ミックス・ブラッド   作:夜草

39 / 91
人形の伴侶Ⅱ

人工島北地区 スヘルデ製薬社付属研究所跡地

 

 

 研究所跡地。

 その真下に存在する窓も扉もない秘密の地下室。空間跳躍(テレポート)で出入りをすることにしたこの機密区画には広く、研究所内にあった実験室と同規模。高価な実験機材が設えて、人が生活できる程度の簡易な家具も備わっている。

 ここが、『人形師』の工房。

 開発中に廃棄された無数の機械人形に、保存液に浸された奇怪な人工生物の標本などが飾られて、まともな感性を持つ人間ならば半日ここにこもるだけで精神に不調を起こすであろう。それほどまでに異様で不気味な、狂気に彩られた部屋。

 そこで、

 

「ア……ウア……アアア……グアアアアアアッ!」

 

 絶叫するのは、“純白の髪を持ち、左顔面がひび割れた少女”。

 不定形の新型最高傑作(ナタナエル)がその輪郭を歪めて、融合されたはずの廃棄物(スワニルダ)に成っていく―――戻っていく―――壊れていく。

 

「何をしてるナタナエル!? やめろ、元に戻れ! 廃棄物(ゴミ)を吐き出せ!」

 

命令拒否(ディナイ)……命令拒否……命令拒否命令拒否命令拒否命令拒否……命令拒否!」

 

 否、もうとっくに完全に壊れている。

 主人である『人形師』に捨てられ、その命令に逆らったとき、この心は壊れた。

 ただ一つ残っているのは、目的を果たしたいという欲求。

 存在価値の照明。

 そのために、自分を取り込んだナタナエルを食い破り、乗っ取って、蘇生した。

 

「馬鹿な、こいつもぶっ壊れて、廃棄物(ゴミ)になっちまったのか!?」

 

「―――否定。私は廃棄物ではありません」

 

 哄笑する生体人形を呆然と眺めていた、『人形師』が後ずさる。

 ナタナエル――いや、スワニルダの変貌はまだ留まることがない。その下半身が、蜘蛛に似た怪物の八本脚へと変わっていく。

 護身用の魔術を発動させんと咄嗟に机の上のウィスキーボトルに手を伸ばすも、その瓶を取った『人形師』の手首に、糸が絡み付く。肉眼では視認できないほどに細い傀儡使いの糸だ。しかしその材質は強靭で、ナイフを使っても容易に切断することはできない。そのまま自由を奪うと、『人形師』を吊り上げる。人間体の上半身と相対するように。

 まるで、それは『絡新婦(アラクネ)』のよう。『人形師』は恐怖に顔を歪ませ、口角泡飛ばして喚き散らす。

 

「この化け物! 出来損ない! 狂った人形め! 俺をやれるとは思うなよ! お前にも<倫理爆弾>は仕込んであるんだからな―――!?」

 

「―――否定。私は化け物でも、出来損ないでも、狂ってもいません」

 

 『人形師』の腹部に、刃が刺さる。

 『絡新婦』の左腕に埋め込まれた絡繰り仕掛けが発動し、山刀(マチェット)に似た巨大な刃を、何の抵抗もなく、そして、一切の躊躇なく突き入れたのだ。

 

「なっ……」

 

 がふっ、と『人形師』の口から鮮血が吐き出される。

 それを見つめるスワニルダの人工の瞳には何の感情も浮かばない。壊れてしまい、『絡新婦(かいぶつ)』へとなってしまった伴侶は、埋め込まれていた魔術的なウィルスでさえも制止が効かず、主人を殺すことができる。

 

「私はザガリー=アンドレイド様製作の生体人形――個体名『スワニルダ』です。

 存在意義は『永遠』に美しいまま生き続けること。たとえ所有者の人間が滅びても―――」

 

 『人形師』は、動けない。

 

「―――『人形師様(マイスター)』の伴侶です」

 

 その山刀には、対獣人用の麻痺毒が塗られている。微量で鯨を動かなくさせてしまうほどの強力な毒だ。

 

「待て……止めろ……スワニルダ……」

 

命令拒否(ディナイ)

 

 『人形師』の必死の嘆願に、『絡新婦』は冷淡に拒絶し―――『人形師』の唇を吸う。麻痺で痙攣する口を容易くこじ開け、蹂躙するように舌を絡める。半面が歪に割れた顔を鼻で触れるほど至近で直視する『人形師』はあまりの恐怖に失禁し、舌を噛み切らんとばかりに内心狂うも、やはり麻痺で動けない。

 瞬間、『人形師』の視界がぐらりと揺れた。

 精気が奪われていっている。

 他人と融合し、その生命力を奪う―――ナタナエルの能力を奪ったスワニルダ。今のスワニルダは他者の生命力を吸蔵し、さらにそれで自らの魔力の増幅すら可能となっている。

 そして、カサカサに干乾びていく『人形師』は―――虚空より伸びてきた鎖に巻き付かれた。

 

「―――!」

 

 『人形師』の身柄を引き上げんと―――『絡新婦』より奪おうとする鎖。渡さない。スワニルダの両腕で、ザカリー=アンドレイドを引き寄せるも、そこへまた虚空より、今度は異様な物体が落ちてきた。

 仄明るく輝く獣の集団が、秘密の地下研究室『人形師』の工房に雨霰と大量に降ってきた。見た目は小さなクマやイヌのぬいぐるみに似ている。が、その数は二桁を超え、三桁に届く―――

 それらが一斉に『絡新婦』に向かって、短い手脚でしがみついてくる。

 

 魔女の『使い魔(ファミリア)』。

 魔力で紡がれた半実体の獣たちの体長は、30cmにも満たないが数が数で、瞬く間に『絡新婦』を埋め尽くす。それはミツバチが、自身よりも巨大なスズメバチを圧倒する物量でおしくらまんじゅうで蒸し殺す光景にも似てる。

 わらわらとしがみついてくる『使い魔(ファミリア)』。それに視界を塞がれ、『人形師』を手放さされて、虚空へと鎖に釣り上げられて―――

 

「魔力感知。捕獲吸収。執行せよ(エクスキュート)―――」

 

