ミックス・ブラッド   作:夜草

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奈落の薔薇Ⅶ

キーストーンゲート 前

 

 

 斧、盾、矢をはじめとしたあらゆる武器を開発したとされる兵主神。

 それは、武器と魔術を人間に与えた咎神の大陸における別名であるか。

 とにかくその猛威は脅威であり、兵主神の首が化けたとされる名の眷獣を喰らった最古の獣王はその域に達したと自称する。

 

「「「「よい。実によい! 程よい命の危機感とは、どこまでも儂を興じさせ、高めさせてくれるっ!!」」」」

 

 『四凶』を喰らい、<神獣化>した<白石猿>。

 捻じれた魔王の如き牛角を生やし、火眼金睛が四つに分かれた。その5m大に膨張された身体は鋼質。

 そして、鬼猴は、81の分身体を作り出し、この場を雲霞の大津波に呑まれたかのように雨霧を張り巡らす。

 

「「「「さあ、続きをしよう! 永遠に死合おうではないか、<黒死皇>!!」」」」

 

 この五里霧中の四面楚歌で発せられた宣戦布告を、南宮クロウは中心で受け止めた。

 びりびりと、至近距離で落雷を見据えたかのごとき衝撃が全身を突き抜けた。それでも一歩たりとも退かなかったのは、魔女の眷獣としての気概ゆえだろうか。このいくら注意してもボケ続ける白爺の“戯言(こくしこう)”ではないことだけは確かだ。

 して、すぐさま最古の獣王に応じようとはしなかった。

 

「いいや、永遠なんてない」

 

 月を思う。

 欠けのない、真円の月である。

 観月法と言う、集中のための方法だった。

 それを昔に師父に教わったが、自分はその方法をあの暗夜の森のころから体得していた。

 道具にはあるまじき物心がついたころからずっと想ってきたそのルーティーンで、呼吸と意識とを整えると、垂れていた鼻血を手の甲で拭う。

 

「ここで終わらせてやる」

 

 雨霧が邪魔をして、先が見えない。

 周囲はすべて敵に埋め尽くされ、味方はいない。

 ―――でも、それは暗夜の森ですでに体験していたことだ。

 

 クロウは、懐に手を伸ばして握り取った能力増強剤の錠剤を数も確かめず適当に口に放り込み、歯軋りさせて噛み砕く。

 

「「「「ああ、もう逃がしたりはせぬ。<觔斗雲>よ―――!」」」」

 

 そこで、ゆるり、と81の鬼猴が同調して腕を持ち上げる。

 刹那、旋風が巻き起こった。風伯と雨師さえも鬼猴の指揮下に掌握したのではないかと思われるほどの嵐だった。

 それが創り上げたのは、半径1kmほど超自然の猛威たる暴風に囲まれたリング。

 外界の情報を一切遮断し、誰にも邪魔をされぬ、獣王だけの世界。嗚呼、これが求めていた、理想郷なり

 傲然と笑みを深め、ひとり前に出た先頭の鬼猴はその手にとった武器へ命じる。

 

「この<蚩尤>に相応しきカタチとなれい。<如意金箍棒>よ―――!」

 

 伸長自在の神珍鉄の棍が鬼猴の意に応えた。

 その先端へ、<九歯馬鍬>の熊手歯に<降妖宝杖>の半月刃が生やし、切斬、刺突、打撃の異なる近接武器の特徴をひとつに集約させた『方天画戟(ハルバード)』と化す。

 合体宝貝の斧槍の異様に、人狼は緊張を強くした。

 

「では、まずは一騎打ちから洒落こもうかのう」

 

 斧槍を回して出来具合を把握した鬼猴が、一気に、間合いを詰めてきた。

 滑るような一足が、十数mの距離を無に帰する。身をのべると言われる、古い武術特有の歩法だった。

 そこから、人狼の隙へ差し込む斧槍の冴えよ。

 一切の迷いも躊躇いもなく、これまで好打もなく猛攻を凌がれた人狼へ、鬼猴の斧槍が舞う。そのたび鋼色の婆娑羅髪が大きくたなびき、竜尾のごとく戦乱を飾った。鬼神の如き剛腕とは真逆を行く、かほどに流麗でありながら、人狼――能力増強剤で数百倍の超感性が高められているが、たった一度攻撃を掠らせることすら叶わなかった。

 これまでは“遊び半分”であったが、最古の獣王にして妖仙が積んできた功夫(クンフー)は、武術と仙法の達人たる<四仙拳>を上回るものであるか。

 

「壬生の秘拳、『夢想阿修羅拳』!」

 

 『八雷神法』と『八将神法』を窮め、大魔女に使役される恩恵で可能とする複合重撃。

 直撃する刹那を限りなく細かく刻む空間制御、蒼銀の法被<隠れ蓑(タルンカッペ)>の身体強化補助を借りて火事場の馬鹿力と高まった身体運用が、拳打、貫手、掌底、膝蹴り、踵落とし、靠、手刀、咆哮(魔力砲)の八手を重ねて相手に喰らわせる。

 それでも、好打はなかった。

 八重撃、そのすべてのコースを見切られ、逆に、斬り、突き、打ちの三重撃を返された(カウンター)

 

「ひっひ、これまで随分と分け身を殺してくれたが、儂もヌシの癖は十分観察させてもらったのよ。だから、その構えですべてが予想つく」

 

「っのお―――!」

 

 同時重撃は、その退路を薙ぐ軌道で振るわれて、クロウに見舞われた。

 わかっていたが、最古とは伊達ではない。神代から研鑽された技量は神技と呼べるもの。

 身体運用のレベルで、格が違う。

 人狼にはふたつの動作がかかることを、鬼猴はひとつの動作で成し遂げられる。こちらが神獣と化した鬼猴の二倍以上の身体能力で対応しなければ、追いつけない―――!

 

 練達した武技では敵わないのなら、野生に還る。

 攻撃を受けたが、怯まず喰らいつく。果敢に人狼は、その牙を剥く。狙うは5mの巨体の太い剛腕。余分な動作などない無動作でその得物を持つ腕へ大口を開けて咬み付かんとする。これならば向こうは一動作余分にかかり、こちらが先手を打てる。

 

「そうくるよな」

 

 と、悠然と肯定の声が流れた。

 

「わかっておるとも。なにせ、儂は<黒死皇>の理解者(ライバル)であるからな」

 

 あっさりと『方天画戟』を放し、鬼猴の手が反転したのだ。

 クロウの牙を(から)め捕り、ほんの少し力を加えただけで襲撃のベクトルは反転した。合気道の演舞の如くぐるりと裏返った人狼の身体は、まるで独楽のように回転しながら、背中から地面へと落下していく。

 

「ほれ、どうした? これで終わりではなかろう。わかっておるとも」

 

 笑いながら、さらに<白石猿>が突きを入れた。

 宙空で体勢を立て直した人狼の肩口から、血が噴き出した。聖護結界を練り込んだ生体障壁も貫かれた。

 耐えきれず、人狼は口腔より赤光が零れる咢を開いた。

 

「ガァ―――ッッッ!!!」

 

 その咆哮が灼熱の熱量を伴って迸る。<黒妖犬>の顎から集約された神狼の劫火が放たれたのだ。それこそ何千度と言う熱を一点に絞り込んだ―――鋼でも構わずに溶断するほどのレーザービームのごとき焔光だった。

 

「わかっておるとも―――<觔斗雲>!」

 

 しかし。

 鬼猴の掌中に集う雨霰が、複重する気盾となり防がれた。

 雲霞の宝貝が、<神獣化>と共に変じ、その制圧力はまさしく風神水神の域にまで達している。

 それでも体勢を立て直すだけの時間を稼ぎ、クロウは後方へと跳ぶ。

 

「「「「いいや、息を吐かせる間など与えんよ」」」」

 

「ぬぐ―――!」

 

 クロウが血相を変える。

 合体の次は、変形。

 八方埋め尽くす80の鬼猴より、数多の属性と威力を秘めた『宝貝』が、ただ投擲するのではなく、飛翔に適した矢の形状となり、放たれた。

 

 

 そして、そのとき、ぷっつん、と栓が切れたように、鼻から血が噴き出した。

 

 

人工島旧南東地区 廃棄区画 七星壇

 

 

「<双角の深緋>―――!」

 

 

 暴風と超振動の化身たる緋色の双角獣が、暁古城の声に応じて高らかに嘶いて、南の『四凶』たる妖狼『渾沌(こんとん)』を攻撃する。

 いつもと違って手加減をする必要のない敵だ。無制限に解き放たれた魔力の塊同士が激突し、すでに壊れかけていた人工島の大地を大きく揺さぶる。

 盲目聾唖で歌い上げる『渾沌』の悪徳。それに侵された空間に混沌を呼び込む。双角獣(バイコーン)は、その混沌とした自然法則を、さらに上書きして撹拌するかのように超音波の弾丸を放つも、その勢いは妖狼に直撃する寸前で掻き消える。

 『四凶』の干渉力は<第四真祖>の眷獣と互角―――

 

 

「―――獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

 

 双角獣と妖狼の狭間で、吹き荒ぶ拮抗の魔風。

 その風流を読んだ舞威姫ふたりは無意識に祝詞を口にした。

 

「極光の炎駆、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、噴焰をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり―――!」

 

 太腿に装着したホルスターからダーツを引き抜く。残りの呪矢すべてを手に握る。矢の形に伸ばして使うのが常套であるが、今回はこのままで十分。

 風を風で失くす、あらゆる自然を喪失させてしまう『渾沌』の呪歌。

 故に舞威姫の魔弾は、魔術を発動する触媒足りずに不発で終わってしまう。鳴り鏑矢が放つ音が呪文となって、人間の魔術師には詠唱できない強大な攻撃魔術を生み出すのが、呪術の専門家である舞威姫の真骨頂。

 『六式重装降魔弓』とその射撃の機能だけを分割した『六式降魔弓・改』が弓の形をとっているのは、鏑矢を鳴らすのに必要な風圧を得るためである。

 だが今は。

 魔力を相殺した拮抗―――つまり、『渾沌』の呪歌を掻き消してくれる魔風が目の前にあった―――

 

「今よ! 古城!」

 

 紗矢華とその意を理解した志緒が、ダーツをばら撒いた。

 

