ミックス・ブラッド   作:夜草

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第一巻目が終わったころです。


IF+NG SS
高神の社ルートⅠ


 真夏の森―――

 社を包む結界のせいか、季節感を隔絶した冷えた清澄な空気。騒がしい蝉の声も遠く、ひとつの異空間と言えよう。

 その社の縁側に腰を下ろし、足をパタパタとさせる少年がひとり。首元に包帯を巻いているが、特に動きに支障があるわけでもなく、振る両足のリズムに合わせ、メトロームのように頭を揺らしている。

 同年代の男子と比すれば小柄だが、弱々しい雰囲気はない。むしろ見る者が視れば圧巻させられるほどに強大なエネルギーが、その小さな体に詰まっていることがわかるだろう。それでも、人畜無害な子供としか見えないのは、そのあまりにも毒気がない性分が表に出ているせいだろうか。

 さて。

 少年がいるのは、『高神の社』

 表向きは、関西にある私立の神道系の名門校。その実は、獅子王機関の下部組織。

 どちらにしろ男子禁制の女子校であることに変わりはないのだが、この少年はわりと行動の自由が許されている。銅色の髪に褐色の肌、それに曇りない金瞳と日本のものではない、異国人風の彼が、何故、この巫女らの学び舎にいることを許可されているのかと言えば、その養成機関の指導員が拾ってきた孤児(みなしご)であるのが理由の一つ。そして、その特性上、普通の教育機関に通わせることもできず、人里に降ろすには刺激が強すぎる。

 一年ほど前に、魔導犯罪者組織、<図書館(LCO)>の一部門『科学』の拠点をひとつほぼ単騎で潰したのだ。して、そこに死蔵されていたある召喚獣の欠片を回収した少年は、ひとつの時代を終結させる『百王』の資格を獲得していた。

 そういうわけで、この一般社会からは離れた場所にある『高神の社』で、管理される必要があった。

 もっとも、それは『高神の社』だけに限定されるものではないのだが。

 

「クロウ君」

 

 名前を呼ばれ、そちらをこてんと小首だけ傾けるように向ければ、少年をここに呼び出した人物がそこに。やや早足でパタパタと歩み寄ってくるのは、少年と同い年くらいの華奢な少女だ。しかし、動くたびに弾むだけの立派な二つの膨らみはそれだけに年不相応でインパクトが強い。

 けれど、女子校でペット的な存在として可愛がられる少年は、そういった性的な反応がまったくない。この歳まで、同年代の男の子との交流が皆無なのだ。唯一なのは、居候先の世話になっている姉な少女の弟くらいなものである。だからこそ、この男子に排他的な環境でも受け入れられているのだろうが。

 

「ご、ごめんなさい。お待たせしてしまったようで。すみません」

 

 と見るからにおとなしく、気弱そうな雰囲気の少女が申し訳なさそうに。そこで、ふと少年は、居候先の姉からの教育を思い出す。人間社会の勉強だとかで、参考書(まんが)の内容をよく実演させられるのだ。その中で、こういう時に言うセリフは決まっていた。

 よくマナーだとか言葉遣いとかがわかってない少年だが、とりあえずこの目の前の相手がすごく偉いのは知ってるので、粗相のない対応を心掛ける。

 

「いや、今来たとこなのだ」

 

 と軽く言う少年に、え、と少女は驚いて、

 

「え、っと、約束の時間は一時間前だった気がするんですけど……」

 

「う、本当は一時間半くらい待たされたぞ白奈」

 

「すみませんすみませんっ!」

 

 はうう、と目を><にして、少女はぺこぺこと低姿勢で頭を下げてくる。よく居候先の姉から口を酸っぱくして言われてるが、なんであれ女の子に謝らせてしまうのは男子としては減点らしい。気を遣わせず、自然な対応がやれるのができる男なのだと。

 だが、この少女は顔合わせの時から謝られなかったことは一度もない、女の子の取り扱いマナーでは最難度。

 常に泣き出しそうな、目元が潤んでいる相貌。

 先天性の体質からか、見た目的に全体が黒い印象の少年とは好対照に、彼女の髪は白く、肌の色素も薄い。愛らしいホッキョクギツネの毛並みを思わせる、神々しい純白である。

 

「別にこんなことくらいで謝らないでいいっていつも言ってるだろ。それで、何の用だ?」

 