 『絡新婦』は、吸収。彼女にしてみれば、これらはエサ。魔力の塊である『使い魔(ファミリア)』を次々と体内に捕食。そして、視界は開けたところで、虚空に引き込まれていく『人形師』へと手を伸ばし―――

 

 バカめ、と舌足らずな声が聴こえた気がした。

 

 その『使い魔(ファミリア)』の特性は、自爆。威力は、手榴弾数発分に相当するだろう。

 これだけの数で一斉に爆発すれば、家一軒くらいは楽に吹き飛ばす威力があるだろう。無論、それが爆弾と知らずに取り込んでしまった怪物は多大なダメージを負う。

 

 秘密の地下工房。

 そこに窓も扉もなく、空間転移を前提にした入退室―――そこに、逃げ道などない。

 

「戦術オプションC9を選択。執行せよ(エクスキュート)執行せよ執行せよ執行せよ―――」

 

 その背中が大きく割れて、そこから無数の副腕が翼のように広がる―――と同時に、百を超える『使い魔(ファミリア)』が、自爆。

 『絡新婦』は爆発に呑まれ、その地下工房ごと押し潰された

 

 

人工島北地区 スヘルデ製薬社付属研究所跡地 前

 

 

 ―――立て籠もった『人形師』の工房を重点的に研究所ごと標的を殲滅。

 

 

 “好都合にも”研究所の地下に引きこもってくれたので、

 この扱いが厄介な眷獣共生型人工生命体の調整データと共に処分することにした。『人形師』の捕獲が最優先であるために、“その戦闘の結果で消失してしまった場合は仕方がない”。

 

「随分と派手にやったのだご主人」

 

「ふん。いずれは解体される建物だ。壊してしまっても構わんだろ」

 

 冷え冷えとした殺気を漂わせ、『魔族殺し』の異名を持つ小柄な魔女は美しく静かに微笑んだ。その横には、干乾びた木乃伊のような、かろうじて息がある『人形師』が転がっている。

 空間を自在に操る<空隙の魔女>にとって、敵との距離や障害物は問題ではない。そして、<黒妖犬(サーヴァント)>の『嗅覚過適応(リーディング)』というどこに敵が逃げようとも位置情報を覚知できる。この主人が従者と感覚共有することで、敵の現在地を把握し、そこに銀鎖(レーシング)爆弾(ファミリア)を空間制御で送り込む―――なんていう、逃げようがない反則的な戦法が可能であるからこそ、絃神島で『最恐の主従』と言われている。

 

「でも、アイツまで動いてるぞご主人」

 

「だろうな。おまえの一撃に耐えたんだ。あれくらいで壊れはせんよ」

 

「それと、こっちに近づいてきてる」

 

「なら、ここで待つとしよう。発掘作業の手間が省けた。主人を斬り込むほど病み狂った殺人人形は放置できんからな。あれは特区警備隊(アイランドガード)の強襲部隊でも手に負えん」

 

 崩壊した研究所の瓦礫の隙間から濛々と立ちこめる白霧。

 明らかに自然ではありえない、凍てつくような冷気の霧は、邪悪な純白の闇。

 それは大気中の熱と生物の精気を奪う濃霧。これにより、爆発の高熱の勢いを減少させ、ダメージを和らげるだけでなく、エネルギーも補充した。

 魔力の供給源である『人形師』からの魔力パスが途切れた今でも存分に、内蔵された魔具兵器を行使できるほどに。

 そして、この霧は魔術の伝達物質の役割を果たす。

 

 ―――わずか数十秒で、辺りが白霧に閉ざされる。

 

 数m先も怪しいほどに白く滲む景色。

 ごおっ、と瓦礫が巻き上がった。

 現れたのは、打ち捨てられた機械人形。それも、一体ではない。いくつもいくつも崩壊した建物の下から起き上がり……視界を埋め尽くすほどの百を超える群をつくる。

 廃棄物を、霧を媒介に『傀儡創造』で生命を与えて、動かしているのだ。

 軍隊蟻の群にも似た機械人形の集団は、禍々しい濃霧を纏いながら、こちらへ荒々しく殺到してきた。

 

「やれやれ、また物量作戦で来るとは学習してないな」

 

 嘆息する魔女。そこへ一斉に機械人形たちが弾けた。

 あるいは虎の如く大地を駆け、あるいは鷹さながらに空を跳んだ。けして人間には反応できない速度と、僅かでも触れれば精気を根こそぎまで奪う霧を纏い、機械人形たちは襲い掛かったのだ。

 

「数合わせの戦術など、所詮は烏合の衆。馬鹿げたパワーを持った個にはまったく意味を成さないというのに」

 

 虚空より放たれた銀鎖が、弾丸のように宙を跳んでいた機械人形を撃ち抜き、伏すような低姿勢で迫っていた機械人形は、銀人狼が爪先を地面に刺して蹴り上げ、大量の巻き上げられた土砂に呑まれる。

 

 

「ちまちまやるのも面倒だ。まとめて薙ぎ払うぞ馬鹿犬」

「う。了解なのだご主人」

 

 

 ビウン!! と空気が裂く音が炸裂する。それは銀人狼の四方八方から虚空より伸びてきた銀鎖の束から発せられたもの。魔女から受け取った銀鎖を銀人狼は掴み取ると、手を回し、腕を回し、体を回し、挙動に釣られて鎖も蠢く。その場で一回転する頃には、空を泳ぐ大蛇の如き鎖に、複数の輪ができていた。

 まるで西洋劇の保安官のロープアクション、または新体操のリボン演技のように鎖を操り、そして、東洋圏にあるコマ回しのような輪の形を作って―――

 

「―――縄張り展開(マーキング)、開始なのだ!」

 

 ギュルン!! と銀人狼が、高速回転。

 さらに倍速で、常人離れの馬力をもった獣王の本領発揮とばかりに。白霧で姿を捉えず、魔力を攪乱しようが、その嗅覚は正確に敵軍(におい)の位置を把握しており、そこへ向けて放つ。狙った地点に届いたところで、神々が鍛えた銀鎖に複雑な力が加わる。