 眷獣の双角が、音叉のように震えて放つ超音波の弾丸。そこへ投擲された舞威姫の魔力を篭めた呪矢が、呪歌に侵されることのない魔風に乗る。そして、甲高い音を奏でた。

 妖狼の周囲に複数の魔方陣が展開される。

 灼熱の稲妻を撃ち出して、無差別の周囲を破壊する砲撃呪術。舞威姫の秘呪から放たれる閃光が『渾沌』の身体を焼く。

 

 無論、獅子王機関の制圧兵器と言えども、『四凶』を倒せるほどの力はない。それでもこの拮抗を崩すきっかけとはなり得た。

 

 緋色の双角獣が、盲目聾唖の妖狼へと突撃する。衝撃波の塊を正面から喰らって、呪歌をかき消された『四凶』は大きく吹き飛ばされた。

 

 それと、同時並行で、

 

「<獅子の黄金>―――!」

 

 天空より落雷が発生した。大気に滾っていた魔力が残らず暁古城へ集中したのではないかと思われるほどの稲妻であった。

 その雷自体が具現化したかのように、雷光の獅子は盛んに雷撃を迸らせ、咆哮を上げる。相手は、東の『四凶』たる人面虎『檮コツ(トウコツ)』。

 雷撃を浴びせようとも臆することはない、狂化極まった人面虎は、獅子に飛び掛かり、その首に喰らいつこうとする。

 あらゆる技能を『無知』とさせてしまう難訓の威圧を放つ戦闘狂は、力でしか圧すことは許されぬ。

 

 上等だ、と力勝負に、古城は獰猛に牙を剥く。

 

 首に咬み付いた『檮コツ』を、雷光の獅子は雷撃纏う爪で殴りつけ、人型の頭を地面に顔面から叩きつけて踏みつける。全開に解き放った雷光は、難訓の威圧を灼き、味方を鼓舞した。

 

「『六式降魔剣・改』―――!」

 

 雷電飛び散る獅子と人面虎の戦闘に、飛びこむは剣巫の光と影。

 古来より、気性の激しい土地柄である日本は、青竹を立てて注連縄で結界を張ることで雷神の加護を得たり、落雷を切断した刀剣の伝承が存在する。

 そして、剣巫と六刃神官が修めたる『八雷神法』は、まさしく雷神の名を冠する白兵戦術であり、つまるところ、流れ弾程度であれば、雷除けの呪法で逸らすことはできるのだ。

 

「『乙型呪装双叉槍』の真骨頂は、『魔力の模倣』。そして、太史局の六刃神官の専門は、魔獣退治―――無知(バカ)を惜しげなく晒すケダモノに屈するわけにはいかないの」

 

 <霧豹双月>の音叉状の双叉より魔力の衝撃波が放たれる。

 その属性は、『疑似空間切断』ではなく、先程の交戦で染め直した『難訓』――『四凶』自身の魔力だ。

 かつて、『青の楽園』にて、<夜の魔女>の魔力を使い、<夜の魔女>の人格を表出させたように、同魔力による共振現象は、その魔力に干渉する。

 霧葉の魔力共振で、一時、『檮コツ』の間合いにて、難訓の威圧が減じた。そこへ、『疑似空間切断』を発動させた銀剣を構えた唯里が飛び込み、人面虎の胴に剣を深々と刺し入れた。

 

「今だよ! 古城君!」

 

 剣巫の渾身の一指しでも、戦闘狂の人面虎は弱まる気配はない。蚊にでも刺されたようなものなのだろう。所詮は人間風情が、『四凶』へさしたるダメージは与えられない。

 しかしその剣は、今も人面虎の身体に深く突き立っている。

 核の近く、『檮コツ』の芯まで。

 『疑似空間切断』の効力を発揮できずとも、金属製の長い刀身の剣が、まるで雷を呼び寄せる避雷針のように―――

 

 『八雷神法』を修めた剣巫に、流れ弾を防ぐ雷除けの呪法も修得していれば、同時にそれはどうであれば鳴神が落ちるのに最適なコースかも心得ている。

 

 もはや古城が命じるまでもなく、光の速さで神鳴りの眷獣が動いた。

 唯里も霧葉もすでに、人面虎から離れている。

 そして、残された『六式降魔剣・改』の柄に、<第四真祖>の眷獣が牙を立てる。

 雷に姿を変えた眷獣の魔力が、『檮コツ』の体内へと流れ込む。

 真祖の眷獣の圧倒的な魔力が、『四凶』の眷獣を焼き尽くし、芯まで痺れさせた。

 

 

「“退け”、<双角の深緋>! <獅子の黄金>!」

 

 

 多大なダメージを負わされたが、仲間たちが造り出した成果である『四凶』の止めまではさせまい。

 ディセンバーの背に現す透き通った眷獣の全身が輝きを増す。眷獣の制御権を奪おうと精神支配しているのだ。

 だが今の古城は、霊力を帯びた強い巫女の生血を取り込んで、<第四真祖>の血に宿る眷獣たちを満足させ、吸血鬼としての力が強くなっていた。

 容易にこの綱引きで主導権を渡すことはない。

 そして、もう二度と他の女に取られぬよう監視役が目を光らせている。

 

「先輩はやらせません! <雪霞狼>―――!」

 

 あらゆる魔力を浄化する『神格振動波』を展開した銀槍が、古城とディセンバーの間で均衡を保っていた支配権、張り詰めた緊張と共に両者に結ばれた(パス)を切断。

 

「無事ですか、先輩」

 

「っ、助かった、姫柊」

 

 状況の不利を悟ったディセンバーだが、されど打開する術はもうない。<タルタロスの黒薔薇>以上の策は用意していないのだ。

 と、

 

「異常発生。異物に魔力が上書きされて―――!?」

 

 これまで戦闘に参加せず、ただ忠実に己の成すべきことをこなしていた『七星壇』に座す少女ラーンが、閉ざされていた口を開いた。

 首と背中の端子を接続することで、電脳世界に直接介入でき、並の技術者では比較にならないほどのハッキング能力を持ったフランケンシュタイン。<タルタロス・ラプス>の儀式を制御しているのは、彼女のシステムのおかげで、極めて重要な役目を担っている。

 しかし、彼女の想定を上回る事態が発生した。

 

「プログラム<タルタロスの黒薔薇>のネットワーク占有率、77%まで低下。魔族登録証4800個の反応をロスト」

 

 魔族登録証に感染させたウィルスが、近似しているが別の魔力――すなわちワクチンに駆除されていく。この侵透が進めば、上空に展開される『黒薔薇』の魔方陣への魔力供給は途絶え、『四凶』は実体すら維持できなくなる。

 

 いったい誰が……?

 要危険人物である『カインの巫女』藍羽浅葱は、ロギが殺害もしくは妨害しにいっているはずだ。藍羽浅葱の暗殺が失敗したのか。

 それとも別の誰か、思わぬ伏兵がいたのか……?

 ディセンバーの精神支配を参考に組まれたウィルスを、上書きしていくなんて、いくら<電子の女帝>でも無理だろう……

 いや、そんな原因を推察している余裕などない。

 

「わかったわ、ラーン。もういい、逃げて。あたしが血路を開くから」

 

 ディセンバーがマフラー姿の少女に呼び掛ける。

 戦況は不利であるところで、供給が止まるのは状況に拍車をかけるだろう。ならば、ひとりでも仲間を撤退させる。

 しかしラーンは、表情を変えないまま小さく首を振った。

 

「ごめんなさい」

 

「ラーン……?」

 

「逃げられない。離れたくない……気持ち……いい……」

 

 ネットワークに接続したまま、ラーンがうっとりとしている。声にも常に無感情な彼女にはなかった艶がある。その姿にディセンバーは動揺した。これは魔族登録証の制御を奪い返されているどころか、ラーン自身にも、ワクチン――精神支配を上書きする精神支配の魔力が届いているのだ。それも見る限り、ディセンバーと同様の『魅了』の属性。

 

「しっかりして、ラーン! 接続をすぐ解除するの! でないとあなたまで……!」

 

 ディセンバーが、ラーンの肩を掴んで激しく揺さぶるも、ラーンの目にディセンバーの顔は映らない。青白い肌を薔薇色に紅潮させて、酩酊したように視線を彷徨わせている。

 

「これ……なに……すごく、快感……あ……ああ……」

 

「ごめんね、ラーン」

 

 声も届かないと判断し、ディセンバーはラーンに繋がっていたネットワークケーブルを強引に引き千切った。

 その瞬間、ラーンの肉体は激しく痙攣し、糸が切れたようにその場に倒れ込む。

 

「ラーン……大好きよ。カーリ、ロギ……みんなのこともね……」

 

 魘される少女の身体を横たえさせて、乱れたマフラーもそっと巻き直し、優しく髪も梳いてやる。

 こうして、手札も使い切り、仲間も退場してしまい、<タルタロスの黒薔薇>は停止したディセンバーを、冷たく睨んで古城は告げる。

 

「終わりだ、ディセンバー」

 

 古城を見返すディセンバーは、吹っ切れたように微笑んでみせる。

 

「まだよ、暁古城! 『黒薔薇(はな)』が散っても、召喚された『四凶()』は残ってる。あたしの仲間が召喚してくれた―――絃神島を破壊する力は!」

 

「なに……!?」

 

 ディセンバーの眷獣が放つ魔力が、古城ではなく、『四凶』へと向けられた。

 魔力供給が途絶えた『四凶』は、魔力で構成される肉体に綻びが見られる。だが、まだ残存する7割でも『四凶』の魔力は膨大だ。それらが無制限に解き放たれれば、絃神島は壊滅的なダメージを受けるだろう。

 しかし、<タルタロスの黒薔薇>を失うということは、<タルタロス・ラプス>に『四凶』を操る手段を失くしてしまうということだ。

 だが、その常套を覆してこそ、災厄の化身と呼ぶにふさわしい。

 

 

「疾く在れ、<魔羯の瞳晶(ダビ・クリユスタルス)>―――!」

 

 

 <焔光の夜伯>『十番目』の完全開放。

 全長十数mにも達する巨大な眷獣は、半透明ではなく、その確かな色を実体に帯びさせる。銀水晶の鱗を持つ、見る者を“魅了”するほどに美しい魚竜だ。

 前肢は翼の形をしていて、頭にある山羊に似た螺旋状の角は光り輝やく水晶柱である。

 そして、眷獣が纏う禍々しい気配、大気を震わす存在感、濃密な魔力の威圧感、このどれもが古城の眷獣と同質のもの。

 だが、これは不可解ではない。なぜなら、ディセンバーの眷獣も、世界最強の吸血鬼<第四真祖>の眷獣であるのだから。

 

