彩海学園
獅子王機関からの“増援”が来てから数日。
一言でまとめるなら、彩海学園は大変だった。
転校して早々にクラス内で姫と崇められ、ファン俱楽部まで作っちゃっている絶世の美少女姫柊雪菜を、気安く呼ぶ転校生の到来に中等部は大いに沸いた。すぐに彼女自身口から関係性を説明され、幼馴染だと知れ渡ったが、それでも中々『ユッキー・ショック』の熱は冷めやらぬ。
そして、高等部でも何故か担任の、カリスマ教師の那月ちゃんに目の敵にされていて、休み時間となるたびに前触れもなく奇襲を仕掛けては、チャイムが鳴るまで執拗に追い立てる。それを躱して、逃げるのだから、カリスマ教師と転校生の追いかけっこは今や秘かに賭け事もされてくらい風物詩として溶け込んでいる。
他にもバッタリ廊下で遭遇した悪友矢瀬基樹の彼女とされる先輩女子に『あ、やっぱりこの“匂い”は緋稲お姉ちゃんだ! やっほー』とあいさつしたら、神隠しに遭ったそうだが、古城としても気の休まらない思いだった。
これは単純に監視相手が増えたからだけではない。
それよりも妹と同じクラスに亜人君が転校してきたことが心配なのだ。
「ちょっと話がしたんだが、いいか?」
放課後。
ギターケースを持つ少女と並んで現れたバットケースを肩にかける話題の転校生に、古城が話し合いに誘った。
「どうしたんですか、先輩?」
「あー、いや、クロウと二人っきりで話したいことがあってだな」
そうぼかした感じでいうと当然のように雪菜は眉を顰めて訝しむ。
別に彼女のことを信頼していないわけではないのだ。ただこれはあまり人に言うものではない。
下がってほしい、というような空気を出していると、その意を酌んだように縁堂クロウも雪菜に言う。
「ん。じゃあ、ユッキーは、来なくていいぞ」
「え……」
「ちょうど縁お姉ちゃんが、二者面談したいとか言ってたからな」
「師家様が……?」
「う。だから、監視役はちょっとお休みすると良い」
「ですが……」
チラチラと古城を見る雪菜に、ドンと胸を叩き、
「心配するな。古城君はそんな危ないことしないし。それに、ユッキーよりもオレの方が監視役できると思うぞ」
「それは確かにそうですが」
しばらく悩むように口元に手を当てるポーズを取り、それから大きく溜息をつく。
「……まあ、クロウ君なら、先輩の傍においても問題はないですよ、ね?」
と古城に確認する監視役。
ひょっとして彼女の心配事の中には、この幼馴染の少年の血を吸うのが入っているのだろうか。
思わず、おい、と古城は突っ込みたくなる。
間違っても、同性相手に吸血衝動に襲われない。古城はノーマルだ。そもそもこの前まで吸血童貞だったのに、興奮するたびに人を襲うような浅慮な真似はしていない。
とかく、監視役は納得して、その場を後にしてくれた。
国家公認ストーカーに四六時中見張られている古城が言うようなことではないが、たまには羽を伸ばすといいだろう。
しかし、あの至極真面目に職務へ取り組む姫柊が大人しく下がるとは……
<第四真祖>の監視役に選ばれるほど優秀な剣巫候補生が認めるくらいに、こいつは有能なのか?
