人工島北地区 スヘルデ製薬社付属研究所跡地
極東の『魔族特区』絃神島を担当する国家攻魔官にして、世界最高峰の技量を持つ魔女、南宮那月。
保護観察下に置かれることとなった眷獣共生型人工生命体を引き連れて、先日に起こった『キーストーンゲート襲撃事件』の事後処理で、ロタリンギアの殲教師と関係した魔導犯罪者を捕縛しに研究所へやってきたのだが……
「……誰だ貴様は?」
『特区警備隊』に命じさせてこの付近は民間人の立ち入りを禁止している区域となっているはずなのに、自分たちよりも先にこの場にいるこの少年。なんか頭の上に黒猫を載せてるバカっぽい少年。
そんな『火鼠』を材料とした真っ赤な狩衣を着こなす十代前半と思しき小僧の足元に、那月が捕まえるはずだった『人形師』ザカリー=多島=アンドレイドの身柄が転がっていた。
つまり、このガキが、自分の獲物を掻っ攫ってくれたという。
「オレの名は、縁堂クロウ! 今時の流行り風に言えば、
新しく転入することになるクラスで自己紹介するために練習したのだろうことがなんとなくわかる。
わかりやすい自己紹介であるが、ますますこいつなんかバカだな、ということがよくわかった。
「貴様がそこの男を捕らえたのはわかったが、ここは素人のガキが首を突っ込んでくるな。ったく、警備隊の連中は何をしている……」
「む。オレ、ちゃんと
「なんだと?」
と狩衣の懐から証明写真付きのカードを取り出して見せる。
那月は、驚いた。
一国家攻魔官として、こんなバカっぽい子供が攻魔師資格を持ってるとは思わなかったのだ。つい先日に、これと同じように十代前半で攻魔師資格をもった女子中学生がいたが、あれはまだ利口そうに見えたから、納得できたのに……
「おい、それは本物か?」
「う、ちゃんと
話を聞けば聞くほど、こんなおつむの足りなさそうなあほの子を合格させたのかと、攻魔師協会に文句を言いたくなる国家攻魔官。
「あと、試験する直前に、白奈が、『白紙でなければ……どうとでもしますので……』ってアドバイスくれて」
もしかすると盛大に下駄を履かせたのかもしれない。その疑いが濃厚になった。
「ふふん、そのおかげで、筆記試験が難しかったけど、実技では満点を取ったのだ」
えっへん、と胸を張る少年。
残念だが、今ので不正疑惑が出たので資格停止させてやると那月は誓う。
「だから、ちゃんと警備隊の人にちゃんと許可を取って入ったんだぞ」
「わかったわかった。―――そこの男と一緒にしょっぴいてやる」
那月が扇子を閉じたその瞬間、少年の背後より虚空から放たれた銀鎖が襲う。
神々が打ち鍛えた<
「ん―――」
つい反射的に手が出てしまった風に、特にそちらを振り返ることなく、少年の裏拳で叩き“壊された”。
<空隙の魔女>は、大きく目を瞠る。軽く放ったような拳打で、<戒めの鎖>を破壊する。そんな真似はそこらの魔族では出来はしない。那月の後輩である<四仙拳>の笹崎岬であっても難しいだろう。どうやらこの馬鹿な小僧は、素でとんでもない馬鹿力をしてるらしい。
「待て!? いきなり何をするのだ!?」
「抵抗するな。大人しくお縄につけば痛い目を見ずに済むぞ」
「だから、オレは犯罪してないぞ!? 何か飛んできたからつい壊しちゃったのはごめんなさいだけど、オレは獅子王機関からやってきた応援なのだ!?」
この期に及んでも、制止を呼びかける少年。
獅子王機関。それは国家攻魔官の那月からすれば、商売敵だ。つまり、那月の縄張りにのこのことやってきた余所者であり、那月の琴線を余計にかき鳴らしてくれただけであった。
印象付けは最初が肝心。
互いに格付けをつけるためにも、ここで容赦してやる理由はない。
「安心しろ。子供相手に本気を出したりはせん」
と次に虚空から放たれたのは、<戒めの鎖>の倍以上の大きさのある<
「うわっ!? さっきよりでっかいのが来た!?」
驚きながらも、普通に反応してみせる。くるりと回避しながら腰を捻って放つボレーシュートで、大鎖は蹴り砕かれた。
<戒めの鎖>に抵抗するのはそこそこいるが、<呪いの縛鎖>を回し蹴りで壊してくれたのはさすがにこれが初めての経験だ。これは思った以上に、常識外れで厄介な相手らしい。
……そういえば、ここ最近、<犬夜叉>とかいう日本最強の攻魔師『三聖』お気に入りともされる獅子王機関の師家後継が暴れていると本国からの噂を耳にしたことがある。
「もうなんだかよくわからんけど、捕まるわけにはいかないぞ!」
理不尽に徹底抗戦の構えを取る少年。
彼には捕まるわけにはいかない理由がある。
『その、お守りは……古式ゆかしい作成法で、特別な意味はありませんから……忘れてくださいっ!』と見送りに来てくれた『三聖』の少女は、社を旅立つそのとき、最後に儚い笑みでこう言った。
『それと……もしも、他のヒトのものになるなら、呪殺しますから……』
『聖殲撲滅ガール』として職務に忠実だ。
きっと『聖殲』の遺産に選ばれてしまった少年にも容赦してくれないのだろう。これには、『闇』も『白奈は冗談ではなく、本気だぞ』と洒落でからかったりせず真顔で気をつけろと忠告してくるくらいで、下手をすれば、その相手との血塗れでドロドロの愛憎劇を“神の手”で演出させかねないのだそうだ。
そんな未来を回避するためにも、少年は大魔女の鎖から逃げる逃げる逃げる。
「だいたい、子供だっていうなら、お前だってなんか見た感じ子供だろ。オレよりも年下に見えるぞ」
防戦一方で鎖を捌き続ける少年がビシッと訴えた。
しかし。
南宮那月は見た目が幼女であっても、実年齢は自称26歳である。そして、それを揶揄してきた相手は皆容赦なく叩き潰してきてやった。こんなバカっぽい子供に、子ども扱いされた魔女のこめかみにピクッと青筋が浮かぶ。
彼に悪気はない。一応、彼もちゃんと『固有体積時間』を嗅ぎ取り、南宮那月が自分よりも年上であることは勘付いている。
これは以前に、不老不死の吸血鬼並に長寿の『長生族』の女性を、その歳のまんまに『お婆ちゃん』と呼んだことから反省して、『女の人は若そうだと言った方が喜ばれる』と学習してしまったが故に起こってしまった哀しい事故なのだ。
「ほう……」
ゴゴゴゴゴ……ッッッ!! と。
大魔女の輪郭に滲むように闇色のオーラが漏れ出す。
ただならぬ気配に、ようやく少年もこれ以上の説得は諦め、戦略的撤退も視野に入れ始める。
「前言撤回だ。図に乗ったガキに優しくしてやる義理はないな」
そして、犯罪者の身柄を連れてきたアスタルテに任せると、魔女と少年はスヘルデ製薬社付属研究所跡地一帯が壊滅するほどの激戦を繰り広げることとなり、応援に駆け付けたはずなのに問題を増やしてくれた幼馴染に、剣巫の少女は頭を抱えた。
つづく