 ぐん!! と。

 銀鎖が力強く引かれ、多数の輪がその直径を狭めながらも中にある物体を回転させるようにベクトルを加える。

 輪の中にいる機械人形を縊り―――ではない。鎖は確かに白霧に潜む機械人形のいる地点に飛ばされたが、輪には捉えていない。惜しくも外れ、軍の中心辺りで、空を切る。

 そう。

 “空を、切る”。

 

「ウラァ―――ッ!!!」

 

 白霧が、収束する空気の流れに寄せられる。

 竜巻が生じた。

 空間を縊る。物理の数式だけ考えれば不可能ではないはずだ。何故なら、空気にも抵抗は存在する。摩擦だって起こせる。だから、空間を掌握して独楽のように回転させることだってできるはずだ。

 ただそこにある空間を掴んで、強大な力で回し、衝撃波の渦に変換して掃除機のように標的を吸い寄せる―――なんという荒技。であるが、成すのは馬鹿げた腕力だけでなく、その鎖を通して“匂付け(マーキング)”する『芳香過適応』が発動させている。

 高位の精霊遣いと同等の現象を引き起こせる発香側を、捉えた空間に働かせているのだ。

 それが本来であれば意識もしないほど小さな“空気の引っ掛かり”を、ここまで力強く再現する。

 

 ただ。

 摩擦で高温に熱し、『匂付け』で効果を高めて上昇気流を生じさせることによって、竜巻を発生させる。凄まじいがそれまで。標的を渦の中心に引き寄せるが、破壊し得るほどではなく―――

 

「ほい、集まったぞご主人!」

 

 この主従の基本戦法は、猟犬たる従者が標的を捕捉して―――主人が裁くという方針だ。

 

「さて、霧が消えた時に、何体が残ってるかな」

 

 煉獄の門が、開く。

 吸い寄せる竜巻の中に、地獄の業火が出現。<空隙の魔女>の本領は、空間制御。神々が打ち鍛えた銀鎖を通して術式設置をこなし、空間そのものを変質させて、魂をも焼き払う焼却炉を造り出した。

 

 

 

 白霧が、竜巻に払われ、機械人形が、業火に焼却される。

 視界が元に戻ったとき、百以上はあった機械人形は、両手で数え切れるほどしかなかった。

 圧巻だ。初めて見る、魔女と黒妖犬の狩り。

 

「残り物を片付けろ」

「おう!」

 

 かろうじて難を逃れた機械人形らも、那月がとんと軽く日傘で地面を突いて、一帯を空間制御で脱出不能の漆黒の沼地へと変えられて身動きができない。そして、銀人狼は、『右足が沈む前に左足を上げ、左足が沈む前に右足を上げる』という力技理論で水上さえ疾走する脚力によって、沼に沈まずに動けぬ獲物を狩っていく。

 主人を動かさず、実動するのは猟犬のみ。フリスビードックのように翔る黒妖犬と、指示する魔女。

 その主従の姿に、胸が疼いた。

 

(……私も……)

 

 <論理爆弾>からの解放。

 その無茶に、『神格振動波駆動術式』が刻まれた肉体の回路に負荷をかけ過ぎたせいで、ショート。膝から地面にへたりこんだままでいるアスタルテはぎゅっと拳を作った。

 ―――その背後より、それは現れた。

 

「見ツケタ」

 

 容疑者『人形師』を見張っているよう言いつけられていたアスタルテ。『人形師様(マインスター)』と『永遠』を手に入れた試験体(アスタルテ)が両方傍にある状況を、それは見逃さなかった。

 

「生体組織損耗率34%。武装稼働率25%。接続中の傀儡(ゴーレム)総数は7。魔力供給ラインも断絶。至急回復を要します」

 

 透明化(ステルス)の魔具。機械人形の大軍を陽動させて、標的の相手に接近。魔力を得ていた白霧が払われて、透明化も維持できなくなって姿をさらす。蜘蛛に似た八本脚の下半身を持つ、純白髪の人形。アスタルテと似た人工的な美貌、ただし半分だけ。その半身は砕かれている。復元されて尚、割れてる身体は黒妖犬の脅威が心情に深く刻まれた証左であるか。

 スワニルダはゾッとするような妖しい笑みを浮かべている。『絡新婦』の作り物の眼球を濁らす、妄執めいた禍々しい感情は、アスタルテへ一点に注がれていた。

 

「融合する。あなたと融合する。そしてあなたが手に入れた『永遠』を、私のものに。それが『人形師様』から与えられた存在意義。欠陥製品の試験体ではなく、『人形師様』の最高傑作の私にこそ相応しい―――」

 

 錆びた歯車の軋みにも似た不快な声。それは無感情なアスタルテであっても理解できるほどの、自分に向けられた怒り、そして妬みだった。スワニルダが、アスタルテに嫉妬している。<第四真祖>から魔力の供給を受けることで『永遠』を手に入れた――世界初の眷獣共生型人工生命体という“名誉”を得ることになったアスタルテに。

 

「さあ、私のものと―――」

「否定。私はあなたのものではありません」

 

 人工生命体の少女は、自分自身に驚愕した。

 道具として造られた自身に、自身に対する執着などありはしないのだと思ったから。

 ただ、港、キーストーンゲート、そして、ここ研究所で、この身をすでに三度も救われたとなれば、無抵抗になることだけは考えられなかった。

 

「理解不能。理解不能。あなたは廃棄物。最高傑作の私に食われ、糧になることしか存在意義はない。ないはず」

 

 アスタルテの人工的な美貌には、何の感情も浮かんでないように見える。しかし、スワニルダを見る彼女の瞳には、強い意志の光が宿っているようにも感じられた。

 

「肯定。私は、この島を破壊しようとして、できなかった。与えられた任を達成できなかった欠陥製品です。

 ですが、私は私であると教えられました。そしてそれはつまり、それはあなたはあなたであるとも考えられます。私は私と、そしてあなたの存在意義を守るために、あなたと混ざり合うわけにはいきません」

 

「理解不能理解不能理解不能『永遠』は欠陥製品ではなく、最高傑作の私に―――!」

 

「スワニルダ。私は、あなたを、止めます―――執行せよ(エクスキュート)、<薔薇の指先>」

 