道中
「ん? いや、オレ、式神とか呪術はてんでダメだぞ」
試しに訊いてみると、全然と首を横に振られた。
「卜占とかその辺はユッキーも苦手ぽかったけど、オレよりは上手いのだ。同年代の中じゃピカイチだったからなー」
「そうなのか」
古城は案内されるまま、あまり馴染みのない駅でモノレールを降りた。
こちらの要件は特別場所に指定するようなことはなく、どこか適当なファーストフード店とかに入って話せればよかったが、向こうに古城に会いたい人物がいると頼まれればついていくのは吝かではない。
「ふんふふーん」
古城の隣に居を構える雪菜とは違い、彼は別の拠点に寝泊まりしている。流石に気心の知れた幼馴染だからと言って、男女を同居させるようなことは獅子王機関もしないようだ。
人通りは少ないが、静かな緊張感に満ちた坂道。隣を歩いていた古城は、だんだんと表情を引き攣らせることになる。
「おい、本当にここを通るのか?」
「ん、ここがオレの通学路だぞ。何か問題があるのか、暁先輩」
「いや……」
言い淀んでしまったが、思わず突っ込みたくなるくらいに問題がある。
近くに看板へと目を向ければそこに書かれていたのは、
『ホテル・ラビリンス 休憩4000円~』
路地の風景を改めて確認して、古城は頭を抱えた。
古城たちのいる狭く入り組んだ区画は、日中なのに薄暗い。たまに見かけるのはカップルばかりで、しかも、どのカップルも妙に俯き加減である。
そう、この転校生の進学路には何件ものホテルが立ち並んでいたのだ。
旅行者向けの宿ではなく、男女が愛を確かめ合うために入っていく類のホテルである。
「おい、どうした? 気分が悪いのか?」
「縁堂……むしろお前はこの周りを見て何とも思わないのかと訊きたいんだが」
「? 別にホテルがいっぱいあるけど、珍しいものじゃないだろ?」
きょとんとされる。
その純粋な反応に、古城は自分の感性が違うのかと疑いかけたが、やはりない。
「んー。あとちょっとなんだけど、もし疲れたんならそこらへんで休憩するか?」
「ぶほっ!?」
思いっきり吹いた。
いやこいつが日差しに弱い吸血鬼を歩かせたことを心配しているのだろう。だがその提案はない。思いっきり咳き込んだ古城を、労わるように背中を摩ってくれる後輩少年に一度、常識を教え込むべきかと悩むが、今はここから離れることを優先する。間違っても、この中のひとつに入るわけにはいかないのだ。
「大丈夫か? やっぱり日陰のあるとこで休んだ方が良いか暁先輩」
「いや、大丈夫だ。問題ない。それより先を急ごう。あとちょっとなんだろ?」
そして、この堂々と道の真ん中を歩く転校生の後を、人目を避けるように道端を歩いて後を追うと決めた古城は、そこでがしっと腕を掴まれた。
「おいいきなり何を」
「ここからは手を繋いで歩くぞ」
「ま、待て、本当にもう大丈夫だから! つか、こんなところで手を繋いで歩くなんて誤解されるぞ!?」
引き離そうとするが細身の体に似合わず力が強く、吸血鬼の古城が全力で抵抗しても振り払えない。
「誤解? よくわからんがそう、暴れるな暁先輩。意外とデリケートなんだぞ」
「繊細な野郎はこんな真似しない! いいから手を離してくれ!」
狼狽する古城だが、その焦りは相手に伝わってくれない。手も軽く握ってるようにしか見えないのに、がっちりと噛みつき亀のように離れない。
やはり早めにこいつに一般常識を説くべきだったか。
「でもなー、ユッキーの血を吸っちゃったんだろ?」
だから、
わかってない。吸血衝動になるのは性欲だ。つまり欲望が刺激される展開でなければ発生しないもの。だから、いかな手段を駆使しようが
「いやいや!? 確かに姫柊の血を吸ったけど、あれはいろいろと訳があってだな……!?」
「ん、ちゃんとわかってる。ユッキーからも言われたし……ただ、紗矢お姉ちゃんから問答無用で<第四真祖>を
「っ!?!?」
その発言にこれまでにない寒気が古城を襲った。
ホテル街。
男二人。
そして、去勢。
古城に撃たれた三つの
そこから推理される展開はなんだ?
これはいったいどうなってるんだ!?
このままこいつについていったら俺は何をされるんだ!?!?
