ミックス・ブラッド   作:夜草

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焔侊の宴Ⅲ

???

 

 

 牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座―――

 黄道十二星座。しかし、黄道上には、本来ならば位置的にその蠍座と射手座の間の九番目に入るであろう“十三番目”が存在する。

 

 

 

 真夏の島―――

 血のように赤い海に取り囲まれた人工島。

 夕日が沈んだ直後のように紅い空を背景にして、巨大な建造物の残骸が屹立し、また周囲の建物も原形を留めぬまでに破壊され、焼け落ちている。

 巨大な災厄に襲われた直後か、さもなくば戦火に焼き尽くされたかのような風景。

 いや、ような、ではない。

 『一番目(ブローテ)』の神羊、『二番目(デウテラ)』の牛頭神、『三番目(トリトス)』の双頭龍、『四番目(テタルトス)』の甲殻獣、『五番目(ペンプトス)』の獅子、『六番目(ヘクトス)』の戦乙女、『七番目(ヘブドモス)』の三鈷剣、『八番目(オクドオス)』の人食い虎、『九番目(エナトス)』の双角獣、『十番目(デカトス)』の魚竜、『十一番目(ヘンデカトス)』の水妖、『十二番目(ドゥデカトス)』の妖鳥、

 ひとつとして同じもののない多様な属性、そのひとつひとつが災厄の如き力、そして、ひとつも救いのない兵器。

 それが、振るわれたのだ。

 創造主たる神より与えられし、唯一の友を抹殺するために。

 

 これより、『原初』の呪いに己を歪めた神に復讐する。

 

 黒い十二の翼を背より生やし、折れた槍を胸に抱く男は決意する。

 そして、反逆の前に、神の呪いを上塗りしてしまうほどの怒りが、この自我を取り戻しているこの一時に、ひとつの封を解く。

 

 唯一の友が、天により派遣されし監視者である己と友となってから封印した、そして己に殺されても使おうとはしなかったもの。

 

 人のために神に抗う未完成の抑止力よ。

 己を殺すために生まれるはずだった殺神兵器よ。

 そして、『(オマエ)後続機(コウハイ)』だと唯一の友が語った、未だ器なき忘れ形見よ。

 

 お前を解放する。

 

 完了するに相応しき器を見つけ、いずれは唯一の友に与えられた役目、お前の創造主(オヤ)を殺した己を壊し得る最終作(ラストナンバー)として成長することを望む。

 

 もし、叶うのならば……

 

 人の肋骨は十二対。

 獣の肋骨は十三対。

 獣より人に進化する際、肋骨の一対は不要となり、省かれた。

 そして、この造られた真祖にも、神より必要がないと判断され、与えられなかった吸血鬼の権能がある。

 

 そう……もしあれば唯一の友を救えたはずの―――『十三番目(トリトスカイデカトス)』の力を持ってくれることを願っている。

 

 

回想 りあな号

 

 

 四月の満月の前日。

 

 契約(やくそく)通りに『るる屋』のアイスを馳走した『九番目』より、ザハリアスからの招待状をもらった。

 

 その時までに試せることはしたが、上手くいったとは言えない。

 アヴローラと凪沙を直接合わせた。その接触で、凪沙に憑依した『十二番目』とアヴローラの人格が一気に統合すると賭けてみたのだ。成功すれば、アヴローラに記憶と能力が戻り、ザハリアスに対抗できる術を持てるようになるが、これは危険を伴い、失敗すれば逆に凪沙の体調が悪化する可能性もあった。これで魔力の暴走が起きれば洒落では済まない。

 だから、凪沙の体調が安定したころを見て、引き合わせようとしたが、しかし凪沙はアヴローラの接触自体を拒否した。

 

 魔族登録証をつけていないアヴローラの正体が吸血鬼だとすぐには勘付けまいと思っていたが、それは甘かった。たとえ霊能力を失っていても凪沙は巫女であり、普通なら気づかない程度のわずかな違いから、アヴローラの正体を一目で看破した。

 そもそも、アヴローラは妖精じみた容姿で、人外的な気配を臭わさぬよう誤魔化すことは無理がある。

 

 アヴローラに<第四真祖>の力と記憶を取り戻させることは叶わなかった以上、彼女を戦わせるような真似はできない。

 

 だから、明日の『焔侊の宴』には、行かない。

 

 指定してきた月齢は、相手に好都合であるのだから、むしろ積極的に避けるべきだ。一応事情を話し、相談した親父も、無視をしろ、と回答をもらった。

 まだ面倒な手続きが残っているそうだが、前に彼女のDNAサンプルを渡したことがあって、それでアヴローラが絃神島の登録魔族として認可されることになっている。そうなれば、特区警備隊の保護が受けられるようになり、ザハリアスにとって敵地(アウェー)である絃神島にいる限り、アヴローラにおいそれと手出しはできなくなるだろう。それに『滅びの王朝』に『戦王領域』と敵対しているザハリアスは首に賞金が掛けられており、時間さえ稼いでおけば、放っておいても自滅する。

 

 また、後輩を通して、その主人である学校専属の攻魔カウンセラーで、警察や特区警備隊にも顔が利いて、ザハリアスに対抗できそうな人材――南宮那月に力になってくれるよう頼みこんだ。

 近い将来、アヴローラは彩海学園の生徒になることを希望しており……そんな甘く優しかった平穏の日々を少しでも長く続かせることが、古城の望みであった。

 

 バンッ! とその望みを壊す音が、船室に響く。

 

「―――これを見てもまだ、招待状を無視するつもりなの」

 

 ヴェルディアナが、古城らの前に叩きつけた情報誌。

 それには今朝のテレビでワイドショー番組に放送されたニュースについて書かれている。

 

 『ネラプシ自治区で、大規模感染(アウトブレイク)の兆候』

 

 記事に掲載される写真には、異国の街にあふれだした暴徒の群れが、無差別に周囲の人々に襲っている様子が写されている。

第一、 第二、第三のいずれの真祖の型にも該当しない、新種の吸血鬼感染症。

 『吸血鬼に噛まれて吸血鬼になる』というのは迷信と知られているのだが、世界保健機構でもこの原因は特定できておらず、

 人間にも魔族にも無関係に感染し、発症した患者は理性を失って周囲のものを無差別に襲い始める。そしてただひたすらに感染者を増やしていく。

 症状そのものはG種(グール)と呼ばれる吸血鬼に近いようで、感染者は筋力や嗅覚などの身体能力が向上しており、襲われたら人間には敵わないし、逃げることも難しい。また、時間が経つにつれて感染者は記憶が欠落していき、やがては完全に知性を失い、生命活動の維持すら困難になっていく。

 単なる伝染病なのか、それとも未確認の新たな魔族の出現なのかも不明で、原因が特定できない以上、治療法も確立できない。このままでは世界的流行も視野に入れなければならない―――

 

 ―――古城は、その原因を予想できた。

 

「これをやったのは、ザハリアスよ。この吸血鬼感染症は、『焔光の宴』と関係してるものなのよ!」

 

 ヴェルディアナは泣き叫ぶように説く。

 『宴』の『選帝者』の資格は、“一定規模の領地を治め、十分な数の領民を所有する”こと。

 これは、<第四真祖>が完全覚醒を果たし、『選帝者』の領地を新たな『夜の帝国』として定めるため―――ではなくて、

 逆だ。

 『選帝者』とは、<第四真祖>を覚醒させるための儀式魔術の実行者であり、そのためには、“自分の領地に住んでいる数十万の人々を生贄にすることが必要なのだ”。

 

「ネラプシ自治区には魔法陣が敷かれていた。ザハリアスが『匈鬼』たちを使ってカルアナ伯爵家領に侵攻したのは、儀式魔術に必要な土地を手に入れるためだった」

 

 現在、ネラプシ自治区と呼ばれているのは、かつてカルアナ家が治めていた土地であり、そこに暮らすのは数百年間にわたって、先祖代々、カルアナ家に従ってきた忠実な領民である。むろん、その中にはヴェルディアナの顔見知りも多くいる。

 その彼らの命は、新型感染症によって危機に晒されており、そしてその状況を仕組むためにザハリアスは、領主である父様を殺し、領土をカルアナ家から奪った。

 

「それは、本当なのか?」

 

「本当よ……今日、牙城から返された姉様がまとめたレポートにそう書いてあったわ」

 

 情報誌と一緒にテーブルに叩きつけてあった、一冊の資料。ヴェルディアナの姉――リアナ=カルアナが記した、『焔光の宴』と呼ばれる儀式魔術についての真実。

 

「リアナ姉様は、『十二番目(ドウデカトス)』を手に入れようとしたのは、ザハリアスが敷いた魔方陣を逆に利用して、<第四真祖>を覚醒させるため……」

 

「おい、それじゃあ、ヴェルさんの姉さんは―――」

 

「そう……姉様には、ザハリアスから領地を奪還する手段が他に思い浮かばなかった。だったら……放っておいても、ザハリアスが儀式を強行するのだから、どのみち領民たちは生贄にされるのは避けられない」

 

 『焔光の宴』の正体は、<第四真祖>を完全覚醒させるための儀式魔術。その触媒となるのは数十万人を超える膨大な数の生贄、『世界最強の吸血鬼』に相応しい、壮大な覚醒の儀式であろう。

 姉はそれを知ったうえで、<第四真祖>の復活を望んでいた。

 信じたくはないが、姉は領民たちを犠牲にする覚悟を決めていたのだ。

 

「……でも、私は、止める。こんなことになるとわかっていたのなら、もっと早く姉様を止めたかった!」

 

