、どこが喜ばれて、先輩らしさが上がるか思案。

 この前、お詫びに指名されたケーキバイキングだが、クロウは皆とワイワイおいしいケーキを食べれて良かったのだが、肝心の凪沙が顔には出てなかったけど終始機嫌が悪かったので、あれはきっとだめなところなんだろうとクロウは把握。

 

「よし、オレのおすすめに連れてくぞ。―――ほれ」

 

「……?」

 

 と手を差し出すクロウ。

 アスタルテはそれを凝視したまま動かず、

 

「ほら、人混みに逸れたら大変だからな、手を繋ぐのだ」

 

「……了解」

 

 そっと、その手を取る。

 

 

繁華街

 

 

 商業区の目抜き通り。見回せば、屋台からそこそこ高級そうなレストランまで様々な飲食店が散在している。魔族と共生する『魔族特区』ではあるものの店構え自体は日本の繁華街と大差ないが、大半の店の看板に日本語と英語、それに漢字と繁体字が併記してある。

 『波朧院フェスタ』で来場した外からの観光客はせっかくだから『魔族特区』特有の料理を食べてみたいだろうが、そこは空港海食港といった出入り口で配布されてるガイドブックにも記載されている通りに、魔族と人間の味覚はずれていることもあるらしいので、いきなりよくわからない料理に手を出すのは二の足を踏むだろう。

 とはいえ、アスタルテと呼ばれる人工生命体――準魔族の少女は、どういうわけだか、彩海学園の生徒たちに人気の店ランキングを把握している。アンパイな飲食店を選ぶだけの知識は持っている。

 だが、それはあくまで情報だけで、経験ではない。

 

「こっちだぞ」

 

 ここに大変鼻の良い、そして、パトロールで街を巡っているベテランな先輩が歩調を合わせつつも手を引いて先導する。それも人混みや勾配のきつい坂道では、ほとんど無意識でさりげなく速度を落とすなど疲れないよう配慮してるなど。

 あまり先輩先輩と張り切らずにした方が、らしく気遣いができるのではないだろうかと少女は思う。

 

「う。ここだ」

 

 言われて、アスタルテは金釘流で書かれて解読困難な、そして、オシャレ感ゼロな看板を見上げる。

 

絃神島(ここ)に来て初めて舌にあった店でなー」

 

 クロウが慣れた感じで暖簾を分けて入っていったのは、前夜祭の喧騒からは離れた裏路地の、小さな中華料理店だ。

 こまめに掃除はされているようだが、いかにも下町の古いラーメン屋といった風情で、女子に気に入りそうな雰囲気はまるで皆無。アスタルテが記憶する人気ランキングでものってない、ランク外だ。

 それでも先輩に続いて、素直に入る。

 もとより食事はするが道具として造られた人工生命体。かつての栄養摂取は最低限の活動に必要な成分を含んだゼリーで、あじけないもの。空腹を満たせばその辺のこだわりはなく、人気ランキング上位の洒落たカフェでケーキバイキングするのと穴場の中の穴場も同じ。

 

「だから、まだ誰にも教えてないけど、アスタルテは後輩だから連れてきたのだ特別に」

 

「特別……」

 

 その言葉に、ちょっと驚いたように後輩の少女は瞬きした。

 なんだか、小さな子供が思いがけないプレゼントでももらったような反応である。

 

「今日は“先輩”が奢ってやるから、遠慮しないで食べてもいいぞ」

 

 ふふん、と先輩風を吹かす(が意識するとやはり幼く見えてしまう)クロウは、『おっちゃん、いつものを今日は二人分でお願いなのだ』とメニューを決める。

 

 そして、厚着少年とメイド少女のテーブルに店員が置いた皿。

 

 なるほど。

 “舌に合う”と森育ちの先輩が言った意味はこういうことか。

 これは誰にも教えてなくて正解だ、と口には出さないが、一般的な感性での初見評価をアスタルテは下す。

 

 皿の上の料理は、実に旨そうに焼けていた。

 その申し分のない照り照りとした色つやといい匂いから、厨師(コック)は一流の腕を持ってるだろう。香菜や茸の炒め物で彩にも細かく配慮して添えられた盛り付けも匠の技を感じられて素晴らしく……中央の“カエル”の存在感を一層盛り立てている。

 見間違いではなく、皿の上に横綱の如く鎮座しているのは、大きなカエルをまるまる一匹をからっと香ばしく炒めたもの。

 さらに続いて、イナゴの唐揚げやサソリの串焼き、丸焦げのイモリにヘビのスープなどが運ばれる。

 もし、アスタルテでなければ、大変なツッコミを入れていただろう。けれど、これは後輩イジメではなくて、先輩としての純粋な誠意である。

 

「無人島の時に、フォリりんに島で採れるご馳走を指名されたから、丸々太ったカエルを見つけてそれを今日一番の得物だぞーって、あげようとしたら、無言で拳銃を向けられたのだ。脚のここがコリコリとしていけるのに……」

 

 不満げに言って、あーんとカエルの脚に被りつく。そのうまうまとした表情を見るだけで満足しそうな満面の笑みである。

 

「………」

 

 アスタルテも同じように、無言で、ホカホカと湯気をあげてるカエルの脚を持つ。

 匂いは、人工生命体にインプットされてる人間の嗅覚データでも最高級のものだろう。夜通りで働いて、それなりに空腹感も覚えている。カエル一脚平らげてから料理に手を付けずに、じっとこちらを見つめてる先輩の視線は、きっと同士を求めているものだろう。だが、黒魔術の生贄を求める導師に見えるのは、はたしてなぜか? それはそれで魔女の眷属らしい在り方かもしれない。

 で。

 知識はあっても、まだ一般的な感性には疎いアスタルテは回れ右で退場することなく、もくもくと先輩のおごりを味わうのであった。

 小食のアスタルテにはいささか量が多くてすべてを平らげることはできなかったけれど、人工生命体が有する味覚ソフトからの判断は、

 

「美味」

 

 

キーストーンゲート

 

 

 古城、雪菜、凪沙、夏音は、途中、用事が入って別れたが浅葱と矢瀬とも一緒に空港で暁兄妹の友人を出迎えた。

 それから、バスで移動し、地元民ならだれもが知る絃神島の観光案内の定番であるキーストーンゲート――高級ブランドショップや魔族特区博物館に土産物屋が立ち並ぶそこへと案内して、絃神島で最も高い展望台であるキーストーンゲートの最上階で楽しんだ後、古城に妙な電話が入った。

 それは獅子王機関の舞威姫・煌坂紗矢華の番号で――出たのは、北欧アルディギア王国の第一王女のラ=フォリア=リハヴァインで、簡潔に要約すれば、『絃神島からアルディギアへ帰国しようとしたら、増設人工島にいた。何を言ってるかはわからないと思うが、事件に巻き込まれて、騎士たちとも連絡がつかない。だから、お願いなのだが、王家の血筋であることが発覚した夏音を護衛の騎士たちが来るまで護ってやってはくれないか』というもの。

 

 とりあえず、昼間は古城たちと一緒に行動するが、夕方になったら、夏音の身元引受人である南宮那月に預けようと雪菜と相談して決めた―――ちょうどその時だった。

 

 

「捜索対象を目視にて確認」

 

 

 その南宮那月に引き取られて、後輩と同じ助手をしている人形めいた無機質な美貌を持った少女、

 

「ア……アスタルテ?」

 