「『十番目の月(ディセンバー)』……『十番目』の<焔光の夜伯>か」

 

 勢いを増すディセンバーの魔力に気圧されながら、古城は唸った。

 <第四真祖>の正体は、神代に『殺神兵器』として生み出された人工の吸血鬼だ。『聖殲』と呼ばれた戦争が終結し、役目を終えた<第四真祖>は封印された。

 そして、<第四真祖>の復活を恐れた人々は、<第四真祖>の十二体の眷獣を、それぞれ異なる場所に封印したのだ。この眷獣を封印するためだけに造られた新たな人造吸血鬼――<焔光の夜伯>と名付けられた十二人の少女の中に。

 

「おまえはアヴローラと同じ、<第四真祖>の封印体だったんだな、ディセンバー……!」

 

「今更そんなこと訊ねるまでもないでしょ、暁古城。それともきみは、自分が何者かさえもわかってないのかな」

 

 クスッと悪戯っぽく微笑んでみせるディセンバー。その面影はやはり、かつてアヴローラ=フロレスティーナと呼ばれていた少女と重なる。

 

「そうかもな」

 

 古城は彼女の言葉を認めた。<第四真祖>の復活の儀式『焔光の宴』で、古城は記憶の大部分を奪われて、残っている場面もほとんど虫食い状態だ。それに<焔光の夜伯>に化けた第三真祖の例がある。こうやって眷獣を召喚されるまでは、半信半疑だったのも、そのせいだ。

 

「あたしは、『十二番目(ドウデカトス)』と違って、記憶も曖昧なくらい遠い昔に目覚めたの」

 

 そして、40年前に<タルタロス・ラプス>の存在を知って、彼らの仲間として三つの『魔族特区』を滅ぼした。

 

「<焔光の夜伯>に関わらなかったのは、その頃、<第三真祖>に捕らわれていたせい」

 

「<第三真祖>……ジャーダが、お前を匿っていたのか……」

 

「結果的には、匿ってもらったことになるわね。おかげでラーンたちとも再会できたわけだし、それに参加できなかったけど、『宴』のことも知れたしね」

 

 ディセンバーが笑うように目を伏せる。

 この『廃棄区画』を記録からも抹消した『焔光の宴』の結果、彼女と、まだ見ぬ『六番目(ヘクトス)』以外の封印体は、すべて消滅している。

 

「でも、残念。きみだけでなく、あたし達の後続機(コウハイ)にも勧誘失敗し(フラれ)ちゃったわ。本当、まだ力の使いどころで悩んでいた『宴』のころの『十三番目の月(アンディシンバー)』に出会えてたら、“救えたかもしれないのに”……」

 

「それは、一体……? クロウに何が……?」

 

「古城、あなたのおかげで、あたし達は、『原初(ルート)』の運命(のろい)から救われたわ。でも、きみと同じように『十二番目』のために戦ってくれた、あの子は『原罪』を負ってしまってるの……」

 

 だから、この絃神島があっては永遠に救われることはないだろう。

 それを解放してやりたかったけれど、どうやらそれを見ることはできない。

 これ以上、古城が問い返す前に、ディセンバーは視線を切り、

 

「あたしが解放されたのは、絃神島に行くと<第三真祖>に伝えたからよ。君は彼女に気に入られているのね、暁古城。その理由、少しだけわかった気がするわ」

 

「ディセンバー―――お前、身体が……」

 

 小柄な少女の肉体が、金色の粒子に包まれて、さらさらと崩れ始めていた。

 通常の吸血鬼の霧化とは違う、彼女の存在そのものが消滅しようとしている。

 

「あたしたち番号持ち(ナンバード)は、<第四真祖>の眷獣の封印そのもの―――封印を解けば、消滅するしかないわ。この島に来ると決めたときから、こうなることは覚悟してた。<タルタロスの黒薔薇>が最後まで保ってくれたら、封印を解かずに済んだのだけど。少し残念、かな」

 

 ディセンバーは晴れやかな表情で笑って、両腕を大きく開いた。

 

「あたしが封印していた―――そしてあたし自身でもある『十番目』の眷獣<魔羯の瞳晶>は、吸血鬼の持つ『魅了』の能力を司る眷獣よ。だから、こんなことだってできる」

 

 動きを止めていた『四凶』が、ディセンバーを庇うように彼女の前に歩み寄る。

 『四凶』は、魔術装置としての絃神島によって召喚された、宿主をもたない眷獣だ。<タルタロスの黒薔薇>が失われた今、彼らを制御できるものは存在しないはずだった。

 この銀水晶の魚竜は、そんな『四凶』をも支配することができるのだ。

 

「きみが絃神島を護るというのなら、このあたしを倒してみせて。それができたら、きみを<第四真祖>だと認めてあげる!」

 

「待て、ディセンバー―――!」

 

 制止せんと伸ばされた古城の腕はしかし届かず、ディセンバーの身体は糸が切れたように前のめりに頽れた。

 

 

キーストーンゲート

 

 

 北の『四凶』、翼を持つ人食い虎という『虎に翼』を具現化したような存在である『窮奇』が、絃神島の中心にして、最も高い建造物キーストーンゲートで、嵐神の如き猛威を振るう。

 

「防護モード。執行せよ(エクスキュート)、<薔薇の指先>」

 

 アスタルテの背より翼を広げるように展開される巨人の腕。それはあらゆる魔力を反射する鉄壁の守護。

 しかし、羽虎の羽ばたきから放たれる真空波は、自然現象そのものであり、鋼鉄をも裂く鎌鼬。

 巨人の腕は斬り飛ばされ、華奢な人工生命体の身体は壁に衝突。

 

「アスタルテさん!?」

 

 凹む建物の壁に体を埋めるアスタルテに優麻の注意が逸れる。だが、優麻の持つ魔導書の防護障壁に付加された属性『予定調和』でも、自然現象と同じ羽虎の鎌鼬を防ぐことはかなわない。

 

「っ、<蒼>―――きゃっ!」

 

 空間制御魔術の展開が間に合わず、咄嗟に青騎士を盾にするが、『四凶』の鎌鼬は<守護者>ごと優麻を吹き飛ばした。

 

 たとえ、大本である『黒薔薇』の魔方陣が停止しても。

 『四凶』とは破滅願望の化身。

 わざわざ幉など取らずとも勝手に地に災厄をもたらすもの。

 

 天空を震え上がらせる咆哮を上げる『窮奇』

 正義を喰らい、悪を敬う『四凶』は、大翼を大きく振るわす。

 

 このキーストーンゲート――人工島で最も空に近い摩天楼を斬り倒さんと、鎌鼬の竜巻を発生させる―――

 しかし、予想されていた衝撃や惨劇が、起こることはなかった。

 

「う……?」

 

 優麻がうっすらと目を開ける。その視界に映ったのは、翼をもつ人食い虎―――それが、蜘蛛の巣にかかった蝶のように、中空で茨の蔓に雁字搦めに縛られている光景であった。

 

「―――ずいぶん働いてくれたようだな、仙都木優麻。褒めてやろう。阿夜を出したことは不問にしてやる」

 

 驚く優麻の背後から、傲岸な声が聞こえてくる。虚空に波紋の揺らぎを落として、何もなかった空間から現れたのは、人形めいた容姿の小柄な少女。

 普段着とは違う、白いワンピースの寝間着(ネグリジュ)のスカートをふわりと揺らして、彼女は着地する。

 

「どうして……あなたが、ここに……?」

 

 全長20mもの北の『四凶』たるを縛るのは、<禁忌の茨(グレイプニール)

 <第四真祖>の眷獣すらも封じ切った茨を扱えるのは、人工島北地区に眠る<監獄結界>の『鍵』のみ。

 だが、彼女はまだ出てこられないはず。

 

「『窮奇(これ)』の影響だ。絃神島の守護を反転させた『四凶』が空間制御を乱してくれた。おかげで、私の封印にも支障が出て、<監獄結界>が現出している」

 

 そういって、舌打ちする。優麻も同じく顔をしかめる。昨年の晩秋の夜に、自身の行いの結果で、姿を晒したものものしい監獄を思い出す。

 絃神島でも特に危険な犯罪者たちを収監するための監獄ごと、自ら創りだした異空間に閉じ込めることで、この『魔族特区』を守護し、またそれが彼女が支払う代償である。

 しかし、この絃神島の龍脈で維持されている異空間が、<タルタロスの黒薔薇>で龍脈を利用されて属性を反転させられた余波で、不安定となっているというのだ。

 

 ただでさえ人工島管理公社が混乱しているときに脱獄事件までも発生してしまったら……と表情を硬くする優麻に、小さく鼻を鳴らし、

 

「だが、さして問題はない。異空間に送っているのは龍脈の力を借りているが、監獄としての機能は看守である私の魔力で賄っているのだからな」

 

「なら、魔導犯罪者たちが外に出ることは……」

 

「ないな。異空間に封印し直すには、面倒な儀式が必要だがな。それには『四凶(これ)』がいては大規模な空間制御が使えん。だが、そう悪いことばかりではない。都合のいいことに、“私は夢から醒めてしまっている”」

 

 千賀毅人は、新しい依代に半日はかかると予想していた。

 だが、新しい依代がなくても、外に出られるのであれば話は変わってくる。

 ……ただしそれは、彼女が有する無敵性を失ってしまっていることになるが―――<空隙の魔女>の力は、健在だ。

 

 

「では、とっとと片付けるとしよう。私にはやるべきことが多い。実体化を維持する魔力もないケモノにそう時間をかけてはられんのでな。

 ―――だから、置いてかれたくなかったら早く来い、馬鹿犬」

 

 

キーストーンゲート 前

 

 

 たったひとりきりで、虚空に投げ出された気分だった。足元がふらついているのも、<白石猿>によって痛めつけられた肉体的、精神的ダメージばかりが原因ではない。

 時間切れ。そして、反動。

 『鼻』が効かないのだ。あらゆる対象に付随して、好むと好まざるとに関わらず、呼吸する度に吸い込んできたはずの様々な“匂い”が、今はまったく嗅げない。

 

 この場を埋め尽くしている<白石猿>がどこにいるかもわからないほどだ。いや、すぐ近くにいるのはわかっている。さっきまでは確かに嗅げていたからだ。だが、クロウが<白石猿>を―――そして、遠くから感じていたみんなの気配を、今や感知することができない、という事実にこそ彼は恐怖を覚えた。

 

 本当に“匂い”がしないだけなのか? あるいは……

 

 最悪の予感に震える思いがした。

 こんな無味無臭の世界は、テレビの向こう側にあるようで、なんて孤独な世界に生きているのだろうかとも思った。いったん視界から消えてしまえば、もうその存在を感じ取ることすらできないのだ。

 

(くすり、を……そうだ……これ全部、呑めば……また……)

 

 矢瀬先輩に扱いに気をつけろと厳重に注意された代物。その危険性も今重々承知している。でも、それよりも、この孤独が怖いのだ。

 暗夜で独りぼっちだった時よりも、きっと自分は強度が脆くなっている。

 だから、力を求める。

 もっともっともっと強くならないと、この手からはみんな零れ落ちてしまう―――!