 ヴェルディアナは、机に手をついて、激しく首を振る。滴が、紙の資料に落ちる。古城を睨みつけてくる濡れた瞳に宿るのは、使命感。一歩でも踏み外せば、狂気に落ちてしまいかねない、激しさを秘めている。

 今の、姉の真意を知ってしまったヴェルディアナは冷静でいられるかの瀬戸際にある。むしろ、ここで話ができるだけの冷静さがあるのが奇跡なほどだ。かつての領民たちに対する責任感と焦り、姉への憤り、そして仇への復讐心が彼女の視野を狭めてはいても、まだ強行な手段は取らないだけの自制は効いている。

 

「だから、私は止める。今はネラプシ自治区のあの土地は、私の故郷なの。あそこに住んでいるのはカルアナの領民だった人たちなのよ! 姉様も父様も奪われて、もうこれ以上何も奪われたくない! 最後の領主の娘であるこのヴェルディアナ=カルアナが、ザハリアスと刺し違えてでも止めるわ……!」

 

 ザハリアス主催の『宴』―――それは、その千載一遇の好機だ。第二真祖直系の第九皇子が陣取る城砦を陥落させるほどの戦力を有した死の商人が自らの居場所を明らかにした上で、警戒することなく懐に招き入れてくれるのだ。

 もちろんザハリアスの周囲には、護衛の『匈鬼』がいるだろうが、関係ない。ヴェルディアナは命を捨てて刺し違えようとしているのだ。後のことなど考えてはいない。

 だが、ザハリアスの目前にたどり着くには、招待状を受けなければならない。

 

「ねぇ、アヴローラ、私と一緒に来てくれないかしら」

 

 ヴェルディアナが、強引に彼女の腕を取ろうとする手を堪え、唇を噛みしめながら、アヴローラに乞う。

 

「こ、古城……」

 

 アヴローラが、こちらを見る。

 古城が召喚に応じるのは不要だとアヴローラに進言した。彼女もそれは望まない、行きたくないとそういっていた。

 けれど、アヴローラは、ずっと孤独に眠り続けた彼女は誰かに必要とされることを求めている。これまで共に暮らし、世話をされてきた、この家族のようなヴェルディアナの頼みを断り切るなど無理なのだろう。

 また、『焔光の宴』は古城たちだけの問題ではなくない、同じような災害が絃神島でも起こらないとは言い切れなくなった以上、それを見過ごしていいのかと葛藤する―――しかし、それは“力があって”の話だ。

 

「俺は、『宴』に参加するのは反対だヴェルさん」

 

 これで純血の吸血鬼の怒りを買うのを覚悟して、厳しい口調で古城は言う。彼女の想いは聞いた、彼女の警告も聴いた。なのに、承服しかねるという態度の古城を、ヴェルディアナは濡れた瞳で睨んでくるが、それでも首を縦に振ることはできない。

 

「絶対にこんなの罠に決まってる。アヴローラだって、まだ戦えない。俺たちが行っても、大勢の<第四真祖>を従えるザハリアスの野郎にやられるだけだ。ヴェルさんも、無理だと自分でわかってんだろ」

 

「無駄死にするからやめろってこと……」

 

「違う。そうじゃない、もっと別のやり方があるはずだって言ってるんだ」

 

「そんなの、ないわよ。<滅びの瞳>の直系であるイブリスベール王子だって、ザハリアスに敗れたわ」

 

 暁古城が頼りにしていた魔族大虐殺者(みなみやなつき)であっても、半数の<第四真祖>の素体を従えるザハリアスには勝てない、と。

 『後輩(オレ)より全然強いぞ』と後輩からその実力のほどは聞いたことはあっても、傍若無人のカリスマ担任教師の力を古城は直接見たことはないし、『九番目』と対峙した時にその圧倒的な魔力の発露を肌に感じ、脳裏に刻みつけられたように今も憶えている。

 だから、ヴェルディアナを止められるほど強い提案(ことば)は、古城の口からは出なかった。

 

「それに、やっぱり、ダメなのよ。今日まで抑えて来れたけど……ザハリアス(あの男)は私の手で復讐を果たす!」

 

 我慢が出来なくなったときにぶつけられる相手(クロウ)がいたから、何もかも忘れさせてくれる(ドラッグ)になど頼らずに、平静を保ててはいたが、この絃神島で平穏な日々にあっても、この胸の内の復讐心は燃え尽きることなく、燻り続けていた。

 何も知らない古城が、復讐など無意味だと言えない。言うことなどできない。言えば、ヴェルディアナは古城を見限り、アヴローラを無理やりに連れていくだろう。

 だから、そこで口を開いたのは、古城ではなく、

 

「時を……刻限まで、『宴』に参加するかを考える時を、我は求む」

 

 ヴェルディアナと古城は、アヴローラの希望で、その場は解散。古城は家へと帰らされた。

 明日、彼女はこの日常を終わらせる決を下すことを予感しながら。

 

 

回想 彩海学園

 

 

 昼休み。

 学年がひとつ上がり、新しくなったクラスに、まだ馴染めないでいる。同じクラスメイトだったものもいるけれど、クロウは休み時間になるたびに教室を出てしまう。

 今も、食堂にもよらず、中庭外れにある長椅子に座っている。

 校舎の陰が、人気を隠す。あまり人の視界に入らない、目につきにくいこの中庭外れの空間は孤独感を覚えさせるもので、人が寄り付かない。

 そこでひとりクロウは、悟りを開けぬ僧のように、かたちのない答えを導き出そうと懊悩している。

 

「……………………」

 

 やり場のない感情を持て余して、彼は力なく空を見つめている。

 思考はまったく定まらない。身体の震えはぜんぜん止まってくれない。

 心身がブレを抑えられないまま時間だけが過ぎていく。

 その様は迷子のようで、いつまで経っても目指した終着には至らない、見事に艱難辛苦に参っている。

 答えを出して抜けきることも、そして、答えを諦め捨てきることもできないでいる。

 

「やっぱり、ここにいたのはクロウ君でした」

 

「―――」

 

 突然の声に顔を上げる。……いつからそこにいたのか、声を掛けられるまで気づかないほど没頭していたのか。長椅子の前に銀髪碧眼がよく目立つ同級生の少女が立っていた。

 

「叶瀬、か……」

 

 校舎内の喧騒は、遠くに聞こえる。別校舎の高等部にもファンのいる有名な『中等部の聖女』がそこにいて、中庭外れが静かであるというのは、彼女自身が人目を避け、そして、何か目的があってここに来たというのだろうか。

 人見知りでなかなか声を掛けられず、その神々しい気配より近づくのを臆させてしまう彼女がまだクラスに馴染めずにいるのは考えられることだけれど、それでも自身のように何か逃げる理由ではないはずだ。

 

「クロウ君と挨拶するのは久しぶりでした。ここ、座りますがよろしいですか?」

 

 夏音はクロウと同じ長椅子を遠慮がちに指さす。

 それを拒むことなどありえず、クロウが頷くとその隣に腰を掛ける。ただ、その状態は、心ここにあらず、といったものであるが。夏音は気にしていないようだ。

 

「お昼はどうしました?」

 

「ん……今は、何か食べる気がしないのだ」

 

 クロウの回答に、夏音は驚いたように少し目を丸くする。膝の上にお弁当を広げようとした手を止めて、

 

「本当にどうしました!? クロウ君が食欲ないなんて、大変です」

 

「む。そんなにおかしいのか」

 

「はい、大変おかしいです」

 

 良ければ話してください、とギュッと拳を作って見せる夏音にクロウはぽりぽりと頭を掻いて、

 

「……実はな、叶瀬」

 

「はい、何でしたクロウ君」

 

「春休みの宿題、まだやってないのだ」

 

「……、」

 

 気合を入れて聴く態勢だった『中等部の聖女』は、ぴしりと固まる。

 こほん、とひとつ咳を入れてから、夏音はめっと指を一本立てて見せた。

 

「それはダメでしたクロウ君。宿題を忘れるのはいけないことです」

 

「や、オレちゃんと宿題やろうとしたし、サボろうとはしてないぞ。やってないのはひとつだけなのだ」

 

「でも、提出期限は一週間も過ぎてました」

 

「うぐぅ……おかげでご主人からお仕置きで、ここ最近、ご飯がドックフードになってるんだぞ。でも、割とおいしいのだ」

 

 説教されて、がっくり肩を落としてしまう少年。夏音はクロウがあまり成績がよろしくないことを知っており、テスト前にたびたびその面倒を見ていたりする。だから、赤点なんて取れば、主人からきついお仕置きを食らわされるとかで真面目に勉学に取り込んでいる彼が、宿題をやり忘れるなど、あまり考えられることではなかった。

 ひとつ、ここは彼の友人として、丸写しはダメだとしても、手伝えることはないかと夏音は訊いてみる。

 

「やれなかった宿題は何でした?」

 

「読書感想文だ」

 

 そういって、クロウは長椅子の脇に置いてあった袋から、一冊の本を取り出して見せる。

 

「ご主人が『今の馬鹿犬に合わせたものだ』って、渡してくれたものなんだけどな」

 

 今年度から中等部より高等部へと移った彩海学園のカリスマ教師が、自身が保護している少年に勧めたそれは、絵本。表紙に書かれたタイトルは、『ごんぎつね』。

 夏音は、ページを開いて物語の内容(あらまし)を読んでみる。

 

 

 

『ゴンは両親のいない子供のキツネで、悪戯好きで、いつも村人を困らせていました。

 ある日ゴンは、川に仕掛けられた魚を捕獲する罠を見つけ、そこにいたウナギを逃がすという悪戯をしてしまいます。

 その悪戯のせいで、村人の青年は病気の母親に好物のウナギを食べさせてやることができず、母親は亡くなってしまいました。

 