 保護者の趣味で着せられたメイド服姿の人工生命体、と遠方から『魔族特区』の観光に来た人々を惹きつける記号だらけな存在は、注目を浴びつつも真っ直ぐに古城たちの下へと向かってる。

 とある事情で古城から生命維持に必要な魔力の供給を受けているアスタルテは、その魔力の経路をたどることで古城のいる方角がある程度分かるのだとか。

 そして、古城の前に現れたアスタルテは予想もしえなかったことを告げる。

 

「現状報告。本日午前9時の定時報告を以て教官との連絡が途切れました」

 

「……連絡が途切れた?」

「南宮先生が失踪したということですか?」

 

 古城と雪菜が半信半疑の表情で訊き返されて、アスタルテは淡々と首肯する。

 

「肯定。発信機、および呪符の反応も消失(ロスト)

 

「マジか……」

 

 古城の胸の奥にじわじわと広がる不安。

 あまりに現実味のない話で、説明をされても、あの南宮那月が失踪したとは思えないのだ。何せあの戦闘狂のディミトリエ=ヴァトラーでさえも、まともに戦って勝てるかどうかも怪しい。

 つまり、本当に失踪したというなら、そんな彼女の身に何かが起きるレベルの脅威が絃神島に存在しているということであって、矢瀬はともかく人工島管理公社でバイトしてる浅葱が急な呼び出しを受けたのと、先ほど連絡を受けた紗矢華とラ=フォリアが体験した異変もあわせて考えると、古城たちの知らないところで何か空恐ろしいことが起きているような感がある。せめてもの救いは誰かが具体的に危険な目に遭ったわけではないことだけだが……

 なんて古城の焦燥も露知らずに、『暁兄妹の友人』は、そのメイド服姿のアスタルテに驚いているようで、その透明感のあるアルトヴォイスで感嘆の声を上げる。

 

「すごいな。この子、人工生命体だろ。まさか『魔族特区』のメイドはこんな感じなのかい、古城?」

 

「いや、その子は別にメイドが本職ってわけじゃないんだが」

 

 アスタルテの名誉のために釈明するが、これはあくまで保護者の趣味で着せられているもので、ただ本人も特に嫌がっていないだけで―――とそこで、

 

 

「くんくん―――古城君見っけ! あーでも、アスタルテに負けちゃったのだ」

 

 

 遠くから、元気のいい声が。

 

「クロウ……?」

 

 日本文化に詳しい王女様から侍風に仕立てられたという蒼銀の法被を殺到と靡かせて、帽子手袋首巻完備の厚着後輩がダッシュで駆けてくる。途中大きくジャンプしたり、壁蹴りしたりして動きも派手なので、メイド姿の人工生命体の少女と負けず劣らず人目を惹きつけている。

 『嗅覚過適応(ハイパーアダプター)』という超能力でその獣人の嗅覚をさらに拡張させたそれは、その“匂い”さえ覚えていればどこまでも追跡可能だという。

 キキーッとブレーキを利かせて、古城たちの前に現れた後輩は、その後輩なアスタルテに何やら悔しそうに、

 

「ぐぬぬ。古城君捜しはオレが一番だと思ってたのに、これもあんなところにおいしそうなパンプキンケーキがあったのがいけなかったのだ。でも、やるな後輩!」

 

 どうやら徒歩で行動していた人工生命体の少女だが、寄り道もせずにまっすぐに来て、この後輩は祭りの催し物に目移りしてしまったらしい。

 『ウサギとカメ』かと突っ込みたくなる。

 

「いや、お前はホント何やってんだよ……」

 

 割とシリアスな方向に傾きつつあった古城だが、無感情なアスタルテを称賛してる後輩を見てると何だか肩の力が抜けてしまう。この前失踪したと思われたときも、無人島で呆気からんと再会して―――そうだ。

 

「おい、クロウ! お前、那月ちゃんが失踪したのって知ってるんだよな」

 

「ん? 知ってるけど、それがどうしたのだ古城君」

 

 よし、と古城はわずかな光が見えてきたと拳を握る。

 

「じゃあ、今、那月ちゃんがどこにいるか知ってるか?」

 

「知ってるぞ」

 

 アスタルテが古城の位置を感じ取れたように、南宮那月と主従の契約をしているという後輩も、そのラインを辿って、他人よりも遠くにいてもその動向を把握できるのだ。

 そして、クロウ自身が知らなくても、渦中にいると思われるその主に話を聞くことができれば……だが、

 

「今のご主人は忙しくて、“あそこ”に缶詰めになってるのだ」

 

「その“あそこ”ってのはどこだ?」

 

「それは言えない」

 

 きっぱりと断られる。

 割と従順だった後輩に常にない強めの否定に、古城はややたじろぐ。

 

「クロウ君、どうしても教えてもらえませんか?」

 

 獅子王機関の剣巫で、<第四真祖>の監視役である雪菜は、古城が巻き込まれるかもしれぬ可能性はどんなに小さくても無視はできない。

 そんな雪菜の頼みに、彼女の立場を理解している後輩は困ったように眉をハの字にするが、一文字に閉口されたままで、固い口は開こうとはしない。

 

「ご主人の“眠り”を妨げるのは古城君でも姫柊でもダメだ。ご主人の眷獣として、それはできない」

 

「………そうか。すまん」

 

 一線に踏み入ろうとした古城は、そこで心情を察して謝る。アスタルテも表情に出してはないがそのわずかに揺れてる瞳から、那月の失踪に不安を覚えているだろう。そして、クロウもきっとそれ以上に不安なはずなのだ。普段通りに明るいように見えていても、本当ならば、この後輩こそが一番に南宮那月のいるところへ行ってその無事を確かめたのだ。なのに、その居場所を知っていながら、那月の命令を優先して古城たちの下へいる。

 

「……でも、ご主人は無事だぞ。何か外からちょっかいかけてくる奴らがいるけど、明後日もすればケリをつけると言ってたのだ。それまで、オレたちにできることはないからな」

 

「わかった……」

 

 イヤな予感がする、と眉を顰める古城に、とんとん、と横から肩を叩かれる。

 

「ねぇ、古城。そろそろ、その子を紹介してくれないか」

 

「ああ、ユウマ」

 

 毛先の撥ねたショートボブの髪型に、スポーツブランドのフード付きのチェニックの上着とそのすらりと長い脚を強調するようなショートパンツを着こなす。そのごついバスケットシューズもアクセントになってて、妙に可愛らしく感じる。

 そんなボーイッシュと呼ぶにはいささか可憐な顔立ちをする――浅葱と矢瀬は昔の写真を見て男子と勘違いしたようだが――“少女”は、『暁兄妹の友人』である―――

 

「こいつは、クロウ。俺の後輩で、姫柊と同じ凪沙のクラスメイトだ。それで、クロウ。コイツは俺と凪沙の昔からの友人の―――「オマエ、何者だ」」

 

 古城が紹介したところで注意を向けた途端、後輩が厳しい声音で問うた。

 そこに固定して、爛と光らす瞳にあるのは、警戒心。

 眼光に貫かれたように、『暁兄妹の友人』はたじろぎ、後逸。だが、後輩は警戒をやめようとせず、彼女を、というより、その背後を睨み―――古城が割って入り、それ以上視線にさらされるのを、その身を以て防いだ。

 

「おい、クロウ!」

 

 強めの口調で後輩を一喝。それに、ハッとした後輩は、ようやっと視線を逸らし、目を瞑って息を吐く。吸う。呼吸を、へその下まで落として、歯車の狂いを調整するように。深呼吸が終わり、精神を落ち着けさせると後輩はゆっくりと目を開いて、それを見計らって、『暁兄妹の友人』は話しかける。