 山刀を展開したスワニルダの左腕を向けられて、アスタルテは背中より広がる透き通った光の翼で―――しかし、それはノイズが入る映像のように揺らぐ。

 『絡新婦(スワニルダ)』は、眷獣の実体化を阻害(ジャミング)する特殊な電磁波を発しているのだ。今の弱り果てているアスタルテに妨害されながらの召喚は難しい。

 力を揺り起こそうにも……ダメだ。呼べない。全然固まろうとしない。膨大な魔力が、実体化できない。

 

「不可能。欠陥製品が、最高傑作に敵うはずがありません」

 

 蔑むような冷ややかな声を送り、スワニルダはアスタルテへと毒の刃を振り下ろす―――より、早くその声は届いた。

 

 

「―――眷獣を霧散させるのだアスタルテ」

 

 

 迷わず、アスタルテは力を抜いた。

 脱力した宿主に、眷獣もまとまらずに靄のように―――それを飛び込んできた銀人狼が左手で綿飴を搦めるように取る。

 

 

 

「そうか、この機械人形の大軍は、こちらの意識を誘導するのは狙いか―――だが、残念だ。一秒もこの作戦では時間稼ぎできなかったな」

 

 向こうで、日傘を無造作に振った魔女、陽動の機械人形すべてを叩き潰した直後に、自分の使い魔をこの離れた場所へと移動させた。空間を操って一瞬にて跳ばしたのだ。

 

 

 

「これで、終わりだぞ」

 

 眷獣の濃密な魔力(におい)を己に付かせる『香纏い』。

 『絡新婦』は試作品(アスタルテ)を庇う銀人狼に、即座に首を刎ねんと山刀を振るう。だが、それは金属質な音を響かせ、弾かれた。破れた首巻の下にある、その枷の『首輪』に。

 急所を狙った攻撃を、余裕を持って受けられた。

 完全に、見切られている。

 『獣の皮を纏う者(バーサーカー)』は、虹色に輝く巨人の腕を重ね纏わせた左腕の気爪を振るい、宙を泳ぐ山刀を粉砕すると、『絡新婦』の八本脚を切り払った。

 

「あああああああああああああ―――っ!」

 

 絶叫する『絡新婦』。自身を“最高傑作”から“廃棄物”へと堕とした“駄作(クロウ)”は、肉体を破壊された恨みよりも『人形師』に切り捨てられた精神的な恐怖が勝っていた。

 その恐怖に衝き動かされたように逃走しようとするも、脚はたった今切り払われた―――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 スワニルダの腹部が大きく割れた。その中から大口径の機関砲が現れる。最後に残された武器で、無差別に乱射させようとする―――が、それも銃身を真剣白刃取りよろしくと挟み取った銀人狼が、そのままぺしゃんこに潰す。この心ごと。

 

「……全武装使用不能……戦闘続行は困難と判断。『人形師様(マイスター)』、指示を……『人形師様』……」

 

 大きくガラス玉のような瞳を見開いたまま、スワニルダは呟き続ける。それは、スワニルダの先にいた『人形師』に向けられているが、何も返らない。当然だ。肉体が麻痺して動かせないせいでもあるが、何よりその心が壊された。他でもない己の作品(スワニルダ)によって。

 

 それでもスワニルダは歩いて、歩いたつもりで、倒れた。

 足がない。

 頭もぼうとして、眼球も曇っていく。

 起動コアを動かすに必要な魔力も、尽きるのが近い。

 “止まる”、と人形は思った。

 だって、もう力が湧かない。

 これではとても無理だ。こんなのでは『永遠』になど届きはしない。いや、もうこんな美しくない時点で、生きる価値などない。

 

「―――ごふっ」

 

 うつぶせに倒れ込んで、ぼんやりとする。

 地面に寝そべって、白くなっていく視界で、腕を伸ばそうと―――して、動かなかった。

 

 ああ、と内心で零れる落胆。

 これが―――自分がしてきたモノの正体。

 人工生命体や機械人形を解体して、この身に取り込んできた。その事実が、今は何より痛く思う。

 自分が犯した罪、自分が奪った命の価値が今は解る。

 価値は重すぎて―――吐き出す言葉もない。

 もう、終わりだ。『人形師様』に捨てられ、壊れた人形を抱え上げてくれるものなど、どこにもいはしない。

 びくん、と身体が痙攣した。

 喉元から逆流する体液が、最後の力の源だと理解する。

 その衝撃で、光さえ失った。

 もう、自分の中にあるものしか感じされない。いや、それさえも吐き出してしまいそうになっている―――

 けれど、人形は口を開く。

 消えていく孤独に我慢できず、紅い体液と一緒に吐き出す。

 

「否定……死にたく、ない……」

 

 スワニルダは、初めて、とても強い意志で願った――――――――――――――――――――――――――

 

「生きたいのか」

 

 苦しみの果てに、黒い影が視界に入る。

 その手は、スワニルダを壊した凶手。

 スワニルダは身体を仰向けにされて、黒妖犬と向き合う。

 

「馬鹿だな。助けてほしいなら、助けてって言えばよかったんだ、おまえは」

 

 黒妖犬は、最後にそんなことを言った。

 ……そんな言葉、『人形師』には一度も言えなかったけれど、

 たしかに、と人形は思う。

 たとえ今からでも助けを呼べるのなら―――自分は、『永遠』と言う蜃気楼に迷走しなかったろうに、と。

 その限りある、けれど正常な世界が走馬灯のように浮かぶ。

 けれどダメだ。自分は罪を重ねすぎた。自分は多くを殺めてしまった。

 ―――自分の『永遠』のために、多くの命を贄にしてしまった。

 スワニルダは、穏やかに自ら活動を止めた。

 今、胸のコアに突き入られた手の痛みも、感じないくらいに。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 瞼を閉じる純白の髪の人形。

 それは彼女が求めてやまなかった『永遠』の眠りについたようにも見える。

 けれど―――まだ、生きている。

 

「スワニルダを、“壊さなかった”のですか」

 

 アスタルテは、その止めを刺さなかったことに意外そうに、瞳を揺らして見つめる。

 