 青年の母親の葬式を見たゴンは反省し、同じ境遇の青年に同情しました。ウナギを逃がした償いとのつもりで魚屋からイワシを盗んで青年の家に投げ込みますが、その翌日にゴンは青年がイワシ泥棒と間違われて、魚屋から殴られたことを知りました。

 ゴンは自分の力で償いをしなければならなかったと悟り、後悔します。そして、今度は山にあるクリやマツタケといった食べ物を採ってきては、青年の家まで届けるようになりました。

 

 しかし、青年は知人からの助言からそれを神様からの施しだと思ってしまいます。

 そのことにゴンは寂しさを覚えましたが、めげずに栗を届けに行きます。だけど、またゴンに悪戯されると勘違いした青年に、鉄砲で撃たれてしまう。

 

 そして、駆け寄ったゴンのそばにクリがあったことが目に留まり、青年は最後の最後で、ゴンの詫びとその優しさに気が付く。

 

 『ゴン、いつも食べ物を届けてくれたのはお前だったのか?』と青年の問いに、ゴンは青年が最期に気づいてくれたことを知り、目を閉じたまま頷く……』

 

 

 

 それで、このお話は終わり。めでたしめでたしと締めくくることもなく、絵本は裏表紙を見せる。

 あまり文字量の多くない薄い絵本ということで3分もかからずに読めてしまう。ただ、夏音はこのなんてことはない読書感想文の宿題を、少年ができないのを納得することができた。

 普段、この少年はすぱすぱと物事を決めていくあっさりとした思考をしているけれど、一度考え込むと思考が行き詰ってしまうことを夏音は知っている。

 

「……クロウ君は、この本を読んでどう思いましたか?」

 

「ん……

 

 なんか……

 

 こう……」

 

 思うことがいっぱいあった、と続くところを、クロウは喉を絞めて押し伏せた。

 感情移入(かんがえ)させられることがあり過ぎて、彼はまだ自分の中で言葉にして固めることができなかったのである。

 夏音はそれが形になるのをじっと待ち続ける。

 

「ゴンは、悪いやつだ。やったことも悪いし、やり方も悪い、そして、間も悪い。でも、悪気はなかったし、青年(ひと)と仲良くなりたかったと思う」

 

「……では、この青年(ひと)のこと、クロウ君はどう思いますか?」

 

「気にするな、と言いたいぞ。オマエは悪くない。うん、悪くないのだ」

 

 夏音を見ずに、前を向いたままクロウは語る。

 迷いに満ちた、彼らしからぬ弱々しい声で、けれどひたすらに“青年”を弁護するように繰り返す。

 

「“ゴン”はやったことが、悪い」 遺跡に到着が出遅れたせいで、助け出せず、“業”を背負わせることになった。

 

「“ゴン”はやり方が、悪い」 この身体に流れる半分の“(ごう)”に無知なままだったせいで、怖がらせた。

 

「“ゴン”は……間が、悪い」 あの時、死を覚悟し―――だが、“彼女”はその引き金を引かなかった。

 

「でも、ゴンは、青年にわかってもらえた。だから、それでいいのだ。いいんだけど、なんかな。もやもやってするんだぞ。それがわからなくってな、感想文が書けないのだ」

 

「……たぶん、クロウ君は、ゴンに嫉妬しているのでした」

 

 あれだけ元気のなかった少年の顔が、夏音の指摘で蘇った。

 クロウは頭上に光が差し込んできたのを見たように、ぱちぱちと瞬きして夏音に顔を向ける。

 

「そうか。オレはたんに、わかってもらえたゴンが羨ましかったのか。オレはオレの中に、そういうのがあるなんて、気づきもしなかったのだ。

 む、でも、困るぞそれ……」

 

 懺悔のように呟くクロウに、夏音は目尻をほんの少し下げた穏やかな視線を送る。

 

「クロウ君は、凪沙ちゃんと仲良くなりたいのでした」

 

 だから、拒絶される彼女に近づこうとした、とこれまで二人を見てきた第三者の聖女は評す。

 

 自覚するには遅すぎるとは思うものの、ずっと前からその感情は根付いていたはずだ。

 心の傷がそう滅多に表に顕わさない鉄の心臓の持ち主の友人が、夏音のここぞとばかりに続けた指摘に苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

「うー……なんというか、違うと思うぞ叶瀬。仲良くなりたいとかじゃなくて、ただ同情だけで近づいたんだとオレは思う」

 

 きっと―――ただ同情だけで彼女に近づいた。

 あまりにも重すぎる“業”を負った彼女を気に掛けたのはそれが理由。

 その気持ちは今も変わっていない。そうクロウは思っている。

 ……ただ、あの時、傷つけてしまったから、彼女を大事に考えるようになった。そして、今は……

 

「……!」

 

 反射的にこぼれる悲鳴を咄嗟に手で押さえつける。

 『楽園の護り手(さべつしゅぎしゃ)』らから助け出した少女に、クロウは、心底から臆した。

 殺されずに拒絶されたクロウが、殺されて理解してもらえたゴンを羨み、けれど、“あの理解しえない震え”をクロウは覚えている。そう、今も思い出すだけで蘇る震えを……

 

「情けないぞ、オレ」

 

「どうしてでした?」

 

 そんな震えるクロウに、夏音は首を傾げてみる、その青く澄んだ瞳に見つめられて、やがて根負けしたクロウは、腕を抱いて、あまり言いたくない己の恥を口にした。

 

「むぅ、今のオレは、暁を見ると震えちまうのだ。だから、何か、それが格好悪いんだぞ」

 

「震えるのは恥じることでもありません。

 クロウ君。人間は、怖いことがあったら震えました。ですが、哀しい時や、怒った時や、嬉しい時にも震えるものでした。

 人間は震えるようにできているのでした」

 

「……そう、なのか?」

 

「はい、そうでした」

 

 夏音が頷くのを見て、クロウも自然と頷いていた。

 こんなにもあっさりと肯定されるなんて、少年はそこまで単純思考であったのか、それとも聖女の言葉は自然説得力が宿るものか。この耳に馴染みある清らかな声が、どんどん心に染み込んでくるよう。

 

「―――う、叶瀬。ここは悩むところでも、迷うところでもなかった」

 

 よっと勢いよく席を立つクロウ。

 正直に言って、『暁凪沙』に恐怖を覚えているのは、間違いがない。あの時感じた“死”は、『九番(クロウ)』に最も刻まれているあの記憶と重なったのだから。

 でも、この“震え”は、きっとそれだけではない。

 

「結局、オレにできるのは進むことだけだったのだ」

 

 逸る気を抑えようと、腕を上げて、深呼吸。

 『焔光の宴』も、<第四真祖>も、どうでもいい。

 進む。彼女に近づく。この“震え”を受け入れられたクロウの頭にあるのは、それだけ。

 自分でも不思議なくらい、シンプルな答え。

 『ごんぎつね』を読み、文字として感想を書き込めないと思った時と同じよう、クロウは今この感情を何と表現すればいいのか、わからない。夏音もまた今のその表情を見て、口を開きかけたが、なんとなく野暮と思い、指摘はしなかった。

 言えることは、ひとつ。

 

「じゃあ、叶瀬、ちょっと会いに行ってくる」

 

「はい、いってらっしゃいクロウ君」

 

 

 

 

 

「その前に、ちょっと弁当くれないか叶瀬。なんか頭がすっきりしたら、お腹がすっきりしてることに気づいたのだ」

 

「いつも通りのクロウ君に戻ってくれて安心しました」

 

 ……訂正、ふたつであった。

 

 

回想 りあな号

 

 

『すまない。そして、楽しかった。ありがとう』

 

 

 置き手紙が、船室のテーブルにあった。

 

「―――くそっ!」

 

 机を拳で叩く。その威力に机に罅が入り、また指の骨から鈍い音。それも『血の従者』である古城には一呼吸で完治してしまえる。

 

「オマエは殺して壊すための兵器なんかじゃないだろアヴローラ!」

 

 予感はしていた。

 だから、学校を昼休みに抜け出し、ここまで息を切らして全速で走ってきた。それでも、止めてやることもできなかった。

 古城を巻き込まないよう、古城を置いて、もうあの二人は出立してしまっている。

 

 <第四真祖>の『血の従者』故に、今の古城は人間ではない。

 人間の時よりも身体能力が上がり、そして、“不死身”。

 だが、そうであっても、不出来な吸血鬼である『匈鬼』の兵隊にも敵うかどうか。眷獣を召喚できる純血の吸血鬼には瞬殺され、肉壁にすらなれない。

 間違いなく足手纏いであり、そして、彼女はその足手纏いを抱えて戦えるほど強くない。満足に戦えるかどうかもわからないのだ。

 ならば、犠牲は少ない方が良い。

 冷静な思考が、彼女の配慮を理解する。

 しかし、憤激する裡は、納得できないと吠え立てるように叫んでいる。

 

 行く先は覚えている。

 ヴェルディアナに連れられ、アヴローラが向かった先は、ザハリアスが指定した儀式会場の絃神島・旧南東地区(アイランド・オールドサウスイースト)だ。文字通り、絃神島本島の南東海上に浮かぶ、人工島の一区画である。

 実験的に構築された試作人工島として造り出され、島の領土を広げるための建設基地(ベースキャンプ)として利用されていたエリア。まだ人間や魔族と言った住人はいるだろうが、東西南北の四基の人工島が完成した今は、役目を終えて跡地であり、残り数年ともたない耐用年数に迫った廃棄エリアとなっている。

 

 この老朽化が進む廃墟の人工島が、死の商人たるザハリアスが主催する『宴』の開催地。

 

