ミックス・ブラッド   作:夜草

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咎神の騎士Ⅲ

神縄湖

 

 

 ドゴゥアン!!!!!! と。

 いっそ衝撃波じみたド派手な発砲音が凍れる湖面を震撼した。

 

 

「考古学者の分際で、随分と不相応な兵装(もの)を揃えたものだ」

 

 『中年男性の考古学者』は、口端を歪めて冷笑する。

 その右腕は、神仏で扱われる法具の『金剛杵』を1m大にまで大型化したような兵器であった。枝分かれした先端には刃の代わりにそれぞれ大口径の銃口が取り付けられている。

 一斉掃射と火を噴けば、前方150度をくまなく埋め尽くす600発の弾幕が、鋼色の鱗を持つ魔獣を蜂の巣にする。

 

「しかし、剣や弓などより近代兵器の方が、我が<栄光の右手(ハンドオブグローリ)>には性が合っている」

 

 罪人の腕を斬り落として死朧化させて造られる、忍び入る成否を占うとされる魔術道具<栄光の右手(ハンドオブグローリ)>。

 軍用重機関銃に対戦車ライフル、ショットガンとグレネードランチャーなど強力な対魔獣効果を持つ琥珀金弾(エレクトラムチップ)や聖水を封入している、個人が有するには質も量も大き過ぎる非合法な武器。<死都帰り>『暁牙城』が半身を置いてけぼりにした『死都』、そこに貯蔵されていた兵装で使えるものを見繕い、霊媒に利用できる金属が含まれる弾薬をすべて徴収、そして、“情報”もあまさず『霊血』――<栄光の右腕>に取り込んだ。

 これで単独で一部隊の制圧力を手にしたといっても過言ではない。

 

 死屍累々と転がる<蜂蛇>の肉片。

 『呪式弾』はほぼ使い切ってしまったが、弾数と手数で攻撃力を補う。そうして数十の魔獣の群れを“片手間”で虐殺した。

 

「さて、邪魔な雑魚は排除しましたし、それでは逃げた猟犬を追いがてらお目当てのものを探すことにしましょう」

 

 『中年男性の考古学者』が、『男子高校生の超能力者』に変わる。

 『覗き屋(ヘイムダル)』として買われる<過適応能力者(ハイパーアダプター)>――魔術に頼らない天然モノの超能力者。それなりの条件さえ整えば、数km離れた場所からでも他人同士の会話を聞き取ることができるその“音を視る”『音響過適応』。

 『死都』を兵器庫と利用できる<死都帰り>の物質透過能力と同じく、それ単一では戦闘に活用できないが、この索敵能力はとても使い勝手がいい。この呪術電波が攪乱される魔力の霧の中でさえも、超能力であれば位置の特定が可能だ。

 

 

 そして、『音響過適応』は捉える。

 号火のような『龍族』の咆哮を。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――グレンダ、こっちに来てくれ」

 

 

 かまくらの中、“天然羽毛”に甘えるかのように蹲っていた鋼色の長髪をした少女は、『おにぃ』と呼ぶ少年の声に起き、とてとてと裸足のまま外に出る。

 途中から肩を借りず、自分の足で移動したクロウは、まだその身は血だらけで、『呪式弾』に滅多打ちされた傷跡もほとんど埋まってはいない。身体に埋まっていた弾だけは走りながら、自分で肉を抉って摘み取って、そして今も弱ったように見せて不安がらせぬよう不動の仁王立ちをしているが、やはり無理をするような状態ではない。

 

「南宮君……その、身体の調子はまだ……」

 

「ん……動かせるようになったけど、まだ万全じゃないな。でも、気にするな―――とか言っても、羽波は気にしそうだから、しばらく右腕の代わりをやってほしい。それでとんとん。頼めるか?」

 

「っ、はい! 是非!」

 

 そして、彼は短く『凪沙ちゃんのことをお願いする』と告げ、唯里は“天然羽毛”の上に横たえられていた暁凪沙の身柄を引っ張り出して背負う。

 

「だ? おにぃ?」

 

「これから、オレが良いというまで喋っちゃダメだ」

 

 目を合わせるよう腰を曲げ、グレンダの肩に両手を置く。

 肩からグレンダの首胸元に指を滑らせて、法被と唯里のコートを重ね着している内の法被の前を開け、二人羽織するように裾に腕を入れて背負う。

 

「<蜂蛇(あいつら)>に『グレンダを守る』と約束して、大人しくなっててもらっていた―――だから、筋を通す」

 

 瞬間、魔力を通された蒼銀の法被(コート)隠れ蓑(タルンカッペ)>がその機能を発揮させる。

 呪術迷彩が展開されて、この白一色の景色の中で、クロウとグレンダは完全に姿を溶け込ます。霊視で以てしても、透明化した彼らを見通すことはできない。今、動かずにそこにいるのだと知ってても見破れない。

 

「―――」

 

 ぎり、という音。

 

「……南宮君……?」

 

 唯里が凪沙を背負い出し、誰もいなくなったかまくらを見つめるクロウは、まるで悔いるように、強く歯を鳴らした。

 

「……フラミー、起きてるな?」

 

 静かな声で、目をそらさずにそう呟いて。

 

「―――少しでいい。グレンダの代わりをやって奴らを引き付けてくれ」

 

 自らの<守護龍(フラミー)>に殿を命じた。

 

「南宮君……いったい何を……グレンダの代わりって―――っ、え!?」

 

 かまくらが崩れ、天井を破って輝かしい陽の光を織り込んだような金髪を出す。

 続けて、蒼穹の色を映し出したかのような青のグラデーションをした二対四枚の翼が凝り固まった体を伸ばし解すように広げ、全容を晒す。

 唯里の前に現れた―――いや、いたのは、これまで体を冷やさず温める暖房具代わりに“天然羽毛”となっていた、真っ白な純白の獣毛を持つ龍母であった。

 

「え、え、『龍族(ドラゴン)』?? どうなってるの!?」

 

 慌てて身構えようとしたけど、注視してすぐその爪と牙が丸っこく、攻撃性がほとんどない気配を唯里は察した。

 『龍族』であるのだが、これほどに美しくて、怖くない魔獣は唯里も初めて見る。目を奪われ、溜息をつかされ、それからこの『龍族』がこの少年と契約を交わすものなのだと姿が見えずとも無言のまま疎通する彼らの目を見て理解する。

 

「だぁ、ママ、一緒―――」

「それはダメだ」

 

 背中でじたばたとするグレンダの意見を、クロウは背から降ろすことなく一蹴する。

 それは冷徹な、感情を殺した声だった。

 

「グレンダと凪沙ちゃんを安全なところにまで送る。それは絶対。わかったか?」

 

「おにぃ……」

 

 追手となる敵は、あの“偽者”ひとりではない。

 この『神縄湖』の中心地点(グラウンドゼロ)へと近づく“匂い”を複数クロウは嗅ぎ取っている。そして、相手の狙いがグレンダであることも把握している。

 

 ここで自らの<守護龍>に乗って移動することもできただろうが、目立ちすぎる。確実に一戦を交えることになる。そうなれば、<蜂蛇>が捨て身で稼いでくれたこの時間を無駄にすることとなるだろう。

 非戦闘員を抱えたまま接触を回避してこの死地を抜けるには、注意を引き付ける“囮役”が必要だと―――直感的にクロウは決断を下す。

 

 主の危機感を共有した龍母は僅かに首肯を返すと、クロウから少し視点をずらす、背負わされてるグレンダに向け、『みー』とあやすように鳴く。

 

「ぅ……」

 

 それで、だだをこねていたグレンダは口を閉ざす。

 どういう関係性なのか、と傍でそのやりとりを見ていた唯里は気になったが、それは今追及することではない。

 

「ん。じゃあ、とっとと逃げるぞ。オレたちが湖から離れれば、フラミーもびゅーんと飛んで逃げられるのだ」

 

 そして、五里霧中を突っ切る強行軍が始まり、その号火を上げるよう居残る龍母が咆哮を轟かせた。

 

 

神緒田神社

 

 

「ったく、あの野郎め。俺が貯めてきた武器弾薬をごっそりと盗り上げやがって……」

「危ない―――!」

 

 と愚痴る暁牙城と神緒田神社を出た直後に、菱川志緒は突き飛ばした。

 暁牙城が何者かに狙撃されて、倒れるのを志緒は確かに見たのだ。

 しかし、その事象が現実に発生する前に、弓を扱うものとしてこの神社境内での絶好の狙撃地点を割り出して、その射線上から牙城を逃す。

 志緒の未来視。高神の社で養成され、獅子王機関に属する攻魔師は、一瞬先の未来を視る―――

 

「ちっ、来やがったな!」

「なんだこれは!?」

 

 初撃は回避できた―――しかし、そこまでであったか。

 金属製の装甲をもった、車両ほどの大きさの甲虫に似た怪物が現れたのだ。

 

「志緒、逃げろ! 俺が足止めする!」

 

「―――<辰星(しんしょう)歳刑(さいけい)>!」

 

 牙城が警告を叫ぶが、志緒は無視した。

 魔獣専門家である太史局の六刃神官ではないが、舞威姫は呪術と暗殺の専門家。弓を取り上げられたら無能ではないのだ。同じく武器を徴収されて攻撃する手立てのない自称考古学者よりは対抗できる。

 残存する呪力を身体強化に回して、甲虫へと飛び掛かる。

 

「え!?」

 

 だが、甲虫を包む黒い膜に触れた瞬間、硝子が擦れ合うような不快な音を鳴らして、志緒の身体は弾かれた。舞威姫の火事場の馬鹿力じみた肉体限界(リミッター)を超えた瞬発的な呪的身体強化(フィジカルエンチャント)が無効化されたのだ。

 

「しまっ―――!」

 