古城は悔やんだ。自分が未だに霧化のできない未熟な吸血鬼であることを。
「うおおおお―――っ!!」
もうなりふり構わず。
たとえ切除された部位が吸血鬼の再生能力で回復しようが、男として精神的ダメージまで癒えてくれないのだ。確実にトラウマになる。
古城は殲教師に食らわせた、雷光の獅子の力を限定顕現させた雷球をぶつけようとして―――そこで意識が途切れた。
獅子王機関絃神島出張所
それはホテル街の中にエアポケットのように存在する、煉瓦造りの小さなビル。
年代物のステンドグラスが嵌め込まれた窓。色褪せた古い看板が扉の上にある。どこか時代の流れに取り残された感のある、
「悪いなー。ここ人払いの結界が張ってあって、すごく強い魔族が近くで暴れちゃったりすると結界が壊れちゃうかもしれないのだ。オレも最初に来た時にやっちゃったけど、デリケートな結界なんだぞー」
なので、手を握って誘導しようとしたのだが、いきなり錯乱してしまったので昏倒させてもらった。
「そうか……いや、そうだよな……本当に、よかった」
目覚めたら、古城ちゃん、になっていた展開ではなく、古城は胸を撫で下ろして、ぐったりと脱力してしまう。去勢云々の話も別にする気はないと安心するために言うつもりだったらしい。なんでも男性恐怖症の先輩が過敏に反応して大変なんだそうだ。それで雪菜本人から合意の上だったと聞いているけど、一応、彼女たちの保護者的な師家様に古城からも確認するために話がしたかったという。
なんだか勝手な妄想で狼狽えていた自分が死ぬほど恥ずかしい。こういうのを自意識過剰だというのか。
「なんか、オレの説明が悪かったみたいなのだ。結構、言葉足らずだとか注意されるんだけど、ごめんだぞ暁先輩」
「別に気にするな。勝手に誤解したこっちも悪い……それで、ここは骨董店、だよな?」
店構えをざっと見る限り、差し障りなく例えれば年代物の輸入家具を扱うアンティークショップ、遠慮なくぶっちゃけると流行らない雑貨店といったところか。
けれど転校生はあっけからんと、
「そうだな。骨董店兼獅子王機関の出張所なのだ」
「獅子王機関の出張所……?」
「う。職員同士で連絡とか補給とかをする事務所だ」
事務所か。国の機関なんだから、それくらいあってもおかしくない。
「でも、なんで骨董屋の看板が出てるんだ?」
「それは世を忍ぶ仮の姿だぞ。秘密結社なのだ」
そういうと犯罪者組織っぽく聞こえるので、普通に特務機関と訂正した方が良いだろう。
けれど、そのたとえは古城にはわかりやすかった。たしかに、『対魔導テロの謀略工作やってます』なんて堂々と宣伝しないだろう。拠点なのに目立つことをしてしまえば、テロ組織で真っ先に狙われる。それに骨董屋という名目なら、槍とか剣とかぶら下げた連中が出入りしても、それほど怪しまれることはない。
「身分を隠すための表向きの職場ってことか」
「あ、でも、ちゃんと骨董屋もやってるんだぞ。お代官様から差し押さえたお宝を、きちんとお祓いしたのを店に出してるのだ」
現代にお代官様などいないが、まあいい。
しかし骨董店として営業していても、普通の客筋を相手にしているわけでもなさそうだが。この『魔族特区』でどんな客層を狙っているのか。というか、ホテル街にぽつんとある立地条件は、この手の商売には相当不利だろう。
「もしかして、予算ないのか、お前らの組織って」
「むー、その辺オレはわかんない。でも、ここの売り上げが良かったらオレのご飯が豪華になる」
ここがとても重要であるように真剣な表情をする後輩は、骨董店の扉に手をかける。木製の扉がギシギシと軋んで、古い建物に特有の埃っぽい空気が流れだしてくる。
厳かなドアベルを耳にしながら、この清貧生活を送ってそうな転校生に何か援助すべきかと古城は思う。なんだかんだで、彼がこの絃神島へ来たのは監視役の増援であり、つまりは古城が原因なのだから。
「なあ、暁先輩。こういうのを蒐集するのを趣味にしてそうな、お得意様になってくれそうな人を知らないか?」
「そうだな……那月ちゃんとかが好きそうなんだけど」
「むぅ。那月先生、オレに『一国家攻魔館の先達として、なんちゃって攻魔師の貴様を指導してやる』って襲い掛かってくるしなー。何度もオレちゃんと試験に合格した、って言っても聞いてくれないのだ」
そのあたりは相談に乗られても、古城にはどうしようもない。あの唯我独尊のカリスマ教師を諫めることなど誰にもできないだろうから。
そこで、店の奥より声が聞こえてきた。
『―――なんちゃって攻魔師と呼ばれるのはしょうがあるまい。なにせ未熟者なんだからねぇ』
気負いのない洒脱な口調。しかし触れ合う宝玉の響きに似た、艶やかに澄んだ声音。
その声に気付いていた後輩は、よっと片手をあげ気軽に、
「縁お姉ちゃん、おかえりなのだ」
『まったく、人様の前では師家様と呼べと言いつけていただろうが、この馬鹿弟子が』
「むー、でも、ここオレの家だし。プライベートなのだ」
『口答えすんじゃない。ほれ、一回やり直しな』
言われてすごすごと店の外に出てわざわざ扉を閉めてからリテイク。
店に入り、片膝をついて首を垂れる。
「師家様、縁堂九郎義経、参上つかまつりました」
『よし。まあ、50点だけど、客人もいることだしこれで勘弁してあげようかね』
……さて。
後輩が恭しく挨拶をするのは、ヒトではなく、黒猫。
表情豊かで人間味のある、しゃべる黒猫である。
古城が目を点にしていると、弟子を酷評していた黒猫はこちらに顔を向けて、
『ああ、一応、攻魔師協会の名誉のために言ってあげるけど、この馬鹿弟子は実力で試験に受かったよ。何やら企ててた『三聖』がいたけど、あたしが止めたからね』
「そ、そうか……って、お前、猫か?」
「この猫は使い魔だぞ。縁お姉――師家様は、高神の社にいるな」
思わず零れた疑問に、くん、と鼻を鳴らして後輩が応えてくれる。
「高神の社って、関西か!?