「『焔侊の宴』に……行くぞ」

「―――やめておけ、死ぬだけだぞ小僧」

 

 どこかふざけているような皮肉気な忠告が飛んできた。

 声の方を向けば、無精髭を生やした長身の日本人が、その長い脚で船室の出入り口を遮っている。身に着けているのは色褪せた革製のトレンチコートに中折れ帽。時代遅れのマフィアの一員か、売れない名探偵を気取ってる人物は、細長いゴルフバックを肩に下げて、古城ににやけ笑いを送ってる。ただ、その頬はこけて、目元にはしばらく眠っていないせいで隈が浮かんでいる。

 

「こっから先は根性(コンジョー)だけじゃどうにもならねぇよ、古城だけに」

 

 寒々しいオヤジギャクをぶちかまされて、忌々しげに男を睨みつけていた古城は頭の血管が切れるような幻聴を耳にした。

 

「今更何しにきやがった、クソ親父!」

 

 古城の父親――暁牙城という男は考古学者で、世界各国の紛争地帯を巡っては戦闘のどさくさに発掘品を掠め取ってくるような、火事場泥棒まがいのフィールドワーカー。

 それ故に、古城はまともに会話を交わしたことが数えるほどしか記憶にない相手だ。

 今は絃神島にある市立大学に研究所をもって、そこの客員教授をしているそうだが、これまでこの絃神島に行われている『焔侊の宴』には時折助言を送る程度で、アヴローラとは最初の顔合わせ以来会っていない。

 

「なにって、そりゃ勘違いしてるバカ息子を止めに来たんだよ」

 

「何?」

 

「ま、つい最近まで俺たちもそう勘違いしていたんだが―――古城、前にお前がいっていた後輩の意見が正しかった。

 凪沙が『十二番目(アヴローラ)』の記憶を奪ってるっつうのは間違いだったつうことだ」

 

 『妹(娘)を救うには、アヴローラに奪っていた記憶を返さなければならない』、と古城に教えたのは、牙城だ。それが、最初から間違っていたと手のひらを返す。

 そう、後輩が語った第一印象の通り、アヴローラは記憶も力も凪沙に奪われてはいなかったのだと。

 

「俺たちは最後の賭けに失敗しちまってることにようやく気付いたってことだ」

 

 牙城がつまらなさそうな口調で言う。古城は最初、何を言っているのか理解できなかった――この父親が抱いている絶望を共感したくなかった。

 だが、気づいた。ヴェルディアナに、姉リアナの<焔光の夜伯>の研究論文を渡したのは、父親。それが発火剤となることを知った上で渡したのならば、それは背中を押したのも同然だ。

 つまり―――この展開は、牙城が望んでいたものだということだ。

 

「気に喰わねーが、ザハリアスの野郎に『宴』をやってもらうしかなくなった」

 

「てめェは―――!」

 

 ブチ切れた古城が、父親の顔面を目がけて渾身の右フックを放った。手加減など考えていない。まともに入れば、牙城の頭蓋骨を粉砕しかねない。

 しかし疑似吸血鬼『血の従者』の腕力で放たれた息子の攻撃を、牙城は余裕の動きで回避する。

 

「おおっと……危ない危ない。怖い怖い」

 

「こんのクソ中年が―――!」

 

 暴れるには狭い船室内で、窮屈ながらも小刻みな左ジャブを連打する古城。その渾身の連続攻撃は、牙城の動きに翻弄されて虚しく空を切る。

 そして、牙城は人間にも回避できたそのパンチを鼻で笑い、

 

「ほらな、思ったとおりだ小僧。丸腰のお前じゃ、ザハリアスの『匈鬼』ひとりも相手にできねーよ」

 

「なっ!?」

 

 牙城の予期せぬ行動に、不意を衝かれた古城は反応が遅れた。いつの間にか牙城の手の中には、船室のキッチンに置かれていたタバスコの瓶が握られていた。

 そして古城の死角から、牙城は瓶の中身を思い切り息子の顔面へとぶちまけた。

 飛来する液体の全てを完全に避けるのは、『血の従者』の反応速度をもってしても不可能なタイミングで。

 タバスコをもろに眼球に浴びて、古城はたまらずのたうち回る。

 

「ぐおおおおおっ……目があっ、目がぁっ!」

 

 タバスコの飛び散った船室の惨状が、転がる古城の身体で更に荒れる。

 充血した目を擦りながら、よろよろと上体を起こした古城は突きつけられる。

 

「これで、チャックメイトだ」

 

 牙城がゴルフバックから取り出した銃のようなものを古城に向けていた。

 それは、折り畳み式の黒いクロスボウ。ライフルに似た銃身にはすでに矢が装填されている。霊力を封じ込めた長さ15cmほどの補助輪(エクステンダー)――三枚の小さな安定翼がつけられた、銀色に輝く金属製の矢。直径4cm近くにも達するそれは、矢というよりは杭というイメージに近い。表面には細かな魔法文字がびっしりと刻まれており、仄かに青白い輝きを放っている。

 それは怒り狂う古城の思考を一気に冷まさせるほどのものだ。

 

「こいつは、『柩』の鍵。魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を斬り裂く、真祖殺しの聖槍だ」

 

 これをヴェルディアナに使わせて、アヴローラの封印を解いた。真祖でさえ殺し得るこの杭に撃たれれば、半端な吸血鬼である『血の従者』など、一発でおしまいだ。

 

「普通ならこの世界に三本しかない『天部』の遺産なんて、巫女でもない俺が使えるものじゃないんだが、呪式銃のカートリッジと同じ原理で、まあ、一回きりの使い捨てになるんだが、薬莢のおかげで“誰でも扱える”」

 

 つまり、それは牙城にだけでなく……

 

「けっ、半端な吸血鬼もどきの小僧に使うにはもったいなさ過ぎるシロモンだ。本当に大変だったぜ。この薬莢のために、アルディギア王宮に頼みに行ったんだが、そこで久しぶりに会ったポリフォニア王妃、深森さんと同じで見た目は変わってなかったし、中身もとんでもない跳ねっ返りで腹黒のまんまだった。しかも、その娘の王女も同じくらいじゃじゃ馬だった……まあ、母娘ともどもおっぱいばいんばいんな感じでいい女なのは間違いなかったけどよ」

 

「おい、その苦労話、母親にしてもいいか?」

 

「ぶっ!? ばっか、俺は妻一筋だ! 誤解されちまったら、深森さんに何を―――」

 

 ―――すべてを言い切る前に、古城は飛び掛かった。母(妻)の話を持ち出され、動揺した一瞬。これで終わったと虚を衝かれた牙城はそのスピードに身体がついていけない。人間の筋力で引き出せるような速度ではなく、並の吸血鬼を明らかに凌駕した身体能力で古城は、牙城に体当たりをぶちかます。

 牙城の身体が船室の出入り口の扉にぶつかり――ぶち破り、甲板に転がる。起き上がってくる気配がない。顔の上に乗ったその中折れ帽子に覆い隠されて、その表情は見られないが、どうやら一発KOで伸びているようだ。

 

「くそ……」

 

 船室から外に出てきた古城が、転がっていたゴルフバック、そして、聖槍である杭を撃ち出すための薬莢付きのクロスボウを拾う。

 古城はクロスボウを折り畳んで杭と一緒に、ゴルフバックに入れる。これで街中を歩いていてもカモフラージュになり、怪しまれることはない。

 それから、倒れている牙城を見下ろして、悪態をついた。

 

「……三文芝居させてんじゃねーよ、このバカ親父」

 

 

 

 

 

「……はっ、しょぼすぎる相手に合わせてるから大根役者になっちまったんだよ、バカ息子」

 

 息子は、行った。

 自分や妻は介入してはならない『焔光の宴』へと。

 その背中を見送ってやることはなく、目を瞑ったまま牙城は肋骨に罅くらいは入ってる胸元をさする。

 

「……まさか最後の最後でアイツに頼ることになるとはな」

 

 まだ少し頼りない息子だが、聖槍を突き付けられても動けたのを思い返して、牙城はクックと愉快そうに笑う。

 古城だけに、根性がある。この父親への対抗心からかもしれないが、それでも覚悟があることを確かめられた。

 牙城の役目はもう終わった。他にもいるかもしれないが、牙城が期待した、凪沙(むすめ)を救える可能性は、古城(むすこ)だ。<第四真祖>の『血の従者』と化した古城の存在は、『焔光の宴』の不確定要素(イレギュラー)だ。

 それはザハリアスにとっての不確定要素ではなく、裏から糸を引いている連中――獅子王機関にとっての不確定要素。

 最悪の場合、牙城は子供たち二人とも失うことになるが、それでも牙城は古城に賭けることにした。それにこの大博打の勝率を上げるためのプレゼントも今、渡してやった。

 そして、

 

 

「先生、すまねぇが、あのバカ息子を助けてやってくれ」

 

 

回想 彩海学園 

 

 

 校長室より上階にある攻魔師カウンセラーに与えられた一室。

 そこに、この執務室の主として、椅子に座す魔女と、それと相対する巫女。

 ヴェールのような薄絹に覆われ顔を隠すが、明らかにまだ若い。おそらく、学園に通う生徒らとさほど変わらない年齢だ。しかしながら、見た目が幼き魔女よりも大人、小柄な体つきに不相応な巨大な二つのふくらみが胸元を押し上げており、形といいボリュームといい張りといい、幼児体型などとはとても呼べない代物をお持ちである。

 その彼女が身に着けているのは、金箔と無数の宝石をちりばめた絢爛豪華な巫女衣装。そして、薄絹の間より覗かせるその髪の色は白い。ホッキョクギツネの毛並みを連想させる、神々しいまでの純白。