 

「はは、意外と人見知りする性格の子なのかな」

 

 無駄な肉のない八頭身に近い、反則的ともいえる体型に、その清爽とした笑顔は、老若男女問わずに骨抜きにできてしまうくらいに人懐こい。

 そして、この同じく人懐っこい後輩がこういう風に人と接するのは、ひどく珍しい事だった。

 

「悪かったのだ古城君。それにお前も。何か“鼻についた”というか……」

 

「構わないよ。何やら大変なようだしね」

 

 朗らかに笑って許す彼女は、自分の胸に手を当てて、

 

「ボクは仙都木(とこよぎ)優麻(ゆうま)です。どうぞよろしく、古城の後輩君」

 

「……ん。オレは南宮クロウだ。よろしくなのだ、仙都木」

 

 少し間を置くも、自己紹介を返す後輩。

 少し奇妙であるも、おそらく主の南宮那月を心配して、気が立っているのだろう。だから、嗅ぎ慣れない外から来た優麻を警戒してしまったのだ、と古城は納得する。

 誤解さえ解ければ、打ち解けるのも早いはず。なにせ古城の友人は、矢瀬や浅葱を速攻で落とした天然ジゴロなのだから。

 そして、空気の切り替えにはちょうどよく、トイレに行っていた凪沙と夏音が戻ってきた。

 

「お待たせでした皆さん」

 

「うん、―――って、クロウ君!」

 

「叶瀬、凪沙ちゃん。昨日は折角のお祝いに行けなくてごめんなのだ」

「そんな気にしないでって。だって、仕事だからしょうがないよ。クロウ君が皆のために頑張ってるってこと凪沙は知ってるから。それで、どうしてここに? もしかして、この近くに事件が?」

 

 会って早々で口数の多い凪沙に、さっきまでの場の雰囲気も一掃される。

 

「ご主人が仕事で帰ってこれないからな。だから、今日はオレとアスタルテ、叶瀬と一緒に泊まりたいんだが、いいか?」

 

「そうなんですか! じゃあ、今日はクロウ君とアスタルテさんも一緒にお泊りでした」

「いいよいいよ! 全然いいよ! あ、クロウ君、古城君がクロウ君にるる屋のアイスを買ってきてくれたんだよ!」

「本当か! ありがとうなのだ古城君!」

 

 賑やかになるそれを一歩離れた保護者な立ち位置で見る古城は緩く溜息を吐くと、そこへ優麻が肘で脇腹を突いてくる。

 

「なんだか、凪沙ちゃん、“ボーイフレンド”と随分仲良いみたいだけど、古城大丈夫かい?」

 

「うっせ。“クラスメイト”だからな、会話するくらいは普通だろ」

 

「へー、そうかい」

 

 ニヤニヤ笑いを浮かべる友人に、古城はふんと鼻を鳴らした。

 

 

人工島南地区 マンション

 

 

「雪菜ちゃんたちと一緒に食べられないのは残念だよね」

 

 と言いながら、存分に腕を振るう気満々な凪沙がキッチンに並べられた材料は、3人前より1.5倍くらい多いのではないかと古城は思う。これはけして優麻がスレンダーな身に反して痩せの大食いだからというわけではない。ちょっと作り過ぎちゃったー、を事故ではなく故意にやろうとしてるのだろう。

 

 重度の魔族恐怖症である凪沙だが、以前、命がけでテロリストから守ろうとしてくれた人工生命体のアスタルテは平気なようで、同じく混血のクロウも“ちょっと馴れ馴れし過ぎて別の意味で心配になるくらい”大丈夫である。

 が、そこは久々の旧友との再会を考慮してのメンバー別けでもあった。

 旧交を温める、それが大事。暁兄妹と優麻がゆっくりと話せるように。

 そして、那月が失踪している今、夏音が何者かに襲われる可能性を考慮して、部外者である凪沙と優麻、それに暴走すると周りの味方まで危なくなる古城とは距離を置いておくべきだ。

 

 そんな協議の結果、今夜の夏音とアスタルテ、そしてクロウは古城宅のお隣である雪菜の部屋に泊まることになった。

 降魔の槍を持つ獅子王機関の剣巫に、世界で唯一眷獣を召喚できる人工生命体に、獣人の身体能力に人間の超能力を持つ混血が詰めて防衛するというのだから、夏音の身の安全は隣で真祖が暴れようが保障されている。

 明日にはアルディギア王国から派遣された増援の騎士たちが到着し、明後日には奇妙な事態も解決してる。さっきまでの心配が杞憂に思えても仕方ないと古城は考える。

 で、

 

「そうだな……もし、作り過ぎたんなら、お隣にお裾分けすればいいんじゃないか」

 

「うん。そうだね。クロウ君ってたくさん食べるだろうし、そうするね!」

 

「そ、だな。うん、それがいい……とおもうぞ」

 

 言ってから、血でも吐くように咳き込む古城。

 ここは根性見せて古城がおよそ3人前を平らげても良かったのだが、どうも、昨日から後輩が何かと重なってしまい、強く出づらいのだ。その影が金髪であったので、まさか、電車痴漢騒ぎの『赤ずきん』の女装と思い出してるのではないだろうな自分と古城は若干の不安は覚えつつ、昨日は矢瀬もいたし手料理くらいは良いだろう、と兄は判断している。

 しかし、忘れないように念押しはする。

 

「でも、せっかく俺たちに気を遣ってくれたんだからな。ユウマとゆっくり話せるように」

 

「そっか。ユウちゃんも疲れたよね。長旅で。あちこち連れ回しちゃったし」

 

 このように、兄の苦渋の決断の成果もあってか、普通に会話できるようになった。

 

「いや、愉しかったよ。凪沙ちゃんや古城の友達にも会えてよかった」

 

 胸を押さえてる古城をニヤニヤと鑑賞しながら、ソファで足を組む優麻。こちらに背を向けて料理に気合を入れて集中してる凪沙は、頽れてる兄の葛藤に気づかずに、優麻に話しかける。

 

「みんな可愛いでしょ。あ、矢瀬っちとクロウ君は除いて、ユウちゃんは誰が好みだった?」

 

「あれ? クロウ君はダメなのかい?」

「―――だ、ダメだよ!」

 

 だん、と思わずまな板の上のキャベツを勢いよく割断して、半玉を転がしキッチンから落としてしまう。料理上手な妹にはあり得ないおっちょこちょいなミスである。思いっきり動揺したのがわかる。

 

「あはは、冗談冗談。でも、どうしてクロウ君を選ぶと凪沙ちゃんが困るのが気になるなー?」

「あ、いや、別にそうじゃなくて、女の子の中で、誰が良いかって話! もうユウちゃんったら!」

 

 がはっごほっ、と何かを吐くように咳払いする古城。それを流石に見かねてか、苦笑しながら優麻が答える。

 

「一応ボクも女の子なんだけどね。でも、そうだな。姫柊さんだっけ。彼女はちょっと気になるな」

「雪菜ちゃん、可愛いよね。たまにちょっとズレてるけどそこがまた」

 

 うんうん、と腕を組んで同意する凪沙。古城も賛成に一票。そして、優麻は一瞬遠くを見るような表情を浮かべて。

 

「……それに古城からときどき彼女と同じ匂いがする」

「え!? 何それどういう意味? 古城君!」

 

 同じ匂いという発言を物理的な意味で解釈した凪沙が包丁を握り絞めたまま、こちらを睨んでくる。古城はもちろん身に覚えがない。考えられるとすれば、満員電車で密着して残り香が移ってしまったことだが、それも昨日の話だ。