 

 

 

 《馬鹿か、貴様は》

 

 

 

 そのとき。

 声が、聴こえた、気がした。

 

 《阿夜を勝手に監獄から出したことと言い、千賀に勝手な戯言をのたまってくれたことと言い、いったい私が目を離してる間にどれだけの馬鹿を積み重ねるつもりだ馬鹿犬》

 

 都合のいい幻聴なのかと思った。

 ああ、でも。

 暗夜の森で一人きりだった時も、空には月が見守ってくれていた。

 

『まったく、おちおちと眠ってもいられん。これ以上、くだらんことで私に説教させてくれるなよ。私の眷獣(サーヴァント)であるのならな』

 

 そうだ。

 オレは―――

 

 

 

 “指南”という言葉の由来。

 『教え導くこと、またその人物』を差す意味だが、その語源は、『指南車』からきているといわれている。

 『指南車』とは、歯車の仕掛けで車の上に備え付けられた人形の指が常に“南”を指し示すように造られた絡繰りで、それはかの『応龍』を使役せし皇帝が、大陸における『咎神』の異名とされる<蚩尤>との戦争でこの魔神の霧に幻惑されていたところを、正しい方向に導いたという。

 

 およそ一日半ぶりだったが、この主従のパスを強く感じる。

 この感覚を噛みしめたクロウは、手元にあった薬袋を、握り潰して、中身の錠剤を粉々としてしまう。

 

「せっかく用意してもらったのに、ごめん、オレ、もうこれいらないんだ、矢瀬先輩―――それから、守ってくれて、ありがとうな、フラミー」

「みー」

 

 鬼猴の80の矢から、身を盾として庇ってくれたのは、自身の<守護龍>たる獣竜。

 その肌に傷ひとつとしてない体をクロウは撫でて、フラミーも宿主の彼に頭を擦りつけてくる。

 もう、大丈夫。

 そう、囁いた。

 

 

「ほう、それが儂らが求めさせられてきた、『原罪』であるか。儂の肌とは合わんようだな」

 

 

 <白石猿>が己の攻撃を防いだその現象から推察して、その特性を悟る。

 ありとあらゆる武器の拒絶。文明を否定するその絶対性は、<白石猿>には天敵と呼べるものであった。

 

「して、薬が切れたんではないのか<黒死皇>よ。早う飲まんでいいのか?」

 

「いや、もう、底をついた」

 

 表情を険しくする鬼猴。

 

「何じゃ、もう闘争を終わりとするのか」

 

「ああ、もう終わりだ。オレは早く行かなくちゃいけない」

 

「ふざけるでないわっ! 儂はまだ満足し切っておらんぞ! <黒死皇>も壊れるまで儂と付き合えい!」

 

 鬼猴は『方天画戟』を構え直し、相性の悪い獣龍を避けるように回り込んで、一撃を見舞う。

 合わせて、人狼の爪拳が走った―――瞬間、<白石猿>は自らの本能に従い、得物を引いて退いた。

 

「……っ!?」

 

 衝突は、なかった。人狼と鬼猴の身体が刹那に交錯したが、すぐ何もせず離れたはずだった。

 なのに、寸瞬遅れて、『方天画戟』が断ち切れていた。

 

 

「オマエの、底はもうついた」

 

 

 もう一度、今度は足りなかった主語を入れて、クロウは宣告する。

 今のは、クロウの手刀が鋭すぎて切り別れるのが遅れたとか、そんなものではない。明らかに時間差で斧槍が切断された。そこだけ映像のフィルムがコマ落ちしたかのように、時間差を飛び越えて、その過去ごと切り落とされたのである。

 

 ……だが、そんな真似は彼奴にはできなかったはずだ。

 

「ヌシ……<黒死皇>よ、いったいいつそんなものができるようになった」

 

「最後に、あと一回だけ言ってやる」

 

 その前に突き出した左腕に、その輝かしい黄金の日々の煌きが形作るように籠手となり装着される。

 

 

「オレは、南宮クロウ。<空隙の魔女>南宮那月のサーヴァント、<黒妖犬>だ」

 

 

 雨降って地固まる。

 などという言葉があるが、『神縄湖』にて、一度切り離された『沼の龍母』と再び結びついたその繋がりはより強固なものとなった。

 あるいは、打倒したことで正しく認められたか。

 『器』は、その内なる声に耳を傾けられるようになった。

 

 

「オマエの大罪(ツミ)をここに裁定する(さばく)

 

 

 咎神が時代へと残した、『最大多数の最大幸福』のための最後の殺神兵器の力。

 神々が絶滅した神代が終わった現代に神殺しの力は、あまりに強大過ぎるもの。

 ひとつの時代を終わらせた<焔光の夜伯>が、その力を十二に別けて封印されたように。力を制限する八つの枷が課せられている。

 解放する術は、ふたつ。

 咎神の巫女が願ったそのときと神殺しの力を振るうべきと見定めたとき―――

 

『其れは、連鎖する生命の循環から外れているか』

 

 鬼火を宿す南瓜の三頭が『暴食』に是と答える。

 

『其れは、何もかもを己とひとつにしようとしているか』

 

 幻惑する雲霞の淫魔が『色欲』に否と答える。

 

『其れは、手の届かぬものまで得ようとしているか』

 

 鉱山の化身たる鉄鬼(ゴブリン)が『強欲』に否と答える。

 

『其れは、他者の感情を狂わす烈しい意思があるか』

 

 月に吠える角獣が『憤怒』に是と答える。

 

『其れは、意味を持たず思考を停止しているか』

 

 火球と群れる不死鳥(フェニックス)が『怠惰』に是と答える。

 

『其れは、真実を無視し理想のみを妄信しているか』

 

 空を切る大翼をもつ合成獣(グリフォン)が『傲慢』に是と答える。

 

『其れは、己を卑下しすべてを壊したいほど羨んでいるか』

 

 凍てついた妖魚が『嫉妬』に是と答える。

 

『其れは、神が禁忌と戒めた叡智を欲するものか』

 

 七つの大罪を兼ね備えた人間が『原罪』に否と答える。

 

 裡より聴こえる声が告げた判決は、すべてではないが、半数を超えた、5つ。

 完全解放した赤き龍と比肩する終末の獣となるには賛成票が足りずに許されぬが、白きままで『沼の龍母』は力の解放を許される。

 

 

 そして、<守護龍>は紐解け、『裘』となりて、主を包む。

 

 

 神代から現代までの中で、選ばれた咎神の殺神兵器の器は、完全なる神獣の潜在能力を人間のままに凝縮させた『魔人』の姿へと変貌する。その覇気は、鬼猴をして容易に間合いに入れぬものがあり、しかしそれよりも悪寒が走り抜ける。

 

「“最後”、じゃと……」

 

 歯軋りが鳴り、81の鬼猴は各々の武器兵器を捨てて、拳を構える。

 

「何を言うか! 儂は終わらんっ! 『不滅』の存在なり―――!」

 

 魔神を名乗る最古の獣王、武器兵器の通じぬ特性だろうと怪力乱神と神代から詰まれた武錬は神技に達している。群体でかかれば、『魔人』だろうと殴殺して余りある。

 

「―――『不滅』なんて、ない。オマエも自然の一部。ならば、終わりは当然だ」

 

 一斉にその身体より獣気へ融け込ませて放散される、芳香。

 化学物質を受け取る感覚器である嗅覚、それが拡張された超感性(バイオセンサー)より過剰に増幅された感応波が、鬼猴たちを呑み込み、『匂付け(マーキング)』した。

 

「グゥウウウウウウウウッ!? なぜ、思い通りに動けん! その自然干渉(ちから)、儂の身体にまで御すか……っ!!」

 

 群体の制圧が、止まった。

 身動きが不自由となり、あらゆる護りを捨て去られる。支配を破ろうと抵抗するが、それよりも早く完全に無防備な状態である<白石猿>の前に、死の宣告たる影は接敵する。

 

 ドグンッ!! と。

 心臓に杭でも撃ち込まれたかのような衝撃が、最古の獣王の心を貫いた。

 

 身体の自由を奪うほどの強制力。

 つまり、それは“己のすべてを”『匂付け』したというころで、それは逆に、『底をついた』という発言が虚勢でもなんでもなく真実で―――

 

 とんっ、と。

 

 それと一拍遅れて、小さな音が。もうほとんど無音と言ってもいい。だが、不思議と最古の獣王の耳に、いや胸の真ん中に、深く深く浸透する、まさしく晩鐘の如き異音であった。

 

 

「<(ゆらぎ)>―――」

 

 

 音源は、『黄金の籠手』を纏う左腕。

 鬼猴が目線を下すと、自身の胸板、その中央部分に、完全に『魔人』の拳がめり込んでいた。ほんの2.54cm(ワンインチ)、だが致命的な圧。鬼猴の見ている前ですすっと手首が滑らかに回り、そして溜め込んでいた力のすべてが解放されていく。

 両足で地を踏む震脚もなく、腰を捻転して勁を螺旋に練る動作もなく、そして、腕力だけで闇雲に振り回す力業でもない。そう、徒手空拳が密着したまま鍵を開けるように胸板で捻られた、小さな小さなその一打。