 

「永遠に膨らみ切ることのなく、眠り続ける蕾とは、中々風情のあるものよな」

 

 声が響く。

 場が蠢く。

 糸が震える。

 老練な重さを感じさせる主は、しかし空気に反して、この年若き巫女のもの。

 “魔族に似て真なる魔族に非ず”存在である彼女の一族が引き継いできたその力は、霊糸と接続させることで、数百人、或いは数千人と完全に同期して統率する能力。

 この現代社会において、直接的な戦闘力よりも、ある意味遥かに危険な、使い方次第では国家そのものを操ることすら可能な能力。

 <神は女王を護り給う(テオクラテイア)

 己の純白の毛髪を触媒とすることで、他人の霊体にすら自由に干渉することができる日本最強の攻魔師のひとりは、そこにあるがけして触れることのできない、湖面の月の如き魔女の幻像(みなみやなつき)をこの場に拘束していた。

 

「しかし、其方のような力ある不確定要素(イレギュラー)に介入されると、今後の世界情勢を左右する、大事な儀式が台無しになるかもしれんのでな。解放はできん。このまま愛でさせてもらおうか」

 

 濃密な魔力が通された霊糸を隙間なく張り巡らせた網の中では、空間制御の魔術は干渉されて使えない。

 空を飛べる翅があろうと、蜘蛛の糸に囚われた蝶に等しい。

 

「一応、自己紹介をしておこうか。

 当代の獅子王機関『三聖』がひとり、(くらき)白奈だ。何もできんと思うが、よろしくの」

 

 五本の指に入る実力者である国家攻魔官を封じながら、その見える口元が艶然とした笑みの形を作る巫女。

 国家公安委員会に設置されている魔導テロ対策の特務機関―――そして、この絃神島で行われている『焔光の宴』を仕切る『采配者(ブックメーカー)』である、獅子王機関。その頂点のひとり。

 

 その獅子王機関を“商売敵”と認識していたが、この事態を顧みるにそれは改めなければならない―――那月はこれまでこのノックもせずに突然現れた来客を無視して口をつけていた紅茶のカップを置く。巫女を怜悧な視線で見やりながらだったせいか、目測を誤りやけに力強くカップが置かれて、受け皿(ソーサ)に罅が入ってしまったが。

 

「裏で糸を引いて、武器商人と繋がり、没落貴族を道化師(ピエロ)にしていた“蜘蛛”が、この国の対魔導対策の捜査官の長とは、世も末だな」

 

「おう、言ってくれるな<空隙の魔女>。じゃが、これも『<第四真祖>の覚醒』という目的を果たすためよ」

 

 那月の非難を受けて、苦笑しながら『三聖』は語る。

 

「我々獅子王機関は、魔導災害の阻止のためにある。しかし、今回の任はいささか面倒でな。地震と同じで止めることのできない類い。ならば、出来るのは被害を最小限に抑えることしかなかろうて」

 

 『原初のアヴローラ』を起こそうとしたザハリアスの儀式魔術によって、もうすでに数十万人単位の大規模観戦(アウトブレイク)が発生している。

 しかし、それでもまだ被害は抑えられている方なのだ。

 

「我々の最優先目標は、覚醒した<第四真祖>が日本国外に流出するのを阻止すること。あれは、殺神兵器。いずれに国家が所有しても、世界の軍事バランスは崩れるじゃろう。辛うじて妥協できるとすれば、それは専守防衛を標榜とする我が国の『魔族特区』――この絃神島で管理すること。それ以外にはあり得ん」

 

 一流の攻魔師が束になったところで、歯牙にもかけずに一蹴されるだろう。歴史上、<第四真祖>の素体は時折覚醒しては、各地に災厄を振り撒いていたが、あれは人間がどうこうできる存在ではないのだ。

 たったひとりで一国と戦争ができてしまえる『世界最強の吸血鬼』という殺神兵器。

 その存在は、世界大戦の火種となりかねず、そして、君臨すればそこは如何様な新興勢力であろうと新たな『夜の帝国』の地位を手に入れる。如何なる国家勢力が手に入れても、<第四真祖>は世界を不幸にさせる。この世にあっていいモノではないのだ。

 

 だが、その例外的な安全地帯が、この絃神島だ。

 

 太平洋上に建造された人工島である絃神島に接する隣国もなく、また食料や生活物資の輸入が生命線である以上、<第四真祖>が自ら領地として支配したとしても、他国に戦争を仕掛ける心配もない―――少なくともそれで建前上、<第四真祖>の存在を恐れる他国を納得させる十分な説得材料とはなる。

 

「聖域条約に基づいて、あらゆる魔族の受け入れと政治利用の禁止を規定された『魔族特区』ならば、<第四真祖>を安全に“隔離”することができる、ということか。

 ―――それで、そのためにどれほどの犠牲を払うつもりだ?」

 

「ふむ。とりあえず、廃棄が決定された旧南東地区(オールドサウスイースト)に住んでいる2000万は巻き込まれるな。絃神島の全人口から算するに、五厘以下じゃ。『匈鬼』らの自治区の被害状況と比すれば、微々たる損害だ。まずまず上出来ではないか<空隙の魔女>」

 

 悪びれることなく、『三聖』は成果を述べる。

 

「そして、すでに『戦王領域』と『混沌界域』、残る5体の<焔光の夜伯>と一緒にその使者が来ている。それを交渉材料に<第四真祖>と我々は平和条約を締結させる。

 まあ、それで決裂するかもしれんが、そのときは、儂ら獅子王機関が<第四真祖>を抹殺する。『采配者』に選ばれたものとして、吸血鬼の真祖をも滅ぼし得る切り札はすでに確保してあるのでな」

 

 たとえ『焔光の宴』を中断しようとも、一度目覚めた十二の素体は世界のどこかで災厄の如き力を振るうことになり、こちらの管理外で無尽蔵の被害を人類にもたらす。

 ならば、こちらの管理下で覚醒させ、被害をコントロールし、そして二度と蘇らぬよう徹底的に抹殺する。それこそが賢明な判断というものだ。

 

「くっくっ……憤りを覚えたのが霊糸を通して伝わってきおったわ。存外、甘いやつよな<空隙の魔女>。いや、それが其方の本質か。青い青い。いずれにしても其方の出番はあるまいよ<空隙の魔女>」

 

 だから、『三聖』闇白奈は、世界平和という正義を掲げて、この絃神島の守護者であり、素体らを<監獄結界>に閉じ込め、獅子王機関が描く『焔侊の宴(シナリオ)』を台無しにしかねない<空隙の魔女>を抑えている。

 

 

 

「―――止めるべき相手を間違えたな」

 

 

 

 その正義に魔女は失笑を零した。

 

「貴様の言う通り、『聖殲』の遺産、<第四真祖>は殺神兵器と呼ばれるものだ。人間と魔族の始祖(かみ)同士の戦争で、相手の神を殺すために兵器(どうぐ)が造られたが、“現存する殺神兵器は<第四真祖>だけではない”」

 

 たとえば、七つの大罪を冠した規格外の魔獣や、『哪吒太子』の原型である超古代戦車(オーバーテクノロジー)は、神々が造り出した神話の時代の生体兵器。

 そして―――

 

「あの人形どもはわかっていたようだぞ。『焔侊の宴』から取り除いておくべきものは何なのか」

 

 この『焔侊の宴』は、下手に深入りすれば、『三聖』であっても巻き込まれかねないため、闇白奈の耳に入る情報は制限がかかっていた。だから、計画の全容は知っていても、進展の全てを報されてはおらず、現地入りしたのも今日。

 だが、それでもひとつ、『戦王領域』で独断行動を許している素体らが、ある特定の人物を追い回していると報告があった。

 しかし、

 

「知らんでも無理はない。馬鹿犬は、<第四真祖>と比べれば、犬ころだ」

 

 それは、“この<空隙の魔女>と関わりあるものだから”と見ていた。素体らの脅威となる魔女の有している戦力を削るため。だから、こうして『三聖』が直々に赴いて、『剣巫』や『舞威姫』では荷が重い<空隙の魔女>を抑えに来た……

 だが、もし、<焔光の夜伯>が脅威と見ていたのが、<空隙の魔女>ではなく―――

 

「……<黒妖犬>――其方の使い魔も、殺神兵器だと?」

 

「いいや。あれは中身が満たされていない“未完成な器”。

 ―――逆に言えば、それだけ“可能性”があるということだがな」

 

 それは、成長や変化と言い換えてもいいもの。

 そして、殺神兵器に備わる機能の中で最も危険視されるのは、学習能力(ラーニング)

 古代の生体兵器(ナラクヴェーラ)が、空間断絶の斬撃に斥力場を発生するようになった学習能力―――それを持っている。

 魔女との死闘の中で転移先を予測する勘が鋭くなっていき、古兵の獣王が編み出した奥義を体感して己に合った体技を学習していくなど……

 そして、雷光の獅子の一撃で行動不能に麻痺していた攻撃を、その次回には雷撃を受けながらも行動できるようになるほどの耐性を獲得していった。

 

 そう、今はまだ犬ころであっても、いずれは最強の存在を降す者に進化す(化け)る可能性があるのだ。

 

「魔族か人間か、どちらかの始祖(かみ)に造られたものかは、人形どもに追い掛け回されてることから容易に推察できよう。馬鹿犬には“いい刺激”になっただろう」

 

 巫女の白髪が、部屋に張り巡らされた霊糸が、ざわめく。

 

「……魔女が、殺神兵器を飼っておるのか」

 

「なに問題はなかろう? ここは“<第四真祖>の管理地としても”認められる日本国の『魔族特区』なんだからな」

 