 体勢を崩した志緒の眼前で、甲虫の怪物が起き上がった。巨大な前肢を振り上げて、志緒を踏み潰すべく襲ってくる。志緒は必死で後方に飛び退くが、怪物の動きは予想よりも遥かに速い。攻撃の射程距離(リーチ)が長すぎる。

 

 ゴッ、と鈍い衝撃があった。

 

 尻餅をつかされた志緒が腰を強く打ち、片頬だけひくつかせるよう顔を顰めた。

 そんな彼女の頬に、温かく、赤い―――鮮血がかかった。

 志緒が流した血ではない。志緒は傷を負っていない。

 それは彼女の盾となって、代わりに甲虫の肢に貫かれたものの流血。

 ふてぶてしく笑う無精髭の中年男が、鮮血の塗れて志緒の上に倒れた。

 

「う……あ……」

 

 志緒の喉から声が漏れた。牙城の目は瞑ったままで、背中からは壊れた蛇口がそこにあるかのように赤錆びた色の体液を流し続けている。志緒を庇って、甲虫の攻撃をその身を受けた牙城は、瀕死の重傷を負ったのだ。

 

「違う……違うんだ……私……こんなはずじゃ……」

 

 弱々しく首を振る志緒だが、しかし理解していた。この状況を招いたのは志緒自身だ。そもそも偽者から身を隠して逃亡中だった牙城が、その偽者にやられた――明らかに誘き寄せる生餌(エサ)の志緒を助ける理由はない。あまりに危険(リスク)に見合わない。

 それで、助けに来てくれた牙城を半信半疑で、事態を解決せんと暴走した志緒の独断が、こうして恩人を窮地に追い込んでしまった。

 なのに、牙城は志緒に向かってかすれた声で告げてくる。

 

「逃げ……ろ……志緒……おまえだけでも……!」

 

「っ!?」

 

 言葉にならない絶叫が、志緒の口から漏れ出す。

 助けたい、と本気で思った。この男を命を賭けてでも救いたいと願う。けど、今の志緒にできることはない。『六式降魔弓・改』があれば、いや、あっても、舞威姫の技は通用しないのだと、予感がする。

 ―――そう、諦めきれず、しかし、諦めるしかない状況に追い込まれた志緒は、この一瞬先の未来を視た。

 膨大な魔力の奔流が、重厚な殻を持つ甲虫を吹き飛ばす光景を。

 

「―――<娑伽羅(シャカラ)>!」

 

 その美しい声は、静かな威厳に満ちていた。

 同時に、天災を思わせるほど凄まじい魔力の衝突――未来視された再現が起こる。

 甲虫を攻撃したのは巨大な蛇――この正体は、意思を以て実体化した濃密な魔力の塊、つまり吸血鬼の眷獣だ。

 この異界からの召喚獣を血に宿す金髪碧眼の青年貴族が、神緒田神社の境内に降り立った。

 

「あなた……は……」

 

 青年を見上げて志緒が訊ねるが、しかし吸血鬼の貴族は応じない。

 興味がないのだ。力があろうが、戦う術を持っていないものには。武神具ももたない舞威姫に、戦闘狂の血が昂じることはない。―――それに、“遊び相手(オモチャ)”はまだ壊れてないのだから。

 

「キラ、トビアス―――折角の手掛かりだ。丁重にもてなしてあげようじゃないか」

 

 自らが吹き飛ばした甲虫、それは牙城たちが先ほどまでいた座敷牢に突っ込んで、瓦礫に埋まっている。その奥から怨嗟じみたタールのような粘ついた黒色の声音。

 

「化け物め……だが、我らの望みは、世界を真にあるべき姿に戻すことだ! 人間が頂点に立つ、清浄にして平等な世界にな!」

 

 

 ッッッズズン!!!!!! という大地を揺さぶる大震動が、このわずかな安息を覆さんとする。

 

 

「な……」

 

 思わず、そちらへ目をやった斐川志緒は、そこで目を見開いていた。

 

 座敷牢、そのもの。軽く見積もっても数十tに達する建築物が、恐竜のようにのそりと動き出す。

 『マヨイガ』という妖怪の名が脳裏に過る。

 

「<炎網回廊(ネフイラ・イグニス)>―――!」

「<妖撃の暴王(イルリヒト)>―――!」

 

 溶岩と灼熱。青年貴族の側近ふたりが召喚した眷獣二体は、柱一本残さず全焼させんと『マヨイガ』に迫り―――その壁に届く前に弾かれる。

 協撃の衝撃にもそれは不動に受け切り、その表面はほぼ無傷。焦げ跡ひとつもない。

 この異形な傀儡(ゴーレム)には、『七式突撃降魔機槍』とはまた別原理の魔力無効化する力が備わっているのだろうか。

 

 そして、この眷獣の力も通じない魔力無効化能力で、車両サイズの甲虫より数十倍の重量から繰り出される攻撃力。

 

 絡み付く溶岩の糸を引き千切り、灼熱の魔力の塊である猛禽を撥ね飛ばす。配下の眷獣たちが圧倒されるのを見て、青年貴族は笑む。獰猛に口角を吊り上げて。

 

「やはり、本物の『異境(ノド)』の力を操るか。面白い……」

 

 ―――そして、また新たな乱入者がやってきた。

 大規模な魔力発生が観測された『神縄湖』より、2km以上離れた神緒田神社で、精度の荒い戦車用の魔力センサーが警報を鳴らす尋常ではない魔力濃度―――それを追ってきた。

 長い階段を踏破してジャンプ台とばかりに飛び出した超小型有脚戦車が、境内に着地。

 

『魔力源観測!』

『―――え!? あのひと、もしかして牙城さん!?』

 

 境内の様子を把握し、その志緒に抱きかかえられている人物に(カメラ)が止まってすぐに、真紅の車体の副操縦席ハッチから身を乗り出す華やかな髪形の少女。読者モデル風の派手な顔立ちで、胸にゼッケンを縫い付けた、よくわからないエロい恰好している。きっとあの美少女は、自分とは別世界に住む人種なのだろうと、二転三転と、次々戦況に飛び込み参加されていく情報過多な状況に追いつけず呆然としながら志緒は思った。

 

 そして、有脚戦車の装甲上に無造作に座す少年の吸血鬼が、青年貴族の姿を視認して、顔をしかめる。

 

「この力……やはり『戦王領域』の<蛇遣い>であったか」

 

「これはこれは、イブリスベール=アズィーズ殿下……よりにもよって、『カインの巫女』を引き連れてのご来臨とは。さすがに驚かされました」

 

 

 

「『カインの巫女』だと……まさか……!?」

 

 吸血鬼の王子は、思わず動揺を露わにしてしまう。

 イブリスベールが攻撃的な視線を投げかけたディミトリエ=ヴァトラーがこちらの皮肉気に笑って口にしたのは、あまりに予想外なものであった。

 この油断ならぬ<蛇遣い>が、虚偽を申したのかと疑うほどに。

 だが、ここでイブリスベールを謀る意味がない。

 

 藍羽浅葱らは、『飛竜』に騎乗した『咎神』の騎士に襲われていた。

 『聖殲派』は、咎神カインを奉じる狂信者(テロリスト)だ。その目的は、『聖殲』の再現。すべての魔族を滅ぼし、魔族も魔術も存在しない世界と人間の本来あるべき姿を取り戻す―――

 

 なのに、この地に眠る『鍵』と同等以上に重要な、『聖殲』の要であるこの『咎神(カイン)の巫女』の存在を知らなかったのか?

 

 それは絶対にありえないとは言い切れないが、あまりにお粗末……いや、こうして『咎神』の騎士の面前で、あっさりと暴露してくれたというのに、奴らに動揺はない―――興味をまるで示さない。少なくとも戦闘に巻き込まないようにするという配慮は欠片もない。

 こうして会話している今も座敷牢の“情報”を取り込んだ傀儡を、猛禽と蜘蛛の眷獣にぶつけさせて暴れているのだから。

 

 ならば、彼奴らは藍羽浅葱の存在を重要視していない。死んでもかまわない、もしかすると殺そうとしている。そんな『カインの巫女』を『聖殲派』が襲った理由で、考えられる理由は―――『カインの巫女』が、“もうひとり”いる。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「これは思わぬ発見です」

 

 神社の境内―――それを生気なく、監視していた青年は微笑む。

 舞威姫を生餌にして『三聖』が来るかと協力者――『咎神』の騎士と見張っていたが、思いもよらぬ“大物”が現れた。

 あの“御方”が待ち続けていた『カインの巫女』―――それが、<電子の女帝>藍羽浅葱。

 

「……しかし、これで『闇白奈』を討つ機会は逃しましたか」

 

 今頃、最も策謀を繰り出す『三聖』は、こちらには見つからぬ安全地帯で陣取っているだろう。そして、ここに真祖一歩手前の吸血鬼らが登場してきた。魔族がどちらに着くかはまだ分からないが、どちらにしろあの時逃してしまった時点で『三聖』を斃す機会は失われた。

 

 ならば、これ以上、『聖殲派』に付き合う意義はない。脱獄させた分の対価(はたらき)はもう支払った。

 魔獣発生の異常事態(イレギュラー)に自身にかけられていた監視の目もなくなっており、あとは自由行動で構わないだろう。

 

 興味深い事態が発生しているようなのでそれを観察と―――あれを手に入れるまで、この地から離れるつもりはないが。

 

 

「心ならずとも未だご無音を打つこと、何卒ご容赦を『カインの巫女』よ」

 

 

神縄湖付近 自衛隊拠点

 

 

 ゆるやかな斜面になったコンクリート製のダムの堤防には、自衛隊の地上部隊が非常事態に備えて展開している。『特殊攻魔部隊』が一個小隊、隊員40名近い戦力。

 濃い霧の中で魔獣の群に襲われ、拠点は血と硝煙が充満し機材もテントも荒れ果てていたが、壊滅といえるほどの損害ではないだろう。

 それにすでに救護部隊が到着していた。衛生課の隊員たちが冷え切った地面に横たわる数多くの負傷者に応急処置を施しては、野戦用の救急車で搬送している。

 