「は、はい。絃神島への出向について、クロウ君本人の意思をお伺いたくて……」

 

 絃神島。

 日本唯一の『魔族特区』で、『世界最強の吸血鬼』が存在するとされる人工島。

 

「ん、ユッキーが重要任務とかで大変そうなんだよな。なんかすごく大事な槍を壊したって縁お姉ちゃんから聞いてるぞ」

 

 そこへ、『高神の社』から卒業を四ヶ月早めた剣巫が出向した。<第四真祖>の監視役は相当に大変なものだそうで、先日も切り札である秘奥兵器を壊してしまったと聞く。幸いにすぐ修理ができる程度の破損であったが、任務の過酷さは知れよう。

 本来、監視役の任を受けるはずだった第一候補の居候の姉は彼女に対してとても気にしているのを少年は知る。

 

「はい。ですから、クロウ君に姫柊雪菜を補佐するために絃神島にある出張所へと赴いてほしいのです」

 

 ……本当は、その少女を監視役の任ではなく、<第四真祖>の愛人とするために送り込んだのだが。いわば、眠れる怪物につけられた鈴。

 しかし、死んでしまったら元も子もないという。

 <第四真祖>自体は、その性格からあまり危険性はないのだが、その<第四真祖>の特性上、危険性の高い厄介事が舞い込んでくるというのが予想つく。

 だから、その応援ということで送り込まれる。

 

「う、いいぞ」

 

 そんな危険を承知で、少年はごくあっさりと了承する。

 

「いい、んですか?」

 

「ん。ちゃんと師家様やみんなにも相談して考えたぞ。紗矢お姉ちゃんからは、『雪菜に近づく男は容赦なく去勢していいから。たとえ<第四真祖>だろうとね』って、志緒お姉ちゃんからは、『めんどくさいかもしれないが、一日一回、最低でも二日に一回はちゃんと唯里に連絡してやれ』とか言われたのだ。縁お姉ちゃんからは『出張所に置いてる式神(ねこ)の世話もよろしく』ってなー。唯お姉ちゃんは、『お姉ちゃんは絶対に許しませんよ』って猛反対されたけど、おじさんやおばさんが、『魔族特区』なら普通に学校に通わせられるからいい経験になるって言ったら折れてくれたぞ」

 

 居候先で家族会議となったが、とりあえず同意をもらえた。

 この『高神の社』で一般教育は受けているものの、ここは世間一般的に女子校だ。学校には通っていないことになっているし、卒業もできない。つまり、履歴上、無学歴となるのだが、それだと将来は大変だろう。別に人間社会に混じらずとも自活だけのスキルは持っているにしても、最低限の学歴はあって損はない。

 

「だから、別に任務で文句は……うん?」

 

 不自然に言葉を途中で止めて、すん、と鼻を鳴らす。

 やや焦げた匂い。不機嫌な感情を示す“匂い”がしたのだ。

 

「どうした白奈? なんか気に障ったこと言ったか?」

 

「いえ、何も……ただ、私も……年上ですよ?」

 

「そうなのか。それがどうかしたのか白奈」

 

「……べつに」

 

 つい、と白髪の少女にそっぽを向かれる少年。

 むすっと小さく頬を膨らませているが、何を怒っているのか、少年はわからない。

 

 と唐突になるが、『高神の社』にて、“みんなの弟”や“わんこ系年下男子”などと呼ばれている少年は、校内の年上の女性は、お姉ちゃんと愛称付けで呼ぶようになった。これは居候の姉の教育の賜物であり、最初はその唯お姉ちゃんしか呼んでいなかったのだが、そこからルームメイトに話を聞かれて、そのまま全校に広まった。独占できないのは不本意であるも、基本的に人の良い彼女は黙認している。ちなみに師家様のことを最初、縁お婆ちゃん、と呼んだら、師家様監修のもと折檻じみた百人組手が始まった。

 

「白奈ー、やっぱりなんか不機嫌だろ? そういう“匂い”がするぞやっぱ」

 

「何でも……ありません。それと、みだりに女性の体臭を嗅ぐのは……失礼、です」

 

「そうかー。それはちょっと残念だなー、白奈の匂いはいい匂いだからな」

 

「そ、そう……ですか」

 

 顔を真っ赤にした少女は俯いて―――そして口元に妖しげな笑みを浮かべる。

 

「では、私もしたら、お相子ですね」

 