「壊さなくても止めることくらいはオレにもできる。死霊術で動かせるコアみたいだしな。ちょっと病院まで保つように生命力もあげたけど、武器も全部壊したし、『第一非殺傷原則』のとこをちょいちょいと書き換えを元に戻せば、悪い事もできないだろ?」

 

 黒妖犬は、スワニルダを壊さなかった―――キーストーンゲートで、アスタルテを壊さなかったように。

 と、今度は黒妖犬がこちらへ向けて意外そうに首を傾げさせた。

 

「何だ? アスタルテは、こいつを止め(たすけ)たかったんじゃないのか?」

 

 言われてみれば、そうなのかもしれない。

 この『人形師』については何の感情も浮かばないが、スワニルダには同情ができた。

 アスタルテは静かに黒妖犬へと会釈した。

 

「感謝します、黒妖犬―――」

「むぅ!」

 

 感情を表に出すことができない人工生命体の、精一杯の感謝の表現だったのだが、思いっきり不満そうに睨まれる。

 

「だから、黒妖犬(ヘルハウンド)はやめてくれって言ってるだろー! まったく、アスタルテはそんなことも命令しないとダメなのか?」

 

 なんだか拗ねたようにそう口をされる。

 

命令拒否(ディナイ)

 

 咄嗟にその言葉がアスタルテの口から飛び出す。

 人間から命令が与えられなければ何もできない人工生命体に、彼が言ってくれたあの言葉は不思議と記憶に残る。

 あれはきっと、嬉しかったのだ。

 でも、

 

「ぬぅ、それはオレの命令は効きたくないってことなのか?」

 

「一部肯定。

 命令で決定されてしまえば、それは私が考えたものとは言えません。

 もう少し、時間をください。……命令ではなく、私の意思で決めたい。非合理的ですが、なるべく早く答えを出しますので……

 ……待って、もらえないでしょうか?」

 

 最初の一言にがっくりと消沈したクロウであったが、たどたどしくも続いたその語りで、顔を上げて、

 

「いいぞ。よくわからないけど、なんだかとってもいいと思う」

 

 

 

 それから、一日が経って、南宮クロウはようやくアスタルテより『先輩』と呼ばれるようになった。

 

 

彩海学園

 

 

 『人形師』ザカリー=多島=アンドレイド及び『絡新婦』スワニルダは、依頼を受けた<空隙の魔女>に捕縛され、絃神島管理公社へ引き渡される。その際、『人形師』は精気枯渇状態であり、またその所有者(にんげん)に斬りかかった『絡新婦』も精神状態が危ぶんでいると見なされ、MARへと搬送されることとなった。

 今回の捕縛の際の戦闘で、『眷獣共生型人工生命体の情報』が研究所の倒壊に物理的に破損となってしまい、また作成者である『人形師』が人工生命体と機械人形を見るたびに錯乱する人形恐怖症(トラウマ)がかかってしまったため技術情報の抜き出しが困難。

 予測以上に精神状態が安定している機械化人工生命体スワニルダより、治療を進めながら、『人形師』の技術が解析されているという。研究が進めば、いずれは融合した略奪式人工生命体ナタナエルを分離させ、元の体に戻るであろう。

 

 そして、失敗した眷獣共生型人工生命体の先行作たち。解剖すれば何かしらの情報が入手できた亡骸もまた戦闘に巻き込まれて消失した、と―――

 

 

 

「お。古城君、元気になったのか?」

 

 監視役の後輩の姫柊雪菜に看病され、同級生の親友の藍羽浅葱や矢瀬基樹らの見舞いであわや下級生の女子を自宅に連れ込んでいるところを目撃されそうになったりと色々と大変であったが、翌日に吸血鬼風邪を克服した<第四真祖>暁古城。

 昼休み、なんとなく外の空気を吸おうと教室を出ると、中庭の花壇で花弄りをしていた後輩のクロウに声を掛けられた。

 

「クロウか」

 

「学校来れてるけど、大丈夫なのか?」

 

「ああ、問題ない。悪いな、何か心配掛けちまって」

 

 体調は、もう悪くない。熱もないし、喉の痛みも感じない。ただ、眠っている間に何かがあったようで。目覚めた時、意味深に顔を赤らめていた雪菜……それで、『病気で学校を休んでいた兄が、自宅で自身の同級生に手を出した』と妹の凪沙に誤解されてしまったが。

 とにかく、今は元気である。

 

「う。見舞いに行けなくてゴメンな古城君」

 

「いや、仕事があったんだろ。別に無理して……そういや、浅葱たちが渡してくれたけど、薬ありがとな。あれ飲んだらすぐ眠っちまったけど、目覚めたら気分が楽になってた。一体、なんなんだあれ?」

 

「これだぞ。『冬虫夏草(コルジセブス)』なのだ」

 

 クロウが指差すは、ちょうど水をあげていた花壇のつつましやかに咲いてる白い花。

 その数枚の花弁を垂らす花に―――古城は、ぞくりとした美しさを覚えた。

 まるでその白さは、骨のよう。

 

「大陸系の漢方薬にも使われてるヤツだぞ。ご主人からも魔女のお薬を作るときにもすっごく重宝されてるのだ」

 

「そうなのか……あれ? たしか冬虫夏草って、キノコじゃなかったか? なんかこれ花が咲いてるけど……」

 

 冬虫夏草は、古城も聞いたことがある。

 しかし、あれは昆虫とかに寄生して育つ、300種類以上のキノコの総称であったはず。

 

「これは、オレが咲かせた特異品種(ヤツ)だからな」

 

「クロウが咲かせた……?」

 

 通常の冬虫夏草は、寄生した昆虫が死ぬか、蛹になってから発芽する。

 しかし、これは、違う。自然物に“匂い”をつける超能力と、死者の念を蘇生させる死霊術の混成技法によって発芽する。動物にして植物。胞子にして種。そして、死んで生まれる。あらざる花を咲かせ、あらざる栄養を吸い上げる魔なる花。

 

「この『冬虫夏草』は、残り香――死んだ奴らの念が花になったものなのだ」

 

「記憶が……」

 

「命のエネルギーってのは記憶なのだ。『固有堆積時間』ってご主人が言ってたな。でも、肉体が死んでもそれが残ってるケースもあるぞ。オレは、その記憶と言う生命力を花の形にして咲かせてみせることもできるのだ」