「羽波攻魔官、ご無事でしたか」

 

 潰れかけたテントよりこちらに駆け寄ってきたのは、迷彩服姿の女性自衛官だった。事前の作戦会議にも出席した『特殊攻魔部隊』の部隊長である安座真の補佐を務めていた人物だ。

 無表情で唯里“ら”に鋭い目つきを向けて、やや近寄りがたい圧のような雰囲気を発してはいたが、暁緋紗乃の部下という肩書を持つ唯里の前で彼女は形だけでも敬礼を取る。

 

「第一中隊、沖山観影一等特尉であります。安座真三佐の所在が不明の為、代理で連隊の指揮を取っています」

 

「……安座真三佐が行方不明?」

 

「はい、状況から見ても殉職の可能性も―――」

 

 その報告に、唯里は表情を曇らす。

 指揮系統が寸断される濃霧であっては、航空機の支援も期待できない。予想外の魔獣発生で対処するにも戦力が圧倒的に足らず、今でこそ魔獣の暴走は収まったみたいだが、指揮官が消息不明となってしまうのも無理はない。

 

「こちらも暁巫司とは連絡が取れません」

 

「そうでしたか。あまりいい状況とは言えませんね―――それで、羽波攻魔官が背負っているのは、暁凪沙でしょうか?」

 

「いえ―――」

 

 やや弾んだ声で質問を否定する羽波唯里に、沖山は小さく眉を寄せる。その反応に対して、唯里は背負った巫女服姿の少女をゆっくり降ろすと、被っている耳付きの帽子を取った。

 

「彼女は、神緒田神社の巫女、緋沙乃様からの要請で不慣れな私のために今回の秘儀に協力してくれた方です」

 

 銀髪に白肌―――日本人とはかけ離れた異国の美貌をもつ眠り姫。と形容できそうな少女。日本人らしい黒髪の暁凪沙ではない。

 

「きっとあの異常事態で倒れたんだと思います。凪沙さんも探したのですが、私ひとりでは見つからず、この霧のせいか無線機も通じません。なので、すぐ救援をと作戦本部に……わたし、緋沙乃様より護衛を任されてたのに、見失ってしまうなんて……」

 

「そうでしたか。いえ、賢明です。個人の評価やプライドより人命を優先すべき、その判断は間違っていません。早急に部隊を立て直し、我々も暁凪沙の捜索に入ります」

 

 観影は唯里を責めはせず、むしろ判断を称賛する。それから親身に優しげな声音で、

 

「ですので、あとはこちらにおまかせください。ここで一線から退くのは心苦しいかと思われますが、あの中心地にいた羽波攻魔官の損耗もけして少なくないはず。凍傷の恐れもあるでしょう。そちらの要救助者と共に御殿場まで退避してください」

 

「そんな……」

 

「我々自衛隊にも負傷者がいるのです。なので、彼らの護衛を是非、羽波攻魔官にお願いできれば、暁凪沙捜索により人員を割くことができます」

 

 自衛官の弁舌に説得されて、唯里を小さく首を縦に振る

 と、不意に鋭い目つきをより眇めて唯里を見つめ、

 

「それで、『神縄湖』で魔獣の他に何か見ませんでしたか?」

 

「いえ、魔獣以外はなにも……意識が覚めた時には周りが霧で、こちらも何が何だか……」

 

 問答が終わり、羽波唯里らは負傷者を乗せた機材運搬用のカーゴトラックに乗り込んだ。

 

 

神縄湖

 

 

 かつて『天部』と呼ばれた超古代人類と、『咎神(カイン)』と呼ばれた異世界の神が争いを繰り広げた。

 これが神話として語られる争い、『聖殲』だ。

 歴史的な事実としてその学説は認められていないが、一方で、人類が使う魔導技術の多くは、『聖殲』の痕跡を根ざしているのは事実。魔術や呪術、錬金術、それに魔具。

 

 そして、戦争とは当事者のどちらかが死に絶えようとも繰り返されるものだ。

 『天部』は滅びたとされるが、この世界には魔術も魔族も残っている。

 そう、すべての魔族の創造主と言われ、人類に魔術と科学を与えたとされる『咎神』。その遺産がこの世界の法則を支配していると言っても過言ではないだろう。

 

 人間は神様となることはできないが、滅びた神を復活させ、それを“操る”ことはできる。

 

 『神縄湖』の<黒殻>に封印されているとされる『沼の“龍”』―――守護者たる『龍族』が護る遺産―――それを我ら『聖殲派』は何としてでも手に入れる。

 

「―――コード認証、“正統ナル後継者トシテ(49 72657175657374)我ハ遺産ヲ要求スル(72656c6963 6173)”」

 

 援軍と馳せ参じた同士の部隊にも牽制をさせながら、目前の『龍族』に暗号を唱える。

 しかし、『龍族』は大人しくなることはなく、こちらに猛進とぶつかり、包囲するよう陣を作る部隊を蹴散らす。

 だが、上空(あたま)は飛んで駆けつけてきた『飛竜(ワイバーン)』が抑えている。飛び立たんとするところに強襲を仕掛けて、地に落とした。

 

「“グレンダ(4772656e6461)!” “汝ノ使命ヲ果タセ(646f 796f7572)!”」

 

「みみみーーーっ!!!」

 

 苛立つように再度唱えると、それに怒鳴り返すように真っ白な獣龍は咆える。

 話とは違う。だが、何千年と眠り続けてきた遺産だ、多少の支障はきたそう。

 

「っ、これはいったい!?」

 

「なに問題はない。<蜂蛇>の発生と比べれば、これは想定内だ」

 

 銃撃でダメージを負わせようにも、『龍族』。脅威度が低いとされていようが、“情報”の『器』として頑丈に創られているのだろう。

 だが、『咎神』の遺産が抵抗することは織り込み済みだ。そのために、絃神島で幽閉される『聖殲』を知る優れた武神具開発者である『冥狼』を引き入れたのだ。

 

「対龍族隷属魔具――<竜封じの帯(ブルーリボン)>」

 

 気流を自在に操り暴風を巻き起こす力。気流(かぜ)を利用して、時速90km以上――100mを4秒台という驚異的な速度で凍結した湖面を滑走し、『龍族』の背後に回り込む『男子高校生の超能力者』。勢いよく突き出した右腕が、細長く伸びる。

 <栄光の右手>が変化したものは、武器ではなく、織物。

 <殺龍剣(アスカロン)>を取り込んで、その“情報”を入手していた『霊血』。それを材料に、『冥狼』の知恵を借りて術式構成を編んだ<竜封じの帯(ブルーリボン)

 『龍族』を犬のように従える腰帯。『殺龍剣』の“情報”より引き出されたその効力は、拘束対象を洗脳し、模範的たる僕に矯正するというもの。

 首に縄をかけるよう右腕が変化した帯に巻き付かれた『龍族』は、頭を垂れるように人間達の前に平伏した。

 

 

「これで人工島管理公社に対抗する術を手に入れたぞ。残るは、“狐狩り”だ。『棺桶(コフィン)』の『墓守』も屈服させる―――」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 どおっ! とその時、轟音が落ち、眩い光が視界を圧した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「『どこに潜伏してるかわからないなら、餌で釣ってまとめて潰すのが効率的だ』」

 

 

 山彦となって反響するように耳朶に伝わるそれは穏やかな声音とは裏腹に、強力な魔性を滾らせ、断罪するように告げてきた。

 

 この迂闊に人の立ち入れぬ状況下で、『神縄湖』に急いて行く者―――それ即ち、遺産(エサ)に燻り出されて馬脚を現した国防機関たる自衛隊の内部に潜伏する『聖殲派』と判断できる。

 

「『色々と小細工を弄して獅子王機関を嵌めた気でいたか、『聖殲派』』」

 

 濃霧に囲まれた『神縄湖』にいる者たちは、そのときまで気づけなかった。

 湖の上空、そこに文字通りに雲霞の如く、大量の霧がまた別に沸き立っていることを。

 それもごくごく薄い霧ではない、もはや霧というよりも、柔らかな粘土の如く、確かな実体を保持している。いや、実体と紛うほどの、圧縮された霊体(エーテル)を構築していたものだ。

 

「『甘い、甘いな。所詮は余所者の『聖殲派』が手に入れられる程度の情報、古より神緒田の社に仕える正当な巫司が知らぬはずもあるまい。そも、暁凪沙に類が及ぶやもしれぬ儀式を緋紗乃が認めるものかよ』」

 

 雷。

 あるいは神鳴り。

 夥しい落雷が、凍れる湖面を穿つ。

 まさしく千早ぶる荒御霊の怒り。

 不届きな人間を罰する、常世とこの世を切り分ける神剣。雷霆の瀑布を避け続けることなど不可能。思考の速度で落ちてくる雷など、人に回避できるものか。

 

 そして、何よりもこの局所的な雷撃は、魔力ではなく、“純粋な自然現象として”発生していた。

 

「『さて、“狐狩り”だ。罠にかかった獲物を狩り尽くしに行こうか』」

 

 天空から打ち下ろした万雷の刃は、魔性の冷霧さえも祓った。

 視界が晴れて、雷撃に打ちのめされた騎士たちは見た。この人造ダムの淵に横一列に包囲陣形をとる自衛隊を。

 そして、その先頭に立つ軍人が口から少女の声を洩らしながらこちらを嘲笑っている。

 

「我らは……『三聖』の掌の上であったと……」

 

 獅子王機関三聖、『闇白奈』の<神は女王を護り給う(テオクラティア)>―――

 不可視の霊糸を繋ぎ糸繰り人形(マリオネット)のように人体を無慈悲に一斉操作できるとされるその力は、この現代社会において、直接的な戦闘力よりも、ある意味遥かに危険視されるものだろう。