 だが、渾身の一打は、会心の爆発を生んだ。

 バグンッッッ!!!!!! と。心臓への圧が全身の血管に膨大な圧をもたらす。胸骨肋骨が抵抗の間もなく砕け、裏側の背骨までも太い音を立てて壊れる。その間の心臓に関しては語るまでもなく。鬼猴の肉体は裡から弾け飛んだ。

 

「おっ、ぷ……?」

 

 驚愕が呼吸する余裕すら奪ったせいでか、一面に吐血をぶちまけることはなかった。

 だが、終わり―――その宣告が最古の獣王の脳裏を強く印象を刻み付けて過った。

 

 そう。

 まだ。

 これから。

 加速度的に状況は進んでいる。

 

 ざざざざざざざざざざざざざざざ!! と五感がアンテナチャンネルの合わないテレビのような砂嵐で埋まる。頭痛や吐き気がすべてを塗り潰す。上下左右前後の概念も消失し、混乱を整理するしこうすら掻き乱される。

 この砂嵐の中で、コマ送りで飛び込んでくるのは、過去の映像。走馬灯だ。

 

 どんなものであろうとも、いつかに“生まれた”という過去を持っている。

 

 そのハジマリを知り、そこに手を伸ばせるのであれば、はたしてどうなるか。

 

 真祖の眷獣であろうと、その発生源(ハジマリ)は、血滴に過ぎない。

 先の合体宝貝の『方天画戟』さえも、材料元(ハジマリ)は獣毛だ。

 もしも過去に干渉できるのであれば、現在が最強であろうと毛を切る程度の力で、切り伏せられる。

 

 空間を支配する術を極めれば、記憶を辿ることで、現在と過去の時空を連結させてしまうことは可能であり、

 その極みに至った『芳香過適応』は、ハジマリの記憶を記した過去座標も嗅ぎ尽す。

 

 そして、最新の獣王の破壊衝撃が逆行する拳が穿ったのは、最古の獣王の肉体などではなく、『固有体積時間』の底の底の零地点(ハジマリ)

 

 何千という年月で伸長し、無数に枝分かれた大樹も、その最初の地盤を根元から引っこ抜いてしまえば命脈も絶たれると同じ。

 風穴を開けられた一体が崩壊するのと同時、“過去(ハジマリ)”を干渉(こわ)された群体全てへ平等に崩壊は波及する。藁人形に釘を打つように、その全員の胸板に全く同じ風穴が開いていた。

 肉体(ハードウェア)のダメージではなく、ノートパソコンを床に叩きつけて内部のデータを破損させるような、魂魄(ソフトウェア)的な破壊であった。その史上最悪の『必壊』のコンピューターウィルスに侵された破損データが逆流して<白石猿>というネットワーク全体へ雪崩れ込み、深刻なエラーを撒き散らしているのだ

 

「言い残すことはあるか?」

 

 大罪を、裁いた。すでにここにあるのは、魂を打ち砕かれた骸。

 これは、<書記の魔女>が<空隙の魔女>の十年分の『固有体積時間』を奪った現象と似ているが、クロウがしたのは奪うのではなく、壊す。不可逆であり、『不滅』であろうともう戻りはしない。

 

「………」

 

 クロウの辞世の問いかけに、ハヌマンは開いた口を閉ざす。

 しばらく、無言のままに、その身体が白い砂のようにさらさらと溶けていく。風に乗って消えていく。『不滅』の終幕。神代から続いてきた伝説がここに、解放される。死ぬべき刻を逃した老兵は長く生き過ぎたが、それもここで終わる。

 

「ヌシは、<黒死皇>ではないのだな」

 

「そうだ」

 

「そうか……『不滅』の幕を下ろせるのは、彼奴だけだと……思っていたが、それは儂の望みであったか」

 

 ならば、道連れとすることもない。

 最後の望みである己の破滅も叶ったのだ。もうこの世に執着する未練はなく、あの世で今度こそ<黒死皇>に会おう。

 そうして、骸は目を閉ざし、今生に満足したと判断したクロウは死出の準備を整えさせる束の間の死霊術を解いた。

 

 

人工島旧南東地区 廃棄区画 七星壇

 

 

 眩い陽光が降り注ぐ。

 

 絃神島の上空に渦巻いていた魔法陣が、完全に消滅した。

 鳴動も止まり、澱んでいた大気も爽やかな海風で一掃される。日差しもまたもとの吸血鬼が苦手とする容赦なさを取り戻している。

 

「先輩!」

 

 常夏の暑さによろめいた古城に、雪菜が駆け寄ってきて脇を支える。不安げな顔の彼女に心配ない、と気怠くも笑ってみせる。

 最後の『四凶』との激突。

 魔法陣からの魔力供給が途絶え、その前に紗矢華たちとの協力で多大なダメージを与えていた『渾沌』と『檮コツ(トウコツ)』は、消滅間際まで暴れ狂っていたが、<第四真祖>の眷獣が最後の一片も残さず焼き払った。

 そして、『十番目(ディセンバー)』の『魅了』にも古城は抗い、雪菜が切り開いてくれた。

 決着はすぐについた。

 だがその一瞬にすべてを注ぎ込んだ古城は、疲労困憊の身体を重そうに起こして、進む。

 向かう先は、すでに半身を金色の霧となった少女。

 近づく勝者を見上げて、ディセンバーは儚げに微笑んだ。

 

「きみの勝ちだね……古城……」

 

「ディセンバー……」

 

「最後に、お願いがあるんだ」

 

 ラーンたち――ここにはいないカーリやロギのことを古城に頼むディセンバー。彼らは『魔族特区』を破滅させるために活動していたけど、『魔族特区』でなければ生きられないのだ。魔族としての特性を十全に発揮できないカーリは『夜の帝国』では除け者とされるであろうし、脳を改造された動死体(フランケンシュタイン)のラーンに超能力を植え付けられた人工生命体のロギは、メンテナンス調整を受けなければ長くは生きられない。そのためには『魔族特区』の設備の整った、ちゃんとした研究機関に身柄を預けるのが好ましいのだ。

 

「……わかった。約束する」

 

 改めて言われるまでもないと古城はディセンバーの目を見て、力強くなずいた。

 ディセンバーが消えてしまえば後を追いそうであるが、彼らをこのまま死なせるわけにはいかない。彼らはあまりにも多くの罪を犯した。その罪を償わせなければならない。

 そして、贖罪のあとにもう一度、魔族として虐げられてきた彼らに、幸せに生きる機会を与えるのだ。

 絃神島でなら、できるはずだ。この島は『魔族特区』で―――古城の後輩が生きられる場所なのだから。

 

「じゃあ、こっちの約束も果たさなきゃね、暁古城。きみに『十番目』の眷獣の力を与えてあげる」

 

「待ってくれ……ディセンバー……俺は、そんなもの……」

 

 もうほとんど薄れている少女の小さな体を古城は抱き上げる。

 古城が戦ったのは、この絃神島を護るため。

 ディセンバーの力を奪う為でも、彼女の消滅を望んだわけでもないのだ。

 けれど、古城の嘆願にも、ディセンバーの決意は変わることはなくて、最後まで笑って……

 

「そんな哀しそうな顔をしなくても、大丈夫。あたしは、ずっときみの傍にいるから……だから、あたしの意識が消える前に、きみの中に―――」

 

「ディセンバー……!」

 

 完全に金色の霧と変わったディセンバーが、古城の腕の中から姿を消えていった。

 

『『十二番目』の……アヴローラを護って、暁古城、あの子がきみの希望……だから……』

 

 唇を嚙む古城に、『十番目』の<焔光の夜伯>――ディセンバーの最後の言葉が耳に残響する。

 こうして、この場所で、同じ顔をした少女を見送ったのは、二度目。

 雪菜たちは天を仰いでその過去と現在を噛みしめている背中に言葉をかけることなく見つめていた。

 

 

キーストーンゲート

 

 

 『四凶』は退治され、<タルタロスの黒薔薇>の魔法陣も完全に消滅した。

 事態の復旧に<戦車乗り>リディアーヌ=ディディエは駆り出されており、負傷した<蒼の魔女>仙都木優麻と<薔薇の指先>アスタルテは病院へと搬送された。

 人員の過半数が退場となったことで、チームは自然解散と相成った。

 

「急げ、馬鹿犬! ブウウウウーン、ドドドド! キュイーン!」

 

「ご主人、オレは乗り物じゃないし、本気で走ったら振り落とされるのだ」

 

 寝間着姿の南宮那月が乗馬の鞭代わりに妖精獣(モーグリ)のぬいぐるみで叩いてくるのを、クロウはむぅむぅと唸りながらも要望に応えて速度を上げる。

 『特区警備隊』もようやく混乱に立ち直っていく最中、一日半ぶりに主従で行動するふたりは、<タルタロス・ラプス>最後のひとり、千賀毅人を追いかけていた。

 しかし、彼が侵入したキーストーンゲートの完全禁層区域は、空間転移が通じない。つまりは、<空隙の魔女>の行動力は大幅に制限がかかっており、そして、見た目通りの子供に戻ってる那月を置いて先走るのは、『眷獣にあるまじき行為だ』と叱られたため、クロウは那月をおんぶして急行しているわけである。

 

「で、馬鹿犬。お前には言いたいことが山ほどある」

 

 説教を受けながら。

 ぬいぐるみをクロウの頭の上に置いて、顎を乗せる枕とした那月が、すっと耳の穴に指を入れながら、嗜虐的に莞爾と頬を緩ませる。

 

「ご、ご主人!? 耳は敏感だからやめてくれ!?」

 

「断る。意外に感触と反応が面白いんでな。犬は耳に触られるのは嫌がるそうだが、どれ試してみよう」

 

「ゾゾッてきた!? ご主人、鼓膜に爪立ててるぞ!?」

 

「そうか。で、説教を始めよう。まずは阿夜を<監獄結界>から出したことだ。幻像とはいえ、あれが一度脱獄したことを忘れたとは言わせん」

 

「む、むぅ……でも、あいつに色々と話したいことがあったし―――あひゃあ!?」

 

「口答えはするな。私はそのためにお前に『鍵』を預けたわけではないぞ」

 

「それを言うなら、ひとりで勝手にどっかいってやられちまったご主人も悪くないか? いくら元カレに呼ばれたからって―――ぬおおおっ!? 鼓膜!? 今、鼓膜がガリッといったぞ!?」