 

 つまり、死んだ者の記憶を吸って咲かせた花。故に白と言う死の色でそれは咲くのか。しかしながら、古城はその話を聞いて、気味悪がる気は不思議と起きない。

 死霊術なんていう、屍を操る不道徳で不気味な術の才能がある後輩は、命を無碍には扱わないことを古城は知っている。

 

「うー、昔にご主人から皆のお墓に花くらい手向けろっていうからそうしようとしたら、偶然、それが『冬虫夏草(はな)』になったのだ」

 

「花咲爺さんかよ。っつか、大丈夫なのかそれ」

 

「う。おかげで、花の香りを嗅いでると皆のことがよく思い出せたし。災い転じて、福と為すってヤツだな。枯れちまっても、それをご主人が魔女術(ウィッチ・クラフト)で薬にしてくれたのだ」

 

 その土地に眠っている骸を持ち運ぶことはできないが、記憶から咲いた花なら持っていける。遺骨遺灰から炭素を抽出し、それをダイヤモンドにする技術があるというが、それと同じだろう。

 と、それで、この世界でも混成能力で生る特異な『冬虫夏草』は、呪物の材料としては極めて貴重である。うちのMAR医療部門に勤めている母の深森には垂涎ものに違いない。そして、なによりも家族の形見。

 それを古城は、知らず特に気にせず頂いた薬を呑んで……

 

「……なあ、クロウ。その『冬虫夏草』って売ったらどれくらいするんだ?」

 

「ん? 確か、前にご主人が、kgあたり数百万で売れるって言ってたぞ。薬にしたら万病に効いて、あと精力がものすごくつくみたいだから、死人にやったら蘇りかねない秘薬だってなー」

 

 死者の残留思念を肥料とした咲かせた花と聴いた時は平気だったというのに、金銭的な話になると一気に血の気が引いてきた。それに見合うだけの効果があるのだが、つい先日に港を眷獣の暴走で破壊し、正当防衛が実証されなければ多額の借金を負うことになっていた古城に、これほどに高額な貢物は心にどしんと重くくる。

 そんなものをポンと気軽に人にあげてんじゃない! とツッコミたくもなるのだが、それを飲んでしまい、そのおかげで吸血鬼風邪が改善した古城の言えることではないだろう。

 

「……クロウ、今度なんかメシ奢ってやる」

 

「いきなりだけど、いいのか古城君!」

 

「ああ、腹いっぱい食え」

 

「おおー、何か太っ腹だな!」

 

 それはこっちの台詞だというのを古城は飲み込んだ。

 この病気に罹ったことがない健康優良児に『冬虫夏草の秘薬』の価値はわからないのだろうし、気にしない。後輩にしてみれば、薬は副産物でできてしまったものだ。主人の魔女が見かねて、再利用したともいえる。彼はあくまでその残り香を懐かしむために花を咲かせたのだから、薬の方は人にあげても構わないのだろう。

 

「今度また風邪引いたら教えてくれ。また薬を届けるぞ。でも、今咲いてる新しいのは、アスタルテから許可を取らんとダメなのだ」

 

「いや、あんまり世話にならんようにするからな」

 

 風邪はやはり罹らないように予防するのが大事だと。

 吸血鬼風邪にかかった不老不死の<第四真祖>は健康に気を遣うようになった。

 

 

 

つづく

 

 

 

彩海学園

 

 

 『伝説のフェンス』

 それはこの彩海学園の七不思議のひとつにして、都市伝説。

 伝説の武器や防具などではなく、たかがフェンスに伝説もへったくれもないだろうと思われるが、女子の間ではここ最近、有名なっている話だ。

 

 校舎の裏庭にある、小さな建物。変電室か倉庫のようなその四角い小屋は、校内に電力を供給するための、受容電設備が入っている。そこは立ち入り禁止で、周りをフェンスで囲ってある。

 ―――そのフェンスの隙間にラブレターをお供えすると恋が成就するのだ。

 

 普段あまり人通りのない裏庭の変電室前のフェンスには、よくゴミなどが挟まれていたりする。近くのゴミ箱がいっぱいだった時に、捨てられなかった空き缶などをフェンスにねじりこんでいく生徒がいるらしい。ある意味、フェンスそのものがゴミ捨て場扱いされているのである。そんなところにラブレターを突っ込んで、恋愛が上手くいくのだろうか(ジンクスにしても場が悪すぎる)。

 

 しかし、それを覆すだけの実証例が出てるのだ。

 

 彩海学園高等部魔族研究会に所属する二年のイマイ女子。

 夏休み明けに、サッカー部二年生のコサカ男子に告白しようとして、ラブレターだけでなく、手編みのマフラーも用意。(この平均気温は真冬でも20度を超える絃神島でそれはむしろ嫌がらせではないかと話を聴けば思うものもいるだろうが、とにかく)イマイ女子は真剣であった。

 だが、彼女は見てしまった。憧れのコサカ男子が他の女子と仲良く歩いているのを。

 そうして、イマイ女子は告白できないままマフラーを捨ててしまう。そう、裏庭変電室のフェンスに。ゴミ箱がいっぱいだったので、フェンスに引っかけたそうで(不法投棄)―――

 

 そしたら、その数日後、何とコサカ男子のほうから、イマイ女子に突然告白して、二人は付き合うことになったという……

 どうやら、以前、仲良く歩いていた女子と言うのはコサカ男子の妹であるらしい。そのマフラーに意味があるかどうかは謎であるが、実際に上手くいったカップルがいるという事実は、おまじない、の信憑性を高めるには効果的である。

 

 そんなわけで、彩海学園ではそのフェンスに神社のおみくじのようにラブレターを結びつけるのが流行っている。

 『意中の相手の方から、高確率で告白される(無論、効果には個人差があります)らしい』と女子の間で広まっている噂話。

 

「そういうわけだから、浅葱もちょっと『伝説のフェンス』を試してみたら?」

 

 長々と先輩から聞いた実証例を語ってくれたのは、魔族研究会に所属する一年生の築島倫。悪戯っぽく微笑みかけながら、こちらの顔を覗き込んできたお倫に、話の途中途中でツッコミを入れていた藍羽浅葱は、ハッ、と鼻で笑って、