 暗殺、組織犯罪、情報収集、政治や経済の操作―――まさしく、“見えざる神の手”とも言えよう能力は使い方次第では、国家そのものを操ることすらできよう。個人に変装して煽動するようなものとは比較にならない影響力だ。

 これだけでも日本最強という肩書は誇大表現と呼べるものではないだろう。

 だが、『三聖』とは、『夜の帝国』を統べる三真祖にも警戒されるものたちだ。

 ―――この程度ではない。

 

 『闇白奈』が霊糸で操れるものは、人間の霊体に限ったものではない。

 そう、“土地の霊体”とも言える霊脈にも干渉ができる。黒を白の駒に変えるだけに留まらず、市松模様の白黒の盤上をも己の色に染め上げてしまえるのだ。

 

 災厄と破壊をもたらす邪神<冥き神王(ザザラマギウ)>―――その正体は、実体をもたないエネルギーの塊。凝縮された霊脈のエネルギーであった。

 蓄積されて溜め込まれた霊脈のエネルギーが爆発したことで災厄を引き起こす。それが酷ければ、一夜にして一国の文明を滅ぼす規模の大災厄となろう。

 

 それを防止するために、あるものを、ただあるがままに。

 山のものを山へ、海のものを海へ還すよう。

 その土地の霊脈に凝ったすべてを浄化して、虚空へ還す。それが、『神社』という場所の本来の機能だ。

 

 そして、その機能を用いれば、霊脈のエネルギーを『神』として実体化させる魔術装置として築かれた『シアーテ』の『神殿』と同様に、霊脈の力を制御あるいか活用することができる。

 

「『厄介な霧を掃うに減衰したとはいえ、<勧請>した『神』鳴りを受けて皆倒れておる。反応も許さぬ発生から時間差(タイムラグ)のない攻撃には『閑古詠』の力でも間に合わんのだよ、『人狼』……しかし、『冥狼』がおらんか。ヤツめ、勘付きおったな』」

 

 <勧請>

 それは神社から分霊をもらい、新たな『神』を顕現すること。

 その土地の霊脈に溜め込まれたエネルギーを『分霊』として一部切り取り、“制御された災厄”として喚ぶ<勧請>―――霊脈と繋がれる日本最強の攻魔師と神緒田地区の霊脈の管理監督する神社の巫司が揃えば、短期間にできない芸当ではない。元々、遺産を破壊するために準備を整えてあったのだからなおさら。

 

(『冥狼』……しくじったか……!)

 

 『飛竜』さえも失墜し、この場にいる騎士たちは皆行動不能。

 閉鎖された季節外れのキャンプ場に支援部隊が野営地を陣取っているが、隠れ家に篭っている程度の戦力では、『三聖』の相手にならない。

 なればこそ、折角に捉えた『龍族』を手離してたまるものか―――!

 

 

「『仮面』よ……汝の最奥に眠りし、“巫女”を我に―――」

 

 

回想 神縄湖

 

 

 ―――自衛隊を完全に信用することはできない。

 

 

 羽波唯里は、南宮クロウの純粋な第三者視点からの指摘に、疑念が生まれた。

 むろん、自衛隊のすべてがではない。だが、一部はそうだ。あの堤防前の野営地に着く前、『あの中に『斐川志緒』に化けていた相手と同じ“匂い”がする』と彼は注意を促した。

 軍事活動は常に予算に縛られ、計画には不確定要素がつきもの。異常事態に対応が遅れているのも、魔獣の大発生も想定されていなかったのだろう。

 だとしたら、何が出現すると想定していたのだろうか?

 末端の剣巫には知らされていなくても、自衛隊は最初から知っていたのではないだろうか。

 <黒殻>の中に何が――『龍族』が眠っているのを。

 そして、どこよりも早く出現位置を割り出し、その眠りし『龍族』を自分たちで捕らえるために、横取りされぬよう自衛隊の部下に対魔獣用の強力な武器を装備させていなかった。

 

 この推理が正しいと仮定すれば、そのような自衛隊に多数の犠牲を出させるような指揮が出せる――唯里らを襲ってきた百面相と繋がりがある――のは、やはり部隊長……作戦会議にも出席していた作戦指揮官の安座間三佐のみ。

 

 『神縄湖』より逃亡中。

 羽波唯里の中で疑心が膨らんだそのときを狙っていたかのように、背負っていた少女が口を開いた。

 

 

「『そうだ、羽波唯里。これは自衛隊の内部に潜む『聖殲派』を捕まえることを目的としている』」

 

 

車内

 

 

「『勧進帳の真似事をさせてしまったが、良い仕事だったぞ羽波唯里。暁凪沙さえ退ければ、儂は存分に『聖殲派』を撃つことができる』」

 

 

 そう、中にいる自分たちと運転手を除くすべての自衛隊員の意識を落としたカーゴトラックで褒めるのは、『(くらき)卿』――暁凪沙の肉体に接続されていた『三聖』の残留思念。

 糸が切れたが、それでも途切れた糸が独立した意識を持つことができたのだろう。それが眠る暁凪沙の中にとどまっていた。

 

「『暁凪沙……もっと詳細に言うなれば、『十二番目(アヴローラ)』を憑依させている暁凪沙は、<黒殻>の内に潜みし『聖殲』の遺産を覚醒するための生贄の条件を満たした貴重な人材であった』」

 

 <黒殻>に眠りし『龍族』は、『咎神』が残した遺産の守護獣。魔族でも魔獣でもなく、いわばシステムの一部にすぎないもの。ある特定の条件を満たしたときに目覚めるように定められたシステム―――それが、暁凪沙を生贄に使おうとした真の理由。

 彼女だけが持っている知識――記憶、『聖殲』の遺産を目覚めさせる鍵が、同じ『聖殲』の遺産――<第四真祖>だったからだ。

 

「『だからこそ、『聖殲派』は暁凪沙の身柄を狙っていた。『神縄湖』にある遺産が『聖殲』の“鍵”であることを知っていたからな。ほれ、宿泊研修が本土行きを取りやめになったのも<賢者の霊血>だけではない、暁凪沙を狙う『人狼』らの策謀が関わってるのが明らかとなったからよ。

 ―――早急にこちらから手を打たなければ、狂信者どもがどのような手段を取るかわからん。故に、“釣り”をすることにした』」

 

 『暁凪沙』が、遺産の鍵となるその情報を知る黒幕。

 <第四真祖>暁古城の肉親の情報を知り、この獅子王機関を動かせるほどの立場の人物は、政府内部にもそう多くない。そして、獅子王機関だけでなく自衛隊にも関与するその黒幕とを繋ぐ仲介者―――すなわち、安座真三佐の身柄を拘束すればその人物を探し当てるのは、そう難しい事ではないだろう。

 

「『無論、それは黒幕も危険(リスク)を承知していよう。しかし、『沼の龍』は『聖殲派』が是か非でも手に入れなければならない遺産だ。たとえ同士の大半を犠牲にしようが、帳尻が合うほどの、な』」

 

 だから、『暁凪沙』と『沼の龍』はこちらの内に抱えておかなければならなかった。

 

「『もう一度言う。よくやった、羽波唯里。『聖殲派』の包囲から見事に巫女と遺産を連れ出してくれたのだからな』」

 

「は、はい……!」

 

 老成した笑みを見せる眠り姫。

 今は、その帽子に仕込まれていた『影武者』の術式で白に似た銀髪の少女に変化しているせいか、暁凪沙のままよりも本体の『闇白奈』の容姿に似ている。

 して、剣巫の唯里の貢献を湛えた『三聖』は、そのまま視線を横滑りさせて、呪術迷彩を解いた少年に合わせる。

 

「『協力を感謝しよう、<黒妖犬>。縁堂縁より聞いてた通り、有能な駒のようだな』」

 

「感謝はいらない。オマエのために動いてるわけじゃないからな。だから、凪沙ちゃんから出てけ」

 

 その鋭く尖った印象を受ける声音に滲ませたのは、不快感か。敵意と言い換えてもいいようなもの。少年からそんな考えられないような態度を察した唯里はそれを諌めようとするも、彼の視線は“暁凪沙の肉体を使う『三聖』”に向けられており、『三聖』もその純粋な眼差しを心地いいかのように微笑を深めている。

 

「『くく、それほどに心配か。膨らみきらぬ蕾、熟れる前の果実のような瑞々しさはこたえられぬものがある。しかし、緋紗乃が大事に想う孫娘を害する気はないよ。これも安全のための措置だ』」

 

 言いながら、抱くように腕を抱いて、暁凪沙の指は暁凪沙の肢体を太腿から肩までなぞりながら、妖し気な目配せを送る。

 

「『儂は汝に興味があったのだ。『宴』のときに汝の主にさんざんと自慢話をされてな。一目拝んでみたいと願っておったのよ。この状況ではなんだが、少し儂と話をせんか?』」

 

「オマエと話をすることは、オレにはない」

 

 刺々しい対応に、ついに唯里は糺す。

 采配を振るう筆頭である『三聖』、彼女の意思ひとつで獅子王機関が、ひいては日本の攻魔機関が敵に回ることもありうるのだ。

 

「南宮君! この方は、獅子王機関の『三聖』で―――」

「こいつが姫柊や煌坂、羽波たちの偉い奴というのはちゃんと知ってる―――だけど、こいつがアヴローラとグレンダを殺そうと考えたこともわかってる」

 

「え……」

 

 固まってしまう唯里。戸惑う彼女を置いてけぼりにして、両者の話は続く。

 

「さっきオマエ、『暁凪沙を退ければ』と言ったな。それは、“グレンダは置いてけぼりにしても良かった”のか」

 

「『ほう……』」

 