 

「いや、ほら、たまに彼女と二人でこそこそ内緒話をしてたから。仲が良いんだなって」

 

 ああ、なるほど、と優麻の補足に納得した凪沙が包丁を下して活き活きと微笑み、

 

「それは凪沙も前から気になってたんだよね。うん、じゃあ今夜は二人で古城君にそのあたりのことをきっちり問い詰めよう!」

 

「いいね。わざわざ絃神島まで来た甲斐があった。でも、ボクは凪沙ちゃんにもいろいろと問い詰めたいな」

 

 ダメだこれ以上は聞いていられん! と耳を塞ぐように頭を抱える古城。

 

「古城君ってば、晩御飯の準備、手伝わないならお風呂入っちゃってよ。あたし、ユウちゃんと後で一緒に入る約束したから」

 

「わかったー!」

 

 その提案に飛びつくように古城は乗ったのだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 お隣。

 お客さんである夏音とアスタルテを準備していたお風呂へと案内した後、キッチンへ入ろうとしたクロウを雪菜は止めて、

 

「クロウ君は居間で待っていてください。私が、料理しますので」

 

「むぅ」

 

「今日のクロウ君はお客さんですから、仕事をしなくても大丈夫ですよ」

 

「わかったのだ。でも、何かやれることがあったら言ってほしいのだ」

 

 無人島の食材調達の一件で対抗心を燃やされているのか、もしくは機械と致命的に相性が悪い事を心配されてか、台所に踏み入ることを禁じられるクロウ。

 早速、調理に取り掛かった雪菜は、途中、あっ、と声を上げ、

 

「風呂場、シャンプー切らせてるの忘れてました」

 

「じゃあ、オレが置いてくるのだ」

 

 と部屋の隅にあった買い物袋の中のシャンプーボトルを取り、浴室への扉に手をかける、男子。

 

「え、ちょっと……!?」

 

 あまりに自然だったので見過ごしかけた雪菜。

 いくら先輩と違って性欲がなさそうで、中々意識しにくいとはいえ、この同級生は異性。

 今は浴室にいる2人と同級生の3人は同じ部屋に住んでいて遠慮のない間柄になってるかもしれないが、それでも最低限の気遣いはなくてはダメだろう。

 

「待ってくださいクロウ君! ここは私が―――」

 

 慌てて、雪菜は止めようとして、けれど、ここで吹き上げた鍋の火の元に注意がいってしまい、その間クロウは―――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 脱衣所で服を脱ぎ、真っ白な湯気が漂うバスルームの扉を開けた古城は、見た。

 

「お兄さん……ですか?」

 

 ほっそりとした裸身を浴槽の中に浮かべて、頬をほんのりと赤く染める人工生命体の少女。

 洗い場のシャワー前でボディソープを泡立てて、透き通るような白い肌をあらわにしてる銀髪の少女。

 

「第四真祖の侵入を確認」

 

 いつも古城が見るバスルームと構造はほぼ同じでも、浴槽や蛇口の位置が鏡対称となってる。同じマンションの隣同士の部屋などによくある設計だ。

 そして、棚に置かれてるシャンプーボトルの銘柄は古城の知らないもので、その匂いが雪菜の体臭と同じ気がする。

 これらの情報を統合した結果、ここは高い確率で雪菜の部屋の浴槽ということになる。

 ただし、そこに何故入り込んだのかは古城にはわからないが。

 

「すみません。先にお風呂をいただいてます」

 

 とにかく、ここは出ていくべきだろう。

 夏音は普通に挨拶して、こちらが逆に驚くほど騒がないが、その無表情に見つめてるアスタルテの視線が痛い。

 きっと今の古城はものすごい勢いで冷や汗が出ていることだろう。

 

「あ、ああ……ごゆっくり」

 

 そのまま回れ右して浴室から出て、

 

「なんだ、今のは!? どうなってんだよ!?」

 

 後ろ手に扉を閉じた古城は逃げるようにそのまま脱衣所から―――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――ほい、シャンプーだぞ」

 

 とクロウが扉を開けて、浴室に入ると、そこには誰もいなかった。

 一度はそれを不思議に思うが、何も気にせず、シャンプーボトルを鏡の前に置いて、浴室から出る。

 と、

 

「古城君……なに、やってるの?」

「その……ちょっと、困るかな。まだ夕方だし。それに心の準備が……」

 

 先まで雪菜がいたはずのキッチンに、耳まで顔を真っ赤にしながら顔面を引き攣らせている凪沙と、掌で目元を覆って苦笑する優麻。

 そして、

 

 

「う、うわああああああああ!」

 

 

 たらり、と鼻血を垂らしながら、居間から脱衣所(こちら)へダッシュしてきた全裸の男子先輩とぶつかった。

 

「おっと、なのだ」

 

 元バスケ部のエースに激しくぶつかったが、そこは身体能力に自信があるクロウは踏ん張り、返り討ちに撥ね飛ばした。

 場所が場所で、人が人なら、それから服が服なら、曲がり角でパンを加えてぶつかるべったべたな運命の出会いのようである。

 そして、その男子先輩は死体のように横たわり、唯一所持していたタオルがふわりと落ちて顔の上に掛けられている。あたかも死者を弔うかのごとき風情であったが、それは当人とその妹も本当にそうであったらと願ったかもしれない。

 で、

 

「え゛……」

 

 変態(あに)へ投げようとした皿を落とす凪沙。

 

「ど、どうして、脱衣所から、クロウ君が……? さっきまで裸の古城君がいたそこにいたよね……??」

 

 つまり、さっきまで、二人は一緒に風呂場にいた、と結論が導き出されるわけだ。

 

 ……………うん、裸の付き合いってやつなのかな? 女子もするし、凪沙もこのあと優麻ちゃんと一緒に入るつもりだったし。

 でも、古城君が一緒に風呂に入ろうって誘ったり、クロウ君ときゃきゃうふふと洗いっこする図のはあまりに想像できないなぁ……………うん、きっと、大丈夫。これは仲の良い証拠だよ。

 何ら問題ない。同じ家にいた凪沙にも教えず、いや気づかせず、まるで昼ドラに出てくる間男のように隠してたのが怪しいけど―――違う違うそうじゃなくて、すっごく不思議だけど、古城君とクロウ君が仲良しなのは妹として同級生として嬉しいこと! だから、問題ないよ凪沙!