「それは、あくまで獅子王機関(われわれ)の管理下にあっての話だ」

 

 霊糸を張り巡らせた結界の中で、身動きの取れない魔女へ巫女の手より霊糸が伸びる―――よりも先手を打った魔女の銀鎖<戒めの鎖(レーシング)>が、巫女に絡みついた。

 

「なに……っ!?」

 

「私からも言ってやろう。―――貴様の出番はない」

 

 神々が打ち鍛えた銀鎖が『三聖』の魔力に制限をかけ、霊体を直接干渉できる『闇』の霊糸が魔女を縛る。

 両者ともに、身動きができない状況だが、魔女は、空間転移による脱出など考えてはいない。

 

 

「“蜘蛛”如きに、私の眷獣(サーヴァント)の幉を引かせてやるとは思わないことだ」

 

 

回想 道中

 

 

『暁主任がお呼びです。凪沙さん、今すぐに早退してもらえませんか? 先生にはあとで私から連絡しますので。あ、荷物もスタッフが回収します』

 

 スーツ姿の背の高い女性は、遠山美和。MAR研究員で、医療部門主任である母暁未森の助手をしている人。常に無表情で、人間らしさを感じさせないとっつきにくい人物だけど、顔見しりで病院に行くたびにお世話になっている。

 だから、彼女からそう言われたとき、何の疑いもなく頷いた。途中、廊下であったクラス委員長の甲島桜にその旨を伝えて、学門前に停めてあった車――特区警備隊の装甲車両に乗り込む。

 分厚い鋼板に覆われた車内。座り心地の悪そうな平たい座席。車輪を駆動する電気モータから発する唸り声に似た低い騒音。この小刻みに揺れる車内に酔わないよう、車窓を開ける。

 

 そして、数分後。

 流れ行く景色を見ていると、ふと、移動しているルートが病院からは離れていくのに気付いた。

 

 研究所付属の病院があるのは、人工島北地区なのに、今通っているのは人工島南地区へ行く道路で真逆だ。

 さらには、武装した機動隊員や、対細菌・化学兵器用の防護服を着た人々の姿が見える。まるで内戦中の都市を見ているような物騒な光景。

 ―――ニュースで見た、そう、兄がとても気にしているようだった、遠い異国の地で起きた大規模感染(アウトブレイク)と重なる……

 その何かある先へと車は向かっている。

 

「遠山さん? ねぇ、どこにいくの? 深森ちゃんのいる病院はそっちじゃないよね?」

 

「………」

 

 運転する彼女は何も答えない。

 そして、

 

『人工島管理公社より、絃神島の皆様にお知らせします―――』

 

 開けた車窓から、聴こえる。上空を旋回する特区警備隊の無人広報ヘリのスピーカーより流し続けられる無感動な人工音声。

 

『本日、人工島・旧南東地区において、新型感染症の疑いのある患者が発見されました。感染拡大の恐れがありますので。予防措置として、安全が確保されるまで、旧南東地区への往来を禁止。連絡橋を封鎖いたします』

 

 え……?

 思わず、車窓から頭を出して、飛び去って行くラジコンヘリの行方を目で追う。だけど、繰り返される内容は同じ。目眩にも似た焦燥を抱く。

 このタイミングでの新型感染症――遠く、名前も聞き覚えのない土地で起きているのと同じタイプのものなのだろうか。

 この行く末を幻視した。世界が表層の皮一枚を剥ぎ取られて、その下の真っ赤な血肉が曝け出されるのを見せられるよう、平穏な日常の裏にあった真実に近づく悪寒。

 

『現在、旧南東地区への一切の渡航を禁止しています。また旧南東地区に立ち寄った船舶は、寄港せず沖合で待機。検査官の指示に従ってください。違反者には罰則が科せられます。繰り返します―――』

「遠山さん! そっちに行っちゃダメだよ! 早く引き返そう!」

 

 叫んで、訴える。

 けれど、彼女の返答はなくて、運転席からの操作で車窓は閉じられ、ドアにもロックが掛けられた。

 それでも危機感に突き動かされる凪沙は、ドアに体当たりを―――

 

「っ、この―――」

「―――暁深森が無事でいてほしければ、大人しくしていなさい」

 

 その脅し文句に、硬直する。

 深森(はは)に何をしたのか、と凪沙は鋭い眼差しを送る。

 逃がさない。

 ミラー越しからその怜悧な視線がこちらを刺す。

 

「彼女の身柄はすでに我々の手で確保しています」

 

 そして、目で抵抗を奪った彼女は、前を見て、その鉄仮面がわずかに揺れた。

 

「ぇ……………」

 

 常に無表情な遠山美和が、驚いている。

 何か思わぬものに遭遇したような、彼女らしからぬ思考停止。

 それが何であるかが気になって、自分も前を見てみる。

 

(………な、に?)

 

 遠山の視線の先、その遠くに、あるのは何か?

 この電波時計のように正確な女性を驚かせる想定外の事態とは何なのだろう?

 

 行く手に“彼”が、いた。

 

 あまりにも見事に、その少年は立っていた。

 耳付き帽子首巻手袋コートをどこか騎士っぽく着こなす彼の、背筋をしゃんと伸ばしている姿勢が、目を奪った。生物は、危険を感じると、身体を前傾するか後ろにのけぞるかする。なのに、彼は、“震え”を受け入れたというかのように真っ直ぐに立っていた。

 

「……っ!」

 

 アクセルを踏まれ、エンジンの回転数が一気に上がる。

 

「遠山さん!?」

 

 急加速する乗り物は、構わず、あの少年を轢こうとしていた。それを止めようと彼女の肩を掴むも、女児の腕力ではびくともしない。

 ―――だが、車はその男児の腕力で止められた。

 

 

 

 限界までアクセルを踏み切った装甲車両と衝突しながら、衝撃を受けたのは少年、南宮クロウではなく、車両の方だった。

 相撲のがぶり四つのような力勝負。バンパー下に入れられたその両手で抑えられ、数mほど擦過痕を足が引きながらも、車を吹っ飛ばすことなく、横綱の如く全てを受け切って、少年は停めた。

 ―――と、運転席から、遠山が飛び出す。

 その手には、魔族をも昏倒させる出力が出る電磁警棒。それを最大出力で振るう。

 

「ビリビリにはもうとっくに慣れた。オレを壊したかったら、こんな玩具じゃなくて、怪物を連れてくるのだ」

 

 白羽取りよろしく、手袋越しに片手で掴み取った電磁警棒を握り潰す。

 

「填星/歳破!」

 

 だが遠山は、武器破壊にも怯まずに、逆に懐へ潜り込んだ。そして人体の急所に向けての零距離からの一撃を放つ。火事場の馬鹿力とばかりに人間の限界を超えたその動きは、クロウの予測を上回っていたのか、攻撃をもらった。

 

 横隔膜を打つ掌。

 『八将神法』――獅子王機関の一点を穿つ暗殺拳は、魔族であっても一撃で仕留める。

 

「<(ゆらぎ)>よ!」

 

 対魔族用の凶悪な内蔵破壊技―――しかし、それは通らなかった。

 密着することで効果を発揮する技。その皮膚に触れるまで1cmほどのところで遠山の手は止められていた、不透明なものに侵攻を阻まれている。

 生体障壁。

 気を硬め、防御する。その濃密な生命力の鎧は、分厚い鉛のようで全ての衝撃を遮ってしまい、身体強化した攻魔師の一撃であっても内部まで威力が伝わらない。

 

 なんという硬さだ。

 人型でありながら、並の獣化した獣人種を超えている。

 武神具もなくこの相手をするのは危険。

 

「―――む、来たな」

 

 距離を取った遠山にクロウは反撃せず、それよりも弾かれた勢いのまま車に跳び、その中で固まっていた暁凪沙を引っ張り出す。

 同時、暴風と共に“彼女”が現れる。それから、隠すよう暁凪沙を背にし、前に立つクロウ。

 

「……『九番目』」

 

 他番号の娘とは何度か顔合わせているが、彼女とは一度目の顔合わせ以来。これで二度目となる対峙。灰色の防護服を着た、金髪の少女。防護服の肩には“Ⅸ”のマーキングが刻まれている。

 

「これより先は認められたものしか立ち入りは許されん。汝は呼ばれてはいない。命が惜しければ疾く去れ」

 

 高圧的な口調で警告を発する『九番目』。さらにその背後より彼女と同じ顔をした二人の娘が歩み出る。彼女たちの防護服に刻まれたマーキングは“Ⅱ”と“Ⅷ”―――

 

 第二真祖<滅びの瞳>が直系の第九皇子イブリスベールの砦を陥落させた面子と同じ、三人の<焔光の夜伯>。

 たった一人に送るにはあまりに過剰な戦力。

 

「……っ、……!」

 

 その登場に、凪沙は黙って胸を押さえる。

 心臓が激しく脈を打ち、呼吸が荒くなっていた。全身から冷たい汗が流れている。自分でも抑えきれない大きな力が、身体の中で荒れ狂っているのが分かる。これは魔族に対する恐怖だけではない。そう、もっと“自分が自分でなくなってしまう”感覚……

 

「―――待ちなさい。我々の目的は『宴』であって、それまでの無用な混乱は避けるべきです」

 

 制止を掛けたのは、遠山。

 その人間味の乏しい事務的な口調で『九番目』らを呼び止めながら、暁凪沙を背に庇うクロウを見る。

 

「<空隙の魔女>の使い魔、この一件には特区警備隊の介入は認められていないと通達があったはずですが」

 

 暁凪沙を誘拐するこの企てには、『九番目』らを有するザハリアスだけでなく、遠山美和の背後にある組織も噛んでいるのだろう。

 そして、そこはこの絃神島の治安機関にも命令を下せるだけの権力を持った上位組織。

 クロウは答える。

 