「オマエが凪沙ちゃんを護ろうとしてるのはわかった。でも、話を聞いてるとそれ以外はどうでもいいって感じだな。凪沙ちゃんが守ろうとしているアヴローラが消えても、グレンダもついでに消しても、オマエには好都合なのか」

 

 まず、作戦会議で語られたこの儀式の趣旨は、『『聖殲』の遺産の封印』と『かつて<第四真祖>だった存在を殺す』ことだった。

 その裏に『国防機関に潜伏する『聖殲派』の発見及び捕縛』があったのだとしても、『『神縄湖』の脅威を取り除く』のはけして虚偽(ダミー)ではないのだ。

 そして、それを為すのに最も手っ取り早いのは、脅威を失くす―――(ころ)すことだ。

 

「『存外に賢しいな<黒妖犬>。だが、それは駒としては要らぬものだぞ』」

 

「オレは、ご主人の眷獣(サーヴァント)だ。オマエの駒じゃない」

 

「『しかし、『十二番目』は憑依させていれば、暁凪沙の寿命を削る、寄生虫のように害悪だ。それを汝は許容するのか?』」

 

「許容するかを決めるのは、オレじゃない。凪沙ちゃんがアヴローラを許容した。二人の問題だ。それを余所者(オレタチ)が口出しすべきじゃない」

 

「『『沼の龍(グレンダ)』は、『聖殲派』の鍵だ。潜伏する彼奴らには万の犠牲を払ってでも欲しいものだろうな。騒乱の火種に違いない。ならば、それは摘んでやるのが賢明ではないか?』」

 

「グレンダを守ると約束した。だから、オレはグレンダの味方でいる」

 

「『その保護欲が、『咎神』から設定された意思決定(プログラミング)されたものだとしてもか?』」

 

 『龍族』と共生する<蜂蛇>。それが即座に退散を悟るべき侵略者(きし)を前に、死に物狂いで『沼の龍』との接触を阻んだ。

 それはどう考えても、まったく生存本能の理から外れている。歪まされている。

 

「だ、おにぃ―――」

 

 ―――そのことを理解しながら、『龍族』の少女を抱き寄せた。

 

「お前の語る小難しい話はどうでもいい。はっきりいって馬の耳に念仏だ。誰が何と言おうと、グレンダは世界(ここ)に生まれた。なら現在(いま)を生きることは当然の権利だ。その生命(いのち)の使い道はそいつが決めるものだ」

 

 ぁ……と唯里は吐息のような掠れた声を出していた。

 グレンダという少女の正体を未だ見ていない、『沼の龍』を知らない彼女はその話に割り込むことはできない。

 ただ、獅子王機関に所属するものならば、『三聖』に賛同するべき立ち位置だというのに、視線はいつのまにか曲がらない少年の背中に向けられていた。

 

「オレはアヴローラを庇う凪沙ちゃんの意思を尊重することも、グレンダを守ることも正しいと思ってる。だから、自分で決めた選択が間違いでも、オレは後悔したりはしないな」

 

 きっと。

 これが少年から“揺らがない”と感じさせる大本なのだと、唯里は思い知らされた。

 

「『……儂は他の『三聖』が何と言おうと、『聖殲』の脅威を除くためなら手段を選ばぬ』」

 

「そうか。オレもオマエが何と言おうと考えを曲げるつもりはない」

 

「『汝は、百代目にしてようやく完了した、『聖殲』の支配を終わらすための殺神兵器。儂は神権政治を体現するものなら、汝は百王思想の体現者よ。その使命は、儂の思想に添うものではないか?』」

 

「だから、オレとオマエは、平行線になってるんだろ」

 

 果たさんとする目的とするものが同じであってもそれは境界線上にあるただ一点。目的を除き、両者の意見に接点はなく、前提を妥協する気はないならば、境界線上まで平行線は交わることはない。

 

「『くっ』」

 

 それを言われ、『闇』の意思は、笑った。

 嘲笑でも侮蔑でもなく。純粋な驚きと愉快さからくる頬笑。

 

「『ぷくくっ、あははははははははははははははははははは!!』」

 

 指揮する者と従う者。

 『宴』の采配者と『宴』の異分子。

 許しを請うてしまう器と非難を受け入れる器。

 『魔族に似て真なる魔族に非ざる存在』と『魔族と人間のどちらつかずの混血』は、同族のようであっても同胞というわけではない。

 

「『南宮那月に出会う前の汝と『白奈』を会わせてみたかったな。残念だ』」

 

「『(オマエ)』とは話すことはない。―――だから、いい加減に凪沙ちゃんから出ろ」

 

 黒妖犬がそっと暁凪沙の頬に手を添えて、髪についていた糸屑を摘まむように―――彼女の耳の穴から、白色の細い髪を抜き取った。

 古来、女性の長髪には魔力が宿ると言われるが、その長い白髪はそよぐ風もない車内でにょろにょろと蠢く。

 『闇白奈』の力の一端。この本体から途切れた霊糸が、暁凪沙に表出した残留思念の正体。

 クロウは、その仄かに香る“匂い”より、“もうひとりの意思”を嗅ぎ取って、糸の切れた糸繰り人形のように再び脱力して頽れた眠り姫(なぎさ)を受け止める。

 

「ごめんなさい、って謝るな……結局、目的は同じで、“お前”が凪沙ちゃんを助けようとしたことには変わりない。ただそれが無茶だから、とっととバトンタッチしてやると言ってやったつもりなのだ」

 

 人に謝られるのにあまり慣れてない少年は、これまでよりもやりにくそうにしかめっ面を作った。

 

 

「ああ、お前はきっと、……に器にされたオレなんだろうな」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「私が霊視()てもまったくわからなかったのに、よく仕込まれていた霊糸に気づけましたね、南宮君」

 

霊視()で見えなくても、“匂い”ですぐわかる。それに、オレも似たようなことを霧葉にされそうになったことがある。引っ越してきてすぐ髪の毛入りお菓子を渡されたぞ」

 

「え、そうなの……!?」

 

「まあ、こういう(位置探査と保険の式神)のは、姫柊も古城君にやってるしな」

 

「え゛、雪菜(ユッキー)、そんなことしてるの……!?!?」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――来たな」

「きた……」

 

 真っ先に感知したのは、黒妖犬。続いたのは、グレンダ。彼女が浮かべた険しい表情に唯里は少し驚き、黒妖犬がすでに行動に移っていた。

 カーゴトラックの幌を破り、車体の天井へと跳ぶ。頭上に濃霧に覆われた空が広がる。同時に、冷え切った風邪が舞い込んで、唯里たちの髪を掻き乱した。

 騒音が耳朶を打つ。

 そして、唯里も気づく。この地上から10m足らずの低空を、何かが飛んでいた。その姿が徐々に大きくなる。まっすぐこちらに向かっているのだ。

 

「あれは、『飛竜(ワイバーン)』!?」

 

 目を見開く。接近する飛行物体のフォルム――戦闘機のようなシルエットをした『飛竜』。その周囲を取り巻いている異様な魔力の流れに気づき、吐き気を抑えるかのように唯里は鼻と口元に手を当てていた。

 言いようの出来ない、この気持ち悪い感覚……

 蠢く毒虫の群を見せられたかのような、生理的な不快感が込み上げる。あれは、普通の魔獣とは、異なるものだ。

 そして、その背中には銀黒色のローブのような奇怪な衣装に身を包んだ人影。ローブの下は陰がかかっていてよく見えないが、金属製の杖を握ったその姿は、お伽噺に出てくる魔法使いのよう―――

 こちらが相手の姿を確認したように、向こうも破られた幌の穴から彼女を見つけた。

 

『見ツケタ……グレンダ』

 

 くぐもった声。機械で変調した女性の声。咄嗟に唯里が腕に抱いたグレンダがフードの奥から刺さる視線にビクッと震えた。それは当然の事。『飛竜』を従えて襲い掛かろうとする女が、グレンダの味方であるとは限らない―――だが、相手はまず真っ先に反応して飛び出した存在への対応が遅れた。

 

「グレンダに、近づけさせない」

 

 走行中のカーゴトラックの幌屋根の上に、足指で車体を跨ぐロールケージを掴んで直立していた黒妖犬。

 その左腕が霞む。薄く鋭利な刃を作りて放つ霊弓術。木の葉のように軽やかに、かつ機銃の如く激しく、滑空して迫ろうとする『飛竜』を撃つ。

 手裏剣の刃はすっと滑らかに、竜鱗に突き刺さった。恐るべき切れ味だが、本当に恐ろしいのは、その鋭利さではない。

 

 この『飛竜』を覆っている“闇色の暗幕(カーテン)”――『異境』を通り抜けることだ。

 

『邪魔スルカ、黒妖犬!』

 

 超低空のまま速度を上げて、『飛竜』がカーゴトラックの上を通過。吹き込む風を乱して、車を追い越し、前方――進行方向に出た。唯里が慌てて運転席へと通じる窓を覗いた時には既に何十mも先行していた。

 

「あ、あれっ?」

 

 てっきり攻撃するかと思ったが、『飛竜』は霊弓術の牽制に接近を中途して、そのまま真上を通過しただけだった。

 そのまま、『飛竜』は更に先行。そして、濃霧の向こうへ姿を消した―――

 

「車を止めろ! 来るぞ!」

 

 天井からの声に、パニックになっていた運転手の二曹がブレーキを踏む。その反動――ではなくて、自ら黒妖犬は跳んで、車両の前面に着地。

 

 ダンッ、

 と背中にバンパーを受ける体勢で、急制動に貢献。背後からの強烈な重圧をねじ伏せるように、大地を踏みしめ、また車全体に生体障壁を覆わせる。

 

 かつ。

 