 

 足元に割れた皿の破片を優麻が拾い終わるまでの間、邪魔にならないよう動かないようにしているのだと思うが、何やらぶつぶつと自分に言い聞かせるよう呟きながら固まる凪沙を他所に、きょとん、と首を傾げてクロウは、とりあえず足元に転がってる古城を起こす。

 

「? なあ、これどうなってるのだ古城君」

 

「俺に訊くな。訊くんじゃない。っつか、なんでお前がいるんだよ!?!?」

 

 その後隣の部屋に戻ったら、クロウは同級生に正座させられて無茶苦茶説教された。

 

 

公園

 

 

 最も対峙するのが怖いと思った相手は誰だろうか、ふと古城はそんなことを考えた。

 

 

 それは、真祖の監視役として選ばれた獅子王機関の秘奥兵器<雪霞狼>を操る剣巫か。

 いいや。真祖を殺す槍を持っていても、あの少女に古城はそう思えない。無論、敵には回したくはないが、脅威と思うのとはきっと違う意味でだろう。

 

 ならば、『真祖に最も近い』と言われる戦闘狂の<蛇遣い>の貴族か。

 確かに。あの吸血鬼の実力は底知れぬ。一度は試しのように眷獣をぶつけられてそれを退けたが、そのあと、眷獣と眷獣を融合させるという特殊能力を見せつけられて、今の古城ではかなわない圧倒的な実力差を見せつけられた。だけれど、それがあまりに想像がつかなくて、実感がわからない。

 

 やはり、あの魔族と人間の血が流れているあの後輩だ。

 キーストーンゲートで、“初めて見た”あの<神獣化>。相性の差であったが、古城が倒せなかった巨人の眷獣を一撃で戦闘不能にさせたあの豪力。とても真祖の眷獣が一体では釣り合わない。それがまるで実感があるように思えたのだ。

 

 

 だから、その黄金の完全なる獣の姿を見たとき、古城は、ぷつん、と内側で何かが千切れた。

 

 

 あの後で、夏音とアスタルテに謝罪に行き、部屋に戻ったら凪沙と優麻が一緒に風呂に入って男子には聞かせられない生々しい会話で盛り上がっていたので部屋に居辛くなった古城は、ひとまず夜の散歩に近くの公園まで来て―――それと、目が合った。

 

 テレビで野生の動物と目を合わせるなという。

 それはその動物を挑発する行為と同じであり、襲われてしまうのだ、と。

 

「―――」

 

 古城は目が離せなかった。

 

 ―――音が、消えた。

 ―――色が、消えた。

 

 極限まで集中力が高まると、人間の脳は余分な処理を排除するというが、今この瞬間、古城にとって最も生存率をあげるために―――会話して説得する余裕もなく一心不乱に、その左腕を突き上げた。

 

疾く在れ(きやがれ)、<獅子の(レグルス)―――」

 

 眷獣の召喚。

 吸血鬼が自らの“血”に棲まわせているという、異界からの召喚獣。それは実体化した巨大な魔力の塊であり、吸血鬼が最強の魔族として恐れられている理由だ。

 実体化するだけで宿主の寿命を根こそぎ吸い尽くすが、それに払った代償の分に見合うだけ眷獣の破壊は圧倒的である。

 ましてやそれが、世界最強の吸血鬼<第四真祖>の眷獣ともなれば天災に等しく、抗いようのない破壊をもたらす。

 

 ―――だが、それは向こうも同じだ。

 

 眷獣をも蹂躙する、ただひたすらに単純な、純粋極まる暴力の権化。

 真祖の眷属であろうが、神殺しの力は侮れず、また、力だけではなく、

 速い。

 こちらが召喚を始める前から、その変生は終わっている。

 ならば、後はその力で敵を屠るだけ。

 巨人を木端微塵にしたその熊手が古城に迫りくる。それを呆然と古城は眺めて、死を覚悟する。

 いくら世界最強の吸血鬼の力があろうと、古城は殺戮機械として鍛え上げられた後輩とは違い、戦闘の素人。先手を取られてしまえば、終わりだ。

 絶望する古城を、しかし熊手の衝撃が襲うことはなかった。

 

「は、はは……」

 

 掠れた笑い声が、零れる。

 極度の緊張が解け、今更のようにがくがくと膝が震えてしまう。

 情けないけれど、それでも安堵が先に立ってしまった。深く深く息を吐いてから、慎重に公園を見回す。

 

「……何、だったんだ。今のは……」

 

 真夏の夜の夢か、と思わず頬をつねる古城。

 瞬きの間に、あの巨大な獣は、公園から見る影もなくいなくなっていた。

 ありえないが、そうなのだ。

 古城はしばらく、公園のベンチで座り込んで天を仰いだ。

 

 

人工島南地区 マンション付近

 

 

 夏音、そしてアスタルテと雪菜が同じ部屋で寝静まる中、ひとり居間にいたクロウはそっと起きると、音を立てず、その姿を消す蒼銀の法被を羽織り、静かに玄関扉を開けて、外に出る。

 階段も使わずに、飛び降りて、音もなく着地。しばらく息を潜めて走ったところで見かけた、大型トラック用の道路標識を片手で引き抜いてから、

 

 

「そこだ!!」

 

 

 叫び、投槍のように思い切りぶん投げた。

 道路標識は実に1km以上も宙を突き進み―――そして、何の変哲もないコンクリートの壁に突き刺さった。

 しかし。

 バッ!! と慌てて二つの人影が真横に跳んだ。何もないところからいきなり出現したように見えた。まるで、誰にも見えない壁の陰に隠れていた人物が、慌てて遮蔽物の陰から飛び出したかのような現象だった。

 クロウも腰を低く落とし、それから弾丸のような速度で一気に、そして、闇から闇を滑るように気配を断ちながら、その“魔女”を追う。

 

 

 

 気づかれた!!

 二人の魔女――緋色と漆黒のメイヤー姉妹は飛んでくる道路標識を全力で回避したが、やるべきことは変わらない。攻撃を仕掛けてきたのは海岸沿いで見た――そして、その後に、知った。あの忌々しい魔女の使い魔<黒妖犬>であることを。その脅威がものすごい速度でこちらへ疾走してくるが、“策通り”だ。

 

「き、きききき来たわ!? 来たわよオクタヴィア! <黒妖犬(ヘルハウンド)>が!」

「ええ、お姉様。私たち魔女が何たるかを、死ぬよりも辛い目に遭わせてあげましょう!」

 

 すぐそこに『科学(サイエンス)』の部隊を総動員させて張った、空間制御の結界。そう、あの<黒妖犬>が無残に敗北したあの、<空隙の魔女>の術を再現した領域。

 その安全地帯は目と鼻の先にある。

 迫る脅威は視界に入れないよう背を向けて、メイヤー姉妹は二人三脚のように足並み揃って、走り続ける。

 

 あと三歩。

 あと二歩。

 あと一歩。

 

 

「―――それでは、遅いのだ」

 

 

 声が。

 聞こえたのではなくブレたのだとメイヤー姉妹が感じ取った瞬間、すでに姉妹二人共、身体がくの字に折れ、左右真横に吹き飛ばされていた。ノーバウンドで5mほど宙を舞った時、ようやくゴッシャア!! という掛けておいた魔術障壁を砕く轟音を聞いた。放たれたのは拳か、それとも蹴りだったのか。攻撃を受けて尚、魔女姉妹は自分の身に、具体的に何が起こったのかを認識できていなかった。

 引き離された姉と妹の身体が地面に落下し、2回、3回とバウンドしてようやく止まる。

 

「ごっ、げほ……ッ!? また、殴ったわね。私たちの美貌を、躊躇なく、なんて野蛮人なの……!」

 

 怯えて後ずさる漆黒の姉とは対照的に、緋色の妹は血塗れの歯を見せて、唾を吐き飛ばし叫ぶ。

 その目にはありありと憎悪が浮かんでいる。彼女たちは、魔導書を保護するために結成された犯罪組織の構成員だ。それも自分らが所有する貴重な魔導書を奪われたことは、何よりも耐えがたいものがある。

 だから、殺してやる。その殺意は確かにぶつけているはずだ。なのに、銀人狼と化した獲物からは、全く恐れが伝わってこない。

 まさか、ひょっとしなくても、あの銀人狼の視界には、自分たちはどうでもいいものとして映っているのではないだろうか?