絃神島から本州まで最短距離で300kmを超えてる。高神の社はそこからさらに数百kmは離れているはずだ。
優れている魔術師であれば、物理的な距離などさほど問題にならないのだろうが、それにしても規格外だろう。
「師家様はすごいぞ暁先輩」
『別に大したことじゃない。馬鹿弟子もこれくらいできてもらわないと困るんだけど』
「人間得意不得意があるっていうのだ」
『ダメ。何せお前さんは他の弟子とは毛色が違うんだ、苦手のままにしておけないね。克服しな。―――ほれ、島に行く前にあたしが渡してやったもんを出しな』
猫に指示される少年とシュールな光景だが、彼らはいたって真面目である。
そして、後輩は肩にかけていたバットケースから、それを取り出す。
(やっぱり、姫柊みたいに槍とか持ってんのか)
息を呑む古城。
<第四真祖>の監視役をこなすために、剣巫の少女は秘奥兵器が渡された。
であるなら、それに匹敵するような武器をこの少年は持っているのか。
そして、増援の転校生がバットケースから抜き出したのは―――バット。
「は?」
グリップエンドのところにお守りがついてる、バット。
草野球とかで使われそうな、変哲もない木製バットである。それを颯爽と構えてみせる姿は、もはや野球少年としか見えない。
「……おい、縁堂、それなんだ?」
「『甲式
耳で聞いたらわからないがなんとなくそれっぽい難しい当て字を使ってそう―――でも、バットだ。名前もそのまんまバットだ。
おい待て。
『世界最強の吸血鬼』だとか自覚はないけど、俺はそんなバットで退治できると判断されているのか?
姫柊が槍を見せたときは心胆冷める思いがしたが、何だろうこのやるせない気持ちは。
凄まじく微妙な気分に落ち込む<第四真祖>に、師家様から説明が入る。
なんでもこれはわざわざ弟子のために、『高神の社』にある御神木を基とし、(六刃神官にいつの間にか採取されていた)弟子自身の
その力は、呪力適応変形機構。
式神は、術者の呪力の質で形が決まっている。
たとえばとある剣巫のは雌狼で、とある六刃神官のは黒豹であったりする。
それと同じようにこの
『まあ、式神の呪力操作と武器の扱いがてんでダメな馬鹿弟子用の練習道具として造らせてみたけど、変身能力と組み合わせれば面白いものになるよ』
と。
いったん店の外に出て後輩がバットを構えたり、振るったりしてみせたりで鍛錬の進捗具合を見ながら、黒猫はそう締める。
「―――かっきーんっ!」
……でも、だめだ。
普通に素振りをしてるようにしか見えない。これは古城が素人だからだろうか。
獅子王機関というのがここに来てよりわからなくなった。
そうして、師家様の軽い指導が終わったクロウは茶を飲みながら店の中で涼んでいる古城に話しかけ、ようやく本題へ入る。
「なんか待たせてごめん。いろいろと無理を聞いてもらったし、オレに言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれ。何でもはできる自信はないけど、できるだけがんばるから」
そう。
古城はどうしてもこの亜人の転校生と話し合いを設けなければならなかった。
それは、あまり言い難いが、はっきりと最初に言っておかなければならない。
「凪沙には、できる限り近づかないようにしてくれ」
「……ん。わかった」
古城が警戒――というより心配――していたのは、妹凪沙のこと。
「
「いやいい。言いたくないことは言わなくていいぞ。……それに、暁がオレのことをあんまりよくないというのはわかっているからな。……今も心配されてるみたいだし」
「あー、いや、お前のせいじゃないんだ。なんつうか、凪沙は魔族恐怖症でな。それでどうしても……」
「? でも、暁先輩は、吸血鬼じゃないのか?」