 目前に待ち構えていた怪物、全高3、4mの骸骨に似た人型の巨大機械人形(オートマタ)の両腕を、真っ向から受け止めた。うおお、と雄叫びをあげる。そして、脇に放り投げた。乗用車を改造したかのような非自然な生物のオブジュ――傀儡(ゴーレム)が冗談のように転がっていくのを見送り、トラックはやっと止まった。

 

 脱帽、だ。

 

 車両と怪物の間に自ら飛び込んで挟まれ、ブレーキとクッションの二役をこなした。

 『飛竜』を見たときよりもとんでもないものを目撃したかのように、唯里の表情が強張る。しかし呆けている場合ではない。

 

「逃げて! 今のうちに逃げてください!」

 

 怯えるグレンダと眠る凪沙を庇いながら唯里は、荷台にいる自衛隊員たちに叫んだ。

 『特殊攻魔連隊』の隊員とはいえ、今の彼らは負傷者だ。転ばされただけで壊されていない怪物は起き上がろうとしており、それに『飛竜』と襲撃者はまだ諦めていない、戻ってくるはずだ。だから、此処が戦場となる前に彼らを避難させるのが、獅子王機関の剣巫としての役目である。『六式攻魔剣・改』は奪われた唯里だが、式神のための呪符は持っていた。唯里は犬型の式神を展開して、負傷者たちの護衛をさせる。

 

 そして、傀儡(ゴーレム)には、足元の地面を罅割れさせんばかりに踏み砕き、突っ込む黒妖犬。

 鉄杭を打ち下ろすような踏み込みに続き、しなやかに体を捻りながら、力を螺旋状に拳へ収斂させる。

 

「っらああぁぁあ!」

 

 わずか一撃。

 突き入れた左拳に漆黒に燃え盛る焔状の獣気が唸り―――怪物の剥き出しのまま脈動する機械めいた質感の内臓に、大きな風穴を開けた。『ひとつッ!』と拳を引き抜き下がった時には、傀儡は酸化と風化が同時に起きたかのように崩れ落ち、完全に消えていた。

 唯里は、また言葉を失った。

 その動作が剣巫の『八雷神法』の一手である<若雷>と重なるものがあるが、魔族を相手ならとにかく、怪獣を一撃必殺とはいかない。圧倒されるが、なんだかこのメチャクチャ具合に慣れてきたのか、頼もしさを覚え始めたのだが、これは末期か。

 

「ん。羽波は、式神を使えるのか?」

 

「え、あ、はい。苦手ですけど……」

 

「すごいな。オレ、師家様から式神の才能は欠片もないと匙を投げられたのだ」

 

 怪物を斃した黒妖犬から、純粋に称賛する眼差しを向けられて、唯里は何と言っていいかわからない感情を覚える。

 でも、それは悪いものではなく、身悶えるようなくすぐったいもの。『志緒ちゃんの方が私よりずっと式神の扱いが上手だよ』とは、どうにも言えず、この年下の少年にお姉さん風を吹かしたい気に駆られる。

 

「じゃあ、式神を空にばばーって、やってくれ」

 

 と彼が空を指差し―――その方向より、『飛竜』が現れる。

 滑空して、次こそは撃破せんと咆哮を上げながら、『飛竜』は迫ってきた。この空の怪物を、唯里の式神で打ち落とすことなどあまりに無理だが―――彼の無茶に衝き動かされるように、式を打った。

 剣巫の霊視が最適解を導き出した、というよりは、『右腕の代わりをお願いする』と言った彼の期待に応えたいがため。

 そう、なんとなくだがきっとこれだ、と唯里は彼の意図がわかったのだ。

 

「<(ゆらぎ)>よ!」

 

 ありったけの呪符を『飛竜』に殺到させた。舞威姫の相方、斐川志緒より教えたもらったコツを意識する。ばら撒かれた呪符はたちまち白鳥となって、空の怪物へ突っ込ませる。

 

「“カラス”より大きくても、空の『獣王』ほどじゃないな」

 

 その天に翔ぶ即興の階段を駆け昇る黒妖犬。空を自在に飛ぶ竜を―――それを上回る速さで式神の白鳥を足場に飛び跳ねて―――獲物に喰らいつく。

 

『サセルカ!』

 

 噴き出す獣気を拳に乗せて、砲弾のように拳を突き出す。だが、その前に『飛竜』の全身を漆黒のオーロラが包み込む。

 空の怪物を包み込んだ黒いオーロラの源は、黒銀の魔法使いが纏うローブだ。ローブの裾から洩れ出した闇が、『飛竜』の肉体を覆い尽くし、異能の力など最初から存在しない領域に世界を塗り替え―――

 

 しかし、その漆黒の暗幕を黒妖犬は通り抜けた。

 

 最後の白鳥の式神を蹴り、断熱圧縮が生じるような一撃が『飛竜』に直撃し、墜落した衝撃でクレーターを作る。大山鳴動を起こした剛拳、それにもまた漆黒の焔を纏っていた。

 

 

「<迦具土(かぐ)>ッ!」

 

 

 産まれたせいで神を焼き殺し、そして神に斬り殺された火産霊の名を冠する『神殺し』の業。

 昂る獣気に宿らす『混血』の“壊毒”――その希釈された芳香を一手に付加させる、いわば『毒手』。内部で花火とばかりに衝撃変換(ばくはつ)させ、勢いよく臓腑に拡散された迦具(かぐ)(香)わしい“匂い”は、その“情報”を破壊した。

 『飛竜』を灰も残さずに破壊し、同時、“壊毒”に浸透された手袋も跡形もなく消えて、その下に覆われた皮膚にも侵食が及ぶ。自喰する性質に見境はなく、己の手にも咬みつかんとする危険な毒。この二打を放っただけで手袋は自壊し、左手の表皮に焦げ痕のような黒い染みが滲む―――しかし、この諸刃の剣が、この生物の機能を持ちながら生物ではない構成体を壊すのに最適解だと直感的に判断した。

 

「どうなってるっ!? 『異境(ノド)』の侵食が通用しないなんて!」

 

 撃墜した『飛竜』の背中から飛び降り、上手く着地ができずに転げる黒銀の魔法使い。そのフードが捲れ、変声期が外れ、露わとなったその面相と声音は先ほど羽波唯里が見て、聞いて、会話した者―――

 

「沖山一尉!? やはり、あなたも―――!?」

 

 唯里は思わず絶叫していた。

 魔法使い風のローブの下に迷彩服を着た女性は、負傷者たちを後方に送るよう指示していた沖山観影一等特尉。『聖殲派』最有力の容疑者である安座真部隊指揮官、その補佐である彼女も狂信者(テロリスト)の一員だった。

 

「っ、グレンダ―――!」

 

 彼女はショックを受けている唯里を視ていない。唯里が庇うグレンダに視線は注がれ、それを阻む黒妖犬。

 

「させない」

 

「この、混ざりモノめ!」

 

 沖山観影は黒銀色に輝く(ワンド)を手の中で回しながら、クロウを睨む。

 この杖の魔具は、複製品(レプリカ)損傷品(ジャンク)ではないが、騎槍(ランス)模造(コピー)したその性能は、格落ちしている。

 

傀儡(ゴーレム)に『飛竜(ワイバーン)』を壊し、虚無のヴェールを破る貴様は、生かしてはおけない―――」

 

 宣告した瞬間、沖山観影の姿が唯里の視界の中で霞んだ。『異境』の侵食に覆われた彼女を、剣巫の霊視で見通せなくなったのだ。

 

「私は『特殊攻魔連隊』です。貴様のような怪物を屠るために白兵戦技術を磨いてきました!」

 

 凄まじい速度の跳躍。そして鬼気迫る勢いで刺突。杖の先端に装着された銃剣からの絶え間のない連続攻撃を、黒妖犬は半歩も退かず、逆に踏み込みながら躱した。

 生じた真空で目元の皮膚が裂ける。しかしまばたきもせず、クロウは熊手を返す。

 見切りというより、何と言う思い切り。見てる唯里は冷や冷やする。

 

「はぁ!」

 

 しかし、この杖は長槍と比べれば射程(リーチ)に劣るが、その分小回りが利く。沖山観影は銃剣を引き、相手の腕を叩き折ろうとした。それもクロウはきわどく受けては斜めに力を逃がし、その受け流しさえも一連の動作に組み込まれていたかのような痛烈なカウンターを見舞いする。

 

「ほい」

「っ、!?」

 

 銃剣術の優位性を最大限に活かすために、そして剣巫からの遠距離支援をさせないためにも超至近距離での打撃戦を挑んだが、それは徒手空拳の土俵でもあるのだ。そう、体格や腕力が剣巫に勝るものなのだとしても、それを黒妖犬に挑むのは無謀に過ぎる。

 杖に受けた衝撃が伝わり、手が痺れる。

 畳み掛けてくるクロウに、やむを得ず間合いをリセット。銃弾を撃ちながら手榴弾を放り、どうにか距離を取る。

 沖山観影は密かに呼吸を整えながら、クロウを睨みつけた。

 

(何て奴だ……! 武器も何もない原始的な蛮族に……人間である私が、研鑽した白兵技術と積んできた実戦経験が通用しないというのか……!)