 緋色の妹がそう考えたそのとき、銀人狼はゆっくりと両手を上げる。それにビクゥッ! と漆黒の姉が過剰な反応を見せたが、構わず、その掌を耳に当てる。

 極めて、冷静に。

 姉妹どちらにも目線を向けず、けれどその吐息は嗅ぎ取り。

 

「……煩いな」

 

 不快気に呟かれた声。

 それから、ようやく左、右と姉妹二人に視線を流して、

 

「夜中に盛ったように騒ぎ立てて、気持ち悪い臭いも撒き散らす。これだからドラ猫は迷惑なんだ」

 

 心底から不愉快だ、と言わんばかりに声。

 主の毒舌とは違い、銀人狼にとっては単なる独り言の様なもので、そんなつもりは全くないのだとしても、魔女姉妹にとって侮辱以外の何物でもない。

 

「……へぇ。要するに、一度幸運にも捕まえた程度で、私たち<アッシュダウンの魔女>を舐めているのね……」

「……やっぱり殺すわオクタヴィア。この<黒妖犬>を殺さなくちゃ、私たち<アッシュダウンの魔女>は終わってしまう……」

 

 緋色の妹と漆黒の姉の割れた唇が、赤い色と黒い色のついてそうな言葉を絡め合わせるように言い放つ。

 

 ―――瞬間、辺りは静まり返る。

 

 風はない。

 街の喧騒も遠い。

 空気が淀み、嫌な臭いだけがこもりはじめる。

 

 何の臭いかはわからない。ただひたすら嫌悪感だけを催させる、本能を刺激する感覚質(クオリア)

 

 木。

 木。

 突き出て、鬱蒼と茂り、月明りのない新月の夜に異界を呼び込む、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木、木―――!

 

 

「「<堕魂(ロスト)>。魔女の最終秘奥をとくとその身に味わいなさい!」」

 

 

人工島南地区 マンション付近

 

 

「……彼をうまく誘き出してくれたようだね」

 

 息を呑む古城。

 あの後、帰ったらすでに妹は寝静まり、ひとり自室にいた古城に、彼女は現れた。

 胸元にリボンを編み上げて、大きく肩口が開いて、スカート丈の短い黒いドレス。三角帽子に網タイツも装着すれば、魔女の装いだ。ぴったりと体のラインを浮き出て、スタイルの良い彼女にはよく似合う。だがそれ以上に露出が多すぎて、深夜に二人きりでいるときに見てはいけない格好である。

 そんな、仙都木優麻がゆっくりとしなだれかかるように古城をベットに押し倒す。

 

「お、おい、顔が近すぎるぞお前」

 

「良かった。古城の態度が昔のまんま過ぎて、ボクのことは女の子として見てくれないのかと思った。結構頑張ってみたんだけどな」

 

 状況はまったく理解に追いつけず、そして、思いがけない優麻の吐露に、しかし、古城は意外な気持ちになる。

 

「それは普通に驚いたけど、昔のお前だったら絶対そんな服着なかったもんな」

 

「うーん、そういうことじゃないんだけど」

 

 残念そうに笑って肩を落とす優麻、けれど、互いの距離は離れず。前かがみになった彼女の胸の谷間を、意識せずにはいられず。古城はその落胆の理由を考えるだけの余裕がなかったが、思いついたままに口を動かす。

 

「だっておまえはおまえだしな。それにユウマは昔から可愛かっただろ」

 

 その返答に、優麻は一瞬言葉を失くして、大きく目を見開く。その陰のある瞳にあるのは、ひどく寂しげな感情。

 

「相変わらずだなぁ、古城は。じゃあ、たとえば、もしボクが普通の人間じゃなかったとしても、そんな風に言ってくれるのかな」

 

「人間離れした知り合いは大勢いるから心配するな。今更多少のことじゃおどろかねーよ」

 

 冗談めかした優麻の言葉に、古城はきっぱりと断言。

 何せお隣は、槍を振るう霊能力者に人工生命体、元天使に混血まで揃った、モンスターハウスと化しているのだ。そして、何よりも古城自身が<第四真祖>と呼ばれる怪物(モンスター)だ。それ以上のことなどそうあるわけがなく、この幼馴染の身にそれ以上のものが起っているとは考えられない。

 

「そっか……ここは、『魔族特区』だったね」

 

 満足そうに呟き、古城を抱きしめるように腕を回す。

 

「よくわかったよ。やっぱりボクには古城しかいない」

 

「……ユウマ」

 

 その柔らかな感触に、古城は絶句した。

 何かを言いかけた古城の口が、優麻の唇に塞がれる。

 月明かりもない、かろうじて互いの顔だけがわかる、暗い部屋の中、両者は凍りついたように動かない。

 こくり、と嚥下する音。

 いつの間に切れていた口の中からその血を啜り取られる。真祖の血を、吸血された。

 

「え……?」

 

 呆然と前を向けたままの視界に、ゆらり、と波紋のように揺れる彼女の背後――ちょうど、初対面時に後輩が睨んでいたそこに、何かがゆっくりと顔を出す。

 禍々しくも蒼い巨大な影が―――

 

「ごめんね、お祭りの間だけ君たちを借りていくよ、古城」

 

 耳元で囁かれる甘美な響きを子守唄に、古城の意識は深い深い闇の底へと堕ちていった。

 

 

人工島南地区 マンション付近

 

 

「魔導書がないからと侮ったかしら、でも、残念ね。私たちは同じ悪魔に契約している」

「私たちが二人で半分ずつ悪魔に捧げることで、魔女の秘奥たる<堕魂(ロスト)>が可能なのよ」

 

 二人の魔女姉妹も緋色と漆黒の斑模様の人型を模した木の化身となる。

 

「寿命を半分削ることになるけど、本物の悪魔と化した私たちを止める者はいない」

「そして、空間制御は、何も<空隙の魔女>だけの特権ではない」

 

 完全なる悪魔となった魔女の魔力は桁外れに上がる。

 森すべてが、悪魔と化した魔女姉妹と同じ木人。

 そして、それらが点滅したように姿を消して、シャッフルされる。空間制御は、たった一ヵ所の“(ゲート)”を固定するだけでも、膨大な魔力と高位の魔術師による儀式を必要とする超高等魔術。それをメイヤー姉妹は、『科学』の部隊支援により、可能としている。本物の術者か森が木人と変化した木偶か、その見分けがつかず。死ぬこともなく、死を恐れることのない動死体(ゾンビ)の如き木偶に延々と襲われるアッシュダウンの悲劇の再演。

 

「この国には、木を隠すなら森の中って言葉があるのよねぇ。本物の悪魔と化してる私たちとその自慢のお鼻で嗅ぎ分けることはできるかしらぁ!!」

「私たちは、ゆ~っくり見物させてもらうわぁ。ナツキの犬がぐちゃぐちゃのお肉の塊に変わっていく醜悪極まる無様な最期をねぇ!!」

 

 きひゃひゃひゃひゃ―――魔女の残響が木霊する森。

 転移して、上下左右それぞれの軌跡で疾駆する木偶の襲撃を薙ぎ払って伐採しても、生命力の強い木人はすぐに再生。そして躱そうとしても、移動した先で次々と空間転移による奇襲を立て続けに連続行使し、ついにその一体の触手のような枝腕が、銀人狼の肘をかすめる。途端、それは銀人狼の腕をからめ捕る枝の鎖に変じた。一瞬動きが鈍った銀人狼を、すかさず木偶の軍勢が抱きつくように捕え、それらもまた足を地に深く根を張り、腕を束縛する堅固な鎖となった。

 

「はい、捕まえたぁ! もう終わりよこのケダモノめ!!」

「私たちの魔導書を奪った罰、た~っぷり堪能させてあげる!!」

 

 前後の木人がその腕を打鞭として振るい、蜘蛛の巣にかかった蝶のように、束縛で絞め上げて動けない銀人狼を挟み打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打って打って打って打ちまくる―――!