「そうなんだが。それも内緒にしてくれないか。まだ、凪沙にはバレてないんだ」
「わかった。オレも怖がらせるようなことはしたくない」
「悪いな」
とりあえず、これで一安心か。
今後のトラブルを避けるためにもこの話し合いは有意義だったろう。それに、今日一日付き合ってみて、この少年はどこか抜けてるところがあるが、純朴でいい奴だと古城はよくわかった。監視役の増援が来ると聞いて不安だったが、獅子王機関とかは別にして信用できる人物だ。そう思えた。
「あー……それと、なんだ」
ぽりぽりと頬をかく古城に、小首を傾げてクロウが促す。
「どうした暁先輩?」
「それだ。お前とは長い付き合いになりそうだからな、今後俺のことは下の名前で呼んでくれ。暁じゃ、凪沙と被っちまうからな」
バスケ部をやめてから、久方ぶりの先輩面をしてなんとなく気恥ずかしくなってしまう古城だが、この少年とは気兼ねない付き合いがしたいのだ。同じ監視役の雪菜とは違って、同じ男子だし、こっちのほうが気楽でいい。
「うんっ、古城先輩。オレのこともクロウと呼んでくれ。縁堂じゃ、師家様と被っちまうからな」
「ああ、わかったクロウ」
その同じ言い回しに、先輩後輩は見合わせて笑ってしまう。
『なるほど……あの堅物の雪菜を手懐けるからどんな奴かと思ってみれば。腑抜けた面構えのクセに中々の誑しじゃないか。ふふん……』
そんな親睦を深めるさまを見つめる黒猫。
長距離で遠隔操作だけでなく、この式神を通してでもこちらの骨の髄まで見通すようなその眼力。心の奥底まで見通す、ではない、こちらの力量から性格まで一目で見抜く、達人の目利きだ。
『<第四真祖>の坊や。この馬鹿弟子は頼りにしてもいいよ。何せ、あたしの後継だからね。能力も
「う、師家後継なのだ」
ふんす、と胸を張るクロウ。その肩にぴょんと乗った黒猫が肉球の手のひらをクロウの横顔に当てる。
『師家を名乗らせるにはまだまだ未熟者だけどね。体技以外がてんでダメな脳筋だよ、ったく。弟子の中で最も手のかかる問題児だ。
―――まあ、弟子の中で単純な強さでは一番とも言える逸材なんだけどねぇ』
「姫柊よりもか?」
驚く古城。
あの殲滅師相手に互角に渡り合った剣巫の少女の姿はまだ記憶に新しく、鮮明に今の思い出すことができるくらいだ。
『<第四真祖>でも今のお前さんがガチでやり合ったら、殺されちまうだろうね』
不完全なれど『世界最強』を冠する存在を殺せる存在……その師家様の評に、息を呑む。
そうだ。バットが武器だとか見せられて気が抜けてしまったが、つい先ほど古城をあっさりを意識を落として見せたのだ。それも一体何をしたのかわからない、いや攻撃されたことも気づかせないほどの早業で。それから、あの唯我独尊のカリスマ教師――<空隙の魔女>と呼ばれるこの絃神島で五指に入る実力者の南宮那月と逃亡戦を繰り広げて逃げ切っているのだ。それだけで実力のほどがうかがえる。
「……なるほど、普段の姿は昼行燈ってやつなのか」
『それは違う。この馬鹿弟子が馬鹿なのは素だよ<第四真祖>の坊や』
恐れ入る感じに零した呟きを、あっさりと否定され、またがっくりと来てしまう古城。
とにもかくにも、信頼できる相手であるのは変わらないのだ。
後輩は、そこに長年積み重ねてきた信念を篭めるように力強く拳を握ってみせ。
「オレは、神々の兵器なんていうものを今の時代からなくすために強くなってきたのだ。じゃないと、白奈がいつまでも『闇白奈』だからな」
……古城に、その『闇白奈』という人物は知らないが、それでもこの少年の胸の中心にいる相手なのが分かる。
なんて言えばいいのか……譬えるのが恥ずかしくなるが、古城も見入るほどに、重みのある
『その結果、物理で殴って神々の兵器を壊せるようになった大バカ者だから、どうしようもない』