 

 歯噛みする。これが対魔族の白兵術に優れた剣巫であっても、自身の銃剣術は負けない。そう、剣で思い通りにできない相手など、過去には師しかいなかった。

 

「やるな、オマエ」

 

 対し、クロウは暢気に称賛する。余裕ぶった態度は相手の勘に障ったみたいだが、しかし唯里は彼も楽はしていないことに気づいてる。

 こうして第三者の位置から見てわかる。幾度かの好機を逃している。やはり右腕はまだ戦闘についていけるほどの動きはできないのだろう。こめかみに光っているのは、まぎれもなく冷や汗であり、余裕はそれほどないのだ。

 彼も相手を脅威に思っている。―――そのくせに、少しも怯まないのだ。

 二度対峙して感じたことだが、黒妖犬には怯みというものがない。ひとつ間違えれば致命傷となるようなことを平気でやる。実際片腕を斬り飛ばされても僅かの動揺もなかった。その思い切りが、実戦では強力な武器となる。

 実戦では大胆に動ける者が生き、畏縮した者は殺される。技術も経験もその“大胆さ”を引き出すためのものではないか、と唯里は最も足りないところを痛感させられる。

 そして今、より大胆に動けているのは黒妖犬であった。

 精神的優位が欲しい。沖山観影は嘲笑を浮かべ、見下すように言った。

 

「右腕が使えないのはわかっています。片腕が動かせないそのハンデ。それを見破られて私と戦えるとお思いですか」

 

「っ!?」

 

 その言葉に反応したのは、唯里。右腕を怪我させた彼女は負い目があり、そこを突かれるのは顔に出てしまう。―――して、その当人は……

 

 

「そうか。じゃあ、左手を使わなかったら、もっと近づけるか?」

 

 

 あっけからんと言い放つと、左半身で、両腕をだらりとさげてきたのだ。

 なんて無防備だ。挑発だとすれば、お子様じみてる。実戦的な行動とは思えない。だが今、沖山観影の直感が、かつてない危険を告げていた。手負いの獣とはまた違う趣の重圧(プレッシャー)

 あるいはその戦慄が、沖山観影を衝き動かした。

 

「愚か者め! 護りを捨てるとは奢りましたね! 滅多刺しにしてあげます!」

 

 裂帛の気合いと共に、沖山観影は杖を突き出した。その先端の銃剣に、手、足、顔面の肉が次々に裂ける。直撃したのかと思うほど、クロウの回避は小さかった。攻撃に必要な腱だけつながっていればいい、という狂気じみた割り切りがなせる業だ。

 沖山観影が杖を振りかぶり、もう黒妖犬に肉薄している。ただし、振り下ろすことはできない。相手の間合いに入ろうとしたそのとき、不意に黒妖犬が足を踏み換え、左前の構えを反転させた。ついに怖れて受けに回ったかと思いきや、その足が内側から沖山観影の前足に絡みつく。そこから鮮やかな足捌きを引っ掻けて、まんまと体勢が崩された。

 

「別に右腕を使わないとは言ってない―――」

 

 黒妖犬の双眸から、壮絶な獣気が迸る。この瞬間、死の予感は飽和した。沖山観影程の剣達者が金縛りに遭ったように感じ、時間の流れが遅くなって、光が閃いた。

 

 手刀が転移してきた―――ように見えた。実際はこれまで動かさず、だらりと脱力した“右腕から”無拍子(ノーモーション)で振り払ったわけだが、それは沖山観影が知る、如何なる斬法よりも速かった。

 静から刹那に動に切り替わる抜刀術のようにその右手は見えなかった。杖の柄を捉えており、銃剣術に長じた沖山観影は終わったことを直感した。

 

「……っ!」

 

 紫電一閃、杖を真っ二つに。居合抜きの如き手刀は、“相手の得物だけを”割り切る。

 この杖こそが、沖山観影に与えられた魔具。それがなければ、彼女に魔族を屠るだけの力はない。

 そして、虚無の暗幕がなければ―――未来視は通用する。

 

 

 

「っ、頼んだ羽波!」

 

 完治もせずに無理矢理に振り切ったせいか、右腕の肩関節を押さえるクロウ。

 未だ1、2時間と経っていないはずの交流だが、その無茶の理由は唯里にわかった。きっと今の彼の力では、沖山観影を“壊さずに”行動不能に仕留める自信がなかったのだ。

 

「はい、南宮君―――」

 

 別に右腕を使わないとは言ってない―――そして、今の黒妖犬の右腕はひとつじゃない。

 

「<(ゆらぎ)>よ」

 

 杖の魔具を失った沖山観影に迫る唯里。武器を失くした彼女は、唯里の突撃に反撃しようとするが、それは剣巫の霊視で先読みして躱す。そして、ほぼゼロ距離の密着状態に持ち込んでからの打撃技。剣巫の基本攻撃だ。本来は、対魔族用の凶悪な内臓破裂技だが、素手で放つ密着攻撃だけに、手加減をしやすいというメリットもある。

 

「か、はっ―――」

 

 沖山観影は、信じられないという表情で唯里の顔を凝視したまま、ゆっくりと倒れた。

 きっと彼女は羽波唯里にやられたことを最後まで“まさか”と認めることはできなかっただろう。

 単純な実戦の経験だけなら、沖山観影は今回が大規模作戦初投入となる唯里よりも遥かに上回っていることだろう。だが、それだけだ。

 唯里はひとりではない。彼女を鍛えた高神の社と、共にあった親友、そして今日出会った彼―――そのすべてに支えられていた。それは組織と仲間を裏切り、テロリストとなった沖山観影には失った、捨て去った力だ。

 『聖殲派』の魔具は、他人の“情報”を奪い、使い捨てるというもの。そうやって、自分たち以外の存在すべてを敵だと可能性を切り捨てたときから、沖山観影の実戦経験は消耗品となり、自らの成長の機会を得られなくなった。

 

 初めての実戦で得るものすべてを糧にできる中で、さらなる成長の機会を得た羽波唯里は、この瞬間、歴戦の強者を上回る。

 

「やった、の……」

 

 実感の湧かない勝利に、おぼろげな意識で呟く唯里。

 

 

 

 

 

 異変が起きたのはその直後だった。

 

「おにぃ―――っ!?」

 

 グレンダの叫びに、夢見心地が抜けた唯里は見た。

 

 

「ぐ……ああああああああああっ……!」

 

 

 喉から血を吐くような絶叫を迸らせて、頼もしく、真っ直ぐな少年が倒れ、ぶしゅっ、と背中から鮮血が飛んだ。

 真っ赤に染まる光景を。

 

 

神縄湖

 

 

 『咎神』が残した魔具、その中でも複製品(レプリカ)損傷品(ジャンク)ではない稀少な『仮面(ペルソナ)』。

 顔を覆って隠す仮面には呪術的な意味合いがある。装着する仮面により、己以外の存在へと人格が変化をさせ、霊が宿らすと言われている。

 

 魔族特区の中でさえも稀少な<音響過適応>の力、

 地獄で仲間と半身を犠牲に得た<死都帰り>の力、

 血族で淘汰された長に継がれる<静寂破り>の力、

 

 それらの“情報”を基に化けた人格の力を振るうことができる。

 “情報”を取り込めば取り込むほど、己を切り捨てていくその代償に、自分は“人間”の力を手に入れてきた。

 なれるのは人間だけと決めていた。人間以外になるものかと禁じていた。そうして、祈るようにこの『仮面』に人間の力を結集にして結晶化させた力を取り込ませ続けてきた。

 

 不条理なまでに破格で、たやすく世界をゆがめる魔族の能力。

 たった一人の吸血鬼の気まぐれで、巨大な都市を壊滅させる―――そんな世界は正しくあるはずがなく、歪んでいるものだ。

 それに対抗する術を獲得するために、誰であったのか名前さえも忘れるほど己を殺して、『仮面』をつけてきたのだ。

 そう、世界を本来あるべき姿に戻す―――そのためならば、いっそこの歪んでる世界すべてを“更地”に変えてしまってもかまわないのではないか

 

 『仮面』の一番奥に眠っていた“情報”。

 この名も無き己が唯一捧げられるこの我が身を贄と捧げ、『聖殲派』の切り札―――<女教皇>を覚醒させよう。

 

 

 

「『仮面』よ……汝の最奥に眠りし、“巫女”をここに―――」

 

 

 

 その顔面(かめん)から滂沱の涙を流すかのように漆黒の暗幕(カーテン)が広がり―――現れ(ばけ)たは、醜い娘だった。

 血の気を失くした肌は死体のように青白く、布を巻きつけたような粗末なローブで申し訳程度に隠している。その隙間から全身の至る所に、縫い目のような深い傷痕が刻まれているのが見えた。まるで引き裂かれた肉体を、無理矢理に継ぎ合わせたような無残な姿だ。

 だが、それでも娘は美しかった。

 顔立ちは端整だ。すらりとした体つきは見事な均整を保ち、艶やかな黒髪を流す。

 そして、その魂も肉体と同じ、継ぎ接ぎされた“無念”の集合体である。

 

「『なに……』」

 

 『闇白奈』の失態は、最初に一撃で何もさせぬ内に『聖滅派』を塵も残さず抹消しておくべきであったこと。

 人命までは奪わぬ、と手心を加えて、<勧請>の威力調整などすべきではなかった。

 

「『―――』」

 

 虚ろな目が、開かれる。

 

「『d12はっ34fら3234じゃgr42はじぇ42へけ32あえお―――!』」

 

 それは、もはや言葉ではない。

 連鎖する叫びだ。

 連鎖する悲劇だ。

 『神縄湖』を席巻して、まるでドミノ倒しのように狂気が伝染していく。『仮面』をつけたものだけでなく、倒れる騎士たち、そして<神は女王を護り給う(テオクラティア)>の糸繰り人形の兵隊の誰もが、次々に言葉ならぬ叫びをぶちまけた。

 一滴の墨で、広大な海が隈なく黒くなっていくかのようだった。

 

 何、が……!?

 

 包囲部隊に霊糸を繋ぎ指揮していた闇白奈は遠い安全地帯にて巫女服の胸を押さえたまま、膝をついた。

 狂気の伝染は、『三聖』の胸も叩いたのだ。

 猛烈な心臓の鼓動(ビート)

 強烈な衝動は、『闇白奈』の身体すら蝕んで、おぞましい嘆きを口にさせようと内側から迫ってくる。

 

 ………っ!