 

「冗談でしょ。なんであたしが古城に手紙なんか書いてやんなきゃいけないのよ」

 

「あれ? あたしは浅葱の意中の相手が暁君だなんて、一言も言ってないんだけどなー?」

 

 うぐっ、と声を詰まらせる浅葱。すっとぼけた表情で訊き返してきた倫へ、努めて冷静に指摘する。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。さっきのイマイ先輩の話って、夏休み明けの出来事だったんでしょ。まだ何週間も経ってないじゃない。なのになんでもう伝説になってるのよ?」

 

「ああ、それは、ほら……あのフェンス、受変電設備の隣にあるから、“電設のフェンス”、なんて」

 

 くっだらない。

 親父ギャクかと叫ぶ気力も萎えるほど。

 

「真面目に聞いて損したわ……まあ、いいけどさ。最初から、そんなオカルト信じてないし」

 

「浅葱は頭が固いなぁ。『魔族特区』の住人のくせに」

 

「『魔族特区』の住人だからよ。誰かが催眠系の呪術を仕掛けたっていうのならまだしも、何の理論的な裏付けもない縁結びのフェンスなんて信用できないわ」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「手紙……ね」

 

 放課後。

 校庭の植木花壇の向こう側、フェンスに覆われたプールの裏にある、裏庭の変電室の周囲に張り巡らされた、安っぽい金属製のフェンス――『伝説のフェンス』の前に立つ浅葱。

 浅葱と古城はこの彩海学園中等部からの長い付き合いだ。あの男に何かを伝えるのに、今更、手紙なんて回りくどい方法を選択するなどあり得ない。

 ……とはいえ、男子の方から告白してくると言う『伝説のフェンス』の効能(ジンクス)は、正直、魅力的であった。

 

「そりゃまあ、あたしとしても、古城の方から告白してくるなら、話を聞いてあげなくもないけどさ」

 

 ちょうど先客がいたらしく、そのフェンスには淡いピンク色の封筒とマフラーがある。浅葱も手紙はすぐに用意できるが、流石にマフラーは―――いや、今回はあくまで様子見。

 そう、『魔族特区』育ちとして、何の実証もないオカルトは看過できない。それだけ。

 

「―――えっ!?」

 

 と、自分に言い訳を言い聞かせていると―――フェンスの前に影が過った。

 目の錯覚ではない。その無人であるはずの変電室の中から、小柄な人影が現れたのだ。黒っぽいドレスを着た美しい少女だ。作り物めいた白い肌と、藍色の髪。左右対称の人工的な美貌。どことなく現実離れした、幻想的な佇まい。

 ―――あの雰囲気は……人工生命体(ホムンクルス)

 

 浅葱は困惑しながらも目を凝らすと、人工生命体の少女は、フェンスに挟まっていた手紙とマフラーを取り上げていた。

 

「……ど、どういうこと!? まさかあの娘と『伝説のフェンス』に何か関係が……!?」

 

 流石に興味を惹かれた浅葱が、隠れていたことも忘れて、身を乗り出す―――その瞬間、手紙を回収していた人工生命体は、ぐるり、と首を巡らせた。感情のない大きな青い瞳が、浅葱を見る。

 

「あ……」

 

 見つめられ、見つめ返した浅葱は呆然と声を洩らした。そう、如雨露とシャベルを持った、この黒っぽいドレス――フリル塗れのメイド服を着た人工生命体の少女を、浅葱は知っている。ある場所で襲われそうになった相手だ。

 

「あなた……こないだ、ロタリンギアの殲教師と一緒にキーストーンゲートを襲ってきた……」

 

「肯定。眷獣共生型人工生命試験体、固有名『アスタルテ』と回答します」

 

 この抑揚に乏しい声音は、間違いない。

 ロタリンギア正教の殲教師によるキーストーンゲート襲撃事件で、殲教師ルードルフ=オイスタッハが、強固な魔術が何重にも施された防御隔壁を破るために使用したのは、人工眷獣を寄生させた試作型人工生命体アスタルテだ。

 ―――と、戸惑い固まる浅葱へ、人工生命体の少女は会釈して、

 

「遅ればせながら、謝罪します。先日のキーストーンゲート襲撃の際、危険な目に遭わせてしまったことを」

 

 機械的な口調で言うアスタルテに、硬直が解けた浅葱は首を横に振った。

 

「ああ、それはいいのよ。わかってるから」

 

「わかっている、とは?」

 

 人工生命体の少女に、そのあっさりとした浅葱の反応は意外であったのか。怪訝そうに問うてくるアスタルテに浅葱は、

 

「あなたは命令されてただけなんでしょ。それにオイスタッハさんだっけ……殲教師の人の言い分も、納得できない話じゃないしね」

 

 人工生命体が、管理者権限を持った人間の命令に逆らえないことを『魔族特区』育ちである浅葱は当然知っている。

 それに、オイスタッハと言う人物は、後に調べてみたところによると、西欧教会の敬虔な信者であり、魔族殲滅を主な任務とする殲教師として名高く、司教区では大勢の人間を救ったとして英雄視されていた。

 魔族に対しては冷酷であり、信仰の為ならば苛烈な手段を取るが、それでも理由がなければしない。普段は穏やかな性格の人格者と言われている。それ故、人情味の篤く、<要石>――西欧教会の『聖人の右腕』を供犠建材として利用されていたからこそ、その怒りは絶大であったのだ。

 

「感謝します、ミス―――」

「藍羽よ、藍羽浅葱。それよりも、えーと、アスタルテさん? あなたはなんでこんなところにいるわけ?」

 

 緊張が緩み、浅葱にも疑問を抱く程度の余裕が戻ってきた。

 キーストーンゲート襲撃の実行犯であるアスタルテの身柄は、人工島管理公社の厳重な管理下に置かれているはずである。どうしてそんな彼女は、彩海学園にいるのか?