 

「動けないでしょう! 私たちの縛は、ナツキの<戒めの鎖(レーシング)>にも勝るわぁ!!」

「そう、今の私たちは<空隙の魔女>に匹敵する! 誰もを震え上がらせる大魔女なのよ!!」

 

「………ぃ……」

 

「あぁ~? 何か言ったかしらぁ!」

「命乞いなら聞かないわぁ! 早くイイ声で悲鳴を聞かせてくれない!」

 

「…………かい……」

 

「だ・か・ら! ブツブツるっさいっつってんのよ!!!」

「とっととキャンキャン鳴いて、死になさい!!!」

 

 

 瞬間。

 閃光が、森すべてを包んだ。

 

(え……?)

 

 まともな光ではない。それだけはわかった。

 なぜなら。

 その光に触れるや否や、術者の感情に呼応し狂気乱舞して踊り狂っていた木偶の木人たちが、枯れ果てたように身を縮めて、その動きを止める。

 

「どうなってるのよっ?」

 

 その中心はやはり、縛られていた、今は解放されている銀人狼―――違う、金人狼からだ。

 

「それは、まさか、神気!?」

 

 細く、震えた黄金色の息吹が体毛眩く金人狼の口から洩れる。

 『白鶴震身』。鶴の鳴き声に似た息吹を発しながら細かく震わし、内勁を強化倍増させる擬獣拳法・白鶴拳の身体運用。

 それが、この一時、丹田の霊的中枢(チャクラ)を解放して、覚者仁獣に至らせる<神獣人化>を成す。

 加えて、『朱雀飛天の舞』と呼ばれる獣王が編み出した四つの秘奥がひとつ、空間を圧する獣気の解放。

 大気に己の香気を溶け込ませる超能力との併用で、獣王のそれをも上回る空間の圧制力が、今はあらゆる魔性を浄化させる神気まで取り込んでいる。

 

 悪魔の森が、排他的なまでに、黄金一色に染まる。

 そこに聖域があるが如きの、完全な空間支配率に、木偶たちは時間を巻き戻されたかのように、悪魔の眷属となる前の、ただの樹木へと戻っていく。

 

 魔女二人は即断で、この場から離脱することを決める。その実力差もそうだが、相性が悪過ぎる。<堕魂>した魔女たちに、その光は見るだけで目を焼いてしまう。『科学』の部隊が総動員して描いた魔方陣に魔力を通し―――だが、空間制御が発動することはなかった。

 

「なんか騒いでたけど、同じ魔女でもオマエらとご主人は格が違うのはよくわかったのだ。だから、あまり調子乗るな」

 

 

 ダン!! と。

 

 

 発動間近の陣が敷かれた、この領域ごと踏み潰すように、金人狼の踵が地面に突き刺さる。獣化したその脚力は、アスファルトを容赦なく砕き、発動間近の陣を粉々に砕く。

 

「木を隠すなら森の中―――って言ってたけど、これ皆襲い掛かってたのに、オマエらだけずっと後ろに隠れてるから、その臭い“匂い”を嗅がなくても丸わかりだぞ」

 

 逃亡の手段は破壊された。空間制御で逃げることはできない。そして、向こうは最初からこっちの位置を把握していた。

 

「で、“ちゃんと数えてたぞ”。オレを叩いた回数は、最初の一発ずつは差し引きしても、“27回”―――」

 

 木偶に紛れていた木人の魔女姉妹へまっすぐ、金人狼が跳んだ。

 大地の方が縮んだと錯覚してしまうような、縮地の法。

 姑娘歩とも呼ばれる、小さく見せるために足を縛った女性が歩くような独特の歩法で、木人のちょうど中間へするりと入り込み、鶴の嘴のように曲げた手首が、反射的に動いたその緋色の妹の方の腕の肘を打ち、反撃に釘を刺す。流れるように停滞なく、重心をスライドしつつ左肩からのぶちかましが隣で動けずにいた漆黒の姉を弾き飛ばして、さらに積乱雲の如き紫電走らせ渦を巻く螺旋勁を練り上げた掌が緋色の妹の頭部を打ち抜く。その余勢を加速させて金人狼の身体が回転して、斜めから巻き上げた踵が漆黒の姉の顎を吹き飛ばした。

 そう、それは剣巫が魅せたような、女らしい嫋やかで柔らかな動作で、けれど一打一打気を篭めたもの。

 『鶴は飛べるほど、軽く、そして強靭だ』と白鶴拳が呼ばれるよう、けして強く踏ん張ることもなく、力むこともない、鶴が翼を広げるが如き柔らかな手指の動きでありながら、発勁の一打はまさしく剛拳の威力。

 

「あと、23回」

 

 そこで<神獣人化>が終わり、元の銀人狼に戻る。けれど、メイヤー姉妹も今ので疑似的な<堕魂>をしていたが、その悪魔との契約さえも神気の拳打は、一打目でその<守護者>との接続(ライン)が途切れて、二打目で魔女の体内に残留した悪魔の魔力を祓い清める、計二発で<堕魂>を消し飛ばしてしまい、つまり、魔導書も、<守護者>もいなくなった。

 その状態で、この銀人狼を相手できるか?

 

「うーん。まずはブッ飛ばしてから難しい話を聞こうかと思ったんだけど、23は2じゃ半分に割り切れないぞ。オマエらのどっちかが一発多めになっちまうけど、どっちがいい?」

 

「「ひっ……」」

 

 たとえ一発でも、そんなものをもらうのは冗談ではない。死ぬ。何の護りもなくなった自分たちは、肉塊にされる。

 

「お、オクタヴィア! オクタヴィアがあんな挑発をするからっ!」

「な!? お姉様こそ、最初に手を出したのはお姉様じゃありませんかっ!」

 

「むぅ。ドラ猫同士が喧嘩するとめんどいのだ。とりあえず、11発ずつやってから考えてもいいか?」

 

「許してちょうだい! これ以上あんな攻撃、一発でもされたら死んじゃう……!」

「お願いよ! 私たちは、そう、<蒼の魔女>に言われて仕方なくやったの……!」

 

 銀人狼にしては、珍しく、深い溜息を吐く。

 仕返しの清算はきっちりとしておきたのだが、あまりにもこの魔女に付き合いたくなくなった。どうも、彼の中にある魔女像が崩れていく。ご主人が特別であるのはよくよく理解したつもりだが、不愉快だ。

 

「じゃあ、チャラにしてやるから、言え。オマエらはご主人に何をしてる。古城君たちに何の用だ。<蒼の魔女>ってやつはどんな目的なのだ」

 

「な、なんのこと……?」

 

「あそこにいるオマエらの仲間が、昼から古城君たちを見張ってたのは知ってるぞ。何にもしてなかったから、とりあえず、手を出さなかったけどな」

 

「それは、その……」

 

 

 ―――そのとき、決着がついた途端に戦意喪失した魔女姉妹の前に、“彼”が虚空から現れた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 その虚空から出現した術は、空間制御。主<空隙の魔女>と同じ技を、同じように単独で成した。

 

「それは、ご主人と同じ……」

 

「同じ空間制御。でも、ボクに<空隙の魔女>と同格と言い張れるほどの実力はないよ」

 