 

 動けない。

 神経系だけではなく、『(くらき)』の意思までもその衝動は支配しようとする。

 がくがくと体が震える。肺から喉が焼けるように熱くて、横隔膜を開閉する。『叫べ』と強制されているのがわかった。自分もあの嘆きに続かねばならないのだと、異常な強迫観念が『三聖』を襲っていた。

 

「『122くぁひえん1y38へんか97uふあやいく435ioえちあ3eえろか63どふぁ84―――!』」

 

 止め処なく増していく叫びに合わせて、神緒田地区が震動する。

 霊脈にまでもそれは訴えてしまえるものなのか。

 叫びをあげる何人かの喉が裂け、血を吐いたのだ。それでも訴えを止めることはかなわず、大地の震えはますます大きくなっていく。

 次々と人が人でなくなっていく。

 

 騎士たちが変貌する。

 魔族に似て真なる魔族ではない何かへと。

 

 ここは湖面が凍った場所。

 使える兵器の“情報”が何もない『咎神』の騎士には、死地であるはずだった。

 

 

「『この世界に、永劫の呪いの烙印を―――!』」

 

 

 『もうひとりの巫女(シュビラ)』の周りに屹立する奇怪な影。

 ヒトガタの影であった。

 元はヒトガタなのが想像できるのに、むしろ巨大な蟻に酷似した姿であった。黒銀にぎらつく外骨格から異様な眼球を幾十となく露出させ、その半分以上の数がギョロリと頭を抱えて蹲っている『三聖』が操る包囲兵隊へと向けられる。

 

 痺れて動けない『聖殲派』の騎士たちに―――つい先ほど惨殺した<蜂蛇>の肉片―――その“情報”を喰らわせた。

 

 その場にいた、おびき出された自衛隊内部の『聖殲派』が、数十人、すべてがべったりとした黒銀―――闇に呑まれた鋼の色に塗り潰されていた。

 

 

「『永劫の悲嘆と怨嗟に染め上げてみせよう。忌まわしき『咎神』の巫女、そして“情報”の器よ。この近くにいるのはわかっている。汝らに我が血の呪い、思い知らさん!』」

 

 

 『黒髪の少女』の号令で、蟻の軍勢(レギオン)となり果てた『咎神』の騎士が進軍する。もはやその意識は『三聖』の指揮する『特殊攻魔連隊』には向けられていなかった。

 『特殊攻魔連隊』が軍用の個人防衛火器(PDW)を撃つが、魔獣の“情報”を得た騎士はそれを弾いて、強引に弾幕を突破する。

 

「『さあ、『咎神』の原罪よ。まずは貴様が(わらわ)たちの憎悪に染まれ―――!』」

 

 そして、『黒髪の少女』は青帯に囚われた龍母に、大きく歪んだ笑みを向けて、

 

 

「『―――コード認証、“正統ナル後継者トシテ(49 72657175657374)我ヲ“百王”ニ選定セヨ(7263756463 6173)”』」

 

 

道中

 

 

 ―――『百王』の資格を剥奪(カット)

 ―――『原罪』の契約を破棄(カット)

 ―――殺神兵器の霊力経路を遮断(カット)

 

 

 視界と知覚が、黒一色に染め上げられた。

 痛みがない、というよりは触覚がない。その気色悪い喪失感はまるで半身を失くしてしまったかのよう。

 いや、まるでではなく、半身を取り上げられた。

 しかし、半分を奪われただけだというのに、まるで全身がなくなってしまったと思えるほど、大きく何かが欠落した。

 そう、残る半身では、このありあまる力を制御し切ることができない。

 熱暴走(オーバーヒート)を起こして、このまま自壊――――――――――――――――――――外部干渉発生。全凍結(オールフリーズ)

 

 

 

 あまりに唐突に、血を噴き出す。

 どしゃどしゃと重たい音を立て、大量の血が地面を穢す。

 音が消え、時の流れが引き伸ばされたように感じる。その緩慢な灰色の世界で、<黒妖犬(ヘルハウンド)>は血の海に沈む―――

 

「―――――――――――っは、ぐ」

 

 間際、片膝を付く。

 意識は、まだ、ある。

 “大きな穴”を開けられたが、それを凍結して埋め合わせられた。多量の血と魔力を失ってしまったせいで貧血のようにまだ感覚が揺らいでいるが、まだ動くことができる。

 

「うっ……は、あ……!」

 

 立とうとすれば、酔ったように千鳥足で安定しない。

 

「南宮君、大丈夫!?」

 

 血の気を失ったような顔色で慌てて駆けつけた唯里。その前に、クロウは自分の足でまた立ち上がろうとする。彼女の肩を借りながら、その耳元に青褪めた掠れ息と共に短い忠告(ことば)を吐いた。

 

「羽波、またくる」

 

「え―――」

 

 霧の向こうに、巨大な影が映る。

 それは重装甲の爬虫類にも似た古代の『鎧竜(アンキロサウルス)』。『飛竜』のような飛行する機動能力はなくとも、その防御力は遥かにこちらが頑丈だ。少なくとも人の手に負える怪獣ではない。

 

『グレンダ、逃ガサン』

 

 『鎧竜』の背に跨った新手の『咎神』の騎士。黒銀色のローブを纏った大柄な体躯の男性は、中世の騎士の装備品であるガントレットと似た黒銀の籠手を天に突き出すように掲げる。

 クロウの身体を支えながら唯里は死を覚悟した。

 その時、グレンダに異変が起きる―――

 

「おにぃ、ゆいり―――――っ!」

 

 グレンダの甲高い声で迸る絶叫が、やがて獣の雄叫びに変わった。

 唯里が貸していたコートが弾け飛び、透明な鱗に覆われた皮膚が現れる。小柄な少女が、巨大な獣へと姿を変えていく。

 異形の翼、

 禍々しい四肢、

 鋼色の鬣、

 太古の恐竜を連想させる蛇身。

 その巨大な威容は、まさしく『龍族(ドラゴン)』。単なる獣化では説明のつかない、圧倒的な変貌だ。

 

 ……グレンダ……あなた、いったい……!?

 

 初めて目の当たりした正体に、唯里の思考は停止してしまう。

 そして、『鎧竜』と同格の、いやそれを上回る鋼色の龍の巨体は真っ向からぶつかりに行きそれを弾き飛ばす。どれほど頑健性を重視した“情報”に構成されていようと。<龍族化>したグレンダの相手にはならないだろう。

 

 しかし、黒銀の騎士に焦燥は感じられない。

 きっと向こうは最初からグレンダの正体を知り、それを捕える術を備えているのだろう。

 

 黒銀色のローブが意思を持つように広がり、龍の巨体にまとわりつく。

 途端、<龍族化>したグレンダが、苦痛を訴えるかのように戦慄いた。『鎧竜』に打ち勝った龍の四肢は奪力し、鋼色の巨体は地に倒れ伏す。

 虚無のヴェールは、『龍族』にすら有効であったか。

 そして、起き上がった『鎧竜』がグレンダにのしかかろうと迫り、それを見たクロウは『首輪』に手を掛けた。

 

 ―――ダメ! クロウ君、『首輪』を取らないで!

 

 グレンダを助けなければ。

 そう、自分は約束をしたのだ。

 

 ―――眠らせた(冷ました)ばっかりなのに、殺神兵器の力を使おうとしたら、クロウ君が、壊れる!

 

 それに、ここで動かなければ。

 ここにいる全員が―――

 

 聴こえる必死の嘆願を振り切り、クロウは『首輪』に掛けた手に力を入れ、制限をかけた契約印を解放する―――

 

 

 

 寸前。

 黒銀の騎士から伸びていた『龍族』すら縛る漆黒の薄膜を、銀色の閃光が断ち切った。

 

 次いで、自動追尾する炎獄が大柄な体躯をした『咎神』の狂信者を追撃する。

 

 

 最後に、眩い黄金の雷光が装輪装甲車二台分の頑健性と重量の“情報”を獲得していた『鎧竜』をグレンダから吹き飛ばした。

 

「これは……」

 

 そのときになって、揺らいでいた五感のブレが収まる。その“匂い”を深呼吸すれば、逸る気も落ち着いた。

 そう。

 青白い『神格振動波』の輝きを放つ全金属製の銀色の槍を抱き、しなややかな雌狼に似た華奢な美貌をみせる制服姿の少女。

 鹿のように枝分かれして成長している鬼角を生やし、獰猛な猫科の猛獣を思わせる気配を漂わせる古風なセーラー服姿の少女。

 そして、濃密な魔力の塊である雷光の獅子を従える、どこか気怠げな雰囲気をもつ、パーカー姿の少年。

 

「あ……」

 

 クロウと視点を合わせた唯里は、ぽかんと間の抜けた表情を浮かべて呟きを洩らす。

 

 

「ったく、先に行くと言っておいて、こっちが遅れてたんじゃ恰好がつかねェだろクロウ」

 

 

 世界最強の吸血鬼<第四真祖>暁古城たちが登場した。

 

 

 

つづく

 

 

 

次回予告()

 

 

「ちょっと、その右腕どうしたのよ」

 

「う。羽波に襲われて傷モノにされた」

 

「み、南宮君!? 別に間違ってないんだけど、その言い方だとちょっと!?」

 

「はっ!? 私以外に傷をつけられるってどういうことよ! それも剣巫に!」

 

 

 

 

 

「……ダメね、力が出ないわ」

 

「ぬ、お腹減ったのか霧葉」

 

「あなたが剣巫にやられたからよっ! おかげで<生成り>に雑念が入って……」

 

「よくわからないけど、オレは何をすればいい?」

 

「あ、あれをしなさい! 『五車の術』とかいうふざけた……」

 

「ん。それご主人に禁じ手にされてるからダメ」

 

「はぁ!? なにそれ! 責任取りなさいよっ!」

 

「でも、ご主人にピンチな時以外は使うなーって」

 

「わかったわ。だったら、あなたを半殺しにすればいいわけね」

 

「霧葉、敵はあっち! オレじゃないのだ!」

 

 

 

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