 アスタルテはその事情を黙秘せず、淡々と回答を述べる。

 

「現在の私は南宮攻魔官の保護観察下にあります」

 

「南宮攻魔官、って那月ちゃんの事?」

 

 国家資格を持つ攻魔官であり、未成年を監督する教師である那月が、アスタルテの後見人を引き受けるのは、それなりに理にかなっている。そのメイドの服装も、担任の趣味だと思えばすんなり腑に落ちた。

 そして、キーストーン襲撃事件の処分の一環として、彼女は働いているのだと。それで、

 

「あの、その手紙は……」

 

 たった今回収し、エプロンに挟み込んでいる封筒とマフラー。そのピンクの封筒は、『伝説のフェンス』にお供えされていたものだ。

 浅葱意の指摘に、アスタルテは淡々と返答した。

 

「遺失物と推定します。受変電設備のフェンスに挟み込まれていたものを回収しました」

 

「どうするの、それ?」

 

「宛先が書かれているので、配達します」

 

「え……じゃあ、もしかして今までの手紙もあなたが届けてたの?」

 

「肯定。あの通路を日常的に通行するのは、私と先輩だけだと回答します。プール裏の倉庫に人工生命体用の調整槽を設置させてもらいましたので」

 

 校長室より上の最上階に執務室を構え、花壇とか生物室の薬品棚とかを私物化しているカリスマ教師のことだ。学園内に保護した人工生命体の体調管理のための設備を設置することくらいできるだろう。

 で、そうなると、『伝説のフェンス』というのは、ポスト代わり。供えられていたラブレターは、この人工生命体の少女によって本来の宛先に全て配達されていたことになるだろうか。

 

「イマイ先輩のマフラーも……?」

 

「肯定。その差出人は記憶にあります」

 

「あー……そう……そういうことね……」

 

 これ以上は抑え切れず、くすくすと浅葱は笑い出す。

 

 フェンスに突っ込まれたラブレターは、本来受け取るべき人物の手元に届いていた。そして、ラブレターを受け取った人物が、その差出人に交際を申し込むのは、特別おかしな話ではない。つまり、これが『ラブレターをお供えすると意中の相手が告白してくる』という『伝説のフェンス』のメカニズムだ。

 もちろん手紙を送った女子全員が上手くいったわけではないだろうが、所詮はおまじない。返事がなかったからと言って、女子たちが落ち込む理由とはならない。

 要するに、『伝説のフェンス』は、このアスタルテが恋のキューピッド役を務めていた。それだけの話。

 

「まさか『伝説のフェンス』が、そんなしょうもないオチだったなんて……」

 

 伝説の舞台裏が解明されて、思わず笑ってしまう浅葱。それに、きょとんと首を傾げる恋のキューピッド。

 少しだけ残念だが、それ以上にすっきりして清々しい。アスタルテにはいっさい悪気はなくて、実際、彼女の働きのおかげで幸せになったカップルもいるのだから、しばらくは謎のままにしておこうか。こういう七不思議ならあってもいい。凛にも内緒にしておこう。

 ひとしきり笑って、落ち着きを取り戻した浅葱。そこへ、浅葱はこの恋のキューピッドから、意外な相談を受ける。

 

 

「質問。これは一体どうやって編むものなのですか?」

 

 

港湾地区 倉庫街

 

 

 無味乾燥なプレハブ倉庫が延々と連なる倉庫街。

 不法入国魔族の武器取引。その現場へ突入する特区警備隊(アイランドガード)

 その取りこぼしを処理するのが、今日の仕事。そして―――教官主人抜きで初めて二人だけに任された任務である。

 

「先輩、これを―――」

 

 ん? と振り返る厚着の少年クロウ。

 そこへ、目の前で爪先立ちしたメイド服の少女アスタルテはそれを頭から被せ、首まで通した。

 

「何なのだ、アスタルテ?」

 

首巻(スヌード)です」

 

 首巻(スヌード)。マフラーの端をなくしドーナツっぽく輪っかにした形状の防寒具。

 “犬の耳カバー”なんて呼ばれていたりするファッションアイテムでもあり、

 少年はそれを自身の首に巻いている枷のような『首輪』を隠すために付けている。

 けれど、最前線で戦闘する彼に衣服の損耗は激しく、前回の『人形師』の捕縛でも首巻を破ってしまっていた。

 

「以前、先輩の首巻を破損させた弁償です」

 

「そうか? じゃあ、もらうぞ」

 

「教官より『匂消し』の呪は施し済み、と捕捉します」

 

「ん。ありがとな、大事にするのだアスタルテ」

 

 結構大判で、『首輪』を隠すどころか、伸ばせばケープっぽく使えそうなくらい。

 

「ん? んんー? ……こうか? 違うな……こんな感じ?」

 

「先輩」

 

 クロウがダラリと下がってしまってる首巻をどうにかいつもの感じにしようと四苦八苦していると、またアスタルテが爪先立ちで前に立って、布を手に取り、ぐるぐると巻いて8の字状に。それから軽く梳かすように細い指先で布を叩いて微調節。

 アスタルテはよく理解できなかったが、男性相手に贈るのなら絶対に長い方が良いと。巻くのに手古摺ってるのを手伝うのがポイント高いのだと、首巻作成に手伝ってくれたセンスのいい心が乙女な女子高生は語る。

 

「う。いい感じだぞ」

 

 ちょうどいい感覚に整えられて、ふんすとご満悦なクロウに、一歩下がったアスタルテが、エプロンドレスのポケットに手を入れて、

 

「ご武運を」

 

 カチッカチッと取り出した火打ち石を鳴らす。なんとも古風な縁起担ぎで、それに厄除けがあるとか理解できていない、はたから見ればままごとのようなやり取りであるが、それでもその行為に先輩への気遣いをクロウは感じ取る。これは無感情な人工生命体なりの不器用な感情表現の仕方なのだろう。

 その後輩から向けられた期待に応えるよう、胸を張り、力強く、大きく頷いて、

 

「よし。じゃあ、先輩の後についてくるのだ」

 

命令受託(アクセプト)―――」

 

 

 

つづく




生存したキャラもいますし、ここは彼らを加えて、暗部組織を作り、再登場させるべきでしょうか……

過適応者の覗き屋 矢瀬基樹

蒼の魔女 仙都木優麻

半人半金の錬金術師 天塚汞

機械化人工生命体 スワニルダ

なんていう感じで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。