「そんなのご主人から聞かされていないし、オレには関係ない」

 

「関係ない?」

 

「オレは、暁に会いに来た」

 

「……何ですかあなたは? 状況を理解できていないのですか」

 

 落胆するように遠山は言う。その瞳の奥には、確固たる信念の光があった。

 遠山は個人の欲望で動いているのではない。全体の損得を見て働いている。だから、この大いなる正義たる大義を果たすためならば、何だってしよう。

 

「う。ちゃんと理解してるぞ」

 

 遠山が魔女の使い魔を見殺しにしようと判断を下すその前、呆気からんとクロウは言う。

 そして、遠山、<焔光の夜伯>の素体『九番目』、『二番目』、『八番目』から視線を外して、凪沙の方を向いた。

 

「―――そうか。どうしてふたつ魂の匂いがするのかと思ったら、やっぱり、暁は、『棺』の代わりなんだな」

 

 その他の誰でもない彼女に真っ直ぐ向けられた呼び声は、凪沙の瞳に消えかかっていた感情の光を拾い上げた。

 

「心配するな。オレは、『墓守』だぞ。暁が『棺』なら、守るのが役目。何があっても荒らさせはしないと約束するのだ」

 

 強く冷たい風に吹き消されそうに小さくなる灯を両手で包むように囲い、弱い火を守るよう……そんなただひたすらに大切にしようとする意志を一言一言に込める。

 

「どうして……?」

 

 それは少女には、とても理解しがたいものであった。

 

「どうして、あなたが、私を助けるの……?」

 

 彼に自分を助ける理由はない。あるはずがない。

 凪沙はあの少女たちの正体がわからずとも、それが天災に等しき存在というのは直感で分かっている。兄古城が引き合わせようとした『十二番目(アヴローラ)』と同じで、自分を終わらせてしまうものだ。

 なのに、なんで自分の前に立とうとするのだ。

 

「ひどいこと、しちゃったんだよ。凪沙のせいで、皆から怖がられたのに。ずっと避けてて、一度も凪沙から謝ったことないのに。どうして、凪沙を助けに来たの?」

 

 動き出した口はもう止まらない。

 

「わたし、心の中であなたのことこの島から出て行っちゃえって思ってたのに」

 

 ずっと今まで、溜め込んできた想いが、たった今、許容限界を超えてしまったように口から溢れ出してくる。

 

「いつか皆を傷つけるんだって、あのときみたいに私たちを襲って殺しちゃうんだって!」

 

 母を裏切り、自分をさらった遠山美和よりも、

 災厄の化身の如き強大な力を持った金髪の少女たちよりも、

 

「頑張ってるの知って違うんだって思っても、大丈夫だって思いたくても、ずっとずっとそんなひどいことばかり考えてたのに!! 何でそんな人間を助けるために、こんなところまで来ているの!?」

 

 この少年のことが凪沙にはわからない。

 

「ひどいことも何も、それは当然のことだぞ」

 

 己を否定する凪沙の言葉を肯定し、そして、少年は言う。

 

「え……?」

 

「魔女に造られたことも、獣王の血が半分流れていることも、皆事実だ。オレは、怪物だ。正真正銘の怪物なんだ。そんな化け物が人間としていることを、今の今まで黙ってみててくれたんだろ。むしろ我慢してくれたのを図々しいオレは感謝すべきだ」

 

 ただ真っ直ぐに、暁凪沙の顔を見る。

 

「オレが助けたいと思ったから、助ける」

 

 その声は、力強かった。

 その声は、頼もしかった。

 そして何より。

 その声は、優しかった

 少年が告げる。

 

「だから、あんまり難しいことは考えてないのだ。暁もあんまり難しいこと考えるな。お前はちゃんと助けられていい。オレの勝手なワガママに振り回されてろ」

 

 心底それが当たり前であるように、そしてどこか自信ありげにニカッと笑いながら。

 あ、う……、と凪沙は戸惑うように、混乱するように少年を見た。

 その目は、まるで道に迷った小さな子供のように揺らいでいた。

 彼は凪沙を助けると言ってしまった。たとえどれだけ薄汚く罵られても、それでも構わないと断言してしまった。

 だけどそれでは、この少年は踏み込んでしまう。自分の道連れに終わってしまう。

 なのに、

 

 もう、

 

 これ以上、拒絶することなんてできなかった。

 

 凍り付いていた凪沙の涙腺が、熱を帯びた。

 無理だった。凪沙にはこの少年を拒めなかった。理屈なんて知らない。正しい答えなんてわからなかった。だけど、もう限界だった。

 信じる。信じたい。この少年は何よりも強いものだと。

 暁凪沙は子供のように、ごしごしと瞼を擦る。

 涙の膜が晴れる。目の鱗が落ちる。

 そして、改めて、彼を見て、

 

「……暁じゃなくて、凪沙」

 

「?」

 

「もう、暁なんて呼ばれたら、古城君と一緒になっちゃうじゃない。ややこしいからちゃんと名前でお願いね」

 

「む。そうだな。わかったぞ、凪沙ちゃん」

 

 初めて、その名前を呼んで、彼の声で呼ばれて、感情の光が消えかけていた瞳に再びその明るさが戻った。

 

 

 

 

 

「……認めよう汝を」

 

 その様子を見ていた『九番目』が、その身より発散させていた威圧を止めた。『二番目』と『八番目』も、その決定に首肯する。

 それに難色を示したのは、遠山。

 眉を顰めたこの『采配者』に、『王』は眇めた視線を投げ、

 

「『王』よ……それはザハリアス氏の命に背いているのでは?」

 

「勘違いをするな、『采配者』。今宵の『宴』で終わらせる。ただ、ヤツもその参加者と認めたというだけだ」

 

「独断でこれ以上、不確定要素(イレギュラー)を入れるのはあまり感心しませんが」

 

「あれが“枷を外して”本気で暴れるとなれば、ここで我々<焔光の夜伯>は、一人二人が『焔侊の宴』に参加できなくなるな」

 

 ここで暴れさせていいのか? と。

 それは忠告であった。今、ここで冷静さを失い、状況を理解できていないのはそちらだと。

 

 

「ヤツは部外者ではない。『宴』に参加資格のある『王』であり、我々の“後続機(コウハイ)”―――『十三番目(トリトスカイデカトス)』だ」

 

 

 

つづく

 

 

 

彩海学園 保健室

 

 

「アスタルテ……ドッチボールするぞ!」

 

 

 その日の昼休み、仕事を終えて待機状態でぼーっと席に座っていたときのことだ。

 もう小学生を卒業し、来年度には高校生になるという男子が女子に仕掛ける遊びではないと思う。

 さらに言えば、自分とこの先輩の身体性能はあまりにも差があり過ぎてゲームにならない。

 なので、言葉を尽くしてそう諭そうとしたのだが、

 

「う。難しいことはひとまずやってみてから考えるのだ」

 

 と一蹴。

 この先輩に物事を理解させるには、昼休みの時間は短すぎたらしい。そのまま教官(マスター)より、『そこで待機していろ』と命が下されている保健室より、外に連れ出された。

 

「大丈夫だぞ。オレの魔球は、痛くないのだ」

 

 ……その魔球とやらが何なのかがわからなかったが、ドッチボールをした。男子学生が、女子型の人工生命体(ホムンクルス)と一対一で、校庭の隅っこでドッチボール。キャッチボールと言い直した方が良いのではないだろうか? なんというか、常夏の島だけど、寒い光景である。

 とはいえ、実際に先輩の魔球は痛くなかった。

 

「壬生の魔球『痛いの痛いの飛んでけー』!」

 

 そう、技名を叫んで投げてきたボールには、先輩の肉球(クッション)に加工された生体障壁が纏ってあって、当たった衝撃をほぼゼロに吸収してしまうのだそうだ……とこの痛くない魔球を身に着けるのに一日特訓したんだぞ、と苦労話と一緒に教えてくれた。

 仙術や気功術といった大陸系には疎いが、それが割と高等な技法ではないかと思う。自身ではなく他物に生体障壁を纏わせ、かつそれを絶妙な柔らかさでやる。魔球『痛いの痛いの飛んでけー』のために。当たってもダメージの与えられない……いったいそれをどんな用途に使うのか、才能とか資質とかいうのを無駄遣いしていると思ったが、少々持て余していた暇は、くしゃりと潰れた。

 

 

獄魔館

 

 

「ふはははーっ! 冥土より帰還して来たのだーっ!」

 

 

 『勝手に持ち場を離れた罰だ、その店の手伝いをして来い』と先輩共々無償奉仕命令が下された。この極楽とんぼな馬鹿犬(センパイ)を止められなかったのは自分の責任であると教官より叱られた。

 復活したオレっ子メイドクロちゃんの活躍により店はいつもよりも繁盛している。ウェイトレスの仕事は初体験ではあるが、普段から教官のメイドをしており、またこの店の店長より『無表情キャラもいいわね』とそのままの設定(キャラ)でいいと言われていたので、いつも通り教官を相手にするように仕事をする。

 

「災難だったわね」

 

 同情したのは、自分の教育係を任された、この魔族喫茶で暫定人気ナンバーワンのドジっ子ウェイトレスの先輩。その魔族登録証の腕輪をつけているのを見る限り魔族、それも純血の吸血鬼なのだそうだが、記憶と一緒に眷獣も失くしてしまったようで、『ちょっと力の強い夜型の人間』と変わらないらしい。『憶えてないけど後悔してないみたいだし、納得して誰かにやったんじゃない』と当人はさほど気にしておらず、今の生活を楽しんでいるようだ。

 

「ま、あれはあれで都合のいい奴よ」

 

 ……どういう意味か?