 すぅ、と足音もなく這い寄る彼女の腕が、少年を後ろから首に巻かれるように抱き着かれる。これといった抵抗もなく、その伸びた癖っ毛に鼻先だけをうずめるように少年の匂いを嗅ぐ。

 

「ふふ……クロウ君の匂い、いいです」

 

「むー、よくわからんけど、なんかこの前会った太史局の霧葉お姉ちゃんと同じ事やってるな」

 

「だめ。私といるときに他の女の名前を出したりするのはないですよ。それから、どうして別派閥の女性を姉呼ばわりしてるんですか?」

 

 かぷり、と耳を噛まれて、あぅ、と少年は全身を硬直させた。耳が敏感(ウィークポイント)な少年は、背筋に電気が流れたような感覚が這い上がり、脱力してしまう。普段は弱気でおどおどとしてるのに、何かの拍子でスイッチが入ると積極的となってしまうのだ。

 そうして、しばらく。

 まるで痕でもつけるように、ハムハムと耳を甘噛みして、むずがる少年の反応に満足したのか、つぅ、と線が伝う唾液の筋を袖で拭いて、白髪の少女はひとつ取り出す。

 

「お守り……です」

 

「? お守り?」

 

 白魚の手より小袋を渡される。

 

「姫柊雪菜とは違い、獅子王機関からあなたに渡す武神具(もの)はありませんから……」

 

「オレが武器を使ったら逆に弱くなると縁お姉ちゃんに太鼓判押されてるから、別になくていいぞ」

 

「ですから……その代わりに、と言っては何ですが……私個人から……」

 

「そうか。わざわざありがとなー。―――ん? 何か“匂い”が……」

「―――ああっ!? 中を開けないでっ!」

 

 興味津々に小袋を閉じる紐を解こうとしたら、耳元で甲高い悲鳴をあげられ、飛びつかれた。普段の彼女には考えられない劇的な反応である。

 

「じゃあ、中に何が入ってるのだ?」

 

「そ、それは……その」

 

「ぬ、あまり言えないようなものなのか」

 

「そう、ですね……でも、何か悪いものが入ってるわけではないので……」

 

「でも、中を見ちゃダメなのか?」

 

「う……う……」

 

 白髪の少女は唇を噛みながら、目を涙で潤ませる。恥じらいに満ちたその表情は、同性であっても嗜虐心を煽るものであるも、少年はたいして興奮もせず、純粋に疑問の眼差しで見つめ返してくる。その無垢な瞳に、ますます少女の羞恥は高まり―――表人格が逃げ込むように、切り替わった。

 

「『そのお守り包みの中には、白奈の大事な毛が入っているのよ』」

 

 表情を一変させ、クッと喉を鳴らして笑う少女。

 それまでの気弱げな彼女とはまるで別人のように力強い口調だ。声色も心なしか変化している。その年齢不詳な印象を受ける老人臭い口調に、いきなり臭いものを鼻に突きつけられたように少年は眉をしかめた。

 

「む、出たな。まっくろくろすけ」

 

「『くっくっ……そう邪険にするではないよ。儂もそなたも、魔族に似て真なる魔族にあらざる存在であろうに』」

 

「だったら、その霊糸(かみ)を刺そうとするのをやめろ。静電気みたいにビリッとくる」

 

「『儂とそなたの戯れではないか。それにそなたを操ろうとしているのは儂ではないよ』」

 

 少女の白髪が、意思を持つかのように蠢いて少年の身体に絡みつく。はたから見れば、一気に数十倍に伸長した女子の毛髪に雁字搦めにされている図というシュールなものだが、それを受け入れることはなくとも、平然としたままの少年に、彼女は滑稽に笑う。

 獅子王機関の長『三聖』、『闇白奈』。

 何世代にもわたって引き継がれる原罪『(くらき)』の意志と、<神権政治>を振るう力の器である少女『白奈』の意思、そのふたつが、彼女の中にある。

 そして、力の使い道を決めるのが『闇』であっても、実際に力を振るうのは『白奈』―――

 

「『にしても、『(くらき)』の精神干渉が効かんとは。これでも、日本最強の攻魔師『三聖』であるのだがな。もっとも支配したいものの心を奪えぬとは皮肉なものよ』」

 

「二人の問題なんだろうけど、その肉体は白奈のものだぞ。受け入れられてるにしても、もっと大人しくできないのか、まっくろくろすけ」

 