 

「ふざけたことを抜かすからだ馬鹿犬。いったいどこでそんな単語を聴いてきた」

 

「うぅ、でも、一昨日のドラマでそれっぽいのがあったし」

 

「ませてきたかと思えば、テレビに影響されただけか……お前は文明の利器をてんで扱えんくせに、おつむまで弱いとは……まだ先が思いやられる」

 

「何だご主人、頭が痛いのか?」

 

「ああ、残念なことにサーヴァントが頭痛の種でな」

 

「そういえば、仙都木阿夜から『賭けは、これでチャラだー』ってご主人に伝えておけって言われたのだ」

 

「おい、馬鹿犬、お前、いったい阿夜にどのような交渉(はなし)を持ちかけた」

 

「んー、ご主人は寝坊助だーとか。だから、とっとと起こして来いって言われたな」

 

「主人が捕まっている間に随分と余裕な世間話をしてくれたみたいではないか」

 

「あとは、『太陽』がご主人ほしいんだってな。う、そうか。千賀は元カレじゃなくて、太陽だったの―――ぎゃーーっ!?!? ブチって!? 鼓膜、ブチって破れたぞ!?!?」

 

「阿夜のふざけた戯言に耳を貸すからだ馬鹿犬。千賀は、先生に過ぎん。それ以上でもそれ以下でもない。ふん、今はだいぶ落ちぶれていたみたいだったがな」

 

「じゃあ、『太陽』って何なのだ?」

 

「―――」

 

「? ご主人、何言ったかよく聞こえないぞ」

 

「それは、卒業したら教えてやろう」

 

「ぬー……鼓膜(みみ)の次は眼球()に手をやるのはやめてほしい。目潰しは本当にシャレにならないし、前が見えないと走りづらいのだ」

 

「私が注意するから問題ない。で、それより次だ。馬鹿犬、私の許可なく能力増強剤なんぞに頼ったそうだな」

 

「ぐぬぅ、それは反省だぞ。矢瀬先輩の言ったことも危うく無視するとことだったのだ」

 

「気をつけろ。薬に頼るのは悪いとは言わんが、馬鹿犬は自制が利かん。お前の『鼻』は、矢瀬基樹の『耳』とは性能が違う。倍率を高めればより刺激が強いのは自明の理だ」

 

「そうなのかー。んー、まだ『鼻』がムズムズと変な感じがする。調子もなんか悪いぞ」

 

「わかった。あとで診てやろう」

 

「お医者さんに行かなくてもいいのか?」

 

「古来、純血の魔女は、現代ではほとんど麻薬と呼ばれているものに近い植物や、動物から取り出した毒素などを儀式に利用していた。だからこそ、安全に行えるための手法も考えられている。体の中に溜まった毒素を抜き取って治療する解毒法(デトックス)もその一例だ」

 

「すごいな、ご主人。でも、鼓膜も診てもらいたいから、病院に行った方がよくないか」

 

「そんなもの唾でもつけとけば治るだろ。それとも、私の看病では不服か? あの人を胸で判断する変態医師(あかつきみもり)の実験動物となりたいのか? ん? なら、実験材料にお前の目玉も抉り抜いてやろう」

 

「わかったわかったのだ!? だから、ご主人、瞼の上からぎゅーっと押すのやめてくれ!?」

 

「ふん。まったく世話の焼ける」

 

「……なあ、今のご主人は、本物なんだよな」

 

「おちおちと眠ってもいられんのでな。なにせ、サーヴァントがこれだ」

 

「じゃあ、なんで―――っ!?」

 

 と。

 背負った主人と会話をしながら奥へ進んでいたクロウは、すん、と鼻を鳴らすと、ギアを一段階あげて、一気に―――その血臭を出す人物の下へ駆けつける。

 

「<黒妖犬>……それに、那月か……ああ、依代なしで来ることもできたか……それは、誤算だったな」

 

 血塗れで倒れた千賀毅人が、苦し気な呼吸を続けながら、こちらを見る。

 クロウの背から降りた那月は表情を変えず、努めて冷静に彼の負傷を確認した。全身に無数の裂傷と殺傷。その多くは内臓にまで達しており、出血量も危険域をとっくに超えている。まだ意識があるのが不思議なくらいの、確実な致命傷だ。

 

「誰にやられた?」

 

 千賀の目的はもう予想がついている。この最下層にある絃神島の『要石』の破壊だ。だが、それが倒され、阻止された。一体その相手は―――

 だが、千賀は愉快そうに、この様を自嘲するかのように言う。

 

「それを聞いて、今のお前に何ができる」

 

 それは、暗に、この先にいる――千賀を傷つけたのは、那月が手出しできない存在。名を伏せなければマズい。すぐここから引き返すべきだと判断を下すほどの、上位者だ。

 

「待っていろ、すぐに病院に運んでやる」

 

「構うな。もう必要ない。それよりも……」

 

 『魔族特区』の医療技術をもってしても、彼の命はもはや助からない。そのことは千賀自身が誰よりもわかっている。黙って見つめるクロウも、ここに漂っているのは紛れもなく死臭であることを理解している。

 那月の申し出を拒絶した千賀は、ひとつの頼みごとをする。

 

「<タルタロス・ラプス>の子供たちを、頼む。わかっているだろうが、あいつらは俺に道具として利用されていただけだ。彼ら自身に罪はない」

 

「貴様の証言として、伝えておこう」

 

 事務的な口調で応じる那月に、それでいい、と千賀は安堵した。

 この先、<タルタロス・ラプス>の裁判において、今の千賀の証言は、生き残った彼の仲間たちに有利に働くだろう。仲間たちに対する千賀の思いが、真実であるかどうかは別として。

 そして、

 

「約束だ。どうやら、俺たちは負けたみたいだからな」

 

 咳き込む彼の口元から、血の塊がこぼれる。それでも千賀は言葉を続ける。

 

「15年前―――お前が、たった一人で復讐を終わらせて、俺たちの前から消えたときには、失望したよ。だが、今にして思えば、正しかったのはお前の方だったな。

 俺はがきどもに人殺しの技術を教えることで、あいつらに依存していたんだ。共依存というやつか。お前はそれに気づいていたんだな、那月」

 

 一言一言告げるたびに、千賀の身体から力が抜けていく。

 

「お前の子供たちは、お前がいなくても、自らの意志で『魔族特区』を護ることを選んだ……いい、生徒に恵まれたな。俺には眩し過ぎるくらいだ」

 

 那月は千賀の語りを止めず、無表情に眺めている。

 

「負けたはずなのに、悪くない気分だ……俺を止めたのは、おまえたちで……よかった」

 

 笑みがこぼれた。

 吐息に誘われたのか、ずぶずぶに引き裂かれた肺から逆流する形で一気に口から鮮血が爆発する。それでも千賀毅人は笑うことをやめられない。いいや、目じりには歓喜の涙すら浮かんでいた。

 

「ああ」

 

 全身を切り刻まれ、とめどなく血の塊を吐きながら、一層強く喉に力を入れ。

 そのまま目を瞑って、断ち切るようにつぶやいた。

 

「那月、お前は俺から卒業できた、たったひとりの教え子だ」

 

 

 

 と。

 

「まだ、いる―――!」

 

 千賀に手を下した下手人。主人の先生を手にかけた相手。

 クロウはその“匂い”がまだこの奥にいることを覚ると、先生を看取る主人を置いて、その感情のままに突っ走っていった。

 

 

 

「ひとりで、行かせるな、那月」

 

 判断の遅れた那月は、千賀の後押しを受ける。

 ジャケットの襟の裏から取り出したチップ――データ保存用のマイクロメモリを血塗れの震える指先で那月に渡し、

 

「私は、後悔したぞ。お前を引き止めなかったことを」

 

 だから、この反面教師の二の舞はするな―――

 そう、先生からの最後の言葉を受けて、那月は立つ。

 

「さようなら、先生」

 

 そして、卒業した教え子は再び千賀の下を離れた。

 今度こそ後腐れなく。

 

 

キーストーンゲート 最下層

 

 

「おっと、今度は<黒妖犬>がおいでなすったか。完全禁層区域に千客万来だな」

 

 クロウがたどり着いたそこにいたのは、錆びついた、と形容してもいい、五体のすべてがくすんでいる白衣姿の男。整えることを忘れて久しい長髪はまばらに色の抜けた灰色に濁り、髪全体も艶を失って大きく広がっている。無精ひげにまみれた顔や痩せ細った肉体は明らかにがたつきがきており、退廃的な雰囲気が漂っている。

 そして、その目はドロドロに煮詰まっているように濁っていた。

 

「なんで……オマエが牢から出てるのだ……?」

 

 思わず口から出た風にクロウは驚きを呟いた。

 そう、この男は、かつてクロウたちが捕縛した、『人形師』ザカリー=多島=アンドレイド。何体もの機械人形に人工生命体を違法に改造してきた、クロウの後輩アスタルテに人工眷獣を寄生させた相手でもある魔導犯罪者が、どうして管理公社の完全禁層区域にいる?