呆れたように言う黒猫。
しかし、攻撃はシンプルに力強くが実戦的。基礎力が極まったものの典型で、基本の型が必殺技と呼べるレベルに達している。
姫柊雪菜が、真祖殺しの武神具を持っているのなら、真祖を物理で叩きのめすだけの力がある。
そこのバットはおまけみたいなもので、その存在そのものが一個の武器なのだ。
して、二者面談が終わり、駅まで案内されて、そこで待っていた雪菜と監視役を交代し、古城は自宅へ帰った。
が。
その翌日。
なんだか妙に余所余所しくなった妹とは別行動で登校した古城は、
「古城、あんたそういう趣味だったの……?」
彩海学園にて、今にも泣きそうなクラスメイトの浅葱に重大な話を聞かされた。
「お、おい、どうした浅葱? 様子が変だぞ?」
「どうした、って、こっちの台詞よ古城!」
戸惑う古城に、浅葱は言う。
昨日、“古城が”呼び出した後輩の少年と、二人、ホテル街へ向かうのを付けていったものがいる。ホテル街で手を繋ぎ、そして、抱き着いた(昏倒してもたれかかった)のを目撃し、あまりのことに胸の内に抱えられなくなってその場を後にし、自宅に帰るとすぐ一つ年上の幼馴染へ支離滅裂になりながらも相談した―――その人物は、
「凪沙ちゃんから全部聞いたわ」
「は、凪沙から??」
自身が魔族恐怖症と知る兄が亜人君を呼び出したことを知った暁凪沙は、心配になった。古城君が危ないことをするんじゃないのかと。しかし、ついて行ってみれば別に意味で心配事ができてしまった。違う意味でアブない道を進んでいってしまった兄の姿を見てしまった。
ああ、だから、昨日帰ってから凪沙に腫物のように避けられていたのか……と浅葱から話を聞いた古城は思わず遠い目になってしまった。そのうつろな瞳からは、ツー、と涙が伝う。しかし、このまま涅槃に旅立ってなどいられない。事態は最悪だ。即急に対処しないと、とんでもない尾鰭の付いた風評がつきそうだ。
古城は何だかもう泣いてる浅葱の肩を掴んで、必死の形相で訴えた。
「………それで古城が、凪沙ちゃんが家についてから2時間くらいあとに帰ってきたっていうから」
「誤解だ浅葱! ちょっといろいろと話し合いたいことがあって、俺とクロウは何にもないから!」
「下の名で呼んでる! 昨日の今日でこれって、あんたやっぱり……!?」
誤解が加速してしまった。もうこれは一度頭を冷やさない限り何を言ってもダメだろう。
どうすればいいんだ、と頭を抱える古城。ここで誤解を解消せず泣き崩れてしまった浅葱を放置することもできないが、一刻も早く妹の凪沙と家族会議がしたい。今頃教室で亜人君と顔を合わせてるだろう凪沙がどうなっているのか気が気でないのだ。
『―――縁堂君! 古城君を変な道に誘わないで!』
『ん? よくわからないけど、暁。昨日、(話し合いに)誘ったのは古城先輩からだぞ?』
『……え?』
『そうだろ、ユッキー?』
『ええまあ、昨日は先輩から私を除いてクロウ君と二人きりで(話し合いを)したいと誘ってきましたね』
『ほ、本当なの、雪菜ちゃん……そんな、ことって……古城君、雪菜ちゃんじゃなくて縁堂君を―――』
というやりとりがあったそうで、妹はHR前に卒倒してしまったそうだ。
そして、それを後で事情を聴いた古城は卒倒した。
昨日あんな頼み事したが、後輩を家に誘って、妹と同じ卓を囲み、三者面談を行い、古城はどうにか誤解を解いて、それから何だか亜人君に対する妹にあった隔意が薄れてくれた。雨降って地が固まるとやらというか、それとも苦手意識を払拭するほどに強烈なものだったのか。
だが、学校内に広まってしまった『男子後輩をホテル街へ誘い、妹を泣かせた兄』という涙が禁じ得ない
もう二度と後輩の住む拠点へお宅訪問はしないと古城は誓った。
つづく