「『ならば、『百王思想』の体現者よ。そなたが『聖殲』の時代を終わらせてくれれば、白奈も『(くらき)』から解放されるであろうよ』」

 

 『『聖殲』の遺産を撲滅する』―――それが、『闇白奈』の存在意義に等しき使命。

 して、この少年もまた『聖殲』の遺産を継いだものであるが、『『聖殲』の遺産を壊すための『聖殲』』―――故に、最後の殺神兵器だ。

 神代を終わらせた『聖殲』、その『聖殲』に終幕を下すために選定された者。

 

「『絃神島には、(しずか)がいるが、そなたは政治的配慮など無視してよい。壊すべきと定めたのであれば、島を壊しても構わんぞ。同じ『三聖』である『(わし)』が許可する』」

 

「オレがあんまり人のこと言えないと思うけど、オマエは考えなし過ぎる。過激派だな」

 

「『心配なのじゃよ。『(わし)』も『白奈』も、そなたが『聖殲』の運命に囚われ心変わりしてしまうのでないかとな』」

 

 きゅぅっと、縛りつく白髪の締め付けが強くなる。『闇』が表に出たときの白奈の“匂い”は強く嗅がなければ掴めぬものでその内心を『鼻』では測り取ることはできない。

 ちくちくと少年の毛穴という毛穴に入り込もうとする毛髪。それは魂にまで繋がれる霊糸―――だが、それも魂すらも壊せる少年の毒性に侵入は阻まれる。

 その相性はわかり切っているのに、絡み付いて放れない。そのことにより執念深さを思い知らせてくるであろう白い髪を、少年は指先でそっと撫でるように梳く。

 

「まあ、心配されてるのはわかったぞ」

 

 少年の労りが伝わる感触に、白髪が震える。

 

「だからって、オレは不慣れなことはできない。だから、いつも通り。オレはオレのままここに帰ってこられるように頑張るぞ」

 

 するりと力の抜けた髪の束縛が解ける。

 解放された少年は、しかしすぐ席を立つような真似はしない。

 俯き、嗚咽する少女が落ち着くまで、その隣に居座る。

 

「違うん、です……私はただ……ごめんなさいクロウ君」

 

「だから、謝らなくていい。お前は謝るようなことをオレにやってないんだからな」

 

 そして、少年は立ち上がる。歩き出す。

 彼の運命が待つ絃神島へ―――

 

 

 

 

 

 その前に。

 羽波家。

 

「クロ君、向こうに行く際に気を付けないといけないことがあるよね」

 

「なんなのだ、唯お姉ちゃん」

 

「この前、太史局の人を、お姉ちゃんと呼んでなかった?」

 

「う、そうだけど。唯お姉ちゃんが、年上の女性は金の草鞋がどうたらこうたらで、とにかく尊敬するようにと言ってたんじゃないか?」

 

「そうだね。うん、後半があやふやだったみたいだけど意味は覚えてるのはいいことだよクロ君。でも、会ったその日にお姉ちゃん呼ばわりはちょっとどうなのかなーって私は思うよ」

 

「そうなのか? じゃあ、どのくらいから」

 

「そうだね。とりあえず、一年くらいの付き合いをしたら考えてもいいかな」

 

「むぅ、なんか難しいんだな、人付き合いというのは」

 

「だから、ちゃんと私に相談すること。その人がどんな子なのか、クロ君がどう思ってるのか事細かく。そしたら私が“適切な”助言をしてあげるから」

 

「ん、わかったぞ」

 

「それから、どんなに些細なことでも毎日報告すること。遠距離でも声を聴いて互いを意識するのは大事だからね」

 

「むー、オレ、携帯が苦手だぞ。式神も全然だし……月に一回くらいじゃダメか?」

 

「ダメ。絶対、定期連絡を怠ることは唯お姉ちゃん許さないから!」

 

 そうして。

 転校してから姫と崇められる美少女を、気安く愛称(ユッキー)で呼ぶ昔馴染みの少年の到来に、世界最強の吸血鬼はやきもきとしたり、そして、事件の調査でバッタリ遭遇して獲物を掻っ攫ってくれた商売敵の少年にここは私の領分(しま)だと、カリスマ女教師が“アイサツ”するのだが、それは後の話。

 

 

 

つづく?

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