 

「晴れてテロリストの魔の手から絃神島は救われた。それを祝して、特別に俺は恩赦で牢から出ることを許された。ってストーリーでどうだ?」

 

「知らん。よくわからん。またとっ捕まえた後で話を聞くことにする」

 

 ふざけた調子で、ふざけたことを語るザカリーに、クロウは眼光を強める。

 その期待外れな反応に大袈裟に肩を落として、嘆息してみせる。

 

「お気に召さなかったか。まあいい。俺は魔族殲滅の計画に賛同した。この世に人工生命体(ホムンクルス)は一体たりとも存在することは許しちゃならない。じゃないと、俺に安寧には来ないんだ」

 

「ふざけるなっ!」

 

 怒気と獣気を発するクロウ。

 <タルタロス・ラプス>との戦闘直後で疲労しているとはいえ、その威圧は、余裕ぶっていた『人形師』に息を呑ませ、たじろかせるほど。

 だが、その一歩を制止する低い声が、このキーストーンゲート最下層に響いた。

 

「ここで暴れるな、<黒妖犬>」

 

 ザカリーの背後、完全禁層区域の奥から現れたのは、眼光鋭い和服姿の男だった。

 50代半ばの年齢で、体躯も大柄ではない。だが、中世の剣豪を思わせる空気を纏う威容は、けして人に侮ることを許さない。

 

「オマエ、矢瀬先輩の、父親……なんで生きてるのだ!?」

 

 そこにいたのは、千賀顕重。移動中、自動車爆弾によって、死んだはずの人工島管理公社名誉理事だった。

 

「いいやぁ、一週間前から表立って行動し、昨日死んだのは、俺が造った記憶の一部だけを情報入力(インプット)した人工生命体(ホムンクルス)だ。同じDNAから造ったそっくりさんだったから、<黒妖犬>も誤魔化せたみたいだな」

 

 『人形師』の至高の技巧で用意された『影武者(クローン)

 それを一週間前から表舞台に立たせていた。だが、なぜわざわざ犯罪者の手を借りてまでそんな真似をする? <タルタロス・ラプス>が襲撃するなんてわかったのは、一昨日、ご主人が初めてのはずで……

 

「反対勢力の粛清だけは自ら手を汚さねばならなかったが、絃神島の封鎖、人工島管理公社の混乱と最低限の仕事はしてくれたみたいだ。おかげで、こちらも動きやすかった」

 

「な、に……?」

 

 矢瀬顕重は厳かな声で、<タルタロス・ラプス>の働きを評価した。それは彼が、テロリストたちの存在を知っていた。どころか、まるで利用した風にクロウには聞こえる。

 

 

「すべてのお膳立ては整った―――<黒妖犬>、貴様も“真の主”に仕える時がきたのだ」

 

 

 『神縄湖』で遭遇した『聖殲派』などというお粗末なテロリストとはなにもかも格が違う、何十年もの歳月をかけて準備を整えてきた、本物の魔導の探究者にして、咎神の末裔を名乗るもの。その矢瀬顕重が、この現代の殺神兵器に向けて見せるように、『瓶詰の心臓(グラスハート)』を掲げた。

 

「これは、貴様の心臓だ」

 

 “オレの”心臓……???

 クロウは首を傾げかけ―――瓶詰で密閉されてもその漂う、クロウにしか嗅げぬ“匂い”に、そして、先ほど覚えた、“密着していたのに鼓動がなかった”違和感が推測を加速させ―――至った答えにクロウは大きく瞠目した。

 

 つい先ほど、先生を看取った主人の光景が、最悪の予想と重なる。

 

「そうだ。<黒妖犬>、貴様は<空隙の魔女>南宮那月に心臓を奪われた、心ない怪物兵器(ハートレス)だ」

 

 宣告と同時。

 虚空より神々が打ち鍛えた銀鎖が、『瓶詰の心臓』を持った矢瀬顕重へ放たれた。

 だが<戒めの鎖(レーシング)>は、相手の体に触れる前に火花を散らして弾かれる。

 まるで目に見えない透明な刃に、悉く撃ち落とされたように―――

 

 <過適応能力者(ハイパーアダプター)

 今起きたこの不可解な現象はクロウがよく知る、そして、自身のものとは別系統の力。魔術や授受に頼らない先天的な超能力だ。呪文の詠唱を必要としないその力には、当然、発動までのタイムラグもない。

 顕重の周囲で、大気がゆらりと揺れる。矢瀬一族は、代々続く<過適応能力者>の筧田。一族の当主である以上、当然その能力を有している。消耗していたとはいえ千賀毅人を一方的に切り刻んだ、けして侮れない相手。

 

「呆けるな、馬鹿犬!」

 

 主人から叱責がクロウの背中を打った。

 置いてきてしまった那月が、その子供の足でここに息を切らして走ってくる。

 だが、相手は攻魔局の国家攻魔官など及びもつかない権力を持った、『魔族特区』の為政者側の人間だ。

 それに……

 

「真っ先に<黒妖犬>の心臓を取り返そうとするとは、今更惜しくなったか<空隙の魔女>」

 

 奇襲を防ぎ切った矢瀬顕重は顔色を一切変えることなく、嘲るようにニヤリと口元だけで笑みを作る。

 それに対して、この名誉理事との掛け合いに応じることなく、那月はクロウへ発破をかけた。

 

「最初に交わした契約(もの)を思い出せ」

 

 クロウは、見た。

 主人を、那月を、睨むように、乞うように、ふるふると頭を振りながら、途切れ途切れに言葉を吐く。

 

「こんな、聞いてないっ。契約(ヤクソク)だなんて、知らない、のだ。……そんなの、忘れた。う、全然、覚えてないぞ! そうだ、時効だっ! だから……」

 

 その下手な誤魔化しを鋭い目線で切り伏せるように一蹴して、那月は再度声を荒げた。

 

「いいから命令に従え! ここで矢瀬顕重を捕まえなければ、お前は―――!」

 

「攻魔官風情が、私に逆らうか。だが、飼い犬が手を噛むようならば、即刻、心臓を刎ねるぞ」

 

 矢瀬顕重と南宮那月は、クロウを支点にして睨み合っている。

 如何に強力な<過適応能力者>であろうと、純粋な戦闘力で<黒妖犬>には及ばない。『人形師』もいるが、<空隙の魔女>と組んだ主従は最強であり、ここで捕らえる自信が那月にはあった。

 

 だが、その分水嶺に立たされた己の眷獣(サーヴァント)は、体の向きを変えた。

 

「わか、った……」

 

 嫌な予感が思考を塞ぐ。

 捕まえるべき顕重に背を向け、那月と対峙するその態度。

 そして、その訴える目。

 どうしてこんな真似をしたのかと非難する眼差しに、知らずに那月の唇が震えた。

 

「―――やめろ」

 

 それは、やめろ。

 状況が悪くなるからじゃない。

 <空隙の魔女>の眷獣(サーヴァント)だ。

 だから、やめろ。

 ここで、勝手に『首輪』を外すのに―――どんな言葉を言えばいいのか、わから、ない。

 

「その命令は、従えない……だから、オレ……サーヴァント、……やめる」

 

 主従を結んだ『首輪』は、落ちた。

 

「く―――――はは、あはは、あははははははは! そりゃそうだ! 心臓を掴まれてるんじゃ、こっちに着くのが正しい。自業自得だ<空隙の魔女>!」

 

 裏切られたことに心底おかしそうに笑う『人形師』と、巌のように佇む矢瀬顕重。

 そして、童顔の魔女は。

 そのときだけ、見た目相応の精神年齢に戻った顔で、見つめていた。

 事実から、目を逸らすことなく。

 このまま震える足が崩れてしまいそうなのに、精一杯の強がりのまま、歯を食い縛って受け入れていた。

 

「さて、<空隙の魔女>。先ほどの無礼は許そう。お前は有能だ。殺すには惜しい人材だからな、一度だけチャンスをやろう」

 

 ……そこで、思考が冷えた。

 最悪な状況だろいうのはわかっている。1:3。そして、空間転移の禁じられた死地。

 だが、ここで首を縦に振ることはしない。

 

「使えない駒であれば、処分することになるが」

 

 強情な態度の<空隙の魔女>に、見限った顕重は、無表情で殺気を滾らせた不可視の刃をその首へ向け、

 

「―――いいや、待ってくれ」

 

 感情のない声で、魔女と相対する<黒妖犬>が場を制した。

 

「……道具に、発言権がないことぐらい躾けられてると思っていたのだが」

 

「道具でも危険なら警報くらい鳴らす」

 

「……危険、だと」

 

「そうだ。<監獄結界>はどうするのだ。今、あそこは外に出てる。オレは代行として監獄としての機能を維持できるけど、異空間に送り返すことはできない。このまま放置してると面倒なことにならないか」

 

 他人事のように言う怪物兵器。

 それを、童顔の魔女はまっすぐに見つめていた。

 

「だから、見逃せ、か。ふん、甘いな。有能であるのはいいが、反乱するのであれば害悪だ。邪魔は摘めるときに詰んだ方が良い」

 

「それで、<書記の魔女>が出てきたら相当面倒なことになるぞ。『波隴院フェスタ』のことを忘れたわけじゃないな。<タルタロス・ラプス>での混乱だってまだ落ち着いてないのに、これじゃあ今度こそ絃神島はおしまいだ」

 

 ちっ、と顕重は舌打ちする。

 指摘された通り、計画への影響を考慮すると、それはあまりうまい手ではない。

 

「<闇誓書>、か……島の住人は、所詮『聖殲』の威力を世に知らしめるために集められた人柱に過ぎぬ。何人死のうが些末なことだ。だが、祭壇たる人工島に影響が出るのは問題があるな。

 ―――しかし、<監獄結界>の『鍵』は、代えの利かない部品というわけではあるまい。新たな候補者が見つければ済むだけの話だ」

 

 海千山千の世界で生き抜いてきた矢瀬顕重は、獅子身中の虫の存在を、けして許さない。

 警告を聞いたが、結局は、<空隙の魔女>を処分する決定を取り下げはしなかった。

 

「……わかった。じゃあ、オレがやる」

 

 その発言に、少し驚いたように、ピクリと顕重は反応する。

 そして、顕重は試すように、たった今配下に降った怪物兵器へ命じた。

 

「では、やってみろ、<黒妖犬>」

 

「わかった」

 

 姿が消えた―――そう錯覚するほどの高速移動で、那月に迫ったクロウがその首に手を伸ばす。

 

「っ―――!」

 

 那月の顔が歪む。

 目の前で鞍替えされて反旗を翻された、その見通しの甘さを悔やんでいるのだろう。だが、そんなことに躊躇している性格ではなく。

 即、鎖を虚空から撃ち出すが、その思考を嗅ぎ取られて躱される。

 この最下層は、空間制御魔術に制限がかけられている、彼女にしてみれば死地だ。そして、幻像ではない<空隙の魔女>は容易に掴めることができた。

 呆気なく。

 あまりにも呆気なく、かつて殺されかけた『魔族殺し』を、クロウは押さえつけた。

 

「前に、出ていくときは好きにしろと言っていた」

 

「そうだな。私は止めはしない。それがお前の選択なら、な」

 

「だから……“卒業”、だ……、……ご主人様っ!」

 

 那月の首を左手で捉え、壁に押さえつけたクロウ。

 そのまま右手の人差し指と中指だけを伸ばした指突で、童顔の魔女の左胸を突き刺した。

 ずちゅり、と。

 指がすべて体内に入るほど深く、華奢な体を指突が貫く。明らかにそれは心臓を刺していただろう。

 