 黒スーツを着た気だるそうな少年。その腕に抱かれている少女に視認した途端、乱入されたにもかかわらず南宮クロウはその獣化を解いて、銀人狼から人間へと戻してしまう。

 その反応に少年は目を細めて、笑みを作り、

 

「ここまでにしてもらえないかな。時間稼ぎをお願いしたのに、戦闘になったのはそこの<アッシュダウンの魔女>の独断だけど、ボク達はキミを傷つけるつもりはないんだ」

 

 “暁古城”と同じ顔をして、同じ濃い血の臭い、しかし、その雰囲気は明らかに違う。<過適応能力>の嗅覚が、中身とは別人であることを報せている。

 

「それで彼女たちの代わりに応えるけど、今のボク、<蒼の魔女>の目的はキミだ。

 ―――君が、欲しい」

 

 “暁古城”はその手を、クロウへと差し伸べて、言った。

 

「君に誤魔化しがきかないってのはわかってるからね。直球で宣言しよう。

 ―――南宮那月から君を奪う」

 

 その誘い文句の意味することの詳細が分からずとも、ふたつクロウは確信した。

 今、こんな場所に、寝間着姿で薄着の、大切なその妹の暁凪沙を連れ出すような輩は、“暁古城”ではなく、そして、その中身は―――メイヤー姉妹よりも遥かに濁った腐臭をその背後から臭わせた仙都木優麻だと。

 

「仙都木、古城君をどうするつもりだ。それと、凪沙ちゃんから離れろ」

 

「安心してくれ。古城の身体は10万人の生贄につり合う『計画』の要だからね。もちろん、この子も傷つけたくない。できれば、ね」

 

 “暁古城(ユウマ)”がその腕に抱いた凪沙のおとがいにその掌を添わせる。

 ひどく、裏切られたように、クロウは顔を歪ませ、拳を震わす。

 確かに、その背後に混濁した臭いを感じ取った。けれども、その彼女本人の“匂い”は純粋に、友人との再会を喜んでいたもので、そこに虚偽はなかったのだ。

 だから―――クロウは、それを信じて何も言わなかった。

 

「お前は、そんなことしないって、思ってたのだ」

 

「だけど、ボクはしなければならない。この宴の間だけでいい……凪沙ちゃんを助けたければ、ボクのものになるんだ」

 

 その背後に浮かび上がる、巨大な影。腐臭の源。騎士のような甲冑に身を包んだ、不吉な蒼い影は、髑髏に似た奇怪な兜の下に顔はなく、底知れぬ闇色の空洞が広がっている。腰に提げていた剣に手をかけて、解き放つ。鞘の下からその研ぎ澄まされた真新しい刀身があらわとなり、凪沙の頭上にその切っ先が向けられる。

 

 そして、彼女自身の“匂い”も、本気だ。

 

「…………………わかった、ぞ」

 

 頷いて、クロウは膝をつく。降参した、と示すように、その両の手の平を見せるよう差し出して、(こうべ)を垂れる。

 “暁古城”は、短く息を吐いて、

 

「良かったよ。キミの南宮那月に対する忠誠心はわかっていたからね。だから、凪沙ちゃんを人質に迫っても、ひょっとすると暴れてしまうんじゃないかって」

 

「……オレは、ご主人の眷獣だ。だから、畜生にはならない」

 

 誇り。それは、主と出会う前には持てなかったもので、今の自身を支える大事な芯のひとつ。あの傲岸不遜の大魔女の眷獣に見合うように、あらねばならない。

 そう、後輩のアスタルテが自らを盾にして、テロリストから一般人を護ろうとしたように。その先輩も見過ごすことはできない。ましてや、凪沙を―――

 

「そうか。キミは忠実な道具ではなく、誇り高い人間だったんだね。重ねて詫びよう―――きっと、その在り方を穢してしまうだろうから」

 

 虚空から現れた魔導書『No.013』を開き、その手を置き、唱える。

 

「我が名は蒼。悲嘆の氷をもって夢幻の監獄を打ち破る者なり―――」

 

 

 

 その『裏切り』の儀式は終わった。

 南宮クロウの身体に、異変はない。だが、その魂が固く結ばれたことを覚る。これより、自分は、この<蒼の魔女>の命には逆らえない。

 しかし、その腕には凪沙がいた。

 

「……ロウ…ん………ダメ……」

 

 ……何やら魘されているようだが。悪い夢でも見てるのだろうか。

 それに常夏とはいえ夜。その蒼銀の法被を脱いで、冷えないよう、寝間着姿で薄着の凪沙の身柄を包む。

 

「―――どうして、せっかくの人質を解放してるのよ<蒼の魔女>!」

 

「彼女はもう『計画』に必要ないからだ」

 

 メイヤー姉妹がそれに反対の声を上げる。<蒼の魔女>は淡々とそれに返す。しかし、それでもしつこく食い下がる緋色と漆黒の魔女。

 

「だったら、何でもいいから儀式の贄にしてやりましょうよ! 綺麗な娘だから死体にしてやったらとっても映えるでしょう―――」

 

 魔女は凪沙の身体を舐めるように見て―――クロウの視線と合わさった。声にならない悲鳴を上げるがしかし、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

「もう、ナツキの犬は『No.013』で縛ったんでしょう。なら、もう私たちには逆らえないじゃない」

 

「―――ダメだ。魔女は契約を破らない。彼女の安全は保障した。それに彼女らはボクのものだと決めたはずだ。だから、手を出すな<アッシュダウンの魔女>」

 

「『裏切り』の魔導書を使っておきながら、いまさらなにを綺麗事―――」

 

「それからひとつ訂正だ。今の彼の主は、“私たち”、ではない。このボクだよ」

 

 それ以上の問答はせず、<蒼の魔女>は指を鳴らすと、凪沙の身柄は虚空に呑まれて―――元のマンションの自室のベットの上へ送られる。その鼻で嗅ぎ辿る“匂い”が、確かにその位置を伝えてくれた。

 

「それで、ひとつボクは思うんだが」

 

 <蒼の魔女>は冷静な顔で告げた。

 ひたすら、冷静に。

 

「忠告を破ったせいで、魔導書も奪われ、<守護者>も失った。はたして、“キミたちは『計画』に必要あるのかな”?」

 

「なっ!? なにをおっしゃるんですの<蒼の魔女>!」

「まさか、私たちを切り捨てるおつもりですか―――!」

 

 メイヤー姉妹は<図書館>でも武闘派の実力者。しかし、それを支えていた切り札を二つも失ってしまっている。加えて、これまでの作戦失敗に無断行動、ここで『計画』が成功しなければ、この絃神島から帰還しても、その地位は危うい。

 それに対し、<蒼の魔女>は単独で、10万人の生贄に匹敵するという真祖の身体を手に入れ、<空隙の魔女>の在り処を見つけるための使い魔をも手に入れた。

 現状。

 最も力のある魔女は、<蒼の魔女>であり、その意思次第で<アッシュダウンの魔女>は終わってしまう立場にある。

 

「いいや、そんなことはしないよ。ボクが成功したのも、君たちが働いてくれからだ―――でも、『計画』の邪魔になるようなら……」

 

 そこで、あえて言葉を切る。その不安を煽らせるよう。

 そして、メイヤー姉妹を黙らせると、傍に控えていた『科学』の部隊へ向け、

 

 

「これより、戦力の補充を行う。かの<血途の魔女>が<図書館>に残していった遺産、文字通り死蔵されている八体のうち七体の人造魔獣と、<黒妖犬>と『守護者契約』をさせ、『黒』シリーズを完成させる」

 

 

 

つづく

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