 今日バイトする経緯は最初に話したが、それで何故か、“後輩の自分よりもわかった風に”語る教育係に聞き返したのだが、彼女はテーブル拭きに精を出していてこちらに視線のひとつもくれない。そして、自分ではなく、向こうでファンたちに囲まれる先輩(女装)に向けて文句をぶつけるように話してるようだった。

 

「器用な奴なら失敗しないで生きられるよう賢い選択ができるけど、長く生きてると時に賢くない選択をしたくなる時がある。こういうのを魔がさすっていうんでしょうけど」

 

 それはもしかして、記憶にはないが、誰かに眷獣をあげてしまった行為のことを指しているのだろうか。

 

「そんなんだから、クロウみたいにバカを押しつけてくれる相手は時々、ありがたみを感じたりする。でもって、クロウは頼られると喜ぶ、まさしく犬のような性分だし」

 

 だから、何が言いたいのか?

 彼女の意図がよくわからない。ただ、なんとなく、とても不快であった。それでもう一度訊いてみると、あっさりと答えた。

 

「いえ別に。クロウの後輩役ご苦労様、ってことだけ」

 

 結局最後までこの教育係と目を合わせることもなく、何事もなかったように教官からの罰(バイト)を終えた。

 

 

道中

 

 

「う。じゃあ、星がよく見えるとこに行くぞ」

 

 

 それは、バイトが終わったその帰り道。労働後に夜空を見上げて『……きれい』と我知らずに唇が動いて、そんな言葉を作ってしまったことが原因。

 生まれたから空に輝く星々をじっくりと見たことがなかった。かつて殲教師に連れられ、深夜徘徊したり、教官の仕事で夜遅くに魔族狩りをすることもあるが、こうしてただ夜中に歩くのは初めてで、だからふと視界に入ったものをじっくりと見てしまった。

 そうして気づくと、先輩の視線を感じ、振り向いた。先輩は星よりもこちらを見ていた。

 直感したのは、先輩がずっと、自分の目を見ていたのだということ。だから、振り向いた時も、目が合うなどというものではなく、眼を通して頭の中を覗き見られたというのが正しい気がした。

 そして、前述に戻り、先輩はその理解しがたいものを目に宿してそういった。

 

 

 

 歩かされた。教官は特に門限を指定していないが、魔族喫茶からの帰り道とは逆方向に歩き出していた。

 正確には歩かされていた。そう、考えるよりも先に思い出した昼休みと同じ。教官の言いつけを守り保健室で待機している旨を伝えた自分を強引に引っ張り上げた。

 回想と現状は近似しており、これでは教官の説教を全く反省してないようではないか。でも、やんわりと手を引かれる自分は、今もまた逆らえずに、自分の足は先輩の後を追っている。

 

「アスタルテは、今日の星が綺麗だと思ったんだろ?」

 

 ……はい、と肯定の言葉を返すと、先輩は少しだけ、自分の手を握る指の力を強くする。

 

「だったら、今、見に行くのだ」

 

 一応、その後に説教された時の教官の言葉を一言一句違いなく復唱したのだが、それでも先輩の逡巡はわずかであった。その良し悪しはともかくとして、拙速を躊躇わないのがこの先輩の特徴である。褒められたことでないとわかっていながらも実行してしまうのだから、この先輩は危なっかしいのだ。

 

「う。ご主人に後で夜遊びは怒られるのはわかってるぞ。でもな、それでも引き返す気はこれっぽっちもないのだ。

 だって、せっかくアスタルテが綺麗なものを見られたんだから、もっと目一杯見ておくべきだって、思うのだ。じゃないともったいないぞ」

 

 その言葉には不思議と逆らえない説得力があって、また先輩の行動力は止めることができない。

 ……そして、そうなるのがくせになって、しまいそう。

 こうやって、手を取ってもらわれることが。

 自分では何も決めず受け身でいて、誰かに手を引いてもらうことに慣れてしまうのは、“人工生命体という道具”としては正しくとも、何故か、良くない、気がした。

 

 このままで良いのか? と先輩に問う。

 先輩は一端足を止めて考える素振りを見せたが、さほど悩むのに時間をかけることもなく、自分の手を離さないまま言う。

 

「オレなんかよく、ご主人とかから人の話を聞かないって怒られるぞ」

 

 それは、先輩はそうだろう。わざわざ言われなくても周知の事実に、自分が反応できないでいるうちに、先輩は再び歩き出してしまう。当然、手で繋がっている自分も歩き出す。

 

「まあ、オレもアスタルテもきっと、バランスが傾いてるんだな。

 だったらさ、アスタルテがダメだって思ったら、オレを後ろに引っ張ってくれ。そうすればお相子だし、いい感じにバランスが取れるぞ、多分」

 

 断言してもいいが、この先輩の発言はあまり深く考えていないで口にしたものだろう。その時に思ったことをそのまま口にして、それで自分が楽になったらそれでいいくらいしか考えてない。

 ただ、そんな言葉で楽になってしまったのも事実であった。

 

 

 

 そして、星を見て帰ったら、教官から本日二度目となる説教をいただいた後に、ひとつ尋ねた。

 どうして、今日は自分をドッチボールに誘ったのか? と訊いてみれば、特に隠したりせず、

 

 

「ん? この前、保健室から皆が体育してたの見てただろ? その時のアスタルテの顔が何かつまらなさそうだったから、それがオレはイヤだった」

 

 

彩海学園

 

 

 これまでのことを踏まえて、ひとつ結論を出した。

 

 あの先輩は後輩が管理しないとダメだ。

 

「―――ほれ、雪菜。坊やに全然効いてないよ。決定力を槍に頼ってるからそうなるんだ。もっと、気合を入れて打つんだ」

「はい師家様!」

 

 次の日の昼休み。

 許可なく学内に侵入した黒猫が、この屋上で行われる先輩相手に行われる剣巫の組手を看ている。

 一時期、この獅子王機関の師家が先輩を鍛えたそうだが、その理由の一つとして、使い魔(ネコ)にはできない、この剣巫の稽古相手を用意したかったためにされたものだろう。

 

「とりあえず、この坊やにダメージを与えられるようになるのが目標だね。ちょこまか動くサンドバックだと思って、思いっきりやりな」

 

「むぅ。一応、怪我しちゃいけない組手じゃないのか?」

 

 その二人が交錯する様子を第四真祖と一緒に自分は見て、チャックを入れている。

 

 先輩の行動力は行き過ぎていて不安になる。特に、単独行動で飛び出してしまうのは義憤すら覚える。

 あと、時々先輩風を吹かしたいのか妙に自分に過保護なことをするのも不満。前回、錬金術師の捜索も強権でこちらを待機させていたが、それで死にかけたのだからもう馬鹿らしい。

 そもそもちまちまとしたボタン操作が苦手だから携帯は自分にまかせており、ひとりで動かれたら連絡手段がないのだ。

 そして今も、ワイシャツがほつれて小さな穴が開いているのに繕わず、このくらい平気だと放置してるルーズなところにも首を傾げる。

 

 先輩に引っ張ってもらうのは楽で、助けてもらっているところも多いが、それに劣らぬほどダメな点が多い。あの教育係の吸血鬼は『都合がいいバカな犬』と評していたが、よくよく考えると『あまり都合の良くないダメな先輩』ではないか。やはり、きちんと後輩が管理(カバー)しなければならないだろう。

 

「なあ、アスタルテ、さっきから何を書いてるんだ?」

 

 と訊いてきた第四真祖に、自分は淡々と説明した。

 南宮クロウ(センパイ)は、思ったよりもダメな人なので、改善すべき問題点を思いつくままにチェックシートに書き留めている。観察すればするだけ見えてくるのでなかなかに遠大な作業と予想されるが、それでも先輩のダメなところを徹底的に収集するつもりだと。

 

「……何かよくわからんが、変な島に着地してないか……?」

 

 何故か、第四真祖が微妙な顔をしていたが、とりあえず今日の組手は区切りがついたので、先輩を回収する。その時、剣巫がまだ稽古したりない、今日は折角黒猫(せんせい)がいるからもう少しだけ、と嘆願するような顔をしてきたが、申し訳なくは思わない。先輩の手を引くことは、“自分の判断でしてもいい事”と言われたのだから。

 

「まだし足りないっつうなら、さっき雪菜のパンチラを見ていた第四真祖の坊やを相手にしな」

 

「先輩っ!?」

「なっ、おい―――」

 

 後ろが騒がしいが、振り向かずに保健室へと急ぐ。前まであまり考えはしなかったけど、昼休みは思っていたよりも短い。だから、早速問題点を改善するためにも、早く先輩のワイシャツのほつれを直しておくべきだ。

 

「んー……? 何か今日は楽しそうだなアスタルテ」

 

 

 

つづく

 

 

 

 アスタルテの評価

 

 聖者の右腕ⅡⅢ

 敵対していた自分を救おうとした不思議な人

 

 戦王の使者ⅠⅣ

 頼りになる先輩

 

 天使炎上Ⅱ

 頼りになるけど心配させる先輩

 

 魔女の迷宮ⅠⅡ

 頼りになるけど(おつむ)が少々残念で不器用な先輩

 

 観測者の宴Ⅱ

 何だかんだで頼りになる先輩

 観測者の宴Ⅵ

 保護しなければならない妖精獣(マスコット)

 

 錬金術師の帰還Ⅱ

 単独行動させると不安な先輩

 

 戦乙女の王国Ⅰ

 監視してないとダメな先輩

 

 総じて、現時点

 後輩(わたし)がついてないといけない先輩……!

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