「―――」

 

 目の光が消えて、呼吸の音も聴こえなくなる。

 花を摘むように、命を摘み取った。

 それを看取って、左胸に突き入れた指先を引き抜く。

 あまり身体を壊すことなく、最低限の処置だけで綺麗なままに葬るのが、せめてもの手向けであるように。

 息の根を止めた<空隙の魔女>の身柄を、そっと抱きかかえる<黒妖犬>。

 この結果、命じた任務を忠実に実行したことに、顕重は硬い表情を緩めた。必要が亡くなった以上、最下層に満ちていた圧迫感のある殺気は薄れて消える。

 

「無様な最期だな、南宮那月。かつての飼い犬の手にかかって死ぬとは」

 

「……ここにある死体、片づけてきていいか」

 

 ぽつりと、首なし死体が散乱するこの最下層の惨状を見回して、少年は言う。

 反対勢力の上級理事。とりあえず、首を刎ねたのはいいが、彼らはここに避難していることとなっている。それも中には『特区警備隊』を監督する上級理事も含まれている。このまま行方不明となってしまうのは、面倒だ。顕重の私兵である<魔導打撃群>を除く警備隊連中の捜査の手が完全禁層区域に及ぶ口実となりかねない。

 これからやるべきことが山ほどある身として、余計な瑣事に、行動を制限されたくはないのだ。

 一先ず、<黒妖犬>の忠誠を確認できた顕重は、少し考えた上で、許可する。

 

 

「いいだろう。“貴様が”、『特区警備隊』に送り届けてやれ」

 

 

人工島旧南東地区 海上

 

 

 『廃棄区画』にいる古城たちの回収に来たのは、『特区警備隊』の警備艇だった。紗矢華たちが獅子王機関経由で手を回してくれたのだ。

 そのみんなで船旅にグレンダも最初ははしゃいでいたが、絃神島まで文字通り飛んできたのだから疲れており、途中、体力切れして今は唯里の膝枕で眠っている。

 『四凶』が消滅して、まだ三時間ほどだが、街は落ち着きを取り戻しているように思える。

 建物の被害は甚大だが、意外なほどに負傷者は少ない。都市の安全性が優れていたというよりも、市民の避難対応が異様なほどに素早く正確だったおかげである。

 凶悪な魔導犯罪者が脱獄したり、邪神が復活しかけたりと鍛えられており、この程度の非常事態に『魔族特区』の住民たちはもう慣れっこなのだ。

 

「やれやれ……ようやく戻ってこられたか……」

 

 ちょっとやそっとの魔導災害では動じない、このタフな絃神島の景色を海上から見上げて、古城は気怠く呟いた。

 警備艇が港に到着したのだ。

 拘束具付きの担架に乗せられ、最初に運び出されたのはラーンだ。

 彼女は意識不明のまま今も眠り続けている。肉体そのものに異常はなく、夢を見続けているような状態らしい。ネットワーク越しに感染した魔力の催淫が原因でしょう、というのが容体を霊視した雪菜たちの見立てである。

 

「あいつら、これからどうなるんだろうな」

 

 目を閉じたままのラーンを見送って、古城は長い溜息を洩らす。

 逆らえない相手に利用されていただけのアスタルテや優麻とは違い、彼女たち<タルタロス・ラプス>のメンバーは、自らの意志で絃神島を破壊しようとしていた。

 ましてや、<タルタロス・ラプス>は国家指名手配の重罪人。そして未登録魔族でもある。最悪、異界に存在する永遠の牢獄――<監獄結界>に永久隔離される可能性すらあり得た。

 そんな不安げな古城の呟きを拾ってか、雪菜がいつもの生真面目な口調で答えてくれた。

 

「もちろん彼女たちの罪が消えるわけじゃありませんけど、彼女たちの置かれていた環境には情状酌量の余地があります。

 それに、絃神島の全住人が証人です。『イロワーズ魔族特区』の時とは違いますから―――」

 

「事件をもみ消したり、一方的な処分はできない、ってことか」

 

「はい」

 

 それに獅子王機関経由で減刑を依頼する。表向きは獅子王機関と大史局の人間で『四凶』の半分を制圧されたこととなっているため、発言力はあるだろう。

 人工島管理公社と言えども、ラーンたちを勝手に裁くことはできない。ましてや彼女たちが獄中で暗殺されるようなこともない。

 ディセンバーとの約束は、とりあえず守ることができそうだ。

 そう雪菜に保証されて、古城はひとまず胸を落ち着けさせることができた。

 

「それで、先輩。他の人よりも、先輩がまた『食糧備蓄倉庫』を壊滅させたことの心配をした方がいいんじゃないんですか?」

 

「はぁ!?」

 

 が、その発言で急降下した。

 

「ちょっと待て、あれはたしかに<第四真祖>の力だったけど、操られてたわけだし!?」

 

「先輩には、倉庫街で力を暴走させた前科がありますので……その、操られてたにしても……完全にないことにはできそうにないです。無害ではないと証明されてしまったわけですし」

 

 あそこの被害総額は百億単位とシャレにならない。いくら不老不死の吸血鬼でもどれだけ長い間借金生活を送る羽目になるか考えたくない。

 真っ青になる古城はそんな未来予想図に、ふらり、と貧血気味に倒れそうになる。それを慌てて雪菜が支えて、

 

「私は現場にいませんでしたから、弁護できませんが、そこはきっとクロウ君が証言してくれれば……いくらかは罪が軽くなると思います」

 

「そうか……頼みの綱は、クロウにかかっているってことだな」

 

 元々、今回も色々と助けられたわけだし、何かお礼をしてやるつもりだったが、これは相当な貸しとなりそうだ。だんだんと後輩に頭が上がらなくなってくる先輩古城は、深く溜息をついて、そこでラーンの護送移し替えを済ませた警備隊の連中に呼び止められた。

 

「失礼ですが、少しお時間をよろしいでしょうか」

 

「えっ」

 

 すわ『食糧備蓄倉庫』での一件で追及されるのかと身構えた古城たちは、特区警備隊の職員から一つの聞き取り調査を受けさせられて、驚愕の報を知ることとなった。

 

 小一時間前、証拠物件として押さえていたはずの<六魂幡(よこくじょう)>を添えて、首なしの死体を五体、『特区警備隊』の署前に遺棄された。

 複数の首なし死体らは、なんと避難していたはずの上級理事であり、遺棄現場に目撃されたのは暁古城の後輩(ちじん)だという。

 

 そして、この事情聴取を受けたその日の夜。

 雪菜から古城へ獅子王機関で確認を取ったその情報が伝えられる。

 

 

 

 南宮九郎義経が、『魔族特区』の上級理事らの殺害容疑で国家指名手配されることとなったという最悪の一報を。

 

 

 

つづく

 

 

 

彩海学園

 

 

「必殺技のポーズ……?」

 

 それは、検査を受けに来た病院の帰り道。

 暁凪沙は、帰りに付き添ってくれる少年からひとつの相談を受けた。

 

「ん。そうだ。巷の話題で、こう、ダダダーッて、パンチキックしてポーズを決めるとすごい技が出せると耳にしたのだ」

 

「へぇ、そうなんだ。でも、あたしその話全然知らないんだけど。どこ情報なのそれ?」

 

「う、なんか、『ポケットサーヴァント』でやってるみたいだぞ」

 

「あ、それ、知ってる。ゲームでしょ。持っていないけど本土で流行してて、この絃神島でも流行ってる」

 

「ん、オレは携帯ゲームできないけど、高清水君に見せてもらってなー。で、オレもサーヴァントであるから、ご主人とひとつ『全力(Z)技』の『全力無双激烈拳』というのをやってみようとしたんだけどな」

 

「え……」

 

「『そんな恥ずかしい真似が戦闘中にできるか馬鹿犬!』って怒られたのだ」

 

「あー。うん。そうだね。残念だったね……流石にちょっと無理があったかな」

 

「そこで、オレはご主人にもできるオリジナルの『全力(Z)技』を考えたのだ」

 

「あ、考えちゃったんだ」

 

「うん、ご主人のサポートで行う『夢想阿修羅拳』ってヤツなんだ」

 

「……うん、クロウ君も男の子だもんね。そういう必殺技とか考えたくなるお年頃だよ。古城君も昔、バスケで必殺ドリブルとか叫んでたし」

 

「それで、オレの型が決まったんだけど、ご主人のやる全力ポーズがびしっとしたのが思いつかないのだ。

 ―――だから、チア部の凪沙ちゃんに考えてもらおうと思って相談を持ち掛けたのだ」

 

「そうかー……そういうことかー……うん、クロウ君が相談してくれたことはうれしいんだけど、それは必要なことなの?」

 

「全身! 全力! 全霊! マスターの思いをサーヴァントに重ねて互いの全力を解き放つことで炸裂する『全力技』―――きっとそれはすごいものになると思うのだ」

 

「うん、クロウ君はそんなことしなくても十分すごいと思うけどなー」

 

「むぅ、凪沙ちゃんもダメか……? やってくれないのか?」

 

「あ、ううん! 大丈夫だよ! せっかくだし、考えてみるね」

 

「そうか! よし! じゃあ、いっちょやってみるのだ凪沙ちゃん!」

 

「え、ここで!? 今やるのクロウ君!? すっごい羞恥プレイなんだけど!?」

 

「体を動かした方が思いつきやすいし憶えやすいのだ。さあ、凪沙ちゃん! 全力ポーズを決めてくれ! そしたら凪沙ちゃんの応援でオレがぐぐーんっとパワーアップするはずだから!」

 

「ああもう! わかったからクロウ君! ファイトだよ凪沙! これはあたしの――が試されてる! 恥とかそういうのは忘れて、周りのみんなは全部カボチャってことにするの! ―――よし! もう何も怖くない! いくよ、クロウ君!」

 

 そうして、街中で、全力で騒ぐ少年少女がいたそうだが、結果として、恥とかその他もろもろをかき捨てた末に出来上がった全力ポーズ案は、ばっさりと主人に却下され、女子生徒を辱めた馬鹿犬は折檻されたという。

 

 

 

 その後日。

 

 

「なあ、アスタルテ。ひとつやってみたいことがあるんだけど、手伝ってくれないか?」

 

「なんでしょうか?」

 

「メガ進化というパワーアップ方があるんだけどな」

 

 

